俺に明日は来ない Type1 第10章
「ところでさ、この世界で生まれた子供も、その……亡くなったらあっちの世界に行くのか?」 いい加減に話題を変えようと苦し紛れに放った発言だったのだが、まず細川さんの顔色が変わった。 「試してみればいいじゃない。私はもう嫌、2度と子供なんて作りたくないけど」 語気の激しい否定に戸惑う。 何か地雷を踏んでしまったようだったが、どこにあったのかが分からない。戸惑って他の面々の表情を盗み見ると、青山くんは単にびっくりしているだけに見えたが、鈴木さんは沈痛そうな、水上は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 「そろそろ、私は戻るわね。あんまり長いこと二人に子どもたちを任せっぱなしなのも悪いから」 ごゆっくり。細川さんは、つい失敗してしまったと言いたげに下唇を噛みながら風呂場を出て行った。 残された4人の間には、先ほどまでの盛り上がりが嘘のような気まずい沈黙が横たわる。 「……じゃあ、僕もそろそろ出るよ。のぼせてしまったかもしれない」 やがて、脱衣所が空いたくらいのタイミングで逃げるように鈴木さんが先抜ける。 事情を知っているらしい水上と、どうしていいか分からずに戸惑っている俺と青山くんの3人になった。 「俺、拙いこと言っちゃったんだよな」 水上は黙ったまま煙草に火を点けると、やっと口を開いた。 「ここのこと、丁度良いから説明しとく」 「説明って今更、何のこと」 何も写していない彼の目が俺を真っ直ぐ向く。 「みんながどうやってここに居続けているのか、どんな理由でここに来たのか」 確かに考えてみれば、定められた日数を生き続ければこの世界から居なくなり、元の世界に戻るはずだ。なのに、高校で暮らしているみんなはいつも高校で暮らし続けているのはおかしいことだった。 それぞれの事情については……。 「最初に聞くなって言ってたことか。いいのか」 「お前だってもう4回目だし、そろそろいいだろ」 「確かに4回目だけど。関係があるのか」 「4回目は、こっちの滞在期間が8日だから、一週間を超えるんだ」 「だからなんだって言うんだよ。さっぱり分からん」 「俺を含めて、毎週日曜日の晩に、全員死ぬようにしてるんだよ」 毎週、全員、……日曜日? 「……なんの話?」 言われてみれば、今回こちらに来て最初の日に、細川さんが心配していたのは、曜日だった。学校も会社も何もかもないこの世界で、曜日を気にしていた。 「あっちに生き返りたくない奴らは、定期的にこっちで死ななきゃならねえ。高校で暮らしている全員にとって、こっちに居続けるために死ぬ日って言うのがそれは日曜の夜なんだ」 「そこまでして、こっちで暮らしたいのか」 「生き返ってちゃんとした人生を過ごすつもりのお前には分からねえよな。青山、お前らはどうしてた」 「俺らは意識して死ぬようにはしないっすけど、大抵無茶をして死んでました」 「へえ、例えば?」 「クスリやり過ぎたり、そのままバイクに乗って事故ったり。ケンカが撃ち合いになったこともあるっす」 日付が変わる直前にキメて、翌日のうちに死ねばキメ直さなくてもキマるんですよね。無意識だろうが、なにもない腕の内側をさすりながら言った。 「やっぱり生き返ろうとは思わないの?」 「樋口さんは、ちゃんとした生活をしてたんすね。俺らはそうじゃなかったし……こっちの方が居心地がいいっていうか。むしろなんであんなところにわざわざ戻らなきゃいけないんすか」 真顔で問い返されるとは思っていなかった俺は答えに窮する。 「カツアゲされてパシられて、暇だからって殴られて。俺らもやらされた。先輩達の見世物で、プロレスごっことか言われて小さい頃からずっと友達だったやつをお互いに立てなくなるまでボコすんすよ」 「……」 「グループから抜けたくても抜けさせてもらえないし、……俺たちの中で最初にあっちで死んだのは赤羽っす。あいつは小さい弟が居るんすけど、家に帰って面倒を見たいからもう一緒は遊ばないって先輩達に言ったらむちゃくちゃキレられて。大木が赤羽を押さえつけされられて俺が帰れなくなるまで殴れって言われて」 俯いて淡々と話される内容を聞いているだけで気持ちが沈んでくる。 「俺は仲の良い奴に大怪我させたくないから手加減するとそれでまた先輩達が手本だって俺を殴るんすよ。腫れた顔でそれを見てた赤羽が、俺ら3人だけが聞こえるようにもう良いから……殺してくれって」 本人が済んだ話だとばかりに続けるものだから、余計に聞いているのが辛い。 「それでお前はどうしたんだ」 「大木を見たら俺と同じ事を考えているっぽかったんで、赤羽の頭を石で殴ったっす。そしたら、むちゃくちゃ血が出て、動かなくなった赤羽を見た先輩達が慌てちゃって……そりゃそうっすよね。初めて俺たちが先輩にしてやれたんすよ。あの慌て方は笑えたなあ」 青山くんが鼻をすすりながら少し笑った。 「俺らだけ残してみんな乗ってきたバイクとかで逃げていなくなったんで、大木と俺はお互いに持ってたナイフで刺し合って……意外と人間って死なないんだなって思ったっす」 「ごめん、無神経なこと言って。もういいよ」 「全然よくないっすよ」 「いやだって」 「樋口さんにあんなことやっちゃったんすよ。今は3人で仲良くやってるし、……遊び方を知らないからこっち来てもどうすれば良いか分からなくて」 急に俺の名前が出てくるとは。 「あの日の昼間に、大木だけ川っぺりで殺されてたから、俺と赤羽で翌日の夜に大木を連れて行ったんすけど、覚えてますか」 ビルの非常階段でのことか。空中で復活した最初の0時には、3人揃って踊り場から落ちていく俺を見下ろして笑っていた。 [...]