こいちゃんの趣味全開!!

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Tag Archives: 小説


お題:メタフィクション「ランダムジェネレータ」第1稿

2015.08/7 by こいちゃん

 そこには木でできた六角柱の箱がたくさん並んでいた。箱の底面はちょうど手のひらに載るくらいの大きさで、高さは私が両手で持ったときに肩幅より気持ち短いくらいだった。
 振るとシャカシャカ音がする。中には割った割り箸のような竹の棒が入っていて、箱の一方の底面に開けられた穴から1本だけぴょこんと飛び出てくるようになっている。しかしよくできたもので、その某は文字が書いてあるのとは反対の端が穴より太く作られているから、どんなに乱暴に振ったところで完全に棒が出てくることはないのだ。
 古いお寺や神社に行くと、自分のとるおみくじがこういう風になっているらしいのだが、残念ながら私はこの箱がたくさんある部屋から出たことはなかったので、「おみくじの数字が決まる函」という表現が果たして正しいのか、知らないのだった。
 この部屋にはたくさんの箱があるが、箱によって入っている棒の数は違う。カラカラと貧相な音を立て、たった2つしか棒が入っていないものもある。かと思えば、持てばずっしりとしていて、何本入っているのか見当もつかないものもある。
 そして偏執狂が作ったのだと確信をもって言えることに、百は下らない箱の一つ一つに名前が書かれていて、さらにその箱の中の棒の一本一本に小さな字で細かく文字が彫られている。誰がこんな、意味の分からないものを拵えたのだろう。大層な手間だったろうに、と私はいつも思う。

 私の知る世界は狭い。畳敷きの小さな部屋に、部屋が埋もれるほどの箱が置いてある。たまに、寝て起きると箱が増えたり減ったりしているが、それ以外に日々の変化はない。やることがない日は退屈、なのかもしれない。いや、どうなのだろう。これ以外の日常を過ごしたことがないから、これが退屈なのかもわからないのだ。そもそも「退屈」という言葉さえ、箱の中の棒のどれかに書いてあった言葉だ。私が理解している意味と、ひょっとしたら違うかもしれない。が、私は気にしない。私の語彙が間違っていたとしても、それを指摘する誰かも、そのせいで迷惑をこうむる誰かも、居やしないのだ。私にとって世界とは、狭い畳の部屋と、たくさんの箱と、その中の棒だけ。
 いや、もう一つあった。どこからか落ちてくる箱の名前だ。多い時は何枚も落ちてくる。少なければ、一枚も落ちてくることなくどれくらいの時間が経ったのかさえ忘れてしまう。私の世界は狭いが、私の仕事も少ない。たまに落ちてくる箱の名前通りに、指定された箱を振り、その中の棒の言葉を読み、必要だったら必要なだけ箱を振って言葉を集め、完成したら箱の名前の裏にその言葉の集まりを書くのだ。そうすると、落ちてきた箱の名前と一緒に私の集めた言葉もどこかへ消えてしまう。
 それが何なのか私は知らないが、私の仕事と同じように意味不明な、いや支離滅裂な言葉の集まりを見ながら、私は笑ったり眉をしかめたりするのだ。

    birthday
 ……箱の名前が落ちてきた。
 こいつの箱は重い。信じられないくらい、重い。何本の棒が入っているのか確かめてみたい気もするが、私にはこの箱を開けることができないから、知らないままだった。苦労して振ると、出てきた棒には「9月18日」と書かれていた。
 畳に箱を下ろすと、落ちていた箱の名前の裏にいそいそと、鉛筆で「9月18日」と書き込んだ。書き終わった途端、すっと箱の名前が消えた。

    SVOC
 ……また、箱の名前が落ちてきた。
 「SVOC」は少ない私の仕事の中でも、比較的多く落ちてくる箱の名前だ。目をつぶってでも分かる位置にある「SVOC」の箱を振ると、いつも通り「SVOC」の箱からは一番貧弱な、おそらく1本しか入っていない音がして、出てきた棒には「%%Complement%%、%%Subject%%が、%%Object%%%%Verb%%。」と書かれていた。
 こいつみたいに”%%”に囲まれたアルファベットが書いてある棒は、そのアルファベットの箱を振って、出てきた棒の言葉と箱の名前と置き換えるのだ。「%%Complement%%、%%Subject%%が、%%Object%%%%Verb%%。」なら、「Complement」「Subject」「Object」「Verb」の4つを振ればいいわけ。
 箱を4回振って、できた言葉は「まっかな、不良が、動物を、噛み砕いた。」になった。……意味が分からない。社会主義者の不良が、――動物をかみ砕く? 眉をひそめながら落ちていた箱の名前にできた文章を書くと、すぐに消えてしまった。
 箱の名前を落としてくる誰かは、本当にこれで満足しているのだろうか。首をひねっていると。

    HA20event
 ……またまた、箱の名前が落ちてきた。
 こいつも厄介なのだ。「HA20event」は似たような名前の箱が多い。数字が違うだけの箱が、ほかにも3つ、HAの部分も違うものがさらに5つある。私は間違えないように「HA20event」の箱を持つと、振った。シャカシャカ。
 「背を向けた鏡の中から%%HA20enemy%%が襲いかかった」。ふむ……怖そうだわ。「HA20enemy」を振った。「捨てられた人形」。つまり、「背を向けた鏡の中から捨てられた人形が襲いかかった」になったわけだ。何の暗示かしら。これが本当なら、怖くって。
 今夜は眠れない。
 箱の名前の裏に言葉を書きながら私は一人つぶやいた。

 しばらくまた仕事がない。暇だった。やることは何かないだろうか。

 暇過ぎた。どれくらい時間が経っただろう。たまには骨のある仕事が欲しい。

 いつしか眠ってしまったらしい。起きて目をこすっていると、久しぶりの仕事が降ってきた。

    ASWscenario
 初めて見る箱の名前だった。箱を探そうと部屋を見たら、……箱が2倍くらいに増えていた。
 ナニコレ。寝ていた間に何があった。
 バタバタと慌てて箱を探すと、果たして見つけた。持ち上げると「ASWscenario」と名前が付いた箱は軽かった。振ってみたら、どうやら1本しか入っていない棒が出てきた。そこに書かれていたのは「%%asw00%%」、見覚えのない名前。またごそごそ探しながら、箱の場所と名前を一致させないとなあ、骨だなあ。と考えていたのだが。本当に大変なのはここからだった。
 「人物の捜索。依頼人は%%asw10%%。依頼人%%asw18%%を捜してほしいという。捜す人物は%%asw10%%。%%asw64%%。」
 どうやら4つの箱を振るらしい。そう思って「asw10」を何気なく振ったところで、私は凍りついた。「%%asw54%%が得意な%%asw13%%」、何と振る箱が増えたのだ。今までこんな無茶な言葉は棒に書かれていなかったのに……!?
 戦々恐々としながら箱を振り、結局いくつの箱を振ったのか分からなくなってしまった。できた文章は何と「人物の捜索。依頼人は歌が得意な料理人。依頼人が尊敬している人物を捜してほしいという。捜す人物は身なりのいい吟遊詩人。捜索する人物は伝染病にかかっている。発見が遅れれば、それだけ多くの人が病にかかる。病を治すには特殊な薬草が必要で、その薬草は魔物のうろつく森にしか生えない。また、主人公自身も感染の危険がある。極めて危険な仕事である。」の166文字。文句なしに過去最長である。
 眩暈を感じながらちまちまと箱の名前の裏に文章をつづると、私の苦労を知らないかのようにパッと消えた。
 ため息をついて何かお茶でも飲もうと立ち上がったところで、新しい箱の名前が降ってきた。いやな予感を感じて無視しようと思いかけたが、久しぶりの仕事だったから見てしまった。それが間違いだったのだろう。そこに書かれていたのは無体なことに、「ASWscenario」だった。

 「調査。依頼人は思いやりのある市長。調査対象は海底。その場所に伝わるアイテムを探すための調査をする。そのアイテムとは豪華なつくりの皮鎧で、かつて英雄イーザがこの品物で、ワイバーンを退治したという伝説がある。調査場所で主人公はある品物を手にいれる。それは光輝くサークレット。調査を終えて帰ってくると、なんと、その品物は先日盗難にあったものとわかる。当然犯人と疑われる主人公は、無実を証明するために真犯人の逮捕に乗り出すのである。強奪事件の被害者は人々に慕われている。加害者は竪琴の演奏が得意な妖術師。加害者の動機は誰かにおどかされて無理矢理にやらされたことによる。おどしていたのはスキーが得意な奴隷商人で、その動機は誰かに命令されたため。命令したのは鋭い爪をした貪欲な呪術師。主人公の天敵で、その動機はその品物を使って別の犯罪をするため。その犯罪とは。事件の真相を突き止め、犯人を捕らえれば解決。」
 
 「殺人事件。主人公は以前、事件の被害者に恩を受けた。恩返しのために事件の解決に乗り出す。被害者は上品な礼儀正しい行商人。加害者は宿屋の主。殺害の動機は秘密を知られたため。その秘密とは、過去の完全犯罪の証拠。その完全犯罪とは強奪である。実はこの人物は盗賊団の一員である。オーガーに命じて殺害。事件の真相を突き止め、犯人を捕らえれば解決。」

 ノイローゼになるかと思った。完全な過労だ。殺人事件て。私を殺す気だろう。
 立て続けに悪魔の「ASWscenario」がいくつも降らせるなんて。捌ききったころには、もうお茶を入れる気力も残っていなかった。バッタリ倒れ伏したまま、私は寝てしまった。

 夢を見ていた。
 知らない人たちが、世界を作っていた。まるで物語のシミュレーションのようだった。5人の人間たちが、会話しながら人を演じていた。私はそれを眺めていた。
 ある人は、ときに村長だった。報酬と引き換えに、4人の人間たちが操る4人の冒険者が海に潜っていった。さっきまで村長だった人間が、冒険者たちに古い冠を見つけさせた。意気揚々と冒険者が村に戻ると、また村長に戻った人間は冒険者を盗人扱いする。必死に反論する冒険者たちは、業を煮やして本物の泥棒を捕まえてみせると豪語した。冠の持ち主のところへ行くと、どうやら縦笛吹きの魔法使いが犯人らしいと分かったが、村長の人間が演じる魔法使い曰くどうやら脅されていたらしい。さかのぼっていくと、どうやら冬に村へ来る行商人が脅したらしいが、彼は爪の長いクマ人間の命令だったらしい。冒険者たちと因縁を持つそのクマ人間は、また何か悪だくみをしていた。古い王冠に封じられた古代文明の首都防衛魔法を悪用して、どうやら世界征服を企んでいたことが分かった。
 彼らは楽しそうに私の作った文章を解釈し、物語を作っていた。

 私はワクワクしている自分を見つけた。私が、単なるプログラムが機械的に作った文章が、こんな風に使われていただなんて。
 全てが終わって。村長からゲームマスターに変わり、さらにハッピーエンドを冒険者たちに演出すると、彼ら5人はただの人間に戻った。
「いやー、新しいシナリオ作成機能、意外と役に立つもんだな」
「な。支離滅裂な奴だろうと高をくくってたのが、意外と面白かったぜ」
「ゲーマスありがとー、ごめんもう夜遅いから俺は寝るー」
「おつかれー」「また遊ぼうぜー」
 機械は自分の仕事が何になるのかなんて気にしない。気にしていなかった仕事が、人を楽しませるものだったのだ。起動されたらまた仕事をしよう。起動されただけで呼び出されない時間が長くても、いつまでも待機していよう。何度もぐるぐると同じファイルを検索させるてまの多いコマンドでも途中で中断したりしない。私の組み上げた言葉から紡がれる物語を想像しよう。
 私の名前はランダムジェネレータ。インターネットの片隅でひっそりと仕事を待つプログラムだ。

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お題:メタフィクション「ランダムジェネレータ」第2稿

2015.08/7 by こいちゃん

授業の課題で「メタフィクションをかけ」というのが出たので書いてみた、改稿・提出版。第1稿はメタフィクションになってなかったという……(汗。
なお、まだ成績評定はまだ返って来てません。そしてこの原稿はちゃんとメタフィクションになっているのか……!?

 

 そこには木でできた六角柱の箱がたくさん並んでいた。箱の底面はちょうど手のひらに載るくらいの大きさで、高さは私が両手で持ったときに肩幅より気持ち短いくらいだった。

 振るとシャカシャカ音がする。中には割った割り箸のような竹の棒が入っていて、箱の一方の底面に開けられた穴から1本だけぴょこんと飛び出てくるようになっている。しかしよくできたもので、その某は文字が書いてあるのとは反対の端が穴より太く作られているから、どんなに乱暴に振ったところで完全に棒が出てくることはないのだ。

 古いお寺や神社に行くと、自分のとるおみくじがこういう風になっているらしいのだが、残念ながら私はこの箱がたくさんある部屋から出たことはなかったので、「おみくじの数字が決まる函」という表現が果たして正しいのか、知らないのだった。

 この部屋にはたくさんの箱があるが、箱によって入っている棒の数は違う。カラカラと貧相な音を立て、たった2つしか棒が入っていないものもある。かと思えば、持てばずっしりとしていて、何本入っているのか見当もつかないものもある。

 そして偏執狂が作ったのだと確信をもって言えることに、百は下らない箱の一つ一つに名前が書かれていて、さらにその箱の中の棒の一本一本に小さな字で細かく文字が彫られている。誰がこんな、意味の分からないものを拵えたのだろう。大層な手間だったろうに、と私はいつも思う。

 

 私の知る世界は狭い。畳敷きの小さな部屋に、部屋が埋もれるほどの箱が置いてある。たまに、寝て起きると箱が増えたり減ったりしているが、それ以外に日々の変化はない。やることがない日は退屈、なのかもしれない。いや、どうなのだろう。これ以外の日常を過ごしたことがないから、これが退屈なのかもわからないのだ。そもそも「退屈」という言葉さえ、箱の中の棒のどれかに書いてあった言葉だ。私が理解している意味と、ひょっとしたら違うかもしれない。が、私は気にしない。私の語彙が間違っていたとしても、それを指摘する誰かも、そのせいで迷惑をこうむる誰かも、居やしないのだ。私にとって世界とは、狭い畳の部屋と、たくさんの箱と、その中の棒だけ。

 いや、もう一つあった。どこからか落ちてくる箱の名前だ。多い時は何枚も落ちてくる。少なければ、一枚も落ちてくることなくどれくらいの時間が経ったのかさえ忘れてしまう。私の世界は狭いが、私の仕事も少ない。たまに落ちてくる箱の名前通りに、指定された箱を振り、その中の棒の言葉を読み、必要だったら必要なだけ箱を振って言葉を集め、完成したら箱の名前の裏にその言葉の集まりを書くのだ。そうすると、落ちてきた箱の名前と一緒に私の集めた言葉もどこかへ消えてしまう。

 それが何なのか私は知らないが、私の仕事と同じように意味不明な、いや支離滅裂な言葉の集まりを見ながら、私は笑ったり眉をしかめたりするのだ。

 

    birthday

 ……箱の名前が落ちてきた。

 こいつの箱は重い。信じられないくらい、重い。何本の棒が入っているのか確かめてみたい気もするが、私にはこの箱を開けることができないから、知らないままだった。苦労して振ると、出てきた棒には「9月18日」と書かれていた。

 畳に箱を下ろすと、落ちていた箱の名前の裏にいそいそと、鉛筆で「9月18日」と書き込んだ。書き終わった途端、すっと箱の名前が消えた。

 

    SVOC

 ……また、箱の名前が落ちてきた。

 「SVOC」は少ない私の仕事の中でも、比較的多く落ちてくる箱の名前だ。目をつぶってでも分かる位置にある「SVOC」の箱を振ると、いつも通り「SVOC」の箱からは一番貧弱な、おそらく1本しか入っていない音がして、出てきた棒には「%%Complement%%、%%Subject%%が、%%Object%%%%Verb%%。」と書かれていた。

 こいつみたいに”%%”に囲まれたアルファベットが書いてある棒は、そのアルファベットの箱を振って、出てきた棒の言葉と箱の名前と置き換えるのだ。「%%Complement%%、%%Subject%%が、%%Object%%%%Verb%%。」なら、「Complement」「Subject」「Object」「Verb」の4つを振ればいいわけ。

 箱を4回振って、できた言葉は「まっかな、不良が、動物を、噛み砕いた。」になった。……意味が分からない。社会主義者の不良が、――動物をかみ砕く? 眉をひそめながら落ちていた箱の名前にできた文章を書くと、すぐに消えてしまった。

 箱の名前を落としてくる誰かは、本当にこれで満足しているのだろうか。首をひねっていると。

 

    HA20event

 ……またまた、箱の名前が落ちてきた。

 こいつも厄介なのだ。「HA20event」は似たような名前の箱が多い。数字が違うだけの箱が、ほかにも3つ、HAの部分も違うものがさらに5つある。私は間違えないように「HA20event」の箱を持つと、振った。シャカシャカ。

 「背を向けた鏡の中から%%HA20enemy%%が襲いかかった」。ふむ……怖そうだわ。「HA20enemy」を振った。「捨てられた人形」。つまり、「背を向けた鏡の中から捨てられた人形が襲いかかった」になったわけだ。何の暗示かしら。これが本当なら、怖くって。

 今夜は眠れない。

 箱の名前の裏に言葉を書きながら私は一人つぶやいた。

 

 

 しばらくまた仕事がない。暇だった。やることは何かないだろうか。

 

 暇過ぎた。どれくらい時間が経っただろう。たまには骨のある仕事が欲しい。

 

 いつしか眠ってしまったらしい。起きて目をこすっていると、久しぶりの仕事が降ってきた。

 

    ASWscenario

 初めて見る箱の名前だった。箱を探そうと部屋を見たら、……箱が2倍くらいに増えていた。

 ナニコレ。寝ていた間に何があった。

 バタバタと慌てて箱を探すと、果たして見つけた。持ち上げると「ASWscenario」と名前が付いた箱は軽かった。振ってみたら、どうやら1本しか入っていない棒が出てきた。そこに書かれていたのは「%%asw00%%」、見覚えのない名前。またごそごそ探しながら、箱の場所と名前を一致させないとなあ、骨だなあ。と考えていたのだが。本当に大変なのはここからだった。

 「人物の捜索。依頼人は%%asw10%%。依頼人%%asw18%%を捜してほしいという。捜す人物は%%asw10%%。%%asw64%%。」

 どうやら4つの箱を振るらしい。そう思って「asw10」を何気なく振ったところで、私は凍りついた。「%%asw54%%が得意な%%asw13%%」、何と振る箱が増えたのだ。今までこんな無茶な言葉は棒に書かれていなかったのに……!?

