こいちゃんの趣味全開!!

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無題 Type1 第2章 第1稿

2013.01/15 by こいちゃん

<無題> Type1
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第2章

1
 ある春の日。今月から自宅でできる仕事に転職して間もないころ。
「ねーねーおかあさん、それ、おれもやりたいー」
「だぁめ。これはおかあさんのおしごとにひつようなきかいなの」
「やだー、おれもカタカタやりたいー」
 まったく、この子はなんでこんなに私《母親》のパソコンに興味を持っているのだろう。触らせたこともなければ、教えたこともないのに。
「このきかいでおかあさんがおしごとしないと、おかねがもらえなくちゃってたべるものもなくなっちゃうよ?」
「それもやだー」
 どうしよう、頼まれている原稿は今夜が期限なのに。この子にかまっていたらいつ終わるかわからなくなる。
「ゆうくんせんようのパソコンをおかあさんがよういしてあげるから、きょうはもうねよう? ゆざめしちゃうから」
「まだねたくない、おきてられるー」
「だめ。ねないとパソコンあげないよ?」
 あぁ、言っちゃった。確かにこの前買い換えたから古い、まだ使えるノートパソコンが1台あるのだけれど。でもパソコンは、まだ幼稚園の年長でしかない子供に与えても構わない道具なのだろうか。
 でもこうでも言わないとこの子は寝てくれないし。しょうがない、口が滑ったのは私なのだから、用意してあげよう。
 まだぐずぐずしていたが、私が立ち上がって寝室まで手を引いてやったら、ようやくおとなしく寝る気になったらしい。
 わが子ながら単純なやつだ。布団に入った途端、目がとろんとしてきた。
「おやすみなさい、また明日、Good night」
「おやすみなさい、また明日、グーンナイ」
 まだ幼い息子には英語の発音ができない。これが可愛くてつい毎夜言っていたら、寝る時のおまじないのように定着してしまった。
 隣の布団ですでに眠っている3歳の娘を起こさないようにそっと寝室を出る。
「さあ、早く原稿を片付けて、パソコンの初期設定をするぞ」
 眠気を振り払うために、息子を起こさない程度に大きな声で勇ましく宣言をして、パソコンの前に座った。

 やはり小学生にもならない子供にパソコンを与えるのは気が引けたので、簡単に使えないように、難しい道具だと理解させるために、補助記憶装置を初期化しただけのパソコンを用意した。CUIを使うOSの解説書だけでは難し過ぎるから、紙の国語辞典を明日幼稚園に預けている間に買ってこよう。そうすれば飽きっぽいあの子のことだ、すぐに飽きてくれるだろう。
 そう目論んで、電気を消し布団に潜り込む。2人の子供の体温でおなかのあたりは暖かくなっていたが、足は冷たいままだった。

2
 幼稚園から帰ってくるなり、息子に飛びつかれる。
「ね、ね、はやくおれのパソコンちょうだい」
「まだまって、そとからかえってきたらまずなにをするんだっけ?」
「てあらいうがいー!!」
「よくできましたー」
 活発な兄は物静かな妹の手を引いて洗面所へ飛び込む。
 ほほえましい光景を見る私の頬が緩んだ。
 帰りがけ、スーパーで買ってきた野菜と肉を冷蔵庫にしまう。今日の晩御飯は何にしようか。
 悩んでいるとパタパタ軽い足音。冷蔵庫の扉を閉めて振り向くと息子が満面の笑みを浮かべて立っていた。
 リビングまで歩いていき、昨晩用意したノートパソコンと取扱説明書、ACアダプターなどを机の上に持ってきて見せる。
 目が輝いている息子に向き直り、考えておいた約束事を言う。
「ゆうくん、さいしょにおかあさんとやくそくがあるの。これがまもれないなら、これはあげられないな」
「え、なになに?」
「いい、まず、パソコンはこのへや、|テレビのへや《リビング》から出しちゃダメ。それとこのほんとじしょもあげるから、パソコンのことはひとりでおべんきょうするのよ」
「うん、わかった」
「ちゃんとまもれるわね?」
「うん!」
 嬉々とした表情で2~3年前のパソコンを重そうに抱える様子を見て、とりあえず好きにさせてみよう、と覚悟を決めた。

