よみがえれ! マヒトくん! 第一章だけ第二稿-2013-06-10
よみがえれ! マヒトくん!
第一章:急に、姫(たち)が、来たので……(仮)
某県秋津州市繁華街
白いドアを開けると、そこは薄暗い闇と、電子音の暴力が支配する空間だった。
「はぁ……」
ここは結構大きめのゲーセン。
青のセーターにデニムパンツ姿の須賀マヒトは、白く大きなドームから出てきた。
ため息をつきながら筐体の階段を降りると。
彼の目の前で、左右にわかれた二つの綺麗な黒い房が、元気よくはねた。
「もー、また負けちゃったのー? なっさけないわねー!」
なぐさめ口調ともからかい口調とも取れる声色で声をかけてきたのは。
長い黒髪を二房のサイドテールで分けた勝気な顔立ち。
ちょっと背が低めで胸も控えめな体つきの、活発そうな少女。
マヒトの小学校からの幼馴染、柏木未希子だ。
階段の上には、マヒトが出てきたのと同じ白いドームがいくつも並んでいる。
少し遠くに目をやると、そのドームに大きさなどは似ているが、形やデザインの違う筐体がそれぞれのグループで置かれている。
それらは「マジカルリアリティゲーム」。
魔法による人工空間にプレイヤーが入り、様々なルールのもとでプレイする、バーチャルリアリティゲームの進化形だ。
マヒトがプレイしていたのは、「リアルファイター」という、格闘ゲームのキャラとか特撮ヒーローとか魔法少女とかが戦う対戦型ゲームだ。
それはプレイヤーが「魔法」や超科学でそのヒーローなどに「変身」し、実際に戦うというゲームである。
通常、普通の人間はサポート魔導コンピュータを使ってアバターに「変身」する。
が、マヒトは異世界に召喚された地球人の救世主(メッシア)と、異世界の姫の間に生まれた息子なので、直接「変身」できるのだ。
というわけで、今日も一戦交えてきたのだが……。
結果は今回もボロ負け。
それなりにゲームはプレイしているのに、一般人に全く歯がたたない。
なぜか。
それは彼自身にもわかっている。わかっているのだが……。
プライドの高さ故か、認めようとしない。
そしてまた挑み続けて連戦連敗。
困ったものである。
「もー!? 何度やっても負けるんだからー! いい加減自分の能力じゃなくて、アバターにしたらぁ?」
「でっ、でも……」
この春高校二年生に上がろうというのに、まるで小学校の児童のような情けない顔と声を上げながら、マヒトはうじうじと声を出す。
背は高く体つきもよく、顔も悪くはなくむしろよい方で、義理チョコなら結構もらうマヒトだが、まさに子供!
十六歳児と呼ぶのがふさわしい!
「でも、なによ?」
「作戦は完璧だったんだ!」
「でも負けたんでしょー? どうしてよー? ねえどうしてー?」
赤のセーターに紺のスカート、黒のロングソックスに身を包んだ未希子が、すねたマヒトの顔をのぞき込む。
「というかどんな作戦だったのよ?」
そう問われてマヒトは一度頭を下げる。
そして、頭をもう一度未希子に向けて上げると、ふてくされた顔で答えた。
「装備を気弾重視対策をして相手に近接戦を挑むつもりだったんだ! そうしたら……」
「そうしたら?」
「相手は気弾のレベルを上げていたんだ! だからこっちも術法で対抗したら……」
「したら?」
「……あ、相手に術法が通用しなかったんだ! まさかあいつが術法抵抗力を上げているなんて!!」
「……」
そこまで大人しく聞いていた未希子だったが、彼の話を聞き終わると同時に、ぷっ、と魔法が失敗した時のような音を口から立てて、
「アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \!!!!」
と大きな声を上げて笑い始めた。
リヒトは顔の色を暴走した巨大怪物のように顔を真赤にして、
「笑うなぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
と吠えた。
しかし、未希子の笑いの魔法は壊れた目覚まし時計のようにしばらく止まらず、顔が引きつるほど続き、
「バーーーーーーーーーッカじゃないの!?
あんたの考えることなんて、人類プレイヤーはとっくに対策済みよー!?
