あいざわゆうのおひさるノート

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ようこそ、秘密異世界クラブへ。ー一章ー書きかけ

ようこそ、秘密異世界クラブへ。

第一章

体育なんて、するもんじゃない。
疲れるし、汗かくし。
けれども、学校のカリキュラムでそう決まっているのだから、仕方がない。
人は、大きな力の前では無力なのだ。
それでも、人は生きてゆかなきゃならない。
この、現実の中で。
伊波礼司《いなみ・れいじ》はそんなことを思いながら、私立秋津洲《あきつしま》学園高等部の、赤紫色のブレザーに着替え終え、自分のクラスである2-Bに戻ってきた。
教室の一番窓側、後ろから二番目の、自分の席の前にたどり着く。
そして大きくため息を一つつき、席についた。
同年代からすれば大人びて見え、大人になったら童顔に見える、いわゆる年齢不詳な顔の礼司は、無表情な顔で周囲を見渡した。
体育の授業後の、休み時間。
教室は、クラスメイト達の話す声で満ちていた。
礼司は彼らの声をBGMにしながら、教室の大きな窓から見える、静かな青空と、それに色とりどりの屋根の二階建て住宅に、ところどころマンションやビルが生えている、平和な秋津洲市の街並みをぼんやりと眺めていた。
その時だった。
彼の前の席に、金髪碧眼で気品高い顔立ちの、いわゆる美少女と呼ぶにふさわしい美貌の──日本人は西洋人を見ると、誰もを美人と錯覚しがちなのだけれども──留学生、アルティナ=トルニアが、彼と同じように、疲れた表情で帰ってきた。
帰ってくるなり、勢いよく、しかし綺麗に椅子に座り、ゆっくりと机に体を落とす。
彼女の、頭の後方左右で二房に分けた長い金髪が、太陽を受けてキラキラ輝く黄金色の湖面のように、ぱっと輝いて広がる。
礼司にはその様子が、白鳥が湖で翼を休める様子に、似ているようにも思えた。
それから彼女は、だるさを目一杯含んだ小声で、こうつぶやいた。
「ふぅ……。疲れてマナが足りませんの……。あとで『ひいく』で補充しましょうか……」
と。
礼司はそのつぶやきに、
(まただよ!? また『ひいく』だよ!?
こいつはいつっも、こういうことをつぶやくんだよ……)
顔をしかめ、彼女の背中に広がる、金髪の大海から目をそらす。
彼女のつぶやきが始まったのは、約一ヶ月前。
高校二年生になってからすぐのことだった。
それは、傾いた赤い日の光が、教室に暖かく差し込む、放課後のことだった。
一日のすべての授業を終え、礼司は教科書などを鞄にしまっていた。
そこにある友人が、声をかけてきた。
「おーい、礼司ー。遊びに行かないかー?」
「ああ、ちょっと待ってよー。すぐ行くー」
そんな他愛もないやり取りをしながら、カバンに色々なものをしまいこんでいた所だった。
その時だった。彼の机の前に動きがあったのは。
そこは留学してきたばかりの留学生、アルティナ=トルニアの席だった。
背高で、長い金髪を二房に分けた、赤紫色のブレザーを着た青い目の、どこかしら気品さを感じさせる美少女の彼女。
そこにちょっと背が低い、黒髪でショートヘアーの、赤い縁のメガネをかけた、落ち着いた風貌の少女がやってきた。
そこまではいい。よくあることだと礼司は思う。
ふたりとも留学生だし、連れ立ってどこかへ行くというのはあるだろうし。
それは理解できたけれども。
奇妙だったのは、二人が交わした会話の内容だった。
それは……。
「ねえ、セイレン。今日『ひいく』へ行きますか?」
「ひ……、アルティナさんが言うなら行きますけどね。
最近はもめごとが多いのであまり行きたくないのですが。何が楽しいんでしょうね?」
「そういうのを観覧するのも、『ひいく』の醍醐味でしょう?
