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無題 Type1 第1章 第3稿

2013.01/26 by こいちゃん

<無題> Type1 第1章原稿リスト
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第1章

1
 高校に入って初めての中間試験が終わり、僕こと山本祐樹《やまもとゆうき》がのんびりと伸びをしていると。
「ねぇ、今日こそは付き合ってくれるんでしょうね?」
 席の隣の葉村ななみに話しかけられる。
 入学から約1ヶ月ちょっと。たまたま隣の席で少しずつ話をするようになった相手。友達を作るのが苦手な僕にとって、このクラスで誰よりも話しやすい女子だ。一緒に遊びに行かないか、と誘われていたのだがずっと断っていた。
「流石に試験終了日には勉強もしないでしょ?」
 先に逃げ道をつぶされてしまう。いい加減言い訳を探すのも億劫になっていたので、たまにはいいか、という気分になる。
 脳内で家計簿を読み込み、確かそんなに使っていなかったと思いながら今月の遊興費の残額を確認する。
 まぁ、いいかな。今日遊びに行っても今月の新刊はちゃんと買えそうだ。
「あまり遅くまではだめだけど、それでいいなら」
「いよっし。やっと落とせたー!」
 どこぞのシミュレーションゲームをやっているような台詞が、まだそれなりに生徒のいる教室の中、割と大きい声で響いた。
 一呼吸、教室がしんとなり、視線が集まった。うげ、ヤバい、とつぶやいた葉村が逃げ出そうと動き出す前。
 デートだ、カップル成立だ、よりにもよってあいつが!?、とはやし立て驚く同級生に僕らはもみくちゃにされた。

2
 その後僕らは池袋のカラオケやゲーセンへ行った。こういうところへ一緒に出掛ける知り合いの少ない僕はめったに来ないし、一人では絶対行かない場所だった。最近の音楽は全然分からなかったうえ、ほとんど聞き役に徹していたが、それでもほかの人と騒ぐのは楽しかったし、葉村も楽しんでいたようだった。
 そして今は20時前。僕らは池袋駅東口にいる。2046年、数年前に始まった東アジア戦争で夜間営業縮小令が発令され、21時から翌朝5時まではあらゆる店が閉店することになっていた。これ以上街にいても、もう面白くない。
 百科事典に載っている“大都市の夜景”なんて言うものは今では見ることができないし、それを見るための商業施設も軒並み閉店してしまう。どうしても見たいのなら丹沢や奥武蔵といった首都圏近郊の山に登るか、飛行機などに乗る必要がある。たとえ乗ったって見る光の規模は海辺のコンビナートと高い建物の赤い指示灯だけ、事典の写真とは比べ物にならないくらいつまらないのだが。
 夜は軍事施設と治安維持組織が電気を消費する時間帯。彼らは夜、自分たちの敷地に引きこもり、何をしているのか知らないが何かやっているらしい。都市伝説ではいろいろささやかれているが、僕はそれらに興味はない。
 夜の治安が悪化した都市。面倒事に巻き込まれたくないのなら、そろそろ帰る時間だ。
「送っていくよ」
 一応僕も男だ、そういうと。彼女は丁重に、しっかりと断った。
「いいわ、一人で帰れる。家、反対方向でしょう?」
 買い物もしたいし、これ以上付き合わせるのは悪い気がするもの。
 彼女の家の最寄り駅はJR山手線の高田馬場。僕は地下鉄有楽町線の護国寺だ。
 相手がそう言っているんだし、家を知られたくないのかな。そう思って、僕らは駅前で別れた。