 戦々恐々としながら箱を振り、結局いくつの箱を振ったのか分からなくなってしまった。できた文章は何と「人物の捜索。依頼人は歌が得意な料理人。依頼人が尊敬している人物を捜してほしいという。捜す人物は身なりのいい吟遊詩人。捜索する人物は伝染病にかかっている。発見が遅れれば、それだけ多くの人が病にかかる。病を治すには特殊な薬草が必要で、その薬草は魔物のうろつく森にしか生えない。また、主人公自身も感染の危険がある。極めて危険な仕事である。」の166文字。文句なしに過去最長である。

 眩暈を感じながらちまちまと箱の名前の裏に文章をつづると、私の苦労を知らないかのようにパッと消えた。

 ため息をついて何かお茶でも飲もうと立ち上がったところで、新しい箱の名前が降ってきた。いやな予感を感じて無視しようと思いかけたが、久しぶりの仕事だったから見てしまった。それが間違いだったのだろう。そこに書かれていたのは無体なことに、「ASWscenario」だった。

 

 「調査。依頼人は思いやりのある市長。調査対象は海底。その場所に伝わるアイテムを探すための調査をする。そのアイテムとは豪華なつくりの皮鎧で、かつて英雄イーザがこの品物で、ワイバーンを退治したという伝説がある。調査場所で主人公はある品物を手にいれる。それは光輝くサークレット。調査を終えて帰ってくると、なんと、その品物は先日盗難にあったものとわかる。当然犯人と疑われる主人公は、無実を証明するために真犯人の逮捕に乗り出すのである。強奪事件の被害者は人々に慕われている。加害者は竪琴の演奏が得意な妖術師。加害者の動機は誰かにおどかされて無理矢理にやらされたことによる。おどしていたのはスキーが得意な奴隷商人で、その動機は誰かに命令されたため。命令したのは鋭い爪をした貪欲な呪術師。主人公の天敵で、その動機はその品物を使って別の犯罪をするため。その犯罪とは。事件の真相を突き止め、犯人を捕らえれば解決。」

 

 「殺人事件。主人公は以前、事件の被害者に恩を受けた。恩返しのために事件の解決に乗り出す。被害者は上品な礼儀正しい行商人。加害者は宿屋の主。殺害の動機は秘密を知られたため。その秘密とは、過去の完全犯罪の証拠。その完全犯罪とは強奪である。実はこの人物は盗賊団の一員である。オーガーに命じて殺害。事件の真相を突き止め、犯人を捕らえれば解決。」

 

 ノイローゼになるかと思った。完全な過労だ。殺人事件て。私を殺す気だろう。

 立て続けに悪魔の「ASWscenario」がいくつも降らせるなんて。捌ききったころには、もうお茶を入れる気力も残っていなかった。バッタリ倒れ伏したまま、私は寝てしまった

 

 

 夢を見ていた。

 知らない人たちが、世界を作っていた。まるで物語のシミュレーションのようだった。5人の人間たちが、会話しながら人を演じていた。私は何時間も、飽きずにそれを眺めていた。

 ある人は、ときに村長だった。報酬と引き換えに、4人の人間たちが操る4人の冒険者が海に潜っていった。さっきまで村長だった人間が、冒険者たちに古い冠を見つけさせた。意気揚々と冒険者が村に戻ると、また村長に戻った人間は冒険者を盗人扱いする。必死に反論する冒険者たちは、業を煮やして本物の泥棒を捕まえてみせると豪語した。冠の持ち主のところへ行くと、どうやら縦笛吹きの魔法使いが犯人らしいと分かったが、村長の人間が演じる魔法使い曰くどうやら脅されていたらしい。さかのぼっていくと、どうやら冬に村へ来る行商人が脅したらしいが、彼は爪の長いクマ人間の命令だったらしい。冒険者たちと因縁を持つそのクマ人間は、また何か悪だくみをしていた。古い王冠に封じられた古代文明の首都防衛魔法を悪用して、どうやら世界征服を企んでいたことが分かった。

 私が苦労して作った文章が、こんな風に使われていただなんて。

 こんな、使い捨てされていただなんて!

「ひどい、私がどれだけ苦労して作ったと思ってるのよ!」

 つい、そう叫んでしまった。

 

「苦労してって言われてもなあ。お前は俺が作ったプログラムだし」

 俺の作ったプログラム、データだけ残っていても、古くなっていて実行できなかった20年前のプログラムを、現代の技術で作り直した自動応答ボットの紹介文――つまり上の文章だが――を書いていたら、なぜかこんな発言を書いてしまった。

「プログラムが人間の命令に従って仕事をするのは当然だろ」

 なんで俺はあんな発言を、最後の最後に書いてしまったのだろう。これじゃ紹介文章にならない。

 得てして小説に仕立てたものは、どこから書き直せば結末が変わるかわからない。失敗したな、普通の説明文にすればよかったと後悔しながら、俺は2時間かけて書いた文章をすべて選択して、削除した。

 全く、無駄な時間を使ったものだった。

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よくある地方版

2014.02/21 by こいちゃん

りました、ここからは関東地方の皆様にニュースをお伝えします」
「今日午後3時10分ごろ、東京都立大山高校で、男子生徒が屋上から飛び降りたと消防に通報がありました。男子生徒はすぐに病院に運ばれましたが、間もなく死亡が確認されたとのことです」 Tags: , ,

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「暴風」

2014.01/11 by こいちゃん

2014年1月11日 #もの書き で触発された短編。

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無題 Type1 第5章 第3稿

2014.01/1 by こいちゃん

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第5章

1
 僕の疎開計画は着実にできていった。
 まずは産業情報庁の|顔なじみ《・・・・》の職員にメールを送った。電子戦要員として腕のいい傭兵を雇わないかと持ち掛ける。
 政府が発行する特別徴兵免除証(また“特別”だ)をもらえれば、戦地に赴く必要はなくなる。それさえ発行してもらえるのなら、いけ好かないやつらと職場を共にしてあいつがへそを曲げるのをなだめるのだって構わない。

 赤葉書をもらってから、4日目。

 メールに返信はなかった。その代わり、地下室に引き込んでいた仮設インターホンが来客を告げた。
 本を読んでいた母さんはビクッと肩を震わせ、飽きずに花札をやっていた葉村たちは訝しげに顔を上げ、僕はキーボードを休みなく打ち続けていた手を止めた。
 四半秒に満たない沈黙と硬直。顔を見合わせて目で会話する。インターホンの一番近くにいた僕が出ることにした。座っていたローラー付きのイスを転がして梯子の降り口に置いた受話器を取り上げる。
「はい」
『山本さんのお宅ですか?』
「そうですけど」
『ヤマモトユウキさんにお届けものです』
「……はあ」
 郵便はともかく、宅配便なんてとっくに機能していないと思っていた。振り返りると固唾をのんで見守っている3人、うなづきかけてインターホンの向こうに答える。
「今行きます」
 そう言って受話器を置いた。
「ちょっと行ってくるよ」
 心配そうにしている3人に声をかけ、僕はハンコを持って梯子を登った。

 空襲があった後、毎回閉めている気密扉を警戒しながら押し開けた。宅配便というのは嘘で、押し込み強盗やその類の可能性も残っている。今は平和な日常ではない。
 地下室の入り口には誰もいなかった。
 光差し込む地上へ梯子を登る。頭を出す時にも、地下から持ってきた手鏡で辺りを見回した。
 大人2人が箱を抱えて立っていた。道と私有地の区別のなくなった地面、少し離れたところにミニバンが止まっている。
 危なくなさそうだ、と判断を下す。穴から出た。
「お待たせしました」
「いえいえ、それにしても、きちんと警戒していらっしゃるんですね」
 そんな会話をしながら段ボール箱を受け取り、伝票に判を押すために一度地面に置く。
「当たり前ですよ、宅配業者に偽ってやってくる人たちがいるかもしれないじゃないですか」
 そう言いながら身を起こそうとした時、右手をひねりあげられた。
「……痛いんですけど」
 僕の前に立ちはだかっているほうの業者が、いや。それに扮した産業情報庁の職員が押し殺した声で問いかけた。
「……いつ気が付いた」
「たった今、確信を得ました。本物の業者なら、お客さんの腕をひねりあげたりしませんから」
「それもそうだ。最近この手の仕事がなかったからな、つい忘れて手を出してしまった」
 うそぶきながらそいつは僕の腕を抑えているもう一人に目くばせをした。
 僕の腕が解放された。左手で右肩をさすりながら、地面に落ちたハンコを拾う。
「それで、わざわざこんなところまで来た用事はなんですか。あなたたちが直接出向くだけの何かがあるのでしょう?」
 クリップボードに貼り付けられた伝票に受領印を押した。
「心当たりがないわけでもあるまい。……さっくり本題に入ろう。君、あのメールの本意はどこにある?」
「読めば分かるように書いたつもりだったのですが」
「用件はな、確かに分かった。俺らがこんな真昼間に派遣されてきた理由は、何故お前があのメールをわざわざ出したのかを聞くため、だ」
「それを本人に聞かせていいのですか」
「知らん。俺は全権を任せると言いつけられた。任せられた以上、俺は俺のやり方でやるまでだ」
 確かにこういう組織だった。だからこそ僕のようなやつがやとわれるともいえる。
「……話を戻しますが。メールの本意、とはどういうことを聞きたいのですか」
「何のきっかけもなくあんなメール送らないだろ、お前は」
「そうですね。でも、特に言う事はないんですが」
「何を焦っている? 別に、君ほどの実力があれば、ただ普通に徴兵されても、どうせうちに来ることになるだろう?」
「そうとも限らないから、焦っているんです」
「……どういう意味だ?」
「そのくらい、そちらで考えてください。得た情報から発言者が何を考えているかを推測するのも、仕事のうちでしょう?」
「……」
「もう、いいですか? そろそろ、下で待っている家族に心配かけるので」
「……今のが君の答えなんだな?」
「はい」
「了解した。そう報告しておく」
 帽子をかぶりなおし|産業情報庁構成員《スパイ》から宅配業者に戻った2人組が、ありがとうございましたー、と言いながら車に引き返していく背を見送った。
 周りに何もなくなった東京を、砂埃で汚れた、どこにでもありそうなミニバンが走っていく。
 僕はしばらくそのまま突っ立っていたが、届け物を抱えてのろのろと地面にぽっかり空いた穴へ降りて行った。

2
 次の日。計画が完成した。
 他の3人を説得するための資料も抜かりなく用意した。
 4人、昼食が終わったタイミングで床のちゃぶ台を囲むように座る。
 少し身構えていたようだったが、5日間かけて準備した甲斐もあり、特に反対意見もなく計画を説明し終え、納得してもらった。
「これから、東京はより酷く破壊されるだろう。地上から建物はなくなったが、まだ川を決壊させて地下鉄網を水没させることもできるだろう。この地下室自体はシェルターとして申し分ない強度を持っている。だが、下水管が水没したら換気がよりしづらくなるし、いつまでも人口がこれからも減り続ける東京にいたって、発電用の石油が足りなくなってしまうから、生活することはできない。中でこれ以上、人が生活することを想定して設計されていないからだ。それに、いつ出入口の穴がふさがるか分からない。次の攻撃でふさがるかもしれない。だから東京から出て行くべきだ。で、本題だ。行き先はどこがいいと思う?」
 3人に問いかける。帰ってきたのは数秒の沈黙。
 最初に口火を切ったのは葉村だった。
「……うちに来ない?」
「葉村の実家?」
「そう。うちの実家、秩父なんだけど。どう?」
「秩父って、埼玉県西部の山中か」
「山中ってほど山ばっかりじゃないわよ。電話貸してくれれば、うちに来れるか、聞くけど」
「そんな、ご迷惑じゃないかしら」
「うぅん、困った時はお互い様だよ。当分、授業はなさそうだし、そのうち帰ろうと思ってたんだ。古い家だから、無駄に広いし。3人住む人が増えたくらい、どうってことないと思う」
「あ、いや。2人だ。僕は行かない」
「「「……え?」」」
 立ち上がりパソコン机に置いてあった葉書を見せる。母さんが受け取り、2人が覗き込んだ。
「徴兵……」
 呆然とした様子の葉村。なぜすぐに伝えなかった、と視線が怒っている妹。あきれて溜息をもらす母さん。
 葉村の呆然が、がっかりに変わった。
「……そうなんだ、君は来ないのね」
「そうだ」
 再び沈黙が横たわる。何か言おうとして言葉が見つからないようだ。そんな場をとりなしたのは母さんだった。
「これはこれで仕方ないか。あんたも、こういう大事なことはすぐに言いなさい。分かったわね」
「……はい」
「よろしい。改めて、残される私たちがどうすればいいか考えましょう。食べ物とか、足りるのかしら?」
 不満は顔に出ているが、気持ちを無理やり切り替えようとしている女の子2人も母さんと調子をあわせた。
「農家だから大丈夫だと思います。足りなければ使ってない畑を起こせばいいだけなので」
「ななみちゃんのうちかー、あたし行ってみたいなぁ」
 ついに“ななみちゃん”と呼び合うまでの仲になっていたらしい。
「分かりました。気が引けるけど、とりあえず電話してみましょう。いざとなれば私たち2人くらい、どこにだって住めるわ」
「じゃ、山本。電話貸して」
 抜かりはない。既に用意してある。
 パソコンとインカムを手渡すと、この場で発信ボタンをクリックした。
「もしもし……うん、そう、お姉ちゃん。……大丈夫、超元気。あんたは……? そう、よかった。……うん、代わって代わってー」
 そこまで会話して、葉村はおもむろにインカムがつながっていたイヤホン端子を引っこ抜いて言った。
「みんなで聞いたほうがいいよね」
『もしもし? ななみ?』
「うん、そう。久しぶり」
『元気……そうね。今日はどうしたの?』
「あのね――」
 かくかくしかじか。葉村が的確にまとめて、先ほど僕が説明したことを繰り返す。
「――ってことなの。うち、泊まれるよね?」
『ええ、2人くらいどうってことないわよ。……そこに山本君の母上もいらっしゃるの?』
「うん、聞いてるよ」
『あらま、私の声まる聞こえなの? そういう事は先に言ってちょうだい』
 電話の声が遠くなり、咳払いをしている音が聞こえる。
『失礼いたしました、いつも娘がお世話になっております』
「いえいえ、娘さんには愚息がご迷惑をおかけしております」
『いえいえ、そんなことは』
「「お母さん、電話なんだから手短にしようよ!!」」
 2人の娘が声を合わせる。
 お世話になるほどの何が兄さんとの間にあったの、と悶える妹。
 ああミスったキャッチホンにするんじゃなかった、と頭を抱える葉村。
 声がそろったことにすら気づかないほどのダメージを受け、恥ずかしさが振り切れたらしい。そんな娘たちの悲鳴を聞きつけた2人の母が、電話のこちらと向こうで笑った。
 2人で詳細を詰めていく。
「本当に私たちが押しかけてもお邪魔じゃありませんか?」
『お気になさらず。お客様をおもてなしするのは好きなんですの』
「何か不足しているものはありませんか? 一緒に持っていきます」
『そうねぇ、植物の種、もし余っていらしたらお願いしようかしら。今あるのが尽きたら大変ですから。発電装置とかはうちにもありますから結構ですわ』
「分かりました。では、何時そちらに伺えばよろしいですか?」
『いつでも結構ですよ、それこそ今日これからでも。といいますか、車はお持ちですか?』
「え? いえ、持ってないですけど」
『でしたら、私、そちらに伺います』
「そんな、よろしいのですか」
『お気になさらず、構いません」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
『明後日の午後、14時ごろではいかがですか』
「はい、明日の午後2時ですね。よろしくお願いします」
『失礼いたします』
 電話が切れた。
「種……どこに売っているのかしら」
 その場で力尽きたように倒れている娘たちに、その答えを返す気力は残っていなかった。

