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俺に明日は来ない Type1 第10章

2022.04/11 by こいちゃん

「ところでさ、この世界で生まれた子供も、その……亡くなったらあっちの世界に行くのか?」
 いい加減に話題を変えようと苦し紛れに放った発言だったのだが、まず細川さんの顔色が変わった。
「試してみればいいじゃない。私はもう嫌、2度と子供なんて作りたくないけど」
 語気の激しい否定に戸惑う。
 何か地雷を踏んでしまったようだったが、どこにあったのかが分からない。戸惑って他の面々の表情を盗み見ると、青山くんは単にびっくりしているだけに見えたが、鈴木さんは沈痛そうな、水上は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「そろそろ、私は戻るわね。あんまり長いこと二人に子どもたちを任せっぱなしなのも悪いから」
 ごゆっくり。細川さんは、つい失敗してしまったと言いたげに下唇を噛みながら風呂場を出て行った。
 残された4人の間には、先ほどまでの盛り上がりが嘘のような気まずい沈黙が横たわる。
「……じゃあ、僕もそろそろ出るよ。のぼせてしまったかもしれない」
 やがて、脱衣所が空いたくらいのタイミングで逃げるように鈴木さんが先抜ける。
 事情を知っているらしい水上と、どうしていいか分からずに戸惑っている俺と青山くんの3人になった。
「俺、拙いこと言っちゃったんだよな」
 水上は黙ったまま煙草に火を点けると、やっと口を開いた。
「ここのこと、丁度良いから説明しとく」
「説明って今更、何のこと」
 何も写していない彼の目が俺を真っ直ぐ向く。
「みんながどうやってここに居続けているのか、どんな理由でここに来たのか」
 確かに考えてみれば、定められた日数を生き続ければこの世界から居なくなり、元の世界に戻るはずだ。なのに、高校で暮らしているみんなはいつも高校で暮らし続けているのはおかしいことだった。
 それぞれの事情については……。
「最初に聞くなって言ってたことか。いいのか」
「お前だってもう4回目だし、そろそろいいだろ」
「確かに4回目だけど。関係があるのか」
「4回目は、こっちの滞在期間が8日だから、一週間を超えるんだ」
「だからなんだって言うんだよ。さっぱり分からん」
「俺を含めて、毎週日曜日の晩に、全員死ぬようにしてるんだよ」
 毎週、全員、……日曜日?
「……なんの話?」
 言われてみれば、今回こちらに来て最初の日に、細川さんが心配していたのは、曜日だった。学校も会社も何もかもないこの世界で、曜日を気にしていた。
「あっちに生き返りたくない奴らは、定期的にこっちで死ななきゃならねえ。高校で暮らしている全員にとって、こっちに居続けるために死ぬ日って言うのがそれは日曜の夜なんだ」
「そこまでして、こっちで暮らしたいのか」
「生き返ってちゃんとした人生を過ごすつもりのお前には分からねえよな。青山、お前らはどうしてた」
「俺らは意識して死ぬようにはしないっすけど、大抵無茶をして死んでました」
「へえ、例えば?」
「クスリやり過ぎたり、そのままバイクに乗って事故ったり。ケンカが撃ち合いになったこともあるっす」
 日付が変わる直前にキメて、翌日のうちに死ねばキメ直さなくてもキマるんですよね。無意識だろうが、なにもない腕の内側をさすりながら言った。
「やっぱり生き返ろうとは思わないの?」
「樋口さんは、ちゃんとした生活をしてたんすね。俺らはそうじゃなかったし……こっちの方が居心地がいいっていうか。むしろなんであんなところにわざわざ戻らなきゃいけないんすか」
 真顔で問い返されるとは思っていなかった俺は答えに窮する。
「カツアゲされてパシられて、暇だからって殴られて。俺らもやらされた。先輩達の見世物で、プロレスごっことか言われて小さい頃からずっと友達だったやつをお互いに立てなくなるまでボコすんすよ」
「……」
「グループから抜けたくても抜けさせてもらえないし、……俺たちの中で最初にあっちで死んだのは赤羽っす。あいつは小さい弟が居るんすけど、家に帰って面倒を見たいからもう一緒は遊ばないって先輩達に言ったらむちゃくちゃキレられて。大木が赤羽を押さえつけされられて俺が帰れなくなるまで殴れって言われて」
 俯いて淡々と話される内容を聞いているだけで気持ちが沈んでくる。
