萩尾望都

『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説その9:マーズレイ

2012年6月30日 『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説 No comments , , , , , , , , , , , , ,

 機動戦士ガンダムAGEに出てくるギミックや台詞を元に妄想をたくましくしていくSFネタ解説シリーズの9回目。今回は火星で暮らすヴェイガンを襲う謎の奇病、マーズレイである。

 今が1940年代や50年代くらいであれば、このマーズレイの説明は、それほど困難ではない。
 まだ分子生物学や、遺伝子に関する知見が乏しい時代のSFでは、マーズレイのような「移住した星で謎の奇病が蔓延」という設定に読者の側で疑問を抱くことはあまりなかった。

 しかし、今は21世紀である。この時代にさすがに、火星の磁気とか放射線がどうこうで、謎の奇病が蔓延するといわれても、はいそうですかとは、なかなか納得しにくい。
 逆に、オカルト的な理由を持ち出して、これは呪いによるもの、とした方が納得はたやすい。たとえば、萩尾望都先生の『スターレッド』(1978~9年) での火星植民は、胎児がすべて死亡することで頓挫するが、これは医学的な理由ではなく、どちらかといえばファンタジーめいた銀河の星々の運命によるもので ある。

 しかし、ここに来て火星に新たなSF設定を持ち出すのも美しくない。何とかしてこれまでガンダムAGEに出ているSF設定を応用して理由はつけられないものだろうか?

 ひとつだけある。銀の杯条約で破棄された、EXA-DBがそれだ。火星植民とテラフォーミングにあたって、連邦が開いたEXA-DBの中に、マー ズレイを引き起こす技術が含まれていたというパターンである。治療ができないことも、原因が不明なことも、火星に由来するのではなく、EXA-DBから持 ち出したテラフォーミング技術の副作用であるとするならば、説明は簡単になる。

 だが、マーズレイが実際にヴェイガンの民を苦しめているとして、今度はイゼルカントの真意が謎になってくる。
 火星に住む人々を地球に帰還させるのが最終目的であるとして、ひとまず地球圏の使っていないエリアに、コロニーを設置するわけにはいかないのだろうか?  というものだ。現時点で、ヴェイガンの民は火星の地表で暮らしているわけではなく、セカンドムーンなどのコロニー暮らしである。
 そのまま地球まで帰るのは難しいにしても、マーズレイの影響が及ばない軌道に遷移するのは、それほど困難とは思えない。

 あえてイゼルカントが、それをやらないのだとしたら、考えられることはひとつ。

 それはマーズレイが、火星から離れてもヴェイガンの民を侵食し続ける、解除不能の呪いになっている、という想定だ。
 マーズレイの原因が、火星そのものではなく、火星移住者の肉体や精神を強化するための遺伝子改造によるもので、発症するか否かは確率の問題でしかないの だとすれば、全員が植民第一世代の段階で遺伝子を改造されたヴェイガンは、たとえエデンたる地球に帰還しようが、マーズレイから逃れられないことになる。
 イゼルカントの真意が、地球への帰還ではなく、地球がどこかに隠したEXA-DBから遺伝子改造技術を引き出し、それによってヴェイガンの民からマーズ レイを根絶すること、であるとすると、これまでのどこか手探りな感があるヴェイガンの侵攻作戦にも、相応に納得がいくというものだ。

 となれば、やはり。

 EXA-DBはどこに隠れているのか?
 EXA-DBを誰が隠しているのか?

 が問題になってくる。
 一時期は、連邦で最高権力に近い立場に立ったフリットですら、触れ得なかったEXA-DB。そしてキャプテン・アッシュことアセムが、フリットとは独自 にEXA-DB捜索に動いている点から考えて、連邦政府が隠しているとは考えにくい。また、ガンダムUCにおけるラプラスの箱を隠し持っていたビスト財団 のような存在を今更に持ち出すのも、美しくない。

 ここは、竹宮恵子先生の『地球へ…』におけるコンピュータ・テラのように、EXA-DBそのものが自らを封印し、あるいは、裏から人類の歴史そのものを操っているという仮説を提唱したい。
 何より、このパターンであれば、クライマックスフェイズにおけるラスボスを、地球人でもヴェイガンでもない、EXA-DBにやらせることができる。
 とにかく敵と味方がはっきりせずにグダグダした時には、共通の敵を登場させてそれをボコるのがよろしい。