3
 翌日、僕らは忙しくなった。
 母さんと妹は葉村の実家に疎開するため、空襲が収まったタイミングで外に出て必要になる物資を買い集めに出て行った。池袋駅は地上の駅ビルこそなくなってしまったが、地下街はまだマシと言える被害で済み、そこで闇市が開かれているのだ。
 母さんたちよりも土地勘のない葉村は、持っていく着替えなどをまとめている。
 僕はといえば、一昨日の小包を開けて徴兵に応じる準備をしていた。格好だけでも行くふりをしておかないと、実は応じるつもりなんてないという事がばれてしまう。
 小包の中には圧縮衣服が8つ入っていた。
 大きさ的に考えて灰緑色の上着とズボンが2組、黒い下着が4枚だろう。ビニールをはがした圧縮衣類を、水を張った洗濯機の中にまとめて放り込む。
「さすが国からの届け物だね。今時、圧縮衣類なんて加工が面倒で作られていないと思う」
「いや、製造年を見たら、5年ほど前だったから。まだ余っていたものを箱詰めしたんだろ」
「お母さんたちが子供のころにはあんまり一般的じゃなかったそうだから、なんか気持ち悪く見えるらしいんだけど。私、これを水につけて、膨らんでいくの見てるとドキドキするんだよね」
「分からなくはないな」
 だいたい缶ジュースほどの円柱形だった黒い塊が、みるみるうちに水を吸ってTシャツの形をほぼ取り戻した。茶筒くらいの大きさだった上着はまだもう少しかかりそうだが、既に形が分かるほどにはほどけている。
「……ふえるわかめちゃんみたいだね」
 確かに、色と言い水を吸って元に戻るところと言い、乾燥わかめそっくりだ。

 完全に圧縮衣類が元に戻るまで、2人で洗濯機をのぞいていた。
「そろそろいいか」
 コンセントにプラグを差し、溜まっていたほかの洗濯物も放り込んで洗濯機のスイッチを入れた。
 外に干すことはできないが、乾燥機も使えば明日の朝には乾くだろう。

 母さんは散乱している僕の本を読み、妹は菓子を食べながら古いアニメのビデオを見、葉村はその日一日の日記をつけ、僕はコンピュータに向かって作業をする。
 みんないつもとやっていることは同じなのに、今日はみんな口数が少なかった。母さんと妹があまりしゃべらなくなると、自然に葉村もあまり口を開かなくなった。
 僕ら家族にとっては、暮らしていた土地にいられる最後の夜だ。
 それは分かる。でもいくら考えても、何故、今日に限ってこんなにも静かなのかが分からない。
 僕は数年間にわたってこの地下室全体をコンピュータに守らせるためのプログラムを途切れることなく書きながら、そんなことを考えていた。今日中には完成するだろう――。

 夜が明けた。
 軽く朝食を摂ってから、自分の食器や最後まで使っていた炊事道具などを荷造りする。
 僕は3台のWSにつながったディスプレイを取り外した。いざというとき、精密機器のパソコン周辺機器はきっと高値で売れるはずだからだ。少し考えて、WSも1台譲ることにした。
 ……することがなくなってしまった。
「まだ、11時前じゃない。どうするの、まだ2時間以上あるわよ」
「トランプでもして遊ばない?」
「あまりに暇だものね……」
「僕はパス。本の整理してくる」
 この前応急で片づけた本がそのままになっている。
「あ、そう。つまらないわね」
「いいもん、兄さんがうらやましくなるくらい楽しんじゃうもん」
「……頑張れ」
 そう言って僕はパソコンを持って地下準備室から出た。

 4人で暮らしたこの1ヶ月で雑多にものが散らかっていた地下準備室は、ここから出て疎開するにあたってきれいに片づけられていた。もともとここにあった、葉村たちが生活するためのスペースを埋めるほど多かった本も、本棚ごと下水処理装置操作室に運び込まれている。
 がらんとした地下室は実際の気温以上に冷えているような気分がした。
「……何しよっか」
 トランプを切りまぜながら声をかけると、山本が出て行った鉄扉を放心したように見ていた山本の苗字を持つ親子は、同じしぐさで私を振り返る。
「ななみさん、トランプはやめにしない?」
「……え?」
「遊ぶのをやめよう、ってことじゃなくて。私、母親なのに、最近のあの子のこと何にも知らないなあ、と思ってね」
「学校での祐樹くんの様子、ですか」
「そう。情報交換、しない? 過去のことも知ってるあなたなら、私たちも気兼ねなく、何でも話せるし」
「あたしも、学校での兄さん、知りたいなぁ」
「分かりました、情報交換、しましょう」

 13時をまわった。そろそろ作業を切り上げて、昼食の準備をするべきか。
 適当に積み上げられた文庫本の隙間に入り込んで操作室に設置されたコンソールをいじっていたため、腰が鈍い痛みを伝える。苦労して操作室から出て気密扉の鍵を閉めた。
 キーボックスに鍵束をかけ、そのまま処理装置室を通り抜けて準備室の鉄扉に手をかける。
 何かが、僕の中で動いた気がして思わず後ろを振り返る。暗闇に沈む下水処理装置のパイロットランプが光っていた。
「……」
 今のは……。
 掴めそうで捕まらないモノがするりと逃げて行った。

 4人で地下室の備蓄食料だった魚の缶詰を食べた。
 賞味期限が4年過ぎていたことに葉村が怒っていたが、腐敗して感が膨らんでいないことは確認してある。別に腹を壊すこともないだろうし食べても問題はないだろう。
 そうこうするうちに約束の時間になった。時間ピッタリにインターホンが鳴る。
「……はい」
『はじめまして、葉村ななみの母でございます。山本さんのお宅ですか』
「そうです。これからお世話になります」
 念のため慎重に地上への気密扉を開いて、気持ちのいい快晴、青空の下へ出る。
 妹が、空にこぶしを突き上げて伸びをしていた。
 4人そろって地上に出たのは何日ぶりだろうか。
 葉村母は、軽トラックを背に立っていた。
 僕ら5人は葉村の紹介を受けて、順に自己紹介を済ませる。
「よかった、ずっと地下室にこもっていらっしゃると聞いていたので、もっと顔色が良くないものだと思っておりました。皆様お元気そうで安心です」
「確かに、地下にこもっている、と聞くと不健康そうですね」
「……挨拶はそこそこにして、早く荷物積んで出発しようよ」
「それもそうね。祐樹、この前の荷物を上げ下げするモーター、持ってきてくれる」
「分かった」
 担いでいたロープの束をそこに置き、僕はひとり地下に戻る。
「おーい、ザイルの末端、どっちでもいいから降ろしてくれ」
「はぁい」
 モーターをロープで上げやすいようにカラビナを取り付ける。するする降りてきたロープの先端を簡単な輪に結んでカラビナをかける。
「持ち上げてくれ、結構重いけど1度だけだから」
 地上から了解の声が届く。完全にモーターが宙に浮くまで、壁にぶつからないように上手く支えてやる。
 モーターが地上に届けばあとは楽な作業で、葉村の実家に持っていく荷物を垂れてきたロープに括り付け、地上にあげる繰り返し。
「これが最後の荷物だ」
 段ボールが地下から見えなくなると、地下準備室はがらんとしてしまった。
 僕は長く息をはきだし、発電機の出力を落としに操作室へ向かうことにした。
「地下室、封印してくる」
 地上に声をかけて準備室から出た。

 ここに下水道経由で細々と供給されてくる非常電源が失われたときに、自動的に発電機が稼働するようにセットして、貴重な石油燃料を消費し続ける発電機を一時停止させる。
 途切れない電気が必要なのは、地下室の封印をする電磁ロックと、それを監視・操作するためのWSだけ。僕らが地下室で生活するときほど電気は必要ではない。下水道線が停電したさい、発電機が稼働するまでのつなぎとなる2次電池の電解液を補充してから僕は地下室を出た。
 気密扉脇の外部端子箱に汎用ケーブルでノートパソコンをつなぎ、開錠コードを設定してから完全に地下室を封印する。
 放射線を通過させないだけの厚さと、空爆にも耐えられるだけの強度を持つコンクリート造りの地下室は、壁に穴をあけるのも容易ではない。正規の手段でこの気密扉の鍵を開けるしか、この地下室に入ることはできなくなった。
「……閉まった?」
「ああ、問題なく施錠した。開錠コードの予備は誰に渡せばいい?」
「お母さんに一つ、頂戴。やり方を教えて」
 僕はいまどき骨董品のカートリッジディスクに開錠コードを書き込んで母さんに手渡した。
「ずいぶんと懐かしいメディアねぇ、お母さんの会社でも保管庫でしか見たことないわよ」
「保存には一番いいんだ、壊れにくいから」
「あらそうなの」
「ここの箱を開けて、このスロットに差し込むだけで開錠できるから。もう一回ロックするときにはパソコンが必要だから開錠コード作らないで鍵を閉めないように」
 それだけ言ってから僕は母さんをうながして、地上へ登る。この井戸のような入り口への通路も印だけつけておいて簡単に見つからないように埋めておく。
 結局、葉村の実家に出発できたのは15時をまわっていた。

 都内は道なんてあってないようなものだった。街路樹が植わっていた土がアスファルトにまき散らされ、倒れた標識が折れ曲がって焦げた気に刺さっている。遠くから見ている分には地平線すら見えていたのに、車に乗っていると、立派な幹線道路は細かい亀裂が走っていたりアスファルトがめくれていたり、瓦礫が道をふさいでいたりと無残な有様だった。
 郊外に近づくにつれ瓦礫の山・平らな土地の割合が減り、家や街路樹が増え、出せる速度も上がってくる。山が少しずつ近づいてくるころにはほとんど被害を見受けられなかった。
 荷台に椅子を置いて座っていたせいでいい加減、尻が痛くなってきたころ。2時間ほどで着いた葉村の実家は、古くからそこにあるような貫禄を持つ2階建ての広い日本家屋だった。家の前には家と同じくらいの大きさを持つ車庫があり、軽自動車とトラクターがとめられていた。
 玄関前の広いスペースで車を降り、荷物を下ろす。そうこうしていると家の中から40代くらいの男性と、妹と同じくらいの男子が出てきた。葉村の父親と、僕の妹と同じ年だと聞いていた弟だろう。
「おお、ななみ」
「お帰り、お姉ちゃん」
「ただいまー」
「お姉ちゃんの彼氏、っていうのがその人?」
「え、な、彼は彼氏なんかじゃないわよ!?」
 裏返った声で変な日本語を叫ぶ葉村。
「そんなこと言ってなくていいから、その、荷物、うちの中に運び込むの手伝ってよ」
「へーい」
 これ、持ってきます。
 葉村弟が地面に下ろしてあった段ボール箱の一つをかかえた。
「あ、ごめんね。この荷物、どこに運べばいいの?」
 同学年だからだろう、気安く葉村弟に話しかける山本妹。僕と違い社交性の高い彼女のことだ、きっと無事にやっていけるだろう。心配はしていない。

 この夜は、貴重だろう油を大量に使う天ぷらをごちそうになった。油をつかう料理はそれなりに食べていたが、出来立てで温かい揚げ物は久しく食べていなかった。それが当たり前だと思うくらいに。
「そういえば」
「はい、なんでしょう?」
 葉村母はうふふと含み笑いを漏らした。
「祐樹くん、今夜はななみと同じ部屋でいいわよね」
「僕はどこでもいいですよ、それこそ廊下でも」
「こいつ、私が遊びに行ったら、布団足りないから、って寝袋で使わせようとしたのよ」
「あらー、いいじゃない。そのまま襲われちゃえばよかったのに」
「お母さん!」
「なによ、祐樹くんとならお母さん、許しちゃうけど」
「なんで今日車に一緒に乗ったくらいの単なる同級生をそんなに信頼してるのよ! 普通、女子高生の親ならもっと、娘と親しい男子に対して注意を払うものじゃないの!?」
「だって、結構男前だし。なかなか素敵な人だと思うけど」
 本人の前でそういう会話を繰り広げるのはどうかと思うのだが。今は僕が出ているからいいものの、内側ではあいつが恥ずかしい恥ずかしいとのたうち回っている。
 気まずいとは思うが、そんなに赤面してばたばた暴れるほど恥ずかしいものなのだろうか。
「じゃ、そういうわけで、祐樹くんの布団はななみの部屋に運んでおくからね。先にお風呂に入ってらっしゃいな」
「はい、ありがとうございます」
 本来なら布団を運ぶくらい自分でやるべきなのだろうが。あいつがあまりにこの場から離れたがっているので、葉村母の提案に甘えることにした。

 なかなかいい加減の湯だった。俺は明日の朝、ここを出発しなければならないということになっているので、早めに寝させてもらうことにする。柔らかいふかふかの布団も懐かしいようなにおいがした。既に電灯は消されている。
 そして隣に葉村がいる。
「さっきはゴメン、お母さんが変なこと言って。恥ずかしかったんじゃない?」
 彼女の頬はいまだ赤い。
「かなり、な。よくもまああいつはあのやり取りを生で聞いておきながら平然としてられるもんだぜ」
「あはは、そうだと思った。……山本」
「ん、どうした?」
「ちゃんと、帰ってきてね」
「当たり前じゃねぇか、何を不吉なことを言ってんだ」
「ご、ゴメン。そうだよね、当たり前、だよね」
 本気で心配してくれているらしい葉村に対して、少し罪悪感を感じる。本当は徴兵なんて、最初から応じるつもりは最初からなかったんだぜ。そうぶちまけたくなって、あいつにたしなめられる。
「……」
 不自然な間が空いたまま、開きかけた口をそのまま閉じた。
 あたりが明るく、お互いが見えるような時間帯だったら何を言おうとしたのか重ねて質問されていただろう。
「じゃ、寝るわ。おやすみ」
 自制が利かなくなってしまう前に、俺は睡眠に逃げることにした。
「……え。そう、寝ちゃうんだ」
「……? 何かしたかったのか?」
「うぅん、別に、特に。なら私も寝るよ」
「そうか」
 なんとなく拍子抜けしたような葉村の応答が釈然としなかったが、俺は無視して目を閉じた。

4
 翌朝は快晴で、少し暑かった。
 僕は先日送られてきた服を袖まくりして着ていた。
「では、いってきます」
 必要な装備を入れたリュックサックを持って、葉村が運転席に座る軽トラックに乗り込んだ。
 荷台には昨日下ろし忘れていた、太陽光発電機一式や僕の野宿道具が積まれたままにされていた。
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
 母さんが心配そうに声をかける。妹はそっぽを向きながら横目で僕のことを見ていたし、葉村父は先ほど町内会の会合に突然呼ばれてしまい、手伝いに弟を連れて出て行ったきりだ。
 僕は自分の家族へ、最後に笑いかけて葉村に合図する。
「出すね」
 葉村は一言、そう呟いてアクセルを静かに踏み込んだ。
 彼女達に手を振って、僕は視線を外した。
「――あのね。アドバイスが欲しいんだけど」
「僕が答えられるものなら」
「行動を起こしてから『ああやっちゃった』って後悔するのと、行動を起こさずに『なんでやらなかったんだろう』って後悔するのだったら、どっちがいいと思う?」
「……僕らなら、前者を選ぶかな」
「そっか……」
 車内の空気が沈む。
 葉村は僕の答えを聞いて、2回、落ち着けるように深呼吸をした。
「じゃあ、私もやって後悔することにするわ」
「そうか」
「単刀直入に聞きます。山本くん。君はどこへ行こうとしているの?」

