こいちゃんの趣味全開!!

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俺に明日は来ない type1 第4章

2022.02/17 by こいちゃん

 ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。
 手を伸ばして引き寄せて鳴り止ませようとしたら、充電用のクレードルをベッドの下に落とした。
 5月25日火曜日、午前7時30分。
 朝から妙にリアルで、しかも自分の死ぬ夢を見て少しばかり目覚めが悪かった。
 それはそれとして、二度寝しないうちに起き上がって頭をかく。避けられるなら遅刻は面倒くさいからしたくなかった。
 通学路のいつものコンビニでパンとおにぎりを買い、通学路を歩いていると後ろから、朝なのに陽気な声が追いかけてきた。
「おーっす樋口、相変わらず寝癖大爆発だな」
「うるせえ」
 声がでけえ、そして俺に掛けられた言葉も、お前は俺の母ちゃんか何かか。
「事実だろうがよ」
「ああその通り、だがモテだのカノジョだのに興味もない、ズボラな高2なんてこんなもんだろ」
 毎朝髪をとかすなんて、面倒すぎて俺には出来ない。
 朝は少しでも遅くまで寝ていたい。しかし慌ただしく登校の用意をするのも、遅刻して大人から何か言われるのももっと面倒くさい。
 ……この遣り取りをした記憶がある。
「どうした急に黙り込んで」
「ああいや、何か既視感があってさ」
「夢にでも出てきたか」
 遂に俺もお前の夢に登場するほどの有名人になったかー。
「ばっかじゃねえの」
 馬鹿なことをほざく高橋の発言を一言で切り捨てて、でもそう、こいつの言うとおりだった。既視感の正体は、夢で見たのだ。
「じゃあ俺は先に行くから。教室で待ってる」
 高橋はそう言い残すと、歩きの俺に合わせて緩めていた自転車を加速させるべく、ペダルを踏み込んた。
 後ろが見えないことを承知で、俺は気怠げに手を振った。
 このときは単なる偶然だと、不思議なことがあるもんだと、それくらいに思っていたのだ。

 放課後になり、文房具を買おうと繁華街まで行くことにした。シャープペンシルの芯がなくなってしまい、ルーズリーフの残り枚数も心許なかった。どうせ行くなら、まとめて用事を済ませたい。あれやってこれやって何を買おう。
 考え事をしながら駅で電車を待っていたときだった。
 ――間もなく電車が参ります。
 ――白線の内側までお下がりください。
 自動放送に呼ばれたように、向こうから電車が滑り込んでくる。
 その時だった。後ろから誰かに突き飛ばされた。朝の偶然が、いやそれ以外の何かもが、脳裏に走る。
 一瞬だが全身が硬直した。
 その一瞬が命取りだった。
 夢に見たとおり、俺は線路に落ち、そして電車にひかれた。

 目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
 昨日の記憶が昨日と一昨昨日の分の二つに、昨日は忘れていた一昨日の記憶が一瞬ごちゃ混ぜになって叫びだしそうになる。
 時計を見ると6時を少し過ぎたところだった。
「やっぱりこうなるよな」
 俺しかいないはずの自分のアパートで、他人の声を聞いて今度こそ叫んだ。
 いや、叫びそうになって、寸前に首を絞められて声は出なかった。
「だから自分のねぐらは秘密にしとかないと危ないんだってば」
 耳の後ろから水上の声がする。
 口をふさぎなおされてから、首を絞める彼の腕が緩んだ。
 窒息した後で反射的に咳き込みたいのに手が邪魔だ。
「落ち着け? パニックになるのは俺にも心当たりがあるが。いいな、すぐにはしゃべるなよ」
 そしてそろそろと俺の口をふさぐ手もどいた。
「なんでここにお前がいるんだ」
 低めた声で尋ねた。大声を出さないようにとは言え、容赦なく首を絞めたことを非難すべきだったか。息が出来なくてむちゃくちゃ焦った。
「こうなるだろうと予想していたからさ。俺もそうだった」
 大抵の場合において、最初に生き返ったときはほぼ全く同じ行動を取り、全く同じように死ぬのだそうだ。そして1日ぶりにこちらの世界に来て、記憶がごちゃまぜになって混乱する。
「なんで先に言ってくれなかったんだよ!」
「大声を出すな! こっちの記憶をあっちには持って行けない。それに言ったところで、お前は信じたか?」
「……」
「信じねえだろ。だからだよ」
 百聞は一見にしかず、習うより慣れよ、だ。
 理由を言われて理解は出来たが、感情が納得できない。
「早く出かける支度をしろよ。学校へ行くぞ」

