私が愛読する漫画『ヴィンランド・サガ』(幸村誠)は、11世紀の初頭の北欧を舞台としている。この漫画で活躍するノルマン(北方の民)は、スカ ンジナビア半島やデンマークの住人であるが、8世紀末まで人口が200万人を超えることはなかった。ところが、この少し前くらいから北半球は温暖化し、ス カンジナビアでも冬の厳しい寒さがやわらぎ、氷河が後退して新たな牧草地が広がって生活が上向いてくる。
 子供の死亡率が下がり、若者の数が増え始めると、海の民であるヴァイキングたちは、略奪や植民のために西へ東へと大移動を開始する。
 その結果が、各地の略奪であり、イングランドの征服であり、東ローマ帝国のヴァリャーギ親衛隊であり、アイスランド、グリーンランドへの植民である。一部ははるかヴィンランド、北アメリカまで到達した。

 北半球全体を温暖にした9世紀の気候は、気候小最良期(Little Climatic Optimum)と呼ばれる。地域によって差はあるが、おおむね、7~10世紀の間は冬は暖かく、夏は暑かったようで、日本でも朝廷の観桜園の日付などで確認できる。

 大ざっぱに言えば、気候が温暖化すれば食料が増える。食料が増えれば、人口も増える。人口が増えれば、人の動きが活発になる。
 ヴァイキングたちは略奪と植民のために、大海原に乗り出した。
 日本では、各地に新たな農地や荘園が開かれ、開拓と流通、治安のため、各地に武士団が誕生するようになる。
 中国では、7世紀に誕生した唐王朝が興隆を極めた。
 そして、日本と中国の間、沿海州や中国東北部、朝鮮半島北部へまたがる渤海という国が誕生し、繁栄をきわめた後、200年ほどで消えてしまう。
 この、渤海王国のような例は他にもあり、インドネシアのジャワ島にあるボロブドゥール遺跡を作った国家は、8世紀から9世紀頃に誕生して、そして消えた。
 温暖化によって食料が増産し、暮らしやすくなったがゆえに人が増え、そして国が興り。
 その後大きな戦があったわけでもなく、治世が荒れたわけでもないのに、再び寒冷化することによって食料の減産が人口減少と流出を引き起こし、自然と衰退していったのだ。

 日本がもっとも温暖で過ごしやすかったのは、約6000年前の縄文時代の頃。縄文の海進と呼ばれる時期で、海抜は今よりも数メートルは高く、今よ り1~2度暖かかったという。ただ、暖かければいいかというと、そうでもない。その頃の日本にはマラリアが蔓延してそうである。ナウシカの住んでいた風の 谷みたいな風の通る場所に村を作って蚊を避けていたのではないだろうか。
 それから8~10世紀の暖かい時期が終わると、再び日本は寒冷化する。15~16世紀には、今より3度ほど寒かったようで、生活も大変だったろう。世の中が乱れるわけである。

 中国では、冷涼な時代が西暦0~100年。300~600年。1050年~1550年。1580年~1720年で、寒冷&乾燥のため、干ばつや砂 嵐の多発による日照不足などが特に中国北部で厳しかったようだ。国の興亡にはさまざまな要因が重なるため、単純には言えないが、農業生産に自然環境が与え る影響の大きさを思えば、この時期の為政者には、それ以外の時期よりも大きなハンデがあったと思われる。

 本書と合わせて、ジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊』を読み直し、国の興亡についてあれこれ心理歴史学的必然を妄想してみるのも面白そうだ。