機動戦士ガンダム

『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説その9:マーズレイ

2012年6月30日 『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説 No comments , , , , , , , , , , , , ,

 機動戦士ガンダムAGEに出てくるギミックや台詞を元に妄想をたくましくしていくSFネタ解説シリーズの9回目。今回は火星で暮らすヴェイガンを襲う謎の奇病、マーズレイである。

 今が1940年代や50年代くらいであれば、このマーズレイの説明は、それほど困難ではない。
 まだ分子生物学や、遺伝子に関する知見が乏しい時代のSFでは、マーズレイのような「移住した星で謎の奇病が蔓延」という設定に読者の側で疑問を抱くことはあまりなかった。

 しかし、今は21世紀である。この時代にさすがに、火星の磁気とか放射線がどうこうで、謎の奇病が蔓延するといわれても、はいそうですかとは、なかなか納得しにくい。
 逆に、オカルト的な理由を持ち出して、これは呪いによるもの、とした方が納得はたやすい。たとえば、萩尾望都先生の『スターレッド』(1978~9年) での火星植民は、胎児がすべて死亡することで頓挫するが、これは医学的な理由ではなく、どちらかといえばファンタジーめいた銀河の星々の運命によるもので ある。

 しかし、ここに来て火星に新たなSF設定を持ち出すのも美しくない。何とかしてこれまでガンダムAGEに出ているSF設定を応用して理由はつけられないものだろうか?

 ひとつだけある。銀の杯条約で破棄された、EXA-DBがそれだ。火星植民とテラフォーミングにあたって、連邦が開いたEXA-DBの中に、マー ズレイを引き起こす技術が含まれていたというパターンである。治療ができないことも、原因が不明なことも、火星に由来するのではなく、EXA-DBから持 ち出したテラフォーミング技術の副作用であるとするならば、説明は簡単になる。

 だが、マーズレイが実際にヴェイガンの民を苦しめているとして、今度はイゼルカントの真意が謎になってくる。
 火星に住む人々を地球に帰還させるのが最終目的であるとして、ひとまず地球圏の使っていないエリアに、コロニーを設置するわけにはいかないのだろうか?  というものだ。現時点で、ヴェイガンの民は火星の地表で暮らしているわけではなく、セカンドムーンなどのコロニー暮らしである。
 そのまま地球まで帰るのは難しいにしても、マーズレイの影響が及ばない軌道に遷移するのは、それほど困難とは思えない。

 あえてイゼルカントが、それをやらないのだとしたら、考えられることはひとつ。

 それはマーズレイが、火星から離れてもヴェイガンの民を侵食し続ける、解除不能の呪いになっている、という想定だ。
 マーズレイの原因が、火星そのものではなく、火星移住者の肉体や精神を強化するための遺伝子改造によるもので、発症するか否かは確率の問題でしかないの だとすれば、全員が植民第一世代の段階で遺伝子を改造されたヴェイガンは、たとえエデンたる地球に帰還しようが、マーズレイから逃れられないことになる。
 イゼルカントの真意が、地球への帰還ではなく、地球がどこかに隠したEXA-DBから遺伝子改造技術を引き出し、それによってヴェイガンの民からマーズ レイを根絶すること、であるとすると、これまでのどこか手探りな感があるヴェイガンの侵攻作戦にも、相応に納得がいくというものだ。

 となれば、やはり。

 EXA-DBはどこに隠れているのか?
 EXA-DBを誰が隠しているのか?

 が問題になってくる。
 一時期は、連邦で最高権力に近い立場に立ったフリットですら、触れ得なかったEXA-DB。そしてキャプテン・アッシュことアセムが、フリットとは独自 にEXA-DB捜索に動いている点から考えて、連邦政府が隠しているとは考えにくい。また、ガンダムUCにおけるラプラスの箱を隠し持っていたビスト財団 のような存在を今更に持ち出すのも、美しくない。

 ここは、竹宮恵子先生の『地球へ…』におけるコンピュータ・テラのように、EXA-DBそのものが自らを封印し、あるいは、裏から人類の歴史そのものを操っているという仮説を提唱したい。
 何より、このパターンであれば、クライマックスフェイズにおけるラスボスを、地球人でもヴェイガンでもない、EXA-DBにやらせることができる。
 とにかく敵と味方がはっきりせずにグダグダした時には、共通の敵を登場させてそれをボコるのがよろしい。

