こいちゃんの趣味全開!!

クリエイターズネットワーク参加サイトのひとつ。趣味を書き綴ります。そこのあなた、お願い、ひかないでーっ。

俺に明日は来ない type1 第2章

2022.01/29 by こいちゃん

「出かけるなら着替えが欲しい」
 自分の吐瀉物がはねた制服を着たままで生活するのは嫌だ。
「ああ、そうだな。作業をするのに制服だと何かと不便だよな」
 上着はひとまずそのままにして、ワイシャツと制服のズボンだけの出で立ちで保健室を出る。まだ少し肌寒いが我慢だ。水上は作業着のジャケットに袖を通しているのが少し羨ましい。
 彼に連れられてやってきたのは教職員用の駐車場だった。彼はためらいなく端に駐められた軽トラックの運転席に乗り込んだ。
「免許を持ってる……わけ、ないよな」
「こっちの世界には運転免許を交付できるほど、警察官がいないよ」
 そういえば、圧倒的に人が少ない。
「平和だからな、殉職者も多くない。いいことじゃねえか」
 殉職者?
「まあ乗れよ。走りながら説明する」
 水上は慣れた手つきでキーをひねりエンジンを掛ける。
 一抹の不安を抱えながら、おずおずと助手席に座った。
「ここはな、あっちの世界で死んだ奴が来る世界なんだ。俺もそうだし、樋口もそうだろ」
 思ったよりスムーズに車が動き出した。
「山奥の小さい中学で、同級生がもう2人も死んでるのか」
 敷地を出ると、全く車通りのない道で、気持ちよく速度を上げていく。
「そういうことになるな。でも全員かどうかは分からんが、40歳くらいになるとここには来ないみたいだな。あっちからこっちへは記憶を持ち越せるけど、こっちからあっちには出来ないから確かめようがない」
 ここから、記憶を持ち越せない? それはつまり。
「生き返れるってことか?」
「うん、望めば、って言うか望まなくても、法則に従って生き返れる」
「どうやるんだよ!」
 思わず俺は勢い込んで聞いた。詰め寄ったせいで車が揺れた。
「あっぶねえな。あー、その。お前は未練がある派なのか」
「は?」
 死んで生き返りたくない人なんて居るのか?
「やりたいことがあったとか、なりたい自分があったとか?」
「……。」
 改めて問われると、特にこれといってない。ないけど。
「先に言っとくけどな。あんまり他人に言わない方が良いぞ。お前がどういう死に方をしたのか知らないし、話の流れで聞いただけで興味ないから答えなくていいけど、ひとによっちゃあ自分からこっちに来たのだっている」
 まあ、ここに来るとは知らなかっただろうけどな、といって彼は笑った。
 自殺、ということか。
「まあいいや。話を戻すとな、日付が変わる瞬間に色々なことが起こるんだ」
 曰く、あちらで亡くなると、死んだ日の0時にいた場所へ、翌日の0時に「リセット」されるらしい。昨日の0時に、俺は自分のアパートで寝ていた。だから今日の0時に、こちらの世界の自分のアパートに現れたらしい。
「そして新しくこちらに来た人が居た場合、そこから半径50kmくらいにある色んな物も一緒に連れてくる。登校するときにコンビニに寄っただろ、その時に商品が色々並んでいたはずだ。元々こっちに居た俺たちは、そういうのを見て今日は知らないヤツが新しく落ちてきたなって知るわけよ」
 普段なら、特に賞味期限の短い生鮮食品はあっという間に誰かが取ってしまうか、腐っていくためにその場で残り続けることはないらしい。
「だからお前の服を調達したら、スーパーへ行って保存できる食べ物とか色々買い込むのに付き合ってもらうからな」
「もちろん。だから軽トラックなのか」
「いや、違う。もっとでかいトラックは、お前がぶっ倒れている間に別の調達班が使ってる。最後に残ったのがろくに荷物の積めないこの車ってわけさ。ガソリン自体が自分たちじゃ作れねえから、普段は車なんて使わないんだよ。無駄遣いになるから乗用車は最初から用意してない」
