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無題 Type1 第4章 第2稿

2013.03/13 by こいちゃん

<無題> Type1 第4章原稿リスト
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第4章

1
 リハビリがてら、久々に本屋へ行こうと新宿まで足を延ばしたその帰り。乗った地下鉄副都心線は座席が半分ほど空いていた。やがて発車ベルが鳴り新宿三丁目を発車して、次の駅よりも手前のトンネルの中で、遠くでかすかに爆発音がした。読んでいた本から顔をあげると同時、電車が前触れなく停止し車内・トンネル内の灯りが一斉に消えた。
 あたりが闇に包まれて、一瞬音もなくなった。
 最初に聞こえた音は驚いた赤ん坊の泣き声で、暗い空間に反響し始める。
「…停電?」
 それからそんな声がすぐ近くで聞こえた。
 そのあとはもう、誰がなんて言っているのか分からない、ざわざわした声の集合がだんだん大きくなっていく。
 僕はといえば、座席に座ったまま、目が暗闇になれるのを待っていた。しばらくそのまま動かずにいたが、蓄光塗料が塗られた消火器の位置を示すシール以外に携帯端末のバックライトという強力な光源が出てきたあたりで、足元に置いていたリュックサックのチャックを開ける。
 自分の端末のバックライトで中身を確認しながら、山に行くときに入れて取り出すのを忘れていた応急装備のヘッドランプを取り出した。
 旧式の超々高輝度LEDだったがトンネルを歩くのには十分役に立つだろう。
 無造作に点灯しかけて、パニックになりかけたほかの乗客に奪われたくはないなと思い直した。僕は携帯端末のバックライトを頼りに電車の先頭車両へ歩き出す。非常用ドアコックを操作して車両の扉を開け、線路に飛び降りる。ここは単線シールド工法のトンネル、もし通電しても逆から電車がやってくることはない。
 カーブで電車から見えなくなるまでバックライトの細い光を頼りにして、完全に見えなくなったところでヘッドランプを点けた。
 暗いトンネルを半径5メートルしか照らせない灯りを頼りにてくてく歩いていった。電車内の動騒が届かなくなった静かな暗闇の中、どこからか重く低い衝撃が聞こえる。それはRPGのダンジョンの中のBGMみたいで、柄にもなく状況を楽しんでいる自分がいた。

 不意にトンネルが広くなった。線路が分岐している。東新宿の駅にたどり着いたようだ。地上へ上がって何が起きたのか確認するか、それとも駅に設置されている非常用情報端末からインターネットにつないでから地上へ戻るか。ホームドアのせいで上に上がれないで線路を歩きながら考えていると、暗闇にも関わらずドタドタと階段を駆け下りてくる足音がした。あわててヘッドランプを消す。
「暗闇なのに、光源なしで階段を駆け下りる…。駅に暗視装置なんて用意してあるか、普通?」
 嫌な予感がする。ホームの真下にある待避スペースの奥に隠れてやり過ごすことにした。灯りをつけられないから手探りだ。何とかもぐりこんだところで、線路に何人かが飛び降りてくる気配を感じた。息を殺してよりまるまった。
 首筋に水が垂れてくる。危うく叫ぶところだった。反射的に腰を上げ、頭を打って舌をかんでしまった。声が出ずに済んだからよしとするが、口の中まで痛すぎる。
「~~~~~~~~っ」
 痛いのは刺された背中だけで足りているのに。
 気配はあたりを探っていたようだったが、やがて僕が歩いてきた方向へ去っていった。
 それでも120を数えてじっとしていたが、腰が痛くなってきたので線路へ戻ることにする。ホームの下にあった接続ボックスを探り当て、持っていたPCと接続した。
 接続したことがばれないようにウイルスを流し込み、それからインターネットへつなぐ。内部ネットワークにしか入れないように設定されていたが、相互通信をするためのサーバーに侵入すると簡単に外部ネットワークへ回線が開いた。
 自宅地下で稼働しているうちのサーバーから、システムを開発するためにもらった正規のアカウントを使って産業情報庁のサーバーにアクセス。一つ目のウィンドウがログを示す文字に埋め尽くされる。2つ目のウィンドウで軍事衛星が撮影した衛星画像を要求し、3つ目のウィンドウで警察・自衛隊・米軍の命令系統の記録をざっと検索する。
 分かったのはとんでもないことが起こった、という事。東京が敵国に爆撃されたらしい。

