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魔機復元01

まずはじめに じめんをかく
つぎには そらをかく
それから おひさまと ほしと つきをかく

(谷川俊太郎 『えをかく』)

光あれ ――Light will be.

 見渡す限りの、砂と空。
 真昼の日差しを浴びた砂はただただ白く輝き、空はひたすら青い。
 気がつくとぼくは、砂漠の真ん中に立っていた。

 さて、読者諸兄には説明が必要だろう。少しばかり信じがたい話もあると思うが、まずは聞いて欲しい。
 ぼく、西崎宗夜(にしざき そうや)は俗に言う魔法使いだ。
 あ、いや、そっちの“俗な”意味じゃない。ぼくはまだ25歳だし、そっちの経験だってないとは言えない。
 ……話を元に戻そう。
 字義的には、「魔法」とは仏法に背く“魔”(マーラ)の法を意味する。その使い手であるぼくは、世界に満ちる魔力を使って人間にはなし得ないことができる。
 魔術師、魔導士、魔法士、魔道師……まあ言い方はいろいろあるけど、今までにいろんな人が好き勝手に名乗ったので、未だにぼくらを表すきちんとした言葉はない。だからぼくは誰でも知っている、やさしい言い方を好む。……最近別の意味の方が気になるようになったのは確かだけど。

 ぼくはさっきまで、自宅にあつらえた研究室の中にいて、魔法の実験をしていた。人類初となる転移術式――いわゆる“テレポーテーション”の魔法を、世界で最初に成功させた魔法使いになるはずだった。ぼくが書いた術式が正しければ、ぼくはたった1メートルを正確にテレポートし、順調にいけば来年の今頃には伝統ある『The Scroll』のトップをぼくの論文が飾っていたはずだ。

 でも、ぼくは今砂漠の真ん中にいる。つまり失敗したってこと。

 実は転移術式を最初に作ったのはぼくじゃない。基礎の理論は百年くらい前にアメリカ人の魔法使いが提唱したもので、その後ずっと検証と改良が続けられているにもかかわらず、誰一人として成功していない。
 わざわざそんなものにぼくが手を出そうと思ったのは……まあ、ありていに言うと、彼女と別れたばかりでヤケになった、という極めて魔法使いらしくない理由による。自分が世界から消えてなくなるならそれでもいい、と思っていたし、事実そのくらいの気持ちでないと発動できない危険な術式なのだ。

 そして今、ぼくの命は風前の灯火となっている。

 暑い。
 滝のように流れ落ちる汗は片っ端から蒸発していく。放っておけば一時間もしない内に熱中症で倒れることになるだろう。街や道路、あるいはオアシスどころかサボテンの影すら周囲には見当たらない。まあ探せばトカゲくらいはいるかも知れないが、さしあたってぼくはこの日差しをどうにかしなければならない。

 ここでぼくの装備を確認しておこう。さっきまで清潔だった(今はぼくの汗でぐっしょり濡れている)シャツ、ズボン、ぼくの魔道書代わりのタブレット型パソコン。以上。

 見事なまでに徒手空拳だ。帽子すらない。少しでも直射日光を避けるために、シャツを脱いで頭にかぶった。自分の汗の臭いなんか嗅ぎたくないが仕方がない。そのまま、タブレットの画面を見る。米軍御用達の極地仕様という触れ込みの――ぼくがネットオークションで競り落とした時には、出品者はそう言っていた――頑丈なボディには、転移魔法の失敗の影響は見られなかった。電波は届いていない。
 このタブレットにはぼくの魔力を電力に変換して充電する術式が組み込んであるから、ぼくが生きている限りは電力の心配はいらない。カタログスペックに偽りがなければ、砂漠地帯で使っても問題はないはずだ。しかしそれよりも確認しなければならないことがある。

 ぼくはタブレットを操作して、ある魔法式を呼び出し、その図形を指でなぞりながら、呪文を唱えた。

「Light will be.」 (光あれ)