 一度、上手く動かない(それはそうだ、何もOSがインストールされていないのだから)と文句を言ってきたのだが、その時すげなく突っ放したらそれ以降なにも聞いてこなくなった。本当に一人で、大人向けの分厚い国語辞典とOSの解説書を交互に見て勉強している。そして1ヶ月後、ついに本に書いてある通りにOSをインストールしていた。
 どうやらそれでパソコンがどういうものなのかだいたい分かってしまったようで、そこからの成長ぶりはそれはもう大人顔向けの速度だった。いろいろとやらなければならない事の多い大人と違い、幼稚園から帰ってきたら後のほぼすべての時間、約半日ををパソコン学習に振り向けることができたからだろう。
 私があげた本は、娘が生まれてまもなく亡くなった旦那――コンピュータ系の技術者であった――が書いたLinuxでサーバーを作るための解説書。私が勉強するために購入した、セキュリティやインターネットそのものの解説にもかなりの分量がさかれているタイプで、私でも読み切って理解するのはなかなか大変だった。
 そしてその本も、幼稚園が夏休みに入った数日後、ついに読み切ってしまったらしい。本当に理解しているのか疑問に思った私は、試しに仕事を息子に持ちかけてみた。
「ねえゆうくん、apache の設定がうまくいかないんだけど、どうすればいいかな」
「apache、ってことはウェブサーバーだよね。どこのぶぶん?」
「えーと、SSH でいくつものドメインをつかうあたりかな」
「HTTP なのに SSH なの? SSL じゃないの?」
 かなり専門的な話をしているはずなのに、余裕でついてこれる幼稚園の息子。
 あれこれ続けて質問してみるも、幼稚園生だからか、日本語で上手く表現できないだけでかなりコンピュータの知識がついているようだ。
 すぐ挫折すると思っていたのに、こんなのめりこむとは思わなかった。やっぱり|旦那《無類のコンピュータオタク》の子なのかしら? 少しうれしくなってしまう。
 あなた、息子は元気にやってますよ?

 しばらく解説書なしでインターネットの海から情報を探していた息子だったが、1週間くらい経って、「次の本がほしい」と言い出した。
「インターネットじゃだめなの?」
「やだ。けんさくしてもでてこないんだもん」
 話を聞いてみると、調べる手掛かりになる知識がないと辛い、という事らしい。基礎は本で学び、インターネットで実際に使う知識を補完する。そのための本がほしいとのこと。
「じゃあ、今日はちょっとおかあさんにおじかんがないから、あしたでいい?」
「うん」
「ゆうくんは、どんなごほんがほしいか、かんがえておいてね」
「わかった!」

 本当に理解できているのか、正直信じられないのだが。読まなくなったら私が読めばいいか。そう思って少し高かったが、Webプログラミングの本とインターネットセキュリティの本を買い与えた。
 うちに帰るなり重さが身に余っている本を抱えてパソコンにかじりつく息子だった。

 そしてまた4月。息子はいよいよ小学生になる。
 ちゃんと一人で通えるのかしら。
 お友達はできるのかしら。
 わが子が学校に通うという事は、親をなんてドキドキさせる出来事なのだろう。
 ランドセルを自慢げに背負ってはいるものの背負わされているような、まだ小さい息子を見て、親馬鹿丸出しになって心配してしまう。
「ねぇ、はやくいこうよー」
 急かす息子。娘を連れて、もう一度忘れ物がないかハンドバックの中を覗き込んで確認する。
「わすれものはないわね?」
 心配になって尋ねてしまう。
「きょう5かいめだよ、おれにそういうの」
「あら、そんなにいったかしら」
「うん、いった。ねぇ、はやくいこう? ちこくしちゃうよ」
「え、こんなじかん。ごめんね、おかあさんゆっくりしすぎちゃったみたい」
 靴を履き、慌てて玄関の鍵を閉める。
 両手に二人の子供と手をつなぎ、入学予定の小学校まで子供がついてこられるギリギリの速さで歩いた。
 一番緊張しているのは、母親である私のようだ。

3
 小学2年生、夏休み前の家庭訪問にそなえて1年も前に書いた日記を読み返してみて、私はこんなに「息子の小学校入学」という一区切りに浮ついていたのだと改めて感じた。
 学校での息子の様子を家庭訪問の時に担任の先生に聞いて、私は少しぐらついている。毎日さっさと学校から帰ってくる息子を見て、「友達がいないんじゃないか」と心配していたのだが。
 そしてやはり、息子は学校で一人らしい。まだクラスメイトにいじめられている、とかそういう仲間に入れてもらえない、というタイプの孤独なら、まだマシだった。
 息子は休み時間になると、書き込みだらけのコンピュータの解説書とにらめっこして、クラスメイトに話しかけられてもほぼ無反応、という手の打ちようがない、どうしようもない引きこもり気質だそうだ。
 うちに帰るとまずパソコンの電源を入れて、それから外に遊びに行くこともなくおやつを要求し、それをわきに置いて食べつつ夕食までずっと画面に張り付いている。
 そんな息子を視界の隅に見て、先生が帰った後の洗い物をしながらため息をついた。
 どうしよう、あの子を少し、パソコンから引き離そうかしら。でも昼間、娘を保育園に預けた後に私は仕事に出てしまう。うちにいなければあの子がこっそりパソコンをいじっていても、叱ってやることも注意することもできない。
 …何もしないよりはいいか、注意する意味がないのなら才能を伸ばすために放っておくほうがいいか。
 思考が堂々巡り。うわの空になっていたら、手が滑ってコップが落ちて、割れてしまった。
「だいじょうぶ?」
「…うん、ごめんね、なんでもないから」
 しまいには息子に心配される母親。自分で自分が嫌になる。