 誰が運転しているのかは聞かないでおこう。もしかしたら他にも誰か大人が居るのかもしれないが、今朝から見たのは、自分と同じ歳の水上と、歳下そうに見えた2人だけだった。
「それでな、日付が変わったときにどこに居たかが大切なのはこの世界でも同じなんだ。こっちの世界で死ぬと、やっぱりその日の0時に居た場所で、翌日の0時に復活する」
「復活する?」
「そう。ちゃんと死ぬけどある意味じゃ不死身なんだ」
「ここで死んだらあっちの世界に戻るとかじゃ無いのか」
「そこまで簡単な条件じゃねえよ。何日連続で生き残ったか、それによって決まる」
 最初は1日生き残れば良いらしい。その次にこちらへ来たら2日、更に次は4日と、あちらの世界で生き返るために必要な、生き残らなければいけない日数が増えていくのだと言った。
「だから、これが何回目のあの世なのか、今日が何日目の生き続けた日なのか、あっちに戻りたいなら間違えずに数えとけよ」
「そんなに何度もあの世に来てたまるか」
 俺がそういうと、彼は短く乾いた笑いを上げた。
「作業服でいいよな、農作業もしてもらうしそうすると汚れるから、それでも構わない方が良いだろ」
 笑い方の意味を問う前に、目的地に着いてしまった。後から思えば、最初に生き返る前では聞いて答えをもらったところで、理解できなかったと思う。
「……うん」
 俺も安い下着や冬の上着を買いに来たことがある作業服チェーンの駐車場に、水上は軽トラックを停めた。
「中から助手席側の鍵を閉めるから、先に降りてくれ」
「分かった」
 廃墟みたいなのは今朝のコンビニと似たり寄ったりだが、それほど古くなさそうな幟がはためいている。
「さあて、今回はどれくらい商品が補充されたかな、っと」
「楽しそうだな」
「宝探しみたいだと思わねえ?」
 店内は真っ暗だった。
「やってないじゃん」
「あたりめえだろ、店主が死んでなきゃやってる店なんてねえし、24時間営業してない店が深夜に店内の電気をつけっぱなしにはしないだろ」
 そういうと水上は地面からコンクリートブロックを拾うと、入口の扉へ叩きつけた。
「おい!」
「こうでもしないと入れないんだよ。大丈夫、警察どころか法律がないから、不法侵入ですらない」
 水上は割れたガラスから内側へ手を伸ばし、鍵を開けた。
「いらっしゃいませー」
 自分で言いながら暗い店内へ躊躇無く入っていく。おいていかれそうになった俺は慌てて追いかけた。
 真っ直ぐバックヤードへ歩いて行くのをビクビクしながらついていく。自分が空き巣になったようだった。彼は手探りで電気のスイッチを見つけ、パチンパチンと蛍光灯をつけた。
 明るくなった店内は、少し罪悪感を薄めてくれる。普段は入れないバックヤードがこうなっているのかと感心している自分自身が、現実逃避的な思考へ逃げようとしているのは自覚していた。
「次の用事もあるんだし、早いとこ見繕っていこうぜ」
 普段はアウトドア風の上着や下着の置いてある棚しか行かないが、今回の目的は作業服一式だ。似たように見えても実は色々あるようで、メーカーもサイズも色も、結構細かく揃っているのが斬新だった。
「ちょっとこの辺、試着してくる」
「何処へ行こうとしてる?」
「え、試着コーナー……」
「他の客が来るわけないし、別にここで脱げばいいだろ」
 ぽかんとしてしまった。
「よーし脱がせてやるぜ」
 いたずらをするように、水上がベルトを緩めてくる。
「待て待て分かった! 自分で脱げるから! 大丈夫!」
 同性の前だ、脱ぐこと自体は、言われてみれば恥ずかしくも気遣う必要も無いが、脱がされるのはごめんだった。
「遠慮しなくて良いのに」
 大笑いしながら言われて照れる。
「洗濯も面倒だから、同じ物いくつも持って行けよ。売り物じゃないし金も要らねえし」
 最後の一言で感情が冷えた。忘れていた罪悪感がムクムクと膨らみ出す。
