ラブコメ

『戦術入門たくてぃくす!!』番外編:戦車乙女の憂鬱

2012年11月2日 戦術入門たくてぃくす!! No comments , , , , , , , , , , , ,

 これは、『MC☆あくしず』連載『戦術入門たくてぃくす!!』の第11回と第12回の間の出来事をショートショートにしたものである。
 この時点で主人公の守人が契約した戦闘妖精には、歩兵科のファン、砲兵科のキャノ、航空科のエリルに加え、装甲科のアルモがいる。他の三人が守人とほぼ同年代であるのに対し、アルモだけは若干年上である。

==========================
『戦術入門たくてぃくす!!』番外編:戦車乙女の憂鬱

「で、どうなのよ? 異世界の勇者クンとは」
 同期の戦闘妖精は、端正な顔をニヤリと崩して、酒臭い息をアルモに吹きかけた。手にするジョッキに入っているのはアルコール度数八八(アハト・アハ ト)%の蜂蜜酒。醸造酒が通常のやり方でここまで発酵するはずもなく、妖精界ならではの魔法で化学反応をいじって作ってある。
「ん……まあ、その。ぼちぼちと、な」
 ここは居酒屋『ウラノス』。前大戦で活躍した騎兵科の戦闘妖精が退役後に開いた店だ。店の名前は、愛馬にちなんでつけたと聞く。
「は? なんで? 電撃戦(ブリッツクリーク)でしょ! 蹂躙突撃でしょ! あんたそれでも、伝統ある騎兵科由来の戦闘妖精なの? しっかりしなさいよね!」
「飲み過ぎだぞ、ブリュンヒルデ……じゃなかった、ヒルデ」
 酔いの回った目でぎろりと睨まれ、アルモはあわてて言い直す。
 ブリュンヒルデ家は女系直系で、居酒屋でこうして酔っぱらってクダを巻いている戦闘妖精は、初代ブリュンヒルデから数えて一三代目である。ブリュンヒル デ、という名前は彼女に重いらしく、幼名のヒルデか、あるいは士官学校でついたあだ名の十三代(サーティーン)で呼ばれる方を好む。
 名前が重い裏には、かけられた期待と、それを実現できぬ現実とがある。歴代のブリュンヒルデたちが天馬にまたがって空を駆けていたのも今は昔。十三代目 はヘリコプターを用いた空中騎兵となっている。空中騎兵は、将来の花形兵科の呼び名も高いが、今のところは脆弱性と火力不足に悩んで特殊作戦がせいぜいと いうありさまだ。
 ――うちも旧家の出だが、彼女はそれ以上だ。久しぶりに召喚された勇者のパートナーに彼女を、という声も大きかったと聞く。
 結局、上の方が守人の適性その他を判断して、ブリュンヒルデとの契約はなくなった。しかし、背後にはいろいろときな臭い派閥争いもあったらしい。それほ どに、守人の潜在力は高かった。何しろ四人の戦闘妖精と契約を交わせているのだ。アルモとしては、他の年若い戦闘妖精たち、エリル、ファン、キャノらが巻 き込まれないよう、あれこれと気苦労の毎日である。
「まーた、周りのこと考えてるんでしょ、アルモ」
「う」
 図星をさされ、アルモは言葉に詰まる。
「戦車は単独では戦えない。いえ、それは戦車に限らず戦闘妖精全員に言えることよ。だから、常に周囲に気を配るあんたは、間違っちゃいないわ」
 ぶすり。ヒルデが皿に並べた焼き鳥に串を刺す。
「でも、それはあくまで戦場での話よ。娑婆では娑婆のルールがある。獲物はこうやって容赦なく追いつめ、そして」
 ぱくり。大きく口をあけて、焼き鳥を放り込む。もぐもぐ。
「このように、美味しくいただく」
「娑婆のルールって……」
「恋のルールよ。早いモノ勝ち。周囲を見て遠慮するのはお門違いよ。一番年上のあんたがそんなんじゃ、下の子だって遠慮して手を出せないわ」
「手を出すって、直接的すぎるぞ」
「あのねー。あんただって、状況はわかってんでしょ? ライバル三人よ、三人。元気なボクっ子に、定番なツンデレ娘、そして毒舌ロリ。属性のある男なら、一発で引っかかるわ」
「守人殿は、そのような男ではない……たぶん」
「そうね。あんたの話を聞く限りじゃヘタレ系ね。ただし、それはカレの表の一面よ。こいつを見なさい」
 鞄から取り出した巻物の封蝋にヒルデは親指を押しつける。固有魔力波動でのみ溶ける封蝋が外れ、スクロールが広がる。しばらく待ってから表面に文字が浮かんだ。封蝋を指定の手続きで外さなければ、文字は浮かばない。妖精界の機密文書で昔から使われる書式だ。
 そうまでして厳重に保管されていたデータに目を通し、アルモは首をひねる。
「『痛いのがスキでスキすぎてスキ』『同級生はドMな奴隷志願』……なんだこれは?」
「あんたの勇者が、あっちの世界でベッドの下に隠してるエロ本のタイトルよ。内容と詳細は奥の方に入ってるから、家に帰って読みなさいな」
「なな……っ。どうやってそんなものを……」
「蛇の道はヨルムンガルドよ。カレの中には、愛想のいいヘタレとは違う、凶暴なものがある。でなきゃ勇者として呼ばれるわけもないわ」
「確かに、演習でも驚くほど度胸のある一面があるな。あの時だって……」
 何回か前の演習のことを、アルモは思い出していた。

