こいちゃんの趣味全開!!

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俺に明日は来ない type1 第1章

2022.01/28 by こいちゃん

 ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。
 手を伸ばして引き寄せて鳴り止ませようとしたら、充電用のクレードルをベッドの下に落とした。
 買ったらサービスで付いてきたから使っているものの、ケータイにカバーをつけられないから少し不便なのだが、不便と言えばいちいちケーブルを直接挿すのも寝るために部屋の蛍光灯を消した後だと何処に指せば良いのか、端子の向きはどちらなのかを手探るのも面倒で、使い続けている。
 ……俺は朝っぱらから思考自体が面倒くさいな。
 5月25日火曜日、午前7時30分。
 実家が山奥なせいで去年の春に高校へ入学した時から、学校近くにワンルームのアパートを借りて一人暮らしをすることになった。そうしたら、怠惰な男子学生の1人である俺は寝間着と下着の区別がいつの間にかなくなってしまった。実家に帰れば寝るときに着替え、起きたときにもう一度着替える。実家に住んでいた中学の時もそうしていた。確か冬になって起きたときに冷えた部屋で寝間着を脱いですっぽんぽんになるのが嫌だったからだと思う。
 入学式は、きちんと白い下着にワイシャツを着て、下ろしたての学ランをホックまで留めて登校した。どうやらそこまでしなくても良さそうだと分かった翌日の始業式は、ホックはせずにそれでもボタンは上まで掛けていた。4月が終わる頃には、先輩達もうるさくなさそうだと一番上のボタンもしなくなった。
 そんな人間だもので、現在は、つまり入学後1年が経った高校2年生の5月には、真夏に外へそのまま着て行くにはよれすぎてみっともないTシャツを寝間着にし、起きたときそのまま上からワイシャツを着ている。形ばかりズボンにシャツの裾をしまい込むと、上着を着て荷物の入れ替えなんてしないカバンを肩に引っかけて、家を出た。
 寝起きにのそのそやっていれば、貴重な朝の30分なんてあっという間に過ぎている。
 学校まで徒歩10分の道のりを歩きしな、途中のコンビニに寄って朝飯と昼飯を買う。パンとおにぎりを都合5つ、学校に着いたらそのうちいくつを1限までに食い、いくつを昼飯に回そうか。
「おーっす樋口、相変わらず寝癖大爆発だな」
「うるせえ」
 声がでけえ、そして俺に掛けられた言葉も、お前は俺の母ちゃんか何かか。
「事実だろうがよ」
「ああその通り、だがモテだのカノジョだのに興味もない、ズボラな高2なんてこんなもんだろ」
 毎朝髪をとかすなんて、面倒すぎて俺には出来ない。
 朝は少しでも遅くまで寝ていたい。しかし慌ただしく登校の用意をするのも、遅刻して大人から何か言われるのももっと面倒くさい。
「お前ってやつは、顔は良いのにもったいないよなあ。その怠惰をもう少し改めれば、クラスの女子による残念なイケメンランキング1位の称号はただのイケメンランキング1位に変わるぜ」
 知るか。何だそのランキングは、聞いたこともない。
「じゃあ俺は先に行くから。教室で待ってる」
 高橋はそう言い残すと、歩きの俺に合わせて緩めていた自転車を加速させるべく、ペダルを踏み込んた。
 後ろが見えないことを承知で、俺は気怠げに手を振った。
 てくてく歩けばやがて校門が見えてくる。クラスメイトや先輩後輩と挨拶を交わしあいながら上履きに履き替えてホームルーム教室に入った。

 いつもと変わらない日常は、失って初めてその貴重さが分かる。

 放課後になり、文房具を買おうと繁華街まで行くことにした。シャープペンシルの芯がなくなってしまい、ルーズリーフの残り枚数も心許なかった。どうせ行くなら、まとめて用事を済ませたい。あれやってこれやって何を買おう。
 考え事をしながら駅で電車を待っていたときだった。
 ――間もなく電車が参ります。
 ――白線の内側までお下がりください。
 自動放送に呼ばれたように、向こうから電車が滑り込んでくる。
 その時だった。後ろから誰かに突き飛ばされた。考え事をしていたからとっさに踏ん張れず、足は点字ブロックを越えて白線を越えて、転んだ反射で手をつこうとした場所にホームがなかった。
 全てがゆっくり進んでいくような錯覚を覚えた。
 進行方向へ落ちてきた俺に気付いた電車の運転士が警笛を鳴らし始めた。
 頭から線路へ落ちて、枕木の端を押してホームの下へはねのけようと考えた。
 警笛に気付いたホームの乗客が悲鳴を上げる。
 しかし想定以上の衝撃は腕だけで受け止められず、体はそのまま前転してしまう。
 いつまでも進入する電車は警笛を鳴らしている。
 ならば向こう側へ逃げようと思考は空回りして、地面から出っ張った鉄の線路に尻をぶつけ転がる力が相殺される。
 視界の端に、鉄が擦れあって散らす火花がすぐ横に見えた。
 電車の下って、暗いだけじゃないんだ――。

 ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。
 手を伸ばして引き寄せて鳴り止ませようとしたら、充電用のクレードルをベッドの下に落とした。
 買ったらサービスで付いてきたから使っているものの、ケータイにカバーをつけられないから少し不便なのだが、不便と言えばいちいちケーブルを直接挿すのも寝るために部屋の蛍光灯を消した後だと何処に指せば良いのか、端子の向きはどちらなのかを手探るのも面倒で、使い続けている。
 ……俺は朝っぱらから思考自体が面倒くさいな。
 5月25日火曜日、午前7時30分。
 実家が山奥なせいで去年の春に高校へ入学した時から、学校近くにワンルームのアパートを借りて一人暮らしをすることになった。そうしたら、怠惰な男子学生の1人である俺は寝間着と下着の区別がいつの間にかなくなってしまった。実家に帰れば寝るときに着替え、起きたときにもう一度着替える。実家に住んでいた中学の時もそうしていた。確か冬になって起きたときに冷えた部屋で寝間着を脱いですっぽんぽんになるのが嫌だったからだと思う。
 入学式は、きちんと白い下着にワイシャツを着て、下ろしたての学ランをホックまで留めて登校した。どうやらそこまでしなくても良さそうだと分かった翌日の始業式は、ホックはせずにそれでもボタンは上まで掛けていた。4月が終わる頃には、先輩達もうるさくなさそうだと一番上のボタンもしなくなった。
 そんな人間だもので、現在は、つまり入学後1年が経った高校2年生の5月には、真夏に外へそのまま着て行くにはよれすぎてみっともないTシャツを寝間着にし、起きたときそのまま上からワイシャツを着ている。形ばかりズボンにシャツの裾をしまい込むと、上着を着て荷物の入れ替えなんてしないカバンを肩に引っかけて、家を出た。
 寝起きにのそのそやっていれば、貴重な朝の30分なんてあっという間に過ぎている。
 学校まで徒歩10分の道のりを歩きしな、途中のコンビニに寄ったら、昨日までは当たり前に営業していた店舗が略奪されて廃屋になっていた。
 ……寝ぼけた頭が急速に覚醒してゆく。
 俺は起きてからここまで、昨日も全く同じ事を考えて行動した気がする。
 改めて来た道を振り返り、これから行く学校への道を見れば、どこかすすけて人通りが恐ろしく少ない。というか、今朝はここまでで誰1人として見ていない。
「今更気付くことかよ。違和感でけえだろ」
 知らず呟いた俺の独り言が辺りに響く。自動車の音すらしない。周りが静かすぎる。
 響いたと言うより、それは震えていたかもしれない。
 割れて中途半端に空いたままになっているコンビニの入口をくぐると、ガラスの破片は散らばって、商品棚は所々が酷く壊れているのに、無事な棚には見慣れた風に商品が並んでいる。
 目の前のちぐはぐな環境におののきながら、鳴く腹の虫に従っていつも通りおにぎりとパンを合わせて五つ選んで、……店員がいない。
「ごめんくださーい」
 今度の声は自分でもはっきり分かるほど震えていた。自覚してしまうと、体の中心が冷えて、膝が笑ってきてしまった。
 恐怖を振り切って生唾を飲み込み、謎の罪悪感を押さえ込んでカバンにパンなどを詰め込むと、早足でコンビニを出た。
 真っ直ぐ前だけを向いて、少しの違和感には気がつかなかった振りをして、学校へ急ぐ。気がつくと、普段なら早歩きすら疲れると面倒くさがる怠惰な俺が、走って登校していた。
 その時は、学校は何も変わらないと思っていたのかもしれない。
 だって俺の家は普段と全く変わったところがなかったんだから。
 そう思いたかっただけだと知るのは、学校が見えるまでだった。
 校門にはバリケードが設えられ、横の門扉から小学生らしき年齢の女の子が敷地に入ろうとしている。柵の隙間から見えた校庭は掘り返され、何やら野菜が植えられている。
「なんだよこれ」
 俺は校門の前で呆然とするしかなかった。
「お前は誰だ!」
 ヘルメットと鉄パイプで武装した、これまた俺よりいくつか年下に見える男子が、バリケードの中から叫んだ。
「この高校の生徒だよ、多分……」
 頭がいっぱいで、考える暇もなく反射で答えた。
「この高校? ここは高校だったのか?」
「そうだ、この高校……俺は県立西山高校2年1組の樋口雅俊だ」
「……もしかして1周目か?」
「1周目って何だ」
「……いい、分かった。ちょっとそこで待ってろ」
 その時の俺には、年下が自分の高校の敷地に入れてくれないことなんてちっぽけなことを、疑問に思う余地すらなかった。
 待てと言われて意義もなくその場に呆けて立ち尽くす。
「曹長、教員室から生徒名簿が出てきました! やっぱりあっちの今日、誰かが死んだみたいです」
 校舎から、門番と同じくらいの歳に見える女の子が走ってきた。
「なんだって? ……そうだおい、2年1組のページはあるか」
「はい? 2年……、1組。ありました!」
「見せてみろ。ひ、ひ、樋口……雅俊。あった。なあお前」
「俺のこと? 何?」
「昨日の最期の記憶って、なんだ」
「昨日の、最後の記憶?」
 朝飯にパン1個とおにぎり2個を食い、昼飯に残ったパンとおにぎりを1個ずつ食ったけどやっぱり腹が減って、購買で焼きそばパンとあんパンとイチゴミルクを買って食った。
 午後一番の体育で長距離走をやらされて腹が痛くなって、その次の英語はくそ眠くて爆睡した。
 放課後はクラスメイトと馬鹿話をした後、文房具を買おうと駅へ行って……。
 そこまで口にしながら思いだして、その後は言葉になる前に全てを同時に思いだしてしまった。
 見てしまった車輪に踏まれ絶たれる大腿部に散った火花でかすかに見える枕木やバラストと車輌の床下機器との間に挟まってすりつぶされる上半身と、もう全身の何処が主張しているのか分からない壮絶な痛みと、電車や線路と自分の血液とどちらに由来するのか分からない鉄の味と匂いと、そして高い高いブレーキやホームで目撃直視してしまった客の悲鳴。
「うぷっ」
 吐いた。
 その場で、みっともなく、年下のガキに見られながらだったが、そんなことは気にもならなかった。
 ついでに意識も失った。