術法士と宇宙人と超能力者と異能使いと怪人が、勢力を争うなんて、興味深いですし。……外で観覧する分には、ですけれども」
そう言って、アルティナはいったん窓の方を見る。
そして、おもちゃを欲しがる子どものような声でつぶやいた。
「……もし、あの方を誘えたのなら、『ひいく』がもっと楽しくなるのに……」
「アルティナさんは、大層なご趣味をお持ちですね」
「ひどいですの、セイレン……。まあ、それがあなたの持ち味ですけれども。
さ、行きましょう」
「ええ、アルティナさん」
そう言いながらアルティナは席を立ち、セイレンと呼ばれた留学生とともに、教室を後にしていった。
その会話を無言で聞いていた彼だったが、彼女らが去った後、内心で絶叫した。
(『ひいく』って……。一体なんなんだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?
なんなんだ。今の会話。
この二人、厨二病か!?
『ひいく』ってなんだ。
なんか、場所のよーだけど。
……わけわかんねー!
……。
ああ、あいつらに呼ばれてたっけ。行かなきゃ……)
そう思い直し、荷物を全部カバンに入れて、礼司は椅子から立ち上がった。
(それにしても……懐かしいな)
と礼司は窓の向こうに映る、遠くの景色を眺めた。
いつもと変わらない、秋津州市の平和な光景だった。
そして、自分の机から離れ、教室を出ながら、思う。
自分にも、ああいうことを思う頃があった。
マンガや文庫を読んで、そういうことを妄想する時期があった。
しかしそれもあの時、すべてを失った後で、そんなことを思うのはやめた。
自分は現実を知ったからだ。
自分は、大きな力の前では無力であると。
あの頃信じていた異世界も、魔法も、奇跡も、異能も、超科学も、何も実在しない。
VRMMORPGで、敵を次々と切り倒し、俺TUEEEEEができる世界もない。
物質をすべてエネルギー転換する魔法で、何もかも吹き飛ばせる事ができる世界もない。
遠い宇宙で光の剣を振りかざして、暗黒の騎士と戦う世界もない。
右手で異能をかき消せることができる世界もない。
ここに今いる世界。自分の世界。
それがすべてであり、真実で、現実だ。
彼は傲慢と思えるほど、そう信じていた。
いや、信じさせられていた。思い知らされていた。
けれども。
彼女の言葉を聴いていると、やはり懐かしさと興味が湧き上がる。
彼女たちが話している事について聞いてみたい、と思うこともある。
けれども、その事について聞いてしまえば負けだ、という思いが礼司のどこかにあった。
だから、彼女に訊けなかった。訊こうとしなかった。
その時の話は、それで終わった。
そうこうしているうちに、一ヶ月が流れていった。
彼女、そしてその友達との厨二病話は、断続的に聞こえていた。
異世界。
術法と彼女らが呼んでいる魔法。
魔法使い。
宇宙人。
超能力者。
異能使い。
モンスター。
怪人。
そして、『ひいく』という謎のキーワード。
教室で自分と彼女(と友だち)が一緒にいるときに、わざとらしくそんなわけのわからないことばかりを話すものだから、
(自分にわざと聴かせるんじゃないかこれ?)
礼司は、机に突っ伏したり勉強したりしながら盗み聞きしては、そう疑ったりする。
彼女のそんな厨二病な残念な点を除けば、金髪碧眼で端正な美少女だった。
背が高くて胸は大きいし、性格も明るくて皆に気づかいができて人気者だし、いい物件なんじゃないかな、と礼司は思っていたりしていた。
そこに、今のアルティナの独り言。
(また出たよ、『ひいく』!?)
