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無題 Type1 第5章 第2稿

2013.06/19 by こいちゃん

<無題> Type1 第5章原稿リスト
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第5章

1
 僕の疎開計画は着実にできていった。
 まずは産業情報庁の|顔なじみ《・・・・》の職員にメールを送った。電子戦要員として腕のいい傭兵を雇わないかと持ち掛ける。
 政府が発行する特別徴兵免除証(また“特別”だ)をもらえれば、戦地に赴く必要はなくなる。それさえ発行してもらえるのなら、いけ好かないやつらと職場を共にしてあいつがへそを曲げるのをなだめるのだって構わない。

 赤葉書をもらってから、4日目。
 メールに返信はなかった。その代わり、地下室に引き込んでいた仮設インターホンが来客を告げた。
 本を読んでいた母さんはビクッと肩を震わせ、飽きずに花札をやっていた葉村たちは訝しげに顔を上げ、僕はキーボードを休みなく打ち続けていた手を止めた。
 四半秒に満たない沈黙と硬直。顔を見合わせて目で会話する。インターホンの一番近くにいた僕が出ることにした。座っていたローラー付きのイスを転がして梯子の降り口に置いた受話器を取り上げる。
「はい」
『山本さんのお宅ですか?』
「そうですけど」
『ヤマモトユウキさんにお届けものです』
「……はあ」
 郵便はともかく、宅配便なんてとっくに機能していないと思っていた。振り返りると固唾をのんで見守っている3人、うなづきかけてインターホンの向こうに答える。
「今行きます」
 そう言って受話器を置いた。
「ちょっと行ってくるよ」
 心配そうにしている3人に声をかけ、僕はハンコを持って梯子を登った。

 空襲があった後、毎回閉めている気密扉を警戒しながら押し開けた。宅配便というのは嘘で、押し込み強盗やその類の可能性も残っている。今は平和な日常ではない。
 地下室の入り口には誰もいなかった。
 光差し込む地上へ梯子を登る。頭を出す時にも、地下から持ってきた手鏡で辺りを見回した。
 大人2人が箱を抱えて立っていた。道と私有地の区別のなくなった地面、少し離れたところにミニバンが止まっている。
 危なくなさそうだ、と判断を下す。穴から出た。
「お待たせしました」
「いえいえ、それにしても、きちんと警戒していらっしゃるんですね」
 そんな会話をしながら段ボール箱を受け取り、伝票に判を押すために一度地面に置く。
「当たり前じゃないですか、宅配業者に偽ってやってくる人たちがいるかもしれないじゃないですか」
 業者の2人が、いや。それに扮した産業情報庁の職員が押し黙る。
「……いつ気が付いた」
「たった今、確信を得ました。本物の業者なら、ハンコを押させてから荷物を渡すのではありませんか」
「それもそうだ。最近この手の仕事がなかったからな、つい忘れてしまった」
 本当は違うだろう。おそらく僕を試したのだ。新しい部署とはいえ、練度が低い組織では決してない。
 クリップボードに貼り付けられた伝票に受領印を押す。
「それで、わざわざこんなところまで来た用事はなんですか。あなたたちが直接出向くだけの何かがあるのでしょう?」
「心当たりがないわけでもあるまい。……さっくり本題に入ろう。君、あのメールの本意はどこにある?」
「読めば分かるように書いたつもりだったのですが」
「用件はな、確かに分かった。俺らがこんな真昼間に派遣されてきた理由は、何故お前があのメールをわざわざ出したのかを聞くため、だ」
「それを本人に聞かせていいのですか」
「知らん。俺は全権を任せると言いつけられた。任せられた以上、俺は俺のやり方でやるまでだ」
「話を戻しますが。メールの本意、とはどういうことを聞きたいのですか」
「何のきっかけもなくあんなメール送らないだろ、お前は」
「そうですね。……でも、特に言う事はないんですが」
「何を焦っている? 別に、君ほどの実力があれば、ただ普通に徴兵されても、どうせうちに来ることになるだろう?」
「そうとも限らないから、焦っているんです」
「……どういう意味だ?」
「そのくらい、そちらで考えてください。得た情報から発言者が何を考えているかを推測するのも、仕事のうちでしょう?」
「……」
「もう、いいですか? そろそろ、下で待っている家族に心配かけるので」
「……今のが君の答えなんだな?」
「はい」
「そう報告しよう」
 つかまれていた手首を放される。離れて分かった、少し汗ばんでいた。
 |産業情報庁構成員《スパイ》から宅配業者に戻った2人組が、ありがとうございましたー、と言いながら車に引き返していく背を見送った。
 周りに何もなくなった東京を、砂埃で汚れた、どこにでもありそうなミニバンが走っていく。
 僕はしばらくそのまま突っ立っていたが、のろのろと地面にぽっかり空いた穴へ降りて行った。