3
「おいこの女、いつまでも逃げてんじゃねぇぞ!」
 面倒なチンピラにからまれた。
 自分の運の悪さにうんざりしていたのは最初の1分だけ。私《葉村》は暗くなった池袋の繁華街を走り抜ける。
 もともとそれなりに土地勘のあるところでよかった。こう思っていたのはそのあとの30秒。
 私の逃げ足は遅くはないが早くもない、徒競走ではそれなりの順位である。だから逃げ切れるはず、という思いが消えたのはその後の15秒。その後はもう時間の感覚なんてほとんどない。
 しかし特に運動部に入っているわけでもないただの女子高生が、制服で街を逃げ回るのはかなりきついものがある。おそらくもう10分は走り続けているだろう。撒いたと思ったら見つかり、ということを繰り返すのもそろそろ限界だった。
 周りの他人たちは、制服で全力疾走している女子高生に目を向けても、それを追いかけているチンピラを見たとたん、たとえ目が合ったとしても気まずそうに目をそらし道をあける。ぶつかりそうになってあからさまに舌打ちをする人すらいる。誰にも助けを求められない。まずいことに電車・バス共通のIC乗車券は財布の中で鞄に入れてあるためすぐには出せないし、携帯端末のクレジット機能はセットアップをしていないため使えない。何か乗り物に駆け込んで一息つくこともできない。
 もう、逃げられない。
 体力が続かない。
 諦めかけた時。十字路先、前方のコンビニから出てきた、さっき別れたばかりの、同じ制服姿の男が視界に入った。間違えていてもいい、誰か助けて。
「山本ー!」
 走りながら出しうる限りの大声を出す。この時の私に、見た目や印象を気にする余裕はない。
「私の彼氏でし、ゲホッゴホゴボッ!?」
 走り続けた上に叫んだものだから咳で語尾が濁る。
 一度学校帰りに――それも今日――カラオケへ行ったくらいの相手、根も葉もない嘘だからかまわない。周囲にいた通行人の一部が今さら、驚いたように振り向くが、しかし肝心のあいつは気が付いていないようで、コンビニ前の縁石にしゃがみ込み、手に持っていた肉まんにかぶりつき、呑気にポケットから取り出した携帯端末をいじりだす。私の今の声が聞こえないはずはない、と思う。
 もう嫌、誰でもいい。
 誰もかれも、何で私に気づいて、助けてくれないの!?
 近づいて、気づいてもらえなかった理由が分かった。彼は両耳にイヤホンをつっこんでいた。
 私がこんなつらい目に合ってる、っていうのに、暢気に音楽聴きながら肉まんなんて美味しそうに食べて…!!
 勝手にキレ始める私。それを自覚して、落ち着くために息を吸ったところで足がもつれた。
 こける。
 捕まる…!
 覚悟した、のだが。
 追いかけていた4人のチンピラは。私を追い抜き、走るのをやめて山本へと近寄っていく。ゆっくり追い詰めるように。
「おい、てめえ。あの女の彼氏なんだってなぁ?」
「お前も、あんな馬鹿な彼女持つと苦労すんなぁ、え?」
 感じの悪い笑い声をあげて山本を取り囲むように立ち止まる。
 うつむいて相変わらず携帯端末をいじっている山本。その様子にチンピラの一人がキレた。
 胸ぐらをつかんで無理やり立たせ、威嚇するように至近距離から大声を放つ。
「なんとか言えよこの野郎。彼女が馬鹿なら彼氏は間抜けってか?!」
 山本は驚いたように口を半開きにし、数秒たってから自分の身に何が起こったのか認識すると無造作に手を挙げ、両耳からイヤホンを抜く。携帯端末にコードを巻きつけてそのままポケットにしまいこむ。
 ちっともおびえた様子がないばかりか、何でもない普通の行動で逆に気圧されかけているチンピラがイラついたように殴りかかる直前、彼はやっと口を開いた。
「どちら様でしょうか。僕のご用ですか? それにしてはいささか乱暴に過ぎると思うのですが」
 私はパニックになりかけて、道のド真ん中で四つ這いになって息を整えている、っていうのに。山本はちっともおびえていなかった。
 あっけにとられたのは私だけではなかったらしい。チンピラは振り上げた手を静止させ、言葉を失ったように数度口を数回開け閉めする。チンピラが何か言う前に、主導権を確かにするように山本が言葉を継いだ。
「あと、彼女ってどちら様のことでしょうか。誰とも話していないので、そんな三人称代名詞を使って呼ぶ人はいませんし、僕には恋人もいませんよ」
 丁寧だが相手を完全に馬鹿にした口調。
 勃発寸前の殺伐とした雰囲気に足を止めた数人の野次馬たちがくすくすと笑う。
 馬鹿にされたと分かったのだろう、今度こそチンピラに殴られる山本。派手な音がしてその場に崩れ落ちる。
 地面に倒れたまま、彼は足元に置いてあった荷物を抱え逃げ出そうとするが。でもすぐにチンピラに襟首をつかんで起こされる。反動で鞄はふっ飛び、ガラスを突き破ってコンビニ店内へ。
 夜に吸い込まれる、ガラスの涼しい破砕音で私は我に返り携帯端末を取り出す。取り出せない。
 まだ手が震えている。どうしようもなく止まらない。力尽くで抑え込もうとすると今度は手汗で滑ってしまう。落ち着きかけていた意識がパニックへ戻ろうとする。
 地面に携帯端末を置いてやっとのことで画面を点けても、震える手ではロックを解除できない。
 私がもたもたしている間にさらに数回殴られてしまった山本を見て、しかしどうしようもなく抜けた腰は立たない。
 無抵抗に、しかしできるだけ衝撃を吸収しようと努力して殴られ続ける山本を見て、何処かへ電話をかけた後の野次馬たちは感心してみていた。
 関係者ではない|他人《野次馬》たちはせっかくの見世物、少なくなりつつある娯楽を止めようともしない、そればかりか、端末のカメラで撮影しているヤツもいる。
 もしかしたら、さっき私を無視したのはチンピラどもを引き付けるためだったのかしら。
 私の動かない頭はどうでもいいことを考える。
 という事は。私は私の囮になっている彼に、暢気だと勝手にキレて、そして今は巻き込まれないように離れた所からただ傍観しているってこと? 声をかけて止めようともしなければ、満足に自分の体を動かすことも出来ないで道に座り込んでいるの…?
 何も出来ない私は、見ているだけの私は、彼に何をしてあげればいいの…?
 こんなことを考えていたら、いたら、いたら…。何かに置かされたように思考がぶつ切りになる。現実から思考が飛ぶ。感情が麻痺して、見ているだけの機械になるってこういう感じなのかな。そんな思考が流れて。

