アニメ『ガールズ&パンツァー』の第6話(未見)で、九七式戦車が主人公のお姉ちゃんが乗るティーガー戦車に全滅させられるエピソードがあると聞いて、その場面の二次創作を妄想しつつ、書いてみました。
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九七式戦車が、丘を駆け上がる。履帯が小石を弾き、柔らかい土を抉る。
土埃はほとんどでない。昨夜降った雨が、地面を濡らしているからだ。
「天佑は我にあり、だな」
一号車に乗る戦車長はそう言って、砲塔のハッチを開き、身を乗り出した。左右に二両ずつ、計四両の九七式戦車が見える。いずれも、土煙はあげていない。音はさすがに消せないが、こちらの位置を特定されるほどではないはずだ。
「これならば、敵に気付かれることなく丘の上まであがれるな」
袋に入れた地図を確認する。斜面のこちら側の等高線の間隔は開いていて、敵のいる反対側の等高線は詰まっている。
――これならば、いける。反対側の斜面からは、この丘の上にあがってこられない。
戦車長は、ほっこりと笑った。沖田畷作戦は、成功しそうだった。
三日前。学校の作戦会議。
「オキナワ作戦?」
「沖縄ではない。沖田畷(おきたなわて)。戦国時代の、島津&有馬の連合軍と龍造寺軍の戦いだ」
ぽっちゃりした隊長は、手にしたポッキーで卓の上に広げた地図をとんとん、とつつく。先ほど学校に届けられた、黒森峰高校との戦場に選ばれた演習場の地図だ。
「それが今回の作戦の名前ですか。どんな戦いだったんです?」
「人口に膾炙している戦いの様子は、大軍を擁する龍造寺軍が湿地帯の細い道でにっちもさっちもいかなくなり、島津と有馬連合軍に敗北した、となっている。実際は違うようだが」
「湿地帯……なるほど」
ポッキーで示された地点を見ると、大きな川と湿地帯が広がっていた。
「黒森峰高校は、自慢のティーガー戦車を持ち出すだろう。対する我が校は、九七式戦車だ。おい、我らが愛するチハたんが、ティーガー戦車とまともに戦えると思うか?」
「冗談はやめてください」
ドイツのティーガー戦車は、戦車道で使用を許された戦車の中では最強クラスだ。前面装甲は一〇〇ミリ。側面と後面の装甲も八〇ミリである。
「我らがチハは、歩兵支援戦車。戦う相手は、敵の歩兵とその陣地です。搭載された五七ミリ戦車砲では、距離一〇〇mまで近づいても、装甲貫通力は二五ミリ。ティーガーの重装甲が相手では、生卵をぶつけるようなものです」
「まあそうだ。そしてチハの装甲は最大で二五ミリ。こいつは、当時の主力だった三七ミリ対戦車砲に一発くらいは耐える厚さ、という理由で決まった」
「黒森峰のティーガーの主砲は名高い八・八センチ砲。射程二〇〇〇mで、八四ミリの装甲を撃ち抜きます。牛刀を持って鶏を割くどころの騒ぎではありません」
「射程に入りしだい、撃ち抜かれるな」
「我が校の戦車隊はいずれも名人揃いですが、これは技量や大和魂で何とかなるレベルを超えています」
戦車長は、大きく溜息をついた。正直、彼女の頭では華々しく散る以外の選択肢は思い浮かばなかった。
「まあ待て。三本のポッキーという教えがあってだな。このように一本のポッキーは」
ぽりん。
隊長は口にくわえたポッキーを歯で折り、もぐもぐと食べた。
「簡単に折れてしまう。だが、三本のポッキーを束ねると」
隊長は口にポッキーを三本まとめてくわえる。
「ふひゃひゃように、ひゃほへほっひーへも」
「何やってんですか」
「あ」
ばりん。
戦車長がぺしりと隊長の頭をたたいた拍子に、口にくわえたポッキーが折れた。
もぐもぐ。
「まあ、ポッキーは何本集まってもポッキーということだな」
「ダメじゃないですか」
ティーガーと戦うとなると九七式戦車は、まさにポッキーのようなものである。装甲は簡単に折れるし、主砲はゼロ距離まで近づいても、弾かれる可能性が高い。当たり所がよければ、火災を起こすか履帯を外すことも期待できるが、それで勝つのはいくらなんでもムシが良すぎた。
「それで、沖田畷ですか。湿地帯にティーガーをおびき寄せて、足回りを封じて接近すると」
戦車長は地図の上に定規をあてて線を引き、コンパスをあてて距離を算出する。ティーガーの射界に入れば九七式戦車は一発で撃破される。うまく、地形を利 用して隠れながら敵に接近できる経路を見つけ出せば、たとえ無駄でも、零距離射撃で黒森峰の心胆を寒からしめることが可能なはずだと考えたのだ。
あれこれ考えること小一時間。ようやく戦車長は納得のいく経路を見つけ出した。
「何とか、二百メートルくらいまでは接近できそうですね。相手がのってきてくれるかどうかは、賭けですが……」
戦車長がそう言うと、それまで暢気に携帯をいじっていた隊長はびっくりした顔になった。
「おいおい、黒森峰ともあろうものが、こんな見え透いた手にのってくるわけがないだろ。ちょっと射界は狭いけど、この丘の麓に待ち伏せされて遠距離砲撃で全滅だ」
