大阪のなんばパークスシネマで、ヤマト2199の第1章を見ました。
たいへん素晴らしい内容で、感動しましたが、同時に、ガミラス高速空母の攻撃を受け、古代と島の足下のドック内で戦死したヤマトセクションリーダー候補たちの無念も感じました。
表に出ることなく散った彼らの供養のため、妄想外伝を書きました。よろしければ、お読みくださいませ。
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二週間前、男は宇宙戦艦ヤマト戦術長の内示を受けた。
そして今、男は宇宙戦艦ヤマト建造ドッグにあるシェルターの中にいる。
「よりによって、健康診断の帰りに空襲警報が鳴るとはな。十分前なら、地下司令部の中。十分後なら、ヤマトの中だってのに」
豪放磊落に笑う頬に放射線の傷痕を持つ青年は、男の同期で、ヤマト航海長の内示を一ヶ月前に受けている。その同じ時に、男が受けたのはヤマトの砲雷長の内示だった。
男は狭いシェルターの中を見回した。このシェルターは、空襲に備えてのものではない。ヤマト建造ドッグは地表のすぐ下にあり、大気や土壌の汚染が、浄化しても浄化しても染みこんでくる。汚染が悪化した時に一時的に避難する化学防護シェルターだ。
そこには、この一年をヤマトの艤装委員として過ごした仲間たちがいた。いずれもが、地球の至宝とも言うべき人材だ。男自身を除いて。
「おいどうした、戦術長。不景気な面して」
その肩書きは、本来なら男ではない別の人間に与えられるべきものだった。
古代守。貴公子然とした顔立ちの下に、熱い宇宙戦士の魂を持つ男。あまりに駆逐艦長として優秀すぎ、連合艦隊が手放さなかったのでヤマト艤装委員にこそ 入っていないが、ヤマト計画であれ、イズモ計画であれ、古代守が中核メンバーとなることを、誰もが納得し、そして待ち望んでいた。
男も一ヶ月前にヤマト砲雷長の内示を受けた際には、古代守の下で戦える期待と興奮で眠れなかったほどである。
「ん、端末広げて何やってるんだ?」
「主砲の自動追尾プログラムの改良だ。先のシミュレーションでいくつか不具合が見つかったからな」
「へぇ、たいしたもんだ」
――これ以外に、取り柄がないからな。
その言葉を、男はぐっと呑み込んだ。航海長は、第二次火星沖海戦の英雄のひとりだ。彼が乗る「こんごう」は艦橋を撃ち抜かれて艦長が戦死、さらに副長 も、砲術長も倒れて先任士官が全滅した中で指揮を引き継ぎ、満身創痍の「こんごう」を生還させたのみならず、巧みな操船でガミラスの戦艦四隻(※デストリ ア級重巡洋艦)を試製「アマ」型反物質機雷に誘導して轟沈する大金星をあげている。「こんごう」の奮戦がなければ、第二次火星沖海戦でガミラス艦隊主力を 撃破することはかなわなかったとまで分析されている。
しかし、至近距離で爆発した反物質機雷の放つ強烈なガンマ線の余波は頬の傷以上に航海長の体内を蝕んでいる。おそらく彼の余命は数年とないだろう。そんな航海長の前で、自分を卑下する情けない真似はできなかった。
「ちょっと、ふたりとも。やばいわよ、これ」
「ん? なんだ船務長……て、おい。なんでヤマトの情報系にアクセスしてんだよこの女は。保安部にしょっぴかれるぞ、おい」
航海長が目をむいた。男も絶句する。ヤマト計画は超極秘計画だ、たとえ艤装委員で、ここがドックの内であっても、外からヤマトの情報系にアクセスすることは許されていない。士官学校時代から“電子の妖精”と呼ばれた船務長の技量は、さらに向上しているようだ。
「うっさいわね。ばれなきゃ犯罪じゃないのよ」
船務長は、可愛らしい顔に似合わない伝法な口調で言った。
「それより、これを見て。衛星軌道にガミラスの高速空母が来てるわ。しかも大気圏内に降下している」
「何? 一隻でか? くそっ、狙いはヤマトか!」
航海長が頬の傷痕を歪ませた。
第二次火星沖海戦の後、ガミラスは地球への艦隊侵攻を諦め、冥王星からのロングレンジ攻撃に切り替えた。その後の偵察やピンポイント爆撃は、高速空母を使った一撃離脱のみ。
だが、地球大気圏に降下すれば、いかな高速空母でも空気との摩擦で出せる速度は限られる。いまだ十分な力を保有している防空隊の迎撃を受け、撃沈されることも覚悟の上ということだ。
そこまでガミラスの艦長に覚悟させるほどの標的は、ヤマトしかない。
「くそっ、こうなったら規則を遵守してる場合じゃねえ! シェルターを出てヤマトに――」
航海長の言葉を、重い衝撃と震動が遮った。
「うわっ」
「きゃあっ」
男は素早く船務長をかばい、床に伏せた。男の背中に、落ちてきた機材がぶつかる。自らの痛みをこらえ、男は船務長のきゃしゃな身体に傷がないか確認する。
