俺に明日は来ない

俺に明日は来ない

俺に明日は来ない type1 第4章

 ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。  手を伸ばして引き寄せて鳴り止ませようとしたら、充電用のクレードルをベッドの下に落とした。  5月25日火曜日、午前7時30分。  朝から妙にリアルで、しかも自分の死ぬ夢を見て少しばかり目覚めが悪かった。  それはそれとして、二度寝しないうちに起き上がって頭をかく。避けられるなら遅刻は面倒くさいからしたくなかった。  通学路のいつものコンビニでパンとおにぎりを買い、通学路を歩いていると後ろから、朝なのに陽気な声が追いかけてきた。 「おーっす樋口、相変わらず寝癖大爆発だな」 「うるせえ」  声がでけえ、そして俺に掛けられた言葉も、お前は俺の母ちゃんか何かか。 「事実だろうがよ」 「ああその通り、だがモテだのカノジョだのに興味もない、ズボラな高2なんてこんなもんだろ」  毎朝髪をとかすなんて、面倒すぎて俺には出来ない。  朝は少しでも遅くまで寝ていたい。しかし慌ただしく登校の用意をするのも、遅刻して大人から何か言われるのももっと面倒くさい。  ……この遣り取りをした記憶がある。 「どうした急に黙り込んで」 「ああいや、何か既視感があってさ」 「夢にでも出てきたか」  遂に俺もお前の夢に登場するほどの有名人になったかー。 「ばっかじゃねえの」  馬鹿なことをほざく高橋の発言を一言で切り捨てて、でもそう、こいつの言うとおりだった。既視感の正体は、夢で見たのだ。 「じゃあ俺は先に行くから。教室で待ってる」  高橋はそう言い残すと、歩きの俺に合わせて緩めていた自転車を加速させるべく、ペダルを踏み込んた。  後ろが見えないことを承知で、俺は気怠げに手を振った。  このときは単なる偶然だと、不思議なことがあるもんだと、それくらいに思っていたのだ。  放課後になり、文房具を買おうと繁華街まで行くことにした。シャープペンシルの芯がなくなってしまい、ルーズリーフの残り枚数も心許なかった。どうせ行くなら、まとめて用事を済ませたい。あれやってこれやって何を買おう。  考え事をしながら駅で電車を待っていたときだった。  ――間もなく電車が参ります。  ――白線の内側までお下がりください。  自動放送に呼ばれたように、向こうから電車が滑り込んでくる。  その時だった。後ろから誰かに突き飛ばされた。朝の偶然が、いやそれ以外の何かもが、脳裏に走る。  一瞬だが全身が硬直した。  その一瞬が命取りだった。  夢に見たとおり、俺は線路に落ち、そして電車にひかれた。  目覚ましが鳴る前に目が覚めた。  昨日の記憶が昨日と一昨昨日の分の二つに、昨日は忘れていた一昨日の記憶が一瞬ごちゃ混ぜになって叫びだしそうになる。  時計を見ると6時を少し過ぎたところだった。 「やっぱりこうなるよな」  俺しかいないはずの自分のアパートで、他人の声を聞いて今度こそ叫んだ。  いや、叫びそうになって、寸前に首を絞められて声は出なかった。 「だから自分のねぐらは秘密にしとかないと危ないんだってば」  耳の後ろから水上の声がする。  口をふさぎなおされてから、首を絞める彼の腕が緩んだ。  窒息した後で反射的に咳き込みたいのに手が邪魔だ。 「落ち着け? パニックになるのは俺にも心当たりがあるが。いいな、すぐにはしゃべるなよ」  そしてそろそろと俺の口をふさぐ手もどいた。 「なんでここにお前がいるんだ」  低めた声で尋ねた。大声を出さないようにとは言え、容赦なく首を絞めたことを非難すべきだったか。息が出来なくてむちゃくちゃ焦った。 「こうなるだろうと予想していたからさ。俺もそうだった」  大抵の場合において、最初に生き返ったときはほぼ全く同じ行動を取り、全く同じように死ぬのだそうだ。そして1日ぶりにこちらの世界に来て、記憶がごちゃまぜになって混乱する。 「なんで先に言ってくれなかったんだよ!」 「大声を出すな! こっちの記憶をあっちには持って行けない。それに言ったところで、お前は信じたか?」 「……」 「信じねえだろ。だからだよ」  百聞は一見にしかず、習うより慣れよ、だ。  理由を言われて理解は出来たが、感情が納得できない。 [...]

