雑記

『帝国の「辺境」にて 西アフリカの第1次世界大戦 1914~16』こんぱすろーず かえりみられることの少ないWW1の西アフリカ戦線をまとめた労作

2012年9月6日 雑記 No comments , , , , , , , ,

 今年(2012年)の夏コミで頒布された同人誌。
 ツイッター経由で内容を聞き、通信販売でお願いして取り寄せ。
 内容は、日本語の資料がきわめて乏しいWW1の西アフリカ戦線を、英仏の公刊戦史をはじめとする、豊富な参考資料を背景に、西アフリカ植民地の成り立ちからその経済、そして本国との関係まで踏まえてまとめられた、貴重な一冊である。

 第一次世界大戦が始まる前、西アフリカには列強の植民地がパッチワークに存在しており、その中にはドイツのトーゴランドと、カメルーンとがあった。
 あるにはあったが、いざ世界大戦ともなると、この地域はいささか以上に、ドイツにとっては手に余る土地であった。
 何しろ、敵にしたのがアフリカの他の土地を広く領しているイギリスとフランスである。また、イギリス海軍が相手では、ドイツ本国とこれら植民地との間は切り離されたも同然、孤立した籠城状態。
 第一次世界大戦以前の列強同士の戦争の習いで行けば、戦後の外交交渉の取引材料として、英仏に占領される危険があったし、それを防ぐのは困難であろうと思われた。

 一方の英仏にしても、ドイツの西アフリカ植民地は手を出すには難しい土地であった。この地は、農業生産力はそこそこあり、それゆえにアブラヤシや カカオという商業作物の農園が広がっていた。意外ではあるが、ドイツが主に列強グループの面子として西アフリカに地歩を築いたことで、この地域には国家の 統制が及ばぬ自由市場的な発展があり、このままゆっくりと時代が流れ、資本の蓄積と都市化に伴いアフリカ人中産階級が発達すれば、いずれは西アフリカ経済 が工業化へ離陸し、ひとりだちができる可能性もあった。
 しかしそれはあくまで未来の話。WW1開戦時の西アフリカは、社会のインフラがお粗末な上、ツェツェバエのような寄生虫のせいで馬や驢馬を用いた当時の 軍事行動を支える兵站の維持がはなはだしく困難だったのである。列強がヨーロッパ戦線でみせた大軍を運用するなどもっての他であり、そしてそれゆえに、要 所に配置された少数の機関銃陣地に支援された防衛線は、弾薬の続く限り難攻不落であった。

 また、ドイツも英仏も共に、第一次世界大戦がまさか国家の総力を投入した4年にもおよぶ長期の戦いになるとは、思ってもいなかった。そのことによ る、戦略的な錯誤は主戦線である欧州戦線でもさまざまなドタバタを生んだが、これが辺境の植民地では、さらなる悲喜劇となって現れた。

 ドイツが国家の威信と技術力を結集して築いた巨大なカミナ無線ステーションをめぐるトーゴランドの戦いは、カミナ無線ステーションを中継した大西洋通商破壊戦を危惧した英国海軍と、現地の野心あふれる前線指揮官の暴走に引きずられる形で比較的短期決戦となった。

 英領ナイジェリアと、フランス領赤道アフリカ、ベルギー領コンゴなどに挟まれた形のドイツ領カメルーンは、熱帯雨林のジャングルと貧弱なインフラ こそが最大の敵となって長期戦になり、最後には後詰めのない籠城戦につきものの防衛側ドイツ軍のちょっとしたミスが戦線の崩壊を生み、決着がつく。

 本書は、このふたつの植民地での戦いを軸に、小さな戦いでの部隊の戦術的機動や、ポーターを用いた兵站線の苦労などのエピソード、本国と植民地の意見の相違などを、豊富な参考資料を元にまとめられている。
 まことに読み応えがあり、知的興奮を覚える一冊であった。
 この本の著者であるこんぱすろーずさんに、感謝し、ここに紹介したい。

関ヶ原古戦場 見学メモ

2012年8月1日 見学メモ No comments , , , , , , , ,

 今から35年以上前。生まれて初めて関ヶ原を新幹線で通過してから、数百回、関ヶ原の上を通り抜けているが、思えばすべて新幹線か飛行機で、高速道路すら1回もなかった。

 つまりどういうことかというと、「関ヶ原を結んで東西の高低差って、こんなにあったんだ」ということを、今回初めて、国道とJR普通線で認識したのである。新幹線で通ったのでは、高低差はよくわからない。
 鉄道ファン(一緒に見て回った鷹見一幸さんと椎出啓さんはどちらも鉄道ファン)的には常識であったらしいのだが関ヶ原の戦いでは必ず出てくる大垣は、鉄 道が敷設されてからというもの、長らく関ヶ原越えのための機関車を増設するための重要な駅があり、西の傾斜を登るために、わざわざ迂回の鉄道線まであった そうである。
 大垣から関ヶ原にかけては登り斜面がずーっと続いているのである。
 実際に地面に近いところを移動しないと、知識ではあっても、気付かないことはたくさんある。

 今から400年前の1600年の秋。
 この場所で、後に「天下分け目の戦い」と呼ばれる日本史に名高い決戦が行われた。
 中学生の教科書にすら、その名を記される関ヶ原の戦いである。
 だが、教科書では今ひとつ分からないことがある。

「東軍、西軍の大名たちは、なんでドンパチやったんだろう?」

 秀吉死後の政治の主導権争いとか、朝鮮の役での恨みとか、いろいろ言われてはいるが、おそらくもうちょっとシンプルで、いい加減な理由だったのではないかと思う。

 いい加減な理由だったから、たまたま「日本の西側にいて、三成らが挙兵した時に大阪で足止めされちゃったから西軍」とか「日本の東側にいて、徳川と一緒に、上杉討伐に向かっていたから東軍」となり。

 シンプルな理由だったから、東軍も西軍も「いや、ここは武力ではなく話し合いでなんとかしようよ」とはならなかったのではないかと。

 そうして考えると、やはり最大のポイントは朝鮮の役の失敗だと思われる。
 秀吉が企画して朝鮮半島に遠征を行い、明国とも華々しく戦って日本の武威を見せつけはしたが、結局は壮大な金と人命の浪費となった朝鮮の役。
 この戦いで多大な損失を被った日本全国の大名たちは、秀吉の死と共に、戦国時代が延長戦に入ったと考えたのだ。

 上杉景勝は特にその意識が強く、かつてと同じやり方で、各大名がそれぞれの地域ごとに戦争を繰り広げて領地を奪うべく、地元へと戻った。

 しかし、豊臣政権の中枢にいた家康や三成(そして毛利輝元も)は、戦国時代の延長戦になったとしても、それは戦国大名が群雄割拠する初期からのや り直しを意味するのではなく、本能寺の後の、秀吉が日本を統一したやり方でこの延長戦を終わらせるべきだし、そうするつもりだった。

