こいちゃんの趣味全開!!

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無題 Type2 第1章 第1稿

2012.11/22 by こいちゃん

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第1章

1
 高校に入って初めての中間試験が終わり、僕はのんびりと伸びをする。
「おい、今日こそは付き合ってくれるんだろうな?」
 隣の席の葉村に話しかけられる。
 入学から約1ヶ月ちょっと。隣同士で少し話をするようになって、ずっと遊びに行かないか、と誘われていたのだがずっと断っていた。
「流石に試験終了日には勉強もないだろ?」
 先に逃げ道をつぶされてしまう。いい加減言い訳を探すのもおっくうになっていたので、たまにはいいか、という気分になる。
 脳内で家計簿を読み込み、確かそんなに使っていなかったと思いながら今月の遊興費の残額を確認する。
 まぁ、いいかな。今日遊びに行っても今月の新刊はちゃんと買えそうだ。
「あまり遅くまではだめだけど、それでいいなら」
「うっしゃ。やっと落とせた」
 どこぞのシミュレーションゲームをやってるような台詞だった。
「お、ついにやったか」
 帰り支度を済ませたCとDが集まってくる。僕が教室で話すのは主にこの4人だ。
「本日はどうぞ宜しく」
 冗談めかして僕は頭を下げ、そして鞄に筆記用具を詰め込んだ。

2
 その後僕らは池袋のカラオケやゲーセンへ行った。一人では絶対行かない場所だった。最近の音楽は全然知らなかったためほとんど聞き役に徹していたが、それでも大人数で騒ぐのは楽しかった。
 そして今、僕らは高田馬場近くの葉村のうちにいる。2046年、数年前に始まった東アジア戦争で夜間営業縮小令が発令され、21時から翌朝5時まではあらゆる店が閉店することになっていた。今はもう“大都市の夜景”なんて言うものは見られないし、それを見るための商業施設も軒並み閉店してしまうからだ。見たいのなら丹沢や奥武蔵といった山に登るか、飛行機などに乗る必要がある。
 ほかにもこの戦争のせいで変わった決まりがいくつかある。まずは戦費(=税金)確保のために消費税率が大きく上がった。平時には猛反対をした政権野党だったが、戦時にもなると話が変わるらしい。国会で紛糾し10%までしか上がらなかった消費税だったが、今は30%に設定されている。次に煙草・アルコール類の年齢制限がなくなった。学校で危険性についてはしっかり教えるのだから、やりたい人は好きにしろ、ということらしい。これについては反対意見も多かったそうだが結局押し切られるように法案が成立した。同時にこれらにかけられる税率も一気に2倍になったので、政府の思惑通りには税収入は増えなかったという。

 商店がシャッターを下ろし、夜間の人通りが減った街は治安が悪化。もぐりで営業を続けようとも徒党を組んだ不良どもに襲われるため続けられなくなってしまった。今では夜も騒ぎたいのなら閉店前に食べ物・飲み物を買い込み、個人のうちでやることが一般的となっていた。
 というわけで現在時刻20時30分。僕らは夕飯の食材と酒を買い込み、葉村のうちに来ていた。
「山本以外お前ら料理できないだろ? 俺とこいつで夕飯作るから、その間食べられる場所を作っておいてくれ。適当に物はどけちゃっていいから」
 葉村のうちは万年床と週刊漫画とインスタント食品のカップでかすかに通り道があるくらいの散らかりようだった。いくら一人暮らしだといっても酷過ぎる。顔をひきつらせながらキッチンへ行くと、いつ使ったのかわからないほど汚れ、カビの生えかけている皿がシンクに何枚も重ねられていた。
「これはまず片付けから始める必要がありそうだな…」
 僕ら訪問者組は互いにうなずき合うと、葉村に向かって言い放つ。
「おいこの部屋の住民。掃除用具とゴミ袋をよこせ」

 なぜか同級生が住むアパートの一室を大掃除した僕らが夕飯にありつけたのは既に22時になろうかという頃だった。普通の人とは若干生活リズムの違う僕は、“自炊”といってもほとんどインスタントか出来合いのコンビニ弁当を加熱して食べるくらいの料理レベルの葉村を顎で使って4人分の夕飯を作るともう眠くて倒れそうだった。
 何とか全部食べ切り、食器を片付けていつも飲んでいる薬を飲むと、僕はそのまま寝てしまった。

