過去未来、そして現在 #001
体が揺れ、立部健太は目を覚ました。ポイントを通過しつつある列車は、後ろにつながれた8両の貨車で大きな音をたて、トンネルに反響させる。
彼が起きたことに気付いたのだろう。運転席の後ろの窓に張り付いていた、同級生になる予定だと自己紹介をした女子が振り返った。
「よく寝れた?」
そう言いながら彼女は対面のボックスシートにこしかける。
「そろそろつくから、網棚の荷物おろそっか」
うなづき返して立ち上がり、固まった背中を伸ばしてからあげた手はそのまま、小ぶりのリュックを降ろした。ポケットの中の携帯と財布を確かめ、窓枠に置いておいたペットボトルの緑茶をリュックにしまう。右肩に引っ掛け、彼はさっきまでの彼女がしていたように、運転席の後ろから線路を眺めた。
前方が明るい。途中から太くなったトンネルの中が煌々と照らされているのだ。
「あれが、|水京湖底隧道商店街《みずみやここていずいどうしょうてんがい》だよ。あそこにないものがほしいときには下まで行かないと手に入らないと思っていいくらい、イマドキ珍しい商店街だからね」
彼が今いるのは、引っ越してきたこの場所は、N県の山間部に位置する“豊京群”と呼ばれる田舎町だ。それなりの大きさを持つ|水京湖《みずみやここ》のほとりに細長い平地が広がり、あとは山しかない。
彼女が“下”といったのは、豊京群は地理的に川の下流にある街が少しばかり離れているからだ。今乗っている豊京鉄道で約40分といったところか。ちなみに、ここまで車に乗って直接来ることはできない。速度を出せないほどくねくねした線路の脇は切り立った崖で、車道を作る余裕がないのだ。もう1本あるルートは鉄道トンネルなので当然、車は通れない。
そうこうしているうちに列車は右側に長いプラットホームが伸びる番線に入線する。
『――水京湖底隧道商店街、水京湖底隧道商店街、ご乗車ありがとうございました――』
客車の扉が開くと、構内アナウンスとともに買い物客たちが生み出す喧騒が聞こえた。
ホームに降りた立部健太は、否が応でも、自分の運命が外へ転がっていくことを自覚せざるを得なくなるだろう。彼にとって運命とは何を意味するのか。彼の運命はどこへ向かって収束するのか。それはまだ誰も知らなかった。
彼はこれから自らの運命に振り回される。その体験が彼と彼の友人たちに少しでもいい結果を残すことを、誰もが願っている。
願うだけだ。何故なら、何人たりとも各自が持つ“運命”から逃げることはできないのだから……。
過去未来、そして現在 #001
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