4
 いつもみたいにきょうしつで本をよんでいたら、クラスメイトのふじもりくんがおれのそばにきていった。
「おい、やまもと。なんでおまえはいつもそんなあついものばっかりよんでるんだよ」
「…おもしろいから」
「へっ、おもしろいわけねーじゃん、ならってないかんじがいっぱいかいてあるんだぜ。おれらとおなじとしのやつがそんなのよめるわけあるかよ」
「…おれはよめるし、わかるぜ」
「うそつけ、じゃあよんでみろよ」
 めんどくさい、おれはいま、本をよんでたのに。
「|ひょうじするきじすうをげっとでしていされているばあいはそれをとりこみ、りようします《表示する記事数をGETで指定されている場合はそれを取り込み、利用します》」
「……」
「これでもう、本にもどってもいいかな」
 こたえをきかないでもじをよみはじめた。すぐにおれのまわりからひとがいなくなった。

 ほうかごになる。きのうはできなかったけど、きょうこそはおかあさんのファイルを見てやるんだ、そしておどろかせてやるんだ。

 いえのかぎをじぶんであけて、くつをぬぎすてる。ランドセルをじぶんのへやになげこんでパソコンのでんげんを入れた。BIOSのがめんがいっぱいにひろがる。
 あ、おれ、わくわくしてる。
 ログインプロンプトにユーザー名とパスワードをうちこむゆびがいつもより、はねていた。

「できたー!!」
 よる8じ。
「どうしたの?」
「あ、ねぇおかあさん」
「なぁに?」
「ホームディレクトリになんかテキストファイルおいといてよ」
「なににするの…?」
「いいから、いいから」
 くびをひねりながらもPCをさわって。
「いいわよ、ほぞんした」
 もらったおれのPCに飛びついて、おかあさんのPCにしんにゅうしてみる。さっきみたいにやればきっと…。
「見れたー!! ね、おかあさん! ほら見て、これでしょ、さっきつくってくれたテキストファイル!」
 うれしくなってがめんに出したテキストファイルのなかをおかあさんに見せる。
「すごいでしょ!?」
 でも、おかあさんはかおをすこし白くしてなにも言ってくれない。
「…おかあさん?」
「ゆうき。これ、どうやったの」
「おしえてほしいの?」
「いいからいいなさい」
 こわいかおをしてまっすぐおれの目を見る。これは、おこるちょくぜんのかおだ。
「…あのね、おかあさんもさいしんばんのAOSORAつかってるでしょ? カーネルにセキュリティーホールがあるんだ。そのPCのNICドライバとのあいしょうがわるくて」
「それで?」
「そこをたたくプログラムつくってudevから管理者権限とってホームディレクトリをよんだ」
「そのプログラムのソース見せなさい」
「うん」
 なんでおこられるのかわからないけど、たたかれるのはいやだったからソースコードをひらいた。
 なにもいわないでソースコードを見るおかあさん。目が“しごとモード”だった。
 これがこーであれがあーで、とつぶやきながら上に下にいそがしくがめんをスクロールさせる。
「…これ、この子の将来が怖いわ…」
「どうしたの?」
「…ん、うぅん、なんでもない」
 おかあさんはためいきをついて、それからおれにPCをかえした。
「いい、ほかの人のPCにはぜったい、しんにゅうしちゃだめよ。これはおかあさんとのやくそく、まもれる?」
「うん、わかった。もうしない」
 なんでしんにゅうしちゃいけないの。
 ききたかったけど、せっかくおこられずにすみそうなときに、そんなこと言ったらおこられちゃうから言わない。
「ぜったいだめだからね。まもれなかったらPCは、ぼっしゅうですからね」
「うん」
「じゃあもうきょうは、おふろ入ってねなさい」
「わかった」
 でも。
 おかあさんのPCにしんにゅうするのはパズルみたいでおもしろかったな。
 おかあさんにはこのたのしみがわからないのかな。

5
 やっぱり、ほかのコンピュータにしんにゅうするって楽しい。
 けっきょくおれは、冬休みまでがまんできず、ネット上のサーバーにいろいろしんにゅうしてはデータをもらってきた。固いコピーガードがかかったビデオ、高いソフトの|ライセンス《利用権》、|端末で読む本《電子書籍》。
 てきのサーバー管理者との化かし合い、パズルみたいな抜け穴探し。
 クラスメイトがやってるケータイゲーム、やったことはないけどたぶん、こっちのほうが楽しい。
 今日はどこを見に行こう、ちょっとむずかしめのサーバーがいいな。