 深呼吸をしてからいつも通りの人間離れしているらしい速さでキーボードを叩いてリモートサーバーからログアウト。文字列がいつも通り律儀に|さよなら《Bye.》を伝える。
 意識していつも通りを心掛けないと、葉村に話した、昔のような目に遭うような気がした。接続していたログを抹消し、何事もなかったかのように接続ボックスを閉じる。
 端末と通信ケーブルをリュックにしまい込み、ヘッドランプを低輝度に切り替えて池袋方面のトンネルに駆け寄る。
 地上は今も、爆撃の危険にさらされている。爆撃された時、安全性が高いのは防空壕として使えるように設計・補強された地下鉄のトンネルの中だ。僕はトンネルを行くことにした。
 何時、さっきの気配たちが帰ってくるか分からない。後ろから狙われる可能性はできるだけ下げておきたい。だから、僕は暗いトンネルをしっかり確実に、走り出す。
 僕の足音と共に、“日常”が何処かへ逃げ去っていくような気がした。

2
 副都心線で要町駅まで、そこから有楽町線の線路に出て護国寺駅へ。
 一時期はまっていたピッキングスキルを活用して、護国寺駅のポンプ室に侵入し、そこから雨水管に潜り込む。コケやらゴミやらネズミやらが支配する臭いトンネルを通って自宅の地下、簡易下水処理施設までたどり着いた。
 ここも電気が来ていないようだ。壁の隅にある発電機を起動させる。軽い唸りが生まれ、これで地下施設は電気が使えるようになった。
 天井の蛍光灯を点ける。
「かなり汚れたな…夏服だからうちでも洗えるか」
 地上の惨状を見る限り、学校に通える状況なのかは疑問だが。
 すっかり泥だらけのビショビショになってしまった制服を脱いで、処理室のロッカーに
置いてあるジャージに着替える。
 10畳ほどの下水処理装置点検準備室。そこは僕の、もう一つの自室だった。
 3台のワークステーション、1台のノートパソコン。20型のディスプレイが3枚、37型のテレビ。壁の2面を埋め、通販で買った可動式の本棚5つにぎっしり詰め込まれ、それでもおさまらずに床に積まれた本本本本…。
 そして部屋の隅に地上へ上がる梯子。その終点、一番下に人がうずくまっている。僕は人影に駆け寄った。
「…母さん? ちょっと母さん、ねぇ」
「…うぅ、…あ、祐樹?」
「うん、そう。ただいま」
「ああ、お帰りなさい」
「梯子から落ちたのか、怪我はない?」
「大丈夫、平気平気、ちゃんと…っ」
 立ち上がろうとして、足をかばってバランスを崩す。母さんは梯子の段にとっさにつかまったので転ぶことはなかったが、見ているこちらとしてはヒヤッとした。
「ちょっと足見せて」
「え、そんな、平気平気。30分も座ってればへっちゃらになるわ」
「…捻挫してちょっと腫れてる、全然大丈夫じゃない」
 僕はパソコン机の引き出しから毛布を取り出して、本の間の狭い床に敷く。
「ほら、肩貸すから。床にいつまでも座ってると体に毒だよ」
「ありがとう」
 母さんを毛布の上に連れて行って座らせ、応急セットを取り出した。
「ほら、湿布貼るから足出して」
「…すっかり頼もしくなったのねぇ、母さん、嬉しいわ」
「馬鹿なこと言ってないで。どれくらいの高さから落ちたの」
「そんな高くなかったんだけど。外でサイレン鳴り始めたから地下にいようと思って降りてきたんだけど。あと何段、ってところで停電しちゃって油断して、つるっと、ね」
「サイレン、って空襲警報?」
「多分ね。私も初めて聞いたもの。テレビでは聞いたことあったけど」
「そうか。…話を戻すけど。いつまでも若いわけないんだから、もうちょっと年相応の気はまわして欲しいな」
「まっ、失礼な」
「40台になったんだから、もうおばさんって言われても仕方ない年なんだよ」
「老けて見えても心は若いの、息子にそんなこと言われるなんて、心外だわ」
「心配してもらえているだけ良いと思って」
「あなたはまだ未成年です。親に心配をかけられる立場なんだから。せめてそういうのは成人してからになさい」
 周りの空気が和やかなものに変わっていく、そんな気がした。
 顔をあげると、母さんと目が合った。するっと気が抜けて、知らず知らずのうちに張っていた緊張が取れていく。
「ん、出来た。あんまり激しい動きしないように」
「言われなくても、湿布貼ってる間はしませんー」
 せっかく息子に張ってもらったんですもの。
 子供みたいに顔全体で笑いながらそんなことを言う。
「でも、ありがとう」
 何故か、気恥ずかしくなった。

