戦史

『戦術入門たくてぃくす!!』番外編:戦車乙女の憂鬱

2012年11月2日 戦術入門たくてぃくす!! No comments , , , , , , , , , , , ,

 これは、『MC☆あくしず』連載『戦術入門たくてぃくす!!』の第11回と第12回の間の出来事をショートショートにしたものである。
 この時点で主人公の守人が契約した戦闘妖精には、歩兵科のファン、砲兵科のキャノ、航空科のエリルに加え、装甲科のアルモがいる。他の三人が守人とほぼ同年代であるのに対し、アルモだけは若干年上である。

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『戦術入門たくてぃくす!!』番外編:戦車乙女の憂鬱

「で、どうなのよ? 異世界の勇者クンとは」
 同期の戦闘妖精は、端正な顔をニヤリと崩して、酒臭い息をアルモに吹きかけた。手にするジョッキに入っているのはアルコール度数八八(アハト・アハ ト)%の蜂蜜酒。醸造酒が通常のやり方でここまで発酵するはずもなく、妖精界ならではの魔法で化学反応をいじって作ってある。
「ん……まあ、その。ぼちぼちと、な」
 ここは居酒屋『ウラノス』。前大戦で活躍した騎兵科の戦闘妖精が退役後に開いた店だ。店の名前は、愛馬にちなんでつけたと聞く。
「は? なんで? 電撃戦(ブリッツクリーク)でしょ! 蹂躙突撃でしょ! あんたそれでも、伝統ある騎兵科由来の戦闘妖精なの? しっかりしなさいよね!」
「飲み過ぎだぞ、ブリュンヒルデ……じゃなかった、ヒルデ」
 酔いの回った目でぎろりと睨まれ、アルモはあわてて言い直す。
 ブリュンヒルデ家は女系直系で、居酒屋でこうして酔っぱらってクダを巻いている戦闘妖精は、初代ブリュンヒルデから数えて一三代目である。ブリュンヒル デ、という名前は彼女に重いらしく、幼名のヒルデか、あるいは士官学校でついたあだ名の十三代(サーティーン)で呼ばれる方を好む。
 名前が重い裏には、かけられた期待と、それを実現できぬ現実とがある。歴代のブリュンヒルデたちが天馬にまたがって空を駆けていたのも今は昔。十三代目 はヘリコプターを用いた空中騎兵となっている。空中騎兵は、将来の花形兵科の呼び名も高いが、今のところは脆弱性と火力不足に悩んで特殊作戦がせいぜいと いうありさまだ。
 ――うちも旧家の出だが、彼女はそれ以上だ。久しぶりに召喚された勇者のパートナーに彼女を、という声も大きかったと聞く。
 結局、上の方が守人の適性その他を判断して、ブリュンヒルデとの契約はなくなった。しかし、背後にはいろいろときな臭い派閥争いもあったらしい。それほ どに、守人の潜在力は高かった。何しろ四人の戦闘妖精と契約を交わせているのだ。アルモとしては、他の年若い戦闘妖精たち、エリル、ファン、キャノらが巻 き込まれないよう、あれこれと気苦労の毎日である。
「まーた、周りのこと考えてるんでしょ、アルモ」
「う」
 図星をさされ、アルモは言葉に詰まる。
「戦車は単独では戦えない。いえ、それは戦車に限らず戦闘妖精全員に言えることよ。だから、常に周囲に気を配るあんたは、間違っちゃいないわ」
 ぶすり。ヒルデが皿に並べた焼き鳥に串を刺す。
「でも、それはあくまで戦場での話よ。娑婆では娑婆のルールがある。獲物はこうやって容赦なく追いつめ、そして」
 ぱくり。大きく口をあけて、焼き鳥を放り込む。もぐもぐ。
「このように、美味しくいただく」
「娑婆のルールって……」
「恋のルールよ。早いモノ勝ち。周囲を見て遠慮するのはお門違いよ。一番年上のあんたがそんなんじゃ、下の子だって遠慮して手を出せないわ」
「手を出すって、直接的すぎるぞ」
「あのねー。あんただって、状況はわかってんでしょ? ライバル三人よ、三人。元気なボクっ子に、定番なツンデレ娘、そして毒舌ロリ。属性のある男なら、一発で引っかかるわ」
「守人殿は、そのような男ではない……たぶん」
「そうね。あんたの話を聞く限りじゃヘタレ系ね。ただし、それはカレの表の一面よ。こいつを見なさい」
 鞄から取り出した巻物の封蝋にヒルデは親指を押しつける。固有魔力波動でのみ溶ける封蝋が外れ、スクロールが広がる。しばらく待ってから表面に文字が浮かんだ。封蝋を指定の手続きで外さなければ、文字は浮かばない。妖精界の機密文書で昔から使われる書式だ。
 そうまでして厳重に保管されていたデータに目を通し、アルモは首をひねる。
「『痛いのがスキでスキすぎてスキ』『同級生はドMな奴隷志願』……なんだこれは?」
「あんたの勇者が、あっちの世界でベッドの下に隠してるエロ本のタイトルよ。内容と詳細は奥の方に入ってるから、家に帰って読みなさいな」
「なな……っ。どうやってそんなものを……」
「蛇の道はヨルムンガルドよ。カレの中には、愛想のいいヘタレとは違う、凶暴なものがある。でなきゃ勇者として呼ばれるわけもないわ」
「確かに、演習でも驚くほど度胸のある一面があるな。あの時だって……」
 何回か前の演習のことを、アルモは思い出していた。