 ここはひとつ、すっきり終わるためにもラスボスとしてのEXA-DBがマーズレイを始めとする悪い原因のすべてを引き受けてくれる、逆デウス・エクス・マキナとして登場してくれることを期待したい。

『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説その6:火星植民

2012年2月28日 『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説 No comments , , , , , , , , , , , , , , , ,

 機動戦士ガンダムAGEに出てくるギミックや台詞を元に妄想をたくましくしていくSFネタ解説シリーズの6回目。

 第6回はガンダムAGEの敵役、UE(アンノウンエネミー)あらためヴェイガンが生まれるきっかけとなった火星植民である。真面目七分に法螺三分、大嘘ついても小嘘はつくなの三割精神でいく。最後までおつきあいいただければ、幸いである。

 火星植民とその失敗というと、SFでその例は列挙の暇もない。
 有名どころをいくつか紹介すると、レイ・ブラッドベリの『火星年代記』。これの失敗は、人々が地球に魂を引かれてしまったからだ。東西の冷戦が全面核戦 争となり、ラジオでそのニュースを聞いた火星植民地の人々が、何やかにやと理由をつけて夜空に浮かぶ地球をながめていると、そこから発光信号で伝えられ る、戦争勃発の知らせと、「カエリキタレ」の言葉。この「カエリキタレ」は今読んでも涙がだばだばとあふれんばかりの名シーンである。
 また、光瀬龍さんの『宇宙史シリーズ』における火星植民都市も、その多くが荒廃し、砂に埋もれるようにして消えていく。火星の乾いた砂の上に作られたこの中でしばしば語られる“東キャナル市”という言葉は、日本SFの生み出した素晴らしい言霊のひとつであろう。
 漫画でいえば、萩尾望都さんの『スター・レッド』の火星でも植民が失敗している。なぜかあらゆる胎児が死んでしまうため、植民不可として見捨てられた火 星は流刑星として扱われるが、そこでどういうわけか生き残り、子孫を残し続けた火星人が超能力を得て、再び地球を訪れた人間と敵対する、というものであ る。
 ガチな戦争というと、川又千秋さんの『火星人先史』はカンガルー改良型の知的生物を火星に送り込んで奴隷&食料として使役するもカンガルーの反乱で火星 から人間が追い出されてしまうし、荒巻義雄さんの『ビッグ・ウォーズ』では火星はテラフォーミングによって海を持つ惑星になるも、太陽系に帰ってきた神々 によって人類は火星から駆逐されてしまう。

 さて――それまで大量に描かれていた火星植民を扱ったSFは、ヴァイキング1号、2号が火星に到着した頃になると、しだいに新しい話があまり語ら れなくなっていく。もちろん、『マン・プラス』『赤い惑星への航海』『レッドマーズ』『火星夜想曲』『火星縦断』などなど、その後も火星を扱ったSFはそ れなりに豊作である。谷甲州さんの『航空宇宙軍史』でも、『火星鉄道一九』のように、オリュンポス山の火口をまるごとリニアカタパルトにしている工学技術 的に希有壮大なお話も出てくる。

 だが、それらに共通するのは――『火星夜想曲』のような、少しファンタジー寄りの話をのぞくと――ガチでハード寄りのSFなのである。
 ひとむかし前の、火星にまだ運河が見えてた時代には、それこそH.G.ウェルズが『宇宙戦争』でタコ型の火星人だしたり、エドモンド・ハミルトンの 『キャプテン・フューチャー』シリーズの地球よりも古い古代王朝が存在する星だったり、エドガー・ライス・バロウズの『火星のプリンセス』あられもない格 好のお姫様に卵を産ませたりと「ちょっとエキゾチックで、手頃な舞台装置」として扱われていた火星も、気が付けば、生半可な科学知識で触れにくい、ちょっ と重たい星になってしまったのだ。

