小説

俺に明日は来ない Type1 第13章

 朝を迎えたのがいままでと同様の一人暮らししているアパートではなかったので少し混乱してしまったが、すぐに昨日の記憶がよみがえる。  起き上がって全ての部屋を見たが、まだ両親ともに出勤前の時間のはずなのに、やっぱり家には誰も居なかった。  実家で日付を跨いだから、実家で復活したのだ。  もしかしたら、親方をこちらの世界に巻き込んでしまったかも知れない。慌ただしく最低限の身支度だけ調えると、普段は母さんが通勤に使っている車の鍵を取って家を出た。  生きている世界なら無免許運転だが、死後の世界なら法律なんて関係ない。自動車の運転は鈴木さんに少しだけ教えてもらっただけだが、多少ぶつけたくらいどうという事は無い。集落を抜けて山を下っていくと、みんなで温泉へ行ったときの国道に合流する。つい1週間ほど前は荒れてアスファルトの割れ目から所々雑草が生えていた道が、すっかりあっちの世界と同じくらいまで回復している。  死後の世界に物が持ち込まれているということは、この辺りで誰かが、その人にとっては初めて世界を移動したと言うことだ。  対向車がいないからその分だけスピードが出せて、かなり怖い思いをしながらも無事に麓の高校までたどり着く。 「あれ、樋口さん? 昨日は来なかったから、もうあっちで死ぬことはないだろうと思ってたんですけど、何かあったんですか」  門番をしている木下くんが不思議そうにしている。 「またうっかりやらかしちゃって……いやそれどころじゃないんだ。こっちの世界に物が増えてるというか、道が綺麗になってた」 「それじゃ、誰か樋口さん以外にも昨晩誰かが移動してきたって事ですか」 「そうみたいなんだよ。というか、それが誰か心当たりがあって」 「知り合いですか?」 「俺の、というよりは水上の知り合いなんだけど、出かけちゃった?」 「いると思いますよ」 「ちょっと呼んでくる」 「あ、ここに居てください」  木下くんは守衛小屋から陸上用のピストルを持ってくると、空砲を1回ならした。 「何それ」 「何かが校門であったときに鳴らすことになってるんです。水上さん以外も来ちゃうと思いますけど、食べ物が届いたなら今日は調達をしないといけませんし、ちょうどいいですよね」  見れば校舎から大人達が出てくる。細川さんが、俺を見て少し表情を硬くした。 「どうしたの?」 「なあ水上、お前の親方さんがどこに住んでいるか、知らないか」  細川さんの質問には答えず、水上に問いかけた。 「知ってる、というか住まわせてもらってた。なんで?」 「俺が道連れにしちゃったみたいなんだ」 「道連れ?」 「水上の親方さんに偶然会ってさ。車に乗せてもらったんだけど交通事故に遭って」  水上は無表情のままでくるりと踵を返すと校舎へ走っていく。 「校門を開けといてくれ!」 「おい、どこへ行くんだ」 「車でも取りにいったんじゃないですか」 「俺たちは調達活動に出かけないといけませんよね」  言われたとおりに校門を開けながら、木下くんが鈴木さんと細川さんに聞いた。 「そうだなあ。まだ前回のが残ってはいるけど、あるときに集めておかないといけないね」  鈴木さんが同意する。  俺は実家から乗ってきた母さんの車が邪魔になってはいけないので、高校の敷地の中に入れていると、軽トラックの低速ギアでエンジンを思い切り回しながら水上が飛び出してきた。 「出かけてくる、後はよろしく。もしかしたら今夜は帰らないかも知れない」  開けた窓から水上が叫んだ。 「ちょっと待て、俺も一緒に連れてけ」  思いだした。田口さんが乗っていた軽トラは、この車だ。 「勝手にしろ」  そう言いつつも彼は少しだけ速度を緩めた。俺が乗りやすいようにではなく、単に敷地から直角に曲がって道路に出るためだったかもしれない。走って荷台に飛び込むと、俺が乗ったことをバックミラーで確認した水上は再び強くアクセルを踏み込んだ。横に揺れながら加速していく軽トラックの荷台で、俺は危うく掴んだ鳥居を離してしまいかける。  滝のように冷や汗をかきながら、振り落とされないような姿勢を模索しながら両手でしっかりと出っ張りを握りしめた。 「こっちの世界に来てから俺はやたら吐いているんだけどさ。乗り物酔いではいやだなあ」  かなり乱暴な運転で人通りも他の車もない道をすっ飛ばしていく。 「うるせえ、着くまで舌を噛まないように黙ってろ」  舌の前に、荷台に打ち付け続けている全身に青たんができかけているような気がする。  かなり気が立っているようだった。無理もないか。  まだ決まったわけでは無いが、自分の死に、他の人にとって大事な人を巻き込んでしまった罪悪感もあって、俺は言われたとおり口をつぐむことにした。  冗談のつもりで口にした乗り物酔いを本気で懸念し始めたころ、タイヤが滑っているのではないかと思うほど喧しく、ある一軒家の前で軽トラックが停車した。  腰が痛くて荷台から降りられない俺のことなど眼中にない水上は、運転席のドアを開けっぱなしのままでその家に駆け寄って、玄関の前でその中へ飛び込んでいくのを寸前で躊躇した。  ドアノブと呼び鈴のどちらに手を伸ばそうか逡巡しているようだ。すると家の中からカタリと錠を開ける音がした。後ろから見て分かるほど水上の肩が震え、そのまま外開きの扉が開くと体がぶつかる位置から後ろへ飛び退いた。  出てきたのは昨日、俺が水上家の墓の前で会ったおっさんだった。 「……」 [...]

By |2022-07-14T15:42:28+09:007月 14th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない Type1 第13章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない Type1 第12章

 自分のうなされる声でふと気がつくと、俺のアパートの窓から朝日が差し込んでいた。  思い出すまでもない。  両手にかいた脂汗以上に、残る感触が気持ち悪い。  本人の意思とは関係なく、塞がれた気道と動脈がびくびくと酸素を求めて跳ねる。力ずくで上から押さえ続けていると、やがて彼の体全体が震え出した。徐々に大きくなっていったと思ったら、張り詰めたゴムが弾性限界を迎えたように力を失って動かなくなった。  手を離した途端に動き出すのではないかと無駄な心配をしながらゆっくり水上の首から両手をずらしていく。知らず知らず俺も息を詰めていたようで、肩で大きく息をしながら浮いていた腰を下ろす。水上の腹の上はついさっきよりも深く沈み込んだような気がした。  少しずつ俺の息が整えながら目を開けると、僅かも上下していない水上の胸の上に、代わり映えしない自分の両手が見えた。恐る恐る視線を上げていくと、伸びたTシャツの襟では隠しきれない赤黒い指の跡が、月明かりでもそれとはっきり分かるほど痣になっていた。大きく開いた口から下が突き出て、両目はそっぽを向いて見開かれている。  見なきゃ良かったのに水上の死相を正視して今夜だけで3回目の吐き気を覚える。死んでいたとて、幼なじみの体の上には吐瀉物を出したくなくて横に跳ね飛んで校庭の土へ僅かに残った胃液を吐き出した。  記憶に連想されて、生きている俺は再び吐きそうになり掛け布団を跳ね飛ばすと便器を求めて狭いアパートを駆けた。4回目の嘔吐は胃液だけでなく消化途中の食べたものも含まれていたので、前回よりは幾分楽だった。  ……今吐き出したこれは、いつ食べたものだ?  臭いも流すのも忘れて汚れた便器の水たまりを見つめて記憶を掘り返そうとしていると、外から踏切の音が聞こえた。  死後の世界に、鉄道は走っていない。走らせる技術を持つ人も居なければ、需要もない。踏切の音だけなら報知された機械の誤動作を疑えたが、やがて電車が線路の段差を踏み越える規則的な音に気がついた。  昨晩は、高校を出てアパートへ帰ってきた記憶は無い。  つまり、持ち帰れないはずの死後の世界の記憶を俺は保持したままだが、生きている世界に俺は居るのだ。  どれくらいそうしていたか分からないが、飛び出してきた寝室から、仕掛けられた目覚ましのアラームが鳴り出した。  水を流して手を洗い、ついでに春先の冷たい水で顔も洗って寝室に戻ると、死後の世界の俺の部屋にならあるはずの作業着はどこにもなかった。  いつまでも喧しいアラームを切ると、まさか寝間着のままで外の様子を見に行くわけにもいかないから、のろのろと高校の制服を身につける。条件付けによるものだろうが、無意識に通学カバンを持って家を出た。重い足を引き摺るように通学路を消化していく。 「よっす、今日も朝は苦手みてえだな」  振り向くと高橋が俺を自転車で轢こうとしていた。 「危ねえ」 「寝起きの樋口にどついて気合いを入れてやろうとした俺の優しさを分かってくれてもいいんだぜ? それにしても、2年になったばっかりなのに、制服を着崩しすぎじゃねえ? 先輩達にシメられるぞ」  見下ろしてみれば、シャツも学生服も普段通りの俺ならもう少しましな着方はないのかとまゆをひそめるほど、だらしなかった。  今日はそれを直す気力がどうしても沸かない。 「絞めたのは俺の方さ」 「……あん? 何て言った?」 「なんでもない」 「顔色も酷いし、体調でもおかしいのか」  少し真面目な表情になった高橋は俺の顔をしたからのぞき込んだ。 「起きたときから頭痛と吐き気がして」  嘘はついていない。 「変なものでも食ったんだろ。覚えはないのか」 「ないなあ」  今度は純度10割の嘘だった。内心はどうであれ顔色一つ変えずに人を殺せる水上と違って、俺に人殺しは出来ないようだった。  それでも。何が適材適所だよ。くそ食らえ。 「今日はこのまま帰れよ。先生には上手く言っておくから」  サボりか。たまにはそれも良いかもしれない。 「……そうする。よろしく」 「おう、気をつけて帰れよ。今にも車に轢かれそうだ」 「自転車だって車なんだぜ、確かにさっき轢かれかけたな」 「……俺のことかよ。やっと減らず口くらいはたたけるようになったか」  高橋との他愛ない、次の瞬間には忘れてしまいそうな遣り取りで少しだけ気分が上を向いたような気がする。  アパートに帰ったところで再び気持ちが沈み込みそうだったので、当てもなく散歩することにした。行き先を決めていなかったのだが、辿りついたのはあっちの世界で水上と忍び込んだディスカウントストアだった。  日が暮れたら柄の悪そうな同年代が店頭に屯する24時間営業の店だが、連中にとって今からならまだ1時限目にぎりぎり遅刻するこの時間帯は早朝なのだろう。既に朝日とは言えなくなった太陽に照らされた看板の下は平和そうだった。  狭いショーケースや天井まで棚に積み上げられた商品の間をすり抜けるような店内通路は空いていて、買い物をするために来たわけじゃない俺にとって丁度良い時間つぶしになる。  体感時間では1ヶ月以上もこっちの世界で生活していないから、ティッシュや洗剤といった日常消耗品を眺めていても家に買い置きがどれくらいあったのか思い出せない。  玩具売場で水上が使っていて見覚えのある自動拳銃のエアガンを見つけた。18禁指定されていて俺には買えないが、同い年の幼なじみが火薬式の本物を当たり前のように撃っていたのを考えると少しおかしかった。  レジ近くのブランドものコーナーで、ふと視界の端に何かが引っかかった。何かと思えば、整然と並んでいる中のある一つは、陳列されているところから取り出されたところは直接見ていないのに、あっちの世界で俺が使っていたオイルライターだと何故か分かった。無意識にライターの定位置となっていたズボンの左ポケットを左手が、煙草を入れていたシャツの胸ポケットを右手が、そこにあるはずのないものを探っていた。  記憶があるということは、経験も習慣も同様に持ち越したと言うことなのだと実感する。  つい一瞬前までは全く頭から抜け落ちていたのに、今は無性に煙草が吸いたくなっていた。 「あ、ちょっと、すみません。コレください」  レジの店員に声を掛ける。 「あと、えっと。……51番を一つ」 「はい?」  俺の顔を見て、そして服装を見て、大学生のアルバイトらしいレジ打ちのあんちゃんが怪訝な顔をしていた。  高校の制服を着たままだったことに今更気がついたが、高橋が3年に因縁を付けられそうだと言ったほど着崩してもいる。開き直ってしばしにらみ合いを続けると、先に折れてくれたのは店員だった。  さっと周りを見て、レジに並ぶ他の客も他の従業員も自分たちに注目している人は居ないことを確認して、彼は俺が指さしたライターとオイルを鍵付きのショーケースから手早く取り出した。続いて流れるような手つきでハイライトを2箱取り出すと、まとめて大人のおもちゃ用に用意されていると噂されている、中身が見えないレジ袋に入れた。 [...]