2
 次の日。計画が完成した。
 他の3人を説得するための資料も抜かりなく用意した。
 4人、昼食が終わったタイミングで床のちゃぶ台を囲むように座る。
 少し身構えていたようだったが、5日間かけて準備した甲斐もあり、特に反対意見もなく計画を説明し終え、納得してもらった。
「これから、東京はより酷く破壊されるだろう。地上から建物はなくなったが、まだ川を決壊させて地下鉄網を水没させることもできるだろう。この地下室自体はシェルターとして申し分ない強度を持っている。だが、下水管が水没したら換気がよりしづらくなるし、いつまでも人口がこれからも減り続ける東京にいたって、発電用の石油が足りなくなってしまうから、生活することはできない。中でこれ以上、人が生活することを想定して設計されていないからだ。それに、いつ出入口の穴がふさがるか分からない。次の攻撃でふさがるかもしれない。だから東京から出て行くべきだ。で、相談だ。行き先はどこがいいと思う?」
「……うちに来ない?」
「葉村の実家?」
「そう。秩父なら、うちの実家があるわ」
「秩父って、埼玉県西部の山中か」
「山中ってほど山ばっかりじゃないわよ。電話貸してくれれば、うちに来れるか、聞くけど」
「そんな、ご迷惑になるんじゃないかしら」
「うぅん、困った時はお互い様だよ。うち、古い家だから、無駄に広いんだ。3人住む人が増えたくらい、どうってことないよ」
「あ、いや。2人だ。僕は行かない」
「「「……え?」」」
 立ち上がりパソコン机に置いてあった葉書を見せる。母さんが受け取り、2人が覗き込んだ。
「徴兵……」
 呆然とした様子の葉村。なぜすぐに伝えなかった、と視線が怒っている妹。あきれて溜息をもらす母さん。
 葉村の呆然が、がっかりに変わった。
「……そうなんだ、君は来ないのね」
「そうだ」
 しばし沈黙が横たわる。そんな場をとりなしたのは母さんだった。
「これはこれで仕方ないか。あんたも、こういう大事なことはすぐに言いなさい。分かったわね」
「……はい」
「よろしい。改めて、残される私たちがどうすればいいか考えましょう。食べ物とか、足りるのかしら?」
 不満は顔に出ているが、気持ちを無理やり切り替えようとしている女の子2人も母さんと調子をあわせた。
「農家だから大丈夫だと思います。足りなければ使ってない畑を起こせばいいだけなので」
「ななみちゃんのうちかー、あたし行ってみたいなぁ」
 ついに“ななみちゃん”と呼び合うまでの仲になっていたらしい。
「分かりました。気が引けるけど、とりあえず電話してみましょう。いざとなれば私たち2人くらい、どこにだって住めるわ」
「じゃ、山本。電話貸して」
 抜かりはない。既に用意してある。
 パソコンとインカムを手渡すと、この場で発信ボタンをクリックした。
「もしもし……あ、お姉ちゃん? ……うん、そう、私。……大丈夫、超元気。……うん、代わって代わってー」
 そこまで会話して、葉村はおもむろにインカムがつながっていたイヤホン端子を引っこ抜いて言った。
「みんなで聞いたほうがいいよね」
『もしもし? ななみ?』
「うん、そう。久しぶり」
『元気……そうね。今日はどうしたの?』
「あのね――」
 かくかくしかじか。葉村が的確にまとめて、先ほど僕が説明したことを繰り返す。
「――ってことなの。うち、泊まれるよね?」
『ええ、2人くらいどうってことないわよ。……そこに山本君の母上もいらっしゃるの?』
「うん、聞いてるよ」
『あらま、私の声まる聞こえなの? そういう事は先に言ってちょうだい』
 電話の声が遠くなり、咳払いをしている音が聞こえる。
『失礼いたしました、いつも娘がお世話になっております。葉村ななみの母でございます』
「はじめまして、山本祐樹の母です。こちらこそ娘さんにはよくしていただいて」
『いえいえ、そんなことは』
「「お母さん、電話なんだから手短にしようよ!!」」
 2人の娘が声を合わせる。
 お世話になるほどの何が兄さんとの間にあったの、と悶える妹。
 ああミスったキャッチホンにするんじゃなかった、と頭を抱える葉村。
 声がそろったことにすら気づかないほどのダメージを受け、恥ずかしさが振り切れたらしい。そんな娘たちの悲鳴を聞きつけた2人の母が、電話のこちらと向こうで笑った。
 2人で詳細を詰めていく。
「本当に私たちが押しかけてもお邪魔じゃありませんか?」
『お気になさらず。お客様をおもてなしするのは好きなんですの』
「何か不足しているものはありませんか? 一緒に持っていきます」
『そうねぇ、植物の種、もし余っていらしたらお願いしようかしら。今あるのが尽きたら大変ですから。発電装置とかはうちにもありますから結構ですわ』
「分かりました。では、何時そちらに伺えばよろしいですか?」
『いつでも結構ですよ、それこそ今日これからでも。といいますか、車はお持ちですか?』
「え? いえ、持ってないですけど」
『でしたら、私、そちらに伺います』
「そんな、よろしいのですか」
『お気になさらず、構いません」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
『明日の午後、14時ごろではいかがですか』
「はい、明日の午後2時ですね。よろしくお願いします」
『失礼いたします』
 電話が切れた。
「種……どこに売っているのかしら」
 その場で力尽きたように倒れている娘たちに、その答えを返す気力は残っていなかった。

