こいちゃんの趣味全開!!

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俺に明日は来ない Type1 第8章

2022.02/21 by こいちゃん

 夕飯に呼ばれたが、赤と黄色の髪をした2人は応じなかった。俺だけが食堂へ向かう。
 今夜はハンバーグだった。
「何か寒気がする」
「ずぶ濡れでトラックの荷台にいたもんな、風邪でも引いたんだろ」
「風邪薬ってある?」
「食い終わったら持ってきてやるよ」
「わりいじゃん」
 少し時間が経ったからだろうか。水上の様子は普段通りに戻っていて、調子を合わせて何事も無かったかのように振る舞うのは俺には少しきつかった。
 実際に体調も優れなかったが、その振りをして口数少なく食事を済ませる。
「みんな~、今日はカルピスの日よ」
 小さい子達も食べ終わった頃を見計らって、細川さん達が子どもたちにコップを持たせ、1人1人にカルピスを注ぎ回っていた。
「お前ももらえば?」
 傍目には物欲しそうにしていたのだろうか。風邪薬の入った瓶を片手に戻ってきた水上が声を掛けて、俺の分ももらってきてくれた。
「お前は要らないの?」
「要らねえ。ガキじゃあるめえし」
「どうせ、俺は子供だよ」
 いじけてみせると声を上げて笑われた。
 苦い薬を甘いカルピスで飲み下す。
 空になったコップと食器を洗い場に持って行き、他の人の分と一緒にまとめて洗ってしまう。手を拭いて外廊下に出てから思い出す。
「水上、煙草一本くれ」
「やだ」
「なんでだよ、ケチ」
「貴重な煙草を灯油まみれにしたのはどこのどいつだよ」
 その通り。頭に血が上った勢いで、作業服のポケットに入れていた煙草もダメにしてしまったのだ。
「ごめん」
「仕方ねえなあ」
 自分の分を咥えてから箱ごとこちらに向けてくれる。
「ごっそさんです」
 火も貸してもらった。いくつか離れた教室から、子どもたちの高い声と、布団を敷いている細川さんや木下くんの声が漏れてくる。
 それ以外は静かな、星の綺麗な夜だった。
 あくびが出る。
「眠そうだな」
「何かね。今日も色々あったし」
 ゆっくり紫煙を吹き流す。
「体調もよくねえんだろ。今日はさっさと寝ちまえ」
「……そうしようかな」
 腹が一杯になって、一服して落ち着いたからか、急に眠気を覚えた。
 まだ少し残っていたが火をもみ消して、大人組の寝室になっている教室に向かう。自分の布団に潜り込むと、すぐに寝落ちた。

 ぐっすり寝たはずなのにまだ寒気がする。
 朝飯を食いながらそう話すと、子どもたちにうつしたらいけないと保健室へ連行された。
 昨日のことを思いだしたが、青髪が殺されて汚れた布団は綺麗に片付けられていた。
「今日は一日、ゆっくり寝ていなさい」
 体温を測りながら細川さんに命じられる。
「38度。完全に熱を出したわね」
「ごめんなさい」
「まったく、いい年して世話が焼けるわね。おやすみなさい」
 怒って見せながら細川さんが出て行った。
 お言葉に甘えて寝させてもらうことにした。