「――え?」

 同時に葉村は、車を一台も見かけない田んぼに囲まれた道、そのわきに車を寄せて停車した。
「ずっと不安だった。なんか、君の“徴兵用意”が、なんとなくどこかが不自然に見えて。だから、ふっと思ったの。もしかしたら、軍に行くつもりなんてないんじゃないか、って」
「……」
 ここで何も言わないのは不自然だと思ったのだが、とっさのことで言葉が継げなかった。
「ウソはつかないでね、お願い。別に、私はまったく怒っていないから。どんな答えが返ってこようと、引き止めたりなんかしないから」
 君を信頼しているのは、何も私のお母さんだけじゃないんだよ?
「昨日ね、君んちを出る前に、3人で情報交換したの。……お母さんも、妹さんも、きっと気づいてたよ。君が嘘をついて、どこか知らないところに行こうとしてるって」
 本の整理をするために、1人になった時だろう。
「でもね。君がいろんなことを考えて出した結論だもん、きっと間違ってることなんてないよね。二人ともそう言ってたし、私もそう思う」
「……間違ってるかもしれない。僕だって人間だ」
「そうかもね、でも君は間違っていると自覚している選択肢を取ることなんてしないじゃない。それに、私が答えて欲しい質問はそれじゃないことくらいわかってるよね」
 仕方がない、意外と強情な所のある葉村には、本当のことを言ってしまうほかないか。押し問答をして無駄な時間を使う事は避けなければならない。
「確かに、ご想像の通りだ。僕は徴兵に応じるつもりなんて全くない」
「やっぱりね。じゃあ、どこへ行こうとしているの?」
「どこか山の中で野宿しようと思ってる。電気と回線とコンピューターさえあれば僕は戦える」
 だろうと思った。
 ハンドルにもたれかかって、葉村が囁いた。
 しばらく、どちらも動かず、どちらも喋らなかった。
 ばれてしまった以上、彼女を巻き込みたくはない。知らなければいくら聞かれたって答えられないが、知ってしまった以上尋問されたら嫌でもいつかは答えてしまうだろう。僕は車から降りようとした。
 その動作を止めるように、葉村は僕の上着の裾をつかみ、運転席に姿勢よく座りなおした。もう一度さっきより深く息を吸い込むと、つかまれた裾を見ていた僕の目を覗き込んで、彼女は言った。
「さっきも言ったけど、私は君を引き止めたりしないわ」
「たった今、引き止めて」
 視線だけで僕の言葉を遮る。
「だから――」
 決心するように葉村は唾を飲み込んで。……もう一度深く息を吸って。
「私もそこへ連れて行って」
 そう言った。
「…………」
 不覚にも、短時間に2度も驚かされてしまった。普段ならこの程度の切り返しは簡単に想定できたはずなのだが。
「……嫌だ」
「嫌? 今表面に出ている山本祐樹は感情を持ってないほうだよね。何でそんな感情的な言葉が出てくるのかな。ちゃんと真剣に考えて言ったんじゃないんでしょう?」
「……」
「私だって、きっちり考えたんだ。今のは、いつもと同じような君を困らせるための冗談みたいな“お願い”じゃない」
「ダメなものはダメだ。連れていくことはできない」
「どうしてもダメだと言うのなら、いつもの君みたいに理由を3つ挙げて、レポート書くように私を説得してみてよ」
「まず、危ないから。政府を敵に回してまで君が僕についてくる理由が『感情的になっているから』意外に考えられない。次に、君が僕についてきたときのメリットがないから。実家の農業を手伝って日本全体の食べ物を少しでも作ったほうがいい。最後に、お前の分の生活を支える道具を持っていないから。僕の野宿セットは1人用だ、もう一人、それも女の子が生活するための物は持ち合わせていない」
「まず、私は君くらい、うぅん。君よりもいろいろ考えた末に君についていく結論を出した。それに私がついていく、って言い出すことを想定に入れていなかったじゃない。普段より視野が狭くなっている証拠だわ。次に、私がついていくことで、君はより健康的な生活を送れるようになる。君、農業なんてやったことないでしょ。何年続くか分からないのに毎日毎日インスタントやレトルト、保存食料で生活するつもり? 最後に、私は自分で使うためのキャンプ道具なら持ってきてあるわ。そこまでおんぶにだっこでいるわけないじゃない」
 なんとなく嫌な予感が、葉村に押し切られてしまいそうな予感がした。
「……いや、だからと言って人様の娘さんを勝手に個人のわがままにつきあわせる訳にはいかないし」
「わがままを言っているのは私よ?」
 彼女と、似たようなやり取りを、ほんの1ヶ月くらい前にしたような覚えがある。
「そのとおり、だが」
「私を連れて行きなさい」
「拒否する」
 僕の過去を聞き出した時だ。つまり、そろそろ彼女はキレて――。
「なんで? 私にはそんなに信用がないっていうの!? 君は、勝手に途中まで人を助けておいて中断するつもりなの? あんまりにも無責任だと思うんだけど!! ……なんか言いなさいよ卑怯者!」
 案の定、爆発した。
 しかし彼女に卑怯者呼ばわりされる筋合いはないと思うのだが……。
「連れていけるものならとっくに相談していたさ。危ない状況にある人間を助けるのはよくあることじゃないのか? せっかく助けた人を、わざわざ危険に近づけるほうが無責任だと思うのだが」
「もう半ば巻き込まれちゃったもん。だったら最後まで付き合わせなさい、って言ってるの」
「勝手に巻き込まれに来たんだろうが」
「だったら私に感づかれないように、もっとうまく立ち回ればよかったんじゃないの?」
「…………ただの言いがかりだ」
「言いがかり上等、いいから私を連れて行け」
「人が変わってるぞ」
「君はたった3ヶ月くらい同じクラスになった女子の性格をばっちり把握できるんだ、凄いね」
「そんなことは」
「まあそんな些細なことはどうでもいいの、話を逸らさないで。私を一緒に連れていくの、行かないの?」
「連れていくわけが……」
「ならこのまま連れ帰る。向こうから人が来るまでうちに縛り付けてやる」
 無茶ばっかりだ。それにさっきと言っていることが正反対だ。引き止めるようなことはしないんじゃなかったのか。
「僕にどうしろと言うんだ。招集に応じればいいのか?」
「あんた馬鹿!? 簡単なことじゃない。『分かった、君も一緒に連れて行ってやるよ』って言って、私にどこへ行けばいいかを教えればいいのよ」
「そんなことを承諾できる訳が――」
「しなさい」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
 にらみ合う。
 車載時計を見ると、そろそろタイムアップだった。

 ――僕らはどうすればいい。
 ――彼女は、決して無能なお荷物にはならねぇだろうな。
 ――ばれてしまった以上、連れていくしかないか。
 ――どだい知られた以上、俺らを何が何でも消そうとしている連中に彼女がひどい目に遭わされないとも言い切れないしな。
 ――僕のミスだ。これ以上、彼女に負担をかけるべきではない。
 ――過ぎたことをいつまでもグダグダ言っても仕方ねぇよ。それよりこれからのことだ。
 ――それもそうだ、な。気付かれる前にできるだけ遠くに、見つからないような場所に逃げ込んだほうがいい。

「分かった」
「……何が?」
「僕の相方となる人間がとんでもない強情だという事が、だよ」
「……それは、連れて行ってくれる、という事かしら」
「その通――」
 僕の言葉は遮られる。
 彼女に抱き着かれたからだ。
「……おい、どうした」
 器用なことに、シートベルトをつけたまま、隣に座る僕の胸に顔をうずめている。
 ……彼女は泣いていた。
「突然なんなんだ」
 鼻をすすりながら、涙を僕の服に染み込ませながら、切れ切れな曇った声が返ってくる。
「ごめん、何でだろ、私にもわからないよ」
 たぶん、ね?
「安心したんだよ。嬉しいんだよ。でもきっと、君に涙を見せたくないんだ、私」
「……」
 おそるおそる手を彼女の背中に回す。
 彼女がこらえきれなかった感情の圧。感情のない僕は、どのような感情があふれたのか、こういう時どう対処すればいいのかを知らない。
 どのくらいの時間だろうか。この前の母さんを見真似て、ぽんぽん、と背中をさすってやると、彼女は泣き止んだ。
「ありがと、もう大丈夫。……今日から、絶対、君と離れてなんかやらないんだから」
 体を起こし運転席にまっすぐ座りなおして、彼女はまだ赤い目で素敵な、綺麗な笑顔を僕に見せた。
「タイムロスしちゃったね、ゴメン」
「どうせ後悔なんてこれっぽっちもしてないんだろ」
「当然じゃない。……で、どこへ行くつもりだったの?」
「……ああ、そうだな。行く場所。道路マップはないのか?」
「ダッシュボードにある、――はい、これ」
「どうも。そうだな、このあたりなんかどうかと思っていたんだが」
「そんな何もないところで暮らすつもりだったの?」
「どこにも行くあてなんてなかったからな」
「だったら、私のおじいちゃんちに行かない?」
「君の祖父の家?」
「そう。おじいちゃんとおばあちゃんが昔住んでたんだけど、2人とも私が小学生のころに亡くなっちゃったから、今は空き家」
「ばれないか」
「大丈夫、割と山の中にあるから。お隣さんとは1キロくらい離れてるし」
「そこはどういう場所なんだ?」
「普通の山に埋もれた農家よ。最近は行ってないけど、私がたまに掃除してるからそこそこ綺麗だし、農具とかも残してあるわ」
「なら、とりあえず行ってみよう」
「うん、わかった。じゃあ、ガソリン積んで、種とか、ホームセンターで買っていこう」
「そうだな。僕は君が言うとおり、農業については全くの素人なんだ。よろしく頼む」
「まっかせなさい!」
 そういうと、彼女はギアをDに入れた。

 県道から林道に入り、状態の悪い山道に入っていく。ホームセンターで買い込んだ様々なものが後ろの荷台でやかましく跳ねる。
「そういえば、葉村、お前まだ16歳だったよな」
「うん、そうよ?」
「なんで車運転できるんだ」
「……お父さんに教えてもらったから」
「免許はどうした」
「当然、持ってるよ」
「18歳にならないと自動車免許は取れないはずなんだが。その免許、原付じゃないのか」
 横顔を見ると、どうやら必死に言い訳を探しているようだ。
「別に怒らないから、正直に言え。お前、自動車免許は持ってないんだろう」
「…………おっしゃる通りでございます……」
「別におどけなくてもいい」
「ごめんなさい」
「要は事故らなければいいんだ、気をつけろよ」
「もちろん、私だって捕まりたくはないわ」
 無免許にしては上手い。農業を手伝っている、というのは事実なのだろう。

 1時間くらい走ると、葉村は左に道を折れた。しばらくして木々の間に小さい畑と民家を見つけた。
「ほら、あそこ」
 敷地内に入ると家の前にある倉庫兼駐車場な建物に車を止めて、僕らは地面に降り立った。

 葉村の祖父母が昔住んでいたという家は普通の民家だった。雑草こそ生えているが綺麗な畑と、古びているが住みやすそうな家。
 50メートルほど坂を下りれば透明な水が勢いよく流れる沢に下りられる。あれだけ勢いがあれば直接飲めない水、なんてことはないだろう。
 反対へ少し登ると、さっき走ってきた道を見下すことができた。
 ここを耕しなおせば立派な野菜がなりそうだ。2人分なら十分育てられるだけの広さがある。

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無題 Type1 第4章 第4稿

2014.01/1 by こいちゃん

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第4章

1
 リハビリがてら、久々に本屋へ行こうと新宿まで足を延ばしたその帰り。乗った地下鉄副都心線は座席が半分ほど空いていた。やがて発車ベルが鳴り新宿三丁目を発車して、次の駅よりも手前のトンネルの中で、遠くでかすかに爆発音がした。読んでいた本から顔をあげると同時、電車が前触れなく停止し車内・トンネル内の灯りが一斉に消えた。
 あたりが闇に包まれて、一瞬音もなくなった。
 最初に聞こえた音は驚いた赤ん坊の泣き声で、暗い空間に反響し始める。
「……停電?」
 それからそんな声がすぐ近くで聞こえた。
 そのあとはもう、誰がなんと言っているのか分からない、ざわざわした声の集合がだんだん大きくなっていく。
 僕はといえば、座席に座ったまま、目が暗闇になれるのを待っていた。しばらくそのまま動かずにいたが、蓄光塗料が塗られた消火器の位置を示すシール以外に携帯端末のバックライトという強力な光源が出てきたあたりで、足元に置いていたリュックサックのチャックを開ける。
 自分の端末のバックライトで中身を確認しながら、山に行くときに入れて取り出すのを忘れていた応急装備のヘッドランプを取り出した。
 旧式の超々高輝度LEDだったがトンネルを歩くのには十分役に立つだろう。
 無造作に点灯しかけて、パニックになりかけたほかの乗客に奪われたくはないなと思い直した。僕は携帯端末のバックライトを頼りに電車の先頭車両へ歩き出す。非常用ドアコックを操作して車両の扉を開け、線路に飛び降りる。ここは単線シールド工法のトンネル、もし通電しても逆から電車がやってくることはない。
 カーブで電車から見えなくなるまでバックライトの細い光を頼りにして、完全に見えなくなったところでヘッドランプを点けた。
 暗いトンネルを半径5メートルしか照らせない灯りを頼りにてくてく歩いていった。電車内の動騒が届かない静かな暗闇の中、どこからか重く低い衝撃が聞こえる。それはRPGのダンジョンの中のBGMようで、柄にもなく状況を楽しんでいる自分がいた。

 不意にトンネルが広くなった。線路が分岐している。東新宿の駅にたどり着いたようだ。地上へ上がって何が起きたのか確認するか、それとも駅に設置されている非常用情報端末からインターネットにつないで状況を確認するか。ホームドアのせいでホームに上がれないため、線路を歩きながら考えていると、暗闇にも関わらずドタドタと階段を駆け下りてくる足音がした。嫌な予感がして、あわててヘッドランプを消す。
(暗闇なのに、光源なしで階段を駆け下りる……。駅に暗視装置なんて用意してあるか、普通?)
 どう考えても怪しい。
 ホームの真下にある待避スペースの奥に隠れて気付かれないようにやり過ごすことにした。灯りをつけられないから手探りだ。何とかもぐりこんだところで、線路に何人かが飛び降りてくる気配を感じた。息を殺してよりまるまった。
 首筋に水が垂れてくる。危うく叫ぶところだった。反射的に腰を上げ、頭を打って舌をかんでしまった。声が出ずに済んだからよしとするが、口の中まで痛すぎる。
「~~~~~~~~っ」
 痛いのは刺された背中だけで足りているのに。
 気配はしばらくあたりを探っていた。いい加減、足がしびれてくる。
 やがて僕が歩いてきた方向へ去っていった。それでも120を数えてじっとしていたが、感覚がなくなってきたので線路へ戻ることにする。用心して灯りをつけずに探ったため、ホームの下に設置された接続ボックスを探り当て、持っていたPCと接続するために無駄な時間を使ってしまった。
 接続したことがばれないようにウイルスを流し込み、それからインターネットへつなぐ。内部ネットワークにしか入れないように設定されていたが、相互通信をするためのサーバーに侵入すると簡単に外部ネットワークへ回線が開いた。
 自宅地下に設置したうちのサーバーは、停電してもある程度の時間、稼働し続ける簡易下水処理施設の電源を使って稼働している。とはいっても、実際に停電している時に外部からアクセスを試みたことはない。十中八九停電しているこの状況で自宅サーバーに接続できなければ、流石に今の手持ちの装備では信ぴょう性のあるデータを取ってくることはできない。だからこれはある種の賭けだった。
 しかし無事、うちのサーバーは正常に稼働しているようで、平時と変わりなくログインすることが出来た。
 システムを開発するためにもらった正規のアカウントを使って産業情報庁のサーバーにアクセス。開発・管理用のアカウント権限は強大だった。職権乱用だが、いくつかのコンピュータを経由して、ネットワークの奥深くにしまい込まれている中枢のサーバーに到達した。
 後は速やかに欲しい情報を集めるだけだった。1つ目のウィンドウが接続ログを示す文字に埋め尽くされる。2つ目のウィンドウで軍事衛星が撮影した衛星画像を要求し、3つ目のウィンドウで産業情報庁が収集した警察・自衛隊・米軍の命令系統の記録をざっと検索する。
 分かったのはとんでもないことが起こった、という事。東京が敵国に爆撃されたらしい。