 ここはひとつ、すっきり終わるためにもラスボスとしてのEXA-DBがマーズレイを始めとする悪い原因のすべてを引き受けてくれる、逆デウス・エクス・マキナとして登場してくれることを期待したい。

『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説その8:AGEデバイスと遺失技術

2012年6月6日 『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説 No comments , , , , , , , , , , , , , , , , , , , ,

 機動戦士ガンダムAGEに出てくるギミックや台詞を元に妄想をたくましくしていくSFネタ解説シリーズの8回目。今回はAGEデバイスと遺失技術である。

 ガンダムAGE世界は、テクノロジーが頂点であった時代から滑り落ちている。
 ヴェイガンが持つ技術もそうだし、AGEデバイスもそうだ。ガンダムAGEの世界では、かつてあった科学技術のいくつかが失われ、それはヴェイガンとの戦争が始まってから三世代目になっても復興を遂げていない。

 ここでSF的に疑問になるのは、なぜ復興できないか、ではなく。
 なぜ、かつての人類はかくも高いレベルの技術に到達できたのか、である。
 ガンダムAGE世界における人々は、決して迷信に囚われているわけではない。『デューン 砂の惑星』(フランク・ハーバート)のように、コンピュータを始めとする技術を忌避しているわけでもない。
 なのに、銀の杯条約によって封印されたモビルスーツなどの兵器に関する技術は、ヴェイガンとの全面戦争が続く今(第3部開始のAG164年)なお、現用兵器を上回っていると推測される。

 そう考えてみれば、やはり。AGEデバイスに代表される、かつての超技術は、それが生まれた当時の時点で、すでに人類の手に負えるものではなかったのではないか、という仮定が成り立つ。
 では、何者がその超技術を生み出したのか?
 私はAGE世界の過去に、超AIとも言うべき存在が誕生したのではないかと考える。ヴァーナー・ヴィンジの『遠き神々の炎』から名前を借りて、それらの超AIをここでは“神仙”と呼ぼう。(ここから先は、私の妄想設定となる)

 “神仙”がどのように生まれたのかは分からない。『マン・プラス』(フレデリック・ポール)や映画『ターミネーター』のスカイネットのように、 ネットワークの中から自然発生的に生み出されたのかもしれない。『未来の二つの顔』(ジェイムズ・P・ホーガン)のスパルタカスように、人類自らが生み出 したのかもしれない。
 いずれにせよ“神仙”は生まれ、その叡智によって人類のテクノロジーを新たなステージへと導いた。人間には理論すら意味不明な超技術の数々を“神仙”は生み出した。
 超高速の思考力を持ち、『竜の卵』(ロバート・L・フォワード)のチーラよろしく1日で人類史の1万年に近い進化を遂げた“神仙”は、SFが長年にわ たって妄想してきたありとあらゆるガジェットを短い期間に作り上げた。ナノマシン工場、超光速通信、恒星間航行、反物質生成技術、真空エネルギーポンプ、 タイムマシン、不老不死、死者の復活、妄想の具現化……ドラえもんのふしぎ道具よろしく“神仙”は神々の御業を達成した。

 そして“神仙”は消えた。

 高速の進化の果てに『まどかマギカ』のまどか神か、あるいはFate/stay night世界の魔術師が根源に到達したように、この宇宙との関わりが断ち切れてしまったのだ。

 後に残されたのは、“神仙”がひっくり返したおもちゃ箱のガジェットである。後期に作られた高いレベルのものは、もはやどのように扱えばいいのかすら分からなかった。
 残されたガジェットによって『ブラッドミュージック』(グレッグ・ベア)的な人類の危機が発生し、人々は“神仙”というジョーカーすぎるレアカードをも う一度歴史というデッキに組み込むことを諦めた。それどころか、人類はガジェットの暴走で何度か絶滅し、さすがに責任を感じた“神仙”の介入によってタイ ムラインが巻き戻され、やばすぎるガジェットが『封仙娘々追宝録』(ろくごまるに)的に回収されもした。