彼女の言葉に、思わず耳をそば立ててしまう。
気がつけば、彼女の一挙一動が気になってしまい、自分がかつて、そんな人間だったことをつい思い出してしまう。
(いけないいけない。俺はあの世界から離れたんだ。現実はここにある世界だけ。異世界なんてありはしないんだ)
そうかぶりをふるも、どこか懐かしさをつい感じてしまうのであった。
懐かしさ。
そう思うと、礼司はふと、自分のスポーツバッグをまさぐっていた。
そして、ある一冊の文庫をそっと取り出だした。
じっと、礼司はそのちょっとだけしなびれた文庫本を見つめる。
夜の森のイラストを表紙にしたその文庫は、携帯や財布などとともに、『あの日』礼司が持っていたものだった。
とある王国と、そこにある暗い夜の森で繰り広げられる、魔物の王と少女の幻想的な恋物語。
礼司は今は読むことはなかったが、表紙を見るだけで、風に揺れる夜の森の光景が思い浮かぶ。
その文庫には、家族と過ごした思い出が詰まっていた。
あの時彼を守り、今の彼を守ってくれているお守りだった。
礼司は優しく、緑の森に立つ、白い少女を見つめていた。
その時、チャイムが鳴った。
そしてチャイムと同時に、次の授業の担任が入ってきた。
(あっ、いけねっ)
礼司は慌てて文庫を机の中にしまい、カバンから教科書やノートを取り出し、授業に集中することにした。
文庫のことなんて、頭の中からすっかり抜け落ちていた。

その日の授業が全て終わり、日が傾き、校舎を赤く照らしている放課後のことだった。
校舎の玄関口を出ようとした礼司は、ふと、あることを思い出した。
忘れ物を、だ。
(いけね! 大事な本を机の中にしまったままだった!)
それに気がついた礼司は、慌てて下駄箱に戻り、靴を履き替えると、ダッシュで教室へ向かった。
(多分盗られてるとかそういうことはないだろうけど、あれは大事なもんだ!
持ってないと!)
急ぎ足で教室へ向かう。
走ってはいけない廊下をダッシュで駆け抜け、角を猛スピードで曲がる。
普段なら一段ずつ登る階段を、二段飛ばしで登る。
走っているのに、教室へ向かういつもの道が、やけに長く、遠く思えた。
「はぁ……、はぁ……」
ようやくのことで、たどり着いた。
教室の扉の上に付けられた「2-B」の札。
息を切らしながらそれを確認すると、後ろの扉を勢い良く横に引く。
そして、彼は目を疑った。
そこは教室のはずだった。
机と椅子が行儀よく並べられ、タイルが敷き詰められ、天井には蛍光灯が取り付けてある、いつもの教室。
その教室が、深く暗い、夜の森になっていた。
天井は暗い夜の空となり、空には満月が輝いていた。
机と椅子は硬く太い木々になり、床には草が生え、風が優しく吹いていた。
どこからか動物や虫の鳴き声が聞こえ、メロディーを奏でていた。
あの本の世界、夜の森が、そこに、あった。
そして一つだけ、木々の間に置かれていた、机と椅子──そこは礼司の机と椅子だった──の上に。
あの留学生、アルティナ=トルニアが座って、礼司の本を読んでいた。
彼女のそのたたずまいは、まるで『夜の森の真昼姫』のようであった。
(あ、あれって……。まさか!?)
礼司はその瞬間、言葉にならず、持っていたカバンとスポーツバッグを取り落とす。
ただただ、その光景を見つめていた。
が、アルティナの手にあるものを見つけ、我に返った。
そして大きな声で叫び、教室へと足を踏み入れる。
「と、トルニアさんっ!? これどーゆーことですか!? なんでその本持っているんですかあ!?」
本を読んでいたアルティナは、彼の強い水鉄砲のような声に撃たれ、
「い、伊波さんっ!? ななななんで!?」
慌てた顔で、同じくらい大きな声で撃ち返した。
その瞬間、夜の森はかき消え、いつもの何もない教室に戻っていた。
そして、座っていた机から降り、文庫本を机の上に置くと、
「……みましたわねー?」
美少女的な表情から、目と口の端を吊り上げ、妖しい美女の表情へと変わったかと思うと、その青い目が金色に光った。
……アルティナは何かを仕掛けてきた!