3
 それから僕らは忙しくなった。
 母さんと妹は葉村の実家に疎開するため、空襲が収まったタイミングで外に出て必要になる物資を買い集めに出て行った。池袋駅は地上の駅ビルこそなくなってしまったが、地下街はまだマシと言える被害で済み、そこで闇市が開かれているのだ。
 母さんたちよりも土地勘のない葉村は、持っていく着替えなどをまとめている。
 僕はといえば、昨日の小包を開けて徴兵に応じる準備をしていた。格好だけでも行くふりをしておかないと、実は応じるつもりなんてないという事がばれてしまう。
 小包の中には圧縮衣服が8つ入っていた。
 大きさ的に考えて灰緑色の上着とズボンが2組、黒い下着が4枚だろう。ビニールをはがした圧縮衣類を、水を張った洗濯機の中にまとめて放り込む。
「さすが国からの届け物だね。今時、圧縮衣類なんて加工が面倒で作られていないと思う」
「いや、製造年を見たら、5年ほど前だったから。まだ余っていたものを箱詰めしたんだろ」
「お母さんたちが子供のころにはあんまり一般的じゃなかったそうだから、なんか気持ち悪く見えるらしいんだけど。私、これを水につけて、膨らんでいくの見てるとドキドキするんだよね」
「分からなくはないな」
 だいたい缶ジュースほどの円柱形だった黒い塊が、みるみるうちに水を吸ってTシャツの形をほぼ取り戻した。茶筒くらいの大きさだった上着はまだもう少しかかりそうだが、既に形が分かるほどにはほどけている。
「……ふえるわかめちゃんみたいだね」
 確かに、色と言い水を吸って元に戻るところと言い、乾燥わかめそっくりだ。

 完全に圧縮衣類が元に戻るまで、2人で洗濯機をのぞいていた。
「そろそろいいか」
 コンセントにプラグを差し、溜まっていたほかの洗濯物も放り込んで洗濯機のスイッチを入れた。
 外に干すことはできないが、乾燥機も使えば明日の朝には乾くだろう。

 母さんは散乱している僕の本を読み、妹は菓子を食べながら古いアニメのビデオを見、葉村はその日一日の日記をつけ、僕はコンピュータに向かって作業をする。
 みんないつもとやっていることは同じなのに、今日はみんな口数が少なかった。母さんと妹があまりしゃべらなくなると、自然に葉村もあまり口を開かなくなった。
 僕ら家族にとっては、暮らしていた土地にいられる最後の夜だ。
 それは分かる。でもいくら考えても、何故、今日に限ってこんなにも静かなのかが分からない。
 僕は数年間にわたってこの地下室全体をコンピュータに守らせるためのプログラムを途切れることなく書きながら、そんなことを考えていた。今日中には完成するだろう――。

 夜が明けた。
 軽く朝食を摂ってから、自分の食器や最後まで使っていた炊事道具などを荷造りする。
 僕は3台のWSにつながったディスプレイを取り外した。いざというとき、精密機器のパソコン周辺機器はきっと高値で売れるはずだからだ。少し考えて、WSも1台譲ることにした。
 ……することがなくなってしまった。
「まだ、11時前じゃない。どうするの、まだ2時間以上あるわよ」
「トランプでもして遊ばない?」
「あまりに暇だものね……」
「僕はパス。本の整理してくる」
 この前応急で片づけた本がそのままになっている。
「あ、そう。つまらないわね」
「いいもん、兄さんがうらやましくなるくらい楽しんじゃうもん」
「……頑張れ」
 そう言って僕はパソコンを持って地下準備室から出た。