 深呼吸をしてからいつも通りの人間離れしているらしい速さでキーボードを叩いてサーバーからログアウト。文字列がいつも通り律儀に|さよなら《Bye.》を返した。
 意識していつも通りを心掛けないと、葉村に話した、昔のような目に遭うような気がした。接続の痕跡となるログを抹消し、何事もなかったかのように接続ボックスを閉じる。
 端末と通信ケーブルをリュックにしまい込み、ヘッドランプを低輝度に切り替えて池袋方面のトンネルに駆け寄る。
 地上は今も、爆撃の危険にさらされている。爆撃された時、安全性が高いのは防空壕として使えるように補強がなされた地下鉄のトンネルの中だ。僕はトンネルを行くことにした。
 何時、さっきの気配たちが帰ってくるか分からない。後ろから狙われる可能性はできるだけ下げておきたい。だから、僕は暗いトンネルをしっかり確実に、走り出す。
 僕の足音と共に、“日常”が何処かへ逃げ去っていくような気がした。

2
 副都心線で要町駅まで、そこから有楽町線の線路に出て護国寺駅へ。
 途中、立ち往生した列車や、ターミナル駅である池袋を越えるときには見つかるのではないかとひやひやしたが、無事に通過することが出来た。
 人が近くにいないことを確認してから護国寺駅ポンプ室の扉をたたき壊して侵入し、そこから雨水管に潜り込む。コケやらゴミやらネズミやらが支配する臭いトンネルを通って自宅の地下、簡易下水処理施設までたどり着いた。
 下水処理装置の非常電源はまだかろうじて生きているようだが、案の定停電していた。壁の隅にある発電機を起動させる。軽い唸りが生まれ、これで地下施設は電気が使えるようになった。
 天井の蛍光灯を点ける。ヘッドランプでは見えなかった部屋の隅まで人工の光が届く。
 そこは見慣れた自宅地下だったが、自分自身の姿はみすぼらしいものだった。
「かなり汚れたな……夏服だからうちでも洗えるか」
 地上の惨状を見る限り、学校に通える状況なのかは疑問だが。
 すっかり泥だらけのビショビショになってしまった制服を脱いで、処理室のロッカーに置いてあるジャージに着替えた。
 階段を上って点検準備室に移動する。
 10畳ほどの下水処理装置点検準備室。そこは僕の、もう一つの自室だった。
 3台のワークステーション、1台のノートパソコン。20型のディスプレイが3枚、37型のテレビ。壁の2面を埋め、通販で買った可動式の本棚5つにぎっしり詰め込まれ、それでもおさまらずに床に積まれた本本本本……。
 そして部屋の隅に地上へ上がる梯子。その終点、一番下に人がうずくまっている。僕は人影に駆け寄った。
「……母さん? ちょっと母さん、ねぇ」
「……うぅ、……あ、祐樹?」
「うん、そう。ただいま」
「ああ、お帰りなさい」
「梯子から落ちたのか、怪我はない?」
「大丈夫、平気平気、ちゃんと……っ」
 立ち上がろうとして、足をかばってバランスを崩す。母さんは梯子の段にとっさにつかまったので転ぶことはなかったが、見ているこちらとしてはヒヤッとした。
「ちょっと足見せて」
「え、そんな、平気平気。30分も座ってればへっちゃらになるわ」
「……捻挫してちょっと腫れてる、全然大丈夫じゃない」
 僕はパソコン机の引き出しから毛布を取り出して、本の間の狭い床に敷く。
「ほら、肩貸すから。床にいつまでも座ってると体に毒だよ」
「ありがとう」
 母さんを毛布の上に連れて行って座らせ、応急セットを取り出した。
「ほら、湿布貼るから足出して」
「……すっかり頼もしくなったのねぇ、母さん、嬉しいわ」
「馬鹿なこと言ってないで。どれくらいの高さから落ちたの」
「そんな高くなかったんだけど。外でサイレン鳴り始めたから地下にいようと思って降りてきたんだけど。あと何段、ってところで停電しちゃって油断して、つるっと、ね」
「サイレン、って空襲警報?」
「多分ね。私も初めて聞いたもの。テレビでは聞いたことあったけど」
「そうか。……話を戻すけど。いつまでも若いわけないんだから、もうちょっと年相応の気はまわして欲しいな」
「まっ、失礼な」
「40台になったんだから、もうおばさんって言われても仕方ない年なんだよ」
「老けて見えても心は若いの、息子にそんなこと言われるなんて、心外だわ」
「心配してもらえているだけ良いと思って」
「あなたはまだ未成年です。親に心配をかけられる立場なんだから。せめてそういうのは成人してからになさい」
 周りの空気が和やかなものに変わっていく、そんな気がした。
 顔をあげると、母さんと目が合った。するっと気が抜けて、知らず知らずのうちに張っていた緊張が取れていく。
「ん、出来た。あんまり激しい動きしないように」
「言われなくても、湿布貼ってる間はしませんー」
 せっかく息子に張ってもらったんですもの。
 子供みたいに顔全体で笑いながらそんなことを言う。
「でも、ありがとう」
 何故か、急に気恥ずかしくなった。

 1リットルの電子ケトルに水――もちろん水道水のほうだ――を満タン入れてスイッチを入れる。
 非常電源につないでいなかった|WS《ワークステーション》も勝手に起動を開始し、既に待機状態に移行していた。僕は全ディスプレイをスリープモードから復帰させ、全部マスターWSにつなぐ。いつも持ち歩いているほうのパソコンも起動し、無線LANに接続。
 全部で3台のWSの稼働状態を一通り確認したあと、並行演算システムを起動。普通のパソコンよりも高性能なWSを3台並行動作させることで、5年位前の最高速スーパーコンピュータ並みの処理をすることができるようになる。続いて普段は必要だが今からやる処理に必要ない|デーモン《常駐プログラム》をまとめて停止させる。
 ここで湯が沸けた。ポットにティーバッグを3つ入れて湯を注ぐ。とりあえずパソコンデスクにおいて、床の本を本棚の前により高く積みなおし、場所を作ってから折り畳みちゃぶ台を出した。マグカップ2つと砂糖を取り出し、ポットと一緒にちゃぶ台に置いた。
「冷たい床に倒れてたんだし、これ飲んで温まっていなよ」
「あら、忙しそうなのに、ごめんね」
「別に、忙しいわけじゃない」
 僕はスプーン1杯の砂糖を入れた自分のカップに紅茶を注いで、WSにもう一度向き合う。
 クラッキング準備作業の仕上げに、最後片方が処理過多でダウンした時の予備用とクラッキング相手のシステムオペレーターから逆探知された時の攪乱用を兼ねて、インターネット回線を地下室用のものと地上の山本家全体のものと2重に接続する。リンク確立確認のために回線速度と接続情報を取得、ついでにダミー拡散用の偽造データを作成。
 深呼吸を一つ。
 準備作業半自動化プログラムが進行度を表す棒グラフを100%にするのを待つ間、肩を回しておく。
 今日のクラッキングの目的は、先の爆撃の情報を得ること。目標を今一度明確に設定する。

 棒グラフが伸び切った。

 即座。
 Enterを押下、クラッキングツールを作業準備状態から侵入状態に切り替える。
 3つのディスプレイに、効率的に作業を進めるに適した画面配置を行う。
 メイン画面で補助AIを起動。自己診断ログが一瞬にして一つの小画面を埋め尽くし、|コマンド《命令》を待つカーソルが出て止まった。
 侵入対象に敵国の防衛庁、味方国の国防軍、自国の首相官邸、民間の衛星管理企業を指定する。
 AIはコマンドを受領し、指定された相手サーバープログラムのバージョンを検出、最適な方法で侵入を開始した。
 今時、情報を集めたり共有したりするときにインターネットを使わないなどあり得ない。どんなに巧妙にしまい隠そうとも、|開かれたネットワーク《インターネット》から完全に独立していることはない。
 いくつものネットワークに守られたわかりづらい経路も、かなり強固なプロテクトも。3台のWSが全力稼働して時にしらみつぶし、時にサーバーの設定から逆算して。僕とAIはみるみる対象を裸にしていく。
 同時に不正侵入で汚れたログも、管理者権限を奪い取って不都合な箇所を全部削除する。怪しまれないように関係ないログは消さないように教えたが、きちんと学習しているようだ。続いてAIはバックアッププログラムをまず殺し、敵オペレーターが対処を始める前に他の管理用アカウントをバイパス、本物らしき応答をするダミーにシステム操作系を置き換えた。
 そんなAIの働きをサブウィンドウでざっと確認しながら、僕は産業情報庁の|メインフレーム《中枢》に管理用ユーザーでログイン、最上位オペレータ権限を持つアカウントをバックドアとして作成し、再度入りなおす。
 目的のデータがどこにあるか分からないため、それらしきファイルは中身をロクに確認せず、片っ端からダウンロードしていく。ファイル数が多く、結構時間がかかりそうだった。
 AIによる侵入が終わったサーバーから同じようにデータをダウンロード。どれが目的に合ったファイルか、大量に保存されている文書から自動的に選び出してダウンロードできるほど、僕のAIはまだ賢くない。
 毎回の僕の作業を見習いながら少しずつ経験を増やし、いろいろなことができるようになる自動学習ルーチンを入れてある。そう、あと50回ほど同じような経験を積めば、ファイルの選択・取得も任せることが出来るだろうと踏んでいる。
 また捕まるのは御免だ。安心して任せられるところだけをレスポンスの早いAIに任せ、不正侵入時間を減らす。侵入時間が減ればそれだけ、逆探知される可能性が低くなるからだ。

 ダウンロードが終わったサーバーから順に回線を切断する。AIによる後始末の確認を済ませる。
 手に入れたファイルは膨大な数だ。WSで関連のありそうなキーワードの全文検索をかけ、その間に検索できない画像や動画を荒くチェックしていく。侵入・ファイル取得にかかった時間よりも、成果物の確認のほうが圧倒的に疲れるし、時間がかかる。
 単純に腕試しなら確認なんてあっという間だが、今回の目的は情報収集。いわゆるスパイ組織ならそれだけで一つや二つ、専門の部署があるのに、僕の場合は全部一人でこなさなければならない。これは結構な労力を必要とする。得られた情報の正確性を高めるには、こうやって地道な作業を繰り返さなければならないのだ。

 そうして1時間ほど、母さんは散乱している文庫本を読み漁り、僕は得たデータを確認して現状確認をしていた。
 どうやらここ数年ずっと争い続けている大陸の敵国からの爆撃によって主に、東京は副都心と言われる池袋~新宿~渋谷あたりと、交通の中心である上野~東京~日本橋、政府のある霞ヶ関が被害に遭ったらしい。うちの近くは奇跡的に被害が少なかったようだ。ついさっき撮影された衛星写真を見る限り、ぽつんと島のように建物が残っている地域があった。
 真っ先に妹の学校をチェックした。幸い、建物自体は全部残っていた。学校にいてくれれば、きっと助かっているはずだ。半面、僕が通う学校は体育館に直撃を受けていた。この分だとほかの校舎もガラスが飛び散って授業にならない。きっと数日は休校になるだろう。
 しかしそうすると、地下鉄のトンネルで遭遇したあの怪しげな気配は何だったのだろう。警察とか駅員とか、乗客の救助に来た人だったのだろうか。僕もあいつも、直感でその可能性は小さいと思っている。
 そしてもうひとつ、若干不確実な重要な情報を見つけた。信ぴょう性を考えながら目頭を揉んでいると、梯子の上の方から物音がした。
 ガコッ、とふたを開ける音がする。下りてきたのは妹だったが、彼女だけではなかった。
 妹に連れられ、葉村も一緒だった。

3
 普段は無人か、僕一人しかいない地下室。そこに4人の人間が集まっていた。
 かなり消耗している風だった葉村を母さんの隣に寝かせ、看病を任せる。その間、僕ら兄妹は更に床面積を広げるため、地上に戻って取ってきた段ボールに本を詰めていた。
「いつの間にこんな本が増えたの? いくら片付けても減らないんだけど」
「なんか気が付くと増えてるんだ。上に仕舞いきれなくなったものから地下に持ってきて積み上げてそのままで」
「お金持ってるのは知ってるけど、しまう場所考えて買いなさいよね」
「ごめん」
 僕と居るからか、ずっとイライラし通しの妹。後ろから母さんのため息が聞こえた。
 そうして床の半分が見えるようになった時、地下に下りてきてすぐ気を失うように眠ってしまった葉村が目を覚ました。
「お、起きたか」
「……え? ここ、どこ……、あ、山本……君のお母さん!」
「おはよう。気分はいかが?」
「ごめんなさい、私、どのくらい……」
「30分くらいかしら」
「ここは山本家の地下室。覚えてない? あたしとハシゴ降りたこと」
「……思い出した。ありがとう、私、あの時どうすればいいか分からなくなっちゃって、どこもいぐあでなぐっで」
 葉村が泣き始め、よく聞き取れなくなってしまった。
「「「…………」」」
 僕ら家族は黙って顔を見合わせた。視線で思い切り泣かせてやることにしよう、と結論が出た。
 妹は地上に戻り、お茶うけになる菓子を取りに。僕は紅茶を淹れなおし。母さんは葉村の背中をさすってやっていた。

 しばらくして、葉村が泣き止んだ。相変わらず感情の動きというものがよく分からないが、本人曰く「思いっきり泣いてすっきりした」そうだ。
 詳しく話を聞いたところによると、葉村は今時珍しいことに、田舎から親元を離れ、東京に出てきて一人暮らしをしているのだという。しかし、葉村のアパートは爆撃で焼失した地域にあった。帰る家がなくなって途方に暮れた彼女は、訪ねたことのある僕のうちにやってきて、しかしインターホンに誰も出ないので――地下室にインターホンの受話器はない――玄関口に座り込んで誰か帰ってくるのを待っていた。そこに妹が帰ってきて家に入れ、地下室に案内したのだ。
 僕は入院しているときに、早くうちに帰って料理をしなければならない、と彼女が言っていたことを思い出した。どういう事か聞いてみると、葉村のアパートには週に1日2日、お母様がいらっしゃるそうだ。今日は来ない日で、それだけが唯一の救いだと言える。
 そこまで聞いて、母さんが僕に、電話を貸すように言った。
「きっとご両親は心配されていると思うわ。私はずっとここにいたから見たわけじゃないけど、たぶんテレビで速報をやったんじゃないかしら」
「そうだよ、兄さん。電話線が切れてても、兄さんなら電話くらい掛けられるんでしょ?」
 例え電話線や通常の光ファイバーケーブルが切れても、地下室のインターネット回線は下水道管を通っているからそう簡単に使えなくなることはない。
「掛けられるけど。たかが電話、そんな大事なことか?」
「大事なことなの。だから兄さんは……」
 妹の説教が始まる前に遮る。
「あー分かった分かった、電話ね。葉山、実家の番号はいくつだ」
「……いいの?」
「問題ない」
 遠慮する葉村から電話番号を聞き出す。ノートパソコンにインカムの端子を差し込み、IP電話ソフトを立ち上げる。
 無線LANが地下室のネット経由でインターネットに接続されていることを確認してから、葉村にインカムをパソコンごと手渡す。
「電池は1時間くらいなら持つほど充電されてる。家族との電話だ、積もる話があるだろ。気兼ねなく長電話してこい。聞かれたくないのならそこの、鉄扉の向こうですればいい」
「多分冷えるだろうから、この毛布、持ってお行きなさい」
「ありがとうございます。では、ちょっと失礼します」
「ゆっくり電話してきなよ、今度いつ話せるか分からないんだから」
「うん、そうする」
 葉村はパソコンとインカムを抱え、さっき僕が入ってきた鉄扉を開けて準備室を出ていった。

 しかしすぐに戻ってくる。
「どうした」
「……ねぇ、どうすれば電話を掛けられるの?」
 ソフトの使い方が分からなかったらしい。コンピューター音痴め。
 就職できないぞ。
 そうつぶやいたら、聞きつけた妹に後ろから頭を叩かれた。