3
 目が覚めると知らない天井。昨夜の記憶をたどって今自分がどこにいるのかを把握する。立ち上がって周りを見れば川の字になって倒れこんで寝ているほかの3人がいた。彼らを起こさないように気を付けて用を足しに行く。
 すっかり目のさえてしまった僕は鞄からパソコンを取り出すと電源を入れた。CPUクーラーの排気音が静かな夜に広がる。画面にメーカーのロゴマークと次いでブートローダーの選択画面が表示され、やがて起動ログが画面いっぱいに高速で流れていく。そして一度表示されていた文字列は初期化され、真っ黒な画面にログインプロンプトが表示されて止まった。
 ユーザー名とパスワードを手早く入力し、GUI(Graphical User Interface の略。画面上のボタンや画像などをマウスなどで選択してシステムやソフトウェアを操作する仕組みのこと。今の標準的な操作方法。)起動コマンドを打ち込む。黒地に白文字であるCUI(Character User Interface / Command-line User Interface の略。キーボードによって入力し、文字で結果の返ってくる古典的なコンピュータの操作方法。)の簡素な画面から一転、白い大きなウィンドウに表やグラフなどが描かれた小さな子ウィンドウがいくつも開かれていく。
 さて、まずは何から始めようか。

 ふ、と目が覚めたがまだ外は暗かった。カタカタ、と断続的に続く軽い音に顔をそっとあげると、そこには何か不気味な人がいた。思わず固まった俺は、一瞬誰だか分からなかった。
 ディスプレイのバックライトに下から照らされた楽しそうに微笑んでいる顔は山本だった。ヤツは器用にキーボードを打ち続けながら俺に向かって話しかけた。
「ごめん、起こしたみたいだね。それとも寝られないのかい」
「え、あ、うん、いや」
 今一つ間抜けな答えを返してしまった。
「じゃあ、暇つぶしを手伝ってくれないかな。ゲームでも」
 なんとなくもう一度寝づらい雰囲気だった。承諾を言葉の代わりに行動で示す。つまり、自分の端末を引き寄せた。
「TBでいいかい」
 タイプバトル、通称TBは2010年代にリリースされた長寿PCゲームのことだ。日本語用の106/109キーボードのほぼすべてのキーを使い、自キャラを操作する対戦格闘オンラインゲーム。攻守はもちろん移動、逃亡、魔法、必殺技もキーボードから入力する短い英単語を入力して行うため、タイピングも正確で速くないとレベルアップが難しい。
「別にいいぜ。この前やっとレベルアップしたんだ。でもお前がやってるとは思わなかったな」
「そんな好きなわけでもないんだけどさ。さっき君んちのサーバーを見させてもらった時に、TBのクッションクライアント、インストールされてたからさ」

 インターネットがいつでもどこでもある程度の回線速度を保ったまま接続できるようになったため、個人が持つパソコンや携帯電話はすたれ、インターネットの入出力用として最低限の性能しか持っていない“端末”と呼ばれる機器が代わりに普及している。しかしそれでは大規模なクライアントが必要となるゲームをはじめとする一部のソフトが使えなくなってしまう。そのほかにも、重要なデータを自分で保管したい、撮りためた写真や動画ファイルをすべて保存するためにはオンラインストレージサービスでは容量が足りない、という人も多く。ほとんどの家庭では一家に一台、ホームサーバーが設置された。
 TBのような大規模なプログラムは、ホームサーバーにクッションクライアント、通称CCと呼ばれる中継プログラムをインストールしておき、端末はそれに接続。画面に描画するデータやプレイヤーの状態などはCCが演算して結果を端末とやり取りする。

 山本のせりふを聞き、俺は違和感を感じた。そう、よく考えてみればこいつは、さっきまで寝ていたはずだ。
「お前、さっき俺らがやってた時寝てたよな」
「え? うん。起きたのは30分くらい前かな。薬飲むと眠くなるんだ」
「お前の持薬はこの際脇に置いておくとしてだ。何でお前がうちの無線LANのパスワードを知ってるんだ? それにホームサーバーのログインパスワードなんて誰にも教えた覚えないぞ」
「そりゃ、あんな前時代的な暗号化方式使ってるんだもん、2分くらいで分かったよ。サーバーのほうは公開鍵認証使ってなかったし、FTPサーバーのバージョンからパッチされてないセキュリティホールついて侵入して新規にアカウント作った。流石にこっちは10分くらいかかったけどね」
 こともなく犯した犯罪を告白する。さも当たり前のような口ぶりに唖然とした。
「なんで固まってるの? それより、サーバーのバージョンあげときなよ。アップデートパッケージ、大量にたまってるよ」
 普段の様子とはかけ離れた山本の行為とアドバイス。俺はどうすればいいのか分からなかった。