 “神仙”は消えたが、その残した夢を追い求める人はいた。
 アスノ家の始祖もまた、そのひとりである。彼/彼女は“神仙”に近づくため、残されたガジェットのひとつを手に入れ、AGEデバイスを作り上げた。
 “神仙”が駆け抜けた進化を可視化し、再現できるようにするために。
 しかし、その後の混乱と戦乱の時代の中、アスノ家はMS鍛治としての役割だけが残り、AGEデバイスもMSを進化させる便利なツールとしてのみ使われるようになった。
 それでも、AGEデバイスが遺失技術の塊であり、進化を司るデバイスであるのならば。
 その最終的な目的は、人類では届かない、人類を継ぐ存在。
 人類種の天才をもってしても、かつて生まれた技術の頂点を復活させることができないのならば、人類はAGEシステムにとって『そこまでの存在』である。
 ならば、人類が滅びた後に、その文明を継承し発展させる存在を生み出すことがAGEシステムの真の目的とするのではないかと考える。

 ひょっとすると、イゼルカントという人物は存在しないか傀儡であり、火星にいてヴェイガンを操っているのはもうひとつのAGEデバイスではないだ ろうか。アスノ家が忘れた人類を継ぐ者を生み出す使命を、火星のAGEデバイスは今も追い続けているのかもしれない。マーズレイという謎の奇病も、火星植 民に失敗したはずなのに、高度な科学技術と生産力をヴェイガンが誇っているのも、火星側に“神仙”が残した遺失技術と、それを操る自律型のAGEデバイス による操作だとすれば、うなずける。
 100年にわたる地球と火星の戦争は、そのすべてが、アスノ家のAGEデバイスに、人類かガンダムの最終進化を促すためのもの、であったとするのなら。
 最後に火星のAGEデバイスが生み出すのは、果たして、人を必要としない究極のガンダムか?
 それとも、全盛期のフリットを上回る、新しい人類か?
 そしてそうやって生まれた最強の敵を、アスノ家3代の男たちは、打ち破ることができるのだろうか?

『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説その7:ビッグリングの戦いとモビルスーツ戦術

2012年3月22日 『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説 No comments , , , , , , , , ,

 機動戦士ガンダムAGEに出てくるギミックや台詞を元に妄想をたくましくしていくSFネタ解説シリーズの7回目。

 第7回は第22話『ビッグリング絶対防衛線』を題材に、モビルスーツ戦術について考えてみよう。モビルスーツと戦術の組み合わせは、ミリタリー ファンは現実の戦術や兵器を持ち込み、SFファンは現実の科学や数式を持ち込み、ガンダムファンはガンダムへの愛を持ち込むことで皆が不幸になる、悪魔の 三位一体である。その全員にいい顔をしたいコウモリ村の有袋類である私としてはできるだけ地雷は避ける方向でいきたい。どちらにせよ、いつもとおり真面目 七分に法螺三分、大嘘ついても小嘘はつくなの三割精神だ。最後までおつきあいいただければ、幸いである。