   ―――

 やがてサイレンの音が遠くから聞こえてくる。それはチンピラにも聞こえたようで、一人が防戦一方で地べたに転がっている山本の体を漁り、財布を探り出すともう3人に合図し、逃走しようとした、が。
 気を失って動かないように見えた山本が跳ね起き、一番近くにいた奴の足に抱きついた。
 せめて逃がさないようにしたのだろう、私も周りの人もそう思った。
「クソ、このっ…」
 振り払おうとするが、山本は。
 私たちの想像を超える行動を起こした。
 抱え込んだチンピラの足に噛みついたのだ。
 反撃。
 上がる野太い悲鳴。
 あまりのグロテスクな絵に後ずさり、息をのむ|傍観者《ギャラリー》。
 道の真ん中で乱闘騒ぎを起こしていて通れず、落ち着くのを待つように喧嘩を見ていた知らない人たちは突然のR-18な光景にぎょっとして。一方的でつまらないとイライラ隣同士でこぼしていた不平が、人の声が消える。
 強調されて聞こえるのはチンピラの絶叫と、近づいてくるサイレンと自動車の音。
 噛みついた山本を引き離そうと、もがくたびに噛みつかれた痕から血が飛び散る。
「てめえ…っ」
 一人が戻ってきて山本の髪をつかんで足から引きはがし、後ろから首を絞めた。
 彼は口から赤い唾液を吐きだし、締めているチンピラの太い腕の上を垂れる。続いて左手を自分のポケットに入れ、すぐ細長いものを取り出して、後ろ手で加害者のわき腹に刺した。
 一瞬力が弱まったのだろう。腕を下へすり抜けて拘束から逃れると、刺した細いもの――文房具屋で1本100円で売っているようなシャープペン――をぐりぐりと回しだした。
 私は不意に込みあがってきた吐き気を必死にこらえた。
 垂れる血液、上がる悲鳴、そして顔色ひとつ変わらない山本。
 ついに目をそらし損ねた一人の女性が路肩にしゃがみこんで嘔吐し始めると、あとは連鎖的に、直接見ていない人も。すぐに空気が酸っぱくなる。
「あkqoepebcvhoei;!?」
 そして。ついに3人目のチンピラが正気を失ったらしい。狂声を上げて割れたコンビニの窓ガラスのかけらを持って山本に突っ込む。破片は避け損ねた彼の背中に刺さり、滑らないように強く握りしめているチンピラの手を切り裂いて血だらけになる。
 もう、私には限界だった。だが、今目の前で起こっている事件は私が呼び込んだようなものだ。
 気持ち悪い、頭が痛い、もう何も見たくない。目に赤い色が焼き付いていた。
 私は失神しかけていると自覚しながらも、体が震えてうまく動かせなくなっていても、全てを見なくてはいけない。
 我慢できずに下を見ると、嘔吐物と血液でどろどろに汚れた側溝があった。この汚れは、私のせいで出たものだ。