 僕は目の前でいつまでも固まっている葉村から視線をそらし、TBクライアントを操作して葉村のアカウントをパーティーとして登録した。
「応急措置的な侵入対策はやっといたから、早く始めようよ」
 その言葉に我に帰る葉村。とりあえず今あったやり取りは保留にするようだった。パーティー申請を受領し、ステージセレクト画面に移る。
「どこかやりたい場所、ある?」
「いや、特にない。お前とやったことないからな、先に好きなところを選んでくれ」
「分かった。今ちょっとアイテム類が不足してるんで、補充に適したステージにするよ?」
 そういって、僕は47589Eというクエストを選択した。

 TBはゲーム内スキルの一つに“創造”というものがある。これを上げると、最初はHPやMPが上昇するだけだが、徐々に回復薬や武器の原料、地形や地図の改変(ただしクエストが終了するとリセットされる一時的なもの)ができるようになり、完全習得するとメイン画面に“マップ・クエストエディタ”が追加され、ユーザーが制限内で自由にこれらを作成・追加できるようになる。すると初めは1つの地図に1クエストだったのだが、複数の、多いものだと10を超えるクエストが登録されるようになった。今も増え続ける地図と未踏破・未達成のクエストの多さがこのゲームを盛り立て続ける一つの理由でもある。
 先頭の数字が地図につけられた連番、そのあとのアルファベットがその地図に設定されたクエストの記号である。

 Enterキーを押すとメイン画面がブラックアウト。自由に配置が変えられる――僕は右側に表示させている――パーティーステータスを確認する。僕のレベルが63、葉村のレベルは41だった。やはりこれを確認していた葉村が素っ頓狂な声をあげかけ、寝ている2人を思い出して音量を抑えた。
「意外とレベル高いんだな」
「そうでもないと思ってたんだけどな」
 普通に遊んでいただけでここまでこれたので、それほどレベルが高い、という意識はなかった。しかしよく考えてみれば、レベルアップに大きな影響を与えるタイピング速度が“普通の人”よりもかなり速い。

 サクサクゲームを進めていく。選択したクエストよりはるかに低いレベルの俺は。経験値やドロップアイテムにたくさんのボーナスがつく。分相応なクエストを遊んでいるときに約4~5倍の早さでレベルアップを繰り返す。
「いや、お前とやるといいな、やっぱすげえわ」
 一定のリズムを刻むような連続した打鍵音。俺が使っているものと同じようなキーボードを打ち込むことで発生しているとは思えない。
 そして入力された文字列は確実にゲーム内で対戦相手を圧倒していく。長く複雑で間違えやすい魔法と特殊技のスペルを同時にこなす。
「昔のOSやサーバーとか、研究者に使われるOSなんかはキーボードだけでの操作、文字で指示を出すものもある。それを使っていれば自然に速くなるよ」
「お前、ただの高校生だよな。何でそんなの未だに使ってるんだよ」
「なんでだろう。便利だからかな?」
「絶対マウスとかタッチスクリーン使ったほうが楽だろ」
「もちろんマウスも使うよ。タッチスクリーンは性に合わないから無効化してるけど」
「タッチのほうが楽じゃね?」
「いやあ、狙ったところに百発百中で選択できないからさ、じれったくなるんだよね。反応悪いし」
「そもそも、何でこのご時世に端末じゃなくPC使ってるんだ?」
「端末は性能が貧弱だから」
「……」
 今までの会話も相当変わってるやつだと思っていたが、さらにレアな発言だった。このご時世、端末で足りなくなるような処理をオフラインでやる必要はまったくない。ついあきれて山本を見つめてしまう。
「おい、やられてるよ」
「うげっ」
 よそ見をしている間に操作していたキャラのHPが1割になる。慌てて回復魔法を打ち込むが、さっきのレベルアップで提示された魔法で慣れていなかったのが災いしてスペルがバーストした。
 対戦中のモンスターが攻撃の構えをとる。回避しようとするがその前に、状態固定魔法がかかった。これで一度は全ての移動、HP、MP、CPの増減などが封じられる。
 その魔法をかけた当人である山本は今もずっとキーボードをたたいている。俺は慌てて回避を取りやめるとモンスターの攻撃を受け、そしてその直後にHP全回復魔法がかかる。
「ナイスタイミングだな」
 のほほんとした声で言葉をかけるあいつは、いったいどんな神経をしているのだろう。