 秀吉の日本統一とは、つまるところ、政権与党である大名が徒党を組んで、反抗する地方大名をボコボコにタコ殴りにして領土を分割する収奪方式である。

 家康はまず、前田家を相手にこのやり方を試してみたが、前田が完全な恭順をみせたのでうまくいかなかった。
 そこで狙いをつけたのが、かつての後北条よろしく地方で独立を試みる上杉である。
 今度は上杉の側もやる気満々であるから、うまくいった。家康は、豊臣政権の名の下に、全国の大名を動員して上杉討伐へと向かう。

 家康が、しゃかりきになったのには理由がある。関東に250万石という大領を持つ家康は、自分が政権与党にならなければ、石田三成らによって、領 土を分割される危険があった。今は大丈夫でも、自分の死後が危ない。そしてこの当時の家康はすでに57才で当時としては老人である。彼がこのあと16年も 生きるというのは、後の歴史を知っていればこそである。彼も、彼の周囲も「そんなに先はない」くらいの心づもりであったはずだ。

 自分が死ぬまでに、豊臣政権を安定させて、自分の死後の徳川家を安泰にするため、家康はなりふりかまわず、上杉への討伐を押し進めた。
 この時点では、東軍であろうが西軍であろうが、上杉討伐でちょっとでも論功行賞に預かるべく、戦意を高めていただけであるはずだ。

 だが、ここで隠居させられていた石田三成や、毛利家の周辺に、欲がでる。

「東へ東へと軍や大名が移動して、大阪、京都から徳川の与党が消えた今なら、クーデター起こして自分らが政権与党になれるんじゃないの?」

 そう。あくまで、武力クーデター。ボードゲーム『フンタ』のノリである。
 朝廷や、秀頼らの政治的な『玉』を掌中におさめて、豊臣政権の与党の地位を手に入れる。
 味方になる大名への褒美は、与党側につけるというエサだ。うまくいけば、家康を隠居させて、徳川の領土を大幅に縮小し、その空いた土地を与党勢力に分配して、政権を強固なものにする。

 もちろん、家康がクーデター側に唯々諾々と従うとは考えにくい。ドンパチも想定に入れた上で、計画を進めなくてはいけない。
 首都圏である京都や大阪を戦場にはできないから、できるだけ東に防衛線を広げる。
 そのため、京都の伏見城に残った鳥居元忠率いる首都防衛師団を排除し、徳川与党勢力の留守部隊や家族を確保。しかる後に、北陸~岐阜~伊勢という防衛ラインを構築する。

 後は時間の問題である。
 時間が経過すればするほど、『玉』を実効支配しているクーデター側が有利になる。
 家康を戦場で負かすなどという、リスクの高い作戦を行なう必要はない。東西内戦ではなく、これはクーデターなのである。

 しかし、このクーデターは、東軍側の諸将、特に豊臣恩顧とされる中堅大名たちに激烈な反応を引き起こす。
 福島正則ら、秀吉子飼いの大名たちは、元が外様である家康などより、よほど豊臣政権与党としての自覚が強い。
 その自分たちが、こともあろうにクーデターで政権から排除されて野党勢力に追いやられようとしているのだ。それは自分たちの人生すべてを否定されるに等しい。

 それゆえ、小山評定をはじめとする、東軍側の豊臣恩顧大名の戦意の高さは、家康よりも上であった。彼らはクーデター軍との全面戦争を望み、腰の定まらない家康を引きずるようにして東海道をばく進する。
 彼らの脳裏にあったのは、本能寺の後の、中国大返しだろう。明智光秀のクーデター軍を打ち破り、秀吉に栄光をもたらしたあの戦いを、今度は、自分たちの手で行なうのだ。

 そしてまさに。
「ゆっくり時間をかけて勝利すればいいや」
 と考えていたクーデター軍は。
「んな時間与えるかよ、おらおら」
 と迫り来るカウンター・クーデター軍に押し切られるようにして、岐阜を落とされる。

 クーデター軍は、自分が先手を取って有利な状況を作ったがゆえに、そこに安住しようとしてしまい。
 カウンター・クーデター軍は、このままの状況では、負けるのでそれこそゲーム盤をひっくり返すつもりで進撃したのである。

 このあたりで、実はもう、クーデター側はかなり不利になっている。石田三成や毛利・宇喜多らの一部をのぞけば、クーデター側に参加した諸将は、そ れほど理由があってクーデター軍についているわけではない。巻き込まれた上に、政権与党の座につけるから、従っているだけである。東軍の連中と国をまっぷ たつに割った大戦争をしてまで、何がなんでも勝利する気概や覚悟を持っているわけではないのだ。

 ましてや、ここで西軍が負ければ一蓮托生になってしまう。小早川秀秋などは元より家康与党勢力の側であったし、こうなっては何としても東軍側に合流したいところである。

 石田三成は大谷吉継と作戦を練り直し、大垣城を第1防衛ライン、関ヶ原を第2防衛ラインとする守勢の策を立てる。大谷吉継は、第2防衛ラインであ る関ヶ原周辺の要塞化を監督し、松尾山に防衛拠点としての城を建設する。ここに毛利本隊を進出させ、とにかく京~大阪に東軍を進出させない構えだ。
 石田三成自身は、大垣城に進出し、ここと南宮山の部隊とを組み合わせて、第1防衛ラインを維する。

 そして、9月14日。
 家康が大垣城前面の赤坂に進出したその同じ時、小早川秀秋が関ヶ原の松尾山城の留守部隊を追い払って、ここに陣取ってしまう。
 
 小早川秀秋が、最初から「東軍側に逃げ込む」つもりであったとするなら、このタイミングは完璧である。
 そして、西軍側にとっては最悪の展開であった。
 この時点で、第2防衛ラインは消滅し、第1防衛ラインは前後の敵に挟まれて退路を断たれたのである。

 しかし、数日を経ずして壊滅間違いなしであったこの死地を、西軍は見事な夜間行軍によって回避する。
 大垣城を夜に抜けでるや、伊勢街道を通って関ヶ原に転進。

 一方の家康も、西軍が動いたことと、小早川秀秋が東軍側として松尾山を制圧したと知り、大あわてで関ヶ原へ向かう。

 ふたつの軍の夜間行軍は、タッチの差で西軍側が先に関ヶ原へ布陣を果たす。

 なお、大垣側に向いて展開していた南宮山の部隊は事態の急変についていけてなかった。転進しようにも山を下りた先の垂井を東軍部隊に押さえられ、 戦うことも逃げることもできぬまま、遊軍となったのである。もしかしたら、素早く抜け出て後退することも可能だったかもしれないが、すでに徳川に内応した 吉川広家がわざと事態を静観した可能性もある。吉川の裏切りは、当日ではなく、前夜に行われたのだ。