 気がつくと保健室らしき場所に寝かされていた。
「よう樋口、目が覚めた?」
 足下に座っていたのは日に焼けた中学の同級生だった。
「久しぶり、水上裕吾、俺のこと覚えてる?」
「覚えてる。お前、高校中退したって聞いたけど、何で学校に居るんだ」
「ここが現世じゃないからさ」
 現世とは、つまりここは死んだものの住まう世界ということで、俺は何で死んだと言われたんだっ……。
 吐いた。
「あーはいはい、やっぱり今日のお客様は樋口なんだな。その様子だと1周目か」
 まだ朝飯を食っていないのに、朝から2回目ともなれば吐き気はしても出てくる物は殆どない。少しして落ち着いた俺へ、彼は慣れたようにペットボトルに入った水を寄越した。
「その瞬間のことを思い出すたびに吐いてちゃ、そのうち背中とお腹がくっつくぞ」
「……もう既にくっついてるさ、腹減ったはずなのに食欲が全くない」
「食えるようになる前に餓死するんじゃねえ? まあそれでもいいけどさ、命は大切にしろよ」
「死んだ後の世界で、命を大切にって、何を言ってんだ」
「まあ説明するよ、日付が変わる前までには、さ」
 水上は窓の外の遠くを見て言った。
 落ち着いてみると、彼の格好はどこかの建設現場から抜け出てきたみたいで、高校の保健室には似つかない物だった。
 ヘルメットはあごひもを引っかけ被らず後ろにぶら下げていて、灰緑色の胸ポケット付き長袖Tシャツをズボンの中に仕舞い、広いズボンの裾はハイカットの安全靴の中に仕舞ってある。
 しかもポケットの中に入っているのはどうやら煙草らしい。校内で未成年者が堂々と持ち歩けるものではないはずだ。彼は特別に老け顔というわけではないから、顔かたちだけなら充分に10代だ。だがよく見てみればその表情はどことなく、同い年のはずなのにいくつか年上に見える。
「なんか食ってから出かけるか、それともまだ食えないか」
「……何かを腹に入れたらすぐにリバースする自信がある」
「じゃあ、気晴らしに出かけようか。色々教えてやるよ」
 顔を俺の方に向け直してにっこり笑った彼からは、さっきの年上に感じた雰囲気はさっぱり消えていた。
 

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