4
 背中が感じ続ける重さと痛さ。それを紛らわそうと視線を外に向けると、視界の隅で葉村が倒れそうになって地面に両手をつくのが見えた。
 責任感の強いやつなのか? そう思うと|意識《メモリ》の隙間に少し余裕ができた気がした。
 かかり続けていたストレスで壊れそうだったもう一人と交代した後に刺されたのが唯一の救いだった。五感に敏感なあいつだったら既に錯乱していたかもしれない。
 敵の足にかみつくなら、これくらいの報復くらい、あらかじめ考えておけよな。
 最後にそう思考を回し、そして余裕が消える前に現状に意識を戻す。
 前には胴体にペンが刺さり、口から泡を吹いて白目を見せているチンピラが、後ろには気が狂って何かをぐいぐいと俺に刺しているチンピラが。左右に逃げたら背中の傷口が開いてしまうだろう。
 一瞬考えて、俺は仕方なく、後方からこの状態から脱出することにした。
 今さらだ、と思いながら、多少増える鈍い痛覚を覚悟して後ろに体重をかける。見えないが、背中に刺さっている何か――おそらく地面に散らばっているガラス片だろう――がより深く自分自身に入っていく感覚を得る。
 まさか自分から痛い思いをするとは思わなかったのだろう、背後にいた敵は何かから手を放して驚いたように跳ね避けた。後ろの障害物が消えた俺はくるりと180度方向転換。両手に付着したまだ生暖かい赤い液体を凝視して呆然と立ちすくんでいる敵にゆっくり、できる限りの速さで歩み寄り、残った力を使って股間を蹴飛ばした。
「ぐふ――」
 3人目の敵は避けもせず、うめき声をあげて仰向けに倒れる。
 最後の1人は攻撃をかけるか迷っていたようだったが、残ったのが自分だけになったところで逃げだした。
 逃がしたくはなかったが、もうとっくに限界を超えている俺にはそんな力は残されていなかった。
 肩で大きく息をつき、コンビニに投げ込んだ鞄を取りに行こうとしてバランスを崩して倒れこむ。
 うつ伏せになれてよかった、とヒヤッとした。仰向けだったら刺さったままのガラス片がさらに突き刺さって飛び出ている部分が割れるところだった。
 立ち上がろうとして、無理そうだったので這いずってコンビニ店内に入ろうとして。でも時間切れのようだった。救急車が5mくらい先に止まるのが見えた。
 緊張が解けたのだろう、少しずつかすんでくる聴覚にパタパタと足音が届いて、すぐ近くで止まる。視線を向けると葉村だった。
 よかった、これで。
「…なあ」
「?! え、な、なに、どうしたの?」
 もう気絶していると思っていたらしい、少し慌てた返答。
「お願いがあるんだが」
「どんなこと?」
 切羽詰まった葉村の声。死に際の遺言だとでも思っているのだろうか。少しおかしい。俺たちはまだまだ死ぬつもりなんてないのに。
「コンビニの中に…投げ込んだ…俺のかば…げほっ…鞄、持ってきてくれないか」
 出来心が働いて少し演技を入れてみる。
 泣きそうな顔で“願い”を聞き届けた彼女は、何度もうなづきながら、担架を用意していた救急隊員に引き渡すとガラスの割れた入り口を踏み越えてコンビニの店内に入っていった。
 心底おかしくて、ふふ、と笑いながら、俺は重症患者らしく意識を手放した。
 おい、次に気が付いた時には、お前が表面にいろよ。俺は医者から説明を聞くなんて面倒なことはごめんだからな。

