失意淡然

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焼きそばパン

 夏場の暑さで食欲が落ちたせいか、仕事の忙しさを理由にして、ついつい昼飯を食べ損ねる数日が続いているのだが。
 流石に朝食までコーヒー一杯にしてしまった今日のような日には、いい加減ふらふらして、ともかく目についたこんな個人経営の雑貨店に入ってしまったというわけだ。
 今時コンビニチェーンでもなくタバコ屋のおばあちゃんが片手間にやっているこんな昭和の遺物が、ビジネス街の片隅にひっそりと棲息しているのは、ミスマッチを通り越して不思議ですらある。
 しかし、こうした店というのは、どうしてこうも薄暗いのだろう・・・なんだか、不健全な事をしているような気分になってしまう。小学生ぐらいの頃、生まれて初めて1人で場末の喫茶店に入ってみた、そんな感じ。
 それから数十年も経ってしまって、昼休みの時間に急かされている今、そんな感傷に浸ってるわけにはいかないので、適当に並べられた食品棚の物色をすることにした。

 この暑さではカップ麺どころか、おにぎりすら胃に持たれそうな気がする。かといって、冷蔵ボックスで干からびた蕎麦なんて食べるのは惨めすぎる。
 飲み物は同じボックスの上にある午後ティーにするとして・・・合わせるパンが問題だと、振り返って視線を移す。
 メロンパンとかクリームパンとか、あまり甘みがあるようなお菓子を食べたい気分じゃあないんだ。
 カレーパンはちょっと重たすぎるか。じゃあアンパンかサンドイッチといったところで、ふとパンの鈍い茶一色の世界から浮かび上がった鮮やかな紅色が目についた。
焼きそばパンか・・・。

 会計をすませ、ちょろんと情けない鈴の音をさせてドアを開けてみると、先ほどまで無人だった入り口の灰皿のところに見慣れた制服の姿があった。
「「あ」」
 なんだかお互い微妙にずれた声が出てしまう。しまった、これじゃもう無視して素通りできない。
 後輩の女子社員か。名前、なんだっけ、まあいいか。タバコ、吸いに来てるんだな。
「あ、どうも」
「うん。あれ、いつもだっけ?ここ」
「いえ、じゃなくて。なんか、ちょっとしんどくて。すいません。ランチとか。いい加減、ちょっとつきあい、しんどくて」
 別に、そんなこと聞いてないんだが。
「うん、まあ、そうだよね。内勤だと。人間関係はさ」
「ほんとに。・・・なんかちょっと、いい加減仕事は慣れてきたんですけど、それ以外が。っていうかなんでそこまで気ぃ使わなきゃいけないんだろうっていう」
 どうでもいい。けど、わからなくもない。自分も同じ思いをして、だから営業に異動出したんだから。ってことは、大抵の人間が通る、ありふれた問題だってことなのかな。
 額に汗が滲んでくるのを感じながら、彼女の話に相槌を挟む作業が上手くいくのも、どこかにそうした共感があるからなんだろうか。ただ困ったことに、これではいつまでも終りが見えない。腹具合はもう、空腹を通りすぎてしまったみたいだ。なんだか悲しい。
「わかるかな、多分、それは。自分もそうだったから、そういうのなしで、純粋に仕事で評価されるポジションがいいなってのがあってさ。だから」
 でも、お前は無理だろう?腰掛けの仕事で、しかも実家住まいでさ。だから、結局それは、どうしょうもないことだってことなんだ。
 伝えられない本音をイメージしながら、もう諦めてビニール袋をゴソゴソと探りだす。ちょっとは話やめてくれないかななんて淡い期待をしながら。
「あ、買ったんですか、焼きそばパン」
「あ、うん」
「いやえっと、なんか、珍しいなって。そういうの食べるんだって」
「うん、まあね。暑いし」
「あぁ・・・え?」
「いいじゃん。たまにはさ。しんどいだろ。なんでも。イメージってさ」
「はい、ええ、はい・・・・そうですね、はい」
 口の中に焼きそばとパンのミックスされたもったりした食感が広がる。さっきまで望んではいたが、こんな感じの沈黙じゃ俺が悪いみたいじゃないか。
 話は結局それだけで、できるだけ素早く焼きそばパンを必死に咀嚼して立ち去るくらいしかできなかったのだが、何故だか少なくとも一週間くらいはこんなことが記憶に残りそうだ。

 特に、焼きそばパンは意外と甘口だったのが舌に残っている。

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dain


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