 それは、まったくもって不意打ちだった。
 ゆるやかに右カーブを描く道路を走っていた先頭の戦車の前面装甲に閃光が走る。直後にドン、という破裂音が響き、煙がぶわっとあがる。戦車は、残った慣性でずるずると滑るように前進し、左側の路肩をはずれて落ちた。
「一号車がやられた!」
「警戒! 対戦車砲!」
「どっちだ?」
 後方の戦車のハッチからアルモの分身である戦車長が姿をみせ、双眼鏡をのぞく。
 息つく間もなく、二両目の戦車が煙をあげて停止した。破壊された戦車に乗っていた分身が光の粒子となって消える。
 わずか一分の間に二両の戦車が失われた。戦車戦闘における、最大の危機がこれだ。長射程、高初速の対戦車砲、あるいは戦車による待ち伏せによる攻撃は、あまりに早く展開するため、対応の時間がひどく短い。散開したり、隠れたりという余裕がないのだ。
 それでも、二両の戦車を犠牲に捧げてえた貴重な時間が、敵の所在を明らかにした。
「一〇時の方角! 茂みから発砲煙! 距離五〇〇!」
 左前方の茂みからうっすらとたなびく白い煙を見つけた三両目の戦車が急いで後退する。擱座した二両目の戦車の砲塔に光が走り、擱座した車体が揺れた。対戦車砲の砲弾が、戦車の残骸に命中したのだ。
「二両目の車体が盾になってくれている! 急いで後退しろ!」
 後方の指揮車両。アルモは分身の戦車がやられた時の疼痛を感じながら地図をにらむ守人に報告する。
「敵と接触しました。待ち伏せで、戦車二両を失いました」
 それを聞いて、残り三名の戦闘妖精が顔をしかめる。
「こんなに手前で? 目標の町は、ずっと向こうだよね?」
「進撃路として使える道路は三本あるの。残り二本に振り分けも考えるべきなの」
「守人、先に偵察機を飛ばしたらどう?」
 しばらく地図を見て考えていた守人は首を左右に振った。
「この道路が一番、距離が短く状態もいい。平地を走っているから、見晴らしもいいし、戦車を展開させるにも適している」
 他の二本は、森や丘陵地帯を抜ける迂回路で、しかも未舗装な道路となっている。戦車はともかく、歩兵部隊を乗せたトラックだと、道路の状態が悪いとそれだけで進撃速度が落ちる。
「でも、こんな手前で待ち伏せされたんだから、この後、どれだけ待ち伏せされるか、分からないよ!」
「それだよ。こんな手前で待ち伏を受けたということは、敵の目的は時間稼ぎだと考えられる。だから進撃に時間がかかる迂回路を通って、相手の時間稼ぎに付き合う必要はない。ここは、幹線道路を強行突破する」
 守人は地図から顔をあげてアルモを見た。
「後続の歩兵と砲兵を町を攻撃できる場所へ届けるため、戦車部隊には道を切り開いてもらう。損害は覚悟の上だ。いいね、アルモ?」
「もちろんです、守人殿。我ら戦車の装甲は、そのためにあるのです。我が身を盾にして友軍の安全を確保できるなら、本望です。どうぞ、存分に我らをお使いください」
 アルモは胸を張って答えた。

 そして再び居酒屋。
「はーん。その自慢の胸を張って。はーん。なんかもう、どうでもよくなってきたわねー」
 ヒルデがジト目でアルモのゆさゆさと揺れる大きな胸を見た。アルモは顔を赤らめて胸を隠す。
「何を言う。胸(ここ)は関係ないだろうが。それにこれで分かったろうが、守人殿は、優しいというだけの方ではない。勝つために必要であれば、犠牲が出ることも許容する強さを持っておられる」
「はいはい、ごちそうさま。でも、どうしたのよ、その演習。聞いてるだけで被害大きそうじゃない」
「それほどでもない。守人殿に頼んで、重戦車を召喚させてもらったからな」
 重戦車は、分厚い装甲を持つ戦場の缶切り役だ。敵の砲火を自らの装甲で弾き、突破を果たす。重いため、脆弱地形などでは使えないが、場所が平地の幹線道路であれば、その実力をいかんなく発揮できる。
「そして、あんたは追加の契約で濃厚なキスをぶちゅっと」
 ヒルデが、うりゃうりゃとひじで小突くと、アルモもぎこちないウィンクで返した。
「そのくらいの役得はあってしかるべきだろう。ま、同期に心配されなくても私はそれなりにうまくやっているということだ」
「……便利な女として使われてるだけっぽくもあるんだけど」
 ヒルデはぼそりと言ってから、蜂蜜酒のジョッキを掲げた。
「ま、これならライバルが増えても大丈夫そうね。よかったよかった」
「そうだな。いくらライバルが増えても……おい、今なんて言った」
「あれ? 聞いてないの? 五人目、もうすぐよ。ミサイルの戦闘妖精の子が入ってくるわ。今は女王様の侍女をやってるから、分類でいけば年下の健気系ね」
「待て。聞いてないぞ」
「大丈夫、大丈夫。おっぱいは小さいから。平たいから」
 酔いがまわってきて、いろいろどうでも良くなった感のあるヒルデが、手をひらひらさせて、けっけっけと笑う。
「そういう問題じゃない!」
 対して酔いが醒めた感のあるアルモがテーブルを叩いて詰め寄るが、ヒルデは取り合わない。
 戦車乙女の憂鬱は、まだまだ続きそうだった。

(おしまい)

『戦術入門たくてぃくす!!』番外編:無人島サバイバル

2012年10月27日 戦術入門たくてぃくす!! No comments , , , , , , , , , , , ,

 これは、『MC☆あくしず』連載『戦術入門たくてぃくす!!』の第12回の後の出来事をショートショートにしたものである。
 『MCあくしず』26号か、rondobell(ろんどべる)さんの、こちらのイラスト MCあくしずvol.26と合わせてどうぞ。

