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魔機復元07

魔機復元 ―― Reconstruct Machine Maiden

「Combat load, ready.」 (戦闘態勢)

 いくつもの戦闘補助術式が起動され、視界がワイヤーフレームのような簡素化された表示に置き換えられる。戦闘時に必要なのは、たくさんの情報ではなく、不必要な情報を意識から隠すことだ。多すぎる情報は迷いを生み、瞬時の判断を難しくする。
 達人と言われるような魔法戦のプロたちなら、訓練と経験で意識しなくても情報の取捨選択ができるらしいけど、ぼくはプロではないので、魔法でなんとかする。

 魔力感知術式と射撃誘導術式がリンクされ、騎兵と荷馬がマークアップされる。なるべく傷つけたくはないので、肩のあたりにマークを動かす。それを6人分。荷馬は無視。
 騎兵を先頭から順にフォネティック・コードでアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコー、フォックストロットと仮に命名する。フォネティック・コードは無線通信で聞き間違いを防ぐために使われる符丁で、要するにAからFまでのアルファベットを割り振ったのと同じことだ。
 なぜわざわざそんなことをするのか、というと、戦闘中は両手がふさがっていることが多いので、魔法をかける時は音声で対象を指示する。そうすると、言い間違えたり誤認識があったせいで間違った対象に魔法をかけてしまうことがよくある。そういう事態を避けるためにフォネティック・コードを使うのだ。

 装填済みの空気銃を構える。視界にグリッドが表示されて、手が最適な位置に「引っ張られる」感覚を覚える。その感覚に従って照準を合わせていく。標的の未来位置が表示され、最適な射撃タイミングを教えてくれる。

 撃つ。

 パンッという乾いた炸裂音がぼくの耳にだけ届く。その音を聞きながら、手は次弾を装填するレバーを引いている。Hit。
 砂でできた弾は松明を持つ若者(アルファ)の肩に当たり、姿勢を大きく崩した。松明が落ちる。この標的に次弾は要らない。
「Next」
 音声による命令を受けて、グリッドが“ブラボー”を照準する。そして同じことが繰り返される。ブラボーは松明は取り落としたが、手綱を引いて上手く体をさばいた。撃ち終わったカートリッジを放出し、交換する。
“チャーリー”が何か叫ぶのが聞こえた。「待ち伏せだ!」とか「散開しろ!」とかそういう言葉のはずだ。姿勢を崩したアルファを残して、残りの五騎が左右に別れる。

 嫌だな。士気も練度も高そうな連中だ。

 カートリッジの交換が終わる頃、ブラボーは速度を落としていたのでまだぼくの正面にいた。しかし、“デルタ”がぼくの左を抜けようとしていた。
「Suppress Sound Absorb Programs, 1 sec.」 (音波吸収術式を抑制、1秒間)
 ブラボーの右肩に照準を合わせたまま、撃つ。至近距離で空気銃の音を聞かされた、デルタの馬が驚き、竿立ちになる。デルタの姿勢が崩れた。

 やり過ぎた。下が砂とはいえ、落馬したらどんな怪我をするか分からない。

「Reactive Counter Gravity, Delta!」 (受動的落下制御、目標デルタ)

 早口で術式を緊急発動。だがぼくの心配を余所に、デルタは強引に馬のたてがみを掴んで姿勢を立て直した。胸をなで下ろして術式をキャンセルしつつ、チャーリーの肩を撃つ。
 チャーリーは予期していたのか、よろめいただけで持ちこたえた。再びチャーリーが何かを叫び、デルタとの間で何か言葉を交わした。それを見て、ぼくの後ろに駆け抜ける形になっていた“エコー”と“フォックストロット”は足を止めた。
 松明は砂に落ちた後も燃え続けていたが、その程度の明かりではぼくの光学迷彩を見破れない。彼らは混乱していた。
 カートリッジを交換しながら、各自の生体抵抗を確認する。アルファ、ブラボー、デルタの抵抗が落ちていた。指揮官らしきチャーリーはさすがに士気が高い。

「エルラン!」

 不意に、アルファがエルランの名を呼んだ。ぼくの攻撃を彼女のものと思ったのだろうか。言語翻訳術式を起動して、アルファの頭の中を覗く。今は手元にタブレットがないので、危険を承知でぼくの脳とリンクさせた。これで、彼が脳内で想像していることがぼくにも伝わるようになる。