 翌、9月15日。
 いきなり最終防衛線で戦うことになった西軍は、数で勝る東軍を相手に、地の利を活かしてよく戦った。関ヶ原は西に進めば進むほど狭くなっていて数の優位を活かせない。
 東軍側は数で勝りながら、一進一退を続ける。

 松尾山の小早川秀秋は、見通しの良い山頂からじっと自分が出撃するタイミングを計っていた。松尾山からの出撃口では、大谷吉継が通せんぼしており、これまた、地形から数の優位が活かせない。
 ここを迅速に突破するには、数で劣る西軍の予備戦力が時間経過と共に減少し、小早川軍の動きに対応できなくなる、その時を狙うしかない。朝鮮の役で活躍した小早川秀秋には、そのタイミングを見計らう能力があった。

 南宮山の毛利や長宗我部の部隊は、関ヶ原が山の反対側ということもあって、状況がよくわからないまま、何もできずにいた。垂井にいる東軍後衛部隊 と正面からぶつかればこれを撃破することは数の差から可能であったが、そこで東軍本隊が関ヶ原から戻ってきては袋だたきである。家康と内応していた吉川広 家は、毛利諸将を「ここは俺に任せて。何もしないのが一番」と説得し、実際、できることもあまりないので毛利隊はそれを受け入れてこの日を過ごす。

 そして、西軍の予備戦力が枯渇した午後。
 ついに小早川秀秋が動き出す。大谷吉継は必死に防戦につとめるが、ここで赤座、脇坂らが東軍側に内応。
 小早川秀秋と戦っていた大谷吉継隊は無防備な側面から痛撃を受けて敗走。
 片翼が潰れてしまえば、後は早い。立て直すだけの戦力もない。西軍は右翼からずるずると崩れて全面潰走。天下分け目の戦いは、ここに一日で決着がついたのである。

『国友鉄砲の里資料館』 見学メモ

2012年7月31日 歴史, 見学メモ No comments , , , , ,

戦国時代の記録を読めば必ずといっていいほどに出てくる『国友の鉄砲鍛冶』。
 ゲーム『信長の野望』などでも、武器生産でお馴染みである。
 この資料館では、江戸時代によく製造された細筒だけではなく、中筒、そして大筒まで展示されており、それらが使用された時の、鎧の破壊された具合も見ることができる。
 野戦においては細筒や中筒のように取り回しが便利なものが重宝されるが、城攻めになると、大筒の破壊力が頼もしい。
 大筒であれば、木や竹で作った盾などの仕寄道具も破壊できるからだ。戦国時代の末期になると、小牧長久手のように、野戦であっても塀や堀といった陣地構 築が盛んになっていく。おそらく、江戸幕府による徳川の平和(パックス・トクガワーナ)がなければ、より大型の銃砲が主流になったことだろう。
 火縄銃は銃床を頬に当てる頬打ちであり、銃の反動は、銃身を上に跳ね上げて、くるりと回転させることで逃がす。現代のライフルのように、肩に銃床を当てて吸収する撃ち方とはちょっと違う。
 この打ち方は、江戸時代にも猟師の間で受け継がれてゆく。明治になって長い銃床を持つ近代的な銃が使われるようになっても、猟師(マタギ)の中には、銃床のこしらえを火縄銃と同じものに変えて頬打ちを続けた例があるとのこと。

『近江商人屋敷』 見学メモ

2012年7月31日 見学メモ No comments , , , , ,

 北前船についていろいろと調べていると、近江商人の名前をよく見かける。
 近江商人は、江戸時代の一時期に松前藩の経済を牛耳るほどの働きをみせた。この地で出荷される昆布や、干鰯(金肥)は、当初は船で北陸に、そして琵琶湖水運ルートをたどって大坂に、そして全国へと運ばれる。
 水運の発達と共に、後に、瀬戸内海を通るルートが主流となる。
 近江商人の面白いところは、たとえば松前藩で3代過ごしたとしても、コンスタンティノープルのヴェネチア商人よろしく、松前では旅人扱いで、本籍はあくまで近江に置いてあるという点である。あくまで、根っこは近江に置いてあるのだ。私のイメージとしては、華僑に近い。
 そしてそうした近江商人らしさは今も残っている。
 屋敷でガイドの方と、秩父の方に住む近江商人の一族の話(現代でも、造り酒屋などを行っている)が出た際。

「ああ、そこの本家でしたら、この近所にありまして、このあいだ、ご葬儀があって、秩父の方からも来られていました」

 なんと、現代の日本においても、近江商人の一族は、冠婚葬祭を通して地元とつながりを維持しているのだ。

『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説その9:マーズレイ

2012年6月30日 『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説 No comments , , , , , , , , , , , , ,

 機動戦士ガンダムAGEに出てくるギミックや台詞を元に妄想をたくましくしていくSFネタ解説シリーズの9回目。今回は火星で暮らすヴェイガンを襲う謎の奇病、マーズレイである。

 今が1940年代や50年代くらいであれば、このマーズレイの説明は、それほど困難ではない。
 まだ分子生物学や、遺伝子に関する知見が乏しい時代のSFでは、マーズレイのような「移住した星で謎の奇病が蔓延」という設定に読者の側で疑問を抱くことはあまりなかった。

 しかし、今は21世紀である。この時代にさすがに、火星の磁気とか放射線がどうこうで、謎の奇病が蔓延するといわれても、はいそうですかとは、なかなか納得しにくい。
 逆に、オカルト的な理由を持ち出して、これは呪いによるもの、とした方が納得はたやすい。たとえば、萩尾望都先生の『スターレッド』(1978~9年) での火星植民は、胎児がすべて死亡することで頓挫するが、これは医学的な理由ではなく、どちらかといえばファンタジーめいた銀河の星々の運命によるもので ある。

 しかし、ここに来て火星に新たなSF設定を持ち出すのも美しくない。何とかしてこれまでガンダムAGEに出ているSF設定を応用して理由はつけられないものだろうか?