もうちょっとレベル上がってる人が取る戦術よそれー!?」
ゲラゲラ笑いながら未希子はマヒトの頭をポンポンと叩く。
まさに子供扱いだ。
しばらくぷすーっと頬をふくらませていたマヒトだったが。
急に下を向き、
「それぐらい……。僕でもわかってるよ……」
それだけ言うと、強がっていた肩を急に下ろす。
「ザウエニアに召喚された救世主≪メッシア≫の息子なのに、生まれつきの術法士のシバレスの息子なのに、レベルが低い、術力も何もないということぐらい……。
僕は、救世主勇雄の息子なのに……」
そう言うと、黙りこんでしまった。
未希子はあっ、という顔をして、申し訳ない、という顔を見せる。
ゲーセンの轟音だけが、あたりに響き渡る。
マヒトの言うことは事実だった。
今から約三十年前、とある地球人たちが異世界アークシャードの大国、ザウエニア皇国に救世主≪メッシア≫として召喚されて、様々な戦いの後に帰ってきたのだが、その時に地球と異世界群とのゲートが固定されて、様々な異世界人がやってきたのだ。
その時に、召喚された地球人≪メッシア≫の一人が、マヒトの父親である、須賀勇雄だ。
勇雄はリノン、というザウエニアに属するある王国の姫君を嫁にもらい、三人の子を設けたのだが、その末っ子がマヒトだ。
召喚された際に、神々に様々な戦闘能力を植え付けられた<メッシア>の父と、生まれつきの戦士や魔法使いである<シバレス>の母の間に生まれたマヒトであったが、なぜかこの歳になってもちっとも強くならないのだ。
おかげで異世界人がプレイする場合、その人自身の能力が重要視されるリアルファイターなどの魔法使用型体験ゲームでは、マヒトは連戦連敗なのだ。
「というかね、ゲームにはそのゲームの世界観、ってものがあるのよ!
剣より拳が強い世界観のゲームだったら、そっちの方が強いのはお約束なの!
そのゲーム世界では剣が拳に通用する訳がないの!
……まー、いい加減人類用のアバター使ったら?」
と未希子は苦笑気味に言ったあと、あ、と突然声を上げた。
なにか思い出したようだ。
「そんなことより、今日用事があるんでしょ? そっちの方を優先しなさいよ!? ……で、どんな用事?」
その声に、再びマヒトは顔を上げた。
その顔はまだふてくされているが、いくぶんかやわらいだようだ。
「実は、ザウエニアからお客さんが遊びに来ると、父さんが言ってきたんだ。なんでも数日泊まるとか……。その人を迎えに行くって用事で……」
「ふーん……。どんな人?」
「知らない」
「っておい!? そんなんでどーやってお客さんだと見分けんのよ!?」
「向こうが十七時に移民センターに着いたら、僕に電話をするらしいんだけど……」
「よーくそんなんで頼み聞いてきたわね……。まったく、人の話はちゃんと聞きなさいよね」
「……さーて、十七時まで時間はまだあるし、ゲームしようっと」
「性懲りもなくまたやるわけ!? いいかげんにしなさいよね!?」
「アイデデデ……。一回だけだよお。一回だけ」
「アンタのその頼みは守られたことないのに今更聞くかっ!? この十六歳児めっ!」
「強くぶたないって! 死んじゃう! 死んじゃう! ……って、あれ?」
「どしたの?」
「『リアルファイター』のモニターの前に、人があんなに集まってる……。どうしたんだろ……」
「……すごいわね。今日大会でもあるの?」
「いや、そのはずはないけど……」
「有名プロゲーマーでも来たのかしら……? 見てみる?」
「うん!」
「くいもん目の前にした犬のように目を輝かせるなっ!」
「いででっ! 殴らないでよ~」
「ま、行ってみましょ」
「う、うん……」
二人は、リアルファイターの筐体群の近くに置いてあるライブモニターへと向かった。
そこには人だかりが、ライブモニターを取り囲んでいた。
遠くからで見えにくかったものの、二人はなんとかライブモニターを覗いてみると……。