 モンスターを倒しクエスト成功。
 TBからログアウトし、ホームサーバーのアップデートを山本に任せて俺はキッチンに飲み物を取りに行く。飲んでいる薬のせいで酒も煙草もだめらしいヤツには牛乳――冷蔵庫にあった唯一のノンアルコール飲料――を、俺は缶ビールをもって部屋に引き返す。
「あ、どうも」
 PCを膝に乗せ、黒い画面を白い文字が流れていく様子を見ながら山本は受け取った牛乳を半分空にした。
「自分のサーバーくらい、ちゃんとメンテナンスしなよ」
 まるで教師のような物言いだったが、俺は肩をすくめるだけで何も言わずに、代わりに先ほど言い損ねた質問をぶつけることにした。
「で、何で今更PCなんて使い続けてるんだ?」
「性格的に、インターネット上の知らないサーバーに依存するのが嫌なんだ」
 クラウドコンピューティングは、基本的にインターネットにつながっていなければ何もできない、というようなことを口にする。
「目の前にあるコンピュータにデータを保存して、直接ファイルを書き換えるほうが好きなんだ」
「故障した時、データ吹っ飛んじまうぜ?」
「ちゃんとうちで定期的にバックアップとってるから大丈夫。むしろどこに保存したデータが最新だかわからなくなっちゃうんだよね、クラウドだと」
「セキュリティも個人のサーバーは危ないらしいし」
「きちんとメンテナンスして、毎日ログを確認して、設定を施せば、ネット上のサービスも人間が管理運営してるのは変わらない。危ないのは、君んちみたいに放ってあるサーバーが多いからだよ」
 確かにメンテナンスは面倒だよね、と笑った。
「それにさ、他人のサーバーに侵入するような処理、ちょっと任せられないから」
「それはそもそもやっちゃまずいだろ」
「ばれたか」
 まったく何がばれたか、だ。あの高校に通うだけあって、こいつも見た目とは違って“ヤバい”やつなのかもしれない。
 考えが見透かされたかのように意味ありげに山本が笑う。
「僕らは、君たちよりも多分、ずっとたちの悪い犯罪者だよ」
 そういうあいつはやはり、善良で人畜無害な高校生にしか見えなかった。

「ほら起きろー」
 あのあと2度寝した葉村たちを起こす。
「もう8時だよ?」
「んー、うっせーな、もうちょっと寝かせろよ」
「いや、遅刻するんだけど」
 しぶしぶごそごそ体を起こし、そして時計を見てぎょっとする。
「なんで起こしてくれねぇんだよ」
「起こしたよ。というか、寝起き悪すぎ」
 舌打ちしつつ学校へ行く準備を始めた。

 僕がコンビニへ4人分の朝食を買いに行っている間。ほかの3人はそれぞれの登校準備をしていた。
「おーい、お前の荷物持ってるぞ」
 葉村のうちに戻ると自転車の前で待っていた。駆け寄りながら
「え、っとPC入ってるよね」
「入れた入れた。ってか最初に気にするのがそれかよ」
 苦笑と共にCが僕の鞄を放る。
 落とさないように危なく受け取るとDの乗る自転車の荷台に座った。
「8時20分、これでとばせば遅刻せずに済むな」
 もう一台の自転車のペダルに足をかけた葉村が言葉を継ぐ。
「おし、行くか」