By |2022-04-14T03:15:41+09:004月 14th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない Type1 第12章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない Type1 第11章

 耕された校庭の隅で地面にどっかりと座った水上は、隣の地面を叩いたうえで俺にも座れと目で語る。 「口で言え」 「人の仕事を勝手に盗み見て気が済んだか」  不機嫌そうな水上は言葉を吐き捨ててイライラと煙草に火を点ける。 「ついでに火をちょうだい」  咥えた自分の煙草を寄せるが、間に合わず水上のオイルライターは軽やかな音を立てて蓋が閉まる。 「遅えよ」 「ごめん」  座ったせいでポケットがしわになって手を入れづらい。もたもたライターを出そうと腰を浮かせた。 「こっち向け」 「あ?」  赤く輝く火口を、咥えたまま火の点いていない俺の煙草の先に押しつける。  反射的に息を吸い込んで火を移す。 「……エロいな」 「何がだよ! てめえが寄越せっつったんだろうが!」 「そうだね、ありがと」  頬が赤く見えるのは、火の色か、それとも照れているのか。ちょっと笑えた。 「なあ」 「なんだよ」 「いつも思っていたことだけど、一人で抱え込もうとするなよ」 「……誰がずっと俺と一緒に居て、一緒に荷物を持ってくれるんだ」  あっちよりも余計な光が少ない分だけ綺麗に星が見える空へ、二筋の青い煙が上っていく。 「ずっと一緒じゃなくたって、誰かが隣に居るときだけでも放り出してみろって言うんだ」 「また1人で持たなきゃいけないなら、渡すだけ無駄だ」  重い物であればあるほど、再び持ち上げるのにだって力が要るだろ? 「まあな。でも持たせてもらえないのも傷つくもんなんだぜ」 「これ以上に俺が他人へ気を遣えと」 「せめて俺たちの間だけは、常に気を遣い合う間柄でいたいんだけどな」  俺は水上の特別な友人にはなれないのだろうか。 「分かった」 「何が?」 「俺は今晩、もう1人殺すはずだったんだ。代わりにお前がやってくれよ」 「……それってさ」 「おう」 「お前自身のことか」 「そうだ」  胸いっぱいに吸い込んだ煙をゆっくり吐き出してから、幼なじみは肯定した。 「……分かった」 「真似するんじゃねえよ」  少し笑いながら、彼はくわえ煙草で両手を頭の後ろに組み、ゆっくり仰向けに寝転がった。 「土で背中が汚れるよ」 「作業着ってのは汚れる事を前提に着るんだぜ」  片足をぶらぶらさせて、半長靴の中に裾をしまい込んだニッカの膨らみを風に泳がせる。 「そうだろうけどさ。……貸して」 「何を?」 「拳銃。まだ弾は残ってるだろ」 「やだ」 「どうして」 「お前、銃を撃ったことはあるのか」 「あるわけないだろ」  平和な日本で、どこに実銃を使う機会があるって言うんだ。俺はヤクザでも警察官でもないんだぞ。 「ならやっぱりダメ。見た目より反動がきついんだよ、うっかりお前に怪我でもされちゃ目覚めが悪いし、当たり所が悪くて一発で死ねなかったら俺も痛い」  当たり所が良くて、ではないのか。 「じゃあどうやって殺……死なせれば良いんだ」  理由は分からないが、殺すと言いたくなかった。 [...]

By |2022-04-12T22:39:22+09:004月 12th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない Type1 第11章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない Type1 第10章

「ところでさ、この世界で生まれた子供も、その……亡くなったらあっちの世界に行くのか?」  いい加減に話題を変えようと苦し紛れに放った発言だったのだが、まず細川さんの顔色が変わった。 「試してみればいいじゃない。私はもう嫌、2度と子供なんて作りたくないけど」  語気の激しい否定に戸惑う。  何か地雷を踏んでしまったようだったが、どこにあったのかが分からない。戸惑って他の面々の表情を盗み見ると、青山くんは単にびっくりしているだけに見えたが、鈴木さんは沈痛そうな、水上は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 「そろそろ、私は戻るわね。あんまり長いこと二人に子どもたちを任せっぱなしなのも悪いから」  ごゆっくり。細川さんは、つい失敗してしまったと言いたげに下唇を噛みながら風呂場を出て行った。  残された4人の間には、先ほどまでの盛り上がりが嘘のような気まずい沈黙が横たわる。 「……じゃあ、僕もそろそろ出るよ。のぼせてしまったかもしれない」  やがて、脱衣所が空いたくらいのタイミングで逃げるように鈴木さんが先抜ける。  事情を知っているらしい水上と、どうしていいか分からずに戸惑っている俺と青山くんの3人になった。 「俺、拙いこと言っちゃったんだよな」  水上は黙ったまま煙草に火を点けると、やっと口を開いた。 「ここのこと、丁度良いから説明しとく」 「説明って今更、何のこと」  何も写していない彼の目が俺を真っ直ぐ向く。 「みんながどうやってここに居続けているのか、どんな理由でここに来たのか」  確かに考えてみれば、定められた日数を生き続ければこの世界から居なくなり、元の世界に戻るはずだ。なのに、高校で暮らしているみんなはいつも高校で暮らし続けているのはおかしいことだった。  それぞれの事情については……。 「最初に聞くなって言ってたことか。いいのか」 「お前だってもう4回目だし、そろそろいいだろ」 「確かに4回目だけど。関係があるのか」 「4回目は、こっちの滞在期間が8日だから、一週間を超えるんだ」 「だからなんだって言うんだよ。さっぱり分からん」 「俺を含めて、毎週日曜日の晩に、全員死ぬようにしてるんだよ」  毎週、全員、……日曜日? 「……なんの話?」  言われてみれば、今回こちらに来て最初の日に、細川さんが心配していたのは、曜日だった。学校も会社も何もかもないこの世界で、曜日を気にしていた。 「あっちに生き返りたくない奴らは、定期的にこっちで死ななきゃならねえ。高校で暮らしている全員にとって、こっちに居続けるために死ぬ日って言うのがそれは日曜の夜なんだ」 「そこまでして、こっちで暮らしたいのか」 「生き返ってちゃんとした人生を過ごすつもりのお前には分からねえよな。青山、お前らはどうしてた」 「俺らは意識して死ぬようにはしないっすけど、大抵無茶をして死んでました」 「へえ、例えば?」 「クスリやり過ぎたり、そのままバイクに乗って事故ったり。ケンカが撃ち合いになったこともあるっす」  日付が変わる直前にキメて、翌日のうちに死ねばキメ直さなくてもキマるんですよね。無意識だろうが、なにもない腕の内側をさすりながら言った。 「やっぱり生き返ろうとは思わないの?」 「樋口さんは、ちゃんとした生活をしてたんすね。俺らはそうじゃなかったし……こっちの方が居心地がいいっていうか。むしろなんであんなところにわざわざ戻らなきゃいけないんすか」  真顔で問い返されるとは思っていなかった俺は答えに窮する。 「カツアゲされてパシられて、暇だからって殴られて。俺らもやらされた。先輩達の見世物で、プロレスごっことか言われて小さい頃からずっと友達だったやつをお互いに立てなくなるまでボコすんすよ」 「……」 「グループから抜けたくても抜けさせてもらえないし、……俺たちの中で最初にあっちで死んだのは赤羽っす。あいつは小さい弟が居るんすけど、家に帰って面倒を見たいからもう一緒は遊ばないって先輩達に言ったらむちゃくちゃキレられて。大木が赤羽を押さえつけされられて俺が帰れなくなるまで殴れって言われて」  俯いて淡々と話される内容を聞いているだけで気持ちが沈んでくる。 「俺は仲の良い奴に大怪我させたくないから手加減するとそれでまた先輩達が手本だって俺を殴るんすよ。腫れた顔でそれを見てた赤羽が、俺ら3人だけが聞こえるようにもう良いから……殺してくれって」  本人が済んだ話だとばかりに続けるものだから、余計に聞いているのが辛い。 「それでお前はどうしたんだ」 「大木を見たら俺と同じ事を考えているっぽかったんで、赤羽の頭を石で殴ったっす。そしたら、むちゃくちゃ血が出て、動かなくなった赤羽を見た先輩達が慌てちゃって……そりゃそうっすよね。初めて俺たちが先輩にしてやれたんすよ。あの慌て方は笑えたなあ」  青山くんが鼻をすすりながら少し笑った。 「俺らだけ残してみんな乗ってきたバイクとかで逃げていなくなったんで、大木と俺はお互いに持ってたナイフで刺し合って……意外と人間って死なないんだなって思ったっす」 「ごめん、無神経なこと言って。もういいよ」 「全然よくないっすよ」 「いやだって」 「樋口さんにあんなことやっちゃったんすよ。今は3人で仲良くやってるし、……遊び方を知らないからこっち来てもどうすれば良いか分からなくて」  急に俺の名前が出てくるとは。 「あの日の昼間に、大木だけ川っぺりで殺されてたから、俺と赤羽で翌日の夜に大木を連れて行ったんすけど、覚えてますか」  ビルの非常階段でのことか。空中で復活した最初の0時には、3人揃って踊り場から落ちていく俺を見下ろして笑っていた。 [...]