 ひとつだけある。銀の杯条約で破棄された、EXA-DBがそれだ。火星植民とテラフォーミングにあたって、連邦が開いたEXA-DBの中に、マー ズレイを引き起こす技術が含まれていたというパターンである。治療ができないことも、原因が不明なことも、火星に由来するのではなく、EXA-DBから持 ち出したテラフォーミング技術の副作用であるとするならば、説明は簡単になる。

 だが、マーズレイが実際にヴェイガンの民を苦しめているとして、今度はイゼルカントの真意が謎になってくる。
 火星に住む人々を地球に帰還させるのが最終目的であるとして、ひとまず地球圏の使っていないエリアに、コロニーを設置するわけにはいかないのだろうか?  というものだ。現時点で、ヴェイガンの民は火星の地表で暮らしているわけではなく、セカンドムーンなどのコロニー暮らしである。
 そのまま地球まで帰るのは難しいにしても、マーズレイの影響が及ばない軌道に遷移するのは、それほど困難とは思えない。

 あえてイゼルカントが、それをやらないのだとしたら、考えられることはひとつ。

 それはマーズレイが、火星から離れてもヴェイガンの民を侵食し続ける、解除不能の呪いになっている、という想定だ。
 マーズレイの原因が、火星そのものではなく、火星移住者の肉体や精神を強化するための遺伝子改造によるもので、発症するか否かは確率の問題でしかないの だとすれば、全員が植民第一世代の段階で遺伝子を改造されたヴェイガンは、たとえエデンたる地球に帰還しようが、マーズレイから逃れられないことになる。
 イゼルカントの真意が、地球への帰還ではなく、地球がどこかに隠したEXA-DBから遺伝子改造技術を引き出し、それによってヴェイガンの民からマーズ レイを根絶すること、であるとすると、これまでのどこか手探りな感があるヴェイガンの侵攻作戦にも、相応に納得がいくというものだ。

 となれば、やはり。

 EXA-DBはどこに隠れているのか?
 EXA-DBを誰が隠しているのか?

 が問題になってくる。
 一時期は、連邦で最高権力に近い立場に立ったフリットですら、触れ得なかったEXA-DB。そしてキャプテン・アッシュことアセムが、フリットとは独自 にEXA-DB捜索に動いている点から考えて、連邦政府が隠しているとは考えにくい。また、ガンダムUCにおけるラプラスの箱を隠し持っていたビスト財団 のような存在を今更に持ち出すのも、美しくない。

 ここは、竹宮恵子先生の『地球へ…』におけるコンピュータ・テラのように、EXA-DBそのものが自らを封印し、あるいは、裏から人類の歴史そのものを操っているという仮説を提唱したい。
 何より、このパターンであれば、クライマックスフェイズにおけるラスボスを、地球人でもヴェイガンでもない、EXA-DBにやらせることができる。
 とにかく敵と味方がはっきりせずにグダグダした時には、共通の敵を登場させてそれをボコるのがよろしい。

 ここはひとつ、すっきり終わるためにもラスボスとしてのEXA-DBがマーズレイを始めとする悪い原因のすべてを引き受けてくれる、逆デウス・エクス・マキナとして登場してくれることを期待したい。

『歴史に気候を読む』吉野正敏 気象の変化と文明の栄枯盛衰の、微妙ながら深い関係

2012年6月13日 雑記 No comments , , , , , , , , , ,

 私が愛読する漫画『ヴィンランド・サガ』(幸村誠)は、11世紀の初頭の北欧を舞台としている。この漫画で活躍するノルマン(北方の民)は、スカ ンジナビア半島やデンマークの住人であるが、8世紀末まで人口が200万人を超えることはなかった。ところが、この少し前くらいから北半球は温暖化し、ス カンジナビアでも冬の厳しい寒さがやわらぎ、氷河が後退して新たな牧草地が広がって生活が上向いてくる。
 子供の死亡率が下がり、若者の数が増え始めると、海の民であるヴァイキングたちは、略奪や植民のために西へ東へと大移動を開始する。
 その結果が、各地の略奪であり、イングランドの征服であり、東ローマ帝国のヴァリャーギ親衛隊であり、アイスランド、グリーンランドへの植民である。一部ははるかヴィンランド、北アメリカまで到達した。

 北半球全体を温暖にした9世紀の気候は、気候小最良期(Little Climatic Optimum)と呼ばれる。地域によって差はあるが、おおむね、7~10世紀の間は冬は暖かく、夏は暑かったようで、日本でも朝廷の観桜園の日付などで確認できる。

 大ざっぱに言えば、気候が温暖化すれば食料が増える。食料が増えれば、人口も増える。人口が増えれば、人の動きが活発になる。
 ヴァイキングたちは略奪と植民のために、大海原に乗り出した。
 日本では、各地に新たな農地や荘園が開かれ、開拓と流通、治安のため、各地に武士団が誕生するようになる。
 中国では、7世紀に誕生した唐王朝が興隆を極めた。
 そして、日本と中国の間、沿海州や中国東北部、朝鮮半島北部へまたがる渤海という国が誕生し、繁栄をきわめた後、200年ほどで消えてしまう。
 この、渤海王国のような例は他にもあり、インドネシアのジャワ島にあるボロブドゥール遺跡を作った国家は、8世紀から9世紀頃に誕生して、そして消えた。
 温暖化によって食料が増産し、暮らしやすくなったがゆえに人が増え、そして国が興り。
 その後大きな戦があったわけでもなく、治世が荒れたわけでもないのに、再び寒冷化することによって食料の減産が人口減少と流出を引き起こし、自然と衰退していったのだ。

 日本がもっとも温暖で過ごしやすかったのは、約6000年前の縄文時代の頃。縄文の海進と呼ばれる時期で、海抜は今よりも数メートルは高く、今よ り1~2度暖かかったという。ただ、暖かければいいかというと、そうでもない。その頃の日本にはマラリアが蔓延してそうである。ナウシカの住んでいた風の 谷みたいな風の通る場所に村を作って蚊を避けていたのではないだろうか。
 それから8~10世紀の暖かい時期が終わると、再び日本は寒冷化する。15~16世紀には、今より3度ほど寒かったようで、生活も大変だったろう。世の中が乱れるわけである。

 中国では、冷涼な時代が西暦0~100年。300~600年。1050年~1550年。1580年~1720年で、寒冷&乾燥のため、干ばつや砂 嵐の多発による日照不足などが特に中国北部で厳しかったようだ。国の興亡にはさまざまな要因が重なるため、単純には言えないが、農業生産に自然環境が与え る影響の大きさを思えば、この時期の為政者には、それ以外の時期よりも大きなハンデがあったと思われる。

 本書と合わせて、ジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊』を読み直し、国の興亡についてあれこれ心理歴史学的必然を妄想してみるのも面白そうだ。

『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説その8:AGEデバイスと遺失技術

2012年6月6日 『機動戦士ガンダムAGE』のSFネタ解説 No comments , , , , , , , , , , , , , , , , , , , ,

 機動戦士ガンダムAGEに出てくるギミックや台詞を元に妄想をたくましくしていくSFネタ解説シリーズの8回目。今回はAGEデバイスと遺失技術である。

 ガンダムAGE世界は、テクノロジーが頂点であった時代から滑り落ちている。
 ヴェイガンが持つ技術もそうだし、AGEデバイスもそうだ。ガンダムAGEの世界では、かつてあった科学技術のいくつかが失われ、それはヴェイガンとの戦争が始まってから三世代目になっても復興を遂げていない。

 ここでSF的に疑問になるのは、なぜ復興できないか、ではなく。
 なぜ、かつての人類はかくも高いレベルの技術に到達できたのか、である。
 ガンダムAGE世界における人々は、決して迷信に囚われているわけではない。『デューン 砂の惑星』(フランク・ハーバート)のように、コンピュータを始めとする技術を忌避しているわけでもない。
 なのに、銀の杯条約によって封印されたモビルスーツなどの兵器に関する技術は、ヴェイガンとの全面戦争が続く今(第3部開始のAG164年)なお、現用兵器を上回っていると推測される。