 1リットルの電子ケトルに水――もちろん水道水のほうだ――を満タン入れてスイッチを入れる。
 同時に全ディスプレイをスリープモードから復帰させ、全部マスター|WS《ワークステーション》につなぐ。いつも持ち歩いているほうのパソコンも起動し、無線LANに接続。
 WS上で並行演算システムを起動。普通のパソコンよりも高性能なWSを3台並行動作させることで、5年位前の最高速スーパーコンピュータ並みの処理をすることができるようになる。
 普段は使っているがこれからの処理に必要ない|デーモン《常駐プログラム》をまとめて停止させる。
 ここで湯が沸けた。ポットにティーバッグを3つ入れて湯を注ぐ。とりあえずパソコンデスクにおいて、床の本を本棚の前により高く積みなおし、場所を作ってから折り畳みちゃぶ台を出した。マグカップ2つと砂糖を取り出し、ポットと一緒にちゃぶ台に置いた。
「これ飲んで温まったほうがいいよ、冷たい床に倒れてたんだし」
「あら、忙しそうなのに、ごめんね」
「別に、忙しいわけじゃないし…」
 僕はスプーン1杯の砂糖を入れた自分のカップに紅茶を注いで、WSの前にもう一度向き合う。
 クラッキング準備作業の仕上げに、最後片方が処理過多でダウンした時の予備用、クラッキング相手のシステムオペレーターから逆探知された時の攪乱用に、インターネット回線を地下室用のものと地上の山本家全体のものと2重に接続する。リンク確率確認のために回線速度と接続情報を取得、ついでにダミー拡散用の偽造データを作成。
 深呼吸を一つ。
 準備作業半自動化プログラムが進行度を表す棒グラフを100%にするのを待つ間、肩を回しておく。
 今日のクラッキングの目的は、先の爆撃の情報を得ること。目標を今一度明確に設定する。

 棒グラフが伸び切った。

 Enterを押下、クラッキングツールを作業準備状態から侵入状態に切り替える。
 3つのディスプレイに、効率的に作業を進める事に適した画面配置を行う。
 メイン画面で補助AIを起動。自己診断ログが一瞬にして一つの小画面を埋め尽くし、|コマンド《命令》を待つカーソルが出て止まった。
 侵入対象に敵国の防衛庁、味方国の国防軍、自国の首相官邸、民間の衛星管理企業を指定する。
 AIはコマンドを受領し、指定された相手サーバープログラムのバージョンを検出、最適な方法で侵入を開始した。かなり強固なプロテクトも、3台のWSが全力稼働して暗号鍵をしらみつぶしに逆算。
 不正侵入で汚れたログも管理者権限を奪い取ったことで不都合な箇所を全部削除。怪しまれないように関係ないログは消さないように教えたが、きちんと学習しているようだ。続いてAIはバックアッププログラムをまず殺し、敵オペレーターが対処を始める前に他の管理用アカウントをバイパス、本物らしき応答をするボットにシステム操作系を置き換えた。
 AIの働きをサイドウィンドウでざっと確認しながら、僕は産業情報庁の|メインフレーム《中枢》に管理用ユーザーでログイン、最上位オペレータ権限を持つアカウントをバックドアとして作成し、再度入りなおす。
 目的のデータがどこにあるか分からないため、それらしきファイルは中身をロクに確認せず、片っ端からダウンロードしていく。ファイル数が多く、結構時間がかかりそうだった。
 AIによる侵入が終わったサーバーから同じようにデータをダウンロード。どれが目的に合ったファイルか、大量に保存されている文書から自動的に選び出してダウンロードできるほど、僕のAIはまだ賢くない。
 毎回の僕の作業を見習いながら少しずつ経験を増やし、いろいろなことができるようになる自動学習ルーチンを入れてある。そう、あと50回ほど同じような経験を積めば、ファイルの選択・取得も任せることが出来るだろうと踏んでいる。
 また捕まるのは御免だ。安心して任せられるところだけをAIに任せ、不正侵入時間を減らす。侵入時間が減ればそれだけ、逆探知される可能性が低くなるからだ。