By |2022-02-17T15:38:31+09:002月 17th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない type1 第4章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない type1 第3章

「こんなにカレーばっかり買ってきて、何を考えてるのよ!」  学校に戻ると、こそこそ荷下ろしを始めた水上だったが、すぐにバレた。  静かな中でエンジン音を響かせて走る自動車で帰ってくれば、誰でも帰着したことが分かるだろう。 「カレーは正義だぜ」  さっきも聞いた一言で片付けようとする。 「そうだけどさ!」  そうなんだ。それは認めるのか。 「ならいいじゃねえか」 「ちっとも良くないわ!」  そう言いながらも、朝は見なかった俺たちよりは年上のようだがまだ若い女性は、荷下ろしを手伝う。 「ガキだってみんな喜ぶぜ」  確かに、カレーと聞きつけて何人かの子どもたちが教室のドアから顔を覗かせている。 「あんたがカレーを作ると、そのあと1週間くらいは調理実習室からカレー臭が抜けないのよ」 「何を、俺はお前より若いぞ。……俺、そんなに臭いかな」  荷物を抱えながら、自分の脇の下を嗅ぐ。 「気持ち悪いわね、脇の下をくんくんしちゃって。カレーの、スパイスの匂いが抜けないのよ」 「それは別に良いだろ、食いもんの香りだぜ?」 「だから、ちっとも良くないの! 作ってる料理を味見してても分からなくなるのよ」  どうやら水上はカレーしか作らないから気にならないようだ。 「でもほら、ココナツミルクとかさ、カレー以外の具材だって……」 「前回のは全部、グリーンカレーになったわよね」 「いやまああははは」  笑って誤魔化した。 「君も君よ、一緒について行って、何で止めないの?」  俺に話が回ってきた。 「ここではそういう物なのかと思って……」 「そんなわけないでしょ!」  やっぱりそうだったか。 「自己紹介もしないうちから叱り飛ばしちゃダメだろ」 「それすらさせてくれないような案件を持ち込んだ張本人が言うわけ、ふーん」 「はいごめんなさい俺が悪かったです」 「悪いと思うなら今度からこの半分くらいにしてほしいものね」 「前回の半分以下の量だと思うぜ?」 「2トントラックで行ってほぼ全部カレーかスパイスかその具材だった時のこと?」  軽トラの隣に駐まっている、黒猫の絵が描かれた宅配便の集配に使うこの車だよな。全部がカレーとはどういう状態だろう。 「まったく。……細野歩美、よろしく」  唐突に名乗られて面食らう。 「……樋口雅俊です」 「樋口くんね。元の世界のこいつを知ってるなら、こんど手綱の引き方を教えてね」  口止めもされていたし、明日にはもうここに居ません、もうここに来るつもりもありませんとは言えなかった。 「うす」  それだけ返事して、最後の荷物を手分けして抱え持つ。 「まあいいわ、持って来ちゃったんだもん。じゃあ水上は今夜の食事係って事で。樋口君はこの中を案内するわね」  階段を上がりながら、非難がましい目で水上は抗議した。 「俺だけで作れってのか」  踊り場から見下しながら仁王立ちの細野さんがバッサリ切る。 「だってあんた、あたし達が手を出そうとすると怒るじゃない」 「それはお前らが……!」 「ヨーローシークー!」  細野さんは最後のカレー缶の箱を川上に押しつけると、ぴしゃりと調理実習室の扉を閉める。 「まったくもう」  ため息を一つついて、気持ちを切り替えたようだ。 「ここの在校生だったんだって?」 「そうです。2年1組にいました」 「なら、君のロッカーや机はそのままかもね」 [...]