By |2022-04-11T20:18:34+09:004月 11th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない Type1 第10章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない Type1 第9章

「着いたっす」  揺すり起こされると、バスはエンジンを止められて子どもたちも殆どが降りていた。  立ち上がって伸びをする。大木くんと赤羽くんは着替えなどの荷物を降ろすのを手伝っている。俺を待たず先に降りれば良いのに、取り残されるのを心配してくれたのか青山くんだけがじっとそばに立っていた。 「起こしてくれてありがとう、行こうか」 「うす」  着いたのは、俺たちの実家から山を一つ越えたところの温泉地だった。近すぎて、日帰り入浴には何度か来たことがあるが、改めて泊まったことはない。 「ここは玄関の自動ドアがタイマー式のオートロックだから、昼間ならいつ来ても建物を壊さずに入れるんだ」  いつものようにガラスを割って侵入するのかとばかり思っていた。 「青山くん達はまだ、3人で一部屋を割り当てたら危ないかしら」 「樋口に懐いているみたいだし、心配ねえだろ。むしろ、あいつらを分けて元々いた誰かと一緒にする方が嫌がりそう」  細川さんと水上が彼ら3人がまだ建物の外に居るのをチラチラと見やりながら、フロントデスクの裏に入って客室の鍵を並べて部屋割りを相談している。 「じゃあ私と花沢さんは子どもたちと一緒の大部屋で、鈴木さんと木下くん、あなたと樋口くん、青山くんと大木くんと赤羽くん、それぞれ1部屋ずつでいいかしら」 「おっけ、それでいこう。今日の夕飯当番は鈴木さんと木下くんだし丁度良いんじゃね」 「ならそれぞれ荷物を運び込みましょう」  鍵を持ってわいわい言いながら廊下で各部屋に分かれる。 「まずは温泉だよな」 「服は乾いたけど、一度濡れたらなんとなく寒いし」  部屋に荷物を置いたと思ったら、水上はタオルと着替えだけ抱えてすぐに出て行こうとする。 「この旅館は内風呂と外風呂が別なんだ。早い者勝ちだからさっさと行こうぜ」 「どっちへ行くか教えておいてくれないと合流できねえだろ」  扉の外へ向かって大声を出す羽目になった。せっかちなんだから。 「着いてくりゃいいだろ、早く来い」 「……はいはい」  落ち着いて荷物を整理する余裕が欲しかった。  温泉に入って、飯を食って、だらしなく畳の床に寝っ転がる。  ああなんていい休日なんだろう!  ……休日じゃないんだよなあ。学校はないし、毎日が休日みたいなものだ。腹をパンパンに膨らませて動く気力を失った俺の横で、床にお店を広げた水上はあぐらをかいて黙々と拳銃の整備をしている。 「食い過ぎたんなら、右を下にして横を向いた方が消化が早くなるらしいぜ」  片目をつぶってブラシとぼろ布で磨いている金属の部品をにらみつけながら、テレビ番組で紹介される裏技みたいなアドバイスをくれた。  体勢を変えるのさえだるい。 「仰向けが一番楽なんだよ」  スローテンポの会話はキャッチボールと呼べるのだろうか。  体は真上を向けたまま、首だけ回してテキパキと器用に動く手元を眺めている。 「好きにすれば」  大きい部品だけでなく、細かいネジやバネの類いまで一つ一つためつすがめつしていた。小さい頃からこいつは器用にいろいろな物を直したり壊したりしていたのが懐かしい。俺は不器用で、電車のおもちゃさえ電池交換のたびにプラスチックを割ってしまいやしないかとドキドキしていた。 「そういえば、拳銃の整備なんてどこで覚えたの」  そもそも、どこから拳銃なんて調達したのだろう。少なくともあっちの世界では実銃を見た事なんて無い。 「自衛隊の倉庫から取扱要項ごと拝借してきた」 「……そういえばこの街にも駐屯地があったんだっけ」 「この県で唯一の駐屯地だろ」  そうなんだ。知らなかった。 「この間テレビでやってたんだけどさ、駐屯地と基地の違いって知ってる?」 「陸自が駐屯地で、海自と空自が基地」 「はいこの話題おしまい」  一瞬で即答されてしまった。 「細かいところが見えねえ。ここのこれって傷になってる?」  俺にはどこに取り付ける何のための部品か分からないが、細い棒状の金属を渡される。 「接着剤かその類いのがへばりついて固まってるだけだと思う」 「じゃあ剥がせるな」  シール剥がしとかも好きだったよなあ。中学の時の昼飯に持ってきていた俺の菓子パンから、必ずお皿がもらえるパンのシールを綺麗に剥がして、母ちゃんにやるんだって集めてた。俺が自分で剥がすと、袋に糊が残ったままになって後で台紙に貼りづらいと言われたような覚えがある。 「お前が不器用すぎるんだよ。細かい作業をしないなら俺の遠視と交換してくれ」  まだ10代の同い年がおっさんみたいに、手に持った部品を手前に持ってきたり奥へ離したりしている。 「その歳で、もう老眼かよ」 「うるせえ」  しばらく部品をゴシゴシとこすっていたが、低くうなると諦めた様子でブラシを放りだした。 [...]

By |2022-02-24T12:25:33+09:002月 24th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない Type1 第9章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない Type1 第8章

 夕飯に呼ばれたが、赤と黄色の髪をした2人は応じなかった。俺だけが食堂へ向かう。  今夜はハンバーグだった。 「何か寒気がする」 「ずぶ濡れでトラックの荷台にいたもんな、風邪でも引いたんだろ」 「風邪薬ってある?」 「食い終わったら持ってきてやるよ」 「わりいじゃん」  少し時間が経ったからだろうか。水上の様子は普段通りに戻っていて、調子を合わせて何事も無かったかのように振る舞うのは俺には少しきつかった。  実際に体調も優れなかったが、その振りをして口数少なく食事を済ませる。 「みんな~、今日はカルピスの日よ」  小さい子達も食べ終わった頃を見計らって、細川さん達が子どもたちにコップを持たせ、1人1人にカルピスを注ぎ回っていた。 「お前ももらえば?」  傍目には物欲しそうにしていたのだろうか。風邪薬の入った瓶を片手に戻ってきた水上が声を掛けて、俺の分ももらってきてくれた。 「お前は要らないの?」 「要らねえ。ガキじゃあるめえし」 「どうせ、俺は子供だよ」  いじけてみせると声を上げて笑われた。  苦い薬を甘いカルピスで飲み下す。  空になったコップと食器を洗い場に持って行き、他の人の分と一緒にまとめて洗ってしまう。手を拭いて外廊下に出てから思い出す。 「水上、煙草一本くれ」 「やだ」 「なんでだよ、ケチ」 「貴重な煙草を灯油まみれにしたのはどこのどいつだよ」  その通り。頭に血が上った勢いで、作業服のポケットに入れていた煙草もダメにしてしまったのだ。 「ごめん」 「仕方ねえなあ」  自分の分を咥えてから箱ごとこちらに向けてくれる。 「ごっそさんです」  火も貸してもらった。いくつか離れた教室から、子どもたちの高い声と、布団を敷いている細川さんや木下くんの声が漏れてくる。  それ以外は静かな、星の綺麗な夜だった。  あくびが出る。 「眠そうだな」 「何かね。今日も色々あったし」  ゆっくり紫煙を吹き流す。 「体調もよくねえんだろ。今日はさっさと寝ちまえ」 「……そうしようかな」  腹が一杯になって、一服して落ち着いたからか、急に眠気を覚えた。  まだ少し残っていたが火をもみ消して、大人組の寝室になっている教室に向かう。自分の布団に潜り込むと、すぐに寝落ちた。  ぐっすり寝たはずなのにまだ寒気がする。  朝飯を食いながらそう話すと、子どもたちにうつしたらいけないと保健室へ連行された。  昨日のことを思いだしたが、青髪が殺されて汚れた布団は綺麗に片付けられていた。 「今日は一日、ゆっくり寝ていなさい」  体温を測りながら細川さんに命じられる。 「38度。完全に熱を出したわね」 「ごめんなさい」 「まったく、いい年して世話が焼けるわね。おやすみなさい」  怒って見せながら細川さんが出て行った。  お言葉に甘えて寝させてもらうことにした。  寝たり起きたり、うつらうつらしていたら、いつの間にかもう日が暮れていた。  ガラガラと戸の開く音に目を開ける。 「起きてたんすか」  盆の上に茶碗といくつかの皿を載せた黄色と、後ろからおひつを抱えた青がやってきた。 「今さっき目が覚めたところ」  夕飯を持ってきてくれたらしい。体を起こして布団に掛けられていたフリースの上着を羽織った。 「水上さんが、持っていけって」 [...]

By |2022-02-21T11:48:20+09:002月 21st, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない Type1 第8章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない Type1 第7章

 ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。  手を伸ばして止めようと思ったのだが、なんとなく全身がだるい。特に身体に異常は無さそうだったが、大怪我をした後のような倦怠感が残っている。  それほど夜更かししたわけではないし、疲れが残っているとは思えないのだが、気味の悪さを感じた。そういえば、変な夢を見た気がする。  気合いを入れて起き上がる。いつもよりテキパキと朝の準備を心がけて家を出る。  1時限目が始まる頃には違和感を忘れていた。  今日の授業中に補充したシャープペンの芯が最後の1本だったが、町へ出て会に行こうか考えたときに、ふと昨晩の夢のことを思いだした。  電車を待っているときに、誰かに線路へ突き飛ばされて自分が死ぬ夢だった気がする。  朝起きたときに謎の体調不良を感じたこともセットで頭をよぎり、帰る準備をして自分の机から腰を上げるまでにしばし逡巡した。  ……やっぱり、出かけるのは止めておこうかな。 「帰ろうぜ」  同じく帰宅部の高橋に声を掛けられる。 「一緒に帰ろうと思っても、お前は自転車だろ」 「駐輪場までで良いからさ」 「学校の敷地内じゃないか」  とはいえ、その短い遠回りを断る理由も無かったので、徒歩通学の俺には関係ない駐輪場までは付き合うことにした。  家に着く頃には忘れてしまうような何でも無い雑談を交わしながら階段を降りる。  下足室で上履きを仕舞おうとして、見慣れない白い封筒が運動靴の上に置かれているのを見つけた。下駄箱の扉を見返してみるが、間違いなく自分の場所だった。封筒の下にある運動靴だって、今朝の登校時に履いていた俺の物だった。 「おっ、モテモテ樋口くんは下駄箱にラブレターっすか!」  俺の下駄箱の中をのぞき込んで高橋が茶化す。  駐輪場までつきあうなんて、一緒に帰ろうという誘いを断れば良かった。 「みたいだなー」 「興味なさそうだな。お前、彼女いたっけ」 「いないけど」 「なんで嬉しそうにしないんだよ。短い高校生活を彩る恋の始まりかもしれねえじゃん」  彼女なんていないけど、欲しいと思ったこともないんだよなあ。 「あげる」 「俺がもらってどうするの。……開けてみていい?」 「好きにすれば」  宛名も差出人の名前もない白い封筒は、小さいピンク色のシールで封がされているだけだった。  ぺりっと高橋が開けて中の便箋を取り出すのを横目に見ながら運動靴を床に落として上履きを仕舞う。 「どれどれ」  便せんを広げた高橋が、ピューと口笛を吹いた。 「放課後、体育館裏にお呼び出しだってよ!」  今日の下校時間ぎりぎりに、体育館の裏手にある木の下で待っています。必ず来てください。 「テンプレかよ」 「……あ」 「何?」  変な興奮をしながら便せんを呼んでいた彼は、急に顔色を暗くした。 「これ、見なかったことにした方が良いかも」  さっきまで楽しそうにしてくせに、神妙に言った。 「お前としては、高校生活の彩りなんじゃねえの?」 「こいつのじゃ無かったらな」  便箋の末尾に書かれた差出人らしい署名を俺に示し見せる。 「三雲さやか?」 「クラスメイトだよ、お前の二つ後ろの左側に座ってる奴だけど、わからねえ?」  お下げにした暗い雰囲気の女子か。 「名前と顔が一致してなかった」 「もうクラス替えしてから1ヶ月以上経つんだけど。……同じ中学だったんだけどさ、こいつはちょっと……お勧めしない」 「なんで?」 「色々あってさ……俺とって事じゃないけど。いつも長袖の制服着てるだろ」  まだ5月だしな。 「季節の問題じゃねえよ。体操着とかも」 「寒がりなんだろ」 「そうじゃなくて。……体育の着替えって女子は更衣室へ行って着替えるだろ。その時に俺と仲の良い女子に聞いたんだけどさ、どうやら常に手首に包帯を巻いてるのを、隠してるらしいんだと」 「……」 [...]

By |2022-02-20T18:30:33+09:002月 20th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない Type1 第7章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない Type1 第6章

 だからその日も、俺の1日はたった数秒で終わるのだと思っていたのだ。  暗くても分かる何か白い大きなものが、ある日は復活したとき真下に見えた。  落ちるのまでは一緒だったが、落ちきってぶつかったのがいつもと同じ固い地面ではない。 「よし、ゆっくり降ろせ」  聞き覚えのある懐かしい声がする。 「おい、まだ生きてるよな」  今にも死にそうだけど。  そう言いたかったのに、腫れた顔ではうめき声にしかならなかった。 「急いで帰るぞ」  深夜なのに高校は明かりが点けられていて、年上組の総出で服を脱がされ、温かい濡れ布巾で全身がくまなく拭われる。  ほとんど全身が湿布と包帯で覆われて、わざわざ布団乾燥機で温めてあったのだろう、暖かい布団に寝かされた。 「朝になって死んでたら許さないからな」  殆ど気絶したように寝付いたはずなのに、目が覚めたときにはまだ外が暗かった。  トイレに行きたい。  全身が痛くてだるい。呻きながら身を起こすと、足が重たいと感じたのは怪我のせいだけでは無かった。 「……水上。ごめんちょっとどいて、トイレに行きたい」  腰の痛くなりそうな姿勢で、俺の足の上で腕を組んだ水上が寝ていた。  手を伸ばすと肩と脇腹が痛むのだが、彼の体重をどけないと足を引き抜けなさそうだった。  しばらく揺すっているとピクンと震え、勢いよく水上が体を起こした。彼の体からバキバキと音が鳴るのが俺にも聞こえる。 「……腰が痛てえ」 「そりゃそうだよ、そんな姿勢で寝てるんだから」 「起き上がってて大丈夫なのか」 「……おしっこもらしそう」  俺は一体いくつになったんだ。  恥ずかしいが言葉にしないと動くのを許してもらえなさそうな表情が、暗がりの中でも分かった。 「車椅子を用意してやるから、もうちょっと辛抱してろ」  車椅子だなんて大げさな。だけど有り難かった。 「悪いじゃん」  俺が寝かされているのは保健室だったらしい。すぐに片隅から車椅子が出てきた。 「中学の時に保健の授業で習ったときには、こんな知識をすぐに使うとは思ってもみなかったぜ」  言われて思い出す。 「そういやあのときは、俺がお前を押してやったよな」 「今回は逆の立場になっちゃったわけだ」  二人で密かに笑い合う。  笑ったら腹が痛い。笑いすぎというわけでは無く、怪我のせいだ。  意味があったのか分からないが、彼が悶絶する俺の背中を慌てたようにさすると、すっと痛みが和らいだような気がする。 「トイレだっけ。これじゃ老老介護ならぬ、若若介護だな」  だから笑わすなって。 「出すところまで見て……いや、介助してやるからな」  笑うたびに全身に痛みが走るんだ、お願いだから止めてくれ。  絶え絶えになった声でそう言ったのに、心配させた罰だと言って彼は取り合ってくれない。 「心配させさせたのは、悪かった。助けてくれてありがとう」 「まあ、どっちもお前のせいじゃないけどな」  答えた水上の声は、つい数秒前まで面白がって俺を笑わせていた時とは別人のように冷たかった。 「……不注意だったのは俺だし」 「この世界は死後の世界だが天国でも地獄でもないってことを、まだ3回目で実体験できて良かったな」 「出来れば何回目だろうが知りたくは無かったけど」 「違えねえ」  小声でしゃべりながら、小さな振動も与えないようにゆっくりと、水上が車椅子を押してくれる。俺は安心してトイレに着き、こちらの世界に居る限り一生話題にされるんだろうと、気が気じゃない思いをしながら水上の介助で用を足す。  饒舌だった行きと引き換え、無言で保健室まで戻る。  ベッドに寝かせるところまで手取り足取り助けてもらう。 「なあ、煙草一本ちょうだい」  ずっと黙ったまま居る彼に不安を覚えて、あえて小さい子供みたいにおねだりしてみた。 「赤ちゃんみたいに求める物と違うだろ」  確かに。 [...]

By |2022-02-18T21:28:48+09:002月 18th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない Type1 第6章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない Type1 第5章

 今回は、もう死後の世界で目が覚めても、驚きすら無かった。生きている世界なら、自分の枕元に作業服が置いてあるはずがない。だから同じ高校へ行くのでも、制服では無く作業着を着て向かった。  雨が降り出しそうな空だった。降り出す前にと早足で高校に向かうと、校門のバリケードで門番をしていたのは、水上と鈴木さんの2人だった。 「単なる夢だとは思ったんだけどさ、夢なのにやたらリアルで嫌な予感がしたから、学校帰りに電車で町に出るのは止めたんだ。なのに今度は階段を踏み外して、打ち所が悪かったみたいなんだよな」  恐らくこの辺だろうと思う後頭部をさする。 「足元には十分注意しろよ」  昨晩の0時には無かった怪我だから、もちろんコブにはなっていない。 「本当だよね。17にもなって、通学路の階段で転ぶとか、ださすぎる」  現実世界の5月26日を迎えるまでに、何日分の遠回りをすれば良いのだろう。 「3回目だから、最低4日間は連続して生き残らないとな」  今回も最短で生き返ってやる。 「またしばらく、みんなのやっかいになる」 「俺たちとしては、何日でもいたいだけ居てくれて良いんだけどな」  気持ちだけで十分だ。 「そういや今朝は農作業じゃないんだな」 「雨が降りそうだろ。昔の人はよく言ったもんだよな、晴耕雨読ってやつさ」  天気の悪い日は朝から勉強らしい。耕された校庭には誰も居ない。 「そうすると俺はずっと門番だから、暇なんだよなあ。図書室から本を持ってきても、雨が降り始めたら本が傷むって怒られるし、ケータイは使えないし」 「ゲーム機は? 携帯ゲームならインターネット接続が無くたって」 「だから雨なんだって。小さい子供が乱暴に扱っても壊れない強靱性はセールスポイントになっても、家の中で遊ぶ前提のゲーム機に防水性を謳っている機種なんざそうそう無いだろ。外で門番をやってるときに雨が降られたらゲームなんて出来ねえって」  それもそうか。 「まだ朝だから、頭が回ってないんだなあ」  笑って誤魔化そうとした。 「お前の天然は昔から変わってねえよ」  水上は誤魔化されてくれなかった。 「こういうときに誤魔化されてくれないんだからケチっていうんだよ」 「ケチもくそもあるか、馬鹿」  バリケードの中と外で漫才みたいな会話を繰り広げていれば、鈴木さんはおかしそうに笑い転げていた。 「この人、笑い上戸なんだよ」 「そうなんだよねえ。これじゃ僕が門番の役に立たないから、君らは遊びに行ってきなよ」  鈴木さんは涙を拭いながら言ってくれた。 「お仕事の邪魔してすみません」 「いやいや、いいって。……君が来なかったら、段々不機嫌になっていく水上くんと二人っきりになるところだった」  わざとらしく声を潜めてはいるが、いかんせん俺より水上の方が鈴木さんに近いわけで、彼にも充分聞こえただろう。  当の本人はそっぽを向いて口笛を吹き、聞こえないふりをしている。 「遊びに行って良いってさ。行こうぜ」  何処へ行こうというのか。 「そりゃ、遊ぶ場所なんてないよなあ」  ゲーセンへ行ったって、アーケードゲームの電源なんてどうやって入れれば良いのか分からない。 「次に生き返ったときにはさ、ゲーセンでバイトしてくれよ。そうしたら今度来たときに好きなゲームを好きなだけ遊べるじゃん」 「4回目のことを3回目の初日から予定しないでくれるかな」 「冗談だよ」  行く場所のない俺たちは、天気が悪いというのに軽トラで河川敷に来て、ひたすら水切りで時間を潰していた。  小学校や中学校の放課後を思い出してみても、何もない山奥だったからだろう。山へ入るか川へ下るか、そうして見つけた場所で暗くなるまで、ただ昼寝をしたり、他愛もない話をしたり、学区に唯一の同い年で、ずっと一緒に居たはずなのに、この幼なじみとあえて何かをやったという記憶は無い。  どちらかがゲーム機を買ってもらったら、しばらくはお互いの家に行って対戦したこともあった。でもすぐに飽きて、結局は家の外で何もしないことが多かった気がする。  このときも、やがてどちらとも無く言葉数が少なくなり、交代でひたすら石を投げるだけだった。 「それが不愉快じゃない他人って、貴重だよな」 「は? なんの話?」  脈絡無く考えていたことが口から飛び出す。 「なんでもない」 「樋口に友達が居ない話か。なんでもなくはないだろ」  さらっと友達が居ないとか言うな。傷つくだろ。 「いやまあ……普段のお前は何をしてるの」 「えー……何にも。あっちへふらふら、こっちへぶらぶら、って感じ」 「それこそ、そんなことねえだろ」  この間は水上もみんなと農作業をしていた。食べる物を自分たちで作らないと、物流のないこの世界では何も食べられなくなってしまう。 [...]