 ダウンロードが終わったサーバーから順に回線を切断する。AIによる後始末の確認を済ませる。
 手に入れたファイルは膨大な数だ。WSで関連のありそうなキーワードの全文検索をかけ、その間に検索できない画像や動画を荒くチェックしていく。侵入・ファイル取得にかかった時間よりも、成果物の確認のほうが圧倒的に疲れるし、時間がかかる。
 単純に腕試しなら確認なんてあっという間だが、今回の目的は情報収集。いわゆるスパイ組織ならそれだけで一つや二つ、専門の部署があるのに、僕の場合は全部一人でこなさなければならない。これは結構な労力を必要とする。

 1時間ほど、母さんは散乱している文庫本を読み漁り、僕は得たデータを確認して現状確認をしていた。
 どうやらここ数年ずっと争い続けている大陸の敵国からの爆撃によって、東京は副都心と言われる池袋~新宿~渋谷あたりと、交通の中心である上野~東京~日本橋、政府のある霞ヶ関が被害に遭ったらしい。うちの近くは奇跡的に被害が少なかったようだ。ついさっき撮影された衛星写真を見る限り、ぽつんと島のように建物が残っている。
 真っ先に妹の学校をチェックした。幸い、建物自体は全部残っていた。学校にいてくれれば、きっと助かっているはずだ。半面、僕が通う学校は体育館に直撃を受けていた。この分だとほかの校舎もガラスが飛び散って授業にならない。きっと数日は休校になるだろう。
 しかしそうすると、地下鉄のトンネルで遭遇したあの怪しげな気配は何だったのだろう。警察とか駅員とか、乗客の救助に来た人だったのだろうか。僕もあいつも、直感でその可能性は小さいと思っている。
 そしてもうひとつ、若干不確実な重要な情報を見つけた。信ぴょう性を考えながら目頭を揉んでいると、梯子の上の方から物音がした。
 ガコッ、とふたを開ける音がする。下りてきたのは妹だけではなかった。妹に連れられ、葉村も一緒だった。

3
 普段は無人か、僕一人しかいない地下室。そこに4人の人間が集まっている。
 かなり消耗している風だった葉村を母さんの隣に寝かせ、看病を任せる。その間、僕ら兄妹は更に床面積を広げるため、地上に戻って持ってきた段ボールに本を詰めていた。
「いつの間にこんな本が増えたの? いくら片付けても減らないんだけど」
「なんか気が付くと増えてるんだよね。上に仕舞いきれなくなったものから地下に持ってきて積み上げてそのまんまで」
「お金持ってるのは知ってるけど、しまう場所考えて買いなさいよね」
「ごめん」
 僕と居るからか、ずっとイライラし通しの妹。後ろから母さんのため息が聞こえた。
 そうして床の半分が見えるようになった時、地下に下りてきてすぐ気を失ってしまった葉村が目を覚ました。
「お、起きたか」
「…え? ここ、どこ…、あ、山本…君のお母さん!」
「おはよう。気分はいかが?」
「ごめんなさい、私、どのくらい…」
「30分くらいかな」
「ここは山本家の地下室。覚えてない? あたしとハシゴ降りたこと」
「…思い出した。ありがとう、私、あの時どうすればいいか分からなくなっちゃって、どこもいぐあでなぐっで」
 葉村が泣き始め、よく聞き取れなくなってしまった。
「「「……」」」
 僕ら家族は黙って顔を見合わせた。視線で思い切り泣かせてやることにしよう、と結論が出た。
 妹は地上に戻り、お茶うけになる菓子を取りに。僕は紅茶を淹れなおし。母さんは葉村の背中をさすってやっていた。