 4人で暮らしたこの1ヶ月で雑多にものが散らかっていた地下準備室は、ここから出て疎開するにあたってきれいに片づけられていた。もともとここにあった、私たちが生活するためのスペースを埋めるほど多かった本も、本棚ごと下水処理装置操作室に運び込まれている。
 がらんとした地下室は実際の気温以上に冷えているような気分がした。
「……何しよっか」
 トランプを切りまぜながら声をかけると、山本が出て行った鉄扉を放心したように見ていた山本の苗字を持つ親子は、同じしぐさで私を振り返る。
「ななみさん、トランプはやめにしない?」
「……え?」
「遊ぶのをやめよう、ってことじゃなくて。私、母親なのに、最近のあの子のこと何にも知らないなあ、と思ってね」
「学校での祐樹くんの様子、ですか」
「そう。情報交換、しない? 過去のことも知ってるあなたなら、私たちも気兼ねなく、何でも話せるし」
「あたしも、学校での兄さん、知りたいなぁ」
「分かりました、情報交換、しましょう」

 13時をまわった。そろそろ作業を切り上げて、昼食の準備をするべきか。
 適当に積み上げられた文庫本の隙間に入り込んで操作室に設置されたコンソールをいじっていたため、腰が鈍い痛みを伝える。苦労して操作室から出て気密扉の鍵を閉めた。
 キーボックスに鍵束をかけ、そのまま処理装置室を通り抜けて準備室の鉄扉に手をかける。
 何かが、僕の中で動いた気がして思わず後ろを振り返る。暗闇に沈む下水処理装置のパイロットランプが光っていた。
「……」
 今のは……。
 掴めそうで捕まらないモノがするりと逃げて行った。

 4人で地下室の備蓄食料だった魚の缶詰を食べた。
 賞味期限が4年過ぎていたことに葉村が怒っていたが、別に腹を壊すこともないだろうし食べても問題はないだろう。
 そうこうするうちに約束の時間になった。時間ピッタリにインターホンが鳴る。
「……はい」
「はじめまして、葉村ななみの母でございます。山本さんのお宅ですか」
「そうです。これからお世話になります」
 念のため慎重に地上への気密扉を開いて、気持ちのいい快晴、青空の下へ出る。
 妹が、空にこぶしを突き上げて伸びをしていた。
 4人そろって地上に出たのは何日ぶりだろうか。
 葉村母は、軽トラックを背に立っていた。
 僕ら5人は葉村の紹介を受けて、順に自己紹介を済ませる。
「よかった、ずっと地下室にこもっていらっしゃると聞いていたので、もっと顔色が良くないものだと思っておりました。皆様お元気そうで安心です」
「確かに、地下にこもっている、と聞くと不健康そうですね」
「……挨拶はそこそこにして、早く荷物積んで出発しようよ」
「それもそうね。祐樹、この前の荷物を上げ下げするモーター、持ってきてくれる」
「分かった」
 担いでいたロープの束をそこに置き、僕はひとり地下に戻る。
「おーい、ザイルの末端、どっちでもいいから降ろしてくれ」
「はぁい」
 モーターをロープで上げやすいようにカラビナを取り付ける。するする降りてきたロープの先端を簡単な輪に結んでカラビナをかける。
「持ち上げてくれ、結構重いけど1度だけだから」
 地上から了解の声が届く。完全にモーターが宙に浮くまで、壁にぶつからないように上手く支えてやる。
 モーターが地上に届けばあとは楽な作業で、葉村の実家に持っていく荷物を垂れてきたロープに括り付け、地上にあげる繰り返し。
「これが最後の荷物だ」
 段ボールが地下から見えなくなると、地下準備室はがらんとしてしまった。
 僕は長く息をはきだし、発電機の出力を落としに操作室へ向かうことにした。
「地下室、封印してくる」
 地上に声をかけて準備室から出た。