 でも確かに、貨幣経済が成立するほどの人口は居なさそうだった。公民で、貨幣とはその信用を担保する者がいて初めて成立すると習ったのを思い出す。この世界に国はあるのだろうか。
 結局、作業服の上下を3セットとつなぎと、サイズの合いそうな下着を数枚に、安全靴2足を持ち出すことにした。レジに置いてあったはさみでタグを切り、汚れた制服から着替える。
「なんか色合いが水道局の検針員みてえ」
 ……俺も思ったが、人に言われると腹がたつ。
 俺が店と軽トラを往復して荷物を積み込んでいるのを見ながら、彼は煙草に火をつけた。
「……吸うんだ」
「おう、1本いるか」
「いや別に、そういうわけじゃ」
「まあこっちにゃ、年齢なんて関係ないけどな。リセットされるから健康被害とか気にしてもしょうがねえ。お前だって高校生なら吸ったことくらいあるんだろ」
 いつの時代だ。
「ないけど」
「ねえの!?」
 何故そこまで驚く。
「俺、中学の時から吸ってたんだぜ」
 死んでから今更そんなカミングアウトされても困る。
「積み込み終わった」
「よっしゃ行くか」
 荷台の荷物を一目見て、彼はくわえ煙草で運転席に乗り込んだ。
「俺は吸わないって言ったよな」
「聞いた。リセットされるし副流煙とか気にしても無駄だって言っただろ」
「……そうだけどさ!」
「うるせえなあ、じゃあお前も吸え。それだよ、そうすりゃ気になんねえべ」
 胸ポケットから出した箱を振って数本飛び出させると、俺に向ける。
 渋々一本つまむと抜き出す。
 金属のライターで火をつけてくれるが上手くつけられない。ついたと思ったら煙を吸い込みすぎてむせた。
 その不慣れな様子を見た水上がいちいち爆笑しているのが悔しくて、むせずに吸ってやろうと四苦八苦していると体がふわふわしてくる。変な感覚に戸惑う俺に、あいつは更なるツボに入ってしまったようで、腹を抱えながら辛そうに……今度は笑いながら煙草を咥えて自分でもむせた。
「バカ、人のことだと思って笑ってるから」
「いやー面白かったわー。勧めるもんだな」
「保健の授業で習わなかったのか、人に勧めちゃ行けません」
「俺は高校中退したもん、樋口と違ってもう高校生じゃないもん」
「保健体育は中学にだってあっただろ」
 そうか。あの授業を受けながら、こいつは素知らぬ顔で当時も既に喫煙者だったのか。
「そんな昔の事なんざ覚えてねえなあ」
 笑いの発作が落ち着いてきて、やっと水上は車を発進させた。
「なあこれ、どこまで短くなったら捨てて良いの」
「紙の質がフィルター……くわえる部分と火のついてる部分と違うだろ。そこくらいまでだな」
「じゃあもう良いと思う。灰皿は何処に」
「ほい」
 水上はカーゴパンツ右股のポケットから缶を出して寄越した。
「ども」
 キャップ付きコーヒーの空き缶だった。開けると、さっきまでとはまた違った煙草のにおいが漏れだした。
 ちょっと考えて、火のついたまま吸い殻を入れるとキャップを固く閉める。このままでも、酸欠で勝手に消火するだろう。

 水上が次に車を停めたのは、サンタクロースのような帽子を被ったペンギンが看板に描かれたディスカウントストアだった。
「こっちのほうが保存食の扱いは多いからな。スーパーに行ったところで、新鮮な野菜はもう漁りつくされた後だろ」
 軽トラのラジオが表示する時刻はもう正午を回っていた。
「どんなものが必要なんだ」
「賞味期限の長い乾物や缶詰を狙い目に、色々だけど。布団とか雑貨とかも消耗品だから、めぼしいものがあったら持って帰りたいけど、軽トラじゃ積める量に限界がある」
 まあ、食う物に困るのが一番ひもじい。そう呟きながら、また彼は地面から棒を拾い上げると自動ドアをたたき壊した。
 2軒目ともなれば俺ももうそれほど驚かない。
 ガラスの砕ける大きな音が、辺りに響き渡ることすら、気がつく余裕があった。
