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魔機復元06

魔法近接戦 ―― Magical Closed Combat

 魔法使い同士の戦闘というのはとかく不毛なもので、毎時数千基数の防御魔法を垂れ流しながら、お互いの探知魔法を数時間から数日にわたってつぶし合うとか、そういうただひたすらダルいものになりがちだ。仮に相手がぼくよりよっぽど弱くて充分勝ち目があるとしても、ぼくが費やした魔力に見合う報酬を得られる可能性はほとんどない。

 実のところ、砂漠を歩いていて魔法使いに出会う可能性も無視できるくらい小さいのだが、万が一出会ったら致命的過ぎるので一番に警戒しないといけない。
 相手が「きちんとした軍隊」だった場合も撤退しよう、と心に決める。軍隊という集団を決して侮ってはならない。訓練された近代的な軍隊は、魔法使いが一差し魔法を使ったくらいのことで混乱したりしない。
 相手が10人以上の集団だった場合は様子を見る。姿を隠して追跡して、夜営したところを狙って行動することにしよう。

 実は、ぼくがこういう行為に手を染めるのは初めてではない。一年くらい前、留学費用を返すために世界中を回っていた頃、西アジアの山の中で立ち往生したことがある。その時は、たまたま近くを通りかかった武装集団に魔法をかけて難を逃れることができた。「これが世に言う『盗賊いぢめ』か」と変な感慨を抱いたのを覚えている。
 その頃の経験から言うと、ぼくが安全にことを運べるのはせいぜい4~5人といったところだろう。徒歩か騎馬であることを想定する。自動車だったら無理はしない。

 もし、ドラゴンとか何か予想外のものに乗っていたら? 基本線は撤退、しかしこちらに気づかれない範囲でできる限り観察を続ける、てなとこかな。
 方針は決まったので、おもてなしの準備をしよう。

 さて、ここで問題です。人間を倒すのに最も少ない魔力消費で済ませるにはどうすれば良いでしょうか? 合わせて、予想される消費魔力を基数でお答え下さい。

 答え:銃で撃つ(0基数)。

 残念ながら、“ファイアボール”みたいな魔法は魔力をバカ食いするだけで確実に殺せる訳じゃない。というか、殺すだけならちょっと二酸化炭素を集めて一息吸わせてやるだけで人は死ぬ。5基数もかからない。
 だけど、魔法使いは人殺しを忌避する。倫理的な問題だけではなく、死んでしまった人間は魔法でも元に戻せないからだ。死者蘇生術を研究している魔法使いはたくさんいるが、未だに成功例はない。もし、殺した相手が何か重要な秘密を持ったままだったら、どんなに後悔してもそれは取り戻せない。
 今後、ぼくがこの地で誰と知り合い、どんな敵と味方を得るのかはまだ分からない。まかり間違っても誰かを殺すことだけは、してはならない。

 まあ、そんなご大層な話はともかく、ぼくも普通に人殺しは嫌だ。過去に「たぶん相手は死んだだろうな」という状況はあったけれども、ただの人間を殺すつもりで魔法を使ったことだけは一度もない。相手が魔法使いだった時は別として。

 魔法使いが誰かを殺傷する目的で魔法を使うことはあるし、実際そういう研究も結構進んでいるけど、ぼくらが一番注意しているのは「絶対に無関係の相手を巻き込まない」ことと「想定以上の被害を相手に与えない」こと。窒息性ガス戦法はこの条件を満たさない。ファイアーボールも論外。空気中の酸素と窒素から麻酔に使う笑気ガス(亜酸化窒素)を合成するというのは一考の余地があるけれども、残念ながら手元に必要なデータがない。
 今ぼくに必要なのは、手持ちの術式を組み合わせるだけでできて、確実に数人の相手を戦闘不能にし、しかも相手を殺してしまわない、そんな魔法だ。

