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 アニメ『翠星のガルガンティア』最終回を見た後、ツイッター上で流れてきた、「リジットはこのままでは行かず後家になるのでは?」というつぶやきを元に、あれこれと妄想してみました。
 時間軸的には第13話のエンディング後、しばらくして、です。
 私は、ベベル×リジットのカップリングを強く推奨するものであります。
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『ガルガンティア後日談:リジットの婿取り』

 しつこく食い下がるクラウンを振り切るようにしてリジットが逃げ込んだ部屋には、先客がいた。
「リジットさん?」
 車椅子に座って古い書物をめくっていたのは、エイミーの弟のベベルである。
「ベベル? 何してるの、こんなところで?」
「それは僕の台詞ですよ。ここに置いてあるのは、古い時代の書物です。リジットさんのお仕事に関係しそうなものは、何もないと思うんですけど」
「それは……」
 なんとなく事実を言いづらく、リジットは眼鏡を直すふりをして時間を稼ごうとした。
 ばさり。その拍子に胸元に抱いていた書類に挟んでいた紙の束が床に落ちる。クラウンから逃げる時に適当に挟んでいたのが災いしたのだ。さらに間の悪いことに、落ちたのはベベルの目の前の床だった。
 ベベルが白い手を伸ばして、写真を拾い上げる。
「これは、男の人の写真……ウォームさんに、こっちはジョーさん?なんで礼装した皆さんの写真をわざわざ……」
 はっ、と何かに気づいたベベルが顔を上げてリジットを見る。
 かあああっ。リジットの顔が真っ赤になった。
 そのまま、ベベルは何も口にせず、リジットに落ちた写真を渡した。
「……」
「……」
 互いに沈黙が続く。
 ベベルは利発な上、優しい子だ。
 リジットが持っていた写真が何なのか。
 リジットがなぜ、この部屋に駆け込んできたのか。
 すべてを察した上で、沈黙してくれている。
 しかし、その優しさはリジットにとっては居心地が悪かった。そして、ベベルが用意してくれた、この時点で最上の選択肢である、何もなかったかのように部屋を出ていくことが、なぜか出来なかった。
「そうよ。お見合い写真よ」
 はぁっ、とため息をついてリジットは告白した。ベベルがくすり、と笑う。
「クラウンさんに、押しつけられたんですね」
「まあね」
 リジットは思う。本当にこの子はよく頭が回る。それに昔に比べてずいぶんと健康になった。レドが引き揚げた古代文明の遺産からいくつかの医療技術が再発見されたおかげだ。次世代の五賢人としての教育も、オルダム先生から受けている。
「仕方ないですよ。今やガルガンティア船団は、船団連絡会議の議長を務めるほどの大船団。その船団長が、いつまでも独身では、みんなやきもきしちゃいます」
 ベベルの表現はかなりオブラートに包まれている。古代技術を復元しつつあるガルガンティア船団の船団長であるリジットに外部から近づく男は、そこに権力と富の匂いをかぎつけた山師(サルベージャー)のような連中ばかりだ。
「まあね。クラウンが薦める縁談も、そのあたりを配慮してくれて、身内の中から選んでいるわ。後は古くから付き合いのある船団の船主とか。ありがたくは、あるのよね」
「でも、選びきれないんですね」
「ええ、そう。必要に迫られて義務で相手を選んでも、良い結果になるとは思えないのよ」
「どなたか、心に決めた方はおられないのですか」
「……いないわ」
 わずかに胸をよぎったのは、今は遠い人の面影。それは子供の頃には淡い初恋であり、長じてからは、深い尊敬と信頼へと変わっていった男の顔だった。
「いないわ」
 リジットはもう一度、自分に言い聞かせるように言った。
 あの人が生きていた時ですら、それは恋とか結婚とかとは無縁の感情だった。
 それでも、こういう時に最初に思い出してしまうのは、なぜなのだろう。
「リジットさんには、もう少し、時間が必要なのだと思います」
 ベベルは静かな口調で言った。
「船団長になったばっかりなのに、結婚でまで悩まれては大変です。オルダム先生とも相談して、周囲がうるさく結婚を勧めないようにできないか、考えてみます」
 表情にも、声にも、冗談めかした様子はない。
 ベベルは本気でそうするつもりなのだ。
「ありがとう、ベベル」
 リジットはベベルの頭に手をのばして、頭を撫でた。潮風に傷んでいないさらさらの髪の毛。ちょっとうらやましい。
 ベベルが、くすぐったそうに笑う。そういうところは、年相応の少年の笑顔だった。
「そうね、時間があれば……もうちょっと、成長する時間が」
 あんなにも、無表情で堅苦しかったレドが変化したように。
 あんなにも、お調子者で自分勝手だったピニオンが……そこはそのまま、人間として成長……してるはず。たぶん。きっと。
「私にも、時間が欲しいわ」
「はい、僕も時間が欲しいです」
「え?」
 リジットは、どきり、とする。まさか? いや、そんなはずは――そこまで考えて、ああ、とリジットは気づいた。ベベルは、これまでずっと、自分にあまり時間がない、と意識しつつ生きてきたのだ。
「そうね。あなたにもっと時間があげられるよう、私も頑張るわ」
「はい、一緒に頑張りましょう」
 ベベルが手を伸ばし、リジットはその手を握った。

(ひとまず、おしまい)