4
 葉村が電話している間。山本家の3人はこれからの方針を相談することになった。
「まず、これからも爆撃は続く、と思っていて間違いはないのね?」
「残念なことだがその通り、敵は人海戦術で来るつもりだ」
「どういうこと?」
「国民が養えないほど多いことを逆手に取って、爆撃機を100・1000機の規模で差し向けてきた。1発の能力の大きいミサイルを少数撃ってくるのならこちらの自動迎撃ミサイルで間に合うが、1発の規模が小さくてもそれが多数来るとこちらの迎撃が間に合わない」
「だからあんなにたくさん、飛行機が飛んできたんだ」
「あれでも一応、迎撃はしたらしいんだがな。あのサイズの爆撃機1つに積める焼夷弾の数はたかが知れているし、焼夷弾1発で焼き払える面積はそれほど大きくない。だからうちの周りみたいに、ぽっかりと被害をほとんど受けない地域ができる。そこはつまり、迎撃が成功した爆撃機の担当範囲だった場所だな」
「なるほど。じゃあ、今回無事だったからと言って次回も切り抜けられる保証はないのね?」
「むしろ次回は、無事な所を狙ってくるだろう」
「私たちは、焼かれると困るものから、このシェルターになるだけの強度がある地下室に疎開させることが最優先になるのかしら」
「そうね、あたしもなくしたくないもの、いっぱいあるし」
「ではこうしよう。一人がそれぞれの避難させたいものを僕の部屋に持ってくる。一人が地下に、一人が梯子の出口である僕の部屋にいて、持ってきた荷物を地下室に運び込む。交代で役割を替われば効率が上がるだろう」
「うん、兄さんに賛成。お母さんもそれでいい?」
「いい案だと思うわ。誰から上に戻るの?」
「最後でいい」
「じゃあ、あたしがトップバッターになっていい?」
「分かったわ。じゃ、お母さんも一緒に上へ行くわ。まず私が梯子の上で荷降ろしをしましょう」
「母さん、足はもう平気なのか?」
「え、どうしたの」
「さっき慌てちゃって、ハシゴから落ちちゃったの。その時にくじいたんだけど、うん、もう大丈夫」
「ならいい」
 鉄扉が開き、葉村が帰ってきた。また目が少し赤くなっている。
「あ、山本のお母さん、私の母が少し話したいって」
「あら、そうなの。……はい、今代わりました。娘さんの同級生の山本祐樹の母でございます。いつもお世話になっております――」
 母さんがパソコンを持って、喋りながら鉄扉の外へ出て行った。
「……じゃあ、兄さんにはまず、ここの本をどうにかしてもらおうかな。これじゃ、ものを持ってきても置けないから」
「棚も上から持ち込んでくれないか。あまりダンボールに本を詰めたくない」
「いいわ、分かった」
「なに、何の話?」
 電話していた葉村にざっとかいつまんで説明する。
「そういう事。なら、私も下で整理の手伝いをさせてもらおうかしら」
「ダメよ、ななみさんはうちのお客様なんだから。働かせちゃ悪い」
「うぅん、これから短くない間、ここに住むことになると思うの。だから私はお客様じゃない。私もやることはやらなくちゃ」
「本当にいいの?」
「ええ、気にしないで。お姉ちゃんができたとでも思ってくれない? 実は私、可愛い妹ができた気分なの」
「分かった。よろしくね、ななみお姉ちゃん」
「こちらこそ、よろしく」
 女の子同士で、何やら話がまとまったらしい。初めて会った時のあの険悪ぶりは何だったのだろうと思ったが、口に出さないでおいた。可愛いどころか凶暴な妹に、更に嫌われたうえ再び蹴られてはたまらない。

 発電した電気を荷降ろし用の簡易エレベーター用の200Vに流し込む。急に負荷が大きくなり、地下室の蛍光灯が瞬いた。
「ちょっと、私、暗いの苦手なんだからけど!?」
 鉄扉の向こうから葉村の叫び声が聞こえたが無視する。
 既にいつもの元気を取り戻しているようだ。
「モーター、動いたわよー」
 反響して聞きづらくなった母さんの声が梯子の上端から聞こえた。
「この梯子通路、1辺は1.5メートルしかないから、あんまり大きなもの降ろして詰まらせるなよ」
 そう上に怒鳴り返す。
 降ろす荷物をまとめる間、下は暇だ。モーターが動き始める時にはまた蛍光灯がちらつくだろう。それまでの間、僕は先に本を移動させ始めている葉村を手伝うことにした。近くにいてやった方が怖くないだろう。

 僕の本は下水処理装置の操作室に詰め込まれることになった。既に地下室に置いてある本を片っ端から操作室に運び込む。
 ここもここで、防水処理がきっちりかかっている場所だ。湿って本が台無しになることはなさそうだった。
 葉村は余りの多さに辟易していたみたいだが、僕としては懐かしい本ばかりだ。つい手を伸ばしては葉村に怒られる。
「にしても、本当に古い本ばっかりだね。それも小説ばっかり、マンガも専門書もない」
「もともとあまり、漫画というものを読まないからな。専門書はたまに使うかも知れないと思って全部上に置いてある。滅多に解説書が必要になることはないけどな」
「専門書って、もしかして。コンピュータ系の技術書と解説書しかないの?」
「その通りだが」
「……。頭痛くなりそう」
「薬がいるのか?」
「そうね、欲しくなってきたかも。あなたを働かせるためのヤツを」
「そうか」
「と言いながら別の本を読み始めない!」
「そうは言うけどな、これ、なかなかいい本なんだぞ。1990年代に書かれた本でな――」
「あーはいはい、それはあとで聞くから、次の運ぼ」
「次って、この本簡単に取り出せなくなるんだぞ……」
「ぶつぶつ言わない」
 葉村が手厳しい。
「あ、小包届いてるじゃない。早くほどいてよ、本は私がやっとくから」
「傷つけるなよ、折るなよ、落とすなよ」
「言われなくたって。人の本を雑には扱いませんー」
 軽く頬を膨らませて葉村が出て行く。後姿を横目に見ながら地上からの小包からカラビナを外し、上から垂れるロープを軽く引っ張る。先端に結び付けられたカラビナが、梯子の横をするすると上がっていった。
 地下に届いたのは鍋2つとおたま、しゃもじ、泡立て器といった調理道具だった。4組のフォークとスプーン、ナイフ、箸がジャラジャラと鍋底で音を立てた。とりあえず部屋の中央に置いておく。
 いつの間にか妹の物は全部おろし終わったらしい。中央に置かれた枕やぬいぐるみ、目覚まし時計やその他こまごました雑貨やアクセサリー。意外と少なかった。
 そんなことを思っていると次の小包が届いた。かちゃかちゃと音がしてかなり重い。液体が入っているようだ。箱のなかみは調味料だろうか。
 荷物を縛っていた細いひもをほどき、カラビナに括り付けてロープを引っ張る。するする上がっていく。
 荷物はあとどれくらいあるのだろう。僕は上にある本だけだが。1000冊もなかったはずだ。ここに下ろしてある冊数と比べれば、たいしたことのない量だ。

5
 ある日、地上に上がったら数年間住んだ自分の家がなくなっていた。快適とは言わないまでも、住み慣れた町が痕跡だけになったその光景は少しショックを受けたが、それでもいつか近いうちに壊されてしまうと覚悟していた分、葉村よりは幾分ましだろう。
 そんな風に過ぎ去った2~3週間。地上の状況とは裏腹に、地下はたまに上から爆撃の振動が伝わってくる以外、平和だった。
 非日常に慣れ、それが日常になるためにはもう少し時間が必要な頃のある日。
 1日1回の郵便物確認の当番だった僕は、3日ぶりに地上へ戻って郵便受けを覗いていた。
 火を噴く金属管の雨が降っていない今、地上は、梅雨が明けて真っ青な青空が広がり、この数週間で新しく作られた地平線と、その向こうに山の連なりがよく見えた。しがらみも何もかもがなくなって、風は気持ちよさそうに吹いていた。
 新聞が来なくなって久しい郵便受けに、珍しく投函されていたのは1枚の薄赤色の葉書。
 切手の部分が丸い、料金後納郵便の印になっていた。宛名面中央には僕の名前、右には住所。左下には何も書かれていない。裏返して通信面を見た。
 想像した通りの内容だった。

憲法特別臨時改正のお知らせ。
戦時特別法の成立。
国民特別徴兵義務について。

 ほかにも。醜いほど細かい活字が並ぶ、やたら“特別”の多い文面。簡素で質素に、それは僕が徴兵に応じる義務を説き、出頭するよう命じていた。
 あくまで冷静に、僕はその葉書を曲げないように来ていたシャツの下に仕舞う。
 地下の3人に怪しまれないような時間で帰らなければならない。短時間でこれからの行動を考える必要があった。
 昔とは違う。僕はまだ、この世界を生き延びたい。
 生き抜く。この命題をかなえる可能性の最も高い行動指針を決定せねばならない。
 目をつぶり、しばらく思いにふけり、――僕は自分の未来を決めた。
 一人で、山の中に逃げる。
 国の内部事情を現在進行形で知りすぎている僕の運命は2つに1つ。
 すなわち、産業情報庁諜報部でシステム開発と敵国中枢への|情報戦担当《不正侵入者》になるか、もしくは全線の一番死にやすい部署に送られるか。
 可能性としては前者のほうが高い。しかし、方々に恨みを買っている僕には後者の可能性も少なからずあった。だとしたら、生き残る可能性が高い案を新しく作るしかない。
 山の中に、僕は隠れよう。そこで一人で生活し、終戦後に改めて身の振り方を決めよう。何食わぬ顔で家族の前に帰ってもいいし、全く違う人間として生きるもいいだろう。
 うちの母屋は全壊してしまったが、屋根に取り付けられていた太陽光発電パネルは爆撃前に回収してある。軽トラをどこかで拾って、その荷台に載せて置けば人里離れた山の中であっても電気は、パソコンは使えよう。
 ただ、できればそんなことはしたくない。見つかった場合のリスクが大きすぎるからだ。逃走決行前に、産業情報庁へ直接、情報戦担当者に志願しておこう。
 ……さあ、もう戻らないと怪しまれる。言い訳になるような要素は、既に焼け野原の仲間入りをしたうちの近くにはない。詳しい“作戦”の立案は、地下室でも十分、間に合う。
 家族や葉村が寝ている早朝なら、立案に気兼ねは要らない。
 出頭命令は1週間後。それだけ時間があれば十分に脱出計画を練れるし、産業情報庁からの返信を待つ時間として適切だろう。
 だとしたら今、気をつけなければいけないのは。
 梯子から落ちて怪我をしないこと。家族に感づかれないようにすること。

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過去未来、そして現在 #001

2013.10/25 by こいちゃん

過去未来、そして現在 #001

体が揺れ、立部健太は目を覚ました。ポイントを通過しつつある列車は、後ろにつながれた8両の貨車で大きな音をたて、トンネルに反響させる。
 彼が起きたことに気付いたのだろう。運転席の後ろの窓に張り付いていた、同級生になる予定だと自己紹介をした女子が振り返った。
「よく寝れた?」
 そう言いながら彼女は対面のボックスシートにこしかける。
「そろそろつくから、網棚の荷物おろそっか」
 うなづき返して立ち上がり、固まった背中を伸ばしてからあげた手はそのまま、小ぶりのリュックを降ろした。ポケットの中の携帯と財布を確かめ、窓枠に置いておいたペットボトルの緑茶をリュックにしまう。右肩に引っ掛け、彼はさっきまでの彼女がしていたように、運転席の後ろから線路を眺めた。
 前方が明るい。途中から太くなったトンネルの中が煌々と照らされているのだ。
「あれが、|水京湖底隧道商店街《みずみやここていずいどうしょうてんがい》だよ。あそこにないものがほしいときには下まで行かないと手に入らないと思っていいくらい、イマドキ珍しい商店街だからね」

 彼が今いるのは、引っ越してきたこの場所は、N県の山間部に位置する“豊京群”と呼ばれる田舎町だ。それなりの大きさを持つ|水京湖《みずみやここ》のほとりに細長い平地が広がり、あとは山しかない。
 彼女が“下”といったのは、豊京群は地理的に川の下流にある街が少しばかり離れているからだ。今乗っている豊京鉄道で約40分といったところか。ちなみに、ここまで車に乗って直接来ることはできない。速度を出せないほどくねくねした線路の脇は切り立った崖で、車道を作る余裕がないのだ。もう1本あるルートは鉄道トンネルなので当然、車は通れない。

 そうこうしているうちに列車は右側に長いプラットホームが伸びる番線に入線する。
『――水京湖底隧道商店街、水京湖底隧道商店街、ご乗車ありがとうございました――』
 客車の扉が開くと、構内アナウンスとともに買い物客たちが生み出す喧騒が聞こえた。
 ホームに降りた立部健太は、否が応でも、自分の運命が外へ転がっていくことを自覚せざるを得なくなるだろう。彼にとって運命とは何を意味するのか。彼の運命はどこへ向かって収束するのか。それはまだ誰も知らなかった。
 彼はこれから自らの運命に振り回される。その体験が彼と彼の友人たちに少しでもいい結果を残すことを、誰もが願っている。

 願うだけだ。何故なら、何人たりとも各自が持つ“運命”から逃げることはできないのだから……。

過去未来、そして現在 #001

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過去未来、そして現在

2013.10/25 by こいちゃん

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連載期間:2013.10~
ジャンル:現代世界拡張系魔法バトル
あらすじ:
山奥のド田舎に引っ越すことになった中学3年生の立部健太は、これといって特徴のない普通の少年だった。
しかし引っ越し先の住民は何かしらの”能力”を持ち合わせていて、彼らに影響されることで自らも一つの力を得る。
その能力は「巨大な力」。手に入れた能力を巡って普通の少年は普通でない運命に巻き込まれていく。

コメント・感想は専用ページを設けましたのでこちらにどうぞ。IRCなどでもらった意見もここにまとめておきます。
コメントの受け付けはしておりますが、現在IRC過去ログまとめは休止中です。
CREポータルの記事検索のタグに「過去未来、そして現在」というものが付加されているIRC過去ログをご覧ください。

公開中の本文 (掲載順)

#001 (2013.10/25)

更新履歴と過去の原稿

2013.10/25 #001を公開しました。
2013.10/25 目次(このページです)を設置しました。

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台風接近中競作「テント内」

2013.10/11 by こいちゃん

この短編は、irc.cokage.ne.jp系IRCサーバー群に設置されている #もの書き チャンネルで2013年10月に行われた「台風接近中競作」の参加作品です。
「台風接近中競作」の参加者・参加作品一覧#もの書きwiki(Hiki) からたどれます。

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無題Type1第8章第1稿

2013.10/11 by こいちゃん

<無題> Type1 第8章原稿リスト
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第8章

1
 私の日課はそれから、基地内の散策になった。あっちへふらふら、こっちへふらふらと歩き回る。もらったカードで入れない場所はわずかな例外を除いてないも同然だった。唯一の難点は、外へ出るためにある唯一のエレベーターが“わずかな例外”の一つだったこと。もうこの2ヶ月というもの、太陽も空も星も月も見ていない。
 私には退屈を紛らわせる手段が散歩しかなかった。学校に通っていたころはあんなに待ち遠しかった暇のある休みが、いまとなっては苦痛でしかない。私はまだ10代だ、やることが無くて夜も早く寝ると、昼寝すら満足にできなくなる。学校に通っていたころはあんなに望んでいた暇な時間は、やること・出来ることが無ければまったく価値がないのだと痛感した。

 しかし山本は今、山と積まれた仕事を一つずつこなしているのだろう。
 なぜ、あんな悲惨な目に遭っておきながら今なおクラッキングを繰り返すのか、聞いたことがあった。その時彼はこともなげにこう言った。
 僕にはもうこれしか残っていないからだ、と。
 私はそれを否定したが、彼は笑って、もう何も言いかえさなかった。そんな彼のことだ、私のことなんて何も考えずキーボードと格闘しているのだ、きっと。
 私がそれを寂しく思うという事を、今さら思い知った。
「彼に次、会えるのは何時だろう」
 油断するとそんな独り言ばかり言っている気がする。