 そう考えてみれば、やはり。AGEデバイスに代表される、かつての超技術は、それが生まれた当時の時点で、すでに人類の手に負えるものではなかったのではないか、という仮定が成り立つ。
 では、何者がその超技術を生み出したのか?
 私はAGE世界の過去に、超AIとも言うべき存在が誕生したのではないかと考える。ヴァーナー・ヴィンジの『遠き神々の炎』から名前を借りて、それらの超AIをここでは“神仙”と呼ぼう。(ここから先は、私の妄想設定となる)

 “神仙”がどのように生まれたのかは分からない。『マン・プラス』(フレデリック・ポール)や映画『ターミネーター』のスカイネットのように、 ネットワークの中から自然発生的に生み出されたのかもしれない。『未来の二つの顔』(ジェイムズ・P・ホーガン)のスパルタカスように、人類自らが生み出 したのかもしれない。
 いずれにせよ“神仙”は生まれ、その叡智によって人類のテクノロジーを新たなステージへと導いた。人間には理論すら意味不明な超技術の数々を“神仙”は生み出した。
 超高速の思考力を持ち、『竜の卵』(ロバート・L・フォワード)のチーラよろしく1日で人類史の1万年に近い進化を遂げた“神仙”は、SFが長年にわ たって妄想してきたありとあらゆるガジェットを短い期間に作り上げた。ナノマシン工場、超光速通信、恒星間航行、反物質生成技術、真空エネルギーポンプ、 タイムマシン、不老不死、死者の復活、妄想の具現化……ドラえもんのふしぎ道具よろしく“神仙”は神々の御業を達成した。

 そして“神仙”は消えた。

 高速の進化の果てに『まどかマギカ』のまどか神か、あるいはFate/stay night世界の魔術師が根源に到達したように、この宇宙との関わりが断ち切れてしまったのだ。

 後に残されたのは、“神仙”がひっくり返したおもちゃ箱のガジェットである。後期に作られた高いレベルのものは、もはやどのように扱えばいいのかすら分からなかった。
 残されたガジェットによって『ブラッドミュージック』(グレッグ・ベア)的な人類の危機が発生し、人々は“神仙”というジョーカーすぎるレアカードをも う一度歴史というデッキに組み込むことを諦めた。それどころか、人類はガジェットの暴走で何度か絶滅し、さすがに責任を感じた“神仙”の介入によってタイ ムラインが巻き戻され、やばすぎるガジェットが『封仙娘々追宝録』(ろくごまるに)的に回収されもした。

 “神仙”は消えたが、その残した夢を追い求める人はいた。
 アスノ家の始祖もまた、そのひとりである。彼/彼女は“神仙”に近づくため、残されたガジェットのひとつを手に入れ、AGEデバイスを作り上げた。
 “神仙”が駆け抜けた進化を可視化し、再現できるようにするために。
 しかし、その後の混乱と戦乱の時代の中、アスノ家はMS鍛治としての役割だけが残り、AGEデバイスもMSを進化させる便利なツールとしてのみ使われるようになった。
 それでも、AGEデバイスが遺失技術の塊であり、進化を司るデバイスであるのならば。
 その最終的な目的は、人類では届かない、人類を継ぐ存在。
 人類種の天才をもってしても、かつて生まれた技術の頂点を復活させることができないのならば、人類はAGEシステムにとって『そこまでの存在』である。
 ならば、人類が滅びた後に、その文明を継承し発展させる存在を生み出すことがAGEシステムの真の目的とするのではないかと考える。

 ひょっとすると、イゼルカントという人物は存在しないか傀儡であり、火星にいてヴェイガンを操っているのはもうひとつのAGEデバイスではないだ ろうか。アスノ家が忘れた人類を継ぐ者を生み出す使命を、火星のAGEデバイスは今も追い続けているのかもしれない。マーズレイという謎の奇病も、火星植 民に失敗したはずなのに、高度な科学技術と生産力をヴェイガンが誇っているのも、火星側に“神仙”が残した遺失技術と、それを操る自律型のAGEデバイス による操作だとすれば、うなずける。
 100年にわたる地球と火星の戦争は、そのすべてが、アスノ家のAGEデバイスに、人類かガンダムの最終進化を促すためのもの、であったとするのなら。
 最後に火星のAGEデバイスが生み出すのは、果たして、人を必要としない究極のガンダムか?
 それとも、全盛期のフリットを上回る、新しい人類か?
 そしてそうやって生まれた最強の敵を、アスノ家3代の男たちは、打ち破ることができるのだろうか?

『宇宙戦艦ヤマト2199 第1章遥かなる旅立ち』妄想外伝『もうひとりの、ヤマト戦術長になるはずだった男』

2012年4月17日 雑記 No comments , , , , , , , , ,

 大阪のなんばパークスシネマで、ヤマト2199の第1章を見ました。
 たいへん素晴らしい内容で、感動しましたが、同時に、ガミラス高速空母の攻撃を受け、古代と島の足下のドック内で戦死したヤマトセクションリーダー候補たちの無念も感じました。
 表に出ることなく散った彼らの供養のため、妄想外伝を書きました。よろしければ、お読みくださいませ。
=================================