 それは、まったくもって不意打ちだった。
 ゆるやかに右カーブを描く道路を走っていた先頭の戦車の前面装甲に閃光が走る。直後にドン、という破裂音が響き、煙がぶわっとあがる。戦車は、残った慣性でずるずると滑るように前進し、左側の路肩をはずれて落ちた。
「一号車がやられた!」
「警戒! 対戦車砲!」
「どっちだ?」
 後方の戦車のハッチからアルモの分身である戦車長が姿をみせ、双眼鏡をのぞく。
 息つく間もなく、二両目の戦車が煙をあげて停止した。破壊された戦車に乗っていた分身が光の粒子となって消える。
 わずか一分の間に二両の戦車が失われた。戦車戦闘における、最大の危機がこれだ。長射程、高初速の対戦車砲、あるいは戦車による待ち伏せによる攻撃は、あまりに早く展開するため、対応の時間がひどく短い。散開したり、隠れたりという余裕がないのだ。
 それでも、二両の戦車を犠牲に捧げてえた貴重な時間が、敵の所在を明らかにした。
「一〇時の方角! 茂みから発砲煙! 距離五〇〇!」
 左前方の茂みからうっすらとたなびく白い煙を見つけた三両目の戦車が急いで後退する。擱座した二両目の戦車の砲塔に光が走り、擱座した車体が揺れた。対戦車砲の砲弾が、戦車の残骸に命中したのだ。
「二両目の車体が盾になってくれている! 急いで後退しろ!」
 後方の指揮車両。アルモは分身の戦車がやられた時の疼痛を感じながら地図をにらむ守人に報告する。
「敵と接触しました。待ち伏せで、戦車二両を失いました」
 それを聞いて、残り三名の戦闘妖精が顔をしかめる。
「こんなに手前で? 目標の町は、ずっと向こうだよね?」
「進撃路として使える道路は三本あるの。残り二本に振り分けも考えるべきなの」
「守人、先に偵察機を飛ばしたらどう?」
 しばらく地図を見て考えていた守人は首を左右に振った。
「この道路が一番、距離が短く状態もいい。平地を走っているから、見晴らしもいいし、戦車を展開させるにも適している」
 他の二本は、森や丘陵地帯を抜ける迂回路で、しかも未舗装な道路となっている。戦車はともかく、歩兵部隊を乗せたトラックだと、道路の状態が悪いとそれだけで進撃速度が落ちる。
「でも、こんな手前で待ち伏せされたんだから、この後、どれだけ待ち伏せされるか、分からないよ!」
「それだよ。こんな手前で待ち伏を受けたということは、敵の目的は時間稼ぎだと考えられる。だから進撃に時間がかかる迂回路を通って、相手の時間稼ぎに付き合う必要はない。ここは、幹線道路を強行突破する」
 守人は地図から顔をあげてアルモを見た。
「後続の歩兵と砲兵を町を攻撃できる場所へ届けるため、戦車部隊には道を切り開いてもらう。損害は覚悟の上だ。いいね、アルモ?」
「もちろんです、守人殿。我ら戦車の装甲は、そのためにあるのです。我が身を盾にして友軍の安全を確保できるなら、本望です。どうぞ、存分に我らをお使いください」
 アルモは胸を張って答えた。