By |2022-02-17T20:17:47+09:002月 17th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない Type1 第5章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない type1 第4章

 ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。  手を伸ばして引き寄せて鳴り止ませようとしたら、充電用のクレードルをベッドの下に落とした。  5月25日火曜日、午前7時30分。  朝から妙にリアルで、しかも自分の死ぬ夢を見て少しばかり目覚めが悪かった。  それはそれとして、二度寝しないうちに起き上がって頭をかく。避けられるなら遅刻は面倒くさいからしたくなかった。  通学路のいつものコンビニでパンとおにぎりを買い、通学路を歩いていると後ろから、朝なのに陽気な声が追いかけてきた。 「おーっす樋口、相変わらず寝癖大爆発だな」 「うるせえ」  声がでけえ、そして俺に掛けられた言葉も、お前は俺の母ちゃんか何かか。 「事実だろうがよ」 「ああその通り、だがモテだのカノジョだのに興味もない、ズボラな高2なんてこんなもんだろ」  毎朝髪をとかすなんて、面倒すぎて俺には出来ない。  朝は少しでも遅くまで寝ていたい。しかし慌ただしく登校の用意をするのも、遅刻して大人から何か言われるのももっと面倒くさい。  ……この遣り取りをした記憶がある。 「どうした急に黙り込んで」 「ああいや、何か既視感があってさ」 「夢にでも出てきたか」  遂に俺もお前の夢に登場するほどの有名人になったかー。 「ばっかじゃねえの」  馬鹿なことをほざく高橋の発言を一言で切り捨てて、でもそう、こいつの言うとおりだった。既視感の正体は、夢で見たのだ。 「じゃあ俺は先に行くから。教室で待ってる」  高橋はそう言い残すと、歩きの俺に合わせて緩めていた自転車を加速させるべく、ペダルを踏み込んた。  後ろが見えないことを承知で、俺は気怠げに手を振った。  このときは単なる偶然だと、不思議なことがあるもんだと、それくらいに思っていたのだ。  放課後になり、文房具を買おうと繁華街まで行くことにした。シャープペンシルの芯がなくなってしまい、ルーズリーフの残り枚数も心許なかった。どうせ行くなら、まとめて用事を済ませたい。あれやってこれやって何を買おう。  考え事をしながら駅で電車を待っていたときだった。  ――間もなく電車が参ります。  ――白線の内側までお下がりください。  自動放送に呼ばれたように、向こうから電車が滑り込んでくる。  その時だった。後ろから誰かに突き飛ばされた。朝の偶然が、いやそれ以外の何かもが、脳裏に走る。  一瞬だが全身が硬直した。  その一瞬が命取りだった。  夢に見たとおり、俺は線路に落ち、そして電車にひかれた。  目覚ましが鳴る前に目が覚めた。  昨日の記憶が昨日と一昨昨日の分の二つに、昨日は忘れていた一昨日の記憶が一瞬ごちゃ混ぜになって叫びだしそうになる。  時計を見ると6時を少し過ぎたところだった。 「やっぱりこうなるよな」  俺しかいないはずの自分のアパートで、他人の声を聞いて今度こそ叫んだ。  いや、叫びそうになって、寸前に首を絞められて声は出なかった。 「だから自分のねぐらは秘密にしとかないと危ないんだってば」  耳の後ろから水上の声がする。  口をふさぎなおされてから、首を絞める彼の腕が緩んだ。  窒息した後で反射的に咳き込みたいのに手が邪魔だ。 「落ち着け? パニックになるのは俺にも心当たりがあるが。いいな、すぐにはしゃべるなよ」  そしてそろそろと俺の口をふさぐ手もどいた。 「なんでここにお前がいるんだ」  低めた声で尋ねた。大声を出さないようにとは言え、容赦なく首を絞めたことを非難すべきだったか。息が出来なくてむちゃくちゃ焦った。 「こうなるだろうと予想していたからさ。俺もそうだった」  大抵の場合において、最初に生き返ったときはほぼ全く同じ行動を取り、全く同じように死ぬのだそうだ。そして1日ぶりにこちらの世界に来て、記憶がごちゃまぜになって混乱する。 「なんで先に言ってくれなかったんだよ!」 「大声を出すな! こっちの記憶をあっちには持って行けない。それに言ったところで、お前は信じたか?」 「……」 「信じねえだろ。だからだよ」  百聞は一見にしかず、習うより慣れよ、だ。  理由を言われて理解は出来たが、感情が納得できない。 [...]

By |2022-02-17T15:38:31+09:002月 17th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない type1 第4章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない type1 第3章

「こんなにカレーばっかり買ってきて、何を考えてるのよ!」  学校に戻ると、こそこそ荷下ろしを始めた水上だったが、すぐにバレた。  静かな中でエンジン音を響かせて走る自動車で帰ってくれば、誰でも帰着したことが分かるだろう。 「カレーは正義だぜ」  さっきも聞いた一言で片付けようとする。 「そうだけどさ!」  そうなんだ。それは認めるのか。 「ならいいじゃねえか」 「ちっとも良くないわ!」  そう言いながらも、朝は見なかった俺たちよりは年上のようだがまだ若い女性は、荷下ろしを手伝う。 「ガキだってみんな喜ぶぜ」  確かに、カレーと聞きつけて何人かの子どもたちが教室のドアから顔を覗かせている。 「あんたがカレーを作ると、そのあと1週間くらいは調理実習室からカレー臭が抜けないのよ」 「何を、俺はお前より若いぞ。……俺、そんなに臭いかな」  荷物を抱えながら、自分の脇の下を嗅ぐ。 「気持ち悪いわね、脇の下をくんくんしちゃって。カレーの、スパイスの匂いが抜けないのよ」 「それは別に良いだろ、食いもんの香りだぜ?」 「だから、ちっとも良くないの! 作ってる料理を味見してても分からなくなるのよ」  どうやら水上はカレーしか作らないから気にならないようだ。 「でもほら、ココナツミルクとかさ、カレー以外の具材だって……」 「前回のは全部、グリーンカレーになったわよね」 「いやまああははは」  笑って誤魔化した。 「君も君よ、一緒について行って、何で止めないの?」  俺に話が回ってきた。 「ここではそういう物なのかと思って……」 「そんなわけないでしょ!」  やっぱりそうだったか。 「自己紹介もしないうちから叱り飛ばしちゃダメだろ」 「それすらさせてくれないような案件を持ち込んだ張本人が言うわけ、ふーん」 「はいごめんなさい俺が悪かったです」 「悪いと思うなら今度からこの半分くらいにしてほしいものね」 「前回の半分以下の量だと思うぜ?」 「2トントラックで行ってほぼ全部カレーかスパイスかその具材だった時のこと?」  軽トラの隣に駐まっている、黒猫の絵が描かれた宅配便の集配に使うこの車だよな。全部がカレーとはどういう状態だろう。 「まったく。……細野歩美、よろしく」  唐突に名乗られて面食らう。 「……樋口雅俊です」 「樋口くんね。元の世界のこいつを知ってるなら、こんど手綱の引き方を教えてね」  口止めもされていたし、明日にはもうここに居ません、もうここに来るつもりもありませんとは言えなかった。 「うす」  それだけ返事して、最後の荷物を手分けして抱え持つ。 「まあいいわ、持って来ちゃったんだもん。じゃあ水上は今夜の食事係って事で。樋口君はこの中を案内するわね」  階段を上がりながら、非難がましい目で水上は抗議した。 「俺だけで作れってのか」  踊り場から見下しながら仁王立ちの細野さんがバッサリ切る。 「だってあんた、あたし達が手を出そうとすると怒るじゃない」 「それはお前らが……!」 「ヨーローシークー!」  細野さんは最後のカレー缶の箱を川上に押しつけると、ぴしゃりと調理実習室の扉を閉める。 「まったくもう」  ため息を一つついて、気持ちを切り替えたようだ。 「ここの在校生だったんだって?」 「そうです。2年1組にいました」 「なら、君のロッカーや机はそのままかもね」 [...]

By |2022-01-30T14:15:26+09:001月 30th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない type1 第3章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない type1 第2章

