これは、『MC☆あくしず』連載『戦術入門たくてぃくす!!』の第11回と第12回の間の出来事をショートショートにしたものである。
この時点で主人公の守人が契約した戦闘妖精には、歩兵科のファン、砲兵科のキャノ、航空科のエリルに加え、装甲科のアルモがいる。他の三人が守人とほぼ同年代であるのに対し、アルモだけは若干年上である。
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『戦術入門たくてぃくす!!』番外編:戦車乙女の憂鬱
「で、どうなのよ? 異世界の勇者クンとは」
同期の戦闘妖精は、端正な顔をニヤリと崩して、酒臭い息をアルモに吹きかけた。手にするジョッキに入っているのはアルコール度数八八(アハト・アハ ト)%の蜂蜜酒。醸造酒が通常のやり方でここまで発酵するはずもなく、妖精界ならではの魔法で化学反応をいじって作ってある。
「ん……まあ、その。ぼちぼちと、な」
ここは居酒屋『ウラノス』。前大戦で活躍した騎兵科の戦闘妖精が退役後に開いた店だ。店の名前は、愛馬にちなんでつけたと聞く。
「は? なんで? 電撃戦(ブリッツクリーク)でしょ! 蹂躙突撃でしょ! あんたそれでも、伝統ある騎兵科由来の戦闘妖精なの? しっかりしなさいよね!」
「飲み過ぎだぞ、ブリュンヒルデ……じゃなかった、ヒルデ」
酔いの回った目でぎろりと睨まれ、アルモはあわてて言い直す。
ブリュンヒルデ家は女系直系で、居酒屋でこうして酔っぱらってクダを巻いている戦闘妖精は、初代ブリュンヒルデから数えて一三代目である。ブリュンヒル デ、という名前は彼女に重いらしく、幼名のヒルデか、あるいは士官学校でついたあだ名の十三代(サーティーン)で呼ばれる方を好む。
名前が重い裏には、かけられた期待と、それを実現できぬ現実とがある。歴代のブリュンヒルデたちが天馬にまたがって空を駆けていたのも今は昔。十三代目 はヘリコプターを用いた空中騎兵となっている。空中騎兵は、将来の花形兵科の呼び名も高いが、今のところは脆弱性と火力不足に悩んで特殊作戦がせいぜいと いうありさまだ。
――うちも旧家の出だが、彼女はそれ以上だ。久しぶりに召喚された勇者のパートナーに彼女を、という声も大きかったと聞く。
結局、上の方が守人の適性その他を判断して、ブリュンヒルデとの契約はなくなった。しかし、背後にはいろいろときな臭い派閥争いもあったらしい。それほ どに、守人の潜在力は高かった。何しろ四人の戦闘妖精と契約を交わせているのだ。アルモとしては、他の年若い戦闘妖精たち、エリル、ファン、キャノらが巻 き込まれないよう、あれこれと気苦労の毎日である。
「まーた、周りのこと考えてるんでしょ、アルモ」
「う」
図星をさされ、アルモは言葉に詰まる。
「戦車は単独では戦えない。いえ、それは戦車に限らず戦闘妖精全員に言えることよ。だから、常に周囲に気を配るあんたは、間違っちゃいないわ」
ぶすり。ヒルデが皿に並べた焼き鳥に串を刺す。
「でも、それはあくまで戦場での話よ。娑婆では娑婆のルールがある。獲物はこうやって容赦なく追いつめ、そして」
ぱくり。大きく口をあけて、焼き鳥を放り込む。もぐもぐ。
「このように、美味しくいただく」
「娑婆のルールって……」
「恋のルールよ。早いモノ勝ち。周囲を見て遠慮するのはお門違いよ。一番年上のあんたがそんなんじゃ、下の子だって遠慮して手を出せないわ」
「手を出すって、直接的すぎるぞ」
「あのねー。あんただって、状況はわかってんでしょ? ライバル三人よ、三人。元気なボクっ子に、定番なツンデレ娘、そして毒舌ロリ。属性のある男なら、一発で引っかかるわ」
「守人殿は、そのような男ではない……たぶん」
「そうね。あんたの話を聞く限りじゃヘタレ系ね。ただし、それはカレの表の一面よ。こいつを見なさい」
鞄から取り出した巻物の封蝋にヒルデは親指を押しつける。固有魔力波動でのみ溶ける封蝋が外れ、スクロールが広がる。しばらく待ってから表面に文字が浮かんだ。封蝋を指定の手続きで外さなければ、文字は浮かばない。妖精界の機密文書で昔から使われる書式だ。
そうまでして厳重に保管されていたデータに目を通し、アルモは首をひねる。
「『痛いのがスキでスキすぎてスキ』『同級生はドMな奴隷志願』……なんだこれは?」
「あんたの勇者が、あっちの世界でベッドの下に隠してるエロ本のタイトルよ。内容と詳細は奥の方に入ってるから、家に帰って読みなさいな」
「なな……っ。どうやってそんなものを……」
「蛇の道はヨルムンガルドよ。カレの中には、愛想のいいヘタレとは違う、凶暴なものがある。でなきゃ勇者として呼ばれるわけもないわ」
「確かに、演習でも驚くほど度胸のある一面があるな。あの時だって……」
何回か前の演習のことを、アルモは思い出していた。
それは、まったくもって不意打ちだった。