 そして再び居酒屋。
「はーん。その自慢の胸を張って。はーん。なんかもう、どうでもよくなってきたわねー」
 ヒルデがジト目でアルモのゆさゆさと揺れる大きな胸を見た。アルモは顔を赤らめて胸を隠す。
「何を言う。胸(ここ)は関係ないだろうが。それにこれで分かったろうが、守人殿は、優しいというだけの方ではない。勝つために必要であれば、犠牲が出ることも許容する強さを持っておられる」
「はいはい、ごちそうさま。でも、どうしたのよ、その演習。聞いてるだけで被害大きそうじゃない」
「それほどでもない。守人殿に頼んで、重戦車を召喚させてもらったからな」
 重戦車は、分厚い装甲を持つ戦場の缶切り役だ。敵の砲火を自らの装甲で弾き、突破を果たす。重いため、脆弱地形などでは使えないが、場所が平地の幹線道路であれば、その実力をいかんなく発揮できる。
「そして、あんたは追加の契約で濃厚なキスをぶちゅっと」
 ヒルデが、うりゃうりゃとひじで小突くと、アルモもぎこちないウィンクで返した。
「そのくらいの役得はあってしかるべきだろう。ま、同期に心配されなくても私はそれなりにうまくやっているということだ」
「……便利な女として使われてるだけっぽくもあるんだけど」
 ヒルデはぼそりと言ってから、蜂蜜酒のジョッキを掲げた。
「ま、これならライバルが増えても大丈夫そうね。よかったよかった」
「そうだな。いくらライバルが増えても……おい、今なんて言った」
「あれ? 聞いてないの? 五人目、もうすぐよ。ミサイルの戦闘妖精の子が入ってくるわ。今は女王様の侍女をやってるから、分類でいけば年下の健気系ね」
「待て。聞いてないぞ」
「大丈夫、大丈夫。おっぱいは小さいから。平たいから」
 酔いがまわってきて、いろいろどうでも良くなった感のあるヒルデが、手をひらひらさせて、けっけっけと笑う。
「そういう問題じゃない!」
 対して酔いが醒めた感のあるアルモがテーブルを叩いて詰め寄るが、ヒルデは取り合わない。
 戦車乙女の憂鬱は、まだまだ続きそうだった。

(おしまい)

『戦術入門たくてぃくす!!』番外編:無人島サバイバル

2012年10月27日 戦術入門たくてぃくす!! No comments , , , , , , , , , , , ,

 これは、『MC☆あくしず』連載『戦術入門たくてぃくす!!』の第12回の後の出来事をショートショートにしたものである。
 『MCあくしず』26号か、rondobell(ろんどべる)さんの、こちらのイラスト MCあくしずvol.26と合わせてどうぞ。