 ここに下水道経由で細々と供給されてくる非常電源が失われたときに、自動的に発電機が稼働するようにセットして、貴重な石油燃料を消費し続ける発電機を一時停止させる。
 途切れない電気が必要なのは、地下室の封印をする電磁ロックと、それを監視・操作するためのWSだけ。僕らが地下室で生活するときほど電気は必要ではない。下水道線が停電したさい、発電機が稼働するまでのつなぎとなる2次電池の電解液を補充してから僕は地下室を出た。
 気密扉脇の外部端子箱に汎用ケーブルでノートパソコンをつなぎ、開錠コードを設定してから完全に地下室を封印する。
 放射線を通過させないだけの厚さと、空爆にも耐えられるだけの強度を持つコンクリート造りの地下室は、壁に穴をあけるのも容易ではない。正規の手段でこの気密扉の鍵を開けるしか、この地下室に入ることはできなくなった。
「……閉まった?」
「ああ、問題なく施錠した。開錠コードの予備は誰に渡せばいい?」
「お母さんに一つ、頂戴。やり方を教えて」
 僕はいまどき骨董品のカートリッジディスクに開錠コードを書き込んで母さんに手渡した。
「ずいぶんと懐かしいメディアねぇ、お母さんの会社でも保管庫でしか見たことないわよ」
「保存には一番いいんだ、壊れにくいから」
「あらそうなの」
「ここの箱を開けて、このスロットに差し込むだけで開錠できるから。もう一回ロックするときにはパソコンが必要だから開錠コード作らないで鍵を閉めないように」
 それだけ言ってから僕は母さんをうながして、地上へ登る。この井戸のような入り口への通路も印だけつけておいて簡単に見つからないように埋めておく。
 結局、葉村の実家に出発できたのは15時をまわっていた。

 都内は道なんてあってないようなものだった。街路樹が植わっていた土がアスファルトにまき散らされ、倒れた標識が折れ曲がって焦げた気に刺さっている。遠くから見ている分には地平線すら見えていたのに、車に乗っていると、立派な幹線道路は細かい亀裂が走っていたりアスファルトがめくれていたり、瓦礫が道をふさいでいたりと無残な有様だった。
 郊外に近づくにつれ瓦礫の山・平らな土地の割合が減り、家や街路樹が増え、出せる速度も上がってくる。山が少しずつ近づいてくるころにはほとんど被害を見受けられなかった。
 荷台に椅子を置いて座っていたせいでいい加減、尻が痛くなってきたころ。2時間ほどで着いた葉村の実家は、古くからそこにあるような貫禄を持つ2階建ての広い日本家屋だった。家の前には家と同じくらいの大きさを持つ車庫があり、軽自動車とトラクターがとめられていた。
 玄関前の広いスペースで車を降り、荷物を下ろす。そうこうしていると家の中から40代くらいの男性と、妹と同じくらいの男子が出てきた。葉村の父親と、僕の妹と同じ年だと聞いていた弟だろう。
「おお、ななみ」
「お帰り、お姉ちゃん」
「ただいまー」
「お姉ちゃんの彼氏、っていうのがその人?」
「え、な、彼は彼氏なんかじゃないわよ!?」
 裏返った声で変な日本語を叫ぶ葉村。
「そんなこと言ってなくていいから、その、荷物、うちの中に運び込むの手伝ってよ」
「へーい」
 これ、持ってきます。
 葉村弟が地面に下ろしてあった段ボール箱の一つをかかえた。
「あ、ごめんね。この荷物、どこに運べばいいの?」
 同学年だからだろう、気安く葉村弟に話しかける山本妹。僕と違い社交性の高い彼女のことだ、きっと無事にやっていけるだろうと心配はしていない。

 この夜は、貴重だろう油を大量に使う天ぷらをごちそうになった。油をつかう料理はそれなりに食べていたが、出来立てで温かい揚げ物は久しく食べていなかった。それが当たり前だと思うくらいに。
「そういえば」
「はい、なんでしょう?」
 葉村母はうふふと含み笑いを漏らした。
「祐樹くん、今夜はななみと同じ部屋でいいわよね」
「僕はどこでもいいですよ、それこそ廊下でも」
「こいつ、私が遊びに行ったら、布団足りないから、って寝袋で使わせようとしたのよ」
「あらー、いいじゃない。そのまま襲われちゃえばよかったのに」
「お母さん!」
「なによ、祐樹くんとならお母さん、許しちゃうけど」
「なんで今日車に一緒に乗ったくらいの単なる同級生をそんなに信頼してるのよ! 普通、女子高生の親ならもっと、娘と親しい男子に対して注意を払うものじゃないの!?」
「だって、結構男前だし。なかなか素敵な人だと思うけど」
 本人の前でそういう会話を繰り広げるのはどうかと思うのだが。今は僕が出ているからいいものの、内側ではあいつが恥ずかしい恥ずかしいとのたうち回っている。
 気まずいとは思うが、そんなに赤面してばたばた暴れるほど恥ずかしいものなのだろうか。
「じゃ、そういうわけで、祐樹くんの布団はななみの部屋に運んでおくからね。先にお風呂に入ってらっしゃいな」
「はい、ありがとうございます」
 本来なら布団を運ぶくらい自分でやるべきなのだろうが。あいつがあまりにこの場から離れたがっているので、葉村母の提案に甘えることにした。