5
 ここはどこだろう。
 私は薄暗い廊下に置いてある長椅子で寝ていたようだった。用意した覚えのない毛布が体にかかっていた。
 きょろきょろと周囲を見回し、ふ、と上を見上げたとき、赤い“手術中”のランプを見つけて昨夜の記憶がよみがえる。
 そうだ、私は――。
 自己嫌悪に陥る寸前。赤いランプが消える。体を起こし、手術室の扉を見つめた。出てきた医師は私を見つけると一直線に歩み寄ってきた。
「あなたが、山本さんの付き添いの方ですか?」
 そういえば彼の家族らしき人はおらず、この場には私一人だけがいた。
 多少の罪悪感を感じたが、とりあえずうなずいた。
「そうですか。では、少々お話があります。私の部屋でしましょう。よろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
 長椅子の下から2つの鞄を取り出し、医師の後について病院内を進み始めた。

 彼の病室で枕元に持ってきたパイプ椅子に座って、山本の担当になったという高橋医師から今の状態について詳しく説明してもらったのだが。私はインパクトの強かった一部分しかよく覚えていない。

「先ほども言いましたが、命に別条はありません。ただ、彼の体には不自然なほど傷が多かったのですが、何かご存知ですか?」
「…どういうことですか」
「ご存知ないようですね。…まあいいでしょう。説明します」
 先ほども言いましたが、彼の体には、傷が多い。火傷、切り傷、ほかにもいろいろ。
 まるで、何らかの虐待を受けたような…。

 寝ている山本の顔を眺めている私の頭のなかをぐるぐると、“虐待”という言葉がまわっていく。
 教室で、一人で本を読んでいる。
 体育、暑い日でも下着を脱がずに体操着を着ている。
 にぎやかな昼休み、一人ふらっと教室を出ていく。
 人気のない校舎裏でいつまでもぼぅっとしている。
 情報の授業中、キーボードを尋常でない速度でたたき続ける。
 いつものあいつを思い出しても、私の中の彼はいつも、一人だった。誰かと関わろうとせず、むしろ自らを遠ざけていた。
 何をやっても退屈そうで、誰といてもかったるそうで。
 無視されているわけでもない、勉強やコンピュータについて質問されれば先生より丁寧にわかりやすく答えているし、嫌われているわけでもなさそうなのにいなくてもわからない希薄な存在感、頼まれたって面倒なことは引き受けない。
 引き受けないのに、…なら昨日の彼はどうして私を助けたのだろう。
 彼は目を覚まさず、一人でいくら考えても結論は出ない。
 …それに、あんなひどい姿を見られてしまった。私は、彼が起きたとして。どんな顔をして向き合えばいいのだろう。