==========================
『戦術入門たくてぃくす!!』番外編:無人島サバイバル

 雨粒が、強い風に煽られて洞窟の内側まで吹き込んでくる。嵐の到来と共に気温も下がったのだろう。水着にパーカーを羽織っただけでは寒いくらいだ。
「こっちにおいでよ。ちょっと狭いけど、ここなら濡れないし」
 だから、守人のその言葉は何ら下心のない、相手を気遣うものだったのだが、返ってきたのは、警戒心に満ちた冷たい視線だった。
「……いいです」
 しばらくして、視線をそらしてからぼそっと呟くように言ったのは、ミーシャという少女だ。戦闘妖精(タクティカルフェアリー)の名を呼び名を持つ妖精族のひとりである。
 こちらは地球の、何のことはない一般的な青年である防人守人(さきもりもりと)は、どうしうたものか、と頭をかいて考える。
 ふたりがいるのは、昨日の演習で使い、今日は皆で遊んだ海岸に近い小島である。演習時に召喚した兵器のいくつかが残っていることが判明し、手分けして片づけていたら、突然の嵐に襲われ、とりあえず洞窟に避難したのである。
 ――やっぱり、俺が何かやったんだろうなぁ。
 いつも彼と妖精界で戦闘演習に参加している四人の戦闘妖精(ファン、キャノ、エリル、アルモ)の後輩にあたるミーシャは、もともと引っ込み思案なところがあるが、守人に対してこのような態度に出ることは、これまでなかった。
 連戦に疲れ果てた守人が浜辺で寝ているところに、ミーシャがやってきて……そう、そこで何かを守人はしでかしたらしい。
 本人は夢の中にいたので何をしたのかは分からないが、気が付くと、ミーシャにぼこぼこにぶっ飛ばされていたのだ。かすかに覚えているのは、掌に残る柔らかな感触……ボリューム的にはちょっと微妙。
「……じーっ」
 手をわきわきさせている守人を、ミーシャは疑惑の目で見た。
 ――やっぱり、信じられません。こんな人が妖精界を救う勇者だなんて。
 普段は女王の侍女をしているミーシャだが、将来は戦闘妖精として世界樹を侵略者から守るべく、研鑽を積んでいる。だが、戦闘妖精が単独で使える力は、 微々たるものだ。レベルに応じた分身をひとつかふたつ。自らを危険にさらさずに戦えるのは利点だが、戦争でものを言うのは、やはり数だ。
 ――昨日の戦闘演習での、先輩たち……すごかった。
 対上陸演習。小鬼兵たちが扮する大軍に、四人の戦闘妖精はそれぞれ数百の分身を出して戦った。演習ということで力を加減しているが、実戦ではひとりが千、あるいは万の分身を出して戦うことになる。
 そして、それを可能にしたのが、戦闘妖精と契約を結んだ守人の力だ。戦闘妖精と勇者の契約は、唇を重ねることで行なう。ミーシャの先輩たちは、嫌がる様 子もなく……というか、むしろ競い合うかのように、守人と唇を重ねた。そして、守人から得た指揮力を費やして、分身たる歩兵や戦車、戦闘機や大砲を顕現さ せて戦ったのである。
 その時の凛々しくも艶やかな四人の姿を思い出し、ミーシャはそっと自分の唇に指をあてた。
 ――私も、いつかあんな風に……女王様はまだ早い、って言ってたけど。私だって、ちゃんと鍛錬はしてるもの。心の準備だって……心の準備は……まだ、だけど……
 ちらり、と守人を見る。
 昼間、守人に胸を掴まれた。セクハラである。
 だから、たたきのめした。正当防衛である。
 その後の四人の戦闘妖精の取り調べで、守人は寝ぼけていただけで、守人がかぶっていたエリルの下着も小鬼兵の悪戯なのだと分かった。だから、守人をそのことで恨んではいない。
 ミーシャが気にしていたのは、別のことである。
 ――あの後、守人さんを取り囲んで拷問……尋問していた先輩たち、すごく……活き活きしてた。
「まったく! まったくもう! 守人はしょうがないんだから! ボクたちがいないと、すぐ、しょーもないことするんだから!」
 手をぶんぶんと振り回し、乳もゆさゆさと揺らして怒るファン。
「これはもう監視カメラの設置が必要、なの」
 砂浜に正座させた守人の後頭部を、ぺちぺちと叩くキャノ。
「今回は小鬼兵のいたずらだったようですが、騒ぎになるのは精神の鍛錬が足りてないからですぞ、守人殿」
 腕組みをして守人の正面に立ち、くどくどと説教をするアルモ。
「それより私が気にしてるのはね、守人がなーんにも覚えてないってことなのよ。なんかあるでしょ! 乙女の下着を顔にかぶったんだから!」
 守人のほっぺたを、ぎりぎりと締め上げるエリル。
 ――先輩たち、守人さんのこと、本当に信頼してるんだ。そうだよね。これまでたくさん一緒に演習を重ねてるんだもの。心が結ばれてなきゃ、あんなすごい演習、できないよね。
