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アニメ『氷菓』3年目の答え合わせ

 先だって、米澤穂信〈古典部〉シリーズ最新作が『野性時代』2016年1月号に掲載されることが発表された。
 2001年から続く大人気シリーズだが、現在「連峰は晴れているか」「鏡には映らない」「長い休日」の短編3作が単行本未収録となっており、長らく単行本化が嘱望されて来た。まだいささか気の早い話だが、この最新作をもって『遠まわりする雛』以来の短編集として出版されることを一ファンとして期待したい。
 なぜなら、この短編集はおそらく〈古典部〉シリーズ最大の“謎”に対する解決編となることが予想されるからだ。

(以下、本編およびアニメの一部ネタバレが含まれます)

 その“謎”とは、「ヒロイン・千反田えるは主人公・折木奉太郎に恋心を抱いているのか否か」である。

 通常、ライトノベルや深夜アニメの文法から言えば、ヒロインが主人公に恋をするのはおおむね既定路線であって、〈古典部〉シリーズ本編にもそれを否定する要素がない以上、当たり前だろうと思われるかも知れない。

 しかし、考えても見て欲しい。米澤穂信はミステリ作家である。
 なるほど、ミステリにロマンスは付きものだ。だが、米澤穂信に限って言えば、彼の作品にロマンス要素は必須ではない。特に、ジャンルを同じくする〈小市民〉シリーズを同時期に読み、『夏季限定トロピカルパフェ事件』の衝撃のラストに驚いた米澤ファンにとって、「この作者は真っ当なラヴロマンスなど仕掛けてこないのではないか」という思いは強い。

 そもそも、米澤穂信という作家は「古典ミステリのネタや構造を使い、上手くひねった」作品で高い評価を得てきた作家である。彼自身、過去のインタビューにおいてこう語っている。

「先達が生み出してきた豊穣な世界で、自分が遊び、読者も遊んでもらいたい。継承し、その残響をより一層響かせていきたい――そう考えているんです」

(『野性時代』 2008年7月号)

 実際に、〈古典部〉シリーズ第二作『愚者のエンドロール』はアントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』のオマージュであり、チョコレートを七個食べてしまった千反田えるは無残な姿をさらすことになった。
 かように、米澤作品を読む上でそうした「元ネタ」にたどり着けるかどうか、というのは、ミステリファンとしての知識を問われるという意味で大変恐ろしい踏み絵となっている。個人的には「涼宮ハルヒ」よりもなお恐ろしい。
 このような作家の描く青春が、本編の文章から読み取る限り、「折木奉太郎と千反田えるが相思相愛であっても矛盾はない」からといって、実際にそうであると解釈して良いのだろうか。何か大きなどんでん返しが待ち受けているのではないか?
 なまじ、米澤作品がミステリとして完成されており、検証に耐えるだけのリアリティを持った文章であるだけに、ファンの間では、「えるの恋心問題」は血で血を洗う紛争になりかねない危険なテーマと化しているのだ。

 では、実際のところはどうなのか。本編の記述を元にいくつか検証して見よう。

 まず、主人公・折木奉太郎の気持ちについては、ほぼ明白である。『クドリャフカの順番』における伊原摩耶花の「ふふん。ばーか」(文庫版p.226)という台詞、『遠まわりする雛』のラストシーンから見て、「バレバレ」であることは議論の余地がない。

 一方、千反田えるはどうか。

 これに関しては、作品の形式が(『クドリャフカの順番』を除き)主人公の一人称視点であるため、信頼に値する情報がぐっと少なくなる。唯一える視点の記述がある『クドリャフカの順番』において、「核が温かい人だと思うのです」(文庫版、p.205)といった独白があり、少なくとも好意的に見えていることは間違いない。
 恋心肯定派の意見としては、『手作りチョコレート事件』(『遠まわりする雛』収録)における「特別な相手には贈答品をしない」というえるの態度が「折木を特別な相手だと認識している」証拠だと考える。ただし、同短編においてえるが摩耶花の恋心の強さに憧れる台詞(文庫版、p.287)から見ると、そこまで強く認識してはいないと見る向きもある。

 えるの恋心を肯定するならば、『ふたりの距離の概算』において、奉太郎とえるの会話を第三者に聞かれたことに対する、えるの「全部聞いていたんですか。恥ずかしい」(文庫版、p.66)という台詞の意味がすっきりする。彼女は奉太郎との二人だけの会話を聞かれたから恥ずかしがっているのだ。
 しかし、恋心を否定したとしても、恥ずかしがった意味が変わるだけでストーリーに矛盾はない。同様のシーンは『ふたりの距離の概算』にいくつか登場する(p.78、p.119~121、p.224)ので興味のある方はぜひ確かめて見て欲しい。