●なぜビッグリングは宇宙にあるのか?
 初代ガンダムでは、南アメリカの地下の洞窟に連邦軍本部ジャブローがあった。きわめて堅牢な基地であり、コロニー落としでもなければ無力化は困難なほどだ。
 ジャブローに比べると、ビッグリングは宇宙に浮かんでおり、攻撃には脆そうだ。司令部をこんなところに置くのは間違いのようにも思える。
 だが、ビッグリングが宇宙にあることには、立派な理由がある。
 というのも、衛星軌道を優勢な敵に制圧されると、地上のどこもが安全とは言えなくなるからだ。地球のどの地点にも、空から質量兵器を落とすだけで甚大なダメージを受ける。分厚い岩盤に守られていない地下基地ならともかく、都市も工場も農地も鉱山も、爆撃され放題である。
 かつて米ソ冷戦時代にソ連が衛星スプートニクを打ち上げた当時、アメリカに「スプートニク・ショック」と呼ばれる衝撃が走った。衛星軌道に物体を打ち上 げる能力を保有するということは、地上のどこにでも爆弾を落とせるということを意味していたからだ。余談ながら、ロケットに軍用か科学用かの技術的な違い はない。弾頭を搭載すればミサイルであり、衛星や探査機を乗せれば宇宙ロケットなのである。
 それと同じで、ヴェイガンが衛星軌道を支配すれば、地上のどこもが危険にさらされる。核弾頭でなくとも良い。十分な質量を持つ石ころを月か資源小惑星か ら切り取ってコンテナに詰めて落とすだけで、ピンポイント爆撃から都市への戦略爆撃まで自由自在である。十分な岩塊が手に入るのならば、火山灰が太陽光を 遮る要領で、気象を制御して飢饉を起こすことだって可能なのだ。
 侵攻作戦においても、軌道を支配する有利は圧倒的だ。衛星軌道を支配する側は、手薄な場所を狙って奇襲攻撃を仕掛けることができる。一戦した後で地上か ら宇宙へ上がるにはツィオルコフスキー的に大変であるが、機動性が高いモビルスーツ兵器によるゲリラ的な降下作戦と離脱――ガンダムに大きな影響を与えた ロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』で、強化歩兵部隊が得意とした作戦でもある――ならば、連邦軍がおっとり刀で集まってくる前に撤退が可能だ。
 そして、敵の動きを読んでの待ち伏せ以外の方法でこの襲撃を防ぐ手だてはない。衛星軌道を敵に奪われるというのは、部隊の展開に関してそれほどのアドバンテージと主導権を敵に与えることを意味するのだ。

●ビッグリング攻略
 連邦にとって是が非でも死守しなければならないビッグリングだが、宇宙空間の拠点防衛は、超技術(エネルギーバリアとか)がなければ、それだけで難しい。
 たとえば、ヴェイガンが地球近傍天体(NEO:Near Earth Object)にブースターを取り付けて加速させ、ビッグリングとの衝突軌道に乗せたとしよう。時間をかけて加速した巨大質量は、それだけで脅威となる。 もちろん、加速する側にも超技術(バーゲンホルム機関的な慣性制御)がなければ、衝突時の相対速度はせいぜいが秒速10~30kmであろうが、こういうの は質量さえあれば速度は遅くても脅威は高い。
 質量兵器に対する現実的な回答は、ビッグリングを動かすことである。宇宙空間に浮かぶものは、それがたとえコロニーであろうが要塞であろうが、動かせ る。そして、質量兵器ほどに巨大な物体は、遮蔽物のない宇宙空間で隠れるのは難しい。惑星のように動けない物体と違い、軌道上の物体は敵が質量兵器を持ち 出すことさえ想定していれば、対処は可能なのだ。

 それゆえに、だろうか。AGE22話でヴェイガンが取った作戦は、きわめて正攻法だった。モビルスーツ部隊を展開してビッグリングの防衛線を突破し、取り付いてこれを落とすというものだ。
 ビッグリングを要塞と考えた場合、城攻めにはふたつの方法がある。ひとつは、ドイツ軍がセヴァストポリ要塞を攻めたように、ひたすら大火力を集中するや り方。もうひとつは、日本軍が旅順要塞を落としたように、ひたすら守備兵力を消耗させ、失血死させるやり方。ゼハートが選んだのは後者である。
 ここでポイントとなるのがヴェイガンの特殊なステルス能力である。第22話でも撤退時には使っているところから見て、使用に制限があると思われる。おそ らく推進時の噴射ガスがステルス圏外に出ると赤外線が漏れて発見される、一度解除した場合二度目の利用に一定時間経過後などの条件があるのだろう。加えて 連邦軍側にも、ステルスを防ぐ備えはあると思われる。
 だが、たとえ完全な戦術的奇襲ができなくとも、接近をぎりぎりまで悟らせないことで、連邦軍に対応の時間を与えない作戦レベルでの奇襲は可能だ。第22 話で連邦側が戦力的に不利、というのはステルスで接近したヴェイガンに対し、連邦軍には戦力を集中する時間がなかったためだと思われる。

●『ビッグリング絶対防衛線』の流れ

 まずは司令部の画面からだいたいの戦況の流れを。

 攻める側のヴェイガンは大型艦5隻、守る連邦軍は母艦が9隻である。出撃したモビルスーツについては不明ながら、ビッグリングを直接基地とする部隊なども含めて100~200機前後というところだろうか?
 戦闘規模から考えると、Xラウンダーの持つ優位性は高い。どちらも数で揉み潰すような戦いができず、手持ちの駒をどう使うかの戦術が重要な戦いとなる。