 戦闘妖精と言っても、誰もが勇者と契約できるわけではない。実戦経験を積んでレベルが高くなった戦闘妖精が契約すると、元の世界では一般人でしかない勇 者など、精気も生命力も根こそぎ吸われて干物である。そうならないためにも、召喚した勇者とレベルの低い新米戦闘妖精を組み合わせて演習で育てなくてはな らないのだ。
 ――なのに、私は演習のお手伝いをするだけ。契約なんか全然させてもらえない。
 守人と契約する前の四人の先輩は、ミーシャとさほど変わらない力しか持っていなかった。しかし、今や力の差は歴然としている。守人もそうだ。もし契約で はなく、実戦でマナを消費して戦闘妖精にあれだけの分身を顕現させるには、古老(エント)の森をまるごとひとつ、枯れ果てさせる覚悟がいるだろう。
 ――私では、守人さんと契約できないのかな。私には何が足りないんだろう。まさか……その……色気、とか?
 そこでミーシャは、はっ、と気が付く。彼女は妖精族女王の侍女をしているせいで、いわゆる極秘文書みたいなものを、その気がなくても見ることがある。
 ――お城でのパーティーの後、女王様は守人さんのこといろいろ調べてた。守人さんは昔、女王様が戦闘妖精だった頃に出会った勇者様の子孫らしいって……そして前の勇者様は、それはそれは……おっぱいが大好きだったって……
 ミーシャは自らの胸に手をあてる。
 ぺたん。
 悲しいほどにささやかな感触。対して、先輩たちの胸はいずれも――エリルでさえ――それなりのボリュームを誇っている。もしも、守人との契約の可否を決めるのが、胸の成長であるのだとしたら……
 くらり。
 努力ではとうてい超えられぬ壁の高さに、めまいがする。視界が歪み、洞窟の床が眼前に迫り……
 がしっ。
 意外なほどに逞しい腕が、倒れかかったミーシャの細い身体を支えた。のぞきこんでくるのは、演習の時にちらちらと横目で見た真面目な守人の顔。普段のだらけた表情とはまるで違う。
「やっぱり熱があるんだな。くそっ、なんで言わなかったんだ」
 体調の不良に気付かれていた、という恥ずかしさと。
 自分の様子をきちんと見ていてくれたんだ、といううれしさに、ミーシャはどぎまぎする。
「その、ちょっと寒気がするくらいで……この程度なら、大丈夫ですから」
「大丈夫なら、倒れたりしないって」
「……すみません」
「謝らなくてもいい。それより、どうするかだな」
 守人は洞窟の奥のくぼみに自分のパーカーを脱いで床に敷くとミーシャを座らせた。そしてミーシャを守るようにその前に立ち、洞窟の外を見る。
「雨は止みそうにないし、暗くなってきたな。ここで夜を過ごすわけにはいかないし、助けを呼ぶ必要があるな」
「でも、どうやってです?」
「そうなんだよな。装備は何もないし」
「装備……装備、ですか……あのっ! 守人さん!」
 ミーシャは守人の背中に思い切って声をかけた。
「ん?」
「私と、契約してください!」
「え?」
「私も戦闘妖精です。守人さんと契約すれば、装備が呼び出せますから、それで連絡を取れると思います」
「あー、そうか。ミーシャちゃんは、確かエリルやキャノに近いタイプだっけ」
「はい。ロケットやミサイルなどの誘導兵器、無人兵器が私の担当です」
「それなら、通信関係に強そうだね。でも君は大丈夫なのかい? 体調も悪いみたいだし」
「契約はしたことありませんが、体調が悪くても問題はないです。むしろ、戦闘妖精にとっては、パワーアップになるんで怪我や病気、呪いなんかが治る効果もあるそうです」
「あー……思い当たることが多すぎるなぁ。みんな、肌がツヤツヤするんだよね」
「むしろ、負担がかかるのは守人さんだと思います。すみません」
「いや、いいって。俺も最初に何度かぶっ倒れてからいろいろ調べたんだけど、筋肉を鍛えた時の超回復みたいなもので、ああやって吸われることで、俺の中の指揮力の容量が増えるらしいし。最近は、むしろ……モニョモニョ」
「?」
 守人が口を濁したのは、吸われた後でやたらイロイロと昂ぶる、身体への副作用のことであった。
「そういうことなら、いいか。じゃ、その……やるよ?」
「はい」
 両手を胸の前で組み、ミーシャはおとがいを上げて目を閉じた。まるで修道女が祈りを捧げているようで、この少女の唇を奪うことに守人はためらいを覚えた。
 ――やっぱり、四人と比べると華奢だよな。キャノは小さいけど、ああみえてタフだし……なんか、女の子を騙している悪いお兄さんな気分になっちゃうな。
 しかし、今は他にいい手がない。最悪でも、契約の力でミーシャを元気にできる。
 ――ごめんよ。
 罪悪感を押し込め、守人はミーシャの上にかがみこみ、唇を重ねた。