その目を見た途端、礼司は何かを言おうとして、何も言えなくなった。
どこに隠れていたのかわからない、彼女の美しさ、いや妖しさが体全体から漂ってくる。
(なんでだろう……)
今なら彼女の言うことなら、なんでも聞いてしまいそうな気がする。
そう予想したとおりに、彼女はこう命令してきた。
はちみつの川のような甘い声で。
「ねえ……、伊波くん……。これからわたくしの言うことを──」
その時だった。
鼻がむずむずしたのか、アルティナは言葉の途中で、くしゅん、と一つくしゃみをしてしまった。
その瞬間。
ドンッ! と言う大きな音がして、彼女の周りから爆風が、津波のように飛んだ。
その爆風に飲み込まれ、幾つもの机と椅子が宙に飛ぶ!
爆風と椅子と机の波は、あっという間に礼司の方向へと広がって行く。
そして……。
ドッシャン! ガラガラガラアアン!!
という、幾つもの木と鉄パイプと床のタイルが叩き合う音が、何度も巻き起こった。
しばらくして、音がやむ。
爆発の時、顔を腕で覆っていたアルティナが、腕を外して目を開けると。
礼司のいた、教室後方の扉のあたりには、机と椅子がうず高く積み上がっていた。
「い、伊波くんっ!?」

アルティナのくしゃみにより(?)、飛び散らかった机や椅子が、礼司がいたあたりに埋もれ、小さな山を作った。
埃が火山の噴火のように巻き上がり、そして静かに舞い落ちる。
それをしばらく呆然と見ていたアルティナだった。
が、礼司が埋もれたのではないか、と我に返ると、
「い、伊波くんっ!?」
一つ叫ぶと、慌てて小山のもとに駆け寄った。
そして大きな声で呼びかける。
「伊波くんっ!? 伊波くんっ!? 大丈夫ですの!? 大丈夫ですの!?」
机と椅子の山の中からは、まったく返事がない。
静寂を保ったままだ。
「……伊波くん!?」
彼女は叫びながら、自分に近い机や椅子を持ち上げ、近くに放り投げるように置く。
その作業を何度も繰り返しながら、
「なんでこんな時に失敗しちゃうの!? わたくしのバカッ! バカッ! バカーっ!!
……うっ、エグエグ」
彼女は泣きじゃくっていた。
しかし、礼司の姿はまだ見えない。
彼女が机を掘り出しながら、さらに、
「伊波くんっ!?」
と呼びかけた時だった。
「トルニアさん……。ちょっとうるさいですよ!? 周りに聞こえるじゃないですか!?」
という声が全く別の方向から聞こえてきた。
アルティナがべそをかきながら、そちらの方へ顔を向ける。
いつの間にか、礼司は教室の前方の扉に立っていた。
そして、ちょっと頭の横を手のひらで抑えながら、こんなことを言う。
「それに何泣きながら俺呼んでんの?」
「え……?」
一体、どういうことなのか。
混乱したアルティナの頭では、理解できない様子だった。
「どっ、どっどうして巻き込まれなかったの? もしかしてあなたも術法使いなの!?」
アルティナは驚きながら、礼司のもとに駆け寄る。
そしていきなり飛びつくように、抱きついた。
彼女の重みが、彼の体にのしかかり、礼司の体が後ろに傾く。
「えっ!? えっ!?」
礼司は傾きを抑えて踏ん張る。
アルティナの驚きと喜びが入り混じった顔を見ながら、彼はへ? という困惑とも呆然とも取れる顔を見せていた。
どうやらいきなり抱きつかれたり、術法使いと呼ばれたりして、困惑しているらしい。
その困惑した顔のまま、礼司は当たり前、というような声色で、
「え、どうしてって? 机や椅子が飛んできたから、教室の出口から逃げたんだけど?」
そう説明した。
どうやら、机が飛んでくるのを見て出口から飛び出し、難を逃れたらしい。
最初はその言葉に、え、という顔をアルティナは見せていた。
が。それが理解できたのか、突然、顔を朝焼けの海のように真っ赤にすると、
「ひどいっ! ひどいでございますのっ!」