 寝たり起きたり、うつらうつらしていたら、いつの間にかもう日が暮れていた。
 ガラガラと戸の開く音に目を開ける。
「起きてたんすか」
 盆の上に茶碗といくつかの皿を載せた黄色と、後ろからおひつを抱えた青がやってきた。
「今さっき目が覚めたところ」
 夕飯を持ってきてくれたらしい。体を起こして布団に掛けられていたフリースの上着を羽織った。
「水上さんが、持っていけって」
 だいぶ調子は良くなっていたが、それにしたって量が多い。旅館でよく出てくるおひつ一杯にお粥が入っていた。
「ありがとう、いただきます」
「どうぞ」
 茶碗によそって食い始める。箸休めは漬物と佃煮に、味噌汁だった。野沢菜にマヨネーズがかかっている。
 互いに殺した側でもあり、殺された側でもある。3人で黙り込んで気まずい。
 おひつから2杯目をよそったところで、黄色と青のどちらか分からないが腹の虫がなった。顔を赤くしてさりげなく腹を押さえたところを見ると、どうやら青髪の方らしい。
「もしかして飯を食ってないの?」
「……別に」
 そっぽを向いて唇をとんがらせる。
「俺たちには気にしないで、食べて良いっすよ」
 黄色い髪の方が取り繕うように言うが、直後に音色の違う腹の虫がまた鳴いた。
「……」
「……」
 この状態で素知らぬ顔して食い続けられるほど、俺は肝っ玉が太くない。
「食べ残しで悪いけど、残りやるよ」
「だめっす、それは樋口さんの分っすから」
「腹一杯でさ。動いていないからかな」
「そんなこと言われても。俺らはその……罰として今日一日は飯抜きなんすよ」
 なるほど。そんなことだろうと思った。
「それは俺に対する行為による物なんだろ。俺がいいって言ってるんだから気にせず食ってくれ」
「でも……」
「命令だ、食え」
 2人で顔を見合わせる。
「本当に良いんすか」
「せっかく作ってもらった物を残したらみんなに悪いし、心配させるだろ。それに俺、マヨネーズが食えないんだよな」
 野沢菜を見ながらそう言った。
「じゃあ……すみません」
「いいよ。……ちょっと出てくる」
「えっ、どこへ」
「いやその……トイレだけど」
 食事を前に、彼らが気にしないなら良いのだが。おひつからしゃもじ山盛りに茶碗へよそっている様子からは気にした風には見えなかった。
「いってらっしゃい」
 よほど腹が減っていたのだろう。がっつき始めた2人を残して保健室の扉を閉めた。
「お人好し」
「……お前だって人のことを言えないだろ」
 暗がりに、やっぱり水上がいた。
「何のことだ」
「あの食事はお前が用意したんだろ。あの1人では食い切れない量のお粥は何だよ」
「……昼飯を食ってないから腹が減ってるんじゃないかと思っただけだ」
「俺が小さい頃からマヨネーズを嫌いなことをお前ならよく知ってるだろ」
 せっかくの野沢菜に余計な物をかけて寄越しやがって。
「そんなこと忘れちまったぜ」
「都合の悪い嘘をつくときに鼻をかく癖も直ってないんだな」
 水上は舌打ちをして俺をにらむと、余計なことばっかり覚えていやがってと呟いた。
「お前を心配して見に来てやったのに、必要なかったな。戻るわ」
「はいはいツンデレだなあ」
「んだと?」
「何も言ってないよ、空耳じゃないの」
 もう一つ舌打ちをして、水上は逃げるように階段を上っていった。

 トイレから戻り保健室の扉に手を掛けると、鼻をすする音が中から聞こえた。慎重に細く開けて中を窺うと、2人して泣きながらお粥を食べている。
 こんな所に入っていけねえじゃん。
 気がつかれないようにそっと扉を閉め、俺は踵を返して校舎の外に出た。下足室の外にしゃがみ込んで煙草に火を点ける。
 誰かが見ているわけではないのに、ため息を隠すような煙を吐いた。

 意識して時間をかけて、2本を灰にしてから今度こそ保健室に戻る。
 綺麗に米粒一つ無く食べ終わった食器を持って、泣き止んでこそいたが、目を赤くした彼らが待っていた。
「ごちそうさまでした」
「俺が作ったわけじゃねえし、そういうのは作った奴に言えよ」
 気恥ずかしくてぶっきらぼうな言い方をしてしまった。
「熱を測りますか」
 黄色い方がそういうと、青い方がすかさず立ち上がって体温計を手にして戻ってきた。
「何から何まで悪いなあ」
 ケースから取り出した本体を脇の下に挟み込む。
「……俺たちのしたことに比べれば」
 すぐに俯く。
「もう気にすんなよ」
 気にして居なさそうに聞こえただろうか。
「そういや君らは何て名前なの」
 ずっと髪の色で呼ぶのも気が引ける。
「青木っす」
 青い髪が言う。
「大木です」
 続いて黄色い髪が言う。
「もう1人が赤羽です」
 ……苗字と髪の色が連動している。
「トレードカラーだったの?」
 会話をするには少し高すぎる角度だった俺の目線が伝わったらしい。
「そうっす。先輩達が、信号トリオって」
「別に好きでこの色に染めたわけじゃ無いっすけど」
 そうなんだ。意外とこいつらも苦労をしてきたのかも知れない。
 暇つぶしにポツポツと言葉を交わしていると、体温計から電子音がした。画面を見れば平熱に戻っている。
「今晩は念のため、ここで寝た方がいいって細川さんが言ってたっす」
「そっか。じゃあそうさせてもらおうかな」
「食器も片付けておくんで」
「おやすみなさい」
「ありがとう。おやすみ」
 ちゃんと挨拶をすると、彼らはそそくさと保健室を出て行った。
 思ったよりいい奴らのような気がしてきた。