 うぐぇ。

 何かこう、青い情熱のぶつ切りみたいなものがぼくの意識を叩いている。少女への慕情と、彼らがこれからその少女に対して行うであろうむごい振る舞いと、それに対する……ああいや何も言うまい。武士の情けだ。
 何はともあれ、魔力奪取術式を起動して、抵抗の落ちている3人から容赦なく200基数ずつ奪った。

 急激に魔力を失うと、悪寒や虚脱、倦怠感などに襲われる。3人の顔色がみるみる内に悪くなっていく。
 ……重ねて言うが、これは重大な人権蹂躙である。彼らがエルランに対して何をするつもりであろうと、「頭の中を覗いてみたらけしからん行為に及ぼうとしていたのでぶん殴って止めました」というのは明らかにぼくの方が悪い。
 弾込めの終わった空気銃を構え直し、デルタを飛ばしてエコーを撃つ。彼は馬の首に抱きつくようにして落馬を逃れた。それを見たフォックストロットが悲鳴を上げ、馬首を巡らせて逃げようとする。彼を撃つのは止めて、二人からありがたく魔力を頂戴した。

 改めてチャーリーに銃を向けると、チャーリーは何かの命令を下した。アルファとのリンクによって、それが撤退命令だと分かった。ブラボーやデルタから抗議の声が上がったが、それは形ばかりのものだった。ぼくは銃を下ろした。
 彼らが撤退するなら、もうひとつやっておきたいことがある。こちらの姿が見えないのを良いことに、ぼくはブラボーの周りで所在なげにしている荷馬に忍び寄り、タイミングを見計らった。砂からセラミックのナイフを成形し、熱さに構わずその柄を握る。

 チャーリーが何か「覚えていろ」というような捨て台詞を吐いて馬首を返し、松明を拾い直したブラボーがそれに続く。
 他の騎兵たちも従い、最後にアルファだけが何か思いを残したように砂漠の闇を見つめ、やがて元来た方へと馬を返す。
 騎手のいない荷馬が後に続く、その時。
 ぼくは荷馬の背中の食糧袋のひとつを掴み、縛り付けていた紐をナイフで切断した。気配を察した荷馬が驚き、いななく。それに気づいたアルファが何かを叫ぶが、チャーリーが「構うな」というようなことを言い、騎兵たちはそのまま引き上げていった。

 後には、ぼくと食糧袋、それに1千基数あまりの魔力だけが残された。

「Release combat load.」 (戦闘態勢、解除)

 略奪は成功だ。

 戦闘の興奮で気づかなかったが、ナイフを握った右手は軽く火傷していた。
 井戸(仮)の中に隠したタブレットを取り出しつつ、右手を冷やす。ついでに塩分と水分を補給する。相変わらず水が湧いてこないところを見ると、井戸掘りは失敗だったかも知れない。100mは掘ったと思うのだが。
 井戸(×)の縁に背中をつけて座り、戦利品を検分する。中身は狙い通りの保存食だった。たぶん羊と思われる干し肉、大豆の炒ったもの、カチカチに固いパン、それと岩塩の塊が袋分けされて入っていた。あとは予備の水袋と思われるものと、すり減った銅貨が3枚。日延べすれば2~3日分のエネルギーにはなりそうだ。
 盗られた方も、このくらいなら命に関わることはないはずである。食糧を巡ってクジを引き合うようなことにはならないだろう。

 また砂を固めて鍋を作り、干し肉と豆と塩と水を入れて魔法で熱を加える。コショウでも欲しいところだがさすがに入ってなかった。
 羊肉と豆のスープが煮えるのを待つ間に、アルファくんの頭の中を覗いたりして得た単語やイメージの記録をタブレットで確認する。銅貨にはぼくの知識にないひげ面の人物が描かれていて、刻まれている文字はヘブライ文字に似て非なるものだった。
 もう確定でいいだろう。エルランから得た情報とも大きく矛盾するものはなく、ここはぼくの知らない歴史を持つ並行世界のオーストラリアだと確信する。