 ずるっ。

 ――?!

 ずるるっ。

 ――な、なんだっ?!

 ずりゅりゅりゅりゅりゅりゅっ。

 ――何が起きてるんだっ?

 他の四人の戦闘妖精との契約では感じたことのない違和感。そして次の瞬間。まるで底なしの沼に足を踏み入れたような、身体の中の何もかもが吸い取られていくような恐怖に、守人は無意識にミーシャから離れようとした。
 がしっ。
 逃げられなかった。ミーシャの両手が守人の首にまきつき、しがみついている。そしてその間も、契約は続行していた。守人の中から、意識と共に精神力のこ とごとくが吸われ、ミーシャの中に入っていく。すでに一回の演習で四人の戦闘妖精全員に分け与える分の指揮力はとうに吸われている。なのに、ミーシャの底 は、まるで感じられない。どれだけ注ぎ込んでも満たされることがない空っぽの聖杯。
 がくん。
 守人の膝がくずれ、洞窟の床に落ちた。そしてそのまま、仰向けに倒れていく。
 ミーシャは離れない。目を閉じ、唇を重ねたまま、守人に覆い被さってくる。
 ごつん。
 洞窟の床に後頭部をぶつけ、その痛みが消え落ちかけた守人の意識を一瞬だけ覚醒させた。ミーシャとの唇が離れ、契約が終わる。
 消えゆく意識の中で守人が見たのは、祈りを捧げていた時と同じ、あどけなさの残る少女の顔。だが、その唇には、他の戦闘妖精との契約では見たことのない、妖艶な微笑みが浮かんでいた。
 再び守人が目覚めた時、目の前には逆さまになったミーシャの顔があった。心配そうな顔で、じっと守人を見つめている。
「ん……ミーシャ?」
「守人さん。よかった、痛いところとか、ありませんか?」
「ああ。キスしたら、なんかこう……吸い込まれるような感覚があって……」
「私のせいです。私が吸い過ぎちゃったせいで……」
 ミーシャは今こそ、女王の言葉の真意を理解した。『契約するには、まだ早い』のは、ミーシャの側ではなく、守人だったのだ。守人がもう少し成長して己の力を増さなくては、ミーシャとの契約で守人がシオシオになってしまう、という意味で。
「……でも、良かった。守人さん、目を覚ましてくれて」
 ぐすっと、涙ぐむ様子からは、守人が気絶前に見た(?)妖艶さは欠片もなかった。
「ごめんな、かっこ悪いところ見せちゃって。契約もうまくいかなかったし」
「そんなこと、ありません。契約はちゃんとできました。ほら」
 きゅらきゅらきゅら。履帯の音に首を傾けると、旅行用トランク大の箱形のボディに無限軌道を取り付けた車両が洞窟の入口に見えた。
「あれは弾薬運搬車両(ゴリアテ)じゃないか」
 危険な地雷原や障害物に無人で接近し、自爆して切り開く車両である。今は投光器を背負っており、その明かりで洞窟の中を照らしている。外はもう、真っ暗だ。
「はい。洞窟の外には、誘導ミサイルもあります。私、守人さんと契約できたんです」
「良かった。よ……っ、とと」
 起きあがろうとして、守人はふらついた。ミーシャがそっと身体を寄せて支える。ぴとりと吸い付くように重なる肌の感触に、守人の中の獣の部分が滾る。
「うわっ、こりゃまずい」
「そうです。だめですよ、守人さん」
「いや、そっちじゃなくて。この格好でこの体勢だと肌がこすれて……いろいろ、まずい」
「何がどう、まずいんですか?」
「いやその……男にはいろいろ……うひょぉっ」
 守人の足と足の間に、ミーシャの足がするりと滑り込んだ。太股やふくらはぎがこすれあい、守人は情けない声をあげる。
「み、ミーシャちゃん、あの……」
「何も、まずくないんですよ、守人さん」
 ミーシャがにっこりと笑う。あどけなく、愛らしく。そして、捕食者の笑みで。
 しゅばばばっ。しゅばばばばっ!
 猛烈な光と、音。そして煙と熱せられた蒸気が洞窟の入口から吹き込んできた。
 ミーシャが呼び出した誘導ミサイルが打ち上げられたのだ。
 螺旋を描く白い煙の尾を引いて、誘導ミサイルが天高く上がっていく。暗い夜空を切り裂くこの目印を見て、ふたりを探している他の戦闘妖精たちも、すぐに駆けつけるだろう。
 洞窟の中でふたりのシルエットがひとつに絡み合い、床へと倒れたところで。
 弾薬運搬車両(ゴリアテ)の投光器が、消えた。

(おしまい)