「ご心配をおかけしました」
 朝一番に起きて、朝食の用意をしている細川さんのところへ行った。
「もう大丈夫?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「なら良かった。……そろそろ出来上がるから、お皿の準備をしてもらえる?」
「はい」
 配膳を手伝っていると、ほかの人たちも起きて集まってきた。

「今日は天気が持ちそうだから、色々野菜を植えようか」
 スクランブルエッグを食べながら、鈴木さんが言った。
「今年は何を育てるんですか?」
「ピーマンとか?」
「俺、ピーマン嫌い」
「中学生が子供みたいなこと言わないの」
 あちらの島では、木下くんがおどけて一笑い起きる。
「……いつもこんな感じなんすか」
 人数が増えたから、大人の島が前から居た4人と、俺を含め新しく来た4人の二つに分かれた。あぶれる水上はその時によって細川さん達と机を囲んでいたり、俺たちと一緒に居たりする。
 大木くんの羨ましそうな視線を感じながら、質問に答えてやる。
「俺も来たばっかりだけど、こんな感じな事が多いみたいだよ」
「……平和で良いっすね」
 しみじみ呟かれると、何て声をかけてやれば良いのか分からなくなる。
 それきり会話の途絶えたこちらの島はあっという間に食べ終えて、誰からというわけでもなく食器をまとめ始めた。
 給食のようにみんなでごちそうさまをして、隣の家庭科室へ手分けして食器を運んだり、机を拭ったりする。
「じゃあ、今日は農作業の日ということで。今が8時半だから、各自準備をしたのち9時になったら校庭に集合すること!」
「はーい」
 鈴木さんの号令で、三々五々に食堂を出て行く。一日の始まりだった。

 俺は鈴木さんと水上と一緒に外廊下に出て煙草を吹かしていると、洗い物を済ませてきたらしい木下くんと3人組がやってきた。
「何だ、お前らも吸うんだ」
 みんな中学生だよな。
「ここでいう大人って言うのは中学生以上ですから」
 向こうの世界でなら、真面目で絶対に手を出さなそうな木下くんが、開き直ったようにメンソール煙草を取り出し火を点けた。
 対照的に、向こうの世界でも不良そうな3人組が気まずそうにそれぞれ煙草を咥えた。
「大人組の男は、結局全員喫煙者なんだなあ」
 鈴木さんが笑って言った。
「そう考えるとこのご時世にすげえな」
 水上が妙に感心したような顔で応じる。
「ちゃんと20歳になってるのって……鈴木さんだけっすか」
 おずおずと赤羽くんが聞いた。
「そうだね。今年で34になる」
「俺と水上が同い年の17歳で」
「まだ誕生日が来てないから俺はまだ16だけど。木下は中3だっけ」
「そうです。こないだ誕生日が来たんで15歳になりました」
「俺たちは中2のはずなんで」
「青木だけ14で俺と大木は13っすね」
 全員の年齢が分かった。……こっちの世界で良かった。
「僕1人だけおじさんだなあ。学校の敷地内で喫煙なんて、不良くんたちをを叱らなくちゃいけないかな?」
「今更じゃないですか。それに僕は最初に鈴木さんから勧められた記憶があるんですけど」
「だってあのときは、君があまりに落ち込んでたんだもの」
「まだあのときは小6だったんですよ」
 木下くんと鈴木さんが過去の話を始めると、どこに地雷が埋まっているか分からない俺には口を挟めない。
「そろそろ準備するか」
 それを察してくれたのか、水上が話を切り上げようと煙草の火を消した。
「長靴があればいいかな」
 これ幸いと俺も乗っかる。
「ゴム手袋も用意しておいた方が良いよ」
「分かりました」
 先に喫煙所を出て倉庫へ向かった。