泣きだしながらアルティナは、礼司の頭をぽかぽかと叩いた。
礼司はなぜ自分が叩かれるのかわからないまま、
「イテテテッ! 頭を本気でぶつなよっ!?」
と抗議した。
その言葉に、アルティナははっとして手を止めると、さらに顔の朝焼けが真っ赤になり、
「ごっ、ごめんなさい!?」
慌てて礼司から離れた。
彼女はさっと顔を伏せてしまう。
礼司も、はあっ、と言う顔で顔を伏せてしまう。
そのまま二人は黙り込んでしまった。
外のグラウンドでのスポーツ部員の声や、吹奏楽部の演奏の音などが、二人の耳に聞こえていた。
しかし、聞きたいことがある様子で、礼司はゆっくりと顔を上げる。
そして、アルティナに声をかけた。
「しかしトルニアさん。あれ、なんだよ? どーゆーことなの?」
礼司の問いのあと、沈黙が二人の間を流れていく。
だが、何かを決意したのか、アルティナは伏せていた顔を上げる。
その何かを決意した表情に、何を話すんだろうか、と礼司は興味を引かれた。
彼女は一つうなずくと、すたすたと歩き、自分の席へ向かうと、椅子に座った。
礼司もそれに誘われて、自分の席に座る。
それを確認すると、アルティナはある話をし始めた。
「んーとね、これから言うことは、地球人の皆には、秘密にして欲しいんですけれども。
わたくしは、実はアークシャードという世界にある、ザウエニア皇国という国の人間なんです。
あなた達から見るとわたくしは異世界人、なんです」
「あ、アークシャード? ザウエニア? 異世界人?」
「ええ、そういう世界と国があるのです」
彼女は一つうなずいた。
そして、小川のようによどみなく流れる言葉で、話を続ける。
それは、礼司にとって信じがたい話だったが、彼女の口調は、真剣そのものだった。
それに、彼女のしゃべり方は、同じ年とは思えないほどとても落ち着いていて、年上とか、高貴な身分の人間と、話しているような錯覚を感じた。
「貴方達の世界の時間で一年前の夏休みのこと。
ザウエニアで神々が、幾人かの地球人を召喚したの。世界間の戦いに備えるために。
そして彼らは、世界を股にかける長い戦いの後、地球に帰ってきたの。
でも地球の時間では、その間数日しか流れていなかったの」
「……」
「戦いが終わり、神々の助けで地球に帰ろうとしたその時、ある事件が起きて、異世界と地球の間に恒久的な門《ゲート》がつながってしまったの。
それを利用して、様々な異世界人が地球にやってきて、この国の政府と密約を結んで、普通の地球人には秘密で暮らし始めたの。地球のことを知るために。
わたくしも、その一人というわけなの。
それがわたくしたちがこの学校にいて、魔法を使える理由。そういうわけなんです」
彼女の話はそれで終わった。
しばらく、二人の間に再び沈黙が流れた。
その沈黙の堤防を破るように、礼司は驚きと疑いが入り混じった顔で、ちょっと芝居がかったような声で返す。
「そんな世界が、いくつもあるのかー……」
「伊波くん、まだ信じてないのー?」
「い、いやっ、そんなことないよっ!? 信じてるよ!? 信じてますよ!? なんか幻覚みたいなもの見ちゃったけど!?」
「ほら信じていませんし! あれは本物です! 術法です! 魔法です!」
「君が俺に言うことを聞かせようとしてくしゃみして勝手にキレて、机と椅子を蹴飛ばしたじゃないか!? あれに巻き込まるところだっただろ!?」
「ああっ、記憶がなんか混濁しているっ? 魅了の術法が失敗したから記憶が変に書き換わっているの!? ここは記憶を全部消した方がいいかも!?」
「何変なコト言ってんだよっ!? やっぱりお前厨二病だろ!?」
「わたくしは厨二病なんかじゃありません! ……って」
アルティナの返しは少し感情的なものであったが、それでも丁寧さや気品の良さ、育ちの良さが感じられる口調だった。