 十数時間ぶりの食事を採る。前の食事が馴染みの喫茶店の朝食セットだったことを考えると隔世の感があるが、それでも空腹のせいか充分に美味く感じた。まあ、ドイツの山の中ではもっと貧しい食事をしたこともある。それに比べればかなりマシな方だ。
 節約しないといけないので満腹にはほど遠いが、ともかく空腹感はなくなった。生命の危険もない。となれば、次に考えるのは集めた魔力の使い道だ。
 ぼくの生体魔力を戻して、タブレットに最大までチャージしてもなお半分以上残る。魔力を溜めておくには大釜が必要だが、大釜を作るのに使うのはちょっともったいない感じがする。さりとてこのままにしておくとどんどん目減りして行くので、やはりここで何かに使ってしまうのが一番効率的だろう。

「乗り物かねぇ」

 実のところ、首尾良く食糧と魔力が手に入ったら、自転車でも作ってエルランの後を追いかけようかとは思っていたのだ。残念ながら、魔力で空を飛んで行くには1千基数でも足りない(目的地が決まってれば、人間大砲みたいに打ち出すのは可能だけどね)。魔力は熱との変換効率は良いが、エネルギーと効率よく変換する術式は未だに見つかっていない。魔法でお湯を沸かして蒸気でタービン回した方が良いんじゃないか、というのは魔法工学者の間でよく言われるジョークのひとつだ。
 ふむ。蒸気か。蒸気機関を積んだバイクくらいならできるかも知れない。もう少し水が出ないか、井戸(×)を見直してみよう、と思ったその時、タブレットに警告が表示された。

『有毒ガス発生中』

 井戸(×)がガス溜まりか何かを掘り当てたらしい。これはよくあることなので、井戸掘り術式にはガスを選別して濾過する術が組み込んであるのだが、その上限を超えたという警告である。仕方がないので、ガス抜き用の穴を別に開けるか、それとも井戸自体を諦めて埋め直すかと迷っていると、突然「ぼこん」という音がして井戸から何かが噴出し始めた。

『圧力急上昇、臨界突破。術式強制解除まで5秒』

 想定以上の圧力がかかったため、術式が強制終了する。本来は自動的に埋め戻す自壊術式が起動するのだが、この術を掛けた時には魔力が足りなかったので組み込んでいない。ということは、もはや噴出するに任せるしかない。空気濾過術式を緊急発動。タブレットと食糧袋をつかんで待避する。

 間一髪、井戸(×)から黒褐色の泥水が吹き上がった。これは失態だ。暢気に肉を囓っている場合じゃなかった。魔力が余っているのに、ぼくはなぜ井戸掘り術式の見直しをしなかったのか。
 鼻に異臭を感じて、口と鼻を手で押さえる。ガスの噴出量が多く、緊急発動した空気濾過術式の限界を超えていた。立ちこめる硫黄臭……硫黄臭?

 ああ、いや、これ、原油だ。

 井戸を掘っていたらとんでもないものを見つけてしまった。どうしよう。

 意味もなく笑いが込み上げてきて、砂漠の真ん中でひとしきり笑う。今や油井(ゆせい)となった井戸だけがそれを聞いていた。

「いいな。エルラン、君は運がいい」

 石油があればプラスチックが作れる。化学繊維も作れる。合成樹脂も。そして何より、燃料になる。そして今なら、ぼくには物質の分子構造すら操れる魔力がある。
 エルラン、ぼくは君に謝らなければならない。ぼくは君のプライバシーを侵した。君を欺いて魔力を盗んだ。ささやかだけど、お詫びの印に、この魔法を捧げよう。

 魔法使いならば、誰でも『とっておき』の魔法をひとつ持っている。“光の魔術師”フェルディナント・グラウプナーのように。生涯を懸けて、自らの代名詞になるような、ひとつの魔法を織り上げる。その魔法が、人生最後の魔法となっても決して後悔はしない。そういう、魔法を持っている。

 星空を抱くように、両手を広げ、光り輝く魔法陣を喚ぶ。
 世界でただひとり、ぼくだけが知る魔法式を。

「The Last Magic」 (絶魔)

 さあ、楽しい魔法の時間を始めよう。

「Reconstruct Machine Maiden」
(魔機復元)

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