 すると光があった。
 シャツでできた影の中に、おぼろに緑の光が浮かび上がっていた。魔術光(Mageflash)と呼ばれる、ぼくの希望の光が。

 ぼくは胸をなで下ろした。ここがどこだかはまだ分からない、地球上ですらないかもしれないが、ぼくの魔法はまだ使える。それなら生き延びる方法もまだある。
 ぼくは、光の魔術師(Photo-scripter)と呼ばれる魔法使いの一派に属する。というか現代の魔法使いのほとんどはその流れを汲んでいる。今からざっと三百年ほど前に、フェルディナント・グラウプナーというプロイセンの魔法使いが魔法界に革命を起こした。
 標準発光手順(Standard Illumination Magic Protocol)とよばれるこの芸術的な術式は、魔法使いの素養のある人間が一定の手順を踏むことにより、いつ、いかなる状況でも光を放つことができる。考案者の名前と頭文字をとって「FGシンプル」または「シンプルFG」と呼ぶ魔法使いもいる。例によって統一はされていない。
 それまで、魔法といえば何か怪しげな儀式や呪文や生け贄といった、誰が決めたのかも定かでない手順と、効いたのか効かないのかはっきりしない効果がワンセットになっていて、学問とすら呼べないシロモノだった。それを、「光る」という誰の目にも分かりやすい効果を持たせたことで、魔法が実際に効果を発揮しているのかどうか検証できるようになった。その後の魔法学会の発展の目覚ましさたるや……標準発光手順の発見と確立は、ニュートンやアインシュタインにも匹敵する大発見として、今でも語りぐさになっている。

 何はともあれ、魔法が使えることは分かったので、次はぼくの命を救う手立てを考えよう。
 まずはこの強烈な日差しを防がなければならない。けれども、これには打ってつけの魔法がある。日光から魔力を取り出す太陽光魔力変換術式(まあそのまんまだ)というのがあって、これには日光を遮断する効果があり、透過率も自由に調整できる。幸い、術式もそんなに難しくないし行使に必要な魔力も少ない。転移術式に全魔力を注ぎ込んだ関係で、ぼくが今使える魔力は泣けてくるくらいに少ないのだ。

 いや、まあ、万全の状態でも少ないんだけど。

 自宅に帰れば、大釜(Cauldron)という魔力集積装置があるから、使える魔力はぐっと大きくなる。でも今はないものねだりだ。
 シャツを着直して、タブレットからスタイラスペンを取り出す。ぼくらが使う魔法は、魔法式を描き、呪文を唱えることで発動する。これは300年の試行錯誤の結果によるもので、このやり方が一番「誤発動が少ない」ということになった。魔法式自体は文字と円と三角形の組み合わせで、円はコンピュータのプログラムでいうところのループ、三角形ひとつが条件分岐ひとつに相当する。実際の魔法式は極めて複雑な模様になるけれども、魔法式を簡略化するための魔法とか、魔法式を描くための魔法とかが充実しているので、現代の魔法使いはあまり苦労しなくて済む。
 問題は、今はそのどちらにも頼れないので、ぼくはスタイラスペンでひたすら砂の上に魔法式を描かなければならないということだ。

 朝から太陽の恵みをたっぷりと蓄えた砂は地獄のように熱く、スタイラスペンを使っていても熱が手に伝わってくる。したたり落ちる汗は砂に触れる先から乾いていく。その痕を注意深く魔法式から取り除きながら、どうにか完成させた。時間にして10分くらいだが、業火に焼かれる思いだった。ついでにぼくの罪も清められているといいんだけど。

 完成した魔法式の端に触れながら、「Print Script!」(転写)と叫ぶ。声を振り絞らないと、きちんと発音できないくらいに喉が渇いていた。たちまちのうちに、砂の上に描かれた魔法式が緑色の光を帯びる。ついでに円や三角の歪んだところも補正される。これが転写というプロセスで、魔法式を光学式魔術反応路(Photo-scripted Magical Circuit)に変換する。これもまた魔法で、「魔法をかけるための魔法」のひとつ。ぼくらは魔法式やこうした転写プロセスをひっくるめて術式(programs)と呼んでいる。ひとつの術式は、無数の小さな魔法から成り立っているのが普通で、術式の中に別の術式が含まれるのもごく当たり前にある。