 30分後。
 おれはがめんに出てきた見てはいけないデータにびっくりしていた。
来年の春に開戦 軍事機密 総理大臣の許可 米国との交渉成立 一時的にアメリカの属国化
 むずかしくてよく分からない言葉が書かれたファイルを見つけた。これは何のサーバーだろう。
 普通の検索エンジンでドメインを検索する。
検索結果: 1,000,000,000件 (0.02sec) 第1候補: アメリカ軍ホームページ
 アメリカ軍?
 もっとさがしてみて、アメリカの、戦う人たちの秘密なんだと分かった。
 おれがどうしようもなくおどろいて動けないでいたら、侵入中のクラックツールがビープ音を出して、てきとたたかっていることを知らせてきた。
「やばっ!」
 つい口に出してしまう。
 てきとのだましあい、でもなかなか相手もうまくて、しっぽをつかまれそうになる。
 最後の手、しょうがないからインターネットにウイルスをばらまいてDNSサーバーを集中攻撃、逆探知ができないようにする。IPアドレスが知られてもこれでたぶん大丈夫だけど、いちおう世界中のISPのデータも全部壊して。
 インターネットが使えなくなる前にクラックツールを向こうのサーバーから抜け出させようとしたけど。いつものあとかたづけ、ふみだいにしたコンピュータのデータを偽装する前にインターネット接続が切れちゃった。
 ばれないかな。
 こんなにポカをしたのははじめてで、ちょっとしんぱいになった。

「ただいまー」
 あ、おかあさんだ。
「おかえり、早かったね」
 まだ午後5時、いつもは7時くらい、たまに8時をすぎることだってあるのに。
「うん、ゆうくんは知らないの? インターネットが動かなくなっちゃったの」
「…しってるよ?」
 どうしよう、おれがやったってばれてるのかな。
「だから会社のたんまつがみんな使えなくなっちゃって」
「なんでインターネットが動かないとたんまつが止まるの?」
「ゆうくんはパソコン使ってるから分からないのか。あのね、たんまつは全部、インターネット上にプログラムとデータを保存してるの。だからネットが落ちると何もできなくなっちゃうのよ」
「…そうなんだ」
 どうしよう、おれのせいで大変なことになっちゃったみたいだ。
「テレビとか地震速報とか、病院もちゃんと動かなくなっちゃうの。患者さんが何人か危ない状態になったところもあるって、唯一まともに動いてるラジオが言ってたわ」
「……」
「あらどうしたの、気分でも悪いの。顔が真っ青よ?」
「…うぅん、何でもない。ちょっとトイレ行ってくる」
「そう…」
 トイレにかけこんで便座にすわりこみ、頭をかかえた。
 どうしようどうしようどうしよう。おれのせいで、おれのせいで。
――何人か危ない状態に
 おかあさんの言葉がぐるぐるしている。ただのあそびだったのに。たしかウイルスは世界中にばらまいたような気がする。これからどうしよう、おれ、つかまっちゃうのかな。
 じっと便座にすわっていたら、そとからおかあさんが、
「どうしたの、おなかいたいの?」
「え、うぅん、そんな長かった?」
「ちょっとね、もう15分も入りっぱなしなんだもの」
「ふいたら出るよ」
 そう言ってうわの空でトイレットペーパーを引き出して。
「…ねぇおかあさん」
「なぁに、どうしたの」
「やっぱり気持ち悪いから、今日ごはんいらない、もう寝る」
「…大丈夫、お熱はかっとく?」
「べつにいいや」
「あらそう、じゃ、寝る前に何か飲んでおきなさい」
「…分かった」
 扉の外で足音が遠ざかっていく。
 10を数えてからトイレを出て、れいぞうこのむぎちゃをのんでへやにもどった。
 おかあさんがいもうとに、きょうはおれとおなじ部屋においてあるベッドでなく、おかあさんとねるように、って言ってるのが聞こえた。
 おれはふとんを頭までかぶって、体を丸くした。
 どうしようどうしよう、となかなか寝れずにいたのに、ふと目が覚めたらまわりが明るくなっていた。一応ねられたようだった。