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『戦術入門たくてぃくす!!』番外編:無人島サバイバル

 雨粒が、強い風に煽られて洞窟の内側まで吹き込んでくる。嵐の到来と共に気温も下がったのだろう。水着にパーカーを羽織っただけでは寒いくらいだ。
「こっちにおいでよ。ちょっと狭いけど、ここなら濡れないし」
 だから、守人のその言葉は何ら下心のない、相手を気遣うものだったのだが、返ってきたのは、警戒心に満ちた冷たい視線だった。
「……いいです」
 しばらくして、視線をそらしてからぼそっと呟くように言ったのは、ミーシャという少女だ。戦闘妖精(タクティカルフェアリー)の名を呼び名を持つ妖精族のひとりである。
 こちらは地球の、何のことはない一般的な青年である防人守人(さきもりもりと)は、どうしうたものか、と頭をかいて考える。
 ふたりがいるのは、昨日の演習で使い、今日は皆で遊んだ海岸に近い小島である。演習時に召喚した兵器のいくつかが残っていることが判明し、手分けして片づけていたら、突然の嵐に襲われ、とりあえず洞窟に避難したのである。
 ――やっぱり、俺が何かやったんだろうなぁ。
 いつも彼と妖精界で戦闘演習に参加している四人の戦闘妖精(ファン、キャノ、エリル、アルモ)の後輩にあたるミーシャは、もともと引っ込み思案なところがあるが、守人に対してこのような態度に出ることは、これまでなかった。
 連戦に疲れ果てた守人が浜辺で寝ているところに、ミーシャがやってきて……そう、そこで何かを守人はしでかしたらしい。
 本人は夢の中にいたので何をしたのかは分からないが、気が付くと、ミーシャにぼこぼこにぶっ飛ばされていたのだ。かすかに覚えているのは、掌に残る柔らかな感触……ボリューム的にはちょっと微妙。
「……じーっ」
 手をわきわきさせている守人を、ミーシャは疑惑の目で見た。
 ――やっぱり、信じられません。こんな人が妖精界を救う勇者だなんて。
 普段は女王の侍女をしているミーシャだが、将来は戦闘妖精として世界樹を侵略者から守るべく、研鑽を積んでいる。だが、戦闘妖精が単独で使える力は、 微々たるものだ。レベルに応じた分身をひとつかふたつ。自らを危険にさらさずに戦えるのは利点だが、戦争でものを言うのは、やはり数だ。
 ――昨日の戦闘演習での、先輩たち……すごかった。
 対上陸演習。小鬼兵たちが扮する大軍に、四人の戦闘妖精はそれぞれ数百の分身を出して戦った。演習ということで力を加減しているが、実戦ではひとりが千、あるいは万の分身を出して戦うことになる。
 そして、それを可能にしたのが、戦闘妖精と契約を結んだ守人の力だ。戦闘妖精と勇者の契約は、唇を重ねることで行なう。ミーシャの先輩たちは、嫌がる様 子もなく……というか、むしろ競い合うかのように、守人と唇を重ねた。そして、守人から得た指揮力を費やして、分身たる歩兵や戦車、戦闘機や大砲を顕現さ せて戦ったのである。
 その時の凛々しくも艶やかな四人の姿を思い出し、ミーシャはそっと自分の唇に指をあてた。
 ――私も、いつかあんな風に……女王様はまだ早い、って言ってたけど。私だって、ちゃんと鍛錬はしてるもの。心の準備だって……心の準備は……まだ、だけど……
 ちらり、と守人を見る。
 昼間、守人に胸を掴まれた。セクハラである。
 だから、たたきのめした。正当防衛である。
 その後の四人の戦闘妖精の取り調べで、守人は寝ぼけていただけで、守人がかぶっていたエリルの下着も小鬼兵の悪戯なのだと分かった。だから、守人をそのことで恨んではいない。
 ミーシャが気にしていたのは、別のことである。
 ――あの後、守人さんを取り囲んで拷問……尋問していた先輩たち、すごく……活き活きしてた。
「まったく! まったくもう! 守人はしょうがないんだから! ボクたちがいないと、すぐ、しょーもないことするんだから!」
 手をぶんぶんと振り回し、乳もゆさゆさと揺らして怒るファン。
「これはもう監視カメラの設置が必要、なの」
 砂浜に正座させた守人の後頭部を、ぺちぺちと叩くキャノ。
「今回は小鬼兵のいたずらだったようですが、騒ぎになるのは精神の鍛錬が足りてないからですぞ、守人殿」
 腕組みをして守人の正面に立ち、くどくどと説教をするアルモ。
「それより私が気にしてるのはね、守人がなーんにも覚えてないってことなのよ。なんかあるでしょ! 乙女の下着を顔にかぶったんだから!」
 守人のほっぺたを、ぎりぎりと締め上げるエリル。
 ――先輩たち、守人さんのこと、本当に信頼してるんだ。そうだよね。これまでたくさん一緒に演習を重ねてるんだもの。心が結ばれてなきゃ、あんなすごい演習、できないよね。