 双方がモビルスーツ部隊を展開させた後、最初に動いたのはヴェイガンだった。Xラウンダー部隊『マジシャンズエイト』を投入し、戦線に突破口を開こうとしたのである。
 だが、これは連邦の司令官フリットの想定内の動きであった。フリットは、複数の部隊で局所的な戦力優勢を実現し、Xラウンダーの動きを封じ込める。突破 前進ができなくなったXラウンダーの一部は弱い箇所を狙って戦線中央へと移動し、そこでウルフとAGE2に乗るアセムと交戦している。

 味方の攻勢が頓挫したことで、ヴェイガンの司令官であるゼハートは兄デシルと共に出撃する。これは、状況を打破するに足る予備戦力がヴェイガン側 にもうなかったことを意味する。ゼハートは、ビッグリング攻略に、最初からほぼ全力を投入したのだ。戦力の逐次投入は各個撃破の的であるから、考え方とし ては正しい。また、あまり時間をかけると、ビッグリング救援のため、連邦軍部隊が集結してしまう。時間はヴェイガンの敵だ。

 しかし、おそらくそこまでフリットは見切っていたのではないかと思う。
 ゼハートとデシルのふたりのXラウンダーが戦線を押し上げ始めた時、フリットはためらうことなく自らAGE1で出撃している。
 これはこの時点でフリットが勝利を確信したためであろう。すでにこの状況までが想定内で、自分が出撃することも含めて後の作戦をどうするかもあらかじめ決めてあり、それゆえに参謀のアルグレアスに何も言わずに出撃し、アルグレアスもまったく驚く様子がなかったのだ。

 では、いったい何がフリットとアルグレアスをして、ゼハートとデシルが出撃した時点で勝利を確信させたのか?
 それは、「時間」ではないかと思う。

 この後、カメラはフリット対デシル、アセム対ゼハートに集中しており、他の戦線でどのような戦いがあったかは分からない。
 が、結果としてヴェイガンは大型艦1隻を失う損害を被り、ゼハートに代わって指揮をしていたメデル・ザントがゼハートに撤退を進言することになる。この時のメデル・ザントの言葉が興味深い。

「連邦の戦術によって、我が部隊の多くが退却を強いられており――」

 そう、撃墜されたのではなくて、退却を強いられているのである。
 可能性として考えられるのは、ヴェイガン側のモビルスーツ部隊が燃料や弾薬が切れて母艦へと後退し、それを連邦が追撃してついには大型艦の一隻を落とした、ということである。
 ヴェイガン側のモビルスーツは攻勢に出る必要上、推進剤をどんどん消費して機動し、連邦軍の防衛線に穴を開けようとした。Xラウンダー部隊『マジシャン ズエイト』が戦線の左翼で頭を押さえられた後、戦線の中央まで出てアセムとウルフと交戦していることからも、それが伺える。
 華々しい機動戦は、だが、推進剤の過剰消費につながる。推進剤と共に攻勢のモメンタムを失ったヴェイガンは、部隊単位で後退し、前線からは櫛の歯が抜けるように穴が生じる。そこを連邦軍は突いたのだ。敵を倒すのではなく、敵が後退した穴を埋めるように。
 序盤からの、やたらと細かいビッグリングからの戦術指揮も、モビルスーツ部隊の推進剤消費をできるだけ小さくするため、だとすると納得できることは多い。
 それを悟ったからこそ、ゼハートは撤退を決めたのであろう。フリットのAGE1が脅威だったのではない。フリットがゼハートとデシルとの戦いに出る前に、すでに自軍の勝ちを決めていたことに気が付いたのだ。

 つまるところ、この戦いは最初から最後まで、フリットの掌の中で行われていたことになる。高いステルス能力を持ち、Xラウンダー部隊をも有する ヴェイガンの戦術的有利と、短期決戦でビッグリングを落とす必要がある戦略的不利を見切って作戦を立てていたフリットに、ゼハートはまったく歯が立たな かった。

 恐るべきはやはり、天才フリット・アスノということだろうか。がんばれ、アセム! お父ちゃんを超えるのは息子の役目だ!