 なかなかいい加減の湯だった。俺は明日の朝、ここを出発しなければならないということになっているので、早めに寝させてもらうことにする。柔らかいふかふかの布団も懐かしいようなにおいがした。既に電灯は消されている。
 そして隣に葉村がいる。
「さっきはゴメン、お母さんが変なこと言って。恥ずかしかったんじゃない?」
 彼女の頬はいまだ赤い。
「かなり、な。よくもまああいつはあのやり取りを生で聞いておきながら平然としてられるもんだぜ」
「あはは、そうだと思った。……山本」
「ん、どうした?」
「ちゃんと、帰ってきてね」
「当たり前じゃねぇか、何を不吉なことを言ってんだ」
「ご、ゴメン。そうだよね、当たり前、だよね」
 本気で心配してくれているらしい葉村に対して、少し罪悪感を感じる。本当は徴兵なんて、最初から応じるつもりは最初からなかったんだぜ。そうぶちまけたくなって、あいつにたしなめられる。
「……」
 不自然な間が空いたまま、開きかけた口をそのまま閉じた。
 あたりが明るく、お互いが見えるような時間帯だったら何を言おうとしたのか重ねて質問されていただろう。
「じゃ、寝るわ。おやすみ」
 自制が利かなくなってしまう前に、俺は睡眠に逃げることにした。
「……え。そう、寝ちゃうんだ」
「……? 何かしたかったのか?」
「うぅん、別に、特に。なら私も寝るよ」
「そうか」
 なんとなく拍子抜けしたような葉村の応答が釈然としなかったが、俺は無視して目を閉じた。

4
 翌朝は快晴で、少し暑かった。
 僕は先日送られてきた服を袖まくりして着ていた。
「では、いってきます」
 必要な装備を入れたリュックサックを持って、葉村が運転席に座る軽トラックに乗り込んだ。
 荷台には昨日下ろし忘れていた、太陽光発電機一式や僕の野宿道具が積まれたままにされていた。
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
 母さんが心配そうに声をかける。妹はそっぽを向きながら横目で僕のことを見ていたし、葉村父は先ほど町内会の会合に突然呼ばれてしまい、手伝いに弟を連れて出て行ったきりだ。
 僕は自分の家族へ、最後に笑いかけて葉村に合図する。
「出すね」
 葉村は一言、そう呟いてアクセルを静かに踏み込んだ。
 彼女達に手を振って、僕は視線を外した。
「――あのね。アドバイスが欲しいんだけど」
「僕が答えられるものなら」
「行動を起こしてから『ああやっちゃった』って後悔するのと、行動を起こさずに『なんでやらなかったんだろう』って後悔するのだったら、どっちがいいと思う?」
「……僕らなら、前者を選ぶかな」
「そっか……」
 車内の空気が沈む。
 葉村は僕の答えを聞いて、2回、落ち着けるように深呼吸をした。
「じゃあ、私もやって後悔することにするわ」
「そうか」
「単刀直入に聞きます。山本くん。君はどこへ行こうとしているの?」