 と言うわけで、現在ぼくは銃を作る魔法を書いている。

 銃こそは、人類が生んだ「手軽に敵を倒せる」最強の武器だ。何しろ相手に向けて引き金を引くだけでいい。
 人間の身体は、外部からの衝撃に対しては極めて頑丈にできている。窒息性ガスを吸わせた場合、どんなに手加減しても脳や血管に想定外のダメージを与えてしまう危険があるが、銃で手足を撃つ分には調整が簡単だ。

 念のために補足しておくけれども、窒息性ガスや笑気ガス戦法はちゃんと研究している魔法使いがいて、かなりの精度で症状をコントロールできるらしい。ただ、ぼくが習熟していないので今は使えないという話だ。
 火薬を作るアテはないので、圧縮した空気で弾を撃ち出す空気銃を作る。砂漠の砂を溶かして固め、分子構造に手を加えてセラミックとシリコンにする。強靱なセラミックを合成するにはもっと精密な術式が必要なのだが、手持ちの魔力ではいかんともしがたい。強度には不安が残るが、この場をしのげれば良いので気にしない。
 エアタンクは交換可能なカートリッジ式にし、二連発のエアライフルにする。形状はなんとなくドラグノフっぽくした。というか、知り合いの銃器マニアの魔法使いからもらった設計図がこれだった。銃身と銃把の成型に12基数。予備も含めてカートリッジを10発分作る。
 成型したばかりのセラミックはとても熱いので、砂を掛けてしばらく冷ます。その間に、サイドアームとしてピストルを作る。カートリッジは共通にした。外観はチェコの名銃、Cz75旧型。これも詳細な設計図がそれしかないので他に作りようがない。今度会ったらグロックの設計図を寄越せと文句を言うことにしよう。

 今度があればいいけど。

 冷ましたカートリッジに魔法で空気を詰める。昔ながらのポンプ式空気銃なら手で込められるけれども、まだ魔力には余裕があるので自動的に充填されるようにした。ここまでで30基数余りを消費。
 空気銃を組み上げて、井戸(仮)に向けて試射する。弾はやはり砂を固めたもの。これなら相手を骨折させる心配がない。目に当たれば失明するだろうから、そこは注意。

 撃つ。盛大に右に外れる。まあこれは予定通り。さらに撃って、カートリッジを交換。全部のカートリッジに問題がないことを確認する。よく見ると、カートリッジのひとつに小さな亀裂が入っていた。これは作り直し。
 10発撃って井戸(仮)に当たったのは1発だけ。ぼくの射撃の腕はもともと良くない。カートリッジに空気が充填されるのを待つ間に射撃誘導術式を起動する。これも知り合いが作った魔法術式をコピーしたもの。
 術式を起動すると、ぼくの視界にターゲット・マーカーが表示される。空中に浮いているように見えるマーカーに指で触れると、マーカーを自由に動かすことができる。井戸(仮)にマーカーを合わせ、射撃する。今度は井戸(仮)のへりに当たった。
 その射撃結果から、弾道を予測するラインが視界に現れる。緩やかな放物線を描くラインがマーカーの中心に入るように照準を合わせ、もう一度撃つ。発射された弾丸は寸分の狂いなくマーカーを射貫き、井戸(仮)に当たって砕けた。

 ま、こんなもんか。

 同様にしてピストルの調整をしていると、接近警報が鳴った。六騎の騎馬と二頭の荷馬がこちらに向かっているようだ。
 魔法の反応はなし。しかし人数は想定より多い。対処できるかギリギリのところ。まずは相手の顔が見える距離まで近づく――というか近づいてくるのを待つ――ことを決断する。
 タブレットを井戸(仮)の中に隠す。少し塩が溜まってきていたので、塩を舐めながらもう一度水で喉を湿らす。疲れた身体に塩の味が染み渡り、腹の虫がぐう、と鳴った。

 騎馬隊を待つ間に音波吸収術式、光学迷彩術式を相次いで起動する。前者は自分が動いたり、空気銃を撃った時の音を消すための魔法。後者は自分の姿を砂漠に溶け込ませるように隠すための魔法だ。これでおもてなしの準備はおおむね完了。