 言葉通り、僕らは始業3分前に教室へたどり着いた。

4
 下校中、俺と山本の帰り道。都道から細い道に曲がると、黒い乗用車が止まっているのが見えた。なんとなく胡散臭いその車を目にした途端。山本が立ち止った。
「およ?」
 固まったまま車を見る山本の目が、かすかに見慣れない感情に染まっていた。
「おい、どうし…」
たんだよ。
 俺の言葉をまるで無視して、表情を完全に消した山本が早足で車に近づく。慌てて追い駆けた。
 あと5歩で車に触れる、というところで、運転席の戸が開き、中から黒いスーツを着てネクタイをきっちり締めた外人が降りてきた。再び山本の足が機械のように止まる。
「やあ、久しぶりだね、山本君」
 流暢な日本語。恰好と釣り合わない台詞。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
 表情が抜け落ち、感情のこもらない台詞。
 あいつからも、謎の外人からも思考がちっとも読み取れなかったが、口を出せるような雰囲気ではない。
 沈黙。
 どうしようもなくただ突っ立っているだけの俺に、話しかけたのは外人の方だったが、それに答えたのは山本だった。
「君は山本君の学友かな」
「彼は関係ない」
 遮断するような言葉。
 俺に喋らせないようなタイミング。
 再びの沈黙。
 口火を切ったのは、やはり外人の方だった。
「ふふ、調べれば済むことだ。そうだろう、葉村君」
「!?」
 見ず知らずの人間に名前を知られている。それはあまりに不気味で、恐ろしかった。
 山本は溜息を一つ。そして相手への猫かぶりをやめた。
「流石、手が早いな」
「いや、君ほどではない」
 軽い冗談を言い合うような2人はしかしどちらも無表情で。自分自身が生きている世界とは別のそれの住人だ、と言われても信じられそうだった。
「で、何の用だ」
「大したことじゃあない。ただ、君が他人と仲良くなるなんて、珍しいなと思ってね。あれ以来、初めてなんじゃないか?」
「彼方に心配されるようなことじゃない」
「そうか、自分の立場と過去を理解しているのなら別に構わないがね」
 相手の反応を観察するように見下ろす。
「ちなみに今日はただ単に、催促に来ただけさ」
「……」
「君に頼んだ新システム。納期は1週間後だが、順調に進んでいるのかな、と思ってね」
「言われるまでもない。もう少しでデバッグが終わるさ」
「こちらでやるからいい、と言ってあるのに」
「彼方達がやるのはエラーを誘発することだろう」
「何のことかな? 君が前作ったようなウイルスにも対応できるようなシステムでないとね。僕らはあのシステムに、言ってみれば命を預けているわけだから」
「散々無茶な注文を付けといてよく言うよ。どうせ解析して、改造して使うくせに」
「こちらとしては、納期までに納めてくれればそれでいい。契約不履行にならないことを祈っているよ」
 そして俺のほうを向き、ニヤリと笑う。
「ではまた、君の安全を願っているよ」
 1動作で車に乗り込み、戸を閉めた。山本はまだ度肝を抜かれたままの俺を無言で促し道の脇へ退いて、去っていく車を見えなくなるまで見つめていた。
 ふと山本を見て気が付いた。すぐさっきまで何の色も移していなかった目に、強い憎悪とわずかな恐怖が見て取れた。それはいつも飄々として、存在感の薄い、感情を表に出さないあいつとは別人のようだった。

 隣で訳が分からず、声をかけようか迷っている葉村を視界の隅にとらえ、僕はため息をついて全身に入っていた力を抜いた。下を向いて一度強く目をつぶると、顔を上げて葉村に話しかけた。
「ごめん、面倒なことに巻き込んじゃったみたいだ」
「なんでお前が謝るんだよ」
「僕が元凶だからだよ」
「元凶、ってそんな…」
 力なく笑い。しかしこれ以上、無関係な人を危険に近づける訳にはいかない。覚悟を決める。表情を改めて、告げた。
「もう、僕と関わらないでくれないか」
「……は?」
「言葉通りだ。結構楽しかったんだけど、これ以上は」
「いやお前、何をそんな突然。さっきの奴のせいか」
「きっかけは確かにその通りだけど。でも自分の意思だ。じゃあ、また」
「待てって。どういうことだよ。説明しろ」
「それじゃ意味がないよ。僕の過去がそうしなくてはならない、と決めたんだから。説明してしまったら、意味がない」
「意味、意味って、わけわかんねぇよ。意味が分からない」
「それでいいんだ。僕は適当にはぐらかすつもりなんだから」
「な、お、……絶対はぐらかされねぇぞ」
「何を?」
「何って……」
「何をはぐらかされないって?」
 思惑通りに頭がこんがらかったらしい。もう一人が何か言っているが、押し切った。
「ほんじゃ、また。なんかあれば、いやでも関わりができるだろう」
 言い捨て、背を向けて歩き出す。葉村を振り返らない。もう追い駆けても、引き留めもされなかった。

 ――本当にあれでよかったのかよ。
 ――いいんだ、危険に巻き込んでしまうよりは。死ぬよりはましだろう。
 ――いいやつだったじゃねぇか。
 ――それとこれとは別だよ。
 ――そうだけどさ。
 ――次に僕らみたいな人間に出会ったときに、その人に対して積極的になれる、ああいう珍しいタイプを失うわけにはいかないと思わないか?
 ――でも、……まぁ、うん。
 ――感情が納得しないんだ、っていうのは伝わったよ。だけど、もうこれ以上僕らのせいで狂わされる人を増やしてはいけない。そうだろ?
 ――……。
 ――もういいよ、済んだことだ。この話は手打ち、いいね。
 ――……分かった。

 1日休みを挟んだ、月曜日。
 学校へ行くと、入学時と同じ状態に戻っていた。
 始業20分前に教室へ、教育機関用個人端末で学校通信網にログインして始業まで本を読む。
 授業中話しかけられることもなく昼休みに一人で弁当を食べ、午後の授業まで本を読む。
 放課後は終業と共に教室を出て家へ帰る。
 いつも同じサイクル。誰かが自分を見ていても、気付かないふり。話しかけられても音を出さないままのイヤホンを耳に押し込んでおいて聞こえないふり。