顔を近づけあいながら言い合っていた最中、アルティナは何かを思い出した様子で、突然自分の体を引き、落ち着いた顔を整えた。
礼司はそれに面食らう。
「なんだよ……?」
「……そういえば、何故伊波くんは、教室に戻ってきたの?」
「あ……、って忘れてた!? ……忘れ物取りに来たんだよ。これ」
そう弁解しながら、礼司は机の上にあった文庫本を、宝石を持つように大事に手にする。
アルティナも、緑の背表紙の本を宝石のように見つめる。
「この本を取りに来たの……」
「どうしてこの本を読んでいたんだよ?」
「わたくしもちょっと忘れ物がありまして、教室に戻って来ましたら、あなたの机の中に本があるのが見えまして、つい……」
「勝手に人の本を読むなよ……」
「その点に関しては本当に申し訳ありませんでした……。
でも、なぜその本をそのように大事になさっているのでしょうか……?」
アルティナの問いに、礼司は顔を伏せ、黙ってしまった。
彼女は、その様子に、触れてはならない何かに触れたと確信した。
申し訳ない、と言う顔で、礼司の顔をのぞき込む。
気がついたか気づかずか、礼司はやがて、顔を上げた。
遠い海を見るような目で、話し始める。
「……実は俺、家族をみんな交通事故で亡くしているんだ」
「交通事故、ですか?」
「そうだよ」
礼司は文庫から彼女に視線を移すと、昔話を続ける。
彼にとって、思い出したくない昔話を。
「……一年前のことだよ。
俺は中学校を卒業して、旅行に出かけたんだ。
親父とお袋と妹とで、車に載って。
この本とかも一緒に持って、出かけたんだ。
そして車に載って皆と話していた、その時だった。
突然、大きな衝撃が襲ってきて、目の前が暗くなった。
何かがバキボキと潰される音と、親父達の悲鳴。
それが聞こえた後、俺は意識を失っていた。
気がついたら、病院のベッドで、色々なチューブに繋がれて寝かされていた。
そばで爺ちゃんやおばあちゃんたちが心配そうに見つめてた。
父さんたちは? と聞くと、悲しそうに首を横に振って、皆死んだ。大型トラックにぶつかって。と告げられた。
生き残ったのは、俺だけだった。
葬式にも出られなかった。
誰もいない家に帰って、仏壇前に置かれた三つの骨壷を見た時に。
皆、死んじゃったんだ。
そう思って、泣こうとしたけど、泣けなかった。
ただ、これが現実なんだ、ということだけは、身にしみて分かった。
そして、それからずっと自分の家で一人、暮らしてた。
そういうわけなんだ」
「そうだったの……」
礼司は首を縦に振った。
それから、大きくため息を付いて、言葉を続ける。
手にした文庫の方に、目を移しながら。
「俺も昔は本を読んだりアニメを見たりして、空想の世界を考えたりしていた。
異世界も、魔法も、超能力も、宇宙人も、異能もどこかにあると信じてた。
でも、あの事故で、俺は思い知らされた。
そんな世界は、どこにもありはしない、と。
この世界がすべてで、現実なんだ、と」
「……」
「この文庫は妹も読んでいた、大事な思い出だよ。
でも、これを読むと、昔のことを思い出してしまって辛くなるから、読んではいない。
お守りとして、持っているんだ。あの時の自分を守ってくれたお守りとして」
「だからこうまで大事に……」
話を聞いて、アルティナは同情する目を見せた。
彼女はしばらくなにかを考えていた様子だったが、やがて礼司の目をしっかり見つめ、こう告げる。
「伊波くん。あなたが想像していた、信じていた世界はあります。この世界の隣に」
「この世界の、隣に……?」
「ええ」
アルティナは力強くうなずいた。
礼司はしばらく黙っていたが、しばらくすると、突然、さっきのような冗談だろ、という表情になる。
「……嘘だー! そんな世界本当にあるのかよっ!?」