 戦闘妖精と言っても、誰もが勇者と契約できるわけではない。実戦経験を積んでレベルが高くなった戦闘妖精が契約すると、元の世界では一般人でしかない勇 者など、精気も生命力も根こそぎ吸われて干物である。そうならないためにも、召喚した勇者とレベルの低い新米戦闘妖精を組み合わせて演習で育てなくてはな らないのだ。
 ――なのに、私は演習のお手伝いをするだけ。契約なんか全然させてもらえない。
 守人と契約する前の四人の先輩は、ミーシャとさほど変わらない力しか持っていなかった。しかし、今や力の差は歴然としている。守人もそうだ。もし契約で はなく、実戦でマナを消費して戦闘妖精にあれだけの分身を顕現させるには、古老(エント)の森をまるごとひとつ、枯れ果てさせる覚悟がいるだろう。
 ――私では、守人さんと契約できないのかな。私には何が足りないんだろう。まさか……その……色気、とか?
 そこでミーシャは、はっ、と気が付く。彼女は妖精族女王の侍女をしているせいで、いわゆる極秘文書みたいなものを、その気がなくても見ることがある。
 ――お城でのパーティーの後、女王様は守人さんのこといろいろ調べてた。守人さんは昔、女王様が戦闘妖精だった頃に出会った勇者様の子孫らしいって……そして前の勇者様は、それはそれは……おっぱいが大好きだったって……
 ミーシャは自らの胸に手をあてる。
 ぺたん。
 悲しいほどにささやかな感触。対して、先輩たちの胸はいずれも――エリルでさえ――それなりのボリュームを誇っている。もしも、守人との契約の可否を決めるのが、胸の成長であるのだとしたら……
 くらり。
 努力ではとうてい超えられぬ壁の高さに、めまいがする。視界が歪み、洞窟の床が眼前に迫り……
 がしっ。
 意外なほどに逞しい腕が、倒れかかったミーシャの細い身体を支えた。のぞきこんでくるのは、演習の時にちらちらと横目で見た真面目な守人の顔。普段のだらけた表情とはまるで違う。
「やっぱり熱があるんだな。くそっ、なんで言わなかったんだ」
 体調の不良に気付かれていた、という恥ずかしさと。
 自分の様子をきちんと見ていてくれたんだ、といううれしさに、ミーシャはどぎまぎする。
「その、ちょっと寒気がするくらいで……この程度なら、大丈夫ですから」
「大丈夫なら、倒れたりしないって」
「……すみません」
「謝らなくてもいい。それより、どうするかだな」
 守人は洞窟の奥のくぼみに自分のパーカーを脱いで床に敷くとミーシャを座らせた。そしてミーシャを守るようにその前に立ち、洞窟の外を見る。
「雨は止みそうにないし、暗くなってきたな。ここで夜を過ごすわけにはいかないし、助けを呼ぶ必要があるな」
「でも、どうやってです?」
「そうなんだよな。装備は何もないし」
「装備……装備、ですか……あのっ! 守人さん!」
 ミーシャは守人の背中に思い切って声をかけた。
「ん?」
「私と、契約してください!」
「え?」
「私も戦闘妖精です。守人さんと契約すれば、装備が呼び出せますから、それで連絡を取れると思います」
「あー、そうか。ミーシャちゃんは、確かエリルやキャノに近いタイプだっけ」
「はい。ロケットやミサイルなどの誘導兵器、無人兵器が私の担当です」
「それなら、通信関係に強そうだね。でも君は大丈夫なのかい? 体調も悪いみたいだし」
「契約はしたことありませんが、体調が悪くても問題はないです。むしろ、戦闘妖精にとっては、パワーアップになるんで怪我や病気、呪いなんかが治る効果もあるそうです」
「あー……思い当たることが多すぎるなぁ。みんな、肌がツヤツヤするんだよね」
「むしろ、負担がかかるのは守人さんだと思います。すみません」
「いや、いいって。俺も最初に何度かぶっ倒れてからいろいろ調べたんだけど、筋肉を鍛えた時の超回復みたいなもので、ああやって吸われることで、俺の中の指揮力の容量が増えるらしいし。最近は、むしろ……モニョモニョ」
「?」
 守人が口を濁したのは、吸われた後でやたらイロイロと昂ぶる、身体への副作用のことであった。
「そういうことなら、いいか。じゃ、その……やるよ?」
「はい」
 両手を胸の前で組み、ミーシャはおとがいを上げて目を閉じた。まるで修道女が祈りを捧げているようで、この少女の唇を奪うことに守人はためらいを覚えた。
 ――やっぱり、四人と比べると華奢だよな。キャノは小さいけど、ああみえてタフだし……なんか、女の子を騙している悪いお兄さんな気分になっちゃうな。
 しかし、今は他にいい手がない。最悪でも、契約の力でミーシャを元気にできる。
 ――ごめんよ。
 罪悪感を押し込め、守人はミーシャの上にかがみこみ、唇を重ねた。