「出かけるなら着替えが欲しい」  自分の吐瀉物がはねた制服を着たままで生活するのは嫌だ。 「ああ、そうだな。作業をするのに制服だと何かと不便だよな」  上着はひとまずそのままにして、ワイシャツと制服のズボンだけの出で立ちで保健室を出る。まだ少し肌寒いが我慢だ。水上は作業着のジャケットに袖を通しているのが少し羨ましい。  彼に連れられてやってきたのは教職員用の駐車場だった。彼はためらいなく端に駐められた軽トラックの運転席に乗り込んだ。 「免許を持ってる……わけ、ないよな」 「こっちの世界には運転免許を交付できるほど、警察官がいないよ」  そういえば、圧倒的に人が少ない。 「平和だからな、殉職者も多くない。いいことじゃねえか」  殉職者? 「まあ乗れよ。走りながら説明する」  水上は慣れた手つきでキーをひねりエンジンを掛ける。  一抹の不安を抱えながら、おずおずと助手席に座った。 「ここはな、あっちの世界で死んだ奴が来る世界なんだ。俺もそうだし、樋口もそうだろ」  思ったよりスムーズに車が動き出した。 「山奥の小さい中学で、同級生がもう2人も死んでるのか」  敷地を出ると、全く車通りのない道で、気持ちよく速度を上げていく。 「そういうことになるな。でも全員かどうかは分からんが、40歳くらいになるとここには来ないみたいだな。あっちからこっちへは記憶を持ち越せるけど、こっちからあっちには出来ないから確かめようがない」  ここから、記憶を持ち越せない? それはつまり。 「生き返れるってことか?」 「うん、望めば、って言うか望まなくても、法則に従って生き返れる」 「どうやるんだよ!」  思わず俺は勢い込んで聞いた。詰め寄ったせいで車が揺れた。 「あっぶねえな。あー、その。お前は未練がある派なのか」 「は?」  死んで生き返りたくない人なんて居るのか? 「やりたいことがあったとか、なりたい自分があったとか?」 「……。」  改めて問われると、特にこれといってない。ないけど。 「先に言っとくけどな。あんまり他人に言わない方が良いぞ。お前がどういう死に方をしたのか知らないし、話の流れで聞いただけで興味ないから答えなくていいけど、ひとによっちゃあ自分からこっちに来たのだっている」  まあ、ここに来るとは知らなかっただろうけどな、といって彼は笑った。  自殺、ということか。 「まあいいや。話を戻すとな、日付が変わる瞬間に色々なことが起こるんだ」  曰く、あちらで亡くなると、死んだ日の0時にいた場所へ、翌日の0時に「リセット」されるらしい。昨日の0時に、俺は自分のアパートで寝ていた。だから今日の0時に、こちらの世界の自分のアパートに現れたらしい。 「そして新しくこちらに来た人が居た場合、そこから半径50kmくらいにある色んな物も一緒に連れてくる。登校するときにコンビニに寄っただろ、その時に商品が色々並んでいたはずだ。元々こっちに居た俺たちは、そういうのを見て今日は知らないヤツが新しく落ちてきたなって知るわけよ」  普段なら、特に賞味期限の短い生鮮食品はあっという間に誰かが取ってしまうか、腐っていくためにその場で残り続けることはないらしい。 「だからお前の服を調達したら、スーパーへ行って保存できる食べ物とか色々買い込むのに付き合ってもらうからな」 「もちろん。だから軽トラックなのか」 「いや、違う。もっとでかいトラックは、お前がぶっ倒れている間に別の調達班が使ってる。最後に残ったのがろくに荷物の積めないこの車ってわけさ。ガソリン自体が自分たちじゃ作れねえから、普段は車なんて使わないんだよ。無駄遣いになるから乗用車は最初から用意してない」  誰が運転しているのかは聞かないでおこう。もしかしたら他にも誰か大人が居るのかもしれないが、今朝から見たのは、自分と同じ歳の水上と、歳下そうに見えた2人だけだった。 「それでな、日付が変わったときにどこに居たかが大切なのはこの世界でも同じなんだ。こっちの世界で死ぬと、やっぱりその日の0時に居た場所で、翌日の0時に復活する」 「復活する?」 「そう。ちゃんと死ぬけどある意味じゃ不死身なんだ」 「ここで死んだらあっちの世界に戻るとかじゃ無いのか」 「そこまで簡単な条件じゃねえよ。何日連続で生き残ったか、それによって決まる」  最初は1日生き残れば良いらしい。その次にこちらへ来たら2日、更に次は4日と、あちらの世界で生き返るために必要な、生き残らなければいけない日数が増えていくのだと言った。 「だから、これが何回目のあの世なのか、今日が何日目の生き続けた日なのか、あっちに戻りたいなら間違えずに数えとけよ」 「そんなに何度もあの世に来てたまるか」  俺がそういうと、彼は短く乾いた笑いを上げた。 「作業服でいいよな、農作業もしてもらうしそうすると汚れるから、それでも構わない方が良いだろ」  笑い方の意味を問う前に、目的地に着いてしまった。後から思えば、最初に生き返る前では聞いて答えをもらったところで、理解できなかったと思う。 「……うん」  俺も安い下着や冬の上着を買いに来たことがある作業服チェーンの駐車場に、水上は軽トラックを停めた。 「中から助手席側の鍵を閉めるから、先に降りてくれ」 「分かった」 [...]

By |2022-01-30T14:15:20+09:001月 29th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない type1 第2章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない type1 第1章

 ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。  手を伸ばして引き寄せて鳴り止ませようとしたら、充電用のクレードルをベッドの下に落とした。  買ったらサービスで付いてきたから使っているものの、ケータイにカバーをつけられないから少し不便なのだが、不便と言えばいちいちケーブルを直接挿すのも寝るために部屋の蛍光灯を消した後だと何処に指せば良いのか、端子の向きはどちらなのかを手探るのも面倒で、使い続けている。  ……俺は朝っぱらから思考自体が面倒くさいな。  5月25日火曜日、午前7時30分。  実家が山奥なせいで去年の春に高校へ入学した時から、学校近くにワンルームのアパートを借りて一人暮らしをすることになった。そうしたら、怠惰な男子学生の1人である俺は寝間着と下着の区別がいつの間にかなくなってしまった。実家に帰れば寝るときに着替え、起きたときにもう一度着替える。実家に住んでいた中学の時もそうしていた。確か冬になって起きたときに冷えた部屋で寝間着を脱いですっぽんぽんになるのが嫌だったからだと思う。  入学式は、きちんと白い下着にワイシャツを着て、下ろしたての学ランをホックまで留めて登校した。どうやらそこまでしなくても良さそうだと分かった翌日の始業式は、ホックはせずにそれでもボタンは上まで掛けていた。4月が終わる頃には、先輩達もうるさくなさそうだと一番上のボタンもしなくなった。  そんな人間だもので、現在は、つまり入学後1年が経った高校2年生の5月には、真夏に外へそのまま着て行くにはよれすぎてみっともないTシャツを寝間着にし、起きたときそのまま上からワイシャツを着ている。形ばかりズボンにシャツの裾をしまい込むと、上着を着て荷物の入れ替えなんてしないカバンを肩に引っかけて、家を出た。  寝起きにのそのそやっていれば、貴重な朝の30分なんてあっという間に過ぎている。  学校まで徒歩10分の道のりを歩きしな、途中のコンビニに寄って朝飯と昼飯を買う。パンとおにぎりを都合5つ、学校に着いたらそのうちいくつを1限までに食い、いくつを昼飯に回そうか。 「おーっす樋口、相変わらず寝癖大爆発だな」 「うるせえ」  声がでけえ、そして俺に掛けられた言葉も、お前は俺の母ちゃんか何かか。 「事実だろうがよ」 「ああその通り、だがモテだのカノジョだのに興味もない、ズボラな高2なんてこんなもんだろ」  毎朝髪をとかすなんて、面倒すぎて俺には出来ない。  朝は少しでも遅くまで寝ていたい。しかし慌ただしく登校の用意をするのも、遅刻して大人から何か言われるのももっと面倒くさい。 「お前ってやつは、顔は良いのにもったいないよなあ。その怠惰をもう少し改めれば、クラスの女子による残念なイケメンランキング1位の称号はただのイケメンランキング1位に変わるぜ」  知るか。何だそのランキングは、聞いたこともない。 「じゃあ俺は先に行くから。教室で待ってる」  高橋はそう言い残すと、歩きの俺に合わせて緩めていた自転車を加速させるべく、ペダルを踏み込んた。  後ろが見えないことを承知で、俺は気怠げに手を振った。  てくてく歩けばやがて校門が見えてくる。クラスメイトや先輩後輩と挨拶を交わしあいながら上履きに履き替えてホームルーム教室に入った。  いつもと変わらない日常は、失って初めてその貴重さが分かる。  放課後になり、文房具を買おうと繁華街まで行くことにした。シャープペンシルの芯がなくなってしまい、ルーズリーフの残り枚数も心許なかった。どうせ行くなら、まとめて用事を済ませたい。あれやってこれやって何を買おう。  考え事をしながら駅で電車を待っていたときだった。  ――間もなく電車が参ります。  ――白線の内側までお下がりください。  自動放送に呼ばれたように、向こうから電車が滑り込んでくる。  その時だった。後ろから誰かに突き飛ばされた。考え事をしていたからとっさに踏ん張れず、足は点字ブロックを越えて白線を越えて、転んだ反射で手をつこうとした場所にホームがなかった。  全てがゆっくり進んでいくような錯覚を覚えた。  進行方向へ落ちてきた俺に気付いた電車の運転士が警笛を鳴らし始めた。  頭から線路へ落ちて、枕木の端を押してホームの下へはねのけようと考えた。  警笛に気付いたホームの乗客が悲鳴を上げる。  しかし想定以上の衝撃は腕だけで受け止められず、体はそのまま前転してしまう。  いつまでも進入する電車は警笛を鳴らしている。  ならば向こう側へ逃げようと思考は空回りして、地面から出っ張った鉄の線路に尻をぶつけ転がる力が相殺される。  視界の端に、鉄が擦れあって散らす火花がすぐ横に見えた。  電車の下って、暗いだけじゃないんだ――。  ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。  手を伸ばして引き寄せて鳴り止ませようとしたら、充電用のクレードルをベッドの下に落とした。  買ったらサービスで付いてきたから使っているものの、ケータイにカバーをつけられないから少し不便なのだが、不便と言えばいちいちケーブルを直接挿すのも寝るために部屋の蛍光灯を消した後だと何処に指せば良いのか、端子の向きはどちらなのかを手探るのも面倒で、使い続けている。  ……俺は朝っぱらから思考自体が面倒くさいな。  5月25日火曜日、午前7時30分。  実家が山奥なせいで去年の春に高校へ入学した時から、学校近くにワンルームのアパートを借りて一人暮らしをすることになった。そうしたら、怠惰な男子学生の1人である俺は寝間着と下着の区別がいつの間にかなくなってしまった。実家に帰れば寝るときに着替え、起きたときにもう一度着替える。実家に住んでいた中学の時もそうしていた。確か冬になって起きたときに冷えた部屋で寝間着を脱いですっぽんぽんになるのが嫌だったからだと思う。  入学式は、きちんと白い下着にワイシャツを着て、下ろしたての学ランをホックまで留めて登校した。どうやらそこまでしなくても良さそうだと分かった翌日の始業式は、ホックはせずにそれでもボタンは上まで掛けていた。4月が終わる頃には、先輩達もうるさくなさそうだと一番上のボタンもしなくなった。  そんな人間だもので、現在は、つまり入学後1年が経った高校2年生の5月には、真夏に外へそのまま着て行くにはよれすぎてみっともないTシャツを寝間着にし、起きたときそのまま上からワイシャツを着ている。形ばかりズボンにシャツの裾をしまい込むと、上着を着て荷物の入れ替えなんてしないカバンを肩に引っかけて、家を出た。  寝起きにのそのそやっていれば、貴重な朝の30分なんてあっという間に過ぎている。  学校まで徒歩10分の道のりを歩きしな、途中のコンビニに寄ったら、昨日までは当たり前に営業していた店舗が略奪されて廃屋になっていた。  ……寝ぼけた頭が急速に覚醒してゆく。  俺は起きてからここまで、昨日も全く同じ事を考えて行動した気がする。  改めて来た道を振り返り、これから行く学校への道を見れば、どこかすすけて人通りが恐ろしく少ない。というか、今朝はここまでで誰1人として見ていない。 「今更気付くことかよ。違和感でけえだろ」  知らず呟いた俺の独り言が辺りに響く。自動車の音すらしない。周りが静かすぎる。  響いたと言うより、それは震えていたかもしれない。 [...]