「俺は仲の良い奴に大怪我させたくないから手加減するとそれでまた先輩達が手本だって俺を殴るんすよ。腫れた顔でそれを見てた赤羽が、俺ら3人だけが聞こえるようにもう良いから……殺してくれって」
 本人が済んだ話だとばかりに続けるものだから、余計に聞いているのが辛い。
「それでお前はどうしたんだ」
「大木を見たら俺と同じ事を考えているっぽかったんで、赤羽の頭を石で殴ったっす。そしたら、むちゃくちゃ血が出て、動かなくなった赤羽を見た先輩達が慌てちゃって……そりゃそうっすよね。初めて俺たちが先輩にしてやれたんすよ。あの慌て方は笑えたなあ」
 青山くんが鼻をすすりながら少し笑った。
「俺らだけ残してみんな乗ってきたバイクとかで逃げていなくなったんで、大木と俺はお互いに持ってたナイフで刺し合って……意外と人間って死なないんだなって思ったっす」
「ごめん、無神経なこと言って。もういいよ」
「全然よくないっすよ」
「いやだって」
「樋口さんにあんなことやっちゃったんすよ。今は3人で仲良くやってるし、……遊び方を知らないからこっち来てもどうすれば良いか分からなくて」
 急に俺の名前が出てくるとは。
「あの日の昼間に、大木だけ川っぺりで殺されてたから、俺と赤羽で翌日の夜に大木を連れて行ったんすけど、覚えてますか」
 ビルの非常階段でのことか。空中で復活した最初の0時には、3人揃って踊り場から落ちていく俺を見下ろして笑っていた。
「そりゃ、もちろん」
「あの後、下に降りて死んでいる樋口さんを見た帰り道に、急に大木が俺たちも先輩達と同じようなことをしちゃったんじゃないかって言い始めて。でも俺らじゃ樋口さんが新しい日になるたびに死ぬループから抜けさせる事も出来なかったから、水上さんに襲撃された時に樋口さんが来て正直、よかったなって」
「良かったって、どういうこと」
「水上さんが俺らの所へ来たって事は、樋口さんを助けることが出来たからそれ以外のことを出来るようになったんだと分かるじゃないっすか」
 なるほど。
「考えてみりゃ、お前らあんまり抵抗しなかったな」
「あっちの世界に生き返るのも嫌だし、でもこっちで生きていくのももう嫌になってたんす」
「だからってなんで俺がわざわざお前らを手伝わなきゃいけねえんだよ。俺は別に好きで手を血に染めてるわけじゃねえんだぜ」
「……すみません」
 水上が煙と一緒に大きなため息をついた。
「俺が高校で暮らす全員を週一で殺すのは、それがコミュニティの中での仕事だからだ」
「仕事?」
「樋口はさ。他の奴らが分担して学校の先生の真似事をしたり、料理したり校庭を耕して野菜を育てたりしてるのを見て、俺だけ何もせずに遊んでいると思わなかったか」
 そう言われてみれば、水上だけ一人でふらふらと、俺に付き合ってくれていた。
「でも俺だって、手伝っただけで……」
「そりゃまだお前は正式にコミュニティの一員ってわけじゃねえからな。この場合の一員って言うのは、あっちの世界に生き返ろうと思わなくなったやつで、かつこっちの世界で生きていく場所としてあの高校を選んだ奴のことだ」
「こっちの世界で生きていくと決めた人間である事を前提とするなら、俺はそれを満たさないのか」
「その通り。対して、俺はコミュニティの一員であるが、分担した仕事をしていないように見える。では俺の仕事が何かと言えば、全員が生き返ることのないように毎週殺して回ることだからだ。週に1回の仕事を引き受ける代わりに、それ以外の全てを俺は免除されている」
「週に1度死んでまで、そんなに生き返りたくないのか」
「勝手に他人の事情をしゃべるのは、本来はルール違反なんだからな」
 水上は新しい煙草に火を点けてから口重そうに続けた。
「細川さんは、看護師学校へ通っていた時に付き合ってた彼氏の子供を身ごもったが、産む前に男に逃げられた。一人で赤ちゃんの面倒を見ることになったが、孤立無援で育てられなくなった」
「細川さんの子供って……」
「こっちで彼女が育ててる赤ちゃんだよ。ノイローゼになってうっかり自分の子供を殺してしまい、その後を追いかけてアパートで首を吊ったんだと」
 細川さんが子供を産むことにあれだけ激しい拒絶をした理由は、その辺りにあるのだ。
「鈴木さんの場合は、もともとバスの乗務員をしていたらしい」
「今朝、バスに乗る前にそう言ってたな」
「でも病気で運転を仕事にし続けることが出来なくなって転職したけど、その職場が良くなくて通勤中の過労運転で交通事故を起こした」
 運転中の案内放送を聞く限り、まだバスを降りてそれほど経っていなかったのではないだろうか。体に染みついているからいつでも出来ると言うことなのか?
