俺に明日は来ない Type1 第7章
ケータイに仕込んだ目覚ましのアラームが鳴った。 手を伸ばして止めようと思ったのだが、なんとなく全身がだるい。特に身体に異常は無さそうだったが、大怪我をした後のような倦怠感が残っている。 それほど夜更かししたわけではないし、疲れが残っているとは思えないのだが、気味の悪さを感じた。そういえば、変な夢を見た気がする。 気合いを入れて起き上がる。いつもよりテキパキと朝の準備を心がけて家を出る。 1時限目が始まる頃には違和感を忘れていた。 今日の授業中に補充したシャープペンの芯が最後の1本だったが、町へ出て会に行こうか考えたときに、ふと昨晩の夢のことを思いだした。 電車を待っているときに、誰かに線路へ突き飛ばされて自分が死ぬ夢だった気がする。 朝起きたときに謎の体調不良を感じたこともセットで頭をよぎり、帰る準備をして自分の机から腰を上げるまでにしばし逡巡した。 ……やっぱり、出かけるのは止めておこうかな。 「帰ろうぜ」 同じく帰宅部の高橋に声を掛けられる。 「一緒に帰ろうと思っても、お前は自転車だろ」 「駐輪場までで良いからさ」 「学校の敷地内じゃないか」 とはいえ、その短い遠回りを断る理由も無かったので、徒歩通学の俺には関係ない駐輪場までは付き合うことにした。 家に着く頃には忘れてしまうような何でも無い雑談を交わしながら階段を降りる。 下足室で上履きを仕舞おうとして、見慣れない白い封筒が運動靴の上に置かれているのを見つけた。下駄箱の扉を見返してみるが、間違いなく自分の場所だった。封筒の下にある運動靴だって、今朝の登校時に履いていた俺の物だった。 「おっ、モテモテ樋口くんは下駄箱にラブレターっすか!」 俺の下駄箱の中をのぞき込んで高橋が茶化す。 駐輪場までつきあうなんて、一緒に帰ろうという誘いを断れば良かった。 「みたいだなー」 「興味なさそうだな。お前、彼女いたっけ」 「いないけど」 「なんで嬉しそうにしないんだよ。短い高校生活を彩る恋の始まりかもしれねえじゃん」 彼女なんていないけど、欲しいと思ったこともないんだよなあ。 「あげる」 「俺がもらってどうするの。……開けてみていい?」 「好きにすれば」 宛名も差出人の名前もない白い封筒は、小さいピンク色のシールで封がされているだけだった。 ぺりっと高橋が開けて中の便箋を取り出すのを横目に見ながら運動靴を床に落として上履きを仕舞う。 「どれどれ」 便せんを広げた高橋が、ピューと口笛を吹いた。 「放課後、体育館裏にお呼び出しだってよ!」 今日の下校時間ぎりぎりに、体育館の裏手にある木の下で待っています。必ず来てください。 「テンプレかよ」 「……あ」 「何?」 変な興奮をしながら便せんを呼んでいた彼は、急に顔色を暗くした。 「これ、見なかったことにした方が良いかも」 さっきまで楽しそうにしてくせに、神妙に言った。 「お前としては、高校生活の彩りなんじゃねえの?」 「こいつのじゃ無かったらな」 便箋の末尾に書かれた差出人らしい署名を俺に示し見せる。 「三雲さやか?」 「クラスメイトだよ、お前の二つ後ろの左側に座ってる奴だけど、わからねえ?」 お下げにした暗い雰囲気の女子か。 「名前と顔が一致してなかった」 「もうクラス替えしてから1ヶ月以上経つんだけど。……同じ中学だったんだけどさ、こいつはちょっと……お勧めしない」 「なんで?」 「色々あってさ……俺とって事じゃないけど。いつも長袖の制服着てるだろ」 まだ5月だしな。 「季節の問題じゃねえよ。体操着とかも」 「寒がりなんだろ」 「そうじゃなくて。……体育の着替えって女子は更衣室へ行って着替えるだろ。その時に俺と仲の良い女子に聞いたんだけどさ、どうやら常に手首に包帯を巻いてるのを、隠してるらしいんだと」 「……」 [...]