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魔機復元09

エルランとイスカンダル ―― Elran & Iskandar

 エルランの意識状態が回復するまでは、なるべく動かない方がいいだろう。ヘッドライトを修理しながら、ついでに車体の点検もする。タイヤの空気圧は問題なし。電池もまだ予備がある。冷却系異常なし。しかし、セラミックのフレームにごく小さなクラックが入っていた。たぶん放置してもしばらくは大丈夫だと思うが、念のため焼き直して修復する。

 地味な作業を続けながら、ふと、この術式が生まれるきっかけになった出来事を思い返した。

 イギリス留学中、ぼくは同期生にそそのかされて魔法の競技会に出た。競技会と言っても、スポーツの祭典というよりはロボットコンテストやエコカー・レースみたいなものを想像して欲しい。より少ない魔力、より少ない時間でどれだけ課題をこなせるか、みたいなヤツだ。
 ほんの腕試しのつもりだったが、意外と面白くなってしまい、最後は本気で取り組んだ。総合成績はまあ「初出場にしては健闘した」というレベルだったが、魔力効率の部門で世界新記録を出して部門賞を取った。同期の留学生の間で、ぼくは一躍ヒーローになった……そこまでは良かった。
 半年後、記録更新の期待を受けて出場した別の競技会で、ぼくは自己ベストを出し、ぼく自身の記録を塗り替えたが、魔力効率では部門七位の大惨敗を喫し、入賞すらできなかった。その日、ぼくの記録を上回った魔法使いが他に六人いたのだ。最先端の魔法学の世界というのはそういう世界だった。
 結局、ぼくは一年だけで競技をやめた。ライバルたち――浅はかにもぼくがライバル視していた本物の天才たちの競技を見て、ぼくには実戦経験がまるで足りないと感じたからだ。我ながら器が小さいと思うが、それまで通りの努力ではどうにもならない差を感じたのも確かだった。

 フレームが冷めるのを待っている間に、さらに西に飛ばしていた魔力感知術式から報告があった。我らが忠節なるイスカンダルくんはおよそ8キロくらい離れた位置にいて、なお西の方向に移動中とのこと。

 イギリスで二年間の留学生活を過ごした後、ある考古学財団の力を借りて、ぼくは世界中を旅した。時折発掘される古代遺跡には、まだまだ知られていない強力な魔法のかかった物品などが発見されたり、遺跡自体が魔力溜まりになっていて調査員に危険が及ぶ場合がある。そういう魔法絡みのトラブルを避けるために、秘かに魔法使いを立ち会わせる慣行があって、結構いい金額の手当が出る。留学の費用として借りたお金を返しながら実戦経験を積むには持ってこいの仕事だった。
 ただし危険もあった。どこかの政府の意向を受けて雇われた民間軍事会社の傭兵だとか、ナチス残党の流れを汲む国際的な盗掘団とか、中国系のマフィアだとか。そういう連中が魔力のある遺物の横取りを狙って来て、仁義なき戦いに発展することが何度もあった。本気で死にかけたことも一度や二度じゃない。ぼくの魔法は、そういう実戦の中で培われたものだ。
 マフィアに追われて逃げるのに、「その場で車や銃器を作り出せる」魔法がどれだけ役に立ったか想像して欲しい。

 ひとまず応急処置を施して息をつき、うーん、と腰を伸ばす。ふと、砂にまみれて何かが落ちているのに気づいた。毛布らしき毛織物と荷袋。見覚えのある空っぽの水袋。エルランの荷物だろう。大して重たいものではないが、少しでも愛馬の荷物を減らすために捨てたのだと思われる。
 言語翻訳術で読み取ったエルランの心理ログを手がかりに、少し想像する。脱水症からくる激しい頭痛とめまいの中で、冷静に自分が限界であることを理解し、愛馬を降り、荷物を降ろす。利口そうなイスカンダルはおそらく、カウバの街の特定の地点に向かって走るよう訓練されているのだろう。
 愛馬に自分の命よりも大切な何かを託し、最期の別れを告げて解き放つ……。その一手を残すために、ぼくからもらった一杯の水を彼女はイスカンダルに与えたのだ。
 遠ざかっていくその後ろ姿を見つめながら、彼女はいったい何を思ったのだろうか。
 このいたいけな少女に、いったい何がそこまでの覚悟をさせるのか。

 ……まあ、きっとロクでもない事情なんだろう。

 回収した毛布でエルランの身体を包む。唇が乾いていたのでもう一度水を含ませると、白い喉が動いて自力で吸い口から水を吸った。タブレットの表示上では日付が変わり、冷え込みが厳しくなってきた。魔法で毛布を少し暖める。エルランが寝返りを打った。魔法でバイタルをチェックする。そろそろ目が覚める頃合いかな。
 なお、生理学的な現象に関するデリケートな描写は可能な限り省略する。悪しからず。

 さて、お姫様が目覚める前に今後の方針を確認しよう。

 まず、いい加減ぼくは限界だ。身体の疲労は細胞賦活術で軽減できるけど、頭の疲労は寝なければ取れない。それに毎時10基数もの魔力を消耗する賦活術をかけっぱなしにしていたら干からびてしまう。至急、安心して眠れる場所を捜さなければならない。
 寝るだけなら砂漠のど真ん中でもいいけど、快適に寝るには結局魔力を使う。それでは意味がない。どうにかしてエルランと平和的に交渉して、多少なりとも信頼できる宿を紹介してもらうのがよさそうだ。ついでに、この辺りで普通に見られる男物の服も都合できればなおよい。エルランが駄目だったら、とって返してチャーリーくんたちともっとアグレッシヴに平和的な交渉をする方向で。そのくらいの余裕はまだある。