「それで中学生二人はどっちも学校でいじめで自殺した。他の小学生たちは育児放棄や虐待されていたみたい」
「どうやって小学生を集めたんだ」
「誰かが新しくこっちの世界に来たら、ものが増えるだろ。増えたのに誰が来たのか分からないときがたまにあるんだが、そうするとどこかの家にまだ一人で生きていけない歳の子供がいるってことなんだ。捜索すると大抵の場合は、俺たちが見つけるまで家の中から出ないで、食う物もなくなって毎日飢え死ぬことになる」
 あっちに生き返っては死んでこっちに来て、こっちでも生き返るまで規定の日数だけ死に続ける。4回5回と行き来する間に生き返るまで過ごす日数が1週間を上回る……。
「そりゃ、みんな生き返りたくなくなるっすね」
「だろ?」
 それぞれが様々な事情を抱えて、こちらで生きていくことを選んだのか。
「……でもさ、何人もいるのに水上が殺して回ることになるんだ」
 それこそ、その仕事だって持ち回りでやれば良いじゃないか。
「細川さんは自分の子供を死なせてしまったことに絶望して後を追いかけたんだぜ? こっちに来てまで何度も自分の子供を殺せって?」
「……」
「人の命を奪うことが誰にでも出来るわけじゃねえんだよ」
「お前ならいいってのか」
「別に? これで1年以上引き受けてるけど、俺がどうにかなっちゃってるように見えるか」
「……見えないけど」
 表面上はなんともなく過ごしているように見えるけど、でも昔からこいつは何でもため込む性格をしていたんだ。
「適材適所ってやつだ。出来る奴が出来ることをする。それだけ」
 小さい頃から、小学校に入る前から水上を知っている俺には、隠している幼なじみの内面がどうも心配だった。
 いつか壊れるんじゃないか。

 日付が変わって日曜日の朝、温泉からまたバスに乗って高校へ帰る。
「樋口くん、なんか今日は元気ないね?」
「……え、そうですか?」
 バスを降りて旅荷物を手分けして降ろしながら、帰りも管理されずに荒れた国道でバスを1時間以上走らせた鈴木さんに声を掛けられた。
「まだそんなに君のことを知らないけど、何か悩んでいないかい?」
「そんなことないですよ、いつも通りです」
「年の功が何かあるってささやくんだけどなあ」
 首をひねりながら鈴木さんはバスを車庫へ納めに運転席に歩いて行った。

 夕飯を済ませると、子どもたちは電池が切れたように眠りについた。
 寝かしつけた大人達も、久しぶりに出かけて帰ってきたからか、すぐ床に就いた。俺も見習って自分に割り当てられた布団にもぐりこんだが、昨日の話が頭の中を駆け巡っていつまで経っても睡魔が訪れない。まだ8時過ぎと時間が早いせいもあるだろ。
 何度も寝返りを打って、ふと気付くと目が覚めたということは少しは寝られたのだろう。
 寝られたのならそのまま朝になってしまえば良いのに、教室は星明かりが少しだけ差しているだけでまだ暗かった。
 どうせすぐ寝付けないのならトイレとついでに一服してこようと起き上がる。こっちに来てから吸い始めたのに俺もすっかりニコ中だなあと少しおかしく思ったが、冗談で僅かに上向いた気持ちは隣で寝ていたはずの水上はおろか、この教室で寝ている全員の布団が空なのに気がついてあっという間にしぼんだ。
 何かが起きている。今夜は日曜日、ここの全員が死ぬ日、殺される日だ。誰も居ないということは、つまり……。
 どこかで水上が自分の仕事をしているのだ。
 自然と抜き足差し足で、枕元に置いた上履きは手に持って、小学生達が寝ている隣の教室をのぞき込む。
 外から覗いた限りでは、みんな静かに寝ているようだった。