 二週間前、男は宇宙戦艦ヤマト戦術長の内示を受けた。
 そして今、男は宇宙戦艦ヤマト建造ドッグにあるシェルターの中にいる。
「よりによって、健康診断の帰りに空襲警報が鳴るとはな。十分前なら、地下司令部の中。十分後なら、ヤマトの中だってのに」
 豪放磊落に笑う頬に放射線の傷痕を持つ青年は、男の同期で、ヤマト航海長の内示を一ヶ月前に受けている。その同じ時に、男が受けたのはヤマトの砲雷長の内示だった。
 男は狭いシェルターの中を見回した。このシェルターは、空襲に備えてのものではない。ヤマト建造ドッグは地表のすぐ下にあり、大気や土壌の汚染が、浄化しても浄化しても染みこんでくる。汚染が悪化した時に一時的に避難する化学防護シェルターだ。
 そこには、この一年をヤマトの艤装委員として過ごした仲間たちがいた。いずれもが、地球の至宝とも言うべき人材だ。男自身を除いて。
「おいどうした、戦術長。不景気な面して」
 その肩書きは、本来なら男ではない別の人間に与えられるべきものだった。
 古代守。貴公子然とした顔立ちの下に、熱い宇宙戦士の魂を持つ男。あまりに駆逐艦長として優秀すぎ、連合艦隊が手放さなかったのでヤマト艤装委員にこそ 入っていないが、ヤマト計画であれ、イズモ計画であれ、古代守が中核メンバーとなることを、誰もが納得し、そして待ち望んでいた。
 男も一ヶ月前にヤマト砲雷長の内示を受けた際には、古代守の下で戦える期待と興奮で眠れなかったほどである。
「ん、端末広げて何やってるんだ?」
「主砲の自動追尾プログラムの改良だ。先のシミュレーションでいくつか不具合が見つかったからな」
「へぇ、たいしたもんだ」
 ――これ以外に、取り柄がないからな。
 その言葉を、男はぐっと呑み込んだ。航海長は、第二次火星沖海戦の英雄のひとりだ。彼が乗る「こんごう」は艦橋を撃ち抜かれて艦長が戦死、さらに副長 も、砲術長も倒れて先任士官が全滅した中で指揮を引き継ぎ、満身創痍の「こんごう」を生還させたのみならず、巧みな操船でガミラスの戦艦四隻(※デストリ ア級重巡洋艦)を試製「アマ」型反物質機雷に誘導して轟沈する大金星をあげている。「こんごう」の奮戦がなければ、第二次火星沖海戦でガミラス艦隊主力を 撃破することはかなわなかったとまで分析されている。
 しかし、至近距離で爆発した反物質機雷の放つ強烈なガンマ線の余波は頬の傷以上に航海長の体内を蝕んでいる。おそらく彼の余命は数年とないだろう。そんな航海長の前で、自分を卑下する情けない真似はできなかった。
「ちょっと、ふたりとも。やばいわよ、これ」
「ん? なんだ船務長……て、おい。なんでヤマトの情報系にアクセスしてんだよこの女は。保安部にしょっぴかれるぞ、おい」
 航海長が目をむいた。男も絶句する。ヤマト計画は超極秘計画だ、たとえ艤装委員で、ここがドックの内であっても、外からヤマトの情報系にアクセスすることは許されていない。士官学校時代から“電子の妖精”と呼ばれた船務長の技量は、さらに向上しているようだ。
「うっさいわね。ばれなきゃ犯罪じゃないのよ」
 船務長は、可愛らしい顔に似合わない伝法な口調で言った。
「それより、これを見て。衛星軌道にガミラスの高速空母が来てるわ。しかも大気圏内に降下している」
「何? 一隻でか? くそっ、狙いはヤマトか!」
 航海長が頬の傷痕を歪ませた。
 第二次火星沖海戦の後、ガミラスは地球への艦隊侵攻を諦め、冥王星からのロングレンジ攻撃に切り替えた。その後の偵察やピンポイント爆撃は、高速空母を使った一撃離脱のみ。
 だが、地球大気圏に降下すれば、いかな高速空母でも空気との摩擦で出せる速度は限られる。いまだ十分な力を保有している防空隊の迎撃を受け、撃沈されることも覚悟の上ということだ。
 そこまでガミラスの艦長に覚悟させるほどの標的は、ヤマトしかない。
「くそっ、こうなったら規則を遵守してる場合じゃねえ! シェルターを出てヤマトに――」
 航海長の言葉を、重い衝撃と震動が遮った。
「うわっ」
「きゃあっ」
 男は素早く船務長をかばい、床に伏せた。男の背中に、落ちてきた機材がぶつかる。自らの痛みをこらえ、男は船務長のきゃしゃな身体に傷がないか確認する。
「大丈夫か?」
「あ……ありがと……」
 船務長が礼を言う。非常電源に切り替えたシェルターのオレンジ色の灯りの下では、普段は口やかましい船務長が頬を染めているようにも見える。
 ――ま、そんな殊勝な女じゃないのは、士官学校時代からの付き合いなんで分かってるが。
 何しろ、校内の女性全員が熱をあげていた古代守にすら、興味を示さなかったのだ。
「くそっ、爆撃か。いよいよまずいな。すぐにヤマトに行くぞ」
「待てっ!」
 男は航海長の肩を掴んだ。
「止めるなっ!」
「まずは外の汚染状態を確認しろ! 今の爆撃でドッグ内が汚染されている危険がある!」
「え? あ――ええいっ! なんてこった!」
 航海長がシェルターの壁を殴る。外の汚染数値は防護服なしでは一分と保たないレベルにまで上がっていた。
 男は続いて船務長に向き直った。
「俺の端末と接続してくれ。ヤマトの情報系、アクセスは維持できてるな?」
「う、うん。できたわ、どうするの?」
「ここからヤマトの主砲を動かす。戦闘空母をヤマトの主砲で沈めるんだ」
「ば――おい――」
 船務長が口をぱくぱくさせる。
「言いたいことは分かる。こいつは、ばれなきゃ犯罪じゃないどころの騒ぎじゃない。ヤマトの主砲を動かせば、ヤマトの存在は確実にガミラスに明らかにな る。すでにヤマトの存在がバレているとしても、主砲を動かせばそれだけでヤマトの作業進捗状態や性能を分析するデータを敵に与えることになる。そんなこと はせず、防空隊が戦闘空母を沈めるまで待つのが現時点で最善である可能性も高い」
 男は状況を早口で説明した。
「それでも、俺はヤマトの主砲で高速空母を落とすべきだと判断する。なぜなら、最悪の場合、ヤマトは発進できぬまま、ここで破壊されるからだ。今防ぐべきは、その最悪だ」
 防空隊の戦力とガミラス高速空母の持つ戦力。両者を比較し、動きと戦術を組み立てた結果、男は、防空隊では間に合わない、と判断した。
「……分かった。俺にできることはないか? おっと、保安部うんぬんはなしだぞ? こうなりゃ、スパイ容疑で銃殺刑になるとしても一蓮托生だ。船務長もいいな?」
「は? 今さらになってバカ言ってんじゃないわよ。もうすでにヤマト内部の情報系のプロテクト、全部あたしが落っことしたんだから。銃殺の一番手はあたしよ」
 男が航海長に説明している間、船務長の指は止まることなく動き続けていた。今やヤマトの情報系は丸裸も同然、どのようなコントロールも、このシェルターの中から可能となっている。
「ありがとう。やってくれると信じてたよ」
「うっさい。いいからさっさとやる! 司令部もとっくに気付いて攻勢防壁がんがん飛ばしてきてんだから、長くは保たないわよ」
「分かった。動かせる主砲は一基だけだな――波動エンジンが動いてないから、陽電子衝撃砲は撃てない。となると、相手が高速空母なら、三式融合弾の方が確実だな。第一砲塔には三式融合弾を試験のために運び込んであるから――よし。艦内のエネルギーを第一砲塔に向けてくれ」
「あいよ……うお、コスモタービン、出力あがらねぇ。しょうがないな、電力をドッグ内の工作機械からちょろまかして……と」
「早く早く! 司令部のバカ、ヤマトの情報系を直接狙ってシステムダウンさせようとしてるわ。ええいっ、こうなったら司令部の情報系、こっちからぶっ壊してやろうかしら」
「いや、もういい。終わった」
「え?」
「すでに命令はすべて終わっている。後は艦内から手動で止めない限り、主砲は高速空母を自動追尾して、三式融合弾を撃ち込む。そしてその手動での操作が可能な人間は、今はヤマトの中にはいない。何しろ、ここにいるのだからね」
 おどけた調子で肩をすくめてみせると、航海長がげらげらと笑った。
「たいしたもんだよ、戦術長! やっぱり、お前と組めて正解だ。船務長もそう思うだろ?」
「私はそんなこと、とっくに気付いてたわよ。こいつはね、自分に自信がないだけで、本当は、誰よりスゴイんだから!」
「え?」
 男は、船務長の顔を見た。船務長がしまった、という表情をする。航海長が、ニヤニヤと笑いながら、男と船務長の肩を叩こうとする。