「不法侵入はいいとしてさ、こんな静かな町で喧しい音を立てたら、誰か来るんじゃ無いのか」
 まさに無法地帯なのではないかと思ったのだ。
「良いところに気がついたな。その通りだ。だから護身用の武器は持ってるぜ」
 作業着の背中を捲って俺に見せてくれたのは、ベルトに挟んだ拳銃だった。
「ごめん、俺の知り合いの方が危険人物だった」
「俺のことかよ。ヤクザの抗争で殺されたヤツがこっちに来たのに遭遇した時にな、こっちは親切でこの世界を色々教えてやろうと思ったら、近づいた途端にAK47で蜂の巣にされたぜ」
 ゲームで見たことある。もっとでかい銃だろう。
「ご愁傷様だな」
「まあいいってことよ、それ以来そいつに会っていないって事は、無事に1日で生き返れたんだろ」
 抗争で死ぬようなヤクザが生き返り、同級生が生き返っていない。良いことなのだろうか。
「ヤクザほど極端な例は置いといてもな、こっちで生きてる他のコミュニティの連中には友好的とは言えないところもあるから、自分の身を守るのは重要なんだ」
「まさに無法地帯だな」
「住めば都ってやつよ」
 どうせ長生きするのなら、例えやりたいことが決まっていないとしても俺は元の世界の方が良いと思った。思っただけで口にするのはやめておいたが、彼は気付いたかもしれない。
 店内に入るとやっぱり中は真っ暗で、元々込み入った店だけに少し進むだけで自分のてすら見えなくなりそうだった。
「懐中電灯とか持ってねえの」
「現地調達しようと思ってたんだけど、ちと甘かったな」
 仕方が無いからケータイのライトをつけてやる。
「おっと、便利な物を持ってるじゃないの」
「お前は持ってないのか」
「だって電波ねえもん」
 言われて画面を見れば、圏外と表示されていた。
「さっきは電気がついたよな、電気はあるのに電波は無いのか」
「その時による、って言うべきかな。突然入ったり、切れたりするから実用性がない」
 常に使えなければ持ち歩く必要も無いのか。考えてみればそうかもしれない。
「でも時計を見たりとか」
「充電しないといけないだろ。ソーラーの腕時計をしていた方が便利だぜ」
 話しながらまずは懐中電灯を探す。
 やがてキャンプ用品コーナーで電池式のランタンを見つけた。
「こう言うの、宝探しじゃ無くても便利だよな」
 そう言いながら水上がその場で箱を開ける。
「電池が無けりゃただの飾りだがな」
 必要な乾電池は辺りに見当たらない。
「ちくしょー、明かりを見つけたと思ったのに今度は電池探しかよ」
 再び店内をうろつき電池を見つけた。セットしてみると、暗闇に慣れていた目を眩ますには充分まぶしい光量だった。
 店の入口に戻ってカートに籠を二つずつセットすると、2人して食料品コーナーをあれこれ漁った。
「なあ、お前が死んだのって何月何日?」
「5月25日」
「なら今日は26日だな。おっけー、なら賞味期限は問題なしと」
 レトルトの調味料をバサバサ籠に入れていく。
「日付の感覚も違うのか」
「ああ、こっちだとな。あっちに生き返るときは常にあっちで死んだ日の0時に戻るけど、2回目にあっちで死んでこっちに来たら、あっちで過ごした日数はこっちで経過するんだ。だから最初以外は、自分の思っている日付と世界の日付がずれていく」
 続いて赤いカレー粉の缶は棚にあった全部、箱ごとカートに積み込んだ。
「なるほど。……それはそれとして、この量は多くね?」
 調合済みのカレー粉だけでは飽き足らず、クミンやカルダモン、ターメリックにコリアンダーと、スパイス自体もどんどん放り込んでいった。
「カレーは正義だぜ?」
 蜂蜜とリンゴの写真がパッケージに描かれた甘口のルーは、水上のカートに乗りきらなくなって俺のカートに積んでいく。
「ガキもいるからな」
 目の前の棚が空っぽになると、今度はココナツミルクなどの缶詰を籠に入れ始めた。
「それもカレー用だろ」
「もしかしたらチャイとか作るかも」