6
 学校はりんじきゅーこーになったらしい。
 おかあさんにはおれがインターネットをつかえなくしたことはばれていないようだったけど、でもクラックツールの脱出が間に合ってなさそうだったのがこわかった。
 1日ひまになったから、おかあさんからかくすために、今まで使っていたHDDをとりかえることにした。うちにはおとうさんのものだったというパーツがたくさん押し入れにしまってある。
 同じ規格の使えそうなHDDを探し出し、PCにつなげてからOSをインストール。初期設定をしていつも使ってるソフトをどんどん入れていく。
 どうせHDDをかえるなら、もっといっぱい保存できるやつにすればよかったな。
 そう思ったけどもう一度ねじをはずしてOSをインストールするのもめんどうだったからそのまま設定をつづける。
 と。
ぴんぽーん
「は~い」
 インターホンが鳴り、おかあさんがげんかんへ行く足音が聞こえる。
 戸を開ける音がする。
「どちらさまでしょう」
「…は…。ですから…」
「…あの、その時間、私はうちに居りませんでしたが…」
「ですが、…」
 おかあさんの声は聞こえるのだが、その相手の声はぼそぼそしていて分からない。
「あ、ちょっ、待ってください」
「……」
「私には子供がいるんです、育児を放棄しろというんですか?」
「……から」
「子供の世話をしてくれる人が来て下さるまで、私はここを動けません。既に息子は帰ってきていますし、娘を保育園へ迎えに行く時間も迫っていますから、先にベビーシッターを用意していただけませんか? …そんな、逃げるようなことはしません。私が犯人だと疑ってほしいと思われるだけではないですか」
 おかあさん、どこかに行っちゃうのかな。
 そうおもっていると、おれのへやの戸からおかあさんがかおだけ出して。
「あ、ゆうくん、おかあさんね、ちょっとようじできちゃって、しばらくかえってこれそうにないの。代わりの人も来てくれるみたいだから、2人でおとなしくおるすばん、できるわよね」
「…だいじょうぶ。ねぇ、おかあさんどこ行くの?」
「うんとね、インターネットがこわれちゃったげんいんを調べるところよ」
「わかった、きをつけてね」
「そうする。じゃ、いいこにしてるのよ」
「……いってらっしゃい」
 そういうと、おかあさんは引っ込んだ。

 しばらくして妹といっしょにだれか知らない人が来たみたいだ。とりあえずひきこもる。
 いれちがいにおかあさんが知らない、たぶんさっききていたおじさんとどこかへ行った。

 18時。ノックといっしょに、しらない声が聞こえた。
「ゆうきくん、ごはんできたわよ」
 そうか、おかあさんの代わりにだれか来たんだっけ。
 戸をひらいてへやの外に出る。しらない声のひと、やっぱりしらないおばさんがまえに立っていた。いっしゅん、戸が開いた細いすきまからじっとおれのへやを見ていたように見えたけど、たぶん気のせいで。テレビのへやにあるいていくおれにすぐついてきた。
「おばさん、ハンバーグ作ったの。ほかのもののほうがよかった?」
「うぅん、おれ、ハンバーグすきだよ」
「あら、それはよかったわ。さ、さめないうちに食べちゃいましょうか」
 そういっておれとおばさんといもうとは、3人でテーブルについた。
 おかあさんのとはちょっとあじがちがったけど、おいしかった。

7
 インターネットはなかなか使えるようにならなかったけど、おかあさんはなかなかかえってこなかったけど、それでも学校ははじまった。
 ハウスキーパーというしごとらしい、おかあさんの代わりのおばさんにきづかれないように、こっそり今まで使っていたハードディスクをランドセルの中に入れた。
「いってきまーす」
「はい、きをつけてね」
「うん」
 学校へ行く。

 下足室でうわばきにはきかえて、じょうほうきょうしつへ行く。このはをかくすならもりのなか、だったか、そんなことわざをこの前教えてもらった。ハードディスクをかくしておくなら、やっぱりコンピュータの中が一番見つからないと思う。
 おれたちが使えるコンピュータは端末しかないけど、いちおう内蔵ハードディスクを入れるところはちゃんとある。ハードディスクとコンビニでかってきたドライバーセットをランドセルからとりだして、つくえにさわって静電気を手からなくしてから端末のうらのふたのねじをゆるめて中のマザーボードが見えるようにする。
「えーっと、ハードディスクは…」
 あった、ここの端子にいれればいいんだ。
 同じきかくの端末でよかった、とあんしんした。
「先生がくるまえにおわらせないと…」
 見つかったらめんどくさいだろうな。いそいでもとのとおりにふたをねじどめして、ドライバーセットをランドセルにしまうと、ちょうど1じげんめ5ふんまえのチャイムがなった。
 じゅぎょうにおくれないですんでよかった。

 きょうしつに入ったおれを見て、どうきゅうせいもたんにんの先生も、さっと口をとじた。
「……」
「……」
 なんだろうこのしずかなきょうしつ。いつもがやがやうるさくて、たまに本すらよめないほどなのに。
 おれ、なにかわるいこと――もしかしてばれちゃったのかな…?
 せなかがひえた、ぞっとした。
「…さて、じゅぎょうはじめようか」
 せんせいのごうれいで、日直がぎこちなく「きりーつ!」とさけんだ。