 この日は農作業を、翌水曜日は雨が降っていたから勉強の日になった。
 木曜日になっても降り続けた雨は金曜日になってやっと止んだが、朝から冷たい風が吹いていた。それもやがて雷の音がして、午前中で農作業を切り上げようと片付けていたら雨が降ってきた。
「急に降ってきたから、濡れちゃったわね」
 農作業の出来ない小さな子どもたちと遊んでいた細川さんが、濡れたみんなにタオルを配る。
「寒いよう」
 花沢さんが濡れた髪を拭いている。
「ちょっと時間が早すぎますけど、お風呂でも沸かして入りますか?」
 木下くんはみんなの長靴の中に古新聞を詰めてくれた。
「でも交代で入らなきゃいけないから、また誰か風邪を引くんじゃねえ?」
 意地悪そうな目の水上が俺を見ながら難色を示す。
「なんだよ」
「いや別に」
「まだ時間も早いことだし、たまにはみんなで遠足に行こうか?」
 ニコニコしながら話を聞いていた鈴木さんが唐突に言った。
「遠足?」
 久しぶりにそんな単語を聞いた。
「バスに乗ってみんなで温泉に行くんだよ」
 水上が事情の分からない俺たちに開設してくれる。
「どうだろう、最近はあんまり行ってなかったし」
「確かに、温泉ならいっぺんに暖まれるけど」
「子どもたちも喜ぶと思います!」
「ねー細川さん、お肌つるつるになる温泉だよ」
「……たまには、いいか」
「えっ、じゃあ」
「今日のお昼ご飯はサンドウィッチのつもりだったから、バスの中で食べられるの。お出かけしましょうか」
「やったー」
「みんなに知らせてくる!」
 細川さんが承諾すると、木下くんと花沢さんの中学生コンビが満面の笑顔で駆けていった。
「バスのエンジンはかかるわよね? バッテリーが上がってたりしない?」
「バッチリだと思うよ。昨日も点検したときは問題なかった」
 鈴木さんが太鼓判を押した。
「暖機して待っているね」

 はしゃぐ子どもたちを連れていくのは木下くんと花沢さんに任せ、細川さんが手際よくラップにくるんでいくサンドウィッチを袋に詰めて、俺たちは校舎を出た。
「ぼろっちいな」
 校庭の真ん中でリズムよくエンジン音を響かせていたのは、地元のバス会社のラッピングがそのまま残る、今時珍しい前後扉の一般路線バスだった。
「ボロく見えてもこいつは産業史に残る偉大な車輌なんだ」
 俺がうっかり呟いてしまった一言を、聞きつけられてしまった。
「あーあ、始まっちゃった」
 水上があきれたように荷物をバスの座席に積み込んでいく。
「世間ではトータの乗用車プリンがもてはやされているけど、世界で最初に量産されたハイブリッド自動車はこのバスでね。この車はその最終型、つまりは一つの完成形と言えるわけだ」
 鈴木さんはいつの間にかバス会社の制服に着替えて、帽子まで被っている。
「何年前に製造されたんですか」
 鈴木さんは生前、この会社で働いていたらしい。
「2000年式だよ。大丈夫、点検整備はバッチリしてあるから」
 気のせいでなければ、この中で最も大人のはずなのに、おもちゃを与えられた子供のような軽い足取りだった。
「古巣のバス会社の車庫から、何でわざわざこの車輌を選んで持ってきたのか、前に俺も訊いた事があるんだけどさ」
「へえ」
「単に鈴木さんの趣味だってさ」
「……そうなんだ」

 前の方に子どもたちと、子守のために花沢さん・木下くん・細川さんが座った。誰が一番前に座るのかで少しもめ、細川さんの雷が落ちていた。
 後ろには、俺と水上に、まだ馴染めていない3人組が落ち着いた。
 ――発車します、ご注意ください。
 ドアを閉めたときに流れる自動放送まで整備されていた。
 ――毎度ご乗車有り難うございます。このバスは……。
 わざわざ次の停留所の案内まで流してくれて、前の方で子どもたちが大盛り上がりをしている。
「ご利用ありがとうございます。遠足バス、温泉行きです。安全のため、ご乗車中は安定した姿勢で深くお座席におかけいただき、危険ですので走行中は立ち上がりませんようお願い致します。降りる停留所の案内が流れましたら、降車ボタンでお知らせ下さい。本日この10073号車で皆様を目的地へお連れ致しますのは、信濃電鉄バス赤松営業所の鈴木でございます。狭い車内ではありますが、ごゆっくりおくつろぎ下さい」
 ……プロの放送だった。
 小さい手を一生懸命に叩いて、子どもたちが喜んでいる。
「楽しそうだなあ」
 俺も、小学生の頃の遠足はあんな感じだったのだろうか。