「あるですの!」
「そんなもんあったら世界のバランスが色々と変わってるわっ!? 侵略とかされているだろうしっ!?」
「今までゲートがなかったから他の世界は知らなかっただけなの! 神々も秘密になされておられてましたし!」
「どうして秘密にしていたんだよ!?」
「知ると他の世界にも知られるからですし!」
「というかそもそも全部お前の妄想じゃないだろうな!? そういう厨二病ごっこを皆としているだけだろ!?」
「術法を見たじゃないですか! わたくしが創りだした、夜の森を!」
「あれは俺の見た幻じゃねーのか?」
「本物の術法です! 魔法です! 幻術です!」
「ならなんでそんなことしてたんだよ!?」
「本の表紙と文章の描写が良かったので、再現してみようかと、つい……」
「ほんとかよ……? それに、他に証拠はあるのかよ!? 証拠は!」
詰め寄る礼司に、アルティナは感情を込めながらも、品の良い口調で返していく。
それでも疑い深い様子の礼司に、アルティナはうーんと海よりも深く考える様子で目を閉じた。
色々と証拠はありますけどねえ……。
というような素振りでちらっ、ちらっと、アルティナは礼司を見た。
しばらくして、うん! と一つ大きく頷く。
そして、アルティナは、満月のような満面の笑みで、礼司にこう告げた。
「そうです! あなたがわたくしたちのクラブに入ればいいのです! 世界の秘密を共有するクラブに! わたくしたちのクラブに入って、新しい世界に行きましょう! そうすればあなたもきっと信じるはずです!」
彼女の笑顔が、星空を映す海のようにぱあっと広がる。
その笑顔に、礼司はなぜか気後れを感じてしまった。
彼女のペースに飲まれてしまってもいいのか。
けれども。
彼女の言うとおり、自分の望んでいた世界が、彼女のいうクラブにはあるんじゃないか。
自分かかつて信じていた世界は、そこには実在するんじゃないか。
色々な気持ちが、ないまぜになっていた。
その気持ちのまま、礼司は疑問を返す。
「そんな異世界人とやらが集まるクラブが、どうしてこの学校にあるんだよ?」
「学校は学び舎であり、様々な人々が集まりやすい場所ですし、警察などの権力の力が及びにくいところですので。
それに、ザウエニアに召喚された人達が通っているのがこの学校ですし、ゲートがある場所がここに近いというのが、この学校にクラブがあるという理由なのですよ」
「なるほど、理屈はあっているな……」
「じゃ、ちょっとついてきてくださいな。クラブの場所に案内いたします」
「そこに行けば、新しい世界に出会えるのかよ? ほんとーにー?」
「ええ、必ずです!」
そう言って、アルティナは自信たっぷりの笑顔を見せた。
その笑顔に礼司は、
(彼女を信じてもいいかもな……)
と考え始めていた。
そう思う間もなく、
「ほら、行きましょう! 伊波くん!」
「ちょ、ちょっと待てよ! カバンとかが!」
礼司の声に構わず、アルティナは立ち上がる。
それから片手で自分のカバンなどを手にし、片方の手で礼司の手を取り、引っ張って立ち上がらせる。
妹や母親以外の女子の手に触れ、礼司はそのぬくもりにどきっ、とする!
(あまりにも無防備じゃねーかよ!?)
という思いと、
(……これが女の子のぬくもりというものか!)
という思いがまぜこぜになり、それに気を取られつつ、礼司は引っ張られていく。
気を取られすぎて、床に何が転がっているか、失念していた。
倒れていた椅子か机の脚に、彼の足がごつん、とつまずいた。
礼司は大きくバランスを崩し、転がった!
彼の体が、柔道の投げ技のように、アルティナの体を巻き込む!
二人はもつれるようにして、机と椅子の間の床に倒れていく!
ドッシャンガラリーンという、轟音とともに衝撃!
礼司の頭と体に、ずきん、と痛みが走る!