 ずるっ。

 ――?!

 ずるるっ。

 ――な、なんだっ?!

 ずりゅりゅりゅりゅりゅりゅっ。

 ――何が起きてるんだっ?

 他の四人の戦闘妖精との契約では感じたことのない違和感。そして次の瞬間。まるで底なしの沼に足を踏み入れたような、身体の中の何もかもが吸い取られていくような恐怖に、守人は無意識にミーシャから離れようとした。
 がしっ。
 逃げられなかった。ミーシャの両手が守人の首にまきつき、しがみついている。そしてその間も、契約は続行していた。守人の中から、意識と共に精神力のこ とごとくが吸われ、ミーシャの中に入っていく。すでに一回の演習で四人の戦闘妖精全員に分け与える分の指揮力はとうに吸われている。なのに、ミーシャの底 は、まるで感じられない。どれだけ注ぎ込んでも満たされることがない空っぽの聖杯。
 がくん。
 守人の膝がくずれ、洞窟の床に落ちた。そしてそのまま、仰向けに倒れていく。
 ミーシャは離れない。目を閉じ、唇を重ねたまま、守人に覆い被さってくる。
 ごつん。
 洞窟の床に後頭部をぶつけ、その痛みが消え落ちかけた守人の意識を一瞬だけ覚醒させた。ミーシャとの唇が離れ、契約が終わる。
 消えゆく意識の中で守人が見たのは、祈りを捧げていた時と同じ、あどけなさの残る少女の顔。だが、その唇には、他の戦闘妖精との契約では見たことのない、妖艶な微笑みが浮かんでいた。
 再び守人が目覚めた時、目の前には逆さまになったミーシャの顔があった。心配そうな顔で、じっと守人を見つめている。
「ん……ミーシャ?」
「守人さん。よかった、痛いところとか、ありませんか?」
「ああ。キスしたら、なんかこう……吸い込まれるような感覚があって……」
「私のせいです。私が吸い過ぎちゃったせいで……」
 ミーシャは今こそ、女王の言葉の真意を理解した。『契約するには、まだ早い』のは、ミーシャの側ではなく、守人だったのだ。守人がもう少し成長して己の力を増さなくては、ミーシャとの契約で守人がシオシオになってしまう、という意味で。
「……でも、良かった。守人さん、目を覚ましてくれて」
 ぐすっと、涙ぐむ様子からは、守人が気絶前に見た(?)妖艶さは欠片もなかった。
「ごめんな、かっこ悪いところ見せちゃって。契約もうまくいかなかったし」
「そんなこと、ありません。契約はちゃんとできました。ほら」
 きゅらきゅらきゅら。履帯の音に首を傾けると、旅行用トランク大の箱形のボディに無限軌道を取り付けた車両が洞窟の入口に見えた。
「あれは弾薬運搬車両(ゴリアテ)じゃないか」
 危険な地雷原や障害物に無人で接近し、自爆して切り開く車両である。今は投光器を背負っており、その明かりで洞窟の中を照らしている。外はもう、真っ暗だ。
「はい。洞窟の外には、誘導ミサイルもあります。私、守人さんと契約できたんです」
「良かった。よ……っ、とと」
 起きあがろうとして、守人はふらついた。ミーシャがそっと身体を寄せて支える。ぴとりと吸い付くように重なる肌の感触に、守人の中の獣の部分が滾る。
「うわっ、こりゃまずい」
「そうです。だめですよ、守人さん」
「いや、そっちじゃなくて。この格好でこの体勢だと肌がこすれて……いろいろ、まずい」
「何がどう、まずいんですか?」
「いやその……男にはいろいろ……うひょぉっ」
 守人の足と足の間に、ミーシャの足がするりと滑り込んだ。太股やふくらはぎがこすれあい、守人は情けない声をあげる。
「み、ミーシャちゃん、あの……」
「何も、まずくないんですよ、守人さん」
 ミーシャがにっこりと笑う。あどけなく、愛らしく。そして、捕食者の笑みで。
 しゅばばばっ。しゅばばばばっ!
 猛烈な光と、音。そして煙と熱せられた蒸気が洞窟の入口から吹き込んできた。
 ミーシャが呼び出した誘導ミサイルが打ち上げられたのだ。
 螺旋を描く白い煙の尾を引いて、誘導ミサイルが天高く上がっていく。暗い夜空を切り裂くこの目印を見て、ふたりを探している他の戦闘妖精たちも、すぐに駆けつけるだろう。
 洞窟の中でふたりのシルエットがひとつに絡み合い、床へと倒れたところで。
 弾薬運搬車両(ゴリアテ)の投光器が、消えた。

(おしまい)

『帝国の「辺境」にて 西アフリカの第1次世界大戦 1914~16』こんぱすろーず かえりみられることの少ないWW1の西アフリカ戦線をまとめた労作

2012年9月6日 雑記 No comments , , , , , , , ,

 今年(2012年)の夏コミで頒布された同人誌。
 ツイッター経由で内容を聞き、通信販売でお願いして取り寄せ。
 内容は、日本語の資料がきわめて乏しいWW1の西アフリカ戦線を、英仏の公刊戦史をはじめとする、豊富な参考資料を背景に、西アフリカ植民地の成り立ちからその経済、そして本国との関係まで踏まえてまとめられた、貴重な一冊である。

 第一次世界大戦が始まる前、西アフリカには列強の植民地がパッチワークに存在しており、その中にはドイツのトーゴランドと、カメルーンとがあった。
 あるにはあったが、いざ世界大戦ともなると、この地域はいささか以上に、ドイツにとっては手に余る土地であった。
 何しろ、敵にしたのがアフリカの他の土地を広く領しているイギリスとフランスである。また、イギリス海軍が相手では、ドイツ本国とこれら植民地との間は切り離されたも同然、孤立した籠城状態。
 第一次世界大戦以前の列強同士の戦争の習いで行けば、戦後の外交交渉の取引材料として、英仏に占領される危険があったし、それを防ぐのは困難であろうと思われた。

 一方の英仏にしても、ドイツの西アフリカ植民地は手を出すには難しい土地であった。この地は、農業生産力はそこそこあり、それゆえにアブラヤシや カカオという商業作物の農園が広がっていた。意外ではあるが、ドイツが主に列強グループの面子として西アフリカに地歩を築いたことで、この地域には国家の 統制が及ばぬ自由市場的な発展があり、このままゆっくりと時代が流れ、資本の蓄積と都市化に伴いアフリカ人中産階級が発達すれば、いずれは西アフリカ経済 が工業化へ離陸し、ひとりだちができる可能性もあった。
 しかしそれはあくまで未来の話。WW1開戦時の西アフリカは、社会のインフラがお粗末な上、ツェツェバエのような寄生虫のせいで馬や驢馬を用いた当時の 軍事行動を支える兵站の維持がはなはだしく困難だったのである。列強がヨーロッパ戦線でみせた大軍を運用するなどもっての他であり、そしてそれゆえに、要 所に配置された少数の機関銃陣地に支援された防衛線は、弾薬の続く限り難攻不落であった。