 早朝の通い慣れた道は、やはり人通りが無く、僅かな違いだけでまるで知らない道のようだった。
 イライラと煙草を吹かしながら歩く水上の2歩だけ後ろをついていく。
 そういえば、俺もまだ未成年なのに、躊躇無く煙草を吸ってしまっているなと思った。最初は心理的なハードルが高かったはずなのに、一度経験するとハードルが低くなる。
 ……死も同じなのだろうか。でも本当は、誰にでも死は一度しか訪れない物なのでは?
 歩きながらぐるぐる考える。黙ったままだからしゃべるのが気まずくて、手持ち無沙汰な俺も今朝2本目の煙草に火を点けた。
 ……やっぱり躊躇なんて無かった。
「灰皿、貸してくれよ」
 一口煙を吸い込んで、吐き出すと言った。
「気まずいなら無理に話しかけなくても、その辺にポイ捨てすりゃいいだろ」
 俺の気持ちを読んだかのように、こちらを見ないで水上は言ったが、それでも彼はポケットから出したコーヒーの空き缶をリレーのバトンのように差し出した。
 バトンだとしたら後ろから前へ受け渡しするから、向きが逆か。
「悪りいな」
 キャップを開けて1本目の吸い殻を入れて返す。
「なあ」
「なんだよ」
「水上も最初は、その……こうなったのか?」
 自分の失敗のようで具体的に口に出したくなかったから分かりづらい問いかけになってしまったが、生き返った初回で全く同じ生活を辿ったのか聞きたいという意図は伝わったらしい。
「もちろん、同じ時間に同じ事をやらかして、ここに来た」
「……そうか」
 しかし、究極的には「はい」か「いいえ」で答えられる質問だったせいか、はたまた彼も気まずかったのかもしれない。話題は弾まなかった。
 自分自身の死因なんて、もとより弾む話題でもないかと思い直したら、過去形で話題にしていること自体に、今更ながら強い違和感を持った。
「それで、どうして……まだここに居るんだ」
 今度は無理に、記述式の質問をした。
「昨日……いや一昨日か。こっちで他人に死因を、その理由も聞くなって言わなかったっけ」
「言ってた」
「なら何で不用意にそういうことを聞くんだ」
「いや……お前ならいいかなって。なんとなくだけど」
 彼の大きなため息が煙草のせいで可視化された。
「自分で事故を誘発させたって、答えを充分に受け止められるような覚悟を決めてからしてくれよ。話が続かないのを紛れさせるために載せられるような重さの話題じゃ無いんだぜ?」
 事故を誘発させた?
「それこそなんとなく、さ。色々鬱陶しくなっちゃって」
 茶化そうとしていることが確かな明るさの声だった。
「自分で誘発ってさ、それつまり」
「まあ自殺の一種だろ。高校やめてさ、とりあえずで工事現場で資材運びの見習いみたいなことをしていたんだ。だけどそこの元締めが嫌なやつでなー、それで安全帯をあえて着けずに高所作業してたの。死んでもいっかなって」
「なんだそれ」
 つい、歩みが止まる。
「自分で聞いといて怒るなよ。死にたくて死んだわけじゃないヤツはすぐにこっちの世界に来なくなる。生存バイアスって知ってるだろ」
 水上も俺より数歩だけ前で立ち止まって振り返った。
「生きている人は合致しない条件について、その条件自体を無視してしまう考え方のこと」
「その通り。俺を含めて、こっちの世界に自分から残っている連中だぜ? お前自身の価値観からすれば信じられないような、許せないような理由があるような人間ばっかりなんだよ。だから話題にするなって言ったんだ」
 煙を吐きながら水上は言い訳のように言葉を並べる。
「何があったか知らないけど、それだけで短絡的な……」
「人によって我慢できる『だけ』ってのがどれくらいかは違うんだよ。たったこれだけのことでって言うけど、その『たった』は人によって様々で、許容量が大きいから良いとか小さいとか悪いとか測れるものではない」
 言っていることは分かっても、納得したくなかった。
「あとな、お前はあっちへ帰る側だってことが、最初にあったときすぐに分かったんだ。こっちでお前が会った連中は、いちいち聞いて回ってなんかいないけど、全員が俺と同じように判断したと思うぞ」
 淡々としゃべる水上の目はどこも見ていないようだった。
「一昨日の夜に帰るとき、誰かに『またな』って言われたか」
「いや……さよならやおやすみだけだった」
 思い返してみると、別れの挨拶として『また』と言った人は居なかった。
「そうだろ。最初に生き返ったときは同じ生活をして、もう一度はこっちへ来るんだ。それをみんな知っているのに、再び会うことを願う挨拶をしなかっただろ。偶然だと思うか?」
 再び会うことを願う挨拶を交わした人が居なかった。
 願ってはいけない相手だと、分かっていたから……?
「頭の良いお前ならもう分かってそうだけどさ。多分、いま考えていることが正解だ」
 水上が言うほど俺は自分が頭の良い人間だとは思わないが、彼が明言しない行間は理解できた。
「えっ、じゃあ」
 自分以外は自殺者か、それに類する者か、元々は俺のように事故だったかもしれないが生き返ることを辞めた人たちなのか。
 中学の頃に仲良くしていて、久しぶりに再会して親切にしてくれた、今も目の前に居る水上も?
 肯定する発言をついさっき耳にした。
「話を戻すけど、だからこの手の話題は、特にお前みたいなあっちに帰りたいヤツは特に、タブーなんだ。お前が言うとおり、俺だったから良かったけどさ、下手に聞くなよ。お互いに良いことはない」
 数歩の距離がとても遠く感じた。
「樋口は怒らないんだな」
「……怒るなって言ったくせに」
 単に考えをまとめきれなくなった時の癖で、うっかり混ぜっ返した。
 いつもこうなのだ。肝心なところで言葉を間違えてしまう。このときも、本当は今ここで口にしたかったことは違う台詞だったはずなのに、反射でこぼれた冗談めかした一言が、話題を終わらせる。
 一瞬だけ、薄く水上は笑った。
「……行こうぜ」
「うん」
 ポケットから出した新しい煙草に火を点けて、水上が高校に向けて歩き始める。
「お前さ、吸い過ぎだよ」
「うるせえ、母ちゃんかよ」
 感情は俺の中でまだ荒い波を立てていた。
 もう終わった話題なんて気にしていないという演技で精一杯だったが、何故かそれ以上に自分の感情を隠すのに必死になっていた。
 今度は2日滞在か。