「大丈夫か?」
「あ……ありがと……」
船務長が礼を言う。非常電源に切り替えたシェルターのオレンジ色の灯りの下では、普段は口やかましい船務長が頬を染めているようにも見える。
――ま、そんな殊勝な女じゃないのは、士官学校時代からの付き合いなんで分かってるが。
何しろ、校内の女性全員が熱をあげていた古代守にすら、興味を示さなかったのだ。
「くそっ、爆撃か。いよいよまずいな。すぐにヤマトに行くぞ」
「待てっ!」
男は航海長の肩を掴んだ。
「止めるなっ!」
「まずは外の汚染状態を確認しろ! 今の爆撃でドッグ内が汚染されている危険がある!」
「え? あ――ええいっ! なんてこった!」
航海長がシェルターの壁を殴る。外の汚染数値は防護服なしでは一分と保たないレベルにまで上がっていた。
男は続いて船務長に向き直った。
「俺の端末と接続してくれ。ヤマトの情報系、アクセスは維持できてるな?」
「う、うん。できたわ、どうするの?」
「ここからヤマトの主砲を動かす。戦闘空母をヤマトの主砲で沈めるんだ」
「ば――おい――」
船務長が口をぱくぱくさせる。
「言いたいことは分かる。こいつは、ばれなきゃ犯罪じゃないどころの騒ぎじゃない。ヤマトの主砲を動かせば、ヤマトの存在は確実にガミラスに明らかにな る。すでにヤマトの存在がバレているとしても、主砲を動かせばそれだけでヤマトの作業進捗状態や性能を分析するデータを敵に与えることになる。そんなこと はせず、防空隊が戦闘空母を沈めるまで待つのが現時点で最善である可能性も高い」
男は状況を早口で説明した。
「それでも、俺はヤマトの主砲で高速空母を落とすべきだと判断する。なぜなら、最悪の場合、ヤマトは発進できぬまま、ここで破壊されるからだ。今防ぐべきは、その最悪だ」
防空隊の戦力とガミラス高速空母の持つ戦力。両者を比較し、動きと戦術を組み立てた結果、男は、防空隊では間に合わない、と判断した。
「……分かった。俺にできることはないか? おっと、保安部うんぬんはなしだぞ? こうなりゃ、スパイ容疑で銃殺刑になるとしても一蓮托生だ。船務長もいいな?」
「は? 今さらになってバカ言ってんじゃないわよ。もうすでにヤマト内部の情報系のプロテクト、全部あたしが落っことしたんだから。銃殺の一番手はあたしよ」
男が航海長に説明している間、船務長の指は止まることなく動き続けていた。今やヤマトの情報系は丸裸も同然、どのようなコントロールも、このシェルターの中から可能となっている。
「ありがとう。やってくれると信じてたよ」
「うっさい。いいからさっさとやる! 司令部もとっくに気付いて攻勢防壁がんがん飛ばしてきてんだから、長くは保たないわよ」
「分かった。動かせる主砲は一基だけだな――波動エンジンが動いてないから、陽電子衝撃砲は撃てない。となると、相手が高速空母なら、三式融合弾の方が確実だな。第一砲塔には三式融合弾を試験のために運び込んであるから――よし。艦内のエネルギーを第一砲塔に向けてくれ」
「あいよ……うお、コスモタービン、出力あがらねぇ。しょうがないな、電力をドッグ内の工作機械からちょろまかして……と」
「早く早く! 司令部のバカ、ヤマトの情報系を直接狙ってシステムダウンさせようとしてるわ。ええいっ、こうなったら司令部の情報系、こっちからぶっ壊してやろうかしら」
「いや、もういい。終わった」
「え?」
「すでに命令はすべて終わっている。後は艦内から手動で止めない限り、主砲は高速空母を自動追尾して、三式融合弾を撃ち込む。そしてその手動での操作が可能な人間は、今はヤマトの中にはいない。何しろ、ここにいるのだからね」
おどけた調子で肩をすくめてみせると、航海長がげらげらと笑った。
「たいしたもんだよ、戦術長! やっぱり、お前と組めて正解だ。船務長もそう思うだろ?」
「私はそんなこと、とっくに気付いてたわよ。こいつはね、自分に自信がないだけで、本当は、誰よりスゴイんだから!」
「え?」
男は、船務長の顔を見た。船務長がしまった、という表情をする。航海長が、ニヤニヤと笑いながら、男と船務長の肩を叩こうとする。
次の瞬間、戦闘空母からの攻撃が、爆撃によって開いた隙間からシェルターを直撃した。
防護服を着た救急隊員がシェルターの中を確認した時、三人の遺体はひとつに固まっていた。
救急隊員のひとりは、固く抱き合う戦術長と船務長を、かばうかのように航海長の身体がおおいかぶさっていたと、同僚に語っている。
(おわり)
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