6
 感覚が戻りつつある。冬の朝、暖かい布団のなかで起きたくないのに目が覚めていくあの感覚。触覚が意識に接続され、巻かれている包帯類と麻酔で鈍くなった痛覚を認識した。そして、腰のあたりに重さを感じる。
 二度寝せずにさっさと起きやがれ。
 人ごとだと思って声をかけてくるあいつを無視して目を開ける。ベッドで寝ている僕の体の上で、葉村が突っ伏して寝ていた。起こすのも忍びないが、その体勢だと後で体が痛むだろう。自分自身の足もしびれていたし、なにより重さで背中の傷口が痛む。
 ここは病院だろう。治療が終わっているだろうと予想した。出そうになった悲鳴をかみ殺しながらゆっくり、しっかり足を動かす。
 上に載っていた彼女はうめきつつ、目を覚ました。
「ほら、そこの簡易ベッド使いなよ」
「むー。おはよう」
 いまひとつ寝ぼけているようだ。一発で目が覚めるような言葉をしばし考え、
「学校遅刻するぞ、もう8時15分だ」
 始業時刻は8時半である。今が何時か知らないが。
「えっ、や、やばっ、なんで起こしてくれ…」
 案の定、真面目な彼女に効いた。ばっ、と起き上がる。きょろきょろ周囲を見回して。
 ばっちり目が合う。どういう状況だったか、思い出したようだ。彼女は想像していたよりあわてているようで、何も声を出さず、ただ口を開閉している。
 しばらくはまともな会話はできなさそうだな、と赤くなっていく葉村の顔を眺めて考える。だったら会話をすることではなく、思考を遮るようなことを、何か行動をしてもらった方が思考の冷却にはいいかもしれない。
「なぁ、悪いんだけどさ、僕の PC と携帯端末、それと汎用ケーブルを取ってもらえないかな」
「あ、え、うん、ちょっと待ってね」
 ぴょん、という効果音がつけられそうなほど椅子から器用に跳ね上がるとごそごそと足元に置いてあるらしい鞄をあさりだした。
 あんな状態だったのに、ちゃんと言いつけ通り、鞄を持ってきてくれていたようだ。
「はい、これ」
「どうも。 AC アダプター、どっかにつないでくれないかな」
「…うん」
 壁のコンセントにプラグをさし、端末側の端子を渡してもらう。
 案の定、携帯端末の電池は空っぽになっていた。 PC を立ち上げ、汎用ケーブルで携帯端末をつないで充電開始。
 てきぱきと PC を使う準備をする僕を見て、
「あ、じゃあ私、先生呼んでくるね」
 葉村はやることを思い出したようにそう宣言し、席を立つ。
「よろしく、いってらしゃい」
「まったく、自分の事なんだからさ…」
 ぶつぶつ言いながらも僕なんかのために動いてくれる。ありがたい、とは思うものの、こういう世話好きとコミュニケーションをとった経験があまりない。少し戸惑う。
 いつの間にか、 PC がログインプロンプトを出して待機している。ユーザー名とパスワードを1秒かけずに入力し、続いて携帯端末の電源を入れる。
 PCが起動する時間、約1分の間充電すれば、大抵起動できるようになる。
 携帯端末がオンラインになるまでの間、やることがなくなってしまう。手持無沙汰に、無線 LAN 接続認証突破ツールを走らせる。
「へっ、割とちゃんとしてそうな総合病院のくせに」
 想定より単純な暗号化。総当たりで計算かけても、あと5分と暗号キーが持たないという表示が出る。
 と、そこで医師を連れた葉村が帰ってきた。
「…おはようございます。思ったより元気そうで安心しました。申し遅れました、担当します高橋というものです」
「はじめまして、山本です。この度はありがとうございました」
「こちらこそ、無事に意識が戻ったようでよかったです。それで、その、説明したい事とお聞きしなければならないことがありまして」
「どうぞ? …あ、お座りになってください。君もな?」
 そういうと、彼女が隅に立てかけられていたパイプ椅子をもう一つ用意した。
 2つの椅子にそれぞれ座って、高橋医師は咳ばらいをした。
「まずは怪我の状態についてですが――」
 退屈な10分が始まった。無線 LAN の暗号キーはとっくに解読できていた。