『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説その6:火星植民

2012年2月28日 『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説 No comments , , , , , , , , , , , , , , , ,

 機動戦士ガンダムAGEに出てくるギミックや台詞を元に妄想をたくましくしていくSFネタ解説シリーズの6回目。

 第6回はガンダムAGEの敵役、UE(アンノウンエネミー)あらためヴェイガンが生まれるきっかけとなった火星植民である。真面目七分に法螺三分、大嘘ついても小嘘はつくなの三割精神でいく。最後までおつきあいいただければ、幸いである。

 火星植民とその失敗というと、SFでその例は列挙の暇もない。
 有名どころをいくつか紹介すると、レイ・ブラッドベリの『火星年代記』。これの失敗は、人々が地球に魂を引かれてしまったからだ。東西の冷戦が全面核戦 争となり、ラジオでそのニュースを聞いた火星植民地の人々が、何やかにやと理由をつけて夜空に浮かぶ地球をながめていると、そこから発光信号で伝えられ る、戦争勃発の知らせと、「カエリキタレ」の言葉。この「カエリキタレ」は今読んでも涙がだばだばとあふれんばかりの名シーンである。
 また、光瀬龍さんの『宇宙史シリーズ』における火星植民都市も、その多くが荒廃し、砂に埋もれるようにして消えていく。火星の乾いた砂の上に作られたこの中でしばしば語られる“東キャナル市”という言葉は、日本SFの生み出した素晴らしい言霊のひとつであろう。
 漫画でいえば、萩尾望都さんの『スター・レッド』の火星でも植民が失敗している。なぜかあらゆる胎児が死んでしまうため、植民不可として見捨てられた火 星は流刑星として扱われるが、そこでどういうわけか生き残り、子孫を残し続けた火星人が超能力を得て、再び地球を訪れた人間と敵対する、というものであ る。
 ガチな戦争というと、川又千秋さんの『火星人先史』はカンガルー改良型の知的生物を火星に送り込んで奴隷&食料として使役するもカンガルーの反乱で火星 から人間が追い出されてしまうし、荒巻義雄さんの『ビッグ・ウォーズ』では火星はテラフォーミングによって海を持つ惑星になるも、太陽系に帰ってきた神々 によって人類は火星から駆逐されてしまう。

 さて――それまで大量に描かれていた火星植民を扱ったSFは、ヴァイキング1号、2号が火星に到着した頃になると、しだいに新しい話があまり語ら れなくなっていく。もちろん、『マン・プラス』『赤い惑星への航海』『レッドマーズ』『火星夜想曲』『火星縦断』などなど、その後も火星を扱ったSFはそ れなりに豊作である。谷甲州さんの『航空宇宙軍史』でも、『火星鉄道一九』のように、オリュンポス山の火口をまるごとリニアカタパルトにしている工学技術 的に希有壮大なお話も出てくる。

 だが、それらに共通するのは――『火星夜想曲』のような、少しファンタジー寄りの話をのぞくと――ガチでハード寄りのSFなのである。
 ひとむかし前の、火星にまだ運河が見えてた時代には、それこそH.G.ウェルズが『宇宙戦争』でタコ型の火星人だしたり、エドモンド・ハミルトンの 『キャプテン・フューチャー』シリーズの地球よりも古い古代王朝が存在する星だったり、エドガー・ライス・バロウズの『火星のプリンセス』あられもない格 好のお姫様に卵を産ませたりと「ちょっとエキゾチックで、手頃な舞台装置」として扱われていた火星も、気が付けば、生半可な科学知識で触れにくい、ちょっ と重たい星になってしまったのだ。