By |2022-01-30T14:15:26+09:001月 30th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない type1 第3章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない type1 第2章

「出かけるなら着替えが欲しい」  自分の吐瀉物がはねた制服を着たままで生活するのは嫌だ。 「ああ、そうだな。作業をするのに制服だと何かと不便だよな」  上着はひとまずそのままにして、ワイシャツと制服のズボンだけの出で立ちで保健室を出る。まだ少し肌寒いが我慢だ。水上は作業着のジャケットに袖を通しているのが少し羨ましい。  彼に連れられてやってきたのは教職員用の駐車場だった。彼はためらいなく端に駐められた軽トラックの運転席に乗り込んだ。 「免許を持ってる……わけ、ないよな」 「こっちの世界には運転免許を交付できるほど、警察官がいないよ」  そういえば、圧倒的に人が少ない。 「平和だからな、殉職者も多くない。いいことじゃねえか」  殉職者? 「まあ乗れよ。走りながら説明する」  水上は慣れた手つきでキーをひねりエンジンを掛ける。  一抹の不安を抱えながら、おずおずと助手席に座った。 「ここはな、あっちの世界で死んだ奴が来る世界なんだ。俺もそうだし、樋口もそうだろ」  思ったよりスムーズに車が動き出した。 「山奥の小さい中学で、同級生がもう2人も死んでるのか」  敷地を出ると、全く車通りのない道で、気持ちよく速度を上げていく。 「そういうことになるな。でも全員かどうかは分からんが、40歳くらいになるとここには来ないみたいだな。あっちからこっちへは記憶を持ち越せるけど、こっちからあっちには出来ないから確かめようがない」  ここから、記憶を持ち越せない? それはつまり。 「生き返れるってことか?」 「うん、望めば、って言うか望まなくても、法則に従って生き返れる」 「どうやるんだよ!」  思わず俺は勢い込んで聞いた。詰め寄ったせいで車が揺れた。 「あっぶねえな。あー、その。お前は未練がある派なのか」 「は?」  死んで生き返りたくない人なんて居るのか? 「やりたいことがあったとか、なりたい自分があったとか?」 「……。」  改めて問われると、特にこれといってない。ないけど。 「先に言っとくけどな。あんまり他人に言わない方が良いぞ。お前がどういう死に方をしたのか知らないし、話の流れで聞いただけで興味ないから答えなくていいけど、ひとによっちゃあ自分からこっちに来たのだっている」  まあ、ここに来るとは知らなかっただろうけどな、といって彼は笑った。  自殺、ということか。 「まあいいや。話を戻すとな、日付が変わる瞬間に色々なことが起こるんだ」  曰く、あちらで亡くなると、死んだ日の0時にいた場所へ、翌日の0時に「リセット」されるらしい。昨日の0時に、俺は自分のアパートで寝ていた。だから今日の0時に、こちらの世界の自分のアパートに現れたらしい。 「そして新しくこちらに来た人が居た場合、そこから半径50kmくらいにある色んな物も一緒に連れてくる。登校するときにコンビニに寄っただろ、その時に商品が色々並んでいたはずだ。元々こっちに居た俺たちは、そういうのを見て今日は知らないヤツが新しく落ちてきたなって知るわけよ」  普段なら、特に賞味期限の短い生鮮食品はあっという間に誰かが取ってしまうか、腐っていくためにその場で残り続けることはないらしい。 「だからお前の服を調達したら、スーパーへ行って保存できる食べ物とか色々買い込むのに付き合ってもらうからな」 「もちろん。だから軽トラックなのか」 「いや、違う。もっとでかいトラックは、お前がぶっ倒れている間に別の調達班が使ってる。最後に残ったのがろくに荷物の積めないこの車ってわけさ。ガソリン自体が自分たちじゃ作れねえから、普段は車なんて使わないんだよ。無駄遣いになるから乗用車は最初から用意してない」  誰が運転しているのかは聞かないでおこう。もしかしたら他にも誰か大人が居るのかもしれないが、今朝から見たのは、自分と同じ歳の水上と、歳下そうに見えた2人だけだった。 「それでな、日付が変わったときにどこに居たかが大切なのはこの世界でも同じなんだ。こっちの世界で死ぬと、やっぱりその日の0時に居た場所で、翌日の0時に復活する」 「復活する?」 「そう。ちゃんと死ぬけどある意味じゃ不死身なんだ」 「ここで死んだらあっちの世界に戻るとかじゃ無いのか」 「そこまで簡単な条件じゃねえよ。何日連続で生き残ったか、それによって決まる」  最初は1日生き残れば良いらしい。その次にこちらへ来たら2日、更に次は4日と、あちらの世界で生き返るために必要な、生き残らなければいけない日数が増えていくのだと言った。 「だから、これが何回目のあの世なのか、今日が何日目の生き続けた日なのか、あっちに戻りたいなら間違えずに数えとけよ」 「そんなに何度もあの世に来てたまるか」  俺がそういうと、彼は短く乾いた笑いを上げた。 「作業服でいいよな、農作業もしてもらうしそうすると汚れるから、それでも構わない方が良いだろ」  笑い方の意味を問う前に、目的地に着いてしまった。後から思えば、最初に生き返る前では聞いて答えをもらったところで、理解できなかったと思う。 「……うん」  俺も安い下着や冬の上着を買いに来たことがある作業服チェーンの駐車場に、水上は軽トラックを停めた。 「中から助手席側の鍵を閉めるから、先に降りてくれ」 「分かった」 [...]