先ほどのマヒトの勇者姿にそっくりな、白銀の鎧に剣と盾を持った、金髪の流れるウェービーヘアの少女が、さっきの格闘家アバターをフルボッコにしていた。
焦り顔の格闘アバターが、両手の手の甲を上下に合わせて何度も白い気弾を放つ。
それは鎧姿の少女に命中するものの、少女は涼しい顔のままだ。
「なんだよあれ……!? さっきのアバターが放った気弾が、全く効いていない……!? 格闘ゲームの世界観なのに!?」
「ど、どういうことなの!? あの子何者なの!?」
「た、多分……」
そう言ってマヒトは息を呑む。
「おそらく言えるのは……。
あの子、多分異世界人、それも、母さんと同じザウエニア人だ……。
しかも、生まれつきの騎士、シバレス……。
そうじゃなきゃ、ゲームの【世界観≪ルール≫】を打ち破る強さなんて持てっこない」
「ザウエニア人……!? ……シバレス!? シバレスって……!?」
「うん、アークシャードで生まれつき戦士や魔法使いなどの能力を持っている人のことだよ。王族や貴族なんかの血筋が多いから、優生種なんて言われる場合もあるのさ」
そう説明するマヒトの顔は、いらだちを見せていた。
まるで強いプレイヤーと戦って、なかなか勝てない格闘ゲームプレイヤーの顔だった。
未希子はその顔が示すものに気がついて、茶化した声を出す。
「あらなんで不機嫌になるの? はっはーん。あんたもその王族の息子なのにシバレスじゃないから?」
「悪かったな!」
「そうすねないすねない」
「頭をなでないでよ!」
「まーそんなこと言わない。あ、ゲーム終わっちゃった」
「うん……」
未希子の言うとおり、ゲームはいつの間にか終わっていた。
剣と盾を手にした鎧姿の金髪少女が、カエルが潰された死体のように転がっている格闘家アバターを涼しげな顔で見下ろしていた。
「圧勝、だったわねー。というか相手生きてるのかしらアレ?」
「……」
しばらくライブモニターを見つめ、マヒトは黙っていた。
そして、あの子は……、とぽつりとつぶやいた。
その声に、未希子は首をひねった。
「? どうしたの?」
「も、もしかして……。あ、あの子……。あの子だ……」
「あの子に見覚えがあるの?」
「……う、うん」
「誰よ?」
「……」
「……誰なの?」
「怖い顔で迫らないでよ!」
「だーれーなーの?」
「……ケ、ケイト……」
「ケイト?」
「ケイト・フィメル・セレスフィア・タイクニア……。ザウエニアに属するタイクニア王国の王女だよ……」
「……へー。なんでそんな人がここにいるのよ?」
「僕だって知らないよ!」
そう言いながらも、マヒトはケイトのことを思い出していた。
あの、小さい頃の顔を。
あの、泣き顔を。
あのいじめられてたケイトが……。
懐かしいレトロゲームに再開していたような顔を、マヒトは見せていた。
未希子はそれに気づかない様子で、疑問を呈する。
「でも、なんでこっちに来たのかしら? 何かの公式行事かしらね?
……あ、二戦目始まった」
未希子の言うとおり、ライブモニターでは次の試合が始まっていた。
「あ、千原なのきゅんが出てきた。ここでは結構強いプレイヤーだぞ」
「魔法少女なのきゅんのアバターを使ってるのね。どーなることやら……」
勇者に対峙し、身構える戦闘型魔法少女のアバター。
その堂々とした構えは、強者の雰囲気を感じさせる!
そして、勝負が始まった……。
が。
次の瞬間、勇者の一撃を食らった魔法少女なのきゅんのアバターは、儚くも砕け散った。
「あ!?」
「い、一撃!? 一撃で終わっちゃった!? さっきよりあっけないわよ!? なんて強さなの、あのケイトって……」
二人は口をあんぐりと開ける。
その視線の先、画面の中で金髪碧眼の少女が手招きをする。
「つぎ、カモーン」
その表情は気高いが、挑発的で余裕のある表情だ!