「いでででででで!!」
そして……。
彼は痛みにしばらく意識がぼんやりしていたが、頭を振って、そのぼんやりを吹き飛ばす。
背中に、硬い床の感触。
そして体の下腹部に柔らかい重みが。
「う、うん……」
と気がつくと。
自分の体の上に、アルティナが乗っかっていた。
赤紫色のブレザーが形作るラインが、大きな二つの胸を強調する。
その下乳、そしてアルティナの頬を赤く染めた顔を見て、礼司は頬がかっ、となった。
鼓動の波が早く、狭く押し寄せるのを感じている。
(こいつ、こんなにエロいんだ……)
そう礼司が内心で感じた時、
「ごっ、ごめんなさい! だっ、大丈夫ですか!? 怪我などありませんですか!?」
アルティナが、朝焼けの空のように、頬を真っ赤に染めながら謝ってきた。
そして、不意に黙ってしまった。
彼女も、鼓動の波が次々と押し寄せている様子だった。
礼司もどうすればいいのかわからず、黙りこんで、動こうとしなかった。
このまま時が止まってしまえたら。
そんなフレーズが、頭の片隅でよぎった。
しばらく無言だったアルティナだったが、ややあって、恥ずかしそうに声を上げた。
「い、いまおどきいたします……」
言いながらアルティナが、体を動かそうとしたその時。
教室の扉近くで足音がした。
二人が起き上がりながらそちらの方を見ると、人影が一つ。
その影は……。
アルティナとよく一緒にいる女子だった。
留学生の、メガネショートヘアで無表情の彼女だ。
たしか、セイレンとか言ったと、礼司は記憶していた。
彼女の姿を見ると、礼司の鼓動の波が、更に速く押し寄せる。
まさに津波のようだ。
彼はやばい、なにか言い訳を、と考えようとしたが、それよりもその留学生の女子が口を開く方が速かった。
「なにをしているのですか姫様。教室で魔力移譲に及ぼうなど、なんて度胸がよろしいのやら。
そのままことに及べばよかったですのに。
……話は全て聞いておりました。その男、伊波礼司を入部させようというのですね。
私の一存では何も出来ませんが、個人的にはよろしいと思います」
「せ、セイレン、あんた相変わらずね……。あ、ありがとう……。
伊波くん、わたくしが部長とかに掛けあってみる。多分入部できると思うわ」
どうやらこのセイレンとやらは、アルティナの味方……? バラされることはないみたいようだ、と礼司はホッとした表情を見せた。
アルティナも、ホッとした表情で立ち上がる。
そして慌ててブレザーを整える。
体が軽くなったのを感じながら、礼司も立ち上がる。
それから、彼女らの言葉に目を丸くした。
「ひ、姫様……?」
「あ、言い忘れておりました」
そう言いながらアルティナは左手で制服のスカートをつまみ、膝を曲げた。
物語のお姫様がそうするように。
そして、頭をたれながら、こう挨拶する。
「わたくし、アルティナ=フィメル=レティス=トルニア。
ザウエニア皇国の一国、トルニア王国の第二王女でございます。
以後お見知りおきをよろしくお願いいたします」
「……あ、あー」
「こちらはセイレン。
セイレン・フィメル・イクストラ・メイガス。わたくしのおつきの侍女なの。
ちょっと無口で毒舌だけど、優しいから安心してね」
その言葉に、セイレンは黙って体を折る。
二人の佇まいは、王女とおつきの者との、それだったけれども。
礼司には、それでもまだ、そういう遊びなんじゃないかと思うところもあったけれども。
それよりも、彼女と、その彼女の話に惹かれていった。
異世界は、あるんじゃないかと。
「さっ、行きましょ。今日の集会はもう始まっているはずですし」
そうアルティナに促され、礼司はカバンと、忘れ物の大事な文庫本を手にすると、彼女らとともに教室を後にしようとしたが、
「……それにしても散らかした机と椅子、そのままにしておいていいのかよ?」
つぶやいた。
するとセイレンが平然とした顔で応える。
「下々の者に掃除させておきますので、大丈夫です。さあ、参りましょう」
「それならいいけど、本当かいな?」
「ご心配なさらずに。さあ」
と急かすので、礼司は後ろ髪ひかれつつ、教室を後にした。

この後、礼司たちは文系クラブ棟へと向かう。
そこのとある一見平凡な部室で出会ったのは……。
なんと、異世界に召喚された勇者の部長と、その彼女のお姫様の副部長だった!?
彼らは言う。
「ようこそ、秘密異世界クラブへ」
と。
そして続けざまに、剣先のように突きつけられるマイク。
「さあ、決断的にインタビューだ!」
そして始まる、秘密異世界クラブの非日常的日常とは!?

(次章に続く)

バーニングアクション的に大げさな表現にする?

Categories: 創作

aizawayu


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