 その日はことわざの“はれものあつかい”というのをじっさいにたいけんした日になった。
 じゅぎょうちゅう、プリントをまわしてもらうときも。ひるやすみ、きゅうしょくをもらうときも。ほうかご、かえるときも。
 ぶきみな、こわいもの見たさな目で1日中見られていた。
 こんな日がなんにちかつづいて、なれてしまえば本をよむのにちょうどよかったけど。でもまわりが“おかしいもの”を見るのにあきたらしい。
「なあ、おまえんち、母ちゃんがレンコーされたんだって?」
「レンコー、って何?」
「ケーサツにつれてかれることだよ」
「ケーサツじゃなかったと思うけど」
「なんでわかるんだよ」
「ケーサツはみんなおんなじふくきてるだろ」
「そんなことないぜ、おまえ、そんなことも知らねーのかよ」
「そーだそーだ、おれ、テレビで、ケージドラマでやってるの見たぜ」
 クラスで一番うるさいやつらが何人かで口々にはやし立てはじめた。
「お前の母ちゃんハンザイシャー」
「その子供もあぶないヤツー」
「なぁなぁ何やってつかまったんだよ」
「ころし、ユーカイ、ゴートー?」
「ちげーよ、インターネットつかえなくしたんだぜ?」
「うわ、すげーめいわく。おれのとうちゃん、おまえのかあちゃんのせいでしごとなくなっちゃったのか?」
「やーいやーい、ハンザイシャの息子ー」
 ほかのヤツも知らないふりをして、ひとこともききのがさないようにしているのがまるわかりだった。
「おかあさんは何もやってないもん!」
 ほんとうだ。だって、インターネットを使えなくしたヤツ、とはおれのことなのだから。
 その日から、先生がいなくなるといつも、こんな感じではやされつづけていた。

 そして夏休みになった。やっとあいつらとばかばかしいオシモンドウをしないですむようになる。
 先生の話がおわると同時にきょうしつから飛び出して、まだこんでいない下足室でうわばきをはきかえてくつぶくろにつっこむ。
 あとは早くおかあさんが帰ってくればいいのにな。

8
 かんぜんにはもとにもどってないけど、なんとかHTTPやSMTP、IMAPとかのむかしからあった機能はぜんぶ1から作り直してつかえるようになったインターネット。
 紙の資料で残っていたものほど昔からある基本的なインターネットの機能である。インターネットが完全に使えなくなったことは一般に公開されてから今までなかったため、開発当時の古い仕様のままの使いづらい機能はこれを機に再設計してリニューアルすることになったらしい。
 再設計がはじまっていなかったのでほとんど一人で作り直したといっていい、リモートデスクトップサーバーのかんせいどにうれしくなった。
 早くこれをおかあさんに見せたいな。
 そんなことを思いながらいつものようにニュースサイトをのぞいたら、トップに「旧インターネット破壊のウイルス、オリジナル発見」というページができていた。
 どうせかんちがいでさわいでいるんだろう、とリンクをクリックした。
 だけど。
 にせものでも、ウソでも、かんちがいでもなかった。
 おれがかくしたハードディスクが見つかってしまったのだった。

—————————————
「旧インターネット破壊のウイルス、オリジナル発見」ニュース掲示板(仮)
 昨日未明、東京都内の区立小学校の情報教室に設置された生徒用簡易端末から、ハードディスクが発見された。
 リース契約が満了したため業者が小学校から回収した古い端末を分解中に、契約書に記載のないハードディスクを1台の端末から見つかった。担当者が不審に思い小学校に問い合わせたが、小学校側も関知していなかったため、遺失物として警察に届け出た。
 警察が中身を確認しようとしたところ、ハードディスクに書き込まれたデータのなかにウイルスと思われる複数のプログラムのソースコードと思われるものが見られたという。
 警察関係者によると、ウイルスのソースコードのほかに、そのウイルスが出力したと思われるログや、旧インターネット崩壊前に不法侵入を受けた企業のサーバーから取得されたらしき大量のファイル群、崩壊直前に侵入された米軍サーバーに保存されていたファイルのコピーが見つかった。
 旧インターネット大規模破壊事件の終幕に大きく近づいた。

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1 名無し@大破壊 20XX.08.01-09:03 ID:qsernk1PeYjjazzwIyu6
おっしゃーこれで俺たちの憩いの場を破壊した奴を袋叩きにできるぜ

2 名無し@大破壊 20XX.08.01-09:05 ID:evoyeddme23foefTHxd&
このウイルスのソース、見てみたいな。
どんなことをやればあんな短時間であれだけでかいネットワークを破壊しつくせるのか