 この2日間は、記録に残しておこうと思うほど大したことは無かった。
 高校に暮らすみんなと畑作業をしたり(小さい頃から親の手伝いで土いじりをしていた俺にとってはむしろ慣れた作業で、農業は見よう見まねで本を読んだきりだった彼らには随分ありがたがられた)、あっちの世界ではまだ運転してはいけない大きさのトラックを運転してみたり(他に車がいないから、町中が教習コースだ)。
「俺、高校卒業したらトラックのドライバーになろうかな」
 2日目の夜、また俺のアパートに着いてきた水上に話したら、鼻で笑われた。
「でも向いてるかもな、俺より丁寧な運転だったし。樋口は昔から、社交性が高そうに見えて実は精神的引きこもりだもんな」
「精神的引きこもりって」
「そうだろ、人見知りはしないで誰とでも話すけど、あんまり他人と深く付き合おうとしない。運転中はずっと1人な仕事の方が楽なんじゃねえ?」
 表現は酷いが、確かに幼なじみだけあって俺のことをよく分かっている。
「その通りだけど、もうちょっと言い方ってものがあるだろ」
「今更かよ。高校でもどうせお前に彼女はいないんだろ。仲良くなって放課後や休みの日に、どこか遊びへ行く友達はいるのか?」
「……いないけど」
「ほら見ろ。高校生で一人暮らしなんてしていたら、彼女つくって連れ込み放題じゃねえか。普通ならとっかえひっかえしていちゃいちゃするのに都合が良くて、羨ましがられるんじゃねえ?」
「羨ましがられるけど。でも家事を全部自分でやらなきゃいけないんだぜ。面倒くせえ」
 良いなあと軽々しく言うクラスメイトたちを思い浮かべて、そんな良いものではないと何度も彼らに否定したことを思い浮かべる。
「……ろくに家事してなさそうだなあ」
 俺のアパートを見回し、洗ったまま積み上げられた冷凍食品のトレイや、洗濯したまま洗濯機の上に積み上げた服を見て、水上が笑う。
「じろじろ見るなよ、恥ずかしいだろ」
「何というか中途半端に几帳面だよな。汚い物は綺麗にするけどそれを片付けない。そういう所は昔から変わらねえ」
「言われてみれば、この部屋に家族以外で上げたの、お前が初めてなんだぜ」
「友達いねえんだ」
 誰か、知り合いと友達の違いを定義してくれ。貶されている気がするのに、肯定も否定もできないじゃないか。
「あっちで生きていくなら、俺以外ともちゃんと誰かと仲良くなれよ」
「頑張ります」
「実は偏屈で面倒くさい幼なじみを置いて逝くのは悪かったけど、俺は戻るつもりないから」
「……」
 自分が引き留められれば良かったのに。こいつみたいに仲良くなった誰かが急にいなくなるかもしれないと思うと、これまで以上に誰かと仲良くなるのが怖くなる。
「さて、寝ようぜ」
「うん」
 人の家だというのに、水上は我が物顔で予備の布団を引っ張り出して寝る準備をし出す。
 俺ものろのろと着替えて、床に就く。
「俺の代わりを見つけろってのは、割と本気で心配してるんだからな」
 心配するくらいならお前が戻ってこいよ。
 言いたかったが、声が泣いてしまいそうで、言えなかった。

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