 1日が経ち、2日が経ち、3日が経ち。
 家でも一人だから、誰ともしゃべらない。授業中に指名されても、1週間、2週間と出さなかった声はうまく出なくなる。
 頼まれていたOSは締め切り前に納入し、機密に引っかからない部分を基礎として自分で使うために更に機能を強化してまとめあげる。次に自分のコンピュータのOSをすべてこれで上書きする。最後に元のプログラムのライセンスに従ってソースコードをサーバーにコピーし、リリースノートや新しいダウンロードページを作成して公開する。
 プロジェクト名義で出版するために書いた解説書の発売日は公開の2週間後。結構売れたらしいが、興味がなかったので具体的にどれくらい売れたのかは知らない。

5
 そして期末試験がやってきて。いつも通りにだれからも文句の言われないレベルの点は取れたかな、と結果を予想する。月曜から金曜まで丸々使って試験をし、学校は採点のためにその週の土曜日は休校になる。
 金曜日、試験が終わり、僕は試験中に発売された新刊を買いに新宿へ出た。00年代に流行った小説に出てくる大手書店で文庫本を数冊買いこみ、別館にコミックと一緒に並んでいる小説を見に行くと、書棚の前で背表紙をにらみつけていたのは葉村だった。
 向こうも僕に気付く。あれ以来口をきいていない。お互いに気まずくなり、しかし露骨に避けることもできない。並んで書棚を見、目当ての本を手に取る。彼は何か言おうとしているみたいだったが、一度決めたこと、僕は無視してレジに向かった。
 しかし本は買えなかった。
 停電したからだ。
 突然周りが暗くなる。本屋というものは大抵、日光で売り物が日焼けしないように、ほとんどの窓を封じてある。ホラー漫画につけられたポップが不気味に揺れた。すぐに非常灯がつくが、レジスターは動かない。
 書店員さんが小声で状況を見てくるとかなんとかつぶやいて、バックヤードに駆け込んでいった。
 仕方がないから手に持った本は金を払わなくてもいいか、と鞄の中に入れようとすると、後ろから制止の声が飛んできた。
「お前、ここで万引きかよ」
「……か」
 声が出ない。咳払いしてから改めて言い直す。
「君が止めるとは思わなかったけど」
「悪かったな、どうせ俺は不良だよ。だがお前ほど図太くねぇし、こういう時には助け合いだろ」
「へぇ、意外だな。率先して10冊くらい持っていくタイプだと思ってた」
 へっ、と横を向く。
「周りからそう思われてんのも知ってるよ。だけど中身は」
違うんだ。
 口がそう動いていたが、声は聞き取れなかった。
 外から轟音と爆音。建物と腹の底に響いたからだ。
 僕らは本をレジカウンターに置き、慌てて外に出た。空気が焦げ臭く、遠くのほうで煙が上がっていた。
 直感がここにいるのは危険だ、と告げていた。地下に逃げようとする僕に、もう一人が葉村も連れて行け、と叫ぶ。言われるがまま僕は葉村の手をつかむと、正面、書店の本館地下へ飛び込んだ。頭の片隅では、せっかく仲が悪くなっていたのに、と嘆いている理性がいたが、雑念を振り払って僕らは非常灯のうすぼんやりした明かりの下、人や物にぶつかりながら地下鉄の改札口目指して走った。

「おい、どこに連れてくつもりだよ」
 停電して電車の動かない地下鉄のトンネル。真っ暗な空間を非常用に携帯していたヘッドランプの光を頼りに僕らは走っていた。
 立ち止まりつかんでいた手を放す。普段運動をしない僕も、喫煙者の葉村も、気付くとかなり息が上がっていた。よろよろとトンネルの端にしゃがみ込む。
 息を整えるのに数分を使う。その間に、僕はこれからどうすればいいか、を考えていた。
「…お前、この暗闇は怖くねぇのかよ」
「わりと平気」
 試しにヘッドランプを消してみる。
 何も見えなかった。トンネルの彼方も、隣の葉村も、自分の手も。まったくの暗闇の中、響くのは僕らの呼吸だけだった。耳を澄ませても、聞こえるのはせいぜい水が流れる音だけ。誰かがトンネル内にいる可能性はなさそうだった。
「地上が安全かどうかわからなかったから。下水道管を通ってうちに案内するつもりだったんだ」
「お前んち? 安全なのかよ」
「多分、そこらへんの家や商店よりは」
「…ほぅ、その自信はどこから来るんだ」
「うちの地下には、個人住宅用簡易下水処理装置がついてるんだ。非常時に微生物を使って下水を処理し、そして下水と処理時に発生したガスを使って最低限の発電をするために」
「あれって実用化してたのか」
「いや、一般には普及してないよ。試験的に設置されてるだけで。でもそのおかげで、ある程度の核攻撃くらいなら耐えられるくらいのシェルターを持ってる」
 まだ、この時代最強の兵器は核兵器である。
「そんなの持ってるのかよ…」
「どうする、もう行くかい?」
「早くたどり着いたほうが安全そうだからな」
 ヘッドランプを点け直して僕らは歩き出す。