3 名無し@大破壊 20XX.08.01-09:05 ID:vzxryzq&N7qduu9wgmbV
げ、やべ、どっかににげねぇと、おれが犯人DAZE☆
—————————————

 ここまでよんで、これ以上、文字を追いかけることにたえられなくなった。
 どうしよう、たぶん、これはおれのハードディスクだ。
 おれが出した学校の宿題とか、すぐにかいしゅうするつもりだったから消していない。
 あのとき、ウイルスがもったいないから、とか言って消さずにそのままかくすんじゃなかった。物理的に壊して、二度と誰にも見れないようにしておけばよかったんだ。
 いつのまにか、体中にとりはだが立っていた。
こんこん
 なにもおかしいところのない、ききなれたノックの音。こんなにびくついているのは、きっとそとにたっているハウスキーパーのおばさんがこわいからだ。
「ゆうきくん、おきゃくさまがいらっしゃってるわよ、ちょっときてあいさつしなさい」
「…おばさん、ちょっとねつがあるみたいなんだ。かぜかもしれないから、うつさないようにねてるよ」
 ねているように見せるため、あしおとを立てないように歩いてそっとふとんにもぐりこんだ。
「いいからいらっしゃい。仮病だってことはとっくにわかってるのよ」
「…おばさん?」
「入るわよ」
「…!? だめ…!!」
 戸があかないようにおさえに行こうとおもったけど、それよりはやくおばさんが入ってきた。
「貴方はあの子を抑えていてちょうだい」
「はっ、中尉」
 そういうと、おばさんは続いて入ってきた、黒くてごつい服を着ている人に通り道をあけ、自分はおれのパソコンへまっさきにむかう。
「ダメ…それは」
 ふとんをはねのけておばさんに飛びつこうとしたが、それより早く黒服に押さえつけられてしまう。
「ん…っ、|ああえおおおあおう《はなせよこのやろう》…っ」
「じたばたするなよ、真犯人」
「……!!」
「中尉、やっぱりこいつが犯人らしいですぜ。これであの方はさらに名を上げます」
「そうね。でも、こいつに自分が犯人だと認めさせることが先よ」
「はっ」
「逃げられないようにしっかり拘束しておきなさい」
「了解致しました」
 おばさんは不気味にニヤニヤしながらおれのパソコンをいじる。
「いいわ、連れて行きなさい、私はあとから行くわ。このコンピュータから抜ける情報は抜いておかなければ」
「容疑者を基地に護送・監禁。了解致しました」
「あ、そうそう。その子にはまだ手を付けちゃダメよ、それは私のとあの方の楽しみなんだから」
「よく分かっております、では後ほど、失礼いたします」
「むー、んんー」
 からだをひねって逃げようとしたが、黒服はびくともしなかった。無理やり後ろ手にテジョーをかけられ、頭から黒い袋をかぶせられてしまう。
 しゅっとスプレーの音がして、なぜかすぐにねむくなる。
 こんらんしながら、でもねむさに勝てはしなかった。

 ふと気が付くと知らない、せまくてあかるいまっしろなへやだった。
 いすにすわらされたうえでがんじょうにしばられていて、手足の先がしびれていた。
 だれかにほどいてもらおうにも、いなければどうしようもない。
「誰かいますか―!!」
 さけんでみた。何のはんのうもかえってこなかった。
 こわくなって、なきそうになって。
 ぼやけているきおく、直前に何があったのか分かればきっとこわくなくなる。思い出そうとあたまをしぼって、思い出した。

 ネットで犯人が見つかったってページを見つけて。
 おかあさんの代わりにきたハウスキーパーのおばさんが黒服の知らない人を連れてきて。
 テジョーをかけられてふくろをかぶせられて。
 スプレーの音がしてなぜか眠たくなって。

 なぜか、ぞっとした。ここは…もしかしておかあさんが連れてこられたところ…?
 つまり、…おれはつかまってしまったのか…?
 これから、とりしらべをうけるのか…?
 こわかった。ちょくぜんのきおくなんて、おもいだすんじゃなかった。そう思っている、と
ガチャ
 びくっ、からだとめせんがむいしきにはね、へやに入ってきた人を見つめた。
「おばさん…」
「ふっ、ここでは“中尉”とお呼び」
「ねぇ、ここってどこなの?」
「立場をわきまえなさいな?」
 足音を立てて近づいてくるおばさん。気を取られている、と
バチッ
 背後で|はじけた《・・・・》音がして。そこで、ふっと記憶が途切れる。