 さて、さて。

 魔法使いの間では、だいたい50m以内の距離で行う戦闘を「魔法近接戦」(Magical Closed Combat)と呼んでいる。それ以上の距離は「魔法遠隔戦」と言うことになっているけれども、たいていは「魔法戦」と省略される。
 ぼくの知り合いにはどういう訳か魔法近接戦の達人が何人もいて、ぼくの腕ではまったく歯が立たない。もしも彼らが「その気」になったなら、ぼくは何もかも投げ捨てて命乞いをするだろう。
 そんな訳だから、ぼくは魔法戦の腕を上げようという気にはなれずにいた。腰抜けと笑わば笑いたまえ。資源には限りがあるのだから、成長の見込めない分野につぎ込むのはナンセンスというものだ。
 魔力感知術式を自分の脳の視覚野とリンクして、近づいてくる騎兵の魔力反応が「見える」ようにする。魔法使いの戦い方は、徹底的に自分の姿を隠すこと、相手の姿を捉えること、そして相手を打倒する充分にして最低限のエネルギーを相手に叩き込むことから成る。騎兵の前に立ちふさがって、ファイアーボールの呪文を高らかに唱えるような戦い方は遠い過去のものだ。

 そのはずなんだけど。

 ぼくの知る魔法近接戦の達人は、わざわざ敵の前に出て行って、「諸君の基本的人権を剥奪する。抵抗は無意味だ」とか大仰に警告したりする。なぜそんなことをするかというと、相手の意表を突いて生体抵抗を少しでも弱め、「相手が持っている魔力を利用して魔法をかける」なんていう荒技を持っているからだ。端から見ている分にはものすごくカッコイイので憧れるけど真似はしない。

 六騎の騎兵が砂を蹴立ててやってくる。辺りはすっかり暗くなっていたが、先頭の二騎が松明を掲げて前方を照らしていた。少なくとも馬には乗り慣れている連中のようだ。
 彼らを見て最初に考えたことを正直に述べる。

「うわあ、6千基数……」

 もちろん、平均して1千基数しか持っていないはずの生体から1千基数の魔力を吸い出すと言うことは、とてもここには書けないような、血なまぐさい儀式をする必要がある。ぼくも知識として知っているだけで、実際にやったことはない。しかし、それでも、その誘惑に駆られた。6千基数あれば砂漠の中でもしばらく生きていけるし、他の魔法使いの影に怯えなくても済む。情報だって抜き取り放題だ。

 いや、やらないよ!? ホントだってば。

 うろんな考えを頭から追い出して、騎馬隊に目を向ける。先頭を行く騎馬には、他と比較して小柄な人物が乗っていた。たぶん、目が良くて体力があってやる気のある若者。そいつに何かあった時に対処するべく、二番目には年長の古参兵、とか。

 彼らがエルランを追いかけて来た、のだとして、目印もない砂漠の中をよく突っ切ってこられたものだ。あるいは彼らにしか分からない道しるべでもあるのだろうか。魔法使いの関与を疑いたくなる。ぼくの魔力感知を欺ける、それなりの腕を持った魔法使いが彼らの背後にいるのかも知れない。だとすれば彼らを攻撃するのは考え物だ。

 しかし、それでも今は情報が欲しい。彼らの前に姿を現しても、エルランとの会話で得た単語だけで穏便に交渉するのは無理だ。生体抵抗を抜いて言語翻訳術をかけるためには、手荒な手段に訴える方が確実で、それなら最初から隠れていた方がいい。

 彼らが近づくにつれて、魔法で強化されたぼくの目に彼らの様子がはっきりと見えてくる。エルランと似たような文様の装束で、武装は剣と弓。モンゴル弓騎兵みたいな出で立ちだ。未だに魔法の反応はない。銃器は見当たらない。鎧は着込んでいない。スマホや無線機の類もない。

 やるか。

「Combat load, ready.」(戦闘態勢)

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