俺に明日は来ない Type1 第6章
だからその日も、俺の1日はたった数秒で終わるのだと思っていたのだ。 暗くても分かる何か白い大きなものが、ある日は復活したとき真下に見えた。 落ちるのまでは一緒だったが、落ちきってぶつかったのがいつもと同じ固い地面ではない。 「よし、ゆっくり降ろせ」 聞き覚えのある懐かしい声がする。 「おい、まだ生きてるよな」 今にも死にそうだけど。 そう言いたかったのに、腫れた顔ではうめき声にしかならなかった。 「急いで帰るぞ」 深夜なのに高校は明かりが点けられていて、年上組の総出で服を脱がされ、温かい濡れ布巾で全身がくまなく拭われる。 ほとんど全身が湿布と包帯で覆われて、わざわざ布団乾燥機で温めてあったのだろう、暖かい布団に寝かされた。 「朝になって死んでたら許さないからな」 殆ど気絶したように寝付いたはずなのに、目が覚めたときにはまだ外が暗かった。 トイレに行きたい。 全身が痛くてだるい。呻きながら身を起こすと、足が重たいと感じたのは怪我のせいだけでは無かった。 「……水上。ごめんちょっとどいて、トイレに行きたい」 腰の痛くなりそうな姿勢で、俺の足の上で腕を組んだ水上が寝ていた。 手を伸ばすと肩と脇腹が痛むのだが、彼の体重をどけないと足を引き抜けなさそうだった。 しばらく揺すっているとピクンと震え、勢いよく水上が体を起こした。彼の体からバキバキと音が鳴るのが俺にも聞こえる。 「……腰が痛てえ」 「そりゃそうだよ、そんな姿勢で寝てるんだから」 「起き上がってて大丈夫なのか」 「……おしっこもらしそう」 俺は一体いくつになったんだ。 恥ずかしいが言葉にしないと動くのを許してもらえなさそうな表情が、暗がりの中でも分かった。 「車椅子を用意してやるから、もうちょっと辛抱してろ」 車椅子だなんて大げさな。だけど有り難かった。 「悪いじゃん」 俺が寝かされているのは保健室だったらしい。すぐに片隅から車椅子が出てきた。 「中学の時に保健の授業で習ったときには、こんな知識をすぐに使うとは思ってもみなかったぜ」 言われて思い出す。 「そういやあのときは、俺がお前を押してやったよな」 「今回は逆の立場になっちゃったわけだ」 二人で密かに笑い合う。 笑ったら腹が痛い。笑いすぎというわけでは無く、怪我のせいだ。 意味があったのか分からないが、彼が悶絶する俺の背中を慌てたようにさすると、すっと痛みが和らいだような気がする。 「トイレだっけ。これじゃ老老介護ならぬ、若若介護だな」 だから笑わすなって。 「出すところまで見て……いや、介助してやるからな」 笑うたびに全身に痛みが走るんだ、お願いだから止めてくれ。 絶え絶えになった声でそう言ったのに、心配させた罰だと言って彼は取り合ってくれない。 「心配させさせたのは、悪かった。助けてくれてありがとう」 「まあ、どっちもお前のせいじゃないけどな」 答えた水上の声は、つい数秒前まで面白がって俺を笑わせていた時とは別人のように冷たかった。 「……不注意だったのは俺だし」 「この世界は死後の世界だが天国でも地獄でもないってことを、まだ3回目で実体験できて良かったな」 「出来れば何回目だろうが知りたくは無かったけど」 「違えねえ」 小声でしゃべりながら、小さな振動も与えないようにゆっくりと、水上が車椅子を押してくれる。俺は安心してトイレに着き、こちらの世界に居る限り一生話題にされるんだろうと、気が気じゃない思いをしながら水上の介助で用を足す。 饒舌だった行きと引き換え、無言で保健室まで戻る。 ベッドに寝かせるところまで手取り足取り助けてもらう。 「なあ、煙草一本ちょうだい」 ずっと黙ったまま居る彼に不安を覚えて、あえて小さい子供みたいにおねだりしてみた。 「赤ちゃんみたいに求める物と違うだろ」 確かに。 [...]