By |2022-01-30T14:15:20+09:001月 29th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない type1 第2章 はコメントを受け付けていません

俺に明日は来ない type1 第1章

 ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。  手を伸ばして引き寄せて鳴り止ませようとしたら、充電用のクレードルをベッドの下に落とした。  買ったらサービスで付いてきたから使っているものの、ケータイにカバーをつけられないから少し不便なのだが、不便と言えばいちいちケーブルを直接挿すのも寝るために部屋の蛍光灯を消した後だと何処に指せば良いのか、端子の向きはどちらなのかを手探るのも面倒で、使い続けている。  ……俺は朝っぱらから思考自体が面倒くさいな。  5月25日火曜日、午前7時30分。  実家が山奥なせいで去年の春に高校へ入学した時から、学校近くにワンルームのアパートを借りて一人暮らしをすることになった。そうしたら、怠惰な男子学生の1人である俺は寝間着と下着の区別がいつの間にかなくなってしまった。実家に帰れば寝るときに着替え、起きたときにもう一度着替える。実家に住んでいた中学の時もそうしていた。確か冬になって起きたときに冷えた部屋で寝間着を脱いですっぽんぽんになるのが嫌だったからだと思う。  入学式は、きちんと白い下着にワイシャツを着て、下ろしたての学ランをホックまで留めて登校した。どうやらそこまでしなくても良さそうだと分かった翌日の始業式は、ホックはせずにそれでもボタンは上まで掛けていた。4月が終わる頃には、先輩達もうるさくなさそうだと一番上のボタンもしなくなった。  そんな人間だもので、現在は、つまり入学後1年が経った高校2年生の5月には、真夏に外へそのまま着て行くにはよれすぎてみっともないTシャツを寝間着にし、起きたときそのまま上からワイシャツを着ている。形ばかりズボンにシャツの裾をしまい込むと、上着を着て荷物の入れ替えなんてしないカバンを肩に引っかけて、家を出た。  寝起きにのそのそやっていれば、貴重な朝の30分なんてあっという間に過ぎている。  学校まで徒歩10分の道のりを歩きしな、途中のコンビニに寄って朝飯と昼飯を買う。パンとおにぎりを都合5つ、学校に着いたらそのうちいくつを1限までに食い、いくつを昼飯に回そうか。 「おーっす樋口、相変わらず寝癖大爆発だな」 「うるせえ」  声がでけえ、そして俺に掛けられた言葉も、お前は俺の母ちゃんか何かか。 「事実だろうがよ」 「ああその通り、だがモテだのカノジョだのに興味もない、ズボラな高2なんてこんなもんだろ」  毎朝髪をとかすなんて、面倒すぎて俺には出来ない。  朝は少しでも遅くまで寝ていたい。しかし慌ただしく登校の用意をするのも、遅刻して大人から何か言われるのももっと面倒くさい。 「お前ってやつは、顔は良いのにもったいないよなあ。その怠惰をもう少し改めれば、クラスの女子による残念なイケメンランキング1位の称号はただのイケメンランキング1位に変わるぜ」  知るか。何だそのランキングは、聞いたこともない。 「じゃあ俺は先に行くから。教室で待ってる」  高橋はそう言い残すと、歩きの俺に合わせて緩めていた自転車を加速させるべく、ペダルを踏み込んた。  後ろが見えないことを承知で、俺は気怠げに手を振った。  てくてく歩けばやがて校門が見えてくる。クラスメイトや先輩後輩と挨拶を交わしあいながら上履きに履き替えてホームルーム教室に入った。  いつもと変わらない日常は、失って初めてその貴重さが分かる。  放課後になり、文房具を買おうと繁華街まで行くことにした。シャープペンシルの芯がなくなってしまい、ルーズリーフの残り枚数も心許なかった。どうせ行くなら、まとめて用事を済ませたい。あれやってこれやって何を買おう。  