「――え?」

 同時に葉村は、車を一台も見かけない田んぼに囲まれた道、そのわきに車を寄せて停車した。
「ずっと不安だった。なんか、君の“徴兵用意”が、なんとなくどこかが不自然に見えて。だから、ふっと思ったの。もしかしたら、軍に行くつもりなんてないんじゃないか、って」
「……」
 ここで何も言わないのは不自然だと思ったのだが、とっさのことで言葉が継げなかった。
「ウソはつかないでね、お願い。別に、私はまったく怒っていないから。どんな答えが返ってこようと、引き止めたりなんかしないから」
 君を信頼しているのは、何も私のお母さんだけじゃないんだよ?
「君がいろんなことを考えて出した結論だもん、きっと間違ってることなんてないよね」
「間違ってるかもしれない。僕だって人間だからな」
「そうかもね、でも君は間違っていると自覚している選択肢を取ることなんてしないじゃない。それに、私が答えて欲しい質問はそれじゃないことくらいわかってるよね」
 仕方がない、意外と強情な所のある葉村には、本当のことを言ってしまうほかないか。押し問答をして無駄な時間を使う事は避けなければならない。
「確かに、ご想像の通りだ。僕は徴兵に応じるつもりなんて全くない」
「やっぱりね。じゃあ、どこへ行こうとしているの?」
「どこか山の中で野宿しようと思ってる。電気と回線とコンピューターさえあれば僕は戦える」
 だろうと思った。
 ハンドルにもたれかかって、葉村が囁いた。
 しばらく、どちらも動かず、どちらも喋らなかった。
 ばれてしまった以上、彼女を巻き込みたくはない。知らなければいくら聞かれたって答えられないが、知ってしまった以上尋問されたら嫌でもいつかは答えてしまうだろう。僕は車から降りようとした。
 その動作を止めるように、葉村が起き上がり、もう一度さっきより深く息を吸い込んだ。僕の目を正面から覗き込んで言った。
「さっきも言ったけど、私は君を引き止めたりしないわ。だから――」
 決心するように葉村は唾を飲み込んで。……もう一度深く息を吸って。
「私もそこへ連れて行って」
 そう言った。
「…………」
 不覚にも、短時間に2度も驚かされてしまった。普段ならこの程度の切り返しは簡単に想定できたはずなのだが。
「……嫌だ」
「嫌? 今表面に出ている山本祐樹は感情を持ってないほうだよね。何でそんな感情的な言葉が出てくるのかな。ちゃんと真剣に考えて言ったんじゃないんでしょう?」
「……」
「私だって、きっちり考えたんだ。今のは、いつもと同じような君を困らせるための冗談みたいなお願いじゃない」
「ダメなものはダメだ。連れていくことはできない」
「どうしてもダメだと言うのなら、いつもの君みたいに理由を3つ挙げて、レポート書くように私を説得してみてよ」
「まず、危ないから。政府を敵に回してまで君が僕についてくる理由が『感情的になっているから』意外に考えられない。次に、君が僕についてきたときのメリットがないから。実家の農業を手伝って日本全体の食べ物を少しでも作ったほうがいい。最後に、お前の分の生活を支える道具を持っていないから。僕の野宿セットは1人用だ、もう一人、それも女の子が生活するための物は持ち合わせていない」
「まず、私は君くらい、うぅん。君よりもいろいろ考えた末に君についていく結論を出した。私がついていく、って言い出すことを想定に入れていなかったじゃない。視野が狭くなっている証拠だわ。次に、私がついていくことで、君はより健康的な生活を送れるようになる。君、農業なんてやったことないでしょ。何年続くか分からないのに毎日毎日インスタントやレトルト、保存食料で生活するつもり? 最後に、私は自分で使うためのキャンプ道具なら持ってきてあるわ。そこまでおんぶにだっこでいるわけないじゃない」
 なんとなく嫌な予感が、葉村に押し切られてしまいそうな予感がした。
「……いや、だからと言って人様の娘さんを勝手に個人のわがままにつきあわせる訳にはいかないし」
「わがままを言っているのは私よ?」
 彼女と、似たようなやり取りを、ほんの1ヶ月くらい前にしたような覚えがある。
「そのとおり、だが」
「私を連れて行きなさい」
「拒否する」
 僕の過去を聞き出した時だ。つまり、そろそろ彼女はキレて――。
「なんで? 私にはそんなに信用がないっていうの!? 君は、勝手に途中まで人を助けておいて中断するつもりなの? あんまりにも無責任だと思うんだけど!! ……なんか言いなさいよ卑怯者!」
 案の定、爆発した。
 しかし彼女に卑怯者呼ばわりされる筋合いはないと思うのだが……。
「連れていけるものならとっくに相談していたさ。危ない状況にある人間を助けるのはよくあることじゃないのか? せっかく助けた人を、わざわざ危険に近づけるほうが無責任だと思うのだが」
「もう半ば巻き込まれちゃったもん。だったら最後まで付き合わせなさい、って言ってるの」
「勝手に巻き込まれに来たんだろうが」
「だったら私に感づかれないように、もっとうまく立ち回ればよかったんじゃないの?」
「…………ただの言いがかりだ」
「言いがかり上等、いいから私を連れて行け」
「人が変わってるぞ」
「君はたった3ヶ月くらい同じクラスになった女子の性格をばっちり把握できるんだ、凄いね」
「そんなことは」
「まあそんな些細なことはどうでもいいの、話を逸らさないで。私を一緒に連れていくの、行かないの?」
「連れていくわけが……」
「ならこのまま連れ帰る。向こうから人が来るまでうちに縛り付けてやる」
 無茶ばっかりだ。それにさっきと言っていることが正反対だ。引き止めるようなことはしないんじゃなかったのか。
「僕にどうしろと言うんだ。招集に応じればいいのか?」
「あんた馬鹿!? 簡単なことじゃない。『分かった、君も一緒に連れて行ってやるよ』って言って、私にどこへ行けばいいかを教えればいいのよ」
「そんなことを承諾できる訳が――」
「しなさい」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
 にらみ合う。
 車載時計を見ると、そろそろタイムアップだった。