 いつの間にか上がっていた心拍数を意識して押さえ、トイレへ行くべく踵を返そうとしたときだった。
 月を隠していた雲が退いたのだろう。窓から入ってくる光が僅かに増し、反射して白く輝くはずの布団が黒い何かに染められているのが見えた。
 シーツを汚すあの黒いものを確かめなければいけない……。
 いつの間にか細かく震える手を押さえつけ、軽い引き戸が余計な音を立てないよう慎重に開ける。自分の体が通れるだけの隙間を作るのに、やたら長い時間がかかったような気がした。涼しい春の夜なのに、背中が汗でびっしょり濡れている。
 寝ている子どもたちを起こしたら悪いから。見とがめられるような悪いことはしていないのに、間違っても誰かに見つかることのないようそろりそろりと最も近くで寝ている一人の枕元に立つ。
 ……寝ている? もう寝るなどという動詞が当てはまるわけはないと、とっくに理性では分かっていた。
 信じたくなかっただけだ。
 ここで寝ていたはずの、年端もいかない子どもたちは、全員が同じように首を切り裂かれて死んでいる。
 止せば良いのに、未だ震えの止まらない右手が俺の意思に反して創傷に伸びていく。
 僅かに指先が液体に触れたと同時に、そこから高圧の電気が走ったように手が跳ねて、死体をもろに叩いた。
 まだ温かい体から、もう冷たくなった血が溢れて固まりかけている。
 腰が抜けて、床に手をつくことすら出来ずに尻を床に打った。
 慌てて追われるように、しかし立ち歩けず廊下へ出ようと這い進む。右手をついた床が触った血液で点々と汚れる。
 月明かりで色味が分からなくて助かった。床に点々と残る赤黒い手形なぞ、フルカラーで見たくない。何人もの子供の死体など以ての外だ。
 すがりつくように扉を使って立ち上がると、全速力でトイレへ走った。
 パニックに陥っているんだと自覚できるくらい中心は鋭く冴え渡っているのに、周りの思考はぐちゃぐちゃだった。
 夜中でも付けっぱなしのトイレの蛍光灯が、他人の動脈血で鮮やかな赤に染まった右の掌をはっきり見せつける。
 食道を駆け上がる夕飯が、トイレの中にいるのに便器へは間に合わず、洗面台にぶちまけられた。
 洗面台に手をついて、倒れそうになる体を支える。
 発作が治まって、吐き出したものを綺麗に流そうと何気なく利き手を水道の栓に伸ばしたら、白い陶器に右手の跡が赤く残ってしまったのに気がついた。
 それを見てまた吐いた。
 目をつぶり、意識して左手で水を出す。目をつぶって両手を洗う。深呼吸をしてから目を開けて、他人の血液と自分の吐瀉物を下水道に流していく。
 手酌でうがいをしようと思ったが、両手で水を受けたところで止めた。
 一瞬前まで片手にはべっとりと血が付いていて、もう片方の手でゴシゴシ洗ったのだ。
 例え幻覚でも、もし生臭い匂いを自分の手から嗅いでしまったら、3回目の嘔吐が始まるに決まっている。
 着ているTシャツで手の水を切り、トイレットペーパーを無駄に多くたくし取って、口元を拭う。
 外に出て星空を見ながら、無性に煙草を吸いたかった。冗談ではなく、もう立派な喫煙者、ニコチン中毒でもいい。体に有毒だろうと知ったことか、むしろ気分転換が出来る嗜好品を知っていて良かったと本気で思った。今このときにもしこれが酒だったら、間違いなく悪い方に入っていただろう。
 ベランダに出て箱から取り出すのももどかしく、やっと出てきた一本に火を点けた。
 水上ありがとう、俺に煙草を教えてくれて。
 ……水上? あの惨状を作り上げたのは、彼の仕事なのだ。
 あいつは今どこにいる。