 整備されなくなったアスファルトを踏みしめながら、山道を俺たちの地元に向けてバスが進んでいく。
 やがて30分ほどすると、小学生は騒ぎ疲れて寝てしまったらしい。子どもたちを楽しませていた停留所放送が流されなくなると、車内はゴトゴトと古びた車輌がきしむ音に、力強いエンジン音とたまに聞こえるのは電車のようなモータの音だけが聞こえるようになった。
「ハイブリッドバスだからな」
「なるほど」
 何回か乗ったことがあるらしい水上が教えてくれた。
「あの……っ」
 振り向くと、俺の後ろの席から決死の表情の青木くんと目が合った。
「どうしたの」
「一つ聞きたいことがあるっす」
「いいよ、俺に答えられることなら」
「何で、樋口さんは俺たちによくしてくれるんすか」
「って言われても……何で?」
「その……自分で言うのもアレっすけど、すげえ酷い目に遭わせたわけじゃないっすか」
 そうだね。ボコボコに殴られて蹴られて、その上で何度も地面へ叩きつけられた。
「なのに、どうして……俺たちがやられるのを止めてくれたり、樋口さんが死にそうな目に遭ったり、飯を分けてくれたりするんですか」
 もしかして、そういうことをされるのが好きなんすか。
「反省したのは見た目だけかよ、やっぱり殺すぞてめえ」
 横から聞いていた水上が凄んだ。
「だってそうとしか考えられねえじゃないっすか。意味わかんないっすよ」
「いや、君らのためにああしたってわけじゃないから」
「……は?」
「俺の行動は基本的に、全部自分のためだよ。目覚めが悪いじゃないか」
「……?」
 俺にとっては、当たり前のことなんだよな。だから改めて説明しろと言われても、言葉にしにくい。
「誰かが傷つくのを放置するってさ、後から思いだして嫌な気持ちになるだろ」
 飯が不味くなるっていうか。
「君らが可哀想だから水上が復讐しようとしたのを止めたわけじゃない」
「でも、あのときは樋口さんは俺らの事なんて知らなかったっすよね」
「相手が知り合いかどうか何て関係ないよ」
 俺はやりたいようにやりたいことをやっているんだ。
 それが他人からどう見えるかなんてどうでも良い。
「たまたま、あのときの俺の行為が君たちにとってもいいことだっただけさ。利害が一致したって言うか」
 質問してきた青木くんだけでなく、隣で聞いていた他の2人にも、納得できないという顔をされた。
「俺はもっと自己中心的な、君らが思っているより利己的な人間だよ。買いかぶりすぎだ」
「理解しよう何て無理だぜ、諦めろ」
 水上があきれたように口を挟んだ。
「俺はこいつが鼻水垂らしてた頃から知ってるけどな。昔からこうなんだ」
 俺だって、水上のことなら寝小便していた頃から知っているぞ。
「他人にありがたがられると、今度は利己的な行動だったのにお礼を言われた、そんなつもりはなかったのにって勝手に凹み始める。面倒くせえ奴だと思わないか」
 悪かったな。
「それにこの上なく頑固で、誰に対しても優しいくせに、それを自分では絶対に認めない」
 お前だって人のことを言えないくらいの石頭じゃないか。
「……そうなんすか」
「そうなんだよ。たまたま手を出したのが、こいつで良かったと思えよ? 俺だったら、お前らの今頃は全身に治らない大火傷をして、体中から体液をまき散らしながら死んでたんだぜ」
 俺が灯油を被ったことを思いだしたのだろう、3人揃って顔色が悪くなる。
「だから俺はこいつの言うことならそれなりに聞くんだ。こいつの身に何かが起こったら助けに行くんだ」
「……そうだっけ」
「へっ、知るか」
 自分のことだろう。
「こっ恥ずかしい思い出話をさせやがって。……着くまで寝る」
 自爆だろう。
 窓の方を向いて狸寝入りを決め込み始めた。
「……ごめんなさい」
「ごめんなさい」「ごめんなさい」
 目を赤くして改めて謝られると、こっちがいじめたみたいで気まずいじゃないか。
「もう、いいって。いつまでも気にすんな」
 俺も水上を見習って、寝たふりをすることにした。

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