ようこそ、秘密異世界相談所へ。(仮)第一章・第一稿
ようこそ、秘密異世界相談所へ(仮)。 第一章 体育なんて、するもんじゃない。 疲れるし、汗かくし。 けれども、学校のカリキュラムでそう決まっているのだから、仕方がない。 人は、大きな力の前では無力なのだ。 それでも、人は生きてゆかなきゃならない。 この、現実の中で。 伊波礼司《いなみ・れいじ》はそんなことを思いながら、私立秋津洲《あきつしま》学園高等部の、赤紫色のブレザーに着替え終え、自分のクラスである2-Bに戻ってきた。 教室の一番窓側、後ろから二番目の、自分の席の前にたどり着く。 そして大きくため息を一つつき、席についた。 同年代からすれば大人びて見え、大人になったら童顔に見える、いわゆる年齢不詳な顔の礼司は、無表情な顔で周囲を見渡した。 体育の授業後の、休み時間。 教室は、クラスメイト達の話す声で満ちていた。 礼司は彼らの声をBGMにしながら、教室の大きな窓から見える、静かな青空と、それに色とりどりの屋根の二階建て住宅に、ところどころマンションやビルが生えている、平和な秋津洲市の街並みをぼんやりと眺めていた。 その時だった。 彼の前の席に、金髪碧眼で気品高い顔立ちの、いわゆる美少女と呼ぶにふさわしい美貌の──日本人は西洋人を見ると、誰もを美人と錯覚しがちなのだけれども──留学生、アルティナ=トルニアが、彼と同じように、疲れた表情で帰ってきた。 帰ってくるなり、勢いよく、しかし綺麗に椅子に座り、ゆっくりと机に体を落とす。 彼女の、頭の後方左右で二房に分けた長い金髪が、太陽を受けてキラキラ輝く黄金色の湖面のように、ぱっと輝いて広がる。 礼司にはその様子が、白鳥が湖で翼を休める様子に、似ているようにも思えた。 それから彼女は、だるさを目一杯含んだ小声で、こうつぶやいた。 「ふぅ……。疲れてマナが足りませんの……。あとで『ひいそ』で補充しましょうか……」 と。 礼司はそのつぶやきに、 (また、か。また『ひいそ』か。こいつはいつも、こういうことをつぶやく……) 顔をしかめ、彼女の背中に広がる、金髪の大海から目をそらす。 それは、彼女と同じクラスになってから始まったことだった。 * 彼女の奇妙なつぶやきが始まったのは、約一ヶ月前。 高校二年生になり、すぐのこと。 それは、傾いた赤い日の光が、教室に暖かく差し込む、放課後のことだった。 一日のすべての授業を終え、礼司は教科書などを鞄にしまっていた。 そこにある友人が、声をかけてきた。 「おーい、礼司ー。遊びに行かないかー?」 「ああ、ちょっと待ってくれ。すぐ行く」 そんな他愛もないやり取りをしながら、カバンに色々なものをしまいこんでいた所だった。 その時だった。彼の机の前に動きがあったのは。 そこは留学してきたばかりの留学生、アルティナ=トルニアの席だった。 背高で、長い金髪を二房に分けた、赤紫色のブレザーを着た青い目の、どこかしら気品さを感じさせる美少女の彼女。 そこにちょっと背が低い、黒髪でショートヘアーの、赤い縁のメガネをかけた、落ち着いた風貌の少女がやってきた。 そこまではいい。よくあることだと礼司は思う。 ふたりとも留学生だし、連れ立ってどこかへ行くというのはあるだろうし。 それは理解できたけれども。 奇妙だったのは、二人が交わした会話の内容だった。 それは……。 「ねえ、セイレン。今日『ひいそ』へ行きますか?」 「ひ……、アルティナさんが言うなら行きますけどね。 最近はもめごとが多いのであまり行きたくないのですが。何が楽しいんでしょうね?」 そのアルティナはいったん窓の方を見る。 そして、おもちゃを欲しがる子どものような声でつぶやいた。 「……もし、あの方を誘えたのなら、『ひいそ』がもっと楽しくなるのにね……。 さ、行きましょうか」 「ええ、アルティナさん」 そう言いながらアルティナは席を立ち、セイレンと呼ばれた留学生とともに、教室を後にしていった。 その会話を無言で聞いていた彼だったが、彼女らが去った後、内心で絶叫した。 [...]