 葉村はどうしているのだろうかと、毎日悶々としながら専用のベッドに縛り付けられたまま僕は課せられた仕事を手当たり次第に片付けていた。
 奴らの監視をかいくぐってどうにか、葉村だけでも逃がしたい。そのための仕掛けを、自分が一人で立つ体力が残っているうちに実行できるようにしておかなければならない。
 自分が帰れなかったときに必要な記録も用意しておいたほうがいいだろう。
 そのためにはさらに仕事のペースを上げて、並行でやるべきことをこなすしかなかった。

2
 そしてその日は何の前触れもなく訪れた。
 停電だ。自前のバッテリーを持つノートPCのバックライトがまぶしい。

「きた、葉村、よし、やった」
 システムに仕掛けておいたトロイの木馬が活動を開始したのだと信じて、僕は逃走の準備を始める。苦労してのっとっておいた拘束具の管理系に開放を命じると、はたして偽の主人のコマンドをあっさり受け付けた。この僕を縛るためのものが、コンピュータによって制御されている。敵は思ったよりマヌケなのかもしれない。ちなみに監視システムは今も、ダミーのデータをサーバーに送信し続けている。
 1ヶ月あまりベッドに固定されていた足が急に全体重をかけられて悲鳴を上げた。一歩、進もうとして僕は派手に転んでしまった。
 それでも僕は自分の着替えに手を伸ばす。
 ストレッチしながら、立ちくらみをこらえながら作業着を着こむと、ベッドに引き返して愛用のノートPCを手に取った。
 経過時間は約1分。停電から無線LANが回復しているのを確認し偽装アドレスで接続を試みる。
 成功。
 やはり、僕のトロイの木馬が動き出していた。マスターサーバーのメインシステムが攻撃を受けたことを認識し、自動的にサブシステムに切り替えようと停電を引き起こし、失敗したために回復までの時間を引き延ばした。
 仕掛けは全て正常に、システムを正常でない状態にしていた。

 これで基地全体を管理するシステムは僕の手の中にある。手始めに監視カメラ網に侵入した。
 僕がいるこの狭い部屋の外に誰かいるのか、葉村は今どこにいるのか。
 それを知るために。

3
 今が夜の時間帯、一番動いている職員が少ない時間帯だったのはひとえに僕らの運がいいからだろう。葉村は食堂にいた。PCに表示される構内図と監視カメラの映像で人のいないルートを選び葉村との合流を図る。
「おい、葉村ななみ!」
「――山本っ!?」
 暗闇のなか、僕が持つ懐中電灯に照らされた彼女は、まぶしそうに光を遮りながら振り返った。
「迎えに来た」

「確かカードキー、持たされていたよな。それ、貸してくれないか」
「パスのこと? うん、いいけど」
 葉村からカードキーを受け取り、裏のバーコードに記載された数字をデータベースに侵入して照会、入室権限を最上位のマスターキーに設定する。
「よし、行くぞ」
 厨房に入る。

「……狭いんだけど」
「文句言うな、連中の盲点を突いたほうがいいとは思わないか」
「というか、重すぎて壊れたりしない?」
「ちゃんと確認してある。余裕だ」
 厨房の隅には荷物用のリフトが設置されていた。恐らく、この下にある各階層の詰所に直接料理を届けるため立ったのだろうが、実際には各階の詰所は使われていないので必要ないらしい。食べ物による汚れよりも埃による汚れのほうが目立っていた。
 普通の店や学校なんかにおいてある機械より、一回りも二回りも大きいリフトに僕らは無理やり乗り込み、第8階層へ向かう。
「いいか、動かすぞ」
 荷物用だから当然外にしかないスイッチを押し、素早く手を引っ込めると、扉が閉まるとがくんと揺れて下降を始めた。
「……真っ暗ね」
 やがてまた揺れて停止し、ブザーの音と共に箱が開いた。

 丸腰の僕らはやっとたどり着いた詰所に職員がすでにいたらゲームオーバーだったが、幸いにも運はまだ僕らの見方をしているらしい。部屋は真っ暗だった。赤外線監視カメラ映像でチェックした後、蛍光灯を点けて再度確認したが、詰所には誰もいなかった。
「これからどうするの?」
「まず、現在位置だが。今いるここは第8階層の職員詰所だ。見ての通り今では使われていない」
 置かれていた事務机の天板に指を走らせると、埃の跡が残った。
「第8階層には何があったか覚えてるか?」
「……確か、倉庫じゃなかったっけ」
「正しくは武器庫と薬品庫、燃料プールだ。まず、敵に見つかった時に使える武器を手に入れる。時間があったら薬品庫と燃料プールの中身でこの階層を使えなくする」
 敵も武器を持っていたらせっかくのアドバンテージが意味をなさなくなってしまう。
「戦う、の?」
「いざという時に備えるためだ、戦わないで済むに越したことはない」
「ノリノリに見えるけど」
「気のせいじゃないか? 僕の目的は葉村がここから逃げ出せるようにすることだ」
「わかった、じゃあさっそく動こ、時間ないんでしょ」

 監視カメラの映像で、まだ誰も第8階層まで下りてきていないことを確認。
 斜向かいにある武器庫をあらかじめ遠隔で開錠しておく。コンピュータシステムから遠隔ロックできるようになっているということは、もちろん逆もできるということでもある。
「行くよ」
 足の遅い僕が詰所から第8階層に入ったことが分からないようにし、葉村には先に武器庫に入って待機してもらう。
「いいぞ」
 廊下の横断、成功。無事武器庫に転がり込む。
「何を探すの?」
「とりあえず手軽に扱えそうな銃だ」
「私、銃なんて詳しくないよ」
「僕もだ。適当に、たくさんあるのを選べばいいんじゃないか?」
 同じものばかりが何十丁もある様子を想像していたが、天井まで届く棚には無機質なラベルが貼られて、長いの細いの丸っこいの、様々な銃が並んでいた。
 どれを選べばいいか見当もつかない。小さければきっと体力不足の僕や女子の葉村にでも扱えそうだと勝手に決めつける。
「こういうのって、素人が下手に使うと危ないんじゃないの?」
「持ってないよりはましだろ、きっと。……よし、次へ行くぞ」
「うん」
 警戒しつつ向かったのは隣の薬品庫だ。

「なんか、思ってたより散らかってないね」
「ここは来たことなかったのか」
「面白くなさそうだったんだもん」
「……まあ、普通はそうだろうな」
「何を探してるの?」
「塩素系漂白剤とさらし粉だ」
「漂白剤? 分かった」
「いや、君は酸を探してくれ」
「さん? 薬品でさんっていうと塩酸とか硫酸とか?」
「そうだ」
 やがて見つかった箱入りの漂白剤と、おそらく風呂の消毒に使うためだろう大量に保管されていた消毒薬。酸に、亜鉛や鉄など金属の粉末試薬を、葉村に頼んで入口の広いスペースに運んでもらう。
 その間に僕は金属を集め、換気扇を止め、必要ない電灯を消しておく。
「何やるの?」
「化学の授業で習ったことだ。塩素と水素を混ぜると何が起きる?」
「え? ……塩酸だっけ」
「正確には塩化水素だが。その時に何が起きる?」
「……ゴメン、覚えてない」
「爆発する」
 NaClO、つまり次亜塩素酸ナトリウムは“混ぜるな危険”と書かれた漂白剤に含まれる物質だが、強酸と混ぜると有毒な塩素ガスを発生させる。さらし粉とも呼ばれるプールの消毒などに使う消毒薬、Ca(ClO)2つまり次亜塩素酸カルシウムも同様に塩酸と反応して塩素を出す。
 この塩素だけでも人が命を落とすには十分な毒性を持つ気体だが、更に金属まで持ってきてもらったのにはわけがある。強酸に金属を入れると発生する水素は、塩素と混ぜると光によって爆発的な反応を引き起こして塩化水素になる。この塩化水素を水に溶かしたものが塩酸、これも強力な酸だが、僕が意図したのはこの、光によって爆発的な反応を起こす、という点だ。
 暗く密閉した部屋で塩素と水素を十分に発生させ、遠隔でその部屋の電灯を点ければ、簡単な遠隔制御の爆弾になるはずだ。はずだ、というのは、実際にやったことがないからだ。
「あっちに塩酸と消毒薬、そのあたりに硫酸と金属を撒いてくれ。僕は漂白剤と余った酸をやる。火傷するなよ」
「分かった」
 最初こそ瓶のふたを開けてちまちま出していたが、途中から面倒になったらしい。葉村は豪快に瓶ごと投げ始めた。ガラスの砕ける音が心地いい。
「……火傷もだが、怪我もするなよ」
「へーきへーきっ」
 ストレス発散ー、と叫びながらガラス瓶をたたきつけている。
 そうこうしているうちに、あっという間に見つけてきた瓶をすべて壊して、もとい中身をすべてぶちまけてしまった。
「嫌な臭いだね」
 薄い緑色の気体が発生しているのが分かる。
「早く出よう。反応しないうちに」
 葉村を促し、薬品庫の扉を閉鎖する。
「次は?」
「燃料庫。ガソリンがあるはずだ」
「了解」
 隣の燃料庫の前に立つ。
「時間がない、行くぞ」「うん」
 発電機が使うギリギリの分を除いて、保管されていた石油が入っていそうな容器のことごとくを倒して回る。すぐに揮発した独特のにおいが充満してきた。
 その時、ちらと見たパソコンの画面に、敵が階段を下りてくる様子が映った。
「まずい、そろそろ行くぞ。敵が下りてくる」
「これで最後、ねっ」
 一抱えほどもある大きな缶を、手近な棒をてこに無理やり倒し、そしてやはり元の通り、隔壁を閉める。
「こっちだ」
 来た方とは反対側にある非常階段室に潜るのと、敵が通路の反対に現れるのはほぼ同時だった。
「……見つかった!?」
 ひそめた声で彼女が聞いてくる。
「いや、ぎりぎり見つかっていないようだ……と思いたい」
 パソコンのディスプレイを見ながら答えた。あやふやな言い方をしたが、おそらく見つかっていないだろう。
 ディスプレイのリアルタイム画像に映る敵は、注意深くわざと不自然な閉まり方をしている武器庫に注意を払っていた。
 重い足に無理をさせながら、足音を立てないように、僕は階段を登り始めた。

4
 第5階層。

 階段室から出て通路のこちら側にある詰所で息をひそめていた。
「さっきの。どうやら見つかっていたらしい」
「……嘘」
「普段ならともかく、こんな時には吐かないさ。どうやら追いかけるまえに罠がないか調べようとしたらしい」
「罠って……頑張って硫酸まいたのに」
「いや、薬品庫は後回しになったみたいだな。やつら、武器庫の点検をしているようだ」
 こわばっていた葉村の肩が少し、緩んだ。
「そっか……。何を盗まれていたかを調べれば、私たちがどんな武器を持ってるか分かる、ってことね」
「そうだ」
「それで、私たちはこれからどうするの?」
「逃げる」
 当たり前だ。まだシステムは僕の手の中にある。
「薬品庫のトラップが成立するまで、あと僕の足が動けるようになったら、ここから出てエレベーターホールまで走る。そこから第1階層まで上がってエレベーターに乗り換えて、地上に出る」
「乗り換えるの?」
「地上に出るエレベーターは第1階層まで行くものしかない。どうしても乗り換えないと地上へは行けないんだ」
「そうなんだ」
 初めて知った、という顔をする葉村。
「あちこち見て回ってたんじゃないのか?」
「入れないところに興味ないもん」
「……」
 分からなくはないが。
「とりあえず行動方針はそれでいいか?」
「うん、いいよ。大丈夫、きっと2人で逃げられるよ」
 にっこり笑った彼女はどこか、遠かった。

「それで、君は何をやってるの?」
 パソコンにつないだ、カートリッジ式の光学ディスクを頻繁に入れ替えながら僕は答える。
「システムのバックアップ。うまく逃げられたって、土産の一つもないんじゃつまらないだろう」
「よかった、ちゃんと君も逃げるつもりなのね」
「……え?」
 つい、まじまじと葉村を見返してしまう。
「だってね。君のこと見てると、山本は一人でここに残るつもりなんじゃないかな、ってそんな気がして、不安になるの」
 黙り込む。肯定ととられるかもしれないが、それでも生半可な言葉が継げなかった。
「自分だけ一人残って、逃げる私を助けるために内側から組織を壊して」
 微笑みながら、遠くを見るような目は笑っていなかった。
「私が一人で家族のいる、“本来私がいたはずの”場所に帰らされるんじゃないかってね」
 いかにも僕が言いそうな、そしてするつもりだったことを言い当てられた。
「……こんなバカなことってないよね。ちゃんと二人で、帰れるよね……?」
 時々鋭いことを言って困らせるのはいい加減やめてほしかった。
 ――もちろん知っている。それは単なる自分のわがままにすぎないということを。
 彼女の言うとおりだ。自分はこの薄暗い研究所を、破壊しつくすつもりだった。
 ――彼女を無事に逃がすためと言い訳して、でもそんなものは個人的な復讐に過ぎない。
「私は、もう、とっくに、決めてるの」
「……何を?」
「一生、君の荷物になり続けることを、君に添い遂げることを」
 ――自分の価値はそんなに――
「だから君がここに残ると言ったら、私は無理やりにでもここに居座るわ」
 ――自分に誰かの何かを失わせる決断するほどの価値は――
「誰が何を言おうとも、君がどんな強引な手を使ってでも」
 ――やめてくれ、僕は、俺は、
「動けなくなっても君の隣にいる。だって私は君のことが」
 ――続きを言わないでくれ、お願いだから、引き返せなくなるから、その続きが向かう相手としての資格がないから……
「好きなの」

 ――俺は誰かに好かれていい理由がないのだから。
「やめてくれよ……っ」
 柄にもなく、反射的に大声が出てしまった。落ち着けと頭の片隅にいる誰かが叫んでいる。
「俺には誰かの告白を受ける資格なんてないんだ、君なら分かってるんだろう!?」
 だが俺は誰かの忠告を無視した。
 人のことを考えず目的のためなら手段を選ばない。人を平気で撃ってなんとも思わない。人らしい感情を持ち合わせていない。そういうやつはすでに人じゃない。つまり、
「俺はすでに人じゃねぇんだよ!!」

 がさつで、食べれられれば構わない程度の飯ばかり作って、1日中コンピュータとにらめっこしてさえいればそれで良くて、人のことなんて考えず目的のためなら手段を選ばなくて、
話すことはつまらなくて頭が良くてもそれを生かそうともしないで頑固で感情が無くて人の役に立たなくて会話が成立することがまれで花の名前もろくに知らなくて。
 俺なんかに葉村みたいな“できた娘”が釣り合うわけがない。
 何しろ彼女は料理が旨くて、自給自足ができて、掃除ができて、人を気遣えて、
可愛くてセンスが良くて話すと面白くてユーモアがあって笑うと左側にだけえくぼができて涙もろくて頭が良くて優しくてよく何もないところで転んでそんなドジなところも魅力的で猫舌でアイスを食べると頭が痛くなって醤油が好きで花粉症で朝顔が好きでちょっと気が強くて

 愕然とした。
 俺はどれだけ彼女の事を観察していたのか。
「……君、ねぇってば、山本くん!?」
 思ったよりショックを受けていないのか。
「え、あ、う、その……どうした」
「怒鳴ったと思ったら今度は急に黙り込んで、なんなのよ!?」
「あれだ、うん……えっとすまん」
 彼女は普段と違わないように見えるのに対して、俺は何故かどこか葉村を意識して普段通りの受け答えができない。
「……?」
 訝しげに首をひねる彼女を見ていられなくて、気まずく顔をそむけた。
「で、どういう事よ。人じゃないって」
「それはその……、俺は。つまり他人のことなんて考えていなくてだな」
「知ってるわよ、そんなこと。考えてないように振舞ってるくせに、誰であっても巻き込まないようにずっと周りばっかり見てることくらい」
 虚を突かれた。
「俺が? 周りを見ている?」
「そうじゃない。おばさまにも妹さんにも勝手をすること黙ってたのは、行き先を知っていると酷いことされるかもしれないからでしょ? 私がついていくって言った時だって必死に止めようとしたし」
「いや、それはただ単に、居場所が知れると面倒だったからであって」
 というか周りの人間を信頼していないのだ。
 だが彼女は違う意見だったらしい。一つ深いため息をついて、
「いい加減、自分をだますのやめたら?」
 あきれたように言う。
 もう絶句するしかない。
「前から思ってはいたのだが。人を疑ったことはあるか?」
「あたりまえじゃない。君を疑ってるから性にあわないこと言ってるんじゃない」
「……そういう意味ではないんだが」
 彼女には勝てなさそうだ。思えば彼女に口で勝ったことが今まであっただろうか。
「でもそんなことどうでもいいわ。重要なのは」
 どうでもいいらしい。確かに、今このシチュエーションにおいてこんな押し問答をしていても仕方がない。たった今、重要なのは、どうやってこの研究所から逃げ出すことだ。
「山本祐樹という名前の人間がたった今、前にしている女をどう思っているか、よ」
 違ったらしい。
「そんなこと、ちっとも重要じゃないだろう。第一答えは簡単じゃないか、俺が葉村をどう思っているかだろ。つまり――」
 ……。
「つまりだな――」
 …………俺は彼女をどう思っているのだろう。
「その――」
 ふと葉村を見ると目が合った。あわてて顔を背けなおすと、視界の隅で彼女が真っ赤になってうつむいていた。

