●キス島撤退作戦
北方海域のマップ2「キス島撤退作戦」は、ちょっと特殊なマップである。
駆逐艦のみで編成された艦隊だけが、敵ボスのいるエリアまで進撃でき、駆逐艦以外を含む艦隊は、皆、別のエリアに向かわされるのだ。
〈赤城〉「でも、レベルアップにはいいですよね、このルート」
それには同意。最初のエリアは重巡洋艦を含む前衛艦隊で、これを突破した後は、必ず空母機動部隊との戦いになる。何と戦うかあらかじめ分かっていれば、艦隊編成にも余裕ができるし、そこにレベルアップしたい艦艇を混ぜることができる。
〈千代田〉「あたしとお姉も、ここでレベルアップしたのよねー」
〈千歳〉「最初の敵は空母がいないから、爆撃機と攻撃機だけ積み込んで戦えるものね」
だが、先のマップにススムためには、駆逐艦の育成も合わせて行わねばならない。
狙いをつけたのが、第6駆逐隊の艦娘たちである。
〈暁〉「やっと前線ね!ずっと遠征任務で飽き飽きしちゃったわ」
〈響〉「〈暁〉、縁の下の力持ちというのは大事な仕事だよ」
〈雷〉「せっかくの前線任務が、北にある霧の海っていうのは、残念だけどね」
〈電〉「でもでも、私達のレベルでも、突破できるのですか?」
ずっと遠征を続けてたこともあってレベルは20オーバー。改造はしたが、確かにまだまだ危なっかしいよな。
皆をまとめてレベルアップしようにも、実戦では危険が多い……よし。
作戦発動を決めてから、第6駆逐隊は演習任務から外れ、第1駆逐艦隊に編成された。
旗艦は〈島風〉である。
〈島風〉「みんな〈島風〉についてくれば大丈夫だからね!」
ついてこれねえよ。
残る1隻の枠は、その時点でもっともレベルが高かった〈時雨〉となった。
〈時雨〉「光栄だね。僕の出来る限りをしよう。約束する」
この6隻で向かうのは実戦ではなく演習である。
演習では、どれだけダメージを受けても、実際に被害は被らない。
また、敵艦隊のレベル平均が経験値算出に使われるので、強い敵と戦ってボロ負けしても、経験値がしっかり入ってくる。
というわけで、気にせずどんどん行け。
〈暁〉「そうは言うけど提督……相手には〈長門〉さんとか〈陸奥〉さんとか……」
〈響〉「いや、その2隻のレベルは低い。編入したばかりなんだろう。主力は90レベルの〈赤城〉〈加賀〉さんだね」
〈雷〉「冷静に分析しないでよ!それって空襲でやられちゃうってことじゃない」
〈電〉「あうあう……とても勝ち目がないのです」
勝たなくていい。だからいってこい。
〈時雨〉「うん。行ってくるよ、提督」
〈電〉「〈時雨〉ちゃんは、怖くないのですか?」
〈時雨〉「怖いか怖くないかで言えば、怖いよ。でもね……あの時ほどは、怖くない」
〈雷〉「何よ、あの時って……あ、そうか」
〈電〉「スリガオ沖夜戦の時、なのですね」
〈時雨〉「狭い海峡の中、そこら中が敵だらけだった。〈扶桑〉も〈山城〉も、みんな勇敢に戦ったよ。でもね、その勇敢さは何の役にも立たなかった。僕たちは一矢を報いることもできず、全滅した」
ぎゅっと。〈時雨〉は小さな拳を握りしめる。
〈時雨〉「僕はあの戦いを、共に戦った人を誇りに思う。そして、誇りだけでは勝てないことも知っている。あの時の僕たちは弱かった。弱ければ、勝てないんだ。僕は誇りを胸に抱いたまま、弱さを克服したい。それが今、僕たちがここで戦っている理由だと思うから」
〈雷〉「うん、私もその通りだと思うわ」
〈電〉「あんな悔しい思いは、もう嫌なのです」
〈響〉「今度こそ、勝利を暁の水平線に刻もう」
〈暁〉「わ、分かったわよ!私だって、ちゃんとやれるんだから!」
演習を繰り返してレベルをあげた第1駆逐艦隊は次の陣容となった。
〈島風〉改 Lv52 61cm四連装酸素魚雷、10cm連装高角砲、強化型艦本式缶
〈暁〉改 Lv34 61cm四連装酸素魚雷、12.7cm連装砲、10cm連装高角砲
〈響〉改 Lv34 61cm四連装酸素魚雷、12.7cm連装砲、10cm連装高角砲
〈雷〉改 Lv35 61cm四連装酸素魚雷、12.7cm連装砲、10cm連装高角砲
〈電〉改 Lv35 61cm四連装酸素魚雷、12.7cm連装砲、10cm連装高角砲
〈時雨〉改 Lv32 61cm四連装酸素魚雷、12.7cm連装砲、10cm連装高角砲
駆逐艦の中では別次元の強さを誇る〈島風〉には、さらに強化型艦本式缶を装備してもらって、回避88である。敵艦に〈島風〉を狙ってもらい、〈島風〉がそれを避けまくるというのが理想だ。
残りの駆逐艦も、近代化改修で装甲や火力を限界まで上げてある。
相手が重巡であっても、そうそうひけはとらない。
が、相手が戦艦、それもエリート艦となれば話は別だ。
戦艦の2回の砲撃が命中すれば、2隻の艦が中破か大破となる。
〈響〉「くっ……やられた……」
〈暁〉「〈響〉が被弾したわ!」
〈雷〉「きゃあーっ!」
〈電〉「〈雷〉ちゃん、しっかりするのです!」
〈島風〉「もう! そっち狙っちゃダメなのに! どうして〈島風〉を狙わないの?」
〈時雨〉「これは突入は無理だな。みんな、撤退するよ」
〈雷〉「でも、次のエリアまで行けば任務終了なのよ。運がよければ……」
〈時雨〉「運に頼ってる時点で、僕たちはまだ弱いんだ。本当の強さは、運が敵に回っても勝てることだ。違うかい?」
〈響〉「そうだね。ここは撤退しよう。撤退すれば、次にまた来ることができるさ」
〈島風〉「よーしみんな! 〈島風〉について来て! 一目散に逃げるよー!」
その後も、ルーレットのイタズラで敵空母機動部隊に衝突する恐怖を味わったり、無理矢理反転されたものの、ついに、敵の戦艦を突破し、我が艦隊はキス島突入に成功したのである。
〈島風〉「島にいる敵は補給艦ばっかりで弱いんだね。なーんだ」
〈暁〉「なんだか、ほっとしちゃったわ」
〈響〉「まだ帰り道があるから、注意しないと」
〈雷〉「大丈夫、霧がでてきたわ。これに紛れて逃げるわよ」
〈電〉「島の人は、全員撤退成功なのです。犬が一匹、取り残されたみたいですけど」
〈時雨〉「その犬には誰かがこの島に戻った時に、出迎えてもらうことにしよう。帰って来たときに誰も出迎えてくれないのは、さみしいからね」
〈時雨〉は霧の中に溶け込んでいく島を振り返った。そして、そっと呟いた。
〈時雨〉「みんな……今度は、突破に成功したよ」