「最後に、お聞きしなければいけないことがあります」
「はい、なんでしょうか」
「その、…言いづらいことなんですが――」
「体の傷についてならお話しすることはありません。調べれば出てくるでしょうから」
 口ごもる様子と僕の腹あたりに向いている視線から話題を推測する。
 どんぴしゃりだったようで、医師は目を白黒しながらもごもごとつぶやく。
 あと一押し。少し冗談めかして言葉を継ぐ。
「虐待を疑っていらっしゃるのなら、そんな事実はありませんのでご安心ください。説明しましたら、それこそ先生がこのような目にあいますので」
 まだ何か言いたそうにしていたが。目に拒否の色を浮かべて口を閉じていたら根負けしたらしい、溜息を一つついて医師が立ち上がる。
「では、何かありましたらどうぞ、枕元のボタンを押してください。ではこれで失礼します」
 疲れたようにそういうと一礼して病室を出ていく。
 包帯や固定具で固められた首を動かせるだけ使って会釈を返す。
 葉村はといえば、呆けたように座っていた。
「…ねぇ。さっきの、本当のこと?」
「どれのことを言っているのか今一つよく分からないんだが」
「虐待されたことはない、って」
「ないよ。断言できる」
 一拍。
 何かが切れたように、葉村は椅子を蹴倒して立ち上がる。
 椅子と床が発するけたたましい音にかぶせて怒鳴る。
「じゃあ、何で傷だらけなのよ!?」
 耳をふさぐジェスチャーをしようとして腕が動かない。仕方がないから苦笑しながら答えてやる。
「落ち着け。…いいか、先に聞くが。君は、日常が、壊れてもいいのか?」
「いいよ、私は聞く、って決めたもん。そんなに話したくない事なの?」
「そりゃ、人に隠すならそれなりの理由があるだろ」
「でも教えて」
「嫌だ」
「なんで!? 心配するな、っていうの?」
 落ち着いたと思ったら再び怒鳴りだす。
「おい、ここどこか分かってるのか、病院だぞ?」
「分かってる、分かってない。どうしてはぐらかすのよ」
「落ち着けって。支離滅裂だぞ」
「嫌。絶対、教えてくれるまで騒ぎ続ける」
「そんな駄々こねるなって」
「じゃあ教えて」
「ダメだ」
 話が堂々巡りしているうえ、微妙にかみ合ってない。
「なんでそんなに他人が気になるんだ? 理解できない」
「…はぁ? 私は他人なの? そうなの、ねぇ!」
 彼女が爆発した。
「他人だろ。そうでなきゃ単なる同級生――」
「そんなわけないじゃない、馬鹿!! なんで? 私には何も出来なかったって、あてこすっているつもりなの!? そんなこともわからないの?」
 どの単語だったのか知らないが、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。更に過剰に感情をぶちまけ騒ぎ出す。何か拙いことを言っただろうか。
「君、おかしいよ。どうかしてる。私のせいでこんな目にあった、ってストレートに言ってくれたほうがまだマシだよ。なんでそんな皮肉を言って片付けようとするの? 言いたいことがあるなら言えば、見ているだけでなぜ何もしてくれなかったんだって、糾弾したいならすればいいじゃない、本当に君は人間なの? 思いやりって知ってるの? 私を助けてくれたのはうれしかった、でも。こんな仕打ちをするくらいなら、惹かれていて、そのうえあんな私だけのヒーローみたいなことしておいて。…好きになっちゃった相手にこんなに無神経にひどいこと言われるほうが、傷つけられるほうが何倍も辛いんだって、ねぇ教えて、君は感情を持ってるの? おかしい。変。異常。教えて、どうしてそんなに歪んでるの?」
 一気に畳みかけられた。
 歪んでいる? まあそうかもしれないな。
 感情がない? そうさ、僕の感情は後付で作られたものだ。
 異常だって? 今さら何を言っているんだ、そんなこと自明じゃないか。
 黙り込んでしまった僕を見て、怯んだように押し黙る葉村。
「ごめん、言い過ぎた。…ちょっと頭冷やしてくる」
 そう言い捨てて葉村が出て行く。引き止める隙を逃す。
 はぁ、仕方ない。押し問答を続けるのにこんなに体力を使うなんて知らなかった。
 それに病院にずっと、一晩も付き添ってくれる献身的な女の子を傷つけた、とか看護師さんたちに思われるのも面倒だ。しょうがない、荷物はここに置きっぱなしだし、帰ってきたら少し話してやろうか。
 溜息を一つ。
 いつの間にか停止し、PC の画面内で無感動に点滅しつづけるカーソルを眺める。
「…お前はいいな、何も気にせず、ずっと止まっていられて」