 しばらくして、葉村が泣き止んだ。相変わらず感情の動きというものがよく分からないが、本人曰く「思いっきり泣いてすっきりした」そうだ。
 詳しく話を聞いたところによると、葉村は今時珍しいことに、田舎から親元を離れ、東京に出てきて一人暮らしをしていたという。しかし、葉村のアパートは爆撃で焼失した地域にあった。帰る家がなくなって途方に暮れた彼女は、訪ねたことのある僕のうちにやってきて、しかしインターホンに誰も出ないので――地下室にインターホンの受話器はない――玄関口に座り込んで誰か帰ってくるのを待っていた。そこに妹が帰ってきて家に入れ、地下室に案内したのだ。
 僕は、入院しているときに早くうちに帰って料理をしなければならない、と言っていたことを思い出した。どういう事か聞いてみると、葉村のアパートには週に1日2日、お母様がいらっしゃるそうだ。今日は来ない日で、それだけが唯一の救いだと言える。
 そこまで聞いて、母さんが僕に、電話をさせてあげるように言った。
「ご両親が心配されているかもしれない。私はずっとここにいたから見たわけじゃないけど、たぶんテレビで速報をやったんじゃないかしら」
「そうだよ、兄さん。電話線が切れてても、兄さんなら電話くらい掛けられるんでしょ?」
 例え電話線や通常の光ファイバーケーブルが切れても、地下室のインターネット回線は下水道管を通っているからそう簡単に使えなくなることはない。
「掛けられるけど。たかが電話、そんな大事なことか?」
「大事なことなの。だから兄さんは…」
 妹の説教が始まる前に遮る。
「あー分かった分かった、電話ね。葉山、実家の番号教えて」
「…いいの?」
「別に減るもんじゃないし、構わない」
 遠慮する葉村から電話番号を聞き出す。パソコンにインカムの端子を差し込み、IP電話ソフトを立ち上げる。
 無線LANが地下室のネット経由でインターネットに接続されていることを確認してから、葉村にパソコンごと手渡す。
「電池は1時間くらいなら持つほど充電されてる。家族との電話だ、積もる話があるだろ。気兼ねなく長電話してこい。聞かれたくないのならそこの、鉄扉の向こうですればいい」
「多分冷えるだろうから、この毛布、持ってお行きなさい」
「ありがとうございます。では、ちょっと失礼します」
「ゆっくり電話してきなよ、今度いつ話せるか分からないんだから」
「うん、そうする」
 葉村はパソコンとインカムを抱え、さっき僕が入ってきた鉄扉を開けて準備室を出ていった。

 しかしすぐに戻ってくる。
「どうした」
「…ねぇ、どうすれば電話を掛けられるの?」
 ソフトの使い方が分からなかったらしい。コンピューター音痴め。
 就職できないぞ。
 そうつぶやいたら、聞きつけた妹に後ろから頭を蹴飛ばされた。