「なら紅茶の葉を入れる容積を考えてだな……」
 二つのカートはカレーのスパイスで満載になりかけている。
「なら一度、出口までカートを持って行って、空っぽのカートを持ってこようぜ」
 そうして取ってきたは良いものの、再びカレーの具材をパンパンに入れようとするのは流石に止めた。
「パスタ麺や米は結構保存が利くし腹もいっぱいになる。あとは野菜系だな」
 トマトやアスパラ、タケノコなどの水煮をやはり箱ごとカートに載せた。
「後は嗜好品だな。おやつも買っていかないと子どもたちに泣かれる」
 あっという間に籠が山盛りのチョコレートやビスケットで埋まった。
 3往復目のカートはビールの箱と、洗剤や石けんが積まれる。
「大人もいるのか」
「俺より年上ってことか? もちろん居るぜ、俺たちのコミュニティは高校を本拠地にしているし小さい子も多いけど、ちゃんと教える側もいる」
 ひげそりの替え刃やコーヒー用のペーパーフィルタを選びながら、教えてくれた。
「むちゃくちゃ重いんだけど」
「そりゃあ、最後は液体ばっかりだからなあ。じゃあこれ積んどいてくれ、買い残しを見てくる」
「1人でカート8つ分をやれって?」
「ギックリになったら、俺が責任を持ってやるよ」
 湿布とかを持ってきてくれるのだろうか。
「いや? リセットするために殺す」
 人に殺すとか軽く言うな。リセットされれば怪我も元に戻って0時に居た状態へ戻るのか。

 ひーこら言いながら軽トラの荷台に積み込んでいると、汗だくになった。ついでに朝から何も食べていなかったせいで腹の虫が盛大に鳴く。毎日の習慣である朝飯を食わなかった理由を思い出しかけて気分が悪くなる。
 トラックにもたれかかって見上げると、雲一つ無い青空が広がっていた。
「空はこっちも綺麗だな……」
「排気ガスが少ないからじゃねえか」
 感傷ぶち壊しの答えを寄越したことで、水上が戻ってきたことが分かった。
「カート戻そうぜ」
 抱えていた段ボール箱を荷台に降ろして、彼はカートを器用に重ねると四つまとめて店内に引き返した。俺も見習って残り四つをカート置き場に戻しに行く。
「そろそろ帰るか。もうおやつの時間が終わっちまう」
 煙草を咥えながら彼は言い、どこから持ってきたのか、百円玉を自販機に入れた。
「おっ、今日は動くぜ」
 ブラックコーヒーを買った。ゴトンと音がして商品が出てくる。
「お前も好きなの選びなよ」
 外の自販機から飲み物を買う。
 店内にあったヤツの方が安いのに、とも思ったが、どちらにしろその硬貨はきっと彼のものではないのだろう。そもそも、店内にあろうが外だろうが、購入しているわけではないのだ。
「ごっそーさん」
 同じコーヒーを選んだ。
「俺の金じゃねえし」
 やっぱりそうか。
 彼は一口飲むと、先ほど最後に抱えていた段ボール箱からごそごそ何かを取り出した。
「オイルライター、お前のぶんな。あと煙草の銘柄は俺のセブンスターとも他のみんなとも、被らないこれにしとけ」
 勝手に俺の作業着の胸ポケットにねじ込んでくる。
「俺はまだ、吸うとは」
「やること無いとき暇だぜ、趣味くらいこっちでも身につけとけ」
 ねじ込まれた煙草の箱を取り出して眺める。
「なあ」
 蓋を開け閉めするたびに、カチンカチンと鳴る金属で出来たライター。
「なんだよ」
 水色のロゴの、レトロなデザインの煙草。
「ありがと」
 水上は自分の煙草に火をつけようとして、鼻息でライターの火が揺れた。
「どういたしまして」
 照れたように俺から目をそらした。
「でもさ、ポケットに入れるなら、封くらいは切ってから入れてくれよ」
「ライターにオイルは入れてやっただろ、煙草くらい自分でやれ」
 ちょっと笑って、俺も新品のハイライトをくわえた。

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