考え事をしながら駅で電車を待っていたときだった。  ――間もなく電車が参ります。  ――白線の内側までお下がりください。  自動放送に呼ばれたように、向こうから電車が滑り込んでくる。  その時だった。後ろから誰かに突き飛ばされた。考え事をしていたからとっさに踏ん張れず、足は点字ブロックを越えて白線を越えて、転んだ反射で手をつこうとした場所にホームがなかった。  全てがゆっくり進んでいくような錯覚を覚えた。  進行方向へ落ちてきた俺に気付いた電車の運転士が警笛を鳴らし始めた。  頭から線路へ落ちて、枕木の端を押してホームの下へはねのけようと考えた。  警笛に気付いたホームの乗客が悲鳴を上げる。  しかし想定以上の衝撃は腕だけで受け止められず、体はそのまま前転してしまう。  いつまでも進入する電車は警笛を鳴らしている。  ならば向こう側へ逃げようと思考は空回りして、地面から出っ張った鉄の線路に尻をぶつけ転がる力が相殺される。  視界の端に、鉄が擦れあって散らす火花がすぐ横に見えた。  電車の下って、暗いだけじゃないんだ――。  ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。  手を伸ばして引き寄せて鳴り止ませようとしたら、充電用のクレードルをベッドの下に落とした。  買ったらサービスで付いてきたから使っているものの、ケータイにカバーをつけられないから少し不便なのだが、不便と言えばいちいちケーブルを直接挿すのも寝るために部屋の蛍光灯を消した後だと何処に指せば良いのか、端子の向きはどちらなのかを手探るのも面倒で、使い続けている。  ……俺は朝っぱらから思考自体が面倒くさいな。  5月25日火曜日、午前7時30分。  実家が山奥なせいで去年の春に高校へ入学した時から、学校近くにワンルームのアパートを借りて一人暮らしをすることになった。そうしたら、怠惰な男子学生の1人である俺は寝間着と下着の区別がいつの間にかなくなってしまった。実家に帰れば寝るときに着替え、起きたときにもう一度着替える。実家に住んでいた中学の時もそうしていた。確か冬になって起きたときに冷えた部屋で寝間着を脱いですっぽんぽんになるのが嫌だったからだと思う。  入学式は、きちんと白い下着にワイシャツを着て、下ろしたての学ランをホックまで留めて登校した。どうやらそこまでしなくても良さそうだと分かった翌日の始業式は、ホックはせずにそれでもボタンは上まで掛けていた。4月が終わる頃には、先輩達もうるさくなさそうだと一番上のボタンもしなくなった。  そんな人間だもので、現在は、つまり入学後1年が経った高校2年生の5月には、真夏に外へそのまま着て行くにはよれすぎてみっともないTシャツを寝間着にし、起きたときそのまま上からワイシャツを着ている。形ばかりズボンにシャツの裾をしまい込むと、上着を着て荷物の入れ替えなんてしないカバンを肩に引っかけて、家を出た。  寝起きにのそのそやっていれば、貴重な朝の30分なんてあっという間に過ぎている。  学校まで徒歩10分の道のりを歩きしな、途中のコンビニに寄ったら、昨日までは当たり前に営業していた店舗が略奪されて廃屋になっていた。  ……寝ぼけた頭が急速に覚醒してゆく。  俺は起きてからここまで、昨日も全く同じ事を考えて行動した気がする。  改めて来た道を振り返り、これから行く学校への道を見れば、どこかすすけて人通りが恐ろしく少ない。というか、今朝はここまでで誰1人として見ていない。 「今更気付くことかよ。違和感でけえだろ」  知らず呟いた俺の独り言が辺りに響く。自動車の音すらしない。周りが静かすぎる。  響いたと言うより、それは震えていたかもしれない。 [...]

By |2022-01-29T21:07:31+09:001月 28th, 2022|Categories: 俺に明日は来ない, 書いてみた|Tags: , |俺に明日は来ない type1 第1章 はコメントを受け付けていません