 そして同時に、火星の扱いが難しくなった理由のひとつが「なんで苦労して火星で暮らすの?」である。これは、こと日本においてはガンダムもおおい に関係していると我田引水できなくもない。機動戦士ガンダムが、「スペースコロニー」という宇宙に浮かぶ人工の大地を、もっともらしく描けてしまったせい で、「わざわざ惑星に降りなくても」という、コペルニクス的転回が、あまりSFに濃くない人にも、それなりに広まったのである。やはり、視覚情報は偉大で ある。
 実際問題として、火星を「人が暮らすようにする」ためのテラ・フォーミングには、どう見積もっても、天文学的な時間とお金がかかる。お金の方は何とか誤 魔化すとしても、時間は難しい。なお、これまたコロンブスの卵的に「時間がかかるなら、時間を早めればいいじゃない」という火星植民のSFがロバート・ チャールズ・ウィルスンの『時間封鎖』である。
 むろん、ここでも人間の叡智に限りはなく、「火星全部をテラ・フォーミングしようとするから難しいんだ。火星には渓谷がたくさんあるんだから、そこに蓋 してその底だけ暮らせるようにするとかどうだろう」とか「特殊な植物でドームのように覆った中で暮らすというのはどうだろう」とかいろいろと手は考えられ ている。アニメ『カウボーイ・ビバップ』の火星も、そんな風にして都市の周囲に、空気の壁を作っている描写があった。

 だが、やはり火星は遠い。
 そこに植民都市のひとつふたつを作るのは何とかなっても、大金のかかるプロジェクトを、いつまでも維持することは政治的な理由で難しいだろう。
 
 そこで思い出すのが、人類が月へと熱狂的に向かった1960年代の月レースである。
 松浦晋也さんが、この時代の宇宙開発をして『戦争型宇宙開発』(大人の科学マガジン/ロケットと宇宙開発)と称されたことがあるが、戦争や宗教などで生まれた人々の熱狂は、時に、経済原則を無視してでもひとつの方向へすべてを投入することがある。
 ガンダムAGEにおける過去に連邦が行った『マーズ・バースディ計画』というのは、そういう、一時の熱狂が生み出した計画なのかもしれない。そして熱狂 が冷めた時、連邦も、地球に残った人々も、火星について忘れてしまったのだろうか。金のかかる地球からの物資や援助を打ち切り、それが火星に住む人々の命 の綱を断ち切ることにつながると分かっていても、いや、分かっていたからこそ、後ろめたさのこもった思いから、すべてを「忘却しようとした」のではないだ ろうか。
 次第に乏しくなる物資をやりくりしながら、火星の人々は、明日は、物資が届くか。来年には、支援が再開されるのではないか。そう望み、何度も地球へ通信を送るが、やがて自分たちが捨てられたことに気付かされる。
 明日の人類の未来を切り開く英雄として送り出されながら、金や物資がもったいないからという理由で打ち捨てられ、それだけなら我慢もできたろうに、記録も消され、すべてが「なかったこと」にされていく。
 ある程度民主的で、そこそこに開かれた情報化社会でそのようなことができる場合、その理由は一部の支配階級、ビッグブラザー的な統制ではありえない。地 球に暮らす人々の多くが、政府が消していく火星植民の情報を、「黙って受け入れた」からに他ならない。罪の意識を、いつまでも持ち続けたくないがために。
 そしてそれこそが、ヴェイガンという組織の根幹にあるのだろう。政治的・経済的な理由で援助が打ち切られたのなら、それは仕方がない。そもそもが、火星植民とは無理のある計画だったのだ。壮大な計画が失敗に終わったことは無念ではあるが、受け入れることもできよう。
 けれども、「なかったこと」にされるのだけは。これは許せない。
 火星植民に抱いた夢を、理想を。それが無惨に打ち捨てられていく過程での苦労を、悲しみを。
 そのすべてが、「なかったこと」にされてしまうのであれば。
 それらの思いは、どこに行けばいいのか。
 ヴェイガンが、そうやって生まれ、「なかったこと」にされた恨みを糧に成長していったのだとすれば。
 彼らがUE(アンノウン・エネミー)と呼ばれていることを知りながら、長い間、じっと沈黙を守り続けたことには、理由があったのではないかと私は考える。

 ――呼んでくれ。
 ――私たちの名前を呼んでくれ。
 ――私たちの先祖が、どうやって、どこに送り込まれたのか、言ってくれ。

 もしここで、彼らの名前を呼んでやっていれば。
 「なかったこと」にした過去を取り戻させてやれば。
 UE(アンノウン・エネミー)との間には、また、別の関係が築けたのかもしれない。