「ねえ、なんでシバレスって強いのよ?」
「一言で言えば、『自分の世界を持っている』かなあ……。その人がそこにいると、その人の都合のいいように物理法則とかが書き換わっちゃうんだ」
「なんていう『俺がルールだ』よ……。あ、挑戦者がドームの中に入ってった」
その挑発に、次々とプレイヤーが挑んでいったが、ケイトの前に次々と敗れていった。
彼女の戦う様子を見て、マヒトはポツリと呟いた。
「強くなったなぁ……」
その言葉に、ん? と未希子は一瞬首をひねる。
が、すぐに目の前で繰り広げられている姫君の優雅な連勝ぶりに目を奪われ、その疑問をすぐに忘れてしまった。
しばらくプレイしていたケイトは、何連勝もしたあと、突然対戦を終了した。
もう飽きた、とでも言うように。
「あ、出てくるわよ!」
二人は筐体群が並べられている高台の階段下へと駆けつけた。
ドーム型筐体の後方が開き、高価な魔法の宝物のように、少女が姿を表わす。
その姿は……。
「め、メイド服!?」
「おもちゃを見た小学生みたいに目を輝かせるなっ!!」
次の瞬間、マヒトは隣にいる未希子にぶん殴られた。
いててっ、とマヒトは頬を抑える。
殴られながら、マヒトは首をひねる。
(でも、紺を基調としたメイド服……? なんであっち《アークシャード》からなのに、地球のメイド服を着ているんだ?)
彼女の姿といえば、金髪の柔らかに波打ったパーマのボブカットに、頭頂部には純白のヘッドドレス。
紺を基調とした、ふっくらとしたスカートのメイド服をピッタリと着ている。
彼女の顔立ちは、目尻や口元が優しい顔立ち。
その中に、威厳や気高さを秘めている。
彼女の胸は、柔らかでもちもちした二切れの丸いパンめいている。
自分を見つめる熱い視線が二つ、下から注がれているのに気が付き、彼女は二人を見つめ返した。
そして、しばらくの後。
懐かしい思い出の物を見たかのような声色で、尋ねる。
「貴男は……。マヒト殿下……?」
「ケイト姫……。うん、そうだよ……」
マヒトの肯定の声を聞いた瞬間。
彼女の声と態度は、ぐるっと回転し、変化した。
まるで気の合う乗り手と出会ったじゃじゃ馬のように。
「ナイスタイミングだわ! 一七時になったら貴男に電話を入れようとしてたのよ!」
「え……?」
「ということは……」
「あんたんちに遊びに来ると言っていたのは、このケイトって子なの!?」
「そ、そうなんだ!?」
とマヒトと未希子が言い合っている間に割りこむように、ケイト姫は階段の上でぴょんぴょんとうさぎのように跳ね、マヒトに呼びかける。
「マヒト殿下ー! お会いしたかったー!!」
「あ、危ないよ!?」
マヒトの声を無視してケイトは飛び跳ねながら階段を降りていたが、
「あ……!」
一歩踏み外すと、階段から落ちてゆく!
「まずい……!」
マヒトは次の瞬間、階段を駆け上ると、ケイトの体を抱きとめる!
ぽんっ!
布団を受け取るようにケイトの体を柔らかく受け止めたマヒト。
その視界が、一瞬暗くなる。
頭を、もちもちとしたパンのような、クッションのような感触が包む。
「……」
「……」
二人の間に一瞬の沈黙が流れる。
そして、マヒトがおそるおそる頭をそのクッションから離すと。
その「クッション」は、彼女の胸の双丘だった。
ウラヤマシス!
だが、それも一瞬のことで……。
「ア……!?」
「ちっ、違うってば、これは事故、事故だってば!?」
「わたくしの胸に……、触ったわねーーーーーーーーーーーーーー!! 不潔です!!」
顔を真赤にしたケイトの手のひらに、赤い魔法陣が輝く!
逃げようとするマヒトだが、もう遅い!
「──対象は砕け散る! 粉砕<ディスインテグレート>!!」
「アバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………!!」
魔法陣から赤い死の光が発射され、マヒトの体は粉々に砕け散った!
マヒト=サン、カラダニキヲツケテネ!
「えっ……!? ま、マヒトー!?」
魔法によりバラバラに砕けちったマヒトを見て、未希子は大きく目を見開いて左右に首を振った。
そして愕然とした表情でメイド服の姫君に詰め寄ると、食って掛かる。
「あんたマヒトを殺したわね!? 警察に通報するわよ!? えーと電話番号は……」
彼女らを見ていたオーディエンス達も、
「アバーッ!?」
「な、何が起こったのです!?」
「人が死んだー!?」
しめやかに驚愕!