「……勝手に話したの?」
 ヒステリックに細川さんが叫んだ。
「ああ、話した。あんな急に出て行かれちゃ、事情を知らずに残された側は理由が気になるってもんだろ」
 高校の敷地の隅にある林の中で、細川さんと鈴木さんが水上と向かい合って立っている。
「だからって話して良いことと悪いことがあるでしょ!?」
 今にも殴りかかりそうにしている細川さんを、鈴木さんが後ろから押さえていた。
「知られたくないなら、自分できっかけを作るんじゃねえよ。どうして俺が色々配慮してやらなくちゃいけないんだ」
 対して水上は、面倒くさそうにいつもは背中のベルトに挿している自動拳銃をいじり回している。
「開き直るんじゃないわよ!」
「そっちこそ頭を冷やせよ」
「なっ」
「他の人から事情を話されたくないなら、さっさと自分から打ち明けろよ。知らない他人の地雷を踏まないように避けられるか?」
「でも」
「じゃなかったら、事情を知らない相手の発言にも誰彼構わずぶち切れてるんじゃねえ」
「……」
「俺としては、教えたって事を教えてもらえただけありがたいと思って欲しいもんだ」
「あんた、何様のつもり?」
「お前が心を壊さずに生きていけるようにしてやってるんだぜ、神様みたいなもんじゃねえ?」
 鈴木さんの制止を振り切った細川さんが、鬼のような形相をして水上に殴りかかろうと一歩前に踏み出したところで、彼は弄んでいた銃で細川さんを撃った。
 銃声の後に、彼女の体が踏み出した勢いそのまま崩れ落ちる。
「……ちなみに、どこまで彼に話したんだ?」
 さっきまで細川さんの肩に掛けていた腕を降ろして、鈴木さんが静かに問いかけた。
「中学生以上全員のあっちでの死に方と、週一で殺して回るのが普段遊んでいる俺の仕事だって事と。つまりほとんど全部だな」
「だからか」
「何が?」
 鈴木さんが胸ポケットから取り出した煙草に火を点けた。
「今朝から、樋口くんの元気がなかったように見えてね。何か悩んでいるようだったんだが、今の話を聞いて合点がいったよ」
「あいつは余計なものまで全部背負い込もうとするんだよ」
「いい友人を持ってるじゃないか、おじさんとしては羨ましいけどな。その時は鬱陶しい限りかもしれないが」
「……うるせえ」
「さて、この煙草も短くなってきたし、今週もお願いします。いつも悪いね」
「へっ」
 一度下げていた銃を持つ右手が真っ直ぐ鈴木さんを狙う。
「日が変わるまで、まだ1時間と少しある。今夜最後まで残された僕が、若い二人の時間を邪魔しちゃ悪い」
 鳥の鳴き声も聞こえない夜空に、火薬のはじける音が再び響く。
 低木の影に隠れて覗いていた俺の方を、撃たれる前に一瞬だけ鈴木さんの視線が向いた気がした。
「……二人?」
「俺のことだろ」
 俺は影からゆっくり立ち上がる。
 突然後ろから声を掛けられた水上は、反射だろうが握ったままの拳銃を真っ直ぐ声のした方向に、つまり俺へ向けた。
「心臓に悪いことしてんじゃねえよ」
「その台詞はそっくりそのままお返しする。銃を下ろしてくれないか」
 銃口を向けられたのは初めてだったが、直前に2人を殺した弾を打ち出した小さくて黒い穴を向けられていると、自分の心臓の音が少しずつ大きくなっていくのが分かるような気がする。
 しばしにらみ合い、俺の膝が震え始めたころになってやっと彼は銃を上に向け、安全装置を掛けた。
「ツラ貸せ」
 鼻を鳴らして背中の定位置に銃を戻すと、彼は歩き出した。

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