4
 葉村が電話している間。山本家の3人はこれからの方針を相談することになった。
「まず、これからも爆撃は続く、と思っていて間違いはないのね?」
「残念なことだが、その通りみたいだ。敵国の奴ら、人海戦術で来るつもりだ」
「どういうこと?」
「国民が養えないほど多いことを逆手に取って、爆撃機を100・1000機の規模で差し向けてきた。1発の能力の大きいミサイルを少数撃ってくるのならこちらの自動迎撃ミサイルで間に合うが、1発の規模が小さくてもそれが多数来るとこちらの迎撃が間に合わない」
「だからあんなにたくさん、爆弾が落ちてきたんだ」
「あれでも一応、迎撃はしたらしいんだがな。焼夷弾1発で焼き払える面積はそれほど大きくない。だからうちの周りみたいに、ぽっかりと被害をほとんど受けない地域ができる。そこはつまり、迎撃が成功した爆撃機の担当範囲だった場所だな」
「なるほど。じゃあ、今回無事だったからと言って次回も切り抜けられる保証はないのね?」
「むしろ次回は、無事な所を狙ってくるだろうね」
「私たちは、焼かれると困るものから、このシェルターになるだけの強度がある地下室に疎開させることが最優先になるのかしら」
「そうね、あたしもなくしたくないもの、いっぱいあるし」
「ではこうしよう。一人がそれぞれの避難させたいものを僕の部屋に持ってくる。一人が地下に、一人が梯子の出口である僕の部屋にいて、持ってきた荷物を地下室に運び込む。交代で役割を替われば効率が上がるだろう」
「うん、兄さんに賛成。お母さんもそれでいい?」
「いい案だと思うわ。誰から上に戻るの?」
「最後でいい」
「じゃあ、あたしがトップバッターになっていい?」
「分かったわ。じゃ、私も一緒に上へ行くわ。まず私が梯子の上で荷降ろしをしましょう」
「母さん、足はもう平気なのか?」
「え、どうしたの」
「さっき慌てちゃって、ハシゴから落ちちゃったの。その時にくじいたんだけど、うん、もう大丈夫」
「ならいい」
 鉄扉が開き、葉村が帰ってきた。また目が少し赤くなっている。
「あ、山本のお母さん、私の母が少し話したいって」
「あら、そうなの。…はい、今代わりました。娘さんの同級生の山本祐樹の母でございます。いつもお世話になっております――」
 母さんがパソコンを持って、喋りながら鉄扉の外へ出て行った。
「…じゃあ、兄さんにはまず、ここの本をどうにかしてもらおうかな。これじゃ、ものを持ってきても置けないから」
「棚も上から持ち込んでくれないか。あまりダンボールに本を詰めたくない」
「いいわ、分かった」
「なに、何の話?」
 電話していた葉村にざっとかいつまんで説明する。
「そういう事。なら、私も下で整理の手伝いをさせてもらおうかしら」
「ダメよ、ななみさんはうちのお客様なんだから。働かせちゃ悪い」
「うぅん、これから短くない間、ここに住むことになると思うの。だから私はお客様じゃない。私もやることはやらなくちゃ」
「本当にいいの?」
「ええ、気にしないで。お姉ちゃんができたとでも思ってくれない? 実は私、可愛い妹ができた気分なの」
「分かった。よろしくね、ななみお姉ちゃん」
「こちらこそ、よろしく」
 女の子同士で、何やら話がまとまったらしい。初めて会った時のあの険悪ぶりは何だったのだろうと思ったが、口に出さないでおいた。可愛いどころか凶暴な妹に、更に嫌われたうえ再び蹴られてはたまらない。

 発電した電気を荷降ろし用の簡易エレベーター用の200Vに流し込む。急に負荷が大きくなり、地下室の蛍光灯が瞬いた。
 鉄扉の向こうから葉村の叫び声が聞こえる。
「ちょっと、私、暗いの苦手なんだからけど!?」
 既にいつもの元気を取り戻しているようだ。
「モーター、動いたわよー」
 反響して聞きづらくなった母さんの声が梯子の上端から聞こえた。
「この梯子通路、四辺1.5メートルしかないから、あんまり大きなもの降ろして詰まらせるなよ」
 そう上に怒鳴り返す。
 降ろす荷物をまとめる間、下は暇だ。モーターが動き始める時にはまた蛍光灯がちらつくだろう。それまでの間、僕は先に本を移動させ始めている葉村を手伝うことにした。