取り乱すものも出る!
しかし。
「ご安心くださいませ、お嬢さん。皆様。マヒト殿下は簡単に蘇りますから。……レナ!」
半ば取り乱した未希子に、周囲の客達に、安心させる笑顔を見せたケイトは、誰かに呼びかけた。
その声に応え、階段のそばから、ケイトと同じくメイド服姿の少女が姿を表した。
彼女は、青系の黒髪やメイド服は同じだが、髪は顔横を覆う程度の長さ。
こちらは高貴さもあるが、目や口が凛としている顔立ちだ。
胸はほどほど、というところか。
「なんでしょうか、姫様」
「マヒトを蘇生させなさい!」
「了解。実行します」
次の瞬間、レナの目の前に大きな白い魔法陣が輝く。
「──命は、よみがえる。蘇生≪リザレクション≫」
そしてその魔法陣から、かつてマヒトだった赤い肉片の山と血の池に向かって、命の力をたたえた白い光が注がれる。
すると……。
「えっ、ええーっ!?」
肉片と血などが群体生物めいて動き、集まり、人の形を取ると、真っ白に輝く。
そして、その光が消えると。
「バラバラになったマヒトが、元通りになっちゃった……」
マヒトは殺される前の姿でいた。
肉片も血も、破れた服の布切れなども何もなく、すっかりもとのままだった。
その奇蹟に、未希子は呆然としてあんぐりと口を開けたままだ。
彼女の開いた口の大きさは、顎が外れんばかりだ!
「おーっ!?」
「こ、これが蘇生魔法というものか……!」
オーディエンス達からも称賛の声が上がる!
その歓声に、ケイトは満足げに笑顔でうなずき、右手を彼らに向けて振った。
それでいいのか、お前ら。
「いでででで……。いきなり出会い頭に殺すなよ!? 地球には法律ってものがあるんだよ!?」
頭を撫でながら、マヒトはケイトにぼやいた。
そんなマヒトにケイトは少しぷん、とした表情で、あらまあ、と言ってそれから、
「このような場で、わたくしに失礼なことをした報いです! それにわたくし、国賓扱いで来訪しておりますので。外交官特権も持ちあわせておりますわ」
と怒った。
「だからってオタッシャしていいわけがないだろ!? ……おまえ、怒ってんのかよ?」
「え、ええ。怒っておりますが、何か」
そう怒鳴っては見たものの。
マヒトには、どうにも彼女は怒っている、という印象はなかった。
このような場で、というからには、このような場でなければ……?
という疑問が頭をよぎる。
そして、もう一つ思いがあった。
自分もかつてそうしたことがあるのだから、そうされても文句は言えない、と。
そんな復活したマヒトの頭の上に、二つの数字がきらめいていた。
ザウエニア秘術数字で一つはニ、もうひとつは一〇、と。
「どうです? これがザウエニアの術力。死も生も思いのままですの、あ、そうですの。忘れてました」
先ほどとは声色を変えてそう言うと、ケイトはロングスカートの裾をつまんで、深々と未希子に向かっておじぎをする。
「わたくしはケイト・フィメル・セレスフィア・タイクニア。異世界アークシャードのザウエニア皇国に属する、タイクニア王国の第二王女でございます。以後お見知りおきを」
「は、はぁ……」
あまりにも優雅な挨拶に、未希子は気後れたままだ。
しかし、すぐに薄い胸を張って応える。
「あっ、あたしは柏木未希子。十六歳よ。今年の四月で高校二年生になるわ。マヒトとは昔からの幼なじみで、家も近所なのよ。マヒトのことは、何でも知っていますからねッ」
元気で強い声が、あたりの電子音サウンドの爆音に負けないくらいに響き渡る。
更にない胸を張る、未希子。
二つの黒房も、強気に踊る!
