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焼きそばパン競作「ノイジーガール」

実を言うと、俺は焼きそばパンがそんなに好きではないのだ。
学校の昇降口、昼時になると近所のパン屋が移動販売車でもってやってくる。クリーム色をしたプラスチックのばんじゅうに所狭しと詰め込まれたパン。とにかくパン。パンだらけ。
そんなパンを目指して大挙して押し寄せてくる学生達の中に、俺もなんとか体を詰め込ませていた。ぎゅうぎゅうの、満員電車の中のような気分だ。パンたちもこんな気分なんだろうか?
安くて携帯性が良い総菜パンや甘いパンは、昼時でもおやつ時にも、部活の後にだって最適だ。どんどん手に取られて行くサンドイッチや揚げパン。
大体、焼きそばパンというのはちょっとずるい。このパン屋でも人気商品だが、あの何とも言えない甘辛いソースの焦げた香りがフィルムにくるまれてなお、漂ってくる。空腹のところにこの匂いを嗅がされたら、そりゃ欲しくなってしまうじゃないか。
それにあのつややかなコッペパンの上に、だばっと行儀悪く挟まれた焼きそばのボリュームといったらなんだ! まったくもってけしからん。ほら、また一人の生徒が買って行った。
キャベツと紅ショウガが入っているのも納得がいかない。シャキシャキとした歯ごたえとキャベツの甘み、それに紅ショウガの酸味が加わったらついつい、食が進んでしまうじゃないか。いま手に取った女子生徒なんか、二つも買って行ったぞ。
皆、焼きそばパンに騙されている! 俺は決して騙されやしないぞ。
そのとき、パン屋のおばちゃんの声が大きく響いた。
「はいっ。今日は焼きそばパンの日だよー! 20円引きだよー! 買ってってねー」

そして、気がつくと。
俺の手には焼きそばパンがあった。いつの間にッ!?
しかし買ってしまったものは仕方ない、俺はやむなく買ってしまった焼きそばパンを腹の中に納めることにした。
「あーっ! 先輩、焼きそばパン買ったんですね!」
そんな時、昼時の喧噪に負けないくらいのやかましい声が後ろから響いて来た。嫌な予感に振り向くと、ほらいた。俺よりちょっと背の高いあいつだ。
実を言うと、俺はこの後輩がそんなに好きではないのだ。
「先輩焼きそばパン好きなんですか! 私も好きなんです! 買えなかったけど!」
「そうか、残念だったな」
「そうなんです。今日は出遅れちゃったからコッペパンしか買えなかったんです! ジャムも売り切れてました!」
「おう」
そうやって俺の目の前にコッペパンを見せつける、そいつの顔には卑屈なところがなかった。いつも晴天みたいな笑顔をしやがって。疲れやしないのか。
「でもいいんです、今日は焼きそばパン買えなかったけど。明日は買えそうな気がするんですよ! 昨日も、おとといも買えませんでしたけど。先週も、先々週も買えませんでしたけど。でも明日は買えそうな気がするんですよ!」
なぜ、俺はこいつと話していると平常心を保っていられないのだろうか。俺は自分にイライラする。
「焼きそばパン……私好きだな! 確か先輩と知り合ったときも、たまたま焼きそばパンが買えた日でした! 焼きそばパンはきっと、私の幸運のシンボルなんです!」
まあいい、俺はそいつの声を無視して焼きそばパンを食うことにした。イライラするのは腹が減ってるせいだ。きっとそうに違いない。
「先輩と一緒に焼きそばパン食べられたら。いいだろうな! 楽しいだろうな! その日はきっと超・ウルトラ・すっごいハッピーですよ! レジェンドです!」
まるで能天気に語る、そいつの目は輝いていた。
だめだ、もう我慢ならん。
「さっきから……」
俺は焼きそばパンを半分ちぎると
「やかましいっ!」
そいつの口に突っ込んだ。
「むごーっ」

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