耕された校庭の隅で地面にどっかりと座った水上は、隣の地面を叩いたうえで俺にも座れと目で語る。
「口で言え」
「人の仕事を勝手に盗み見て気が済んだか」
不機嫌そうな水上は言葉を吐き捨ててイライラと煙草に火を点ける。
「ついでに火をちょうだい」
咥えた自分の煙草を寄せるが、間に合わず水上のオイルライターは軽やかな音を立てて蓋が閉まる。
「遅えよ」
「ごめん」
座ったせいでポケットがしわになって手を入れづらい。もたもたライターを出そうと腰を浮かせた。
「こっち向け」
「あ?」
赤く輝く火口を、咥えたまま火の点いていない俺の煙草の先に押しつける。
反射的に息を吸い込んで火を移す。
「……エロいな」
「何がだよ! てめえが寄越せっつったんだろうが!」
「そうだね、ありがと」
頬が赤く見えるのは、火の色か、それとも照れているのか。ちょっと笑えた。
「なあ」
「なんだよ」
「いつも思っていたことだけど、一人で抱え込もうとするなよ」
「……誰がずっと俺と一緒に居て、一緒に荷物を持ってくれるんだ」
あっちよりも余計な光が少ない分だけ綺麗に星が見える空へ、二筋の青い煙が上っていく。
「ずっと一緒じゃなくたって、誰かが隣に居るときだけでも放り出してみろって言うんだ」
「また1人で持たなきゃいけないなら、渡すだけ無駄だ」
重い物であればあるほど、再び持ち上げるのにだって力が要るだろ?
「まあな。でも持たせてもらえないのも傷つくもんなんだぜ」
「これ以上に俺が他人へ気を遣えと」
「せめて俺たちの間だけは、常に気を遣い合う間柄でいたいんだけどな」
俺は水上の特別な友人にはなれないのだろうか。
「分かった」
「何が?」
「俺は今晩、もう1人殺すはずだったんだ。代わりにお前がやってくれよ」
「……それってさ」
「おう」
「お前自身のことか」
「そうだ」
胸いっぱいに吸い込んだ煙をゆっくり吐き出してから、幼なじみは肯定した。
「……分かった」
「真似するんじゃねえよ」
少し笑いながら、彼はくわえ煙草で両手を頭の後ろに組み、ゆっくり仰向けに寝転がった。
「土で背中が汚れるよ」
「作業着ってのは汚れる事を前提に着るんだぜ」
片足をぶらぶらさせて、半長靴の中に裾をしまい込んだニッカの膨らみを風に泳がせる。
「そうだろうけどさ。……貸して」
「何を?」
「拳銃。まだ弾は残ってるだろ」
「やだ」
「どうして」
「お前、銃を撃ったことはあるのか」
「あるわけないだろ」
平和な日本で、どこに実銃を使う機会があるって言うんだ。俺はヤクザでも警察官でもないんだぞ。
「ならやっぱりダメ。見た目より反動がきついんだよ、うっかりお前に怪我でもされちゃ目覚めが悪いし、当たり所が悪くて一発で死ねなかったら俺も痛い」
当たり所が良くて、ではないのか。
「じゃあどうやって殺……死なせれば良いんだ」
理由は分からないが、殺すと言いたくなかった。
「手があるだろ」
「……手?」
短くなった煙草で新しい1本に着火して要らなくなった吸い殻を指ではじいた水上は、斜め後ろについた俺の手首を握りしめた。
「これを」
引っ張って動かそうとするので寄りかかっていた腕から重心を抜いてやると、水上は俺の手を自分の首に当てる。
「こうやって、さ」
声帯の震えが彼の喉仏に当たった小指から伝わってくる。
「絞めろと」
「その通り」
彼の手を振りほどいた。
「そっちの方が一発で死ねないより辛いんじゃないのか」
「かもな? 俺はどっちでも良いけど、本気ならあと30分くらいしかねえから、早めにやってくれ」
試されているのはよく分かっている。
よりにもよって、自分だけではなく水上にも、あっちでまっとうに生きて欲しいと願っている俺に、こっちで生き続けるため今日のうちに死ななければいけないのを手伝えと?
煙草が短くなる。お互いのこの1本が短くなったときが躊躇していられる僅かな時間だった。
少しでも引き延ばしたかったのに容赦なく葉は燃えて、吸い口の巻紙に書かれたhi-liteの文字までもが焦げて灰になっていく。
自分でもため息なのか煙なのか分からない空気を吐き出して、地面に吸い殻をこすりつけた。
俺は仰向けに寝転がる水上の腹の上に座りこむ。
つい数十分前には小学生達の裂かれた首を触ったときはあんなに震えていた両手を、水上の首に添える。
「いいんだな?」
目をつぶって気合いとともに体重を乗せると、見えないはずなのに水上が薄く嬉しそうに笑ったのが分かった。
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