「幼馴染、デスか……」
「幼馴染、ね……」
未希子の自己紹介に、レナは無表情の中に笑みを見せる。
みるみるうちに、未希子の顔が真っ赤に染まっていく。
「……なっ、なによ、その態度は! あたしの自己紹介に何の文句があるわけ!?」
レナに近づくと、にらみつける未希子。
未希子に、レナは感情のない表情で応える。
「あなた、幼馴染とか言った? 何歳ぐらいからマヒトサンと一緒にいます?」
「小学校の頃からですが?」
「小学校とやら、ですか……。それは何歳から?」
「六歳ですけど?」
相変わらずの無感情のレナに対し、未希子はちょっと声が揺らいでいる。
それでも、未希子はまだ抵抗しようと声を上げる。
「……そうだ、と言っても、あんたたちはほんとに信じるのか疑問よ!?
第一、あんた達の方に証拠はあるの!? 証拠は!?」
「あります」
無表情を崩さず、レナは返事をした。
小さく何事かを唱え、未希子から離れると……。
いきなり目から白光を放った!
「なっ、目からビーム!? こっ、この子何者!?」
芽衣子の驚きはあからさまだ!
「驚かれました? レナの正式名称は、レイリア041。人間型魔導コンピュータ、レイリアシリーズの四十一番目の躯体ですの」
未希子はケイトの説明を聞きながら、ただその様子をにらみつける。
レナの目から術力の光が溢れ出し、映画館でスクリーンに映画を投射するような光が、空中に向かって放たれる。
空中の光の幕に映し出されたのは、四、五歳位の男児一人と、大勢の女児が、はしゃぎながら遊んでいる光景だった。
そして彼、彼女らのそばにたたずんで見守るのは、ここにいるレナその人だった。
「こっ、これは……」
恐る恐るケイトに尋ねる未希子。
「これは、アルティス殿下とわたくしたちが、ザウエニア城で遊んでいる時の映像ですの。
これがわたくしで、アルティス殿下のそばにいるのが……、レナですね。
……どうですか?」
映像の中の子供たちを指さしながら、未希子に向かって言った。
「まったまたー? これ他の人の映像でしょ? ねえ、マヒトそうでしょ?」
まだ平気そうな顔を見せ、マヒトに同意を求める未希子。
しかし、マヒトは困ってしまった。
(たしかに、映っているのは僕とケイトとレナと、友達たちだよ……。今、嘘を言っておいても仕方がない。出来るだけソフトに言っておこう……)
そう言うと、マヒトはできるだけ優しく、申し訳なくゆっくりと告げる。
できるだけダメージが少ないように。
「ごめんよ……。未希子。それ、本物なんだ……。多分五歳ぐらいの時に撮った映像。小学校に上がるから、地球に帰る前に撮った映像なんだけど……」
次の瞬間、未希子の体と表情が明らかに凍りついた。
え、と口から言葉が漏れる。
そして、そのまま動かなくなった。
その場に、沈黙が満たされる。
聞こえてくるのはゲーセンのゲーム機が放つ轟音だけだ。
しばらく時間が過ぎた。
未希子は白く凍りついたまま、まだ動かない。
その体には、小さなヒビがあちこち入ってるかのようだ!
「おーい、未希子?」
「……」
「おーい?」
こりゃダメですね。完璧にショックで固まってる。
「おーい」
試しに両手で揺さぶってみるものの、まだ動かない。
よし、最終手段だ! とマヒトは思い、行動に移った。
「未希子、いい加減目を覚ませよ!!」
右腕を振り上げ、そのまま未希子の脳天へと振り下ろす。
一つの快音と共に、チョップが脳天へと命中。
次の瞬間、未希子は目を覚まし、
「いてっ!!」
叫びながら、頭を抱える。
「……未希子、目を覚ましたか」
未希子はしばらく自分の手で脳天をさすっていたが、マヒトの声に気が付き、
「う、うん……。いてて、なんてことするのよ、マヒト」
目に涙を溜めながら、うなずく。
「というわけで、彼女たちとは小さい頃に向こうで一緒だったんだ。
僕が地球に住むことになって別れ別れになったんだけど……」
その説明が終わるや否や、レナの目から術法ビームは消えた。
それまで投影用の術法の光に目を奪われていた未希子だったが、別の所できらめいている光に、ふと、気がついた。
「ねえ、マヒト」
「どうしたの?」
「あんたの頭の上に、なんか光がきらめいてる」
「へ?」
そう言われて頭の上を見ようとするマヒトだが、当然のことのように頭の上に光がきらめいているので、
「みっ、見えないっ……!」
とうめくばかりだ!