 次の瞬間、戦闘空母からの攻撃が、爆撃によって開いた隙間からシェルターを直撃した。
 防護服を着た救急隊員がシェルターの中を確認した時、三人の遺体はひとつに固まっていた。
 救急隊員のひとりは、固く抱き合う戦術長と船務長を、かばうかのように航海長の身体がおおいかぶさっていたと、同僚に語っている。
(おわり)

『白い死神』ペトリ・サルヤネン 理解はすれども共感はせず。狙撃の名手は、標的をあるがままに受け入れる

2012年4月5日 雑記 No comments , , , , , , , , , , , , , , ,

 シモ・ヘイヘは、銃や戦記物に興味がある人ならば、知らぬものがいない有名人である。狙撃の名手であり、1939~1940年の『冬戦争』では、ソ連兵542人の狙撃という戦果を挙げている。
 『白い死神』は、そのシモ・ヘイヘに実際にインタビューを行い、彼と関わった人や戦争についての調査を行ったヘルシンキ大学の歴史教師ペトリ・サルヤネンによる著書である。
 本書では、スキー板の上に載せた防盾(ぼうじゅん)をソ連軍が使っていたとか、その防盾を撃ち抜くための特殊な弾薬(鉄芯弾?)を部隊長が申請していた とか、擲弾発射器(グレネードランチャー)による積雪の中への擲弾投射は、着発信管が作動しにくく、不発が多いらしいとか、戦場における細々とした描写 を、フィンランド第34歩兵連隊第2大隊戦闘日誌から拾っており、冬戦争について知りたい方にもオススメの作品となっている。(梅本弘さんの『雪中の奇 跡』も合わせてオススメしたい)

 さて狙撃兵と言えば、戦場では敵から嫌われ、憎まれる存在である。捕虜として捕らえられずに殺されたり、あるいは拷問を受けたりという逸話も聞かれる。
 では、人を銃口の先に捕らえ、引き金を引いて殺す狙撃兵とは、常人とは異なる、異質な人間なのだろうか?
 本書に描かれたシモ・ヘイヘの事績から伺える狙撃兵としての資質は次のようなものだ。

・標的への高い理解力
 戦後の狐狩りでもそうだがシモ・ヘイヘは「標的が何をするか」を、しっかりと理解している。どう動くか、いつ動くか。それが分かっているからこそ、待ち伏せも可能であるし、逃げる標的を追うことができる。

・皆無に等しい共感力
 第11章「大隊戦闘日誌」にひとりのソ連兵が登場する。失敗に終わった攻勢で仲間が大勢死に、本人は死体の山の中に隠れて死んだふりをしていた。そして、夜が近づいてきて、あともう少しで周囲が闇に包まれるというのに、片足を引きずりながら走り始めるのである。

>>>
 「神経がいかれたな」ヘイヘは思った。
 これはよくあることだった。あと一歩で助かるところまで来ると、最後まで慎重な行動をとり続けられなくなってしまう者が多いのだ。
>>>(P147)

 ヘイヘは、このソ連兵を狙撃して殺す。この場面が、ヘイヘのインタビューで語られた実際の出来事なのか、それとも、作者の想像を元にした戦場の一場面なのかは分からないが、それほど的はずれな場面とは思えない。いかにもありそうな話である。
 私は想像してみる。私に――このソ連兵が撃てるだろうか?
 哀れなびっこのソ連兵! 彼の抱く恐怖と、生への狂おしい執念を我がことのように感じるようでは、引き金を引くことはできないだろう。
 だが、ヘイヘは淡々と銃の照準をのぞき込み、風や弾道を考え、ソ連兵の動きから未来位置を測定し、そこに銃弾を放つ。『憎悪のためでも、復讐するためでもなく、ただ父から受け継いだ土地をこれからも耕し続けるために』(P149)ヘイヘは、ソ連兵を殺すのである。
 ここにあるのは、共感の断絶だ。相手の願うこと、望むこと、それらを、『それはそれ、これはこれ』ですっぱりと割り切ってしまうことで、相手を殺すことへの疑問や葛藤を抱かずにいられるのだ。
 ここに関しては、確かに狙撃兵の心理には、通常の人では難しい割り切りが、すっきりとできているように思える。相手の心に共感したまま殺す異常な心理状態なのではない。割り切りがきちんと出来るのが、特殊な才能というだけのことだ。

 では狙撃兵の持つ、この割り切りは、どこから生まれるのだろう?
 それは、現実を「かくあって欲しい」「かくあるべきだ」と見るのではなく、「あるものを、あるがままに」見る感覚だと思う。
 戦後のシモ・ヘイヘは、静かな、自分が戦った戦争についてあまり語ることのない人物であったという。政治的、思想的な問題に巻き込まれることを嫌い、できるだけ人のいない森の中で暮らしてきた。
 政治や経済は「かくあって欲しい」「かくあるべきだ」という考え、物の見方が主流になる。そうやって人の思いや力を集めることで、政治や経済は動いている。
 「あるものを、あるがままに」見る人間は、現実を許容する。風が吹けば弾道はそれる。距離が遠ければ弾道は下に落ちる。自然における可能と不可能は、人 の希望や祈りとは無関係である。願いや思いが力になるのは、人と人の間だけである。自然や戦場では、願いや思いで不可能なことが可能になったりは、しな い。

 シモ・ヘイヘは、なすべきことを、ただなした。
 それを、どのように考えるのか。
 それは彼の事績を追う個々人の問題である。

宇宙の戦場:宇宙戦艦ヤマト2199 第1章冒頭10分を見てのSFネタ解説

2012年3月31日 『宇宙戦艦ヤマト2199』のSFネタ解説 No comments , , , , , , , , ,

 この春から公開予定の『宇宙戦艦ヤマト2199』。リメイクされた新たなヤマトの第1話冒頭10分が、バンダイチャンネルで期間限定で配信されている。
 密度の濃い映像に、蛇足を承知であれこれSFネタ解説と、ついでに妄想考察を入れてみよう。