 また、ドイツも英仏も共に、第一次世界大戦がまさか国家の総力を投入した4年にもおよぶ長期の戦いになるとは、思ってもいなかった。そのことによ る、戦略的な錯誤は主戦線である欧州戦線でもさまざまなドタバタを生んだが、これが辺境の植民地では、さらなる悲喜劇となって現れた。

 ドイツが国家の威信と技術力を結集して築いた巨大なカミナ無線ステーションをめぐるトーゴランドの戦いは、カミナ無線ステーションを中継した大西洋通商破壊戦を危惧した英国海軍と、現地の野心あふれる前線指揮官の暴走に引きずられる形で比較的短期決戦となった。

 英領ナイジェリアと、フランス領赤道アフリカ、ベルギー領コンゴなどに挟まれた形のドイツ領カメルーンは、熱帯雨林のジャングルと貧弱なインフラ こそが最大の敵となって長期戦になり、最後には後詰めのない籠城戦につきものの防衛側ドイツ軍のちょっとしたミスが戦線の崩壊を生み、決着がつく。

 本書は、このふたつの植民地での戦いを軸に、小さな戦いでの部隊の戦術的機動や、ポーターを用いた兵站線の苦労などのエピソード、本国と植民地の意見の相違などを、豊富な参考資料を元にまとめられている。
 まことに読み応えがあり、知的興奮を覚える一冊であった。
 この本の著者であるこんぱすろーずさんに、感謝し、ここに紹介したい。

『白い死神』ペトリ・サルヤネン 理解はすれども共感はせず。狙撃の名手は、標的をあるがままに受け入れる

2012年4月5日 雑記 No comments , , , , , , , , , , , , , , ,

 シモ・ヘイヘは、銃や戦記物に興味がある人ならば、知らぬものがいない有名人である。狙撃の名手であり、1939~1940年の『冬戦争』では、ソ連兵542人の狙撃という戦果を挙げている。
 『白い死神』は、そのシモ・ヘイヘに実際にインタビューを行い、彼と関わった人や戦争についての調査を行ったヘルシンキ大学の歴史教師ペトリ・サルヤネンによる著書である。
 本書では、スキー板の上に載せた防盾(ぼうじゅん)をソ連軍が使っていたとか、その防盾を撃ち抜くための特殊な弾薬(鉄芯弾?)を部隊長が申請していた とか、擲弾発射器(グレネードランチャー)による積雪の中への擲弾投射は、着発信管が作動しにくく、不発が多いらしいとか、戦場における細々とした描写 を、フィンランド第34歩兵連隊第2大隊戦闘日誌から拾っており、冬戦争について知りたい方にもオススメの作品となっている。(梅本弘さんの『雪中の奇 跡』も合わせてオススメしたい)

 さて狙撃兵と言えば、戦場では敵から嫌われ、憎まれる存在である。捕虜として捕らえられずに殺されたり、あるいは拷問を受けたりという逸話も聞かれる。
 では、人を銃口の先に捕らえ、引き金を引いて殺す狙撃兵とは、常人とは異なる、異質な人間なのだろうか?
 本書に描かれたシモ・ヘイヘの事績から伺える狙撃兵としての資質は次のようなものだ。

・標的への高い理解力
 戦後の狐狩りでもそうだがシモ・ヘイヘは「標的が何をするか」を、しっかりと理解している。どう動くか、いつ動くか。それが分かっているからこそ、待ち伏せも可能であるし、逃げる標的を追うことができる。

・皆無に等しい共感力
 第11章「大隊戦闘日誌」にひとりのソ連兵が登場する。失敗に終わった攻勢で仲間が大勢死に、本人は死体の山の中に隠れて死んだふりをしていた。そして、夜が近づいてきて、あともう少しで周囲が闇に包まれるというのに、片足を引きずりながら走り始めるのである。

>>>
 「神経がいかれたな」ヘイヘは思った。
 これはよくあることだった。あと一歩で助かるところまで来ると、最後まで慎重な行動をとり続けられなくなってしまう者が多いのだ。
>>>(P147)

 ヘイヘは、このソ連兵を狙撃して殺す。この場面が、ヘイヘのインタビューで語られた実際の出来事なのか、それとも、作者の想像を元にした戦場の一場面なのかは分からないが、それほど的はずれな場面とは思えない。いかにもありそうな話である。
 私は想像してみる。私に――このソ連兵が撃てるだろうか?
 哀れなびっこのソ連兵! 彼の抱く恐怖と、生への狂おしい執念を我がことのように感じるようでは、引き金を引くことはできないだろう。
 だが、ヘイヘは淡々と銃の照準をのぞき込み、風や弾道を考え、ソ連兵の動きから未来位置を測定し、そこに銃弾を放つ。『憎悪のためでも、復讐するためでもなく、ただ父から受け継いだ土地をこれからも耕し続けるために』(P149)ヘイヘは、ソ連兵を殺すのである。
 ここにあるのは、共感の断絶だ。相手の願うこと、望むこと、それらを、『それはそれ、これはこれ』ですっぱりと割り切ってしまうことで、相手を殺すことへの疑問や葛藤を抱かずにいられるのだ。
 ここに関しては、確かに狙撃兵の心理には、通常の人では難しい割り切りが、すっきりとできているように思える。相手の心に共感したまま殺す異常な心理状態なのではない。割り切りがきちんと出来るのが、特殊な才能というだけのことだ。

