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俺に明日は来ない Type1 第6章

2022.02/18 by こいちゃん

 だからその日も、俺の1日はたった数秒で終わるのだと思っていたのだ。
 暗くても分かる何か白い大きなものが、ある日は復活したとき真下に見えた。
 落ちるのまでは一緒だったが、落ちきってぶつかったのがいつもと同じ固い地面ではない。
「よし、ゆっくり降ろせ」
 聞き覚えのある懐かしい声がする。
「おい、まだ生きてるよな」
 今にも死にそうだけど。
 そう言いたかったのに、腫れた顔ではうめき声にしかならなかった。
「急いで帰るぞ」

 深夜なのに高校は明かりが点けられていて、年上組の総出で服を脱がされ、温かい濡れ布巾で全身がくまなく拭われる。
 ほとんど全身が湿布と包帯で覆われて、わざわざ布団乾燥機で温めてあったのだろう、暖かい布団に寝かされた。
「朝になって死んでたら許さないからな」

 殆ど気絶したように寝付いたはずなのに、目が覚めたときにはまだ外が暗かった。
 トイレに行きたい。
 全身が痛くてだるい。呻きながら身を起こすと、足が重たいと感じたのは怪我のせいだけでは無かった。
「……水上。ごめんちょっとどいて、トイレに行きたい」
 腰の痛くなりそうな姿勢で、俺の足の上で腕を組んだ水上が寝ていた。
 手を伸ばすと肩と脇腹が痛むのだが、彼の体重をどけないと足を引き抜けなさそうだった。
 しばらく揺すっているとピクンと震え、勢いよく水上が体を起こした。彼の体からバキバキと音が鳴るのが俺にも聞こえる。
「……腰が痛てえ」
「そりゃそうだよ、そんな姿勢で寝てるんだから」
「起き上がってて大丈夫なのか」
「……おしっこもらしそう」
 俺は一体いくつになったんだ。
 恥ずかしいが言葉にしないと動くのを許してもらえなさそうな表情が、暗がりの中でも分かった。
「車椅子を用意してやるから、もうちょっと辛抱してろ」
 車椅子だなんて大げさな。だけど有り難かった。
「悪いじゃん」
 俺が寝かされているのは保健室だったらしい。すぐに片隅から車椅子が出てきた。
「中学の時に保健の授業で習ったときには、こんな知識をすぐに使うとは思ってもみなかったぜ」
 言われて思い出す。
「そういやあのときは、俺がお前を押してやったよな」
「今回は逆の立場になっちゃったわけだ」
 二人で密かに笑い合う。
 笑ったら腹が痛い。笑いすぎというわけでは無く、怪我のせいだ。
 意味があったのか分からないが、彼が悶絶する俺の背中を慌てたようにさすると、すっと痛みが和らいだような気がする。
「トイレだっけ。これじゃ老老介護ならぬ、若若介護だな」
 だから笑わすなって。
「出すところまで見て……いや、介助してやるからな」
 笑うたびに全身に痛みが走るんだ、お願いだから止めてくれ。
 絶え絶えになった声でそう言ったのに、心配させた罰だと言って彼は取り合ってくれない。
「心配させさせたのは、悪かった。助けてくれてありがとう」
「まあ、どっちもお前のせいじゃないけどな」
 答えた水上の声は、つい数秒前まで面白がって俺を笑わせていた時とは別人のように冷たかった。
「……不注意だったのは俺だし」
「この世界は死後の世界だが天国でも地獄でもないってことを、まだ3回目で実体験できて良かったな」
「出来れば何回目だろうが知りたくは無かったけど」
「違えねえ」
 小声でしゃべりながら、小さな振動も与えないようにゆっくりと、水上が車椅子を押してくれる。俺は安心してトイレに着き、こちらの世界に居る限り一生話題にされるんだろうと、気が気じゃない思いをしながら水上の介助で用を足す。
 饒舌だった行きと引き換え、無言で保健室まで戻る。
 ベッドに寝かせるところまで手取り足取り助けてもらう。
「なあ、煙草一本ちょうだい」
 ずっと黙ったまま居る彼に不安を覚えて、あえて小さい子供みたいにおねだりしてみた。
「赤ちゃんみたいに求める物と違うだろ」
 確かに。
「ありがと」
 水上に選んでもらってからずっと吸っているハイライトでは無く、彼の胸ポケットから出てきたセブンスターをくわえさせてもらう。差し出されたライターで火を点けると、体感的には数時間かもしれないが、実際には何日も吸っていなかった煙を胸深くまで吸い込む。
「樋口もすっかりニコチン依存症だな」
 自分の分も煙草に火を点けた水上が言う。
「誰のせいだよ」
「俺ですが。……保健室で吸ったなんて知れたら、後で細川さんがうるせえぞ」
「だって俺は満足に動けねえんだもん、しようがなくないか」
「開き直りやがってこのヤニカスが。怪我人病人は健康に悪いヤニなんて吸ってないでずっと寝てろ」
 ごもっともだ。
 水上は静かに立ち上がると、換気のために窓を開けた。
「寒くねえ?」
「大丈夫、熱があるせいで感じる寒気以上に、殴られた全身が火照ってる」
「それは……良かったと言うべきなのか悩むな」
「助かったんだからいいんじゃね?」
「そうか」
 また彼の顔が暗くなる。
「復讐とか、考えなくて良いからな」
「考えとく」
 ……会話が噛み合っていない気がする。
「さて、寝ようぜ」
 それぞれの煙草が短くなり、灰皿代わりの空き缶が差し出された。
 俺が吸い殻を入れると、最後にひときわ赤々と火種が輝くまで煙を吸い込んだ水上もフィルターだけになった煙草を缶に捨てた。