1:「ゆきかぜ」の役割
 先遣艦「ゆきかぜ」は第1艦隊に先行して、冥王星に接近している。
 「ゆきかぜ」の役割は、敵(ガミラス)の動きを確認し、第1艦隊が安全に冥王星まで到達できるよう、水先案内人を務めることである。
 この時、「ゆきかぜ」は無線通信ではなく発光信号(ビームを絞ったレーザー照射?)で後続の第1艦隊に敵影を確認せず、と伝えている。
 それは第1艦隊が「無線封鎖」をしていたためだ。

 「無線封鎖」とは、敵の逆探知を避けるために電波の発信を控えることである。通信だけではなく、レーダーの使用も禁止される。
 遠距離の敵を探るには本来はレーダーが便利だ。だが、レーダーは電波で周囲を照らし、その反射で敵を浮かび上がらせるため、敵がレーダー波を探知するセ ンサを備えていれば、自分がここにいることを知らせるはめになる。いわば、レーダーを点けたままで冥王星の近くに行くのは、闇夜の中で懐中電灯を持って敵 地へ近づいているようなもの。懐中電灯の明かりで何かを細かく識別するには、かなり近づかないといけないが、誰かが懐中電灯を持って近づいてきている、と いうのは冥王星にいるガミラスからは丸見えになる。

 ここから先は妄想であるが、先行する「ゆきかぜ」は、画面の外に、電波、赤外線、あるいは重力波のための巨大な受信アンテナを有線で曳航していた のではあるまいか。アクティブな波を出すレーダーと違い、赤外線や重力波はパッシブであるから、己の存在を敵にさらす危険が少ない。偵察衛星の配置など、 敵基地がある冥王星の防衛状態を確認するためにも、先遣艦「ゆきかぜ」には使い捨ての曳航アンテナがあるとうれしい。(私が)

2:待ち伏せされた第1艦隊
 だが、ここまでしても第1艦隊はガミラスの待ち伏せと迎撃を受ける。
 艦種識別画面では次のように読める。
 『ガ軍超弩級宇宙戦艦』1(シュルツの旗艦?)
 『ガ軍宇宙戦艦』7
 『ガ軍宇宙巡洋艦』22(読み上げは、『ふたじゅうふた』)
 『ガ軍宇宙駆逐艦』89~(多数)
 特にここで注目したいのが、『超弩級1』である。旧テレビ版と同じくガミラスの冥王星基地司令シュルツが乗る旗艦がこの時点で1隻しか冥王星に配備されていないのだとしたら、これは偶然パトロールしていたガミラス艦に見つかった、というレベルのものではない。
 ガミラスは、明らかに第1艦隊の動きを把握し、全力で迎撃に出てきたのである。1隻も逃さず殲滅するつもりで。
 ガミラス艦隊の動きからも、それは伺える。ガミラス艦隊は、正面に浮かぶ冥王星から迎撃にやってきていない。「右舷、40度」つまり、側背から追いかけ て合流するかのように接近している。艦隊同士の相対速度はゼロに近く、第1艦隊がどっちの方角に逃げようとしても、無理なく追随できる「同航戦」の状況に 持ち込んでいる。
 相手の動きを見切り、戦力を揃えた圧倒的な優位こそが、「直ちに降伏せよ」という余裕綽々の通信となっているのだろう。

3:「アマノイワト開く」――囮となったオザワ……じゃなくて沖田艦隊
 続く戦いは、ガミラスが予想していた通りに進む。冥王星までたどりついた第1艦隊は、ガミラス艦隊にまるで歯が立たず、次々と轟沈していく。一方的な殲 滅戦。まるで日露戦争の日本海海戦(ツシマ海戦)におけるロジェストヴェンスキー率いるバルチック艦隊(第2太平洋艦隊)もかくやの無惨さである。
 だが、沖田は自らの家族とも言うべき乗員と地球にとってもはやかけがえのない虎の子の艦隊が屠殺される中、じっと耐え、待ち続ける。
 何を? 「あまてらす」からの入電を、である。
 そして入る通信。太陽系の外からの飛行物体(イスカンダルの連絡船)が海王星軌道を通過したというのである。
 2199年時点の太陽系の惑星配列では、冥王星と海王星は、何十億kmも離れている。なぜ、そんな遠くを通過して太陽系に入る宇宙船が大事なのか?

 ここで、この冥王星会戦(ネ号作戦)の真の姿が明らかになる。
 国連宇宙軍と沖田司令は、人類に残された最後の艦隊をこの一戦ですり潰す覚悟を決めて、イスカンダルからの宇宙船がガミラスの哨戒網をくぐり抜けられるよう、陽動にでたのである。戦史でたとえるならば、レイテ沖海戦における小沢艦隊のように。
 そして彼らはこの無謀な賭けに似た作戦に成功した。
 ガミラスは太陽系に配備された艦隊戦力の全力でもって第一艦隊に対する迎撃を行い、イスカンダルからの連絡船を見逃してしまったのである。

4:火星の回収要員
 イスカンダルの連絡船が目指す星は、火星である。
 これは、冥王星会戦のあるなしに関わらず、地球にはこの時点でガミラスの偵察部隊が常時貼り付いているからと思われる。おそらく、偵察にも爆撃にも使え るマルチロールな宇宙戦闘機を搭載した戦闘空母がローテーションを組んで地球周辺を警戒しているのだろう。イスカンダルの連絡船は非武装で、発見されれば 簡単に撃墜されてしまう。だから、イスカンダルからの連絡船が到着するのは、ガミラスとの戦闘で死の星となった――それゆえに、ガミラスも警戒していない ――火星と最初から決められていたのだと考えられる。
 ここまでの展開や登場人物の言動から、ヤマト2199が、最初のヤマトと導入部分を大きく変えていることが分かる。イスカンダルからの連絡と援助は、こ れが最初、というわけではないのだ。すでに何度か無人機でやりとりが行われており、ある程度はイスカンダルを信用できる交渉相手と認めている節が伺えるの である。波動エンジンやワープ機能を搭載したヤマトの建造も、無人機で伝えられたイスカンダルからの事前情報で行われているのだろう。
 火星の回収要員は、古代進と島大介のふたりである。「3週間前に落とされた」と会話にあるように、カプセル型の居住基地を宇宙船から分離(冥王星へ向かう途中の第1艦隊から?)してそこで待機していたのだろう。
 通信カプセルを手にして「これか」と島大介が言ってるが、ブリーフィングでイスカンダルについての基礎情報はふたりとも得ているからか、ためらうことや、とまどう場面がない。テンポが良く、好印象。

 以上、第1章冒頭10分を見ての『宇宙戦艦ヤマト2199』のSFネタ解説である。
 もちろん、これは私が映像を見ながらあれこれ妄想したもので、実際には違う可能性があることを、お断りしておく。

 それにしても、こんな立派なものが、期間限定とはいえネット配信される時代になるとは良い時代になったものである。