ぶちんっ。戦車長のこめかみに青筋が浮かぶ。
「た~い~ちょ~う~~」
「まてっ、コンパスはやめろっ、刺さる、刺さるっ!」
しばらくして。
戦車長は、隊長のおごりで買った缶の汁粉をぐびりとやった。疲労した脳にブドウ糖が染み渡る。
「いい加減、私をからかってないで、本当の作戦を教えてくださいよ」
「作戦名が沖田畷ってのは、本当だ。作戦内容は公表しないけど黒森峰の連中は優秀だからな。名前くらいはすぐに突き止めるだろう」
「そうですね」
「んで、これから三日間、我々は九七式戦車に発煙筒を増設する。これも、黒森峰にはすぐ伝わるだろう。九七式戦車にとっては珍しいことじゃないから隠すまでもないし」
「そりゃそうですね」
九七式戦車は、車体後部に発煙弾発射筒を搭載してある。実際の戦いでは発煙筒を砲塔などに増設したものも多かった。装甲の薄さと、主砲の貫通力の弱さから、発煙筒で姿を隠しつつ接近するのが戦場での常套手段になっていたのである。
「そして彼我の性能差。さて、黒森峰の西住がこれらを知ったらどう考えると思う?」
「私と同じ結論になるでしょうね。湿地帯におびき寄せて足回りの差を活かして肉薄攻撃を仕掛けると」
「そうだ。だが、悲しいかな、その作戦は絶対に失敗する。この丘の麓に陣取れば、一両のティーガーで我が校の戦車を全滅させられるだろう」
「絶望的ですね」
「いや、そうじゃない。ここに。ここだけに、勝機があるんだ」
「え?」
「おい、しっかりしろ。敵のティーガーは、絶対に、この場所にいるんだ」
隊長はポッキーの先で、ぐりぐりと丘の麓を指し示した。
「丘の上からなら、この場所にいるティーガーを、狙えるんだ」
そして試合の日。
「急げ急げっ! 黒森峰がこの作戦に気付けば、勝機はなくなる!」
車体の後部をにらむ。ディーゼルエンジンの煙すら、今はうらめしい。
隊長の乗るフラッグ戦車をのぞくすべての九七式戦車が、この作戦に投入されていた。
丘の上から、麓にいる黒森峰のティーガーまでの距離は約三〇〇m。その距離での主砲の装甲貫通力は二〇~二五ミリ。
――ティーガーの上面装甲は二五ミリ。上からの砲撃ならば、可能性はある。
もちろん、こちらから狙える以上、敵からも狙える。そして九七式戦車はどこに当たろうが撃破確実だ。
「もうすぐ稜線を超える。いいか、この作戦は、こちらの五両が全滅するまでに、敵のフラッグ戦車を撃破できるかどうかにかかっている。左右の僚車にはかまうな。一発でも多く、敵に砲弾を命中させることだけを考えろ、いいな!」
戦車長は、無線で全車にそう伝えた。返事は必要ない。作戦開始前のブリーフィングで、全員が、そのことを理解している。
「行くぞ!」
五両の九七式戦車は、一斉に稜線を超えた。
次の瞬間、四両になった。
「なにっ?」
一撃で砲塔が吹き飛ばされた九七式戦車が横倒しになる。
威力をみれば、誰に撃たれたかは、一目瞭然。八八ミリ戦車砲。ドイツが誇る高射砲FLAK88を対戦車用にしたもので、ドイツ軍が戦ったすべての敵戦車を打ち砕く、重騎士の槍だ。
撃ったのは、ティーガー戦車。
問題なのは、どこから撃ったか、だ。
「なぜだ! なぜ、ここにいる!」
戦車長は叫んだ。
距離一〇〇メートル。戦車戦においては至近距離。丘の麓にいるはずのティーガー戦車は、丘の上にあがって待ち伏せていたのだ。
ティーガー戦車の砲塔のハッチが開き、戦車長が顔を出した。黒森峰高校の隊長、西住まほ。国際強化選手にも選ばれる、沈着冷静な戦車乗りだ。
その冷たい視線を見て、戦車長はすべてを理解した。彼女は、こちらの作戦をその裏まですべて読みきっていたのだ。
「だが、こんな急斜面を、鈍重なティーガー戦車がこちらより先に上がってこられるはずが……む?」
戦車長の視線が、まだ濡れた地面に残る轍の跡に気付いた。目の前のティーガーのものではない。戦車長の視線が轍の跡を追って左の茂みを見る。
いた。砲塔のない、ティーガー戦車の車体。
「戦車回収型(ベルゲパンター)ティーガー……こいつに牽引されて、ここまで上がったのか!」
戦車長の視線と、推理に気付いたのだろう。ティーガーに乗る西住まほがわずかに顎を下げてうなずいた。
「なるほど。湿地が多いような、足場が悪い場所での戦いも、想定済みということか。さすがは黒森峰! だが!」
戦車長は通信を開いた。砲塔の周囲を囲む鉢巻きアンテナに電流が流れ、じじっと音をたてる。
「全車突撃! 目の前にいるのは黒森峰の隊長車だ! 討ち取って名をあげるぞ!」
残った四両の九七式戦車が左右に広がりながらティーガーに迫る。
たとえかなわぬまでも、最後まで諦めない。
それが、九七式戦車に乗る彼女たちの戦車道だから。
(おしまい)
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