 地下鉄管理施設にある下水道管への入り口から一度も地上に出ずに山本んちにたどり着いた。
「お前は本当に何者なんだ?」
 つい聞いてしまう。いくら旧式の錠前だったといえ、地下鉄施設のドアをクリップでピッキングに挑戦し、成功してしまったうえ暗闇の入り組んだ下水道を通って自分の家にたどりつけてしまったのだから。
「ただの高校生だよ」
 ごく軽い山本の回答。俺にはとてもそうは思えなかったが。
 俺らはトンネル内を歩いてきて汚れた制服を脱いだ。汚い制服をビニール袋に入れ、下水処理室から準備室へ移動。山本がつけた蛍光灯に照らされたのはコンクリートむき出しの8畳くらいの四角い寒い殺風景な部屋。
「ようこそ、僕の部屋に」
「お前、どういううちだよ、これ」
 思わずつっこみを入れてしまう。
 正面の壁にはのび太が使っているような机。机の上には3台のディスプレイと3つのキーボード、2つのマウス。右と手前の壁一面に設置された本棚の棚は様々なレーベルの文庫本で埋められている。左側の壁にはカレンダーと学校においてあるようなタッチ式のスクリーンが貼られている。
「こういううち、としか言いようがないなぁ。それに地上にも僕の部屋あるし」
 そういって指さすのは左隅にある梯子と、天井にあいた穴だった。
「というわけで上の様子見がてら着替え持ってくる。いつまでもそんな格好じゃ寒いだろう?」
 滑ったり転んだりしながら歩いてきたため下着まで全滅だった俺はただいますっぽんぽんなのだ。
「着替えとってくるから待ってて。あ、そうだ、絶対に電子機器には触らないでね。君じゃなんかあった時、対処できないと思うから」
 そういうと同じく裸の山本はレジ袋に2人分の汚れた服を詰め込んで梯子を慣れた様子で登っていく。確かあいつは運動音痴だったと思う。

 数分経ち、着替えを持って山本が下りてきた。
「サイズは平気かな。下着はちゃんと、予備の未使用を持ってきたから、安心して使ってくれていいよ」
「…それはどうも」
 いそいそと着替える。幸い俺たちは服のサイズが同じだった。
 着替え終わって一息。煙草を吸おうと思った俺は全身を無意識にたたくが、他人の服だ、当然ライターひとつ出てこない。
「そういえば外はどんなだったんだ?」
「うーん、そうだな、酷かったよ」

 ここら辺はそんなでもなかったんだけど、池袋や新宿、東京駅の方角は結構空が赤かったな。
 現在時刻? 日付が変わった頃だね。火事の煙で星は見えないし月はかすんでるし。何が地球温暖化、だよ、って感じかな。
 この辺りはホント、停電してる、ってこと以外はなにも変わりなく平和だったよ。ここ? 下水道処理装置についてるメタンガス発電機が電気を供給してるから。下水がある程度たまってからまとめて処理するんだ、普段は動いてなくて、余ってる分の電気で地下室の機械を動かしてるんだ。
 空は小鳥一羽として飛んでるものはなかったよ。まあ夜だから、もともと鳥は飛ばないけど。静かなものさ、だれも住んでいないかのように。

5
 気が付くとパイプ椅子に逆さに座っていた。体には毛布もかかっている。まわりを見回してどこかの地下室か、と思った俺は昨日のことを思い出した。
 聞いているうちにうとうとしてきて、どうやら寝てしまったらしい。ディスプレイの前に座っている山本がキーボードをたたく音がうるさいくらいだった。
 ふとその音が止まる。1秒にも満たない音の空白が、地下室がいかに静かかを感じさせる。
 軋んだ音を立てて山本が回転いすを回して俺と向き合う。
「やあ、おはよう」
 もごもごとあいさつを返す。
 俺は立ち上がり、伸びをして。
「今、何時くらい?」
「正午前ってとこだな。よく眠れたかい?」
「おかげさまで。…なぁ、地上に見てきちゃだめか」
 ちょっと思案する山本。
「いいよ、行こう。特に音がしないから、多分もう上も落ち着いたんだろう。食事にするか」
「食べてなかったのか」
「なわけないだろう、僕の昼と君の朝だ」
 コンピュータを触り、どうやらロックしたらしいヤツは椅子から立ち上がり穴の下に立つ。
「結構長いから、覚悟しなよ」
 奴はいたずらっぽく笑った。
「へっ、典型的なオタクもやしっ子になんか負けるかよ」