9
 上を向いたまま、病院の白い、清潔な天井を眺めていた。埋め込まれたLED電球の光が窓から差し込む太陽光に負けている。
 何で私はここにいるんだろう…?
 ここ数日の記憶が混乱している。
 最後に子供たちを見たのは、家を出たのは何時のことだっただろう。最後に空を見たのはどこだっただろう。最後にあった人は誰だっただろう。最後に食べたまともな食事は何だっただろう。最後に……。
 5W1Hの質問を考えて確認する前に、病室の扉が開いた。
「やあ、こんにちは。気分はいかがかな?」
 どうしてか、私は入ってきた彼を目にした途端、憎しみと怒りを覚えた。自分自身の感情の動きが理解できない。
「――」
 こんなに感情が動いているのに、彼の名前が分からない。分かるのは、呼ばれ方だけ。
「少佐…」
 ニヤリ、と彼は笑う。
「君への“事情聴取”は終わった。君は容疑者じゃなくなった」
「…事情聴取?」
「ほう、今回の新薬はきちんと効いているようだな。君は記憶を持っていない」
「私に何かしたの?」
「ふふ、今さら鳥肌を立ててもしようがないではないか」
 この男に、私は何を聞けばいいのだろうか。
 この男は、私の知らない何を知っているのだろうか。
「君はしばらく入院することになる。少々栄養状態がよくないそうだからな。治療費については気にすることはない」
 まぁ当然の話だがな、と可笑しそうに顔をゆがめる。
「何時退院できるの。早く帰らないと、子供が」
「そうだな、明日か明後日には退院できるだろう」
「そう…ですか」
 私は質問を続けるために、ため息を一つ吐いて冷静になれるよう努めた。上手くいかなかったが。
「先ほど、あなたは事情聴取、とおっしゃいましたが、私はどのような事件の容疑者だったのですか」
 薬が効きすぎているようだな、開発部に伝えておかなければ。そう呟いて、私の疑問に答えはじめる。
「君は、旧インターネット大規模破壊事件を知っているかね? それの容疑者だったのだ」
「……」
「だが、証拠が見つかった。その証拠が君の犯行ではないことを証明したのだよ。ウイルスと思われるプログラムの本体と侵入ログが保存されたハードディスクが見つかってね。それに指紋がべっとりと付着していたのさ」
「そうなんですか。子供たちはどうしていますか?」
「娘さんは元気にしている、との報告を受けている」
「…息子は…?」
 ふふっ、と不気味に笑う。ニヤニヤ笑いの感じが悪くなる。
「…息子はどうしているんですか!?」
「息子さんかい? 知らないほうが身のためだと思うが?」
「…どういうことですか。息子に何をしたんですか!?」
「まだ何もしていないさ。まだ、ね」
「…まだ、って」
「これから、取り調べなのだ。本当はあまり長居出来ないのだがな」
「…何故、何で? そもそもあなたたちは警察ではないでしょう!?」
「いかにも。見た目は東洋人だが、私はアメリカ人、米軍の一部署に所属するれっきとした軍人だ」
「もう一つの質問にも答えて。息子に何をするつもりなの」
「事件の容疑者として、取り調べるのさ。君と違って確実な証拠が存在する。早く自白しないと、大変な目に合うだろうな」
「容疑者…なんて事件の…? 警察でもないあなたたちが取り調べる事件なんて、そうそう…」
 ないでしょう?
 そう続けようとして、大規模な、米軍が自ら取り調べる可能性のある事件を思いついた。
「そんな、まさか。あはは、そうよ小学生が、まだ小学3年生の子供が起こせるような事件じゃないわよありえないわよ私ですら出来もしないーー」
 ついにベッドの横に立っていた少佐が腹を抱えて笑い出した。
 血の気が去っていく自覚を得る。
「そう、ご想像の通りだよ。君の息子が、旧インターネット大規模破壊事件を起こした張本人さ」
「……」
「早く会えることを神に祈るがいい」
 くはははははっ
 こらえきれないように声を上げて笑い出した。腹を両腕で抱えて笑いながら、目は“取り調べ”を楽しみにしている事を物語っている。
 取り調べ。きっと、言葉通りのものではないだろう。おそらく、拷問に近い代物のはずだ。それを受けた私から記憶を奪う必要があったのだから。
 私は目の前に立つこの男が、心底怖くなった。30cm手を伸ばせば届く、そんな距離に狂人がいる。
「出て行って、今すぐ、早く!!」
 声が無意識に掠れ、ひきつっていた。
 彼の笑い声がぴたりとやみ、表情がなくなる。
「おやおや嫌われたものだな。私の機嫌を害すと、君の息子が痛い目にあうのにね?」
「ひっ!?」
「ふっ、まあいい。では、ご希望通り、私は出て行こう。…もう私と会うことはないだろう。お互いのために、二度と会うことがないといいな」
「な、ちょ、そんな、待っ」
 私を一瞥して、大股で出て行く。その背中を、動かない体を恨めしく思いながら私は睨んでいた。

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