小説

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Like a bird

■Imaginary 1 “たとえば一羽の鳥のように、大空を自由に飛びたい” そんなささやかな少女の願いを叶えたい、と。 夢を失った少年は、ただそれだけを――それだけを望んだ。 “Like a bird” ――An attempt of the aerodynamical static field 航空力学的静止場の試み―― ■Count 0 “魔法使いって航空力学には無頓着なんだよね、伝統的に”と魔法使いは言った 「ねえ、しーちゃん。空って飛べる?」 ある日の昼下がり、喫茶『玲瓏華穏(れいろうかをん)』のランチタイムを過ぎて休憩時間になると、文恵はいつものように香坂家の居候を呼び出した。 「……えー、あー?」 寝癖のついたままの頭を掻き掻き、自称魔法使いの青年は気のない返事をする。 「昔やってみせてくれたじゃない」 二人が初めて出会った時、文恵は彼の腕につかまって空を飛んだことがある。あの高揚感は、忘れられそうにない。 「できるにはできるけど……んー」 「できるけど、なに?」 「……めんどくさい……」 だるそうにつぶやきながら、魔法使いは4人掛けのテーブルに突っ伏する。 「ンもう。“働かざる者食うべからず”よ? しーちゃん」 ――東京湾に面したとある港町の片隅に、その店はある。 古くから西欧との交流盛んなこの街には、洋風のたたずまいを見せる古い家屋も多い。昭和の前から開業しているという『玲瓏華穏』は、百年の歳月を積み重ねた煉瓦造りの建物の中にあった。 「もちろん飛行術そのものの研究はずーっと昔からあった訳だけど。魔法使いって航空力学には無頓着なんだよね、伝統的に。……個人用飛行術式系(Personal Flight Systems)の原型ができあがったのはやっぱり昭和に入ってからだったね」 もそもそと遅い昼ご飯を食べながら、柴羽(さいは)は飛行術の解説をしはじめた。 「でも、魔女のホウキとかはあったんでしょ?」 「まあ、アレは空飛ぶ自転車みたいなものでサ。魔法で物体を飛ばすこと自体はそんなに難しくないんだ。基本的には、空飛ぶホウキなり絨毯なりに人間が乗っかってるだけだから。今は流行ンなくなったけど」 「どうして?」 「事故が多くてね。電線に引っかかったりとか、風で煽られて壁にぶつかったりとか」 柴羽のために食後のお茶を入れながら、文恵は「世知辛いのねェ」とため息をこぼした。 「で、なんでまた空を飛ぼうなんて考えたの? 文ちゃん」 それがね、と文恵は前置きし。 「この間、新しい子が編入して来たんだけど……」 そうして、彼女は編入生の話をしはじめた。 「背中に羽が生えてるのよ」 ■1st 拝島翼 文恵が通う定時制高校には、様々な事情を抱えた生徒がやってくる。拝島翼(はいじま つばさ)もそのひとりだった。 「拝島翼です。よろしくお願いします」 初めて文恵のいるクラスに来た日、彼女は短く自己紹介をした後、誰とも目を合わせないままうつむいた。 品良く切りそろえられた髪と、健康的な小麦色の肌。活発そうな印象とは裏腹に、彼女の左手首には真新しい包帯が巻かれ、それが彼女の“事情”を物語っていた。 ただ、文恵のクラスでは、そう言う事情は珍しくはなかった。文恵が入学してからも、同じような傷痕を持つ生徒が何人か入って来て、その内の二人は二度と登校することなく学校を去っていた。 しかし何より文恵の目を引いたのは、彼女の背中に広がる青白い、大きな羽だった。 水鳥を思わせる、均整の取れた羽が、肩胛骨のあたりから生えていた。 「……大きな羽」 思わず呟いてから、文恵は周りを見渡した。隣の席の洋子が「羽?」と聞き返す。 どうやら、彼女には羽が見えていないらしい。 [...]

By |2019-05-06T21:10:52+09:0011月 21st, 2018|Categories: 小説|Like a bird はコメントを受け付けていません

魔機復元09

エルランとイスカンダル ―― Elran & Iskandar  エルランの意識状態が回復するまでは、なるべく動かない方がいいだろう。ヘッドライトを修理しながら、ついでに車体の点検もする。タイヤの空気圧は問題なし。電池もまだ予備がある。冷却系異常なし。しかし、セラミックのフレームにごく小さなクラックが入っていた。たぶん放置してもしばらくは大丈夫だと思うが、念のため焼き直して修復する。  地味な作業を続けながら、ふと、この術式が生まれるきっかけになった出来事を思い返した。 […] «魔機復元09»

By |2016-02-18T02:20:04+09:002月 18th, 2016|Categories: 小説|Tags: |魔機復元09 はコメントを受け付けていません

魔機復元08

魔法工学者 ―― Who am I? 「あなたは何者なのか?」  と聞かれたら、ぼくは何と答えるべきだろう?  もちろんぼくは魔法使いで魔法学者だが、「何の」魔法学者なのかと言われるとちょっと言いよどんでしまう。 […] «魔機復元08»

By |2016-02-24T07:26:03+09:002月 11th, 2016|Categories: 小説|Tags: |魔機復元08 はコメントを受け付けていません

魔機復元07

魔機復元 ―― Reconstruct Machine Maiden 「Combat load, ready.」 (戦闘態勢)  いくつもの戦闘補助術式が起動され、視界がワイヤーフレームのような簡素化された表示に置き換えられる。戦闘時に必要なのは、たくさんの情報ではなく、不必要な情報を意識から隠すことだ。多すぎる情報は迷いを生み、瞬時の判断を難しくする。  達人と言われるような魔法戦のプロたちなら、訓練と経験で意識しなくても情報の取捨選択ができるらしいけど、ぼくはプロではないので、魔法でなんとかする。 […] «魔機復元07»

By |2016-02-24T06:34:06+09:0012月 14th, 2015|Categories: 小説|Tags: |魔機復元07 はコメントを受け付けていません

魔機復元06

魔法近接戦 ―― Magical Closed Combat  魔法使い同士の戦闘というのはとかく不毛なもので、毎時数千基数の防御魔法を垂れ流しながら、お互いの探知魔法を数時間から数日にわたってつぶし合うとか、そういうただひたすらダルいものになりがちだ。仮に相手がぼくよりよっぽど弱くて充分勝ち目があるとしても、ぼくが費やした魔力に見合う報酬を得られる可能性はほとんどない。 […] «魔機復元06»

By |2016-02-24T04:25:28+09:0011月 26th, 2015|Categories: 小説|Tags: |魔機復元06 はコメントを受け付けていません

魔機復元04

脳と心の相関地図 ――Brain-mapping  賢明なる読者諸兄は先刻承知と思うが、現代の魔法の多くは「科学技術の後追い」である。すでに原理の解明されたものを魔法で再現しているに過ぎない。燃料を使う代わりに魔力を使っているだけで、そこに不思議なことは何もない。しかし、いくつかの部分では科学よりも