その声に、ケイトとレナもマヒトの頭上を見る。
そして、レナが相変わらず無機質な声で、その意味を解説する。
「これはザウエニア秘術数字で『二』と『九』ですね」
「何の意味よ?」
「さあ……。私にはわかりかねます」
「ケイトさんはどーなのよ?」
「そう言われても……、わかりませんわね」
「あんたらそれでもザウエニア人かいっ!!」
二人にすっとぼけられて未希子はずっこける。
彼女は態勢を元に戻し、
「ま、まあ……。いずれわかることだろうとは思うけど……」
その間、マヒトは頭の上の数字を見ようと努力していたが、やがてそれを諦めた様子で、話を変えた。
「そういえば、なんでケイトはこっちに来たんだよ?」
「ちょっと地球まで遊興に……。それに……」
「それに?」
「マヒト殿下のお世話、ですわ」
そう言われて、マヒトと未希子は口をあんぐりとさせる。
まるでゲームの中で意外な人物がラスボスだとしたされたキャラクターのようだ!
「おっ、お世話……!?」
「なんですの? そのような驚いた顔をいたしまして?」
「お世話って、なんのだよ!?」
物語の超展開にわけがわからないよ、というキャラクターのような困惑した表情をするマヒトたちに、ケイトは秘密を知っている魔法使いのような顔を見せ、
「あなたのすべてを、ですわ。マヒトさま。ふふっ」
と気品の中にいたずらっこっぽい笑みを見せて笑った。
それから、三人に向かって言った。
「さっ、大公様のお屋敷に向かいましょうか」
「う、うん……」
大公様、というのは勇雄の家。マヒトの家である。
すっかりケイトのペースに飲み込まれながら、マヒトたちは大型ゲーセンを後にした。
これからどうなるのだろう、という不安を抱きつつ。
四人は大型ゲーセンの外に出た。
春の夕暮れの西日が、目を刺激する。
まるでRPGかギャルゲーのイベントグラフィックのようだ。
通りに向かって、マヒトが足を踏み出した時だった。
耳元で、年老いた死神のような不気味な声が、聞こえた。
<クククク……>
マヒトはあたりを見回す。
それらしい人物は、どこにもいない。
気のせいかとマヒトが息を吐いた時、その声はまた聞こえてきた。
<クククク……。お主は皇都幼稚園でのあの出来事、忘れておらぬだろうな……?>
その声に、マヒトはゾッとした。
老人の声が聞こえたことにも。
そして、老人が語った事自体にも。
あんた。
あんたは。
あのことを、知っている、のか……?
マヒトは慌ててもう一度あたりを見回すが、それらしい人の姿はなかった。
彼の突然の行動に気がつき、未希子が呼びかける。
「どうしたの?」
「……ううん、なんでもない」
そうごまかして答えると、マヒトも大型ゲーセンを離れる。
大通りに出ると、杖に乗って飛んでいる人たちが次々と上空を通り過ぎていく。
その下の道路では、空飛ぶ車が飛んでいたり、地面で四足の大型モンスターに人が乗り歩いている。
街には剣や杖を持った鎧姿や黒いローブ姿の人間や、体にピッタリとした金属系の色をしたスーツ姿の服を着込んだ異星人や、人間型ロボットが行き交っている。
これが、今の「地球」という世界だった。
「家まで行くの面倒臭いから、術導コンピュータでテレポートしようよ」
そう言うとマヒトは、ポケットからスマートホン型のデバイスを取り出した。
そしていくつかタップすると、マヒトとケイトたちの体は青い魔法陣に包まれた。
マヒトの術法が使えないものでも、術導コンピュータのサポートがあれば、それなりの魔法が使えるのだ。
無論、使える術法や場所などは、法律によって制限されているが。
それが、マヒトが生きる「地球」だった。
そういう『世界観【ルール】』を持つ、『世界』だった。
マヒトたちの姿がかき消えたあと。
街は、太陽の染料で紅く暖かく染め上げられていた。
6月 10, 2013 月曜日 at 11:03 am