 さて、2012年に〈古典部〉シリーズがアニメ化される時、筆者が最も注目したのが単行本未収録作である『連峰は晴れているか』もアニメ化されるのかどうか、であった。なぜなら、この短編には筆者が「決定的」と考える、えるのある一言が出てくるからだ。
 この一言はシリーズ全体の印象を大きく変える一言である。しかし、『連峰』は未収録作であり、シリーズ中の時系列も不明でアニメには含まれない可能性があった。もしアニメにも『連峰』が登場し、あの一言がそのまま、筆者が予想した通りに描写されるとすれば、長年の論争にも決着がつくかも知れない。

 結論を急ぐ前に、アニメ『氷菓』に対するファンの評価について語らなければならない。
作者も「幸せな作品」と言及しているように、アニメに対する〈古典部〉ファンの評価もおおむね高いものである。定評ある京都アニメーションによる神がかった作画はもとより、実力派声優による見事な演技と、何よりも原作に忠実な脚本が評価の決め手となった。
 ただし、まったく文句の付けようもない、という訳でもない。

 アニメ『氷菓』には、武本監督の判断によって、いくつか「原作にないシーン」が付加されている。例えば『正体見たり』(アニメ第7話/原作『遠回りする雛』収録)では、善名姉妹に対する印象を変えてしまうようなシーンが付け加えられているし、『クドリャフカの順番』の最終話にあたるアニメ第17話には、生徒会長のある意味深な台詞が付け加えられた。
 後者について、武本監督はオーディオ・コメンタリーで「判断は視聴者に任せる」と発言している。もちろん、これではわざわざシーンを付け加えた回答にならない。手がかりは『オトナANIMEDIA』Vol.6の賀東招二氏(シリーズ構成)との対談にあった。

武本:そうそう。でも、奉太郎たちは次の日も学校に来て顔を合わせるんだよね、と考えた時に、原作のままアニメ化すると厳しいんじゃないかなと。
賀東:普通だったら、2年生が始まった時に古典部の部室に誰も来ない状況ですよ。それが一番リアルなんですけどね(笑)。
――:(略)映像としてそのまま表現してしまうと難しいですよね。それもあってマイルドにしたんですね。
武本:そうですね。(略)具体的に言うと、僕がやりたいと思っていた『ほろ苦さ』とは少しだけ方向性が違ったので、その分だけ変更させていただいたというわけです。

(『オトナANIMEDIA』 Vol.6、p.92)

 つまり、武本監督らはアニメーションとしてのリアリティを維持するために、物語の前後のつながり(=登場人物たちそれぞれの人生のつながり)を重視して、それらの「付け足し」を行った、ということである。
 小説とアニメでは、当然のことながら、要求されるリアリティの質が違う。どちらが優れているという話ではない。視聴者がアニメに十分なリアルを感じるためには、小説とは異なる方法で情報を補完しなければならない。そのために、武本監督は自身の解釈に基づく改変を行ったのだ。
 そしてこれは、アニメが原作〈古典部〉シリーズという「謎」に対する「武本監督の解答」になっていることを意味する。原作にないシーンは、実際には、原作にあっても前後が矛盾しないシーンとして描かれている。もし『氷菓』という物語が現実にあったとしたら、それはこんな物語だったのではないか、という監督なりの「ミステリでいう解決」を見せたということになる。

 では、アニメ『氷菓』における「えるの恋心問題」の解決はどうだったか。
 アニメでは、原作では書き落とされている「えるの表情」が生き生きと描かれている。それを見る限り、えるは奉太郎に対してはっきりと好意を抱いているのが見て取れる。
 それを恋心だと断定するのは早計かも知れない。だが、「特別な感情がある」ことを否定するのは難しいだろう。彼女の心情の変化は、アニメ第18話『連峰は晴れているか』を境として一段と明白に描かれている。

 とはいえ、逆説的に、「これほどあからさまなのなら、原作でも奉太郎の語りの中にもっと手がかりらしいものが現れているはずではないか」という指摘も可能だろう。ただ、これについては『ふたりの距離の概算』で奉太郎が「読者に対するごまかし」をするシーン(文庫版、p.78)があり、奉太郎は作中のミステリの部分では誠実であるにしろ、自身の感情に関わる部分では「信頼できない語り手」なのではないかという疑惑がある。

 もちろん、すべてはアニメファンのためのアレンジであるという「解決」も可能だろう。作者がどんな解答を用意しているかは、最新作を読まなければ分からない。読んでも分からないかも知れない。だからこそ、筆者はその日が待ち遠しくて堪らない。

『野性時代』の発売は12月12日。果たして、真相は如何に――。

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