 しかし。

 適うならば、エルランを味方につけたい。ぼくがこの世界でどうにか生き延びるためには、信頼できる後援者が必要だ。魔力さえあればたいていのことはなんとかなるけど、まずは安定して魔力を貯め込める環境を作らなければならない。そのためには、なるべく信頼できそうな相手に、ぼくの能力を売り込むことが肝心だ。魔法の力でも知識でも、高く売れるならなんだっていい。
 どうしても必要なら、エルランにぼくが魔法使いであることを明かしてもいい。魔法使いとしての決まり事を破ることになるが、魔法使いというのは決まりを破るものなのだ。

 魔法使いは、自分が必要と判断した時、必要なだけルールの外に出る自由さを持つ。それは「魔法使いとしてのルール」にも当てはまる。でも、いつもルールを破っていい訳じゃない。「魔法」から「法」を取ったら「魔」しか残らない。言葉遊びでなく、ぼくらはいつも自分が単なる魔物に成り果ててしまう可能性を持っている。
「神は死んだ」のフレーズで有名なニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』には、こんな一節がある。

「汝は汝自身の律法の裁判官となり、律法の執行者にならねばならぬ」

 ぼくはぼく自身のルールを定め、ルールを守り、ルールを破った時には自分で罰を受けなければならない。
 思索にふけっているとエルランが咳き込む音が聞こえてきて、我に返った。

「エルラン?」
 背中をさすってやりながら、言語翻訳術を起動する。
「(あの……ここは……わたしは……?)」
「(大丈夫、まだ天国じゃないよ。ぼくが分かる?)」
「(ああ……ええと、ソウヤさま、でしたか……)」
 ぼんやりと宙を彷徨っていた彼女の瞳がぼくを捉え、次に驚きで見開かれた。
「(ソウヤさま! イスカンダルは、私の馬はどちらへ!?)」
 ぼくが西の方角を指さすと、彼女は安堵したように息をついた。
「(よかった……きっと、間に合う……あの子なら……)」
「(彼はいい馬だ)」」
「(そうなんです。私にはもったいないくらい。賢くて、強くて、速くて……)」
 嬉しそうに目を細めた少女は、ふと夜の風寒さに気づいたように胸元に手をやり……そして硬直した。

 タブレットを見なくても分かる。ぼくは今、彼女の身体に何か不埒な真似をしたのではないかと疑われている。とはいえ下手なごまかし方はしない方がいい。ぼくは彼女を味方につけたいのだから。
「(あの……)」
「(ええと)」
 さて、どう説明したものかと思っていると、彼女はぼくの真後ろの方を指さしてこう言った。
「(それ、なんですか?)」
 思わず後ろを見るが、もちろんそこにあるのはヘッドライトを煌々と照らした愛車セブンだ。バッテリー節約のために光量を絞ってあるから、そんなにまぶしくはないはず。

 ……でもまあ、気になるよね。普通。

「(これは……馬がなくても自分で走る……荷車)」
 彼女の脳裏に浮かんでいる単語を、どうにかこうにか組み合わせて文章にする。
 すると彼女は何かに気づいたように叫んだ。
「(自動車!? これ、自動車ですか!? 初めて見ました……)」

 おお?

「(聞いたことがあります。本土にはまだこういう機械を造る技術が残ってるって……)」
 聞き捨てならない話がぞろぞろ出てくる。オーストラリアに移民を送る技術はあるんだから産業革命くらい起こっているものだと思っていたが、自動車がロストテクノロジー扱いか……。というかそもそも本土ってどこですか。イギリス?
「(この自動車、ソウヤさまのですか? どこで手に入れられました? 値段なんて想像もできませんが……)」
 ものっそい勢いでまくし立ててくる。エルランにかけた細胞賦活術は充分効果を発揮しているようだ。ぼくは意味を追うので精一杯で返事ができない。とりあえず盗品でないことはすぐに言わないと、という焦りからぼくはうっかり口を滑らせた。
「(これは……ぼくが造った)」

 その瞬間、エルランの目の色が変わった。猫科動物のごとき獲物を見つめる目になっている。

「(造ったって……えっ、これ全部お一人で!? そんなはずないですよね……? まさか、ほんとに? もしかしてソウヤさまは本土人の技術者なのですか!? 信じられない……そんな方がどうしてこんなところに……)」

 あかん。完全に地雷を踏んだ。
 彼女が信用できるかどうか見極める前に、こっちの情報を渡してしまった。彼女の脳裏には様々なイメージが浮かんでいて、ぼくの服装やタブレットなどあっちこっちに注意が逸れているのが分かる。こうなると、翻訳の精度が著しく落ちる。少し話を逸らそう。

「(ええと、本土ってどこ?)」
「(あっ、えっと、本土は海の向こう、わたしたちの故郷です。北の海に出て、島伝いに北西へ、何日も行った先にある大陸のことです)」
 それだと中国から東南アジア、インド亜大陸のどこかかなあ。ちょっと絞り込むのは難しそうだ。エルランが白人だということを考えると、インド系コーカソイドの末裔かもしれないけど断定はできない。
 ぼくが思案していると、エルランは急に不安になったようだ。
「(あ、あの……すみません、助けていただいたのに、失礼なことばかり聞いて……)」
 手を振って気にするなというジェスチャーをする。気持ちは伝わったようで、表情がやわらぐ。
「(ぼくは北の海の向こう、何日も行った先にある島から来たんだ)」

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