 僕の本は下水処理装置の操作室に詰め込まれることになった。既に地下室に置いてある本を片っ端から操作室に運び込む。
 ここもここで、防水処理がきっちりかかっている場所だ。湿って本が台無しになることはなさそうだった。
 葉村は余りの多さに辟易していたみたいだが、僕としては懐かしい本ばかりだ。つい手を伸ばしては葉村に呆れられる。
「にしても、本当に古い本ばっかりだね。それも小説ばっかり、マンガも専門書もない」
「もともとあまり、漫画というものを読まないからな。専門書はたまに使うかも知れないと思って全部上に置いてある。滅多に解説書が必要になることはないけどな」
「専門書って、もしかして。コンピュータ系の技術書と解説書しかないの?」
「その通りだが」
「……。頭痛くなりそう」
「頭痛薬がいるのか?」
「そうだな」
「と言いながら別の本を読み始めない!」
「これ、なかなかいい本なんだぞ、1990年代に書かれた本でな――」
「あーはいはい、それはあとで聞くから、次の運ぼ」
「次って、この本簡単に取り出せなくなるんだぞ…」
「ぶつぶつ言わない」
 葉村が手厳しい。
「あ、小包届いてるじゃない。早くほどいてよ、本は私がやっとくから」
「傷つけるなよ、折るなよ、落とすなよ」
「言われなくたって人の本なんだから、雑に扱いませんー」
 軽く頬を膨らませて葉村が出て行く。後姿を横目に見ながら地上からの小包からカラビナを外し、上から垂れるロープを軽く引っ張る。先端に結び付けられたカラビナが、梯子の横をするすると上がっていった。
 地下に届いたのは鍋2つとおたま、しゃもじ、泡立て器といった調理道具だった。4セットは行ったフォークとスプーン、ナイフ、箸がジャラジャラと鍋底で音を立てた。とりあえず部屋の中央に置いておく。
 いつの間にか妹の物は全部おろし終わったらしい。中央に置かれた枕やぬいぐるみ、目覚まし時計やその他こまごました雑貨やアクセサリー。意外と少なかった。
 そんなことを思っていると次の小包が届いた。今度は結構重い、液体が入っているようだ。調味料を箱詰めか?
 荷物を縛っていた細いひもをほどき、カラビナに括り付けてロープを引っ張る。するする上がっていく。
 荷物はあとどれくらいあるのだろう。僕は上にある本だけだが。1000冊もなかったはずだ。ここに下ろしてある冊数と比べれば、たいしたことのない量だ。

5
 それから2~3週間。たまに上から爆撃の振動が伝わってくる以外、地下は平和なものだった。
 非日常に慣れ、それが日常になるためにはもう少し時間が必要な頃だった。
 1日1回の郵便物確認。その日の確認当番は僕だったので、4日ぶりに地上へ戻って郵便受けを覗いていた。
 新聞が来なくなって久しい郵便受けに、珍しく投函されていたのは1枚の薄赤色の葉書。
 切手の部分が丸い、料金後納郵便の印になっていた。宛名面中央には僕の名前、右には住所。左下には何も書かれていない。裏返して通信面を見た。
 想像した通りの内容だった。

憲法特別臨時改正のお知らせ。
戦時特別法の成立。
国民特別徴兵義務について。

 ほかにも。醜いほど細かい活字が並ぶ、やたら“特別”の多い文面。簡素で質素に、それは僕が徴兵に応じる義務を説き、出頭するよう命じていた。
 あくまで冷静に、僕はその葉書を曲げないように来ていたシャツの下に仕舞う。
 地下の3人に怪しまれないような時間で帰らなければならない。短時間でこれからの行動を考える必要があった。
 目をつぶり、僕はあいつと、僕ら自身の行動指針を決定する。決定した。
 一人で、山の中に逃げる。
 国の内部事情を現在進行形で知りすぎている僕の運命は2つに1つ。
 すなわち、産業情報庁諜報部でシステム開発と敵国中枢への|情報戦担当《不正侵入者》になるか、もしくは全線の一番死にやすい部署に送られるか。
 可能性としては前者のほうが高い。しかし、後者の可能性も少なからず、だ。だとしたら、生き残る可能性が高い案を新しく作るしかない。
 山の中に、僕は隠れよう。そこで一人で生活し、終戦後に世界に、人の前に帰ってこよう。
 うちの母屋は全壊してしまったが、屋根に取り付けられていた太陽光発電パネルは爆撃前に回収してある。軽トラをどこかで拾って、その荷台に載せて置けば山の中であっても電気は、パソコンは使える。
 ただ、できればそんなことはしたくない。見つかった場合のリスクが大きすぎるからだ。逃走決行前に、産業情報庁のサーバーに侵入、情報戦担当者に立候補しておこう。
 …さあ、もう戻らないと怪しまれる。言い訳になるような要素は、既に焼け野原の仲間入りをしたうちの近くにはない。詳しい“作戦”の立案は、地下室でも十分、間に合う。
 家族や葉村が寝ている早朝なら、立案に気兼ねは要らない。
 出頭命令は1週間後。それだけ時間があれば十分に脱出計画を練れるし、産業情報庁からの返信を待つ時間として適切だろう。
 だとしたら今、気をつけなければいけないのは。
 梯子から落ちて怪我をしないことだ。

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