ゆるやかに右カーブを描く道路を走っていた先頭の戦車の前面装甲に閃光が走る。直後にドン、という破裂音が響き、煙がぶわっとあがる。戦車は、残った慣性でずるずると滑るように前進し、左側の路肩をはずれて落ちた。
「一号車がやられた!」
「警戒! 対戦車砲!」
「どっちだ?」
後方の戦車のハッチからアルモの分身である戦車長が姿をみせ、双眼鏡をのぞく。
息つく間もなく、二両目の戦車が煙をあげて停止した。破壊された戦車に乗っていた分身が光の粒子となって消える。
わずか一分の間に二両の戦車が失われた。戦車戦闘における、最大の危機がこれだ。長射程、高初速の対戦車砲、あるいは戦車による待ち伏せによる攻撃は、あまりに早く展開するため、対応の時間がひどく短い。散開したり、隠れたりという余裕がないのだ。
それでも、二両の戦車を犠牲に捧げてえた貴重な時間が、敵の所在を明らかにした。
「一〇時の方角! 茂みから発砲煙! 距離五〇〇!」
左前方の茂みからうっすらとたなびく白い煙を見つけた三両目の戦車が急いで後退する。擱座した二両目の戦車の砲塔に光が走り、擱座した車体が揺れた。対戦車砲の砲弾が、戦車の残骸に命中したのだ。
「二両目の車体が盾になってくれている! 急いで後退しろ!」
後方の指揮車両。アルモは分身の戦車がやられた時の疼痛を感じながら地図をにらむ守人に報告する。
「敵と接触しました。待ち伏せで、戦車二両を失いました」
それを聞いて、残り三名の戦闘妖精が顔をしかめる。
「こんなに手前で? 目標の町は、ずっと向こうだよね?」
「進撃路として使える道路は三本あるの。残り二本に振り分けも考えるべきなの」
「守人、先に偵察機を飛ばしたらどう?」
しばらく地図を見て考えていた守人は首を左右に振った。
「この道路が一番、距離が短く状態もいい。平地を走っているから、見晴らしもいいし、戦車を展開させるにも適している」
他の二本は、森や丘陵地帯を抜ける迂回路で、しかも未舗装な道路となっている。戦車はともかく、歩兵部隊を乗せたトラックだと、道路の状態が悪いとそれだけで進撃速度が落ちる。
「でも、こんな手前で待ち伏せされたんだから、この後、どれだけ待ち伏せされるか、分からないよ!」
「それだよ。こんな手前で待ち伏を受けたということは、敵の目的は時間稼ぎだと考えられる。だから進撃に時間がかかる迂回路を通って、相手の時間稼ぎに付き合う必要はない。ここは、幹線道路を強行突破する」
守人は地図から顔をあげてアルモを見た。
「後続の歩兵と砲兵を町を攻撃できる場所へ届けるため、戦車部隊には道を切り開いてもらう。損害は覚悟の上だ。いいね、アルモ?」
「もちろんです、守人殿。我ら戦車の装甲は、そのためにあるのです。我が身を盾にして友軍の安全を確保できるなら、本望です。どうぞ、存分に我らをお使いください」
アルモは胸を張って答えた。
そして再び居酒屋。
「はーん。その自慢の胸を張って。はーん。なんかもう、どうでもよくなってきたわねー」
ヒルデがジト目でアルモのゆさゆさと揺れる大きな胸を見た。アルモは顔を赤らめて胸を隠す。
「何を言う。胸(ここ)は関係ないだろうが。それにこれで分かったろうが、守人殿は、優しいというだけの方ではない。勝つために必要であれば、犠牲が出ることも許容する強さを持っておられる」
「はいはい、ごちそうさま。でも、どうしたのよ、その演習。聞いてるだけで被害大きそうじゃない」
「それほどでもない。守人殿に頼んで、重戦車を召喚させてもらったからな」
重戦車は、分厚い装甲を持つ戦場の缶切り役だ。敵の砲火を自らの装甲で弾き、突破を果たす。重いため、脆弱地形などでは使えないが、場所が平地の幹線道路であれば、その実力をいかんなく発揮できる。
「そして、あんたは追加の契約で濃厚なキスをぶちゅっと」
ヒルデが、うりゃうりゃとひじで小突くと、アルモもぎこちないウィンクで返した。
「そのくらいの役得はあってしかるべきだろう。ま、同期に心配されなくても私はそれなりにうまくやっているということだ」
「……便利な女として使われてるだけっぽくもあるんだけど」
ヒルデはぼそりと言ってから、蜂蜜酒のジョッキを掲げた。
「ま、これならライバルが増えても大丈夫そうね。よかったよかった」
「そうだな。いくらライバルが増えても……おい、今なんて言った」
「あれ? 聞いてないの? 五人目、もうすぐよ。ミサイルの戦闘妖精の子が入ってくるわ。今は女王様の侍女をやってるから、分類でいけば年下の健気系ね」
「待て。聞いてないぞ」
「大丈夫、大丈夫。おっぱいは小さいから。平たいから」
酔いがまわってきて、いろいろどうでも良くなった感のあるヒルデが、手をひらひらさせて、けっけっけと笑う。
「そういう問題じゃない!」
対して酔いが醒めた感のあるアルモがテーブルを叩いて詰め寄るが、ヒルデは取り合わない。
戦車乙女の憂鬱は、まだまだ続きそうだった。
(おしまい)