俺の母親がこんなに(仮題 10

2012年2月4日 俺の母親がこんなに No comments , , , , , , , ,

10)
『ルー、ティオ、ゴルちゃん、モノちゃん。元気かしら』
 どこかの帰りらしく、帽子を脱ぎながら母さんは言った。
 一ヶ月ぶりに見る母さんの姿は、いつものように愛らしく、魅力的で、家庭の持つ温かさと親しみを感じさせながら蠱惑的でもあり……とにかく、最高だった。
「あの鳥の羽がついた帽子、なかなか良いセンスですわね。少し子供っぽいですが……まあ、おばさまなら……」
「羽根の形状からして、水鳥と思われる。色は魔術による染色」
「ボクもあんな帽子が欲しいなぁ」
 後ろに並ぶ三人の言葉を右から左へと聞き流す。何しろ一ヶ月分の母親成分を使い魔のカラスが結ぶ画像と音声で補充しなくてはいけないのだ。
『……ちゃんと記録してる?』
 母さんが手を伸ばしてぺしぺしと使い魔のカラスの頭をたたいた。画像が大きく揺れる。
『どうも心配だなぁ。母さん、こういうの苦手なのよね。一緒に手紙を結わえてあるから、大丈夫だとは思うんだけど……』
 大丈夫だよ、と言いたいところだが、それを二日前の母さんに伝える術はない。
 ガレー船の上甲板に描かれた魔法陣の上に母さんの姿が浮かぶ。空に月はなく、星空だけが広がっている。使い魔が見た映像の再生は陽炎のようなもので、暗いところでなくてははっきりと見えない。
『それでね。良いニュースと、良くないニュースとがあるの』
 母さんが、料理に失敗して食材を駄目にした時しか見せない憂い顔になる。俺は母さんを慰めようと映像に手をさしのべてしまい、ぺしり、とゴル姉に手を叩かれる。
「幻影魔術に衝撃を与えては駄目ですわよ、ルー」
「お触り禁止」
「ボクなら触っていいよ、お兄ちゃん」
 ガレー船での騒動を知る由もない母さんは、こつん、と自分の頭を軽く小突いた。
『ごめん、母さんがこんな顔してる場合じゃないわね。良いニュース……と言えるかどうか分からないけど、モノちゃん家に、“巨人殺し(イッスンボウシ)” を持ち込んだ連中の正体が分かったわ。乱破(らっぱ)よ。それも、かなり裏で悪いことをしていた奴ら。暗殺や火付けなんかね』
 乱破(らっぱ)というのは雇われ忍者だ。忍者だからと言って非合法活動ばかりではないが、金で雇われる連中の中には、謀略を得意とする者がいる。“巨人 殺し(イッスンボウシ)”を餌に、巡回裁判所という公的な機関まで利用してサイクロプス族を追い込もうとしていた手際から、ただ者ではないと思っていた が、案の定だった。
『警備隊長さんが、誰がやったか知らないけど、その首領格を殺した犯人には礼を言いたいくらいだ、って』
 後ろでモノが大きく溜息をつく。
 もちろん、警備隊長も犯人が誰かは分かっているだろう。さらに、俺が気付いたくらいだからモノの一族がはめられそうになった裏の仕掛けも、あらかたは見抜いているはずだ。
 その上で、母さんや周囲にそのような言い方をしているということは、この問題をあまり大きく扱うつもりはない、という意思表示だ。
『でも、雇い主の方はやっぱり、諦めてなかったみたい。これが悪いニュースよ。あのね、落ち着いて聞いてね――第二種の動員令が出たの』
「動員令ですって?!」
「どーいんれーって何だっけ?」
「兵隊を集める命令のこと。バラスでは町内会や職業組合(ギルド)ごとに、人数割り当てが決まっている。第二種なら、かなり多い」
 良く分かっていないティオに、モノが解説している。三人とも、かなり動揺しているようだ。
 俺はというと、あまり動揺していなかった。サイクロプス族に選帝侯を巡回裁判所に提訴させるのは、手間と金がかかっていても、あくまで口実作りでしかな い。本音は、帝国南部に騒乱を引き起こすことであろうと考えていたし、ならば、モノがサイクロプス族への陰謀を防いだところで、背後にいる連中は他の手を 考えるだけだ。
『お父さんも、遊撃隊の隊長で召集されたわ。それで……え? ちょ、ちょっと待って! すぐに支度するから!』
 母さんが、横を向いて、隣の部屋にいる人間――親父――に言った。
『時間がないから、着替えながら話すわね』
 は?
 母さんの言葉が脳に染み渡る前に、母さんが上着のボタンを外しはじめた。
「ちょっ、あっ、母さんっ! 何やってるんだっ!」
「ルー、動揺しすぎですわ。上を脱いだだけでしょう」
「大事な話だからふざけない」
「着替えるって、どこか行くのかな?」
 ここは視線をそらすべきなのだろうが、俺の目は広がっていく肌面積に吸い寄せられて離れない。
『騒乱のきっかけは、巡回裁判所が襲われたことだったわ。場所はバラスの町の境界線ぎりぎりだったから、彼らの保護はバラスの責任なの。それで、リオン侯 爵がバラス領主を辞めて責任を取り、変わってラマンド選帝侯が新しい領主になったわ。あらかじめ筋書きを用意していたかのように、あっさりとね』