 では狙撃兵の持つ、この割り切りは、どこから生まれるのだろう?
 それは、現実を「かくあって欲しい」「かくあるべきだ」と見るのではなく、「あるものを、あるがままに」見る感覚だと思う。
 戦後のシモ・ヘイヘは、静かな、自分が戦った戦争についてあまり語ることのない人物であったという。政治的、思想的な問題に巻き込まれることを嫌い、できるだけ人のいない森の中で暮らしてきた。
 政治や経済は「かくあって欲しい」「かくあるべきだ」という考え、物の見方が主流になる。そうやって人の思いや力を集めることで、政治や経済は動いている。
 「あるものを、あるがままに」見る人間は、現実を許容する。風が吹けば弾道はそれる。距離が遠ければ弾道は下に落ちる。自然における可能と不可能は、人 の希望や祈りとは無関係である。願いや思いが力になるのは、人と人の間だけである。自然や戦場では、願いや思いで不可能なことが可能になったりは、しな い。

 シモ・ヘイヘは、なすべきことを、ただなした。
 それを、どのように考えるのか。
 それは彼の事績を追う個々人の問題である。

『戦国の軍隊 現代軍事学から見た戦国大名の軍勢』西股総生 封建制の軍隊は、いかにして兵種別編成方式を成し遂げたのか?

2012年3月27日 雑記 No comments , , , , , , , , , ,

 西股総生さんは、これまでも雑誌『歴史群像』で『後北条氏の本土決戦』(No.77)や『河越夜戦』(No.103)など、主に東国の戦いに関する記事や、各地の城に関する優れた記事をいくつも書かれておられ、勉強させていただいている。
 その西股さんのこれまでの戦国時代に関する知見のまとめ的な本が、この『戦国の軍隊』である。もちろん、こういうものは研究が進むにつれて上書きされ、 修正もされるものなので、書かれたことのすべてが「真実の戦国時代!」というわけではないだろうが、戦国時代について興味がある方ならば、読んで損はない 素晴らしい内容となっている。

 内容について興味のある方には、実際に読んでもらうとして。
 この後は、本書を元に、私なりに日本の「武士」という軍隊の成り立ちから戦国時代、そして江戸時代までをざっくりと追いかけてみよう。

 大和による日本各地の勢力の制圧という時期を過ぎてまがりなりにも統一政権が出来ると、日本での軍隊は仕事がなくなってしまう。朝鮮半島の内紛に 乗じて外国に出たこともあるが、それも失敗に終わると律令の軍隊は維持コストばかり高い無駄な組織となり――朝廷が恐れていた大陸からの侵攻が来るのはま だ先の話である――国が運営するにはつらくなってくる。

 平安時代になると、軍事力(と警察力)はアウトソーシングが進んで各地の自警団に任せることになる。自警団といっても、守るだけではなく、水源や 良い牧をめぐっては武力で他人の土地や権利を奪う武装商会=ヤクザ屋である。源氏や平家は、その中でも特に有力な一団で、各地のヤクザ屋と盃を交わす大親 分であった。
 実質的な武力を持たない朝廷や貴族は、出入りのヤクザ屋に武力の必要な仕事を任せ、そのかわりに彼らに名誉や権威を提供した。武士=ヤクザの世界は実力 主義だが、テレビもネットも新聞もラジオもない時代に日本全国に散っているので、実際に実力を互いに確認できることなどそうはない。朝廷や貴族に使われる ことは、武士にとって名前を売る絶好のチャンスでもあったのだ。
 だから鎌倉時代までの武士の戦争は、今で言うところのヤクザとその出入りの喧嘩に近いところがある。基本は少人数の戦いで、それゆえに個人の武芸が戦況 に大きく影響した。この頃の武芸とは弓馬の道で、馬に乗り弓を射る。西洋だとこの頃の騎士は馬上槍で突撃をかけていたが、日本はあまり騎馬突撃に向いた地 形ではないし、日本の馬も山の上り下りは得意だが、チャージ向きではない。鎌倉武士は、むしろルネサンス以後の時代のピストル騎兵に近い存在と言えるかも しれない。流鏑馬は、カラコール戦法である。

 平安~鎌倉~室町にかけて日本の弓は合成弓として進化し、射程が長くなっていく。そのため、武士が馬に乗って敵に肉薄して矢をぶち込むという武芸の必要性は薄れてゆき、弓は歩行の兵が制圧射撃として用いるようになった。
 かわりに、武士は打ち物=刀、太刀を使って敵に切り込む重装騎兵の役割を担うようになっていく。加えて南北朝~応仁の乱にかけて軍事技術の発達から陣地 や城塞を用いることも増え、市街戦もしばしば発生したので、武士が下馬して戦うことも多くなる。乗馬戦闘でも下馬戦闘でも、鎧を着、武芸の鍛錬を積んだ武 士は現代の戦車のように、ここぞという要所を押さえる、あるいは崩すために投入されたのではないだろうか。西股さんは専業の武士を『戦場の缶切り役』 (P167)と書かれているが、うまい表現だと思う。
 WW2におけるドイツの電撃戦では、「缶切り役」戦車の集中運用がドイツ軍の勝利に大きく貢献している。集団戦では、役割分担が重要だ。弓は弓、槍は槍、という風に兵種別に編成してまとめて将校(奉行)に指揮させれば、未分離でごちゃ混ぜの部隊を圧倒することができる。
 日本の武士とはもともとが封建領主の集まりである。大親分(大名)から軍役を命じられて手勢を率いて戦場にやってくるが、その指揮官はあくまでそれぞれ の小領主=土豪、国衆だ。大親分(大名)の方が偉いかもしれないが、武士の筋目としては、手下や弟分に何かさせるには、それぞれの親分(小領主)に話を通 してもらわないと困る。勝手はできないので、どうしても手間がかかる。
 戦国時代が続き、各地で大規模戦闘が繰り返されるようになると、兵種別の編成への必要性は高くなってくる。
 最初に兵種別編成が行なわれるようになったのは、間に小領主を挟まない、大名直轄の部隊からである。織田信長だと小領主の次男、三男を集めて編成した子 飼いの部隊がいて家督相続後の尾張統一戦で活躍したし、武田信虎も甲斐の国人衆との戦いに、傭兵と思われる足軽隊を使っている。信虎の息子、武田信玄の部 下にも傭兵隊長(足軽大将)がいて、山本勘助がその代表格のひとりと考えられる。譜代で信玄としても気を使う必要があった重臣たちと違い、傭兵は大名が自 由に投入できる使い勝手の良い軍勢であった。西股さんは本書で北条早雲として知られる伊勢宗瑞が、京都から傭兵隊長(的な仕事をする人物)を引き連れてき たと分析している。