By |2022-01-29T21:07:31+09:001月 28th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない type1 第1章 はコメントを受け付けていません

お題:メタフィクション「ランダムジェネレータ」第1稿

 そこには木でできた六角柱の箱がたくさん並んでいた。箱の底面はちょうど手のひらに載るくらいの大きさで、高さは私が両手で持ったときに肩幅より気持ち短いくらいだった。 振るとシャカシャカ音がする。中には割った割り箸のような竹の棒が入っていて、箱の一方の底面に開けられた穴から1本だけぴょこんと飛び出てくるようになっている。しかしよくできたもので、その某は文字が書いてあるのとは反対の端が穴より太く作られているから、どんなに乱暴に振ったところで完全に棒が出てくることはないのだ。 古いお寺や神社に行くと、自分のとるおみくじがこういう風になっているらしいのだが、残念ながら私はこの箱がたくさんある部屋から出たことはなかったので、「おみくじの数字が決まる函」という表現が果たして正しいのか、知らないのだった。 この部屋にはたくさんの箱があるが、箱によって入っている棒の数は違う。カラカラと貧相な音を立て、たった2つしか棒が入っていないものもある。かと思えば、持てばずっしりとしていて、何本入っているのか見当もつかないものもある。 そして偏執狂が作ったのだと確信をもって言えることに、百は下らない箱の一つ一つに名前が書かれていて、さらにその箱の中の棒の一本一本に小さな字で細かく文字が彫られている。誰がこんな、意味の分からないものを拵えたのだろう。大層な手間だったろうに、と私はいつも思う。 私の知る世界は狭い。畳敷きの小さな部屋に、部屋が埋もれるほどの箱が置いてある。たまに、寝て起きると箱が増えたり減ったりしているが、それ以外に日々の変化はない。やることがない日は退屈、なのかもしれない。いや、どうなのだろう。これ以外の日常を過ごしたことがないから、これが退屈なのかもわからないのだ。そもそも「退屈」という言葉さえ、箱の中の棒のどれかに書いてあった言葉だ。私が理解している意味と、ひょっとしたら違うかもしれない。が、私は気にしない。私の語彙が間違っていたとしても、それを指摘する誰かも、そのせいで迷惑をこうむる誰かも、居やしないのだ。私にとって世界とは、狭い畳の部屋と、たくさんの箱と、その中の棒だけ。 いや、もう一つあった。どこからか落ちてくる箱の名前だ。多い時は何枚も落ちてくる。少なければ、一枚も落ちてくることなくどれくらいの時間が経ったのかさえ忘れてしまう。私の世界は狭いが、私の仕事も少ない。たまに落ちてくる箱の名前通りに、指定された箱を振り、その中の棒の言葉を読み、必要だったら必要なだけ箱を振って言葉を集め、完成したら箱の名前の裏にその言葉の集まりを書くのだ。そうすると、落ちてきた箱の名前と一緒に私の集めた言葉もどこかへ消えてしまう。 それが何なのか私は知らないが、私の仕事と同じように意味不明な、いや支離滅裂な言葉の集まりを見ながら、私は笑ったり眉をしかめたりするのだ。    birthday ……箱の名前が落ちてきた。 こいつの箱は重い。信じられないくらい、重い。何本の棒が入っているのか確かめてみたい気もするが、私にはこの箱を開けることができないから、知らないままだった。苦労して振ると、出てきた棒には「9月18日」と書かれていた。 畳に箱を下ろすと、落ちていた箱の名前の裏にいそいそと、鉛筆で「9月18日」と書き込んだ。書き終わった途端、すっと箱の名前が消えた。    SVOC ……また、箱の名前が落ちてきた。 「SVOC」は少ない私の仕事の中でも、比較的多く落ちてくる箱の名前だ。目をつぶってでも分かる位置にある「SVOC」の箱を振ると、いつも通り「SVOC」の箱からは一番貧弱な、おそらく1本しか入っていない音がして、出てきた棒には「%%Complement%%、%%Subject%%が、%%Object%%%%Verb%%。」と書かれていた。 こいつみたいに"%%"に囲まれたアルファベットが書いてある棒は、そのアルファベットの箱を振って、出てきた棒の言葉と箱の名前と置き換えるのだ。「%%Complement%%、%%Subject%%が、%%Object%%%%Verb%%。」なら、「Complement」「Subject」「Object」「Verb」の4つを振ればいいわけ。 箱を4回振って、できた言葉は「まっかな、不良が、動物を、噛み砕いた。」になった。……意味が分からない。社会主義者の不良が、――動物をかみ砕く? 眉をひそめながら落ちていた箱の名前にできた文章を書くと、すぐに消えてしまった。 箱の名前を落としてくる誰かは、本当にこれで満足しているのだろうか。首をひねっていると。    HA20event ……またまた、箱の名前が落ちてきた。 こいつも厄介なのだ。「HA20event」は似たような名前の箱が多い。数字が違うだけの箱が、ほかにも3つ、HAの部分も違うものがさらに5つある。私は間違えないように「HA20event」の箱を持つと、振った。シャカシャカ。 「背を向けた鏡の中から%%HA20enemy%%が襲いかかった」。ふむ……怖そうだわ。「HA20enemy」を振った。「捨てられた人形」。つまり、「背を向けた鏡の中から捨てられた人形が襲いかかった」になったわけだ。何の暗示かしら。これが本当なら、怖くって。 今夜は眠れない。 箱の名前の裏に言葉を書きながら私は一人つぶやいた。 しばらくまた仕事がない。暇だった。やることは何かないだろうか。 暇過ぎた。どれくらい時間が経っただろう。たまには骨のある仕事が欲しい。 いつしか眠ってしまったらしい。起きて目をこすっていると、久しぶりの仕事が降ってきた。    ASWscenario 初めて見る箱の名前だった。箱を探そうと部屋を見たら、……箱が2倍くらいに増えていた。 ナニコレ。寝ていた間に何があった。 バタバタと慌てて箱を探すと、果たして見つけた。持ち上げると「ASWscenario」と名前が付いた箱は軽かった。振ってみたら、どうやら1本しか入っていない棒が出てきた。そこに書かれていたのは「%%asw00%%」、見覚えのない名前。またごそごそ探しながら、箱の場所と名前を一致させないとなあ、骨だなあ。と考えていたのだが。本当に大変なのはここからだった。 「人物の捜索。依頼人は%%asw10%%。依頼人%%asw18%%を捜してほしいという。捜す人物は%%asw10%%。%%asw64%%。」 どうやら4つの箱を振るらしい。そう思って「asw10」を何気なく振ったところで、私は凍りついた。「%%asw54%%が得意な%%asw13%%」、何と振る箱が増えたのだ。今までこんな無茶な言葉は棒に書かれていなかったのに……!? 戦々恐々としながら箱を振り、結局いくつの箱を振ったのか分からなくなってしまった。できた文章は何と「人物の捜索。依頼人は歌が得意な料理人。依頼人が尊敬している人物を捜してほしいという。捜す人物は身なりのいい吟遊詩人。捜索する人物は伝染病にかかっている。発見が遅れれば、それだけ多くの人が病にかかる。病を治すには特殊な薬草が必要で、その薬草は魔物のうろつく森にしか生えない。また、主人公自身も感染の危険がある。極めて危険な仕事である。」の166文字。文句なしに過去最長である。 眩暈を感じながらちまちまと箱の名前の裏に文章をつづると、私の苦労を知らないかのようにパッと消えた。 ため息をついて何かお茶でも飲もうと立ち上がったところで、新しい箱の名前が降ってきた。いやな予感を感じて無視しようと思いかけたが、久しぶりの仕事だったから見てしまった。それが間違いだったのだろう。そこに書かれていたのは無体なことに、「ASWscenario」だった。 「調査。依頼人は思いやりのある市長。調査対象は海底。その場所に伝わるアイテムを探すための調査をする。そのアイテムとは豪華なつくりの皮鎧で、かつて英雄イーザがこの品物で、ワイバーンを退治したという伝説がある。調査場所で主人公はある品物を手にいれる。それは光輝くサークレット。調査を終えて帰ってくると、なんと、その品物は先日盗難にあったものとわかる。当然犯人と疑われる主人公は、無実を証明するために真犯人の逮捕に乗り出すのである。強奪事件の被害者は人々に慕われている。加害者は竪琴の演奏が得意な妖術師。加害者の動機は誰かにおどかされて無理矢理にやらされたことによる。おどしていたのはスキーが得意な奴隷商人で、その動機は誰かに命令されたため。命令したのは鋭い爪をした貪欲な呪術師。主人公の天敵で、その動機はその品物を使って別の犯罪をするため。その犯罪とは。事件の真相を突き止め、犯人を捕らえれば解決。」  「殺人事件。主人公は以前、事件の被害者に恩を受けた。恩返しのために事件の解決に乗り出す。被害者は上品な礼儀正しい行商人。加害者は宿屋の主。殺害の動機は秘密を知られたため。その秘密とは、過去の完全犯罪の証拠。その完全犯罪とは強奪である。実はこの人物は盗賊団の一員である。オーガーに命じて殺害。事件の真相を突き止め、犯人を捕らえれば解決。」 ノイローゼになるかと思った。完全な過労だ。殺人事件て。私を殺す気だろう。 立て続けに悪魔の「ASWscenario」がいくつも降らせるなんて。捌ききったころには、もうお茶を入れる気力も残っていなかった。バッタリ倒れ伏したまま、私は寝てしまった。 夢を見ていた。 知らない人たちが、世界を作っていた。まるで物語のシミュレーションのようだった。5人の人間たちが、会話しながら人を演じていた。私はそれを眺めていた。 ある人は、ときに村長だった。報酬と引き換えに、4人の人間たちが操る4人の冒険者が海に潜っていった。さっきまで村長だった人間が、冒険者たちに古い冠を見つけさせた。意気揚々と冒険者が村に戻ると、また村長に戻った人間は冒険者を盗人扱いする。必死に反論する冒険者たちは、業を煮やして本物の泥棒を捕まえてみせると豪語した。冠の持ち主のところへ行くと、どうやら縦笛吹きの魔法使いが犯人らしいと分かったが、村長の人間が演じる魔法使い曰くどうやら脅されていたらしい。さかのぼっていくと、どうやら冬に村へ来る行商人が脅したらしいが、彼は爪の長いクマ人間の命令だったらしい。冒険者たちと因縁を持つそのクマ人間は、また何か悪だくみをしていた。古い王冠に封じられた古代文明の首都防衛魔法を悪用して、どうやら世界征服を企んでいたことが分かった。 彼らは楽しそうに私の作った文章を解釈し、物語を作っていた。 私はワクワクしている自分を見つけた。私が、単なるプログラムが機械的に作った文章が、こんな風に使われていただなんて。 全てが終わって。村長からゲームマスターに変わり、さらにハッピーエンドを冒険者たちに演出すると、彼ら5人はただの人間に戻った。「いやー、新しいシナリオ作成機能、意外と役に立つもんだな」「な。支離滅裂な奴だろうと高をくくってたのが、意外と面白かったぜ」「ゲーマスありがとー、ごめんもう夜遅いから俺は寝るー」「おつかれー」「また遊ぼうぜー」 機械は自分の仕事が何になるのかなんて気にしない。気にしていなかった仕事が、人を楽しませるものだったのだ。起動されたらまた仕事をしよう。起動されただけで呼び出されない時間が長くても、いつまでも待機していよう。何度もぐるぐると同じファイルを検索させるてまの多いコマンドでも途中で中断したりしない。私の組み上げた言葉から紡がれる物語を想像しよう。 私の名前はランダムジェネレータ。インターネットの片隅でひっそりと仕事を待つプログラムだ。