 次に目が覚めたのは、細川さんの女性らしい高い声でだった。外はもう明るくなっていた。
「あんたねえ、親友が心配だからって一緒に寝たんじゃないの? なんで保健室が煙草臭くなってるのよ」
「だって心配で離れたくなかったんだもん」
 叱られた水上が子供のように少しいじけた口答えをする。
「なら煙草も我慢すれば良いでしょ」
「だって暇だったんだもん」
「寝ている病人の看病なんだから、暇なのは当たり前なの!」
「……あんまりうるさくすると樋口が起きるぜ」
「もう起きてます」
 やっと会話に割り込めた。
「あっ、その、ごめんなさい。寝ているのに枕元で大声を出しちゃった」
「大丈夫です、それよりその……女性に言うのもアレなんですけど」
「トイレね。別に、お母さんやってる女には気にしなくて良いのよ」
 俺が気にするんだ。まだ高校生で、つまりは思春期なんだぞ。野郎同士ならまだしも、そういう話題を女の人とはしたくないんだ。
「また手伝ってやろうか」
「お願いしたい」
 お説教から逃げる良いタイミングだと思ったのだろう、水上がそそくさと車椅子の用意をする。
「まだ歩けないだろ」
「すまん」
 痛みはだいぶ引いてきているのだが、体を起こすところから手を貸してもらう。
「お腹も空いたでしょう、なんか食べられそうなものを用意してくるわね」
 細川さんはそう言って保健室を出て行った。
「ありがとうございます」
 扉を開けたままにしていったけど、聞こえただろうか。
 足音が遠ざかっていくのを確かめてから、水上が言う。
「な、言ったとおりだっただろ」
「うん」

 それから3日間はずっと保健室で寝ているだけだった。入れ替わり立ち替わり、みんなが様子を見に来ては、少し話をしていってくれる。
 今晩寝れば生き返るという夕方に、細川さんが周りの目を盗むようにこっそり保健室にやってきた。
「今回は災難だったわね。それで一つ、お願いがあるんだけど」
「いえいえ、自分の不注意もありましたから。お願いですか」
「そう。多分、君が生き返る前に水上くんが、その……加害者のことを聞くと思うのよ」
 加害者のことを……?
「君がいなくなっている間の彼は、何というか。私たちも初めて見るような……小さい子どもたちがおびえちゃうような感じで」
「つまり、復讐を考えていそうだと言うことですか」
「察しが良いわね。私は、いえ私たちは、彼がいないと生きていけなくなっているの」
 水上がいないと、生きていけない?
 死んでから来るこの世界でも、生きていけない?
「だから彼を失うかもしれないようなことをできるだけ避けたいの。この際だからついでに謝らせてもらうけど、最初は君が見つかっても、君を助けに行くのを止めようとしていたくらいなの」
 話題が急に飛んだ。俺を助けたくなかった?
「今から考えれば随分自分勝手だったと反省しています。ごめんなさい」
「よく分からないけど。いいですよ」
 あまりに神妙そうな謝罪を、意味も分からず許す。
「ありがとう。だから、彼が復讐に向かうような、3対1の喧嘩を始めるような危険な真似を避けたいの」
 水上を失いたくないから、危険を事前に防ぎたいという。俺だって彼が危ない目に遭って欲しいわけではないから、謎は残るものの彼女の申し出を受け入れた。
 食事中に中座してきたらしい彼女は、俺の承諾を得るとそそくさと食堂代わりの教室へ戻っていった。
 1人残されて、どういうことなのか考えたが、彼女たちの真意は伺えなかった。

 夜になって、いつも通り水上がやってきた。
「毎晩のように子守歌を歌ってもらわないと寝られないガキじゃ無いんだからさ」
「生き返る樋口にとってはこの記憶もあっちでは忘れちゃうかもしれないけど、俺にとってはお前に会って話しをするのは最後かもしれないんだぜ?」
「俺だって、あっちじゃお前はもう死んでるんだから、水上と話は出来ないんだが」
「俺が死んだこともあっちのお前は知らないだろ」
 知らないけどさ。
 そういえば、狭い地元で、何で同級生が亡くなったことが話題になっていないのだろう。数年前に3軒向こうに住んでいたお爺さんが亡くなったときだって、地区全体にお悔やみが回った物だ。
「それはそうとさ。お前、河川敷から何処に連れて行かれたの?」
 来た。細川さんが口止めした話題だ。
「気絶してたから覚えてない」
 これは事実だ。
「俺もさ、お前が動かなくなったからてっきり先に死んだんだと思って、ならいいやリセットしようと思ったんだよな」
「なるほど」
「なのに起きたらお前がどこにも居なくて。そんで慌てて探したら、ビルから落ちて死んでるじゃん。それでやっと気絶してただけだったお前はあいつらに連れて行かれて、何かされたんだなって分かって」
「俺も、人間って意外としぶといんだなって思ったよ」
「でだ。今後も奴らに襲われないように、アジトが何処にあるか知っておきたいんだけど」
「でも、気絶していたときに運ばれて、散々殴られて目がよく見えないうちにあのビルに連れて行かれたからなあ。俺もよく分からないんだよ」
 後半は半分嘘だった。なんとなく、どのあたりに彼らの住処があったのかは想像がついている。
「そうか。まあ、写真に撮って後で笑いものにしたいくらいには、漫画みたいな酷いツラしてたしな」
「ひでえ」
 もううっかり笑っても、そこまで体に響かない。
 一緒に笑っても、水上の目が笑っていなかったのが少し気になった。
「……もう寝るわ」
「そっか。もう来るなよ」
「そうできるならそうするさ」
 そういうと、一瞬だけ彼は少し寂しそうな顔をしたような気がした。

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