 そして実際に戦ってみれば、やはり兵種別編成で、命令系統がシンプルでそれゆえに素早い軍隊は、寄せ集めの軍隊よりも強かった。家臣の次男、三男 を集めたのか、傭兵として雇ったのかは別として、自分の直轄の手勢で武威を高めた戦国大名は、それ以外の国人衆を圧倒してゆく。
 戦国時代という最適化が進みやすい状況において、封建領主の軍勢は、小領主の子飼いの軍勢の集団から大名が思うがままに動かす軍勢へと変化していった。
 小領主は武士らしい武士として、鎧に身を固め、最新の兵器(火縄銃や軍馬など)を購入し、名誉ある斬り込み隊長的な役割を担当する。と同時に、社会の流 動性によって生まれた傭兵としての足軽や、食い詰めものとしての雑兵を、自分の所領に応じて雇い、大名へと提出する仕事も彼らの軍役の一部となった。
 従来であれば、小領主としての武士は、自分の身内や、所領の若者からそうした雑兵や人夫を提供してきた。血縁・地縁が深い彼らは小領主の子飼いであり、あくまで命令は小領主を通して行なうものであった。
 しかし、戦国時代が進むと、足軽や雑兵は小領主が必要に応じて金で雇い入れる非正規雇用者となる。傭兵的にそれなりに訓練を受け、戦場で働く意欲もある 者もいれば、戦乱や災害で食い詰めて、仕方なく戦場働きをする雑兵もその中にはいる。どちらにしても、小領主はそれまでのように足軽、雑兵への責任や思い 入れがない。軍役として課せられた人数を金で集めただけのパート従業員であるから、集めた足軽が兵種別に再編されて大名の奉行配下に組み込まれても問題は ない。それは戦場に来る前までの武士としての仕事で、戦場に来てからの武士としての仕事は「缶切り役」、つまり、戦意も高く技量もある専業の重装歩兵/騎 兵として、戦場のここぞというところで活躍すれば良いのだ。

 西股さんは、傭兵隊長的な足軽大将を三十年戦争で活躍したヴァレンシュタインの例をあげて説明されたが、私は佐藤賢一さんの描く『傭兵ピエール』的なシェフ(百年戦争の傭兵隊長)が山本勘助や骨皮道賢ら足軽大将にだぶって見える。
 戦国時代を通して傭兵的な足軽が増えてきた原因は、三十年年戦争における「宿営社会」も参考になるだろう。戦争においては略奪がつきものであるが、それ によって破壊された社会の難民やあぶれ者を、傭兵たちの「宿営社会」が吸収して拡大し、さらなる戦乱と略奪の連鎖を生んだというものだ。
 その中で生き残り、勝ち上がってきた織豊系の戦国武将が、合理的で強烈な上昇志向に支えられている一面、どこか刹那的で殺伐とした虚無感を漂わせている のも、彼らの戦いが略奪と、それによる従来の社会――彼ら自身のルーツ――の破壊を伴う、一種の根無し草であったからだと私は考えている。

 戦国の勝者として勝ち抜いた織田信長がその頂点で上昇志向の強い部下の裏切りにより破滅したように、秀吉もまた「自分の死後に何が起きるか」をす べて見抜いていたのではないかと思う。晩年の秀吉は自分の死後に己の身内や部下に何が起きるかを見抜いていたからこそ、平静を失って狂的で冷酷な手を次々 と打ち、それが逆に自らを追いつめるという負の連鎖を生んだ。そして両者の後を継いだ――継がされた――徳川家康と一門は、天下万民のために太平の世を求 めたというよりは、「徳川だけは織田や豊臣のようにはなりたくない」という強いエゴと危機感ゆえに、太平の世を求め、ガチガチの封建制度と地方分権という 停滞しているが安定した社会へと舵を切っていく。

 上昇志向と合理性は、戦国という淘汰圧の強い社会を勝ち抜くために必須であった。
 だが、それがもたらすのは不断の闘争社会であり、戦国の世が終わった後もなお、戦乱がなくては機能しない困った仕組みであった。
 その揺り返しのような江戸時代は、制度として停滞、閉鎖することで安定し、270年の「徳川の平和(パックス・トクガワーナ)」を生むが、日本以外では、上昇志向と合理性で勝利を続けたヨーロッパ的な闘争社会が世界を席巻していた。

 幕末の動乱で再び上昇志向と合理性を手にした明治日本は、それまで抑圧していた分の反動もあってか「ひゃっはー、弱いのはそれだけで罪だぜー!」とノリノリで帝国主義的な闘争社会に踏み込んでいくのである。