 梯子は結構長かった。あいつに察知されたらからかわれることは必至なので外に出さないように気を付けたのだが、あのにやにやした顔からして、どうやらつらかったことはばれているらしい。明日筋肉痛にならなければいいのだが。
 梯子の頂上は押し入れの中だった。押し入れの下段からはい出るのはガキの頃のかくれんぼ以来だ。
「普通の部屋じゃん」
「そうかな」
 確かに、押し入れの上段に布団がいつでも寝れるように敷いてあったり、勉強机の上にカセットコンロが置いてあったりするのを見て、
「…普通ではないな」
「だろう?」
「自慢げに言うなよ!」
 ベランダに鉄パイプの屋根があるのはわかる。洗濯機があるのもわかる。その隣にマルチノズル付きのホースがあるのもわかる。だが、なぜかこれらが堂々と置いてある様子は、なんと言うか異様だった。
「お前、この部屋だけで生きていけるだろ」
 押し入れ下段に設置された小型冷蔵庫を見ながら言うと、さも当然、という風に
「そりゃあ、そうだ」
 と返された。
「僕は基本的に、この家にいても他の区画には立ち入らないよ。出入りもベランダからやってるし」
「この部屋2階だろ、どうやって出入りしてるんだ」
「窓から出て左側に足場と梯子があるんだ、そこから庭に下りる。玄関から庭に行けるし」
「どういう生活してるのか、ますます分からなくなったぞ」
「こういう生活さ」

 窓の外に約6畳、家の中に8畳。ベランダには鉄パイプで屋根の骨組みが作られていて、太陽光発電パネルが設置されている。部屋の中から見て右側に水道、左側に先ほど登ってきた梯子、奥に置いてあるプランターには苦瓜らしき植物が育っている。
 室内は和室。右の壁を埋める大きな本棚。窓の内側、左にはスチール机があり、上にデスクトップパソコンが置いてある。押入れの戸は開け放され、上の段には布団と枕が見え、下の段には冷蔵庫があった。
 一通りの生活を営むために必要な設備はそろっているようだ。

「さて、説明してくれるんだろうな」
「この部屋のこと? いや、ちょっと妹に嫌われてるらしくてさ、この部屋から出ると嫌がられるんだよね。こっちに非があるかな、って思ってるからさ、この部屋だけで生活できるようにしてもらったんだ」
「だから出入りも窓からなのか…」
「そう。慣れると便利だよ。地下室もあるし、屋根裏も使えるし、ベランダに水道引いてあるから冷たくていいのならシャワーも浴びれるし。住めば都ってやつ?」
「……」
「風呂は銭湯に通ってる。このあたり、まだ銭湯いくつかあるしさ、ついでに買い物も済ませて、そこのカセットコンロ使って料理して。それに僕はほかの大多数の人間と生活時間帯違うみたいだから、隔離されてると逆に楽なんだよね」
 当たり前のように、自分自身が“隔離”されていると言い放つ。
「経験から、僕と関わった人間は、…そうだな、こういうとなんかフィクションみたいだけど、『運命を捻じ曲げられてしまう』。いい方向に変わるならましだけど、そうとも限らないからさ。自分で自分を他人から隔離してる、それだけだよ」
「お前はそれで寂しくないのか」
「別に」
「…やせ我慢でもなく?」
 山本は鼻で笑う。
「そんなわけあるか。そもそも人と関わること自体、嫌いなんだ。一人で狭い中に閉じこもっているほうがずっと性にあってる」
 否定されても釈然としない。
「なら、何でお前はさっき俺を置いていかなかったんだよ」
「ただの気まぐれさ、特に理由なんてない」
「無意識に人を頼りたがってるんじゃないのか」
「そんな意味のない質問聞いてどうするの、無意識なら聞いたって無駄だろ。自覚がないんだから」
「……」
 揚げ足を取られて俺が継ぐ言葉をすぐに見つけられずにできた一瞬の時間の隙間に、
「もう一人が連れて行けって言ったんだ」
 山本がつぶやいた言葉を聞き取れなかった。
 何度聞きなおしても、もう一度は言ってくれなかった。

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