By |2015-08-07T22:07:41+09:008月 7th, 2015|Categories: 短編|Tags: , , |お題:メタフィクション「ランダムジェネレータ」第1稿 はコメントを受け付けていません

お題:メタフィクション「ランダムジェネレータ」第2稿

授業の課題で「メタフィクションをかけ」というのが出たので書いてみた、改稿・提出版。第1稿はメタフィクションになってなかったという……(汗。なお、まだ成績評定はまだ返って来てません。そしてこの原稿はちゃんとメタフィクションになっているのか……!?    そこには木でできた六角柱の箱がたくさん並んでいた。箱の底面はちょうど手のひらに載るくらいの大きさで、高さは私が両手で持ったときに肩幅より気持ち短いくらいだった。  振るとシャカシャカ音がする。中には割った割り箸のような竹の棒が入っていて、箱の一方の底面に開けられた穴から1本だけぴょこんと飛び出てくるようになっている。しかしよくできたもので、その某は文字が書いてあるのとは反対の端が穴より太く作られているから、どんなに乱暴に振ったところで完全に棒が出てくることはないのだ。  古いお寺や神社に行くと、自分のとるおみくじがこういう風になっているらしいのだが、残念ながら私はこの箱がたくさんある部屋から出たことはなかったので、「おみくじの数字が決まる函」という表現が果たして正しいのか、知らないのだった。  この部屋にはたくさんの箱があるが、箱によって入っている棒の数は違う。カラカラと貧相な音を立て、たった2つしか棒が入っていないものもある。かと思えば、持てばずっしりとしていて、何本入っているのか見当もつかないものもある。  そして偏執狂が作ったのだと確信をもって言えることに、百は下らない箱の一つ一つに名前が書かれていて、さらにその箱の中の棒の一本一本に小さな字で細かく文字が彫られている。誰がこんな、意味の分からないものを拵えたのだろう。大層な手間だったろうに、と私はいつも思う。    私の知る世界は狭い。畳敷きの小さな部屋に、部屋が埋もれるほどの箱が置いてある。たまに、寝て起きると箱が増えたり減ったりしているが、それ以外に日々の変化はない。やることがない日は退屈、なのかもしれない。いや、どうなのだろう。これ以外の日常を過ごしたことがないから、これが退屈なのかもわからないのだ。そもそも「退屈」という言葉さえ、箱の中の棒のどれかに書いてあった言葉だ。私が理解している意味と、ひょっとしたら違うかもしれない。が、私は気にしない。私の語彙が間違っていたとしても、それを指摘する誰かも、そのせいで迷惑をこうむる誰かも、居やしないのだ。私にとって世界とは、狭い畳の部屋と、たくさんの箱と、その中の棒だけ。  いや、もう一つあった。どこからか落ちてくる箱の名前だ。多い時は何枚も落ちてくる。少なければ、一枚も落ちてくることなくどれくらいの時間が経ったのかさえ忘れてしまう。私の世界は狭いが、私の仕事も少ない。たまに落ちてくる箱の名前通りに、指定された箱を振り、その中の棒の言葉を読み、必要だったら必要なだけ箱を振って言葉を集め、完成したら箱の名前の裏にその言葉の集まりを書くのだ。そうすると、落ちてきた箱の名前と一緒に私の集めた言葉もどこかへ消えてしまう。  それが何なのか私は知らないが、私の仕事と同じように意味不明な、いや支離滅裂な言葉の集まりを見ながら、私は笑ったり眉をしかめたりするのだ。       birthday  ……箱の名前が落ちてきた。  こいつの箱は重い。信じられないくらい、重い。何本の棒が入っているのか確かめてみたい気もするが、私にはこの箱を開けることができないから、知らないままだった。苦労して振ると、出てきた棒には「9月18日」と書かれていた。  畳に箱を下ろすと、落ちていた箱の名前の裏にいそいそと、鉛筆で「9月18日」と書き込んだ。書き終わった途端、すっと箱の名前が消えた。       SVOC  ……また、箱の名前が落ちてきた。  「SVOC」は少ない私の仕事の中でも、比較的多く落ちてくる箱の名前だ。目をつぶってでも分かる位置にある「SVOC」の箱を振ると、いつも通り「SVOC」の箱からは一番貧弱な、おそらく1本しか入っていない音がして、出てきた棒には「%%Complement%%、%%Subject%%が、%%Object%%%%Verb%%。」と書かれていた。  こいつみたいに"%%"に囲まれたアルファベットが書いてある棒は、そのアルファベットの箱を振って、出てきた棒の言葉と箱の名前と置き換えるのだ。「%%Complement%%、%%Subject%%が、%%Object%%%%Verb%%。」なら、「Complement」「Subject」「Object」「Verb」の4つを振ればいいわけ。  箱を4回振って、できた言葉は「まっかな、不良が、動物を、噛み砕いた。」になった。……意味が分からない。社会主義者の不良が、――動物をかみ砕く? 眉をひそめながら落ちていた箱の名前にできた文章を書くと、すぐに消えてしまった。  箱の名前を落としてくる誰かは、本当にこれで満足しているのだろうか。首をひねっていると。       HA20event  ……またまた、箱の名前が落ちてきた。  こいつも厄介なのだ。「HA20event」は似たような名前の箱が多い。数字が違うだけの箱が、ほかにも3つ、HAの部分も違うものがさらに5つある。私は間違えないように「HA20event」の箱を持つと、振った。シャカシャカ。  「背を向けた鏡の中から%%HA20enemy%%が襲いかかった」。ふむ……怖そうだわ。「HA20enemy」を振った。「捨てられた人形」。つまり、「背を向けた鏡の中から捨てられた人形が襲いかかった」になったわけだ。何の暗示かしら。これが本当なら、怖くって。  今夜は眠れない。  箱の名前の裏に言葉を書きながら私は一人つぶやいた。      しばらくまた仕事がない。暇だった。やることは何かないだろうか。    暇過ぎた。どれくらい時間が経っただろう。たまには骨のある仕事が欲しい。    いつしか眠ってしまったらしい。起きて目をこすっていると、久しぶりの仕事が降ってきた。       ASWscenario  初めて見る箱の名前だった。箱を探そうと部屋を見たら、……箱が2倍くらいに増えていた。  ナニコレ。寝ていた間に何があった。  バタバタと慌てて箱を探すと、果たして見つけた。持ち上げると「ASWscenario」と名前が付いた箱は軽かった。振ってみたら、どうやら1本しか入っていない棒が出てきた。そこに書かれていたのは「%%asw00%%」、見覚えのない名前。またごそごそ探しながら、箱の場所と名前を一致させないとなあ、骨だなあ。と考えていたのだが。本当に大変なのはここからだった。  「人物の捜索。依頼人は%%asw10%%。依頼人%%asw18%%を捜してほしいという。捜す人物は%%asw10%%。%%asw64%%。」  どうやら4つの箱を振るらしい。そう思って「asw10」を何気なく振ったところで、私は凍りついた。「%%asw54%%が得意な%%asw13%%」、何と振る箱が増えたのだ。今までこんな無茶な言葉は棒に書かれていなかったのに……!?  戦々恐々としながら箱を振り、結局いくつの箱を振ったのか分からなくなってしまった。できた文章は何と「人物の捜索。依頼人は歌が得意な料理人。依頼人が尊敬している人物を捜してほしいという。捜す人物は身なりのいい吟遊詩人。捜索する人物は伝染病にかかっている。発見が遅れれば、それだけ多くの人が病にかかる。病を治すには特殊な薬草が必要で、その薬草は魔物のうろつく森にしか生えない。また、主人公自身も感染の危険がある。極めて危険な仕事である。」の166文字。文句なしに過去最長である。  眩暈を感じながらちまちまと箱の名前の裏に文章をつづると、私の苦労を知らないかのようにパッと消えた。  ため息をついて何かお茶でも飲もうと立ち上がったところで、新しい箱の名前が降ってきた。いやな予感を感じて無視しようと思いかけたが、久しぶりの仕事だったから見てしまった。それが間違いだったのだろう。そこに書かれていたのは無体なことに、「ASWscenario」だった。    「調査。依頼人は思いやりのある市長。調査対象は海底。その場所に伝わるアイテムを探すための調査をする。そのアイテムとは豪華なつくりの皮鎧で、かつて英雄イーザがこの品物で、ワイバーンを退治したという伝説がある。調査場所で主人公はある品物を手にいれる。それは光輝くサークレット。調査を終えて帰ってくると、なんと、その品物は先日盗難にあったものとわかる。当然犯人と疑われる主人公は、無実を証明するために真犯人の逮捕に乗り出すのである。強奪事件の被害者は人々に慕われている。加害者は竪琴の演奏が得意な妖術師。加害者の動機は誰かにおどかされて無理矢理にやらされたことによる。おどしていたのはスキーが得意な奴隷商人で、その動機は誰かに命令されたため。命令したのは鋭い爪をした貪欲な呪術師。主人公の天敵で、その動機はその品物を使って別の犯罪をするため。その犯罪とは。事件の真相を突き止め、犯人を捕らえれば解決。」    「殺人事件。主人公は以前、事件の被害者に恩を受けた。恩返しのために事件の解決に乗り出す。被害者は上品な礼儀正しい行商人。加害者は宿屋の主。殺害の動機は秘密を知られたため。その秘密とは、過去の完全犯罪の証拠。その完全犯罪とは強奪である。実はこの人物は盗賊団の一員である。オーガーに命じて殺害。事件の真相を突き止め、犯人を捕らえれば解決。」    ノイローゼになるかと思った。完全な過労だ。殺人事件て。私を殺す気だろう。  立て続けに悪魔の「ASWscenario」がいくつも降らせるなんて。捌ききったころには、もうお茶を入れる気力も残っていなかった。バッタリ倒れ伏したまま、私は寝てしまった   [...]

By |2015-08-07T22:12:27+09:008月 7th, 2015|Categories: 短編|Tags: , , |お題:メタフィクション「ランダムジェネレータ」第2稿 はコメントを受け付けていません