 白い砂の上に、緑色に輝く魔法陣が現れる。緑色なのはぼくの好みで、青や赤や金など好きに決められる。わざと視認性を悪くして他人に見られないようにする人もいるけど、そういう人はたいてい後ろ暗い目的に魔法を使う人だ。
 小さなミスは転写するときに自動で補正されるけれども(そういう魔法が転写術式の中に入っている)、今回は手順を省略したので最低限の補正しかかけてない。というか補正できない。やはりというべきか、魔法式の中に変なゴミが混じっていた。たぶんぼくの足跡だろう。それを取り除く魔法をかけて修正する。

 よし、完璧。
 さあ、始めよう。

「Spread the Multi-booting Photo-scripted magical circuit. (多段起動光学式魔術反応路、展開)
 Start Solar-mana reactor programs.」 (太陽光魔力変換術式、開始)

 三重の魔法陣に描かれた魔法式の、一番内側の円が回転を始め、ほどなく緑色の光で埋め尽くされる。

「The Middle Circle engaged.」 (中陣接続)

 フェルディナント・グラウプナーはその生涯をただ光る魔法のためだけに捧げたが、彼の弟子たちは師の遺した標準発光手順を元に様々な「魔法を発動させるための魔法」と「魔法が発動したかどうか検証するための魔法」を生み出した。その集大成とも言うべきものがこの光学式魔術反応路で、ひとつの術式を細かな魔法に分割し、「それぞれが正確に発動するまで、微調整を繰り返しながら何回でも何十回でも発動させつづける」という仕組みだ。最後に、発動した術式をひとつに統合するプロセスを経て、術式は完成する。
 2つ目の円がカチカチと時を刻むように、一定のリズムで回り始める。これが「準備が整ったので統合を始めるよ」というサイン。

「The Outer Circle turns over.」 (外陣反転)

 一番外側の円が逆周りに回り始める。統合プロセスが終了し、ついに魔法が発動する。
 ぼくの頭上を中心に影ができ、ぼくのタブレットに向かって一筋の魔力線が延びる。

「Programs have normally ended.」 (術式正常終了)

 ぼくのタブレットにはわずかだが魔力を集積する回路を組み込んである。タブレットの画面で、少しずつ魔力が増えているのを確認して、術式の終了を宣言する。
 魔力の集まり具合は、ざっと見た感じ1時間に1基数くらい。太陽というどこにでもある魔力源から集めたにしてはまあまあの速度だ。
 基数というのは魔力の単位で、若い魔法使いはたいてい「MP」と呼ぶのだけど、伝統ある魔法学会の査読つき論文誌『The Scroll』にMP表記の論文を送ると編集長権限でリジェクトされるのは有名な話。ちなみに、ぼくが転移術式で消費した魔力が約2千万基数だと言ったら、ぼくの今の気持ちを少しは理解してもらえるだろうか。

 日光が遮断されると、実際以上に涼しくなったように感じる。地面からの輻射熱があるから気温はすぐには下がらないが、いつもの調子で魔法を使えたことに気をよくする。もう少ししたら、集めた魔力を使って気温を下げる魔法をかけよう。

 間近に迫った命の危険が遠ざかったことで(なくなった訳じゃない)、少し頭が冷えてきた。まず、普通に呼吸はできる。透過率10%に設定された魔力変換膜を通じて見る限り、太陽はひとつ。月もひとつ。正確に測ってみないと分からないが、重力も変わった気はしない。ここが地球上のどこかである確率は極めて高いように思える。
 砂は粒子が細かく、石英に見えるものが主体。地球上だとすればサハラ砂漠、タクラマカン砂漠、オーストラリアの内陸部などが候補に挙がる。ただ僕にはサハラ砂漠の砂とタクラマカン砂漠の砂の違いは見ただけでは分からない。石英の含有率が違うらしいんだけどね。

 たぶん、夜になって星が見えれば緯度の目星くらいはつけられるだろう。星だけに。

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