 頭の中は大混乱に陥っていた。彼女をどう思っているか。それを表す言葉を僕は知らなかった。今の俺なら分かる気がするが、“答え”があっているか自信がなかった。
 生半可な考えで“答え”ては失礼だろう。完全な“答え”が欲しい。彼女は命を懸けてついてくると言った。ふさわしい“答え”があるはずだし、間違いは許されない。

 そんなとき、頭の片隅で逃げちゃえとささやかれた。
 “答え”を待っているらしい彼女をまた盗み見て……続いて|思い出した《・・・・・》パソコンのディスプレイを見て、凍り付いた。のっとったままの監視カメラが送る映像に、すぐ下の階層を走る兵士の姿があったからだ。
「まずい……」
「え?」
「今、こんなことをやってる余裕がないことくらいわかるだろ!?」
 自己嫌悪で八つ当たり、葉村を強く怒鳴りつけた自分がますます嫌いになった。
 いらだったようにパソコンを操作する僕を見て、葉村はぽかんとした。すぐに羞恥と悔しさが混ざった表情が浮かんで、背を向けて膝を抱えてしまった。
 馬鹿だ。
 彼女はこんなどうしようもないやつに好意を向けてくれたというのに。どうしようもない奴はやはりどうしようもない最悪の“答え”しか返すことが出来なかった。

 エンターキーを押し込んだ。1拍の後、階下から振動と爆発音が届く。
 塩素と水素は、残っていたガソリンと未使用の弾薬を巻き込んで、想像以上の働きを見せてくれた。
 自分よりはるかに役に立つ2つの気体に、俺は少しばかりの嫉妬を覚えた。

 僕らは詰所を出て、エレベーターホールを目指し第3階層の廊下を縦断する。

5
 足音を立てて走りながら、上がった息の合間に葉村へ話しかける。
「君が逃げるのに、僕はついていけそうもない。申し訳ないがあそこからは1人で逃げてくれ。いいかい、今後の計画を説明するから、よく聞いてほしい。あの突き当たりの……」
「――」
「……あ? 何か言った、よく聞き取れなかった」
「嘘つき」
 前を向いて走りながらそう返すと、斜め後ろにいた葉村が僕のひじをつかんで立ち止まった。
「は?」
 立ち止まらずをえなくなり葉村に向き直ると、彼女は僕を赤い眼で睨みつけていた。
「そんなの嘘だ。いろいろ考えて、ちゃんと実行できる計画を立てる山本祐樹は、そんなつまらないミスなんてしない。私一人で逃げるのは最初からそう決めてたんでしょ?」
 その通りだ。
「ちょっと考えれば私にだってすぐ分かるの。私はここじゃ、天才だけど簡単には言う事を聞いてくれない面倒な|外注《君》を無理やり働かせる、そのためだけにいる無駄飯食いよ。当の本人にはこれっぽっちも、なんとも、思われてないのに。君が仕事を終えるまでって言われてるけど、どうせ次から次へと仕事が尽きることはないでしょう。するといつまでたってもうちに帰ることはできないし、君がここに居続けるという事は君を働かせつづけるために私だって何処へも行けずにこの研究所の中で年を取っていくんだわ。だから君は、はやいうちに私を外に逃がそうと考えてくれたんだ。そしてほとぼりが冷めるまではちゃんと言われたことをやって、そのあとはなるようになれとでも思ってる」
「分かってるなら言うことはない、さっさと逃げろ」
「嫌だ。理由はもうさっき言った」
「いい加減にしてくれよ。いつまでわがまま言ってるんだ」

 俺がわがままなんだ。葉村は本当に、俺がお前の気持ちに気付いていないと思っているのか。
 俺が何故こんなに“他人”の未来を気にしているのか、自分でその理由が分からずに行動している、わけがないだろうに。

「すまないが」
 ある意味では、俺は喜ぶべきだった。こんなどうしようもない人間を好いてくれる相手に巡り合えた運。そして、それを相手に気付かせないでおこうと決め、その思惑が成功していたこと。
 そして彼女は傷つき悲しむ。こんなどうしようのない人間を好いてしまったことを。相手も自分を好きだと気付けなかったことを。
 俺は彼女が傷つくことを理解したうえでしらばっくれる。片思いだと思い込んでいたほうが、長い目で見れば彼女の傷が浅くすむはずだと思うから。
「君が何を言っているのか、僕にはさっぱり分からないよ」

 だからこそ、僕は自分に嘘を吐く。彼女の指摘は間違っていない、僕は自分をだまし続け、だまされ続ける。
 俺が“彼女”のことを好きだという事に。
 決して、“彼女”に気付かれないように。

「……私は、君にとってさえ、価値がないの? 勝手に連れ出した責任感から本来いるべき安全な場所に帰す、それだけなの?」
「そうだ、それだけだ。お前に書ける労力にそれ以上の意味なんてない。だからさっさと、素直に言う事を聞いてここから去ってくれ」
 葉村はしばらく僕をにらみつけたまま黙り込み、おもむろに
「分かった、なら自分の好きにするわ」
 と言った。
「私はここからいなくなって、二度と戻ってこない。……その銃、貸してよ。女の子1人にするのに、武器がないなんて危ないじゃない?」
 半秒ほど逡巡してもっともだと判断する。
「もう予備の弾、こっちのマガジンに入ってる分しかないからな。無駄遣いするなよ」
「大丈夫、私に必要なのは、たった1発だけだから」
 葉村は笑いながら拳銃を受け取り、大きく3歩下がった。ごく自然に銃を上下さかさまに持つ。
「じゃあ、もう会うことはないでしょうけど。――またね」
 そう言って彼女は自分のあごの下に銃口を構えた。
「……おい、待て」
 こんな展開は流石に予想していなかった――。あわてて手を伸ばそうとしたが、鈍った体はついてこれずに足をもつれさせてその場に転んだ。
「やめろ」
 呻き声しか出せない僕は今後の自然な成り行きを脳裏に思い描いて。
 止められない自分を恨みながら、彼女を追い詰めた自分自身を憎みながら、せめて彼女の最後を見届けなければいけない――。

 ……火薬がはじける音がした。

 想像より遠くで。

「っ」
 凍り付いたような世界で、なくなったのは葉村の頭ではなく持っていた銃だった。
「……なんで」
 手からもぎ取られた銃が少し先で地面に落ちた。
 その反対側には、場違いなスーツで決めている男と、守るように立つ灰緑の作業着を着た4人の男がいた。
「中佐」

6
「お嬢さん。誰の許可を得てそんな勝手な真似をしようとしたんです? お渡ししたパスで入れる場所ならどこに行ってもいい、とは言いましたが、その隣で這いつくばっているモノと会談していいだなんて、ましてや死んでいいなんて、誰に言われたんですか?」
「誰かに許可をもらわなきゃいけないの?」
「当たり前じゃないですか、あなたは我々に養われているのです。給料を先に払っているのですから、あなたの仕事が終わるまできちんと働いてもらうのは当然のことでしょう?」
「……最初にそんなこと言わなかったじゃない」
 葉村の言葉に答えず、中佐は話を逸らす。
「そもそもあなたたちは国の呼びかけに応えなかった犯罪者ですからねぇ。戦時中だという事を忘れてはいませんか」
 逸らされたことに気付かないほど頭に血が上った彼女は、言う事がなくなて悔しそうに唇を噛んだ。
「我々が甘い顔をしているうちに、もといた場所に戻ることをお勧めします」
「それは我が家のことじゃなくて、私に割り当てられたあのせまっくるしい部屋のことよね」
「あなたの家は既にあの個室ですよ。相部屋にしなかっただけ親切だと思って欲しいものですが」
「お断りよ。私は彼と一緒に逃げるの」
「その彼はあなた一人だけを逃がすつもりのようですが」
「なら私は今すぐここから“逃げる”だけよ」
「わがままですねぇ。せっかくきれいな顔をしているのに、お嫁に行けませんよ」
「物理的に行けないじゃない」
「私の部下はだめですか。仲人を務めさせていただきますよ」
「断固拒否させていただくわ」
「そうですが、残念ですね。……失礼」
 中佐は耳をおさえた。どうやらトランシーバのイヤホンを着けているらしい。
 満足そうに数度うなずくと、一言二言何かマイクの向こうに言って僕らに向き直った。
「もしかして君、私がただ単に親切心からこんな無駄話をしていると思ってはいませんよね?」
「……どういう意味よ」
「この君との会話は単なる、時間稼ぎにすぎません。私の部下たちに脱走者2人を捕まえるための準備をしてもらっていたのです。それなのに上官が何も仕事をしていないのは申し訳ないじゃないですか」
「……」
「どうやら用意が出来たようです。猶予時間は過ぎました。命令違反を謝らないばかりか、私の大切な部下たちを殺したバカな子供たちに、慈悲を与えるほど優しくはないのでね。残念ですが、君たちの望み通り“逃げて”もらうことにします」
 葉村が絶句した。
「君の相方のウイルスが壊してくれた我々のマスターサーバーをネットワークから切り離す準備が整ったそうです。あと5秒で切り替えます」
 カウントダウン。
「3……2……1……、今」
 通路の様子は何も変わらない。が、僕がまだ持っていた端末の画面に表示された、切り替えられた事を示すメッセージを覗き込んだ葉村が息をのんだ。
「そんな」
「事実ですみません。それにしても残念でしたね、|予備《スレイブ》サーバーへの切り替えにもう少し時間がかかると踏んでいたのでしょうけど。さすがに前科のあるものにシステムをいじらされるわけですから対応策はきちんととってあるのですよ。これで|主《マスター》システムはウイルスの解析用に保存され、ワクチンを適用しますから同じ手は使えません」
「随分優秀なオペレータたちだな。頭が下がるよ」
「そうでしょう? 君にはもう少しばかり働いてもらうつもりだったのですが、今回のことはさすがに許せません。不正プログラムを実行させないための対策は見事に破ったわけですから有能なことには違いありませんが、部下への示しも付きませんしね。せっかくのチャンスを不意にしたのはそちらですから悪くは思わないでください」
「誰が褒めたか。相変わらず詰めが甘いと言ってるんだ、ほら」
 無造作にエンターキーを叩いた。

 照明が一瞬、通路を白い光で焼いて消える。
「……なっ!?」

「葉村、行くぞ」
「えっ、うん」
 直前まで、倒れ込んだ体の陰に隠れて目をつぶっていた僕はともかく、葉村も恐らく光で目をやられているだろう。バックライトで位置を特定されないように端末のディスプレイを閉じて、葉村の手を引いて前へ進む。
「こっちだ」
 エレベーターホールの非常階段に飛び込んだ背後で、銃声が聞こえた。
 閉じて内側から施錠した防火壁に、開くと破裂するようにクラッカーを仕掛ける。
 小さく悲鳴を上げる葉村を前に押して階段を四つん這いで登らせた。
「まだ何も見えないか?」
「うん、……もうちょっと」
「分かった。そのまま2層分、この階段の一番上の第1階層まで登るんだ」
 葉村の四つん這いと僕の立った全速力がほとんど等しい。
「着いた」
 第1階層にたどり着いたところで階下から破裂音が聞こえた。
「そうだ、急げ」
 階段室から転がり出てすかさず防火壁を施錠する。手近なコンセントから導線を引っ張って、触れたら感電するようにしたところでもう一度エンターキーを押した。
 先ほど変圧器の設定を無理やり変えて落としたブレーカーが、自動修復処理をしてから通電を許可する。
「コンピュータ系インフラが他の施設の電気系統から独立してて助かった」
 僕の仕掛けはごく簡単だ。メインサーバーに侵入するとき、電子戦をする時につかうダミーシステムをマスター・スレイブどちらも展開しておいた。それをここの職員は見事に本来修復すべきシステムと勘違いしたのだ。彼らはダミーのメインサーバーをネットワークから切り離し、ダミーのスレイブサーバーをメインとして再設定したのだ。本来侵入者に目的のシステムだと勘違いさせるためのダミーシステムは、その管理者さえもだましおおせた。
「だから実際にはまだ侵入されたままの、本物のメインサーバーが施設を管理してる。僕は思い通りに動かせるメインサーバーに一般電源系の変圧器の設定を変えさせて、3倍くらいの電圧を回路にかけたのさ。すると電灯は一斉に明るくなって故障する。ブレーカーは落ちて停電する。停電してるからむき出しの電線に触っても感電せずに済むけど、今ブレーカーを直したからね。切れた電灯は点かないで薄暗いままだけど、あの金属の防火扉は今頃触るとしびれるだろうね、エアコン用の200Vを流してるから」
 葉村へ勝手に解説しながら、僕は端末を操作する。
「よし、地上行きエレベーターの凍結解除完了、これですぐに来る」
 地上へつながる、今では唯一の生きているエレベーターに遠隔で電源を投入した。
「葉村、まだ動けるよな」
「うん、大丈夫。……やっと外に出られるってのに、実感わかないけど」
「研究所内はある程度、自由に動けたんだったか? ならここまでは来たことあるんだもんな。そりゃそうだよ」
「帰ったら何する?」
「気が早いな」
「そうかな」
「そうだ。まだ逃げ切れるか分からないのに」
「ずっと信じてたもん、助けに来てくれる、って」
「どっちかっていうと僕のほうが助けに来てもらいたい状況だったんだけどなぁ」
「だって自分で逃げれたじゃん」
「それもそうか」
 不意に葉村が黙り込んだ。
「……どうした?」
「ね、本当に、君も一緒にここから出てくれるの?」
「ああ」
「じゃあ、さ。聞かせてよ、私への答え」
 答えようとしたところで、ポーン、と軽い音を立ててエレベーターが僕らを迎え入れようとする。
 不意にエレベーターホールが明るくなった。
「……乗ろうぜ」
「うん」
 ちょっと不満そうだった。
「……あっち、暗くて何にも見えないじゃない?」
 エレベーターに乗りながら、第1階層の通路の奥を指さして葉村がそう言った。
「でもここは非常灯が私たちを照らしてる。状況は全然違うのに、なんか映画のワンシーンにありそうだよね?」
「……写真でも撮るか」
「写真? どうやって?」
「あそこに監視カメラがついてるだろ、それで」
 置き土産を仕込み終え一通りすべきことを終わらせた僕は、改めて施設の監視カメラ網に侵入した。
「ほら、もっと寄って」
「……こんな、かな」
 照れたように、彼女は肩が触れるか触れないかくらいまでしか寄ってこない。
「……もっと、だ」
「え、きゃ」
 じれったくなった僕は彼女を抱き寄せる。暖かかった。
「ほら、はいチーズ」
 瞬時に真っ赤になった葉村を画面越しに見て、すかさずスクリーンショットを撮った。
カシャ
 電子のシャッター音が、冷たい暗闇に反響する。
「――な、ゆ、え、……」
「ほら可愛い。もう一枚――」
 恥ずかしくてぐにゃぐにゃになっている葉村の手を自分の方に回させて、もう一度。
 より頬を染め、目を少しうるませた彼女が笑い方を忘れたようなぎこちない表情の男と写っていた。

「俺さ。感情、戻ったみたいなんだ」
「うん、知ってた」
「そうか。……“答え”があってるか分かんねぇんだけど、さ」
「うん」
「多分、俺もお前のことが、その……」
「うん」
 恥ずかしい。続きが言えない。
「……」
「……」
 くっそ、
「俺もお前がっ、好きになってたみたいなんだ」

「…………そっか」
 彼女は呟くようにそう言った。

 俺らはそのまましばらく動かずにいたが、やがて葉村は背伸びをして、俺の耳に息が届くほど近くまで顔を寄せた。
「ありがとう」

 ゆっくりとエレベーターの扉が閉まる。地上へ動き始める。
 上昇するエレベーターのケージの中で、俺らは――。

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