「やはり、裏があったようですわね」
「巡回裁判所を襲わせるのは、予定通りと見た」
「モノ姉、予定通りってどういうこと?」
「もしキュクロス家がラマンド選帝侯を告訴しても、その訴えは政治的影響を考えて却下された可能性が高い。そしてその結果に納得できないキュクロス家が、巡回裁判所を襲えば、悪いのはキュクロス家という大義名分ができる」
「そういうことですわ。キュクロス家を巻き込むことができなかったので、次善の策として巡回裁判所を襲わせて難癖つけたのでしょう」
「ということは、これで終わりじゃないんだね」
「そう。これからが本番」
 俺は黙ったまま考えていた。
 ゴル姉が言うように、母さんは裸になったわけではない。脱いだのは上着だけで、下着はつけたままだ。なのに、裸よりもいかがわしく見えるのはなぜだろ う、と。服を脱ぐ、という行為そのものがエロスを感じさせるのもあるだろうし、身体をひねったり腕を動かすことによって肌の見える場所が違ってくることも 関係あるのかもしれない。猫が転がるボールに興味を示すように、狩猟・採集型の動物は獲物の動きに敏感なのだ。
 獲物? いや待て。落ち着けルードヴィヒ。お前は今、何を考えていた。たとえ妄想とはいえ、愛する女性を獲物と考えるなど、どうかしている。
『バラスは帝国の領主を持つけど、自治都市よ。領主の交代には、手続きとして、民会の承認がいる。それまではたとえ選帝侯であっても勝手はできない決ま り。でも、ラマンド選帝侯はすぐに警備隊長の更迭や民会の解散を命令してきたわ。従わない場合には、兵を持って鎮圧する、ってね。もうみんな、プンプン よ』
 母さんは長櫃を引っ張り出した。使い魔のカラスの目には、床にしゃがみこんだ母さんの背中からお尻のラインが映っている。もうちょい、左に寄れば、後ろからの構図が――
「ルー。この映像は使い魔の目で見たもの。後ろに回り込んでも、下からのぞきこんでも別のものが見えたりはしない。何より、すごくみっともないからやめて」
「まったく、おばさま相手だと理性も思慮も吹っ飛ぶのは昔から変わりませんわね」
「お母さんが一番の強敵だよね」
『んしょっと。都市運営委員長のカゴメお婆ちゃんが、交渉引き延ばしの時間稼ぎと帝都への根回しを始めたんだけど、硬軟どっちも必要だろうって、第二種の動員令も出しているってわけ』
 母さんが長櫃の中から取りだしたのは、修道闘士(モンク)の道着だ。親父と結婚して正式には引退しているが、母さんは今でも素手でケルベロスを殴り倒せる強さを持つ。
『ん……しょっと。う、ちょっと太ったかな……いや、そんなことないよね。元々、身体を締め付ける道着だし』
 身体の要所を聖別された拘束具で締め、その間をベルトで繋ぐ。傍目には緊縛しているように見えるが、修道闘士(モンク)はこの道着の補助を受けて気脈と力の流れを作る。半歩の踏み込みだけで暴走する牛をも止める当て身が可能になるのだ。
 ……が、それにしてもちょーっと食い込みすぎな気が。
「おばさまの道着、いったいいつ頃のかしら」
「結婚前、ということはルーが産まれる前なので、十八年くらい?」
「ボク、前に聞いたことあるよ。お母さんが十五才で聖堂付き修道闘士(テンプルモンク)の資格を得た時に、教区管区の司教様がプレゼントしてくれたもので、すっごい高いんだって」
「十五才! それで太ももがあんなことに……」
『よし! お父さんと一緒に母さんも遊撃隊として出ることになったの。でも安心して。本格的な戦争にはならないはずよ。ラマンド侯は近在の領主にもバラス 懲罰の声をかけてるけど、どこも様子見しているわ。ラマンド侯単独ではお金も兵力もないから、山賊紛いの傭兵を送り込んで来るのが精一杯だろう、っていう のがお父さんと警備隊長さんの判断よ。だから、あなた達はこの戦いの決着がつくまでもうしばらく、海で待機してて。大丈夫、母さんは強いんだから!』
 えっへんと、腰に手を当てて母さんが胸を張る。
「「「「あ」」」」
 映像を見ていた四人の声が和声する(ハモる)。
 成長した身体を限界まで締め付けていたことで、何もしないでも気脈が帯の間をぐるぐる回っていたのだろう。母さんの腰に手を当てる最後の仕草が溜まりに溜まった力にひとつの方向性を与えた。
 ばちんっ。拘束具を結ぶベルトが一斉に弾けて飛んだ。上に羽織った布も、下に着た肌着も、その衝撃の犠牲となる。
『え? きゃっ……きゃーっ!』
 真っ赤になった母さんは肌を隠そうとするが、はっと気付いてこちらに――カラスの使い魔を掴む。次の瞬間、カラスの視点は町の上空。神殿の尖塔よりも上の場所にあった。
 そして映像が途切れた。夜の暗闇がガレー船の甲板を覆う。
 俺は黙って目を閉じた。今の一瞬の映像を、短期記憶から長期記憶へと保管しなくてはいけない。すべてはその後のことだ。

(つづく)