 しばらくして傷心したような彼女が帰ってきた。
 目を合わせないように無言で自分の荷物をまとめ、鞄を肩にかける。
 そして何も言わず、視線を逸らせたままおざなりにただ一礼してあいつは病室を出ていこうとした。
「なぁおい、身の上話を聞きたいんじゃなかったのか?」
 足を止め、振り返らずに小さくつぶやく。
「言いたくないんでしょう、私には話してもらえるほどの信用ないんでしょう?」
「そう僻むなよ。悪かった。教えてやるよ、過去を。もしかしたら、僕らも誰かに、自分たちがやったことを自慢したいのかもしれないから」
 彼女がさっと体の向きを変え、僕と視線を合わせる。
 そして最終確認。
「でも、」
 一言一言、語調と表情の調整に細心の注意を払って。
「本当に、君は。周囲が、環境が、日常が、生活が。壊れてもいいのか? 引き返すことも、やり直すことも。なかったことにすることもできなければ、きっと忘れることもできないぞ」
 おそらくは。このことは、他人に教えたことがばれたら、関係者の生活と価値観が激変する。
 それはもう、残酷なまでに。
「それでもいいんだな」
 少しづつ、葉村の表情が変化する。
 何か、痛みをこらえたような顔が、悔しくてたまらない顔に。
 ああ、これは泣くな。
 そう思った直後。涙を流す直前。
「…そんなに私に信用がないの…?」
「いや、たぶん耐えられないだろうな、と危惧している」
「それでも聞きたい、ってさっきから何度も言ってるじゃない…」
「そうか、分かった。準備してきなよ」
「心の準備なら…」
「違う。僕の喉が渇くだろうからなんか飲み物買ってきて欲しいんだ。ついでに君の分も買ってきなよ。財布は…どこやったっけ」
 制服のズボンに入れたままだったか。
 一瞬呆けたような顔をして、勘違いに気付いた葉村の顔がみるみる赤くなっていく。
「い、いい、私が買ってくるから」
 帰るために持っていた鞄を投げ落として逃げるように病室を出て行き、財布を忘れた彼女が更に顔を赤くして慌てて駆け戻ってくる。
 …お前はサザエさんか。

6
「話すのはいいけど、学校はいいのか? 飲み物買いに行ってもらってる間に時間確認しておいたんだけど、今、13時過ぎじゃないか」
「今日はいいの、病院へ行くって電話してきたし。私、ウソは吐いてないよ? 昨日はあんなことなっちゃって寝れなかったからきっと授業中寝ちゃうし、それに…私が居たかったからだもん」
「最後、なんて言った?」
 最後の言葉が小さくて聞こえなかった。
「…いいの、気にしないで。何も言ってないから。
 引いてきた血がまた上ってくる葉村。
「…そうか。あんまりサボるなよ?」
「山本には言われたくないわ」
「心外だなあ、僕はちゃんと授業に参加してるよ」
「いつもノート書いてないじゃない」
「だって要らないし。あんなの、手が疲れて汚れるだけだ」
「ふん、この成績優秀者め」
「そう、先に、もう一つ。君が僕の怪我を心配する必要はない。これは僕が勝手に巻き込まれに行ったもので、その判断に君はまったく関係ない。いいね?」
 不服そうな、申し訳なさそうな表情を見せる葉村。でも言葉は挟まなかった。
 さて、始めようか、つまらない話を。僕の過去と、僕の由来と、僕の犯罪と。教えられる部分だけでもたぶん彼女の許容を超える話を。
 残酷で救いのない、本来なら僕ら2人だけで背負っていくべき話を。

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