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焼きそばパン競作「焼きそばパンに問う」

焼きそばパン競作

ざわつく食堂内、キッチンの中に充満した鍋の湯気とカレーのにおいが溢れて来て、ただでさえ空腹の僕らの食欲を刺激する。食堂の隅に併設された購買には、うずたかく積み上げられたパン。そこに勢い良く群がる学生達。そのまっただ中に僕がいて、そして眼前には焼きそばパンがあった。
僕はふと疑問に思った。焼きそばパン? おかしくないか?
焼きそばというのは字面を見ても一目瞭然、麺である。つまり大部分が小麦粉である。対してパンというのはナンだろう。いや、ナンは確かに歴史的に見ればパンの一部といっても差し支えないかもしれないけれど、全てのパンがナンという事ではない。
だがしかし、パンというものは大部分が小麦粉であるという事実だけは歪める事が出来ない。
ということは……焼きそばパンというのは、小麦粉に小麦粉を乗っけている食べ物、ということになる。小麦粉オン小麦粉。
「ううん、不思議だ」
今までなぜ、疑問に思わなかったんだろう。と腕を組んでいる間にもどんどんと焼きそばパンはかっさらわれていく。男も女も、上級生も下級生も見境なしに、焼きそばパンをどんどん、どんどん胃袋に詰め込んで行く。
だけどそれらは全て、小麦粉、オン、小麦粉なのだ。
そして、誰もそれを疑問に思わない! それがまた不思議でしょうがない!
僕は思わず焼きそばパンを手に取った。これが残った最後の焼きそばパンだ。
この総菜パンにいったいどれだけの大衆を欺くトリックが仕掛けられているのだろうか。
このパンを買えば全て解決するのか、いや、そこがまさかの落とし穴。うわべだけ判ったつもりになった時こそ、痛い目を見ることだってある。生兵法は怪我の元だ。
一体、僕はどうすればいいのか。悩む間にも、空腹は募るばかりだ。買うべきか、買わぬべきか。食うべきか、食わぬべきか。
焼きそばパンよ、お前はどうして僕をこうも悩ませるんだ。
「あの、センパイ」
聞き覚えのある細い声。同時にちょんちょん、と僕の袖が引っ張られる。
見てみるとそこには僕よりも頭二つばかり小さい女の子がいた。あまりに背が低いのでまるで小学生のようだけれども、彼女はれっきとしたこの学校の生徒で、僕の顔なじみだ。
「やあ君か」
「センパイ。あの、手に持ってるそれ……」
彼女は背が低いせいもあって、いつも上目遣いなのだが今日の上目遣いはいつもと違った。なんというか、悲哀な上目遣いだ。そしてその目線が僕の顔と、焼きそばパンの間を往復する。
まさか、ひょっとすると?
「君もこれが気になるのか」
僕は焼きそばパンを彼女の顔の前に出した。彼女はとたんに目をらんらんと輝かせ
「はい! 気になります!」
「そうか!」
僕は我が意を得たり、というように大きく頷いた。やはり小麦粉、オン、小麦粉に疑問に思う者が僕の他にもいたのだ。彼女こそが第二の焼きそばパンの探求者だったとは。
「では率直に聞こう、君はこれをどう思う」
「はい! 美味しそうだと思います!」
「なんだって?」
僕は耳を疑った。
「君、いまこれを美味しそうと言ったのか?」
「はい……あの、センパイは嫌いなんですか?」
「いや。実は食べた事が無いんだ」
そう言うと彼女は頭をぶんぶか振りながら、口調を強くした。
「それはダメです! センパイ、焼きそばパンは人類の宝ですっ」
「人類の宝!? それは特殊相対性理論よりもか?」
「はい!」
「ハッブル宇宙望遠鏡よりもか!?」
「はいっ!!」
彼女の言葉に僕は愕然とした。……まさかそんな素晴らしいものが、こんな身近にあっただなんて。いままで、そんなものを全く食べずに人生を過ごしていただなんて! 僕は一体これまでの人生、何をしていたのだろうか!
茫然自失となり、焼きそばパンを持ったままだらりと垂れた僕の手に、彼女の手がそっと添えられた。
「センパイ、そんなに落ち込まないでください。大丈夫、ぜったい美味しいですよ」
「君は、僕が人類の宝に立ち会うのを見届けてくれるのかい?」
彼女はにっこりと笑いながら、頷いて
「……あの、それで。もしよかったら一口、できたら半分くらい、おすそ分けして下さい。焼きそばパン」
「ああ、ありがとう!」
僕は彼女の手を握り、ついに焼きそばパンを食べる決心をした。
そこへ
「あのさあ、どうでもいいんだけど」
冷ややかな声が投げかけられた。購買部のレジに立っている女子生徒だった。彼女は僕らの持っている焼きそばパンをぴっと指差して。一言。
「お金、さっさと支払ってよね」

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