 そして同時に、火星の扱いが難しくなった理由のひとつが「なんで苦労して火星で暮らすの?」である。これは、こと日本においてはガンダムもおおい に関係していると我田引水できなくもない。機動戦士ガンダムが、「スペースコロニー」という宇宙に浮かぶ人工の大地を、もっともらしく描けてしまったせい で、「わざわざ惑星に降りなくても」という、コペルニクス的転回が、あまりSFに濃くない人にも、それなりに広まったのである。やはり、視覚情報は偉大で ある。
 実際問題として、火星を「人が暮らすようにする」ためのテラ・フォーミングには、どう見積もっても、天文学的な時間とお金がかかる。お金の方は何とか誤 魔化すとしても、時間は難しい。なお、これまたコロンブスの卵的に「時間がかかるなら、時間を早めればいいじゃない」という火星植民のSFがロバート・ チャールズ・ウィルスンの『時間封鎖』である。
 むろん、ここでも人間の叡智に限りはなく、「火星全部をテラ・フォーミングしようとするから難しいんだ。火星には渓谷がたくさんあるんだから、そこに蓋 してその底だけ暮らせるようにするとかどうだろう」とか「特殊な植物でドームのように覆った中で暮らすというのはどうだろう」とかいろいろと手は考えられ ている。アニメ『カウボーイ・ビバップ』の火星も、そんな風にして都市の周囲に、空気の壁を作っている描写があった。

 だが、やはり火星は遠い。
 そこに植民都市のひとつふたつを作るのは何とかなっても、大金のかかるプロジェクトを、いつまでも維持することは政治的な理由で難しいだろう。
 
 そこで思い出すのが、人類が月へと熱狂的に向かった1960年代の月レースである。
 松浦晋也さんが、この時代の宇宙開発をして『戦争型宇宙開発』(大人の科学マガジン/ロケットと宇宙開発)と称されたことがあるが、戦争や宗教などで生まれた人々の熱狂は、時に、経済原則を無視してでもひとつの方向へすべてを投入することがある。
 ガンダムAGEにおける過去に連邦が行った『マーズ・バースディ計画』というのは、そういう、一時の熱狂が生み出した計画なのかもしれない。そして熱狂 が冷めた時、連邦も、地球に残った人々も、火星について忘れてしまったのだろうか。金のかかる地球からの物資や援助を打ち切り、それが火星に住む人々の命 の綱を断ち切ることにつながると分かっていても、いや、分かっていたからこそ、後ろめたさのこもった思いから、すべてを「忘却しようとした」のではないだ ろうか。
 次第に乏しくなる物資をやりくりしながら、火星の人々は、明日は、物資が届くか。来年には、支援が再開されるのではないか。そう望み、何度も地球へ通信を送るが、やがて自分たちが捨てられたことに気付かされる。
 明日の人類の未来を切り開く英雄として送り出されながら、金や物資がもったいないからという理由で打ち捨てられ、それだけなら我慢もできたろうに、記録も消され、すべてが「なかったこと」にされていく。
 ある程度民主的で、そこそこに開かれた情報化社会でそのようなことができる場合、その理由は一部の支配階級、ビッグブラザー的な統制ではありえない。地 球に暮らす人々の多くが、政府が消していく火星植民の情報を、「黙って受け入れた」からに他ならない。罪の意識を、いつまでも持ち続けたくないがために。
 そしてそれこそが、ヴェイガンという組織の根幹にあるのだろう。政治的・経済的な理由で援助が打ち切られたのなら、それは仕方がない。そもそもが、火星植民とは無理のある計画だったのだ。壮大な計画が失敗に終わったことは無念ではあるが、受け入れることもできよう。
 けれども、「なかったこと」にされるのだけは。これは許せない。
 火星植民に抱いた夢を、理想を。それが無惨に打ち捨てられていく過程での苦労を、悲しみを。
 そのすべてが、「なかったこと」にされてしまうのであれば。
 それらの思いは、どこに行けばいいのか。
 ヴェイガンが、そうやって生まれ、「なかったこと」にされた恨みを糧に成長していったのだとすれば。
 彼らがUE(アンノウン・エネミー)と呼ばれていることを知りながら、長い間、じっと沈黙を守り続けたことには、理由があったのではないかと私は考える。

 ――呼んでくれ。
 ――私たちの名前を呼んでくれ。
 ――私たちの先祖が、どうやって、どこに送り込まれたのか、言ってくれ。

 もしここで、彼らの名前を呼んでやっていれば。
 「なかったこと」にした過去を取り戻させてやれば。
 UE(アンノウン・エネミー)との間には、また、別の関係が築けたのかもしれない。