 ――僕らはどうすればいい。
 ――彼女は、決して無能なお荷物にはならねぇだろうな。
 ――ばれてしまった以上、連れていくしかないか。
 ――どだい知られた以上、俺らを何が何でも消そうとしている連中に彼女がひどい目に遭わされないとも言い切れないしな。
 ――僕のミスだ。これ以上、彼女に負担をかけるべきではない。
 ――過ぎたことをいつまでもグダグダ言っても仕方ねぇよ。それよりこれからのことだ。
 ――それもそうだ、な。気付かれる前にできるだけ遠くに、見つからないような場所に逃げ込んだほうがいい。

「分かった」
「……何が?」
「僕の相方となる人間がとんでもない強情だという事が、だよ」
「……それは、連れて行ってくれる、という事かしら」
「その通――」
 僕の言葉は遮られる。
 彼女に抱き着かれたからだ。
「……おい、どうした」
 器用なことに、シートベルトをつけたまま、隣に座る僕の胸に顔をうずめている。
 ……彼女は泣いていた。
「突然なんなんだ」
 鼻をすすりながら、涙を僕の服に染み込ませながら、切れ切れな曇った声が返ってくる。
「ごめん、何でだろ、私にもわからないよ」
 たぶん、ね?
「安心したんだよ。嬉しいんだよ。でもきっと、君に涙を見せたくないんだ、私」
「……」
 おそるおそる手を彼女の背中に回す。
 彼女がこらえきれなかった感情の圧。感情のない僕は、どのような感情があふれたのか、こういう時どう対処すればいいのかを知らない。
 どのくらいの時間だろうか、ぽんぽん、と背中をさすってやると、彼女は泣き止んだ。
「ありがと、もう大丈夫。……今日から、絶対、君と離れてなんかやらないんだから」
 体を起こし運転席にまっすぐ座りなおして、彼女はまだ赤い目で素敵な、綺麗な笑顔を僕に見せた。
「タイムロスしちゃったね、ゴメン」
「どうせ後悔なんてこれっぽっちもしてないんだろ」
「当然じゃない。……で、どこへ行くつもりだったの?」
「……ああ、そうだな。行く場所。道路マップはないのか?」
「ダッシュボードにある、――はい、これ」
「どうも。そうだな、このあたりなんかどうかと思っていたんだが」
「そんな何もないところで暮らすつもりだったの?」
「どこにも行くあてなんてなかったからな」
「だったら、私のおじいちゃんちに行かない?」
「君の祖父の家?」
「そう。おじいちゃんとおばあちゃんが昔住んでたんだけど、2人とも私が小学生のころに亡くなっちゃったから、今は空き家」
「ばれないか」
「大丈夫、割と山の中にあるから。お隣さんとは1キロくらい離れてるし」
「そこはどういう場所なんだ?」
「普通の山に埋もれた農家よ。私がたまに行って掃除してるからそこそこ綺麗だし、農具とかも残してあるわ」
「なら、とりあえず行ってみよう」
「うん、わかった。じゃあ、ガソリン積んで、種とか、ホームセンターで買っていこう」
「そうだな。僕は君が言うとおり、農業については全くの素人なんだ。よろしく頼む」
「まっかせなさい!」
 そういうと、彼女はギアをDに入れた。

 県道から林道に入り、状態の悪い山道に入っていく。ホームセンターで買い込んだ様々なものが後ろの荷台でやかましく跳ねる。
「そういえば、葉村、お前まだ16歳だったよな」
「うん、そうよ?」
「なんで車運転できるんだ」
「……お父さんに教えてもらったから」
「免許はどうした」
「当然、持ってるよ」
「18歳にならないと自動車免許は取れないはずなんだが。その免許、原付じゃないのか」
 横顔を見ると、どうやら必死に言い訳を探しているようだ。
「別に怒らないから、正直に言え。お前、自動車免許は持ってないんだろう」
「…………おっしゃる通りでございます……」
「別におどけなくてもいい」
「ごめんなさい」
「要は事故らなければいいんだ、気をつけろよ」
「もちろん、私だって捕まりたくはないわ」
 無免許にしては上手い。農業を手伝っている、というのは事実なのだろう。

 1時間くらい走ると、葉村は左に道を折れた。しばらくして木々の間に小さい畑と民家を見つけた。
「ほら、あそこ」
 敷地内に入ると家の前にある倉庫兼駐車場な建物に車を止めて、僕らは地面に降り立った。

 葉村の祖父母が昔住んでいたという家は普通の民家だった。雑草こそ生えているが綺麗な畑と、古びているが住みやすそうな家。
 50メートルほど坂を下りれば透明な水が勢いよく流れる沢に下りられる。あれだけ勢いがあれば直接飲めない水、なんてことはないだろう。
 反対へ少し登ると、さっき走ってきた道を見下すことができた。
 ここを耕しなおせば立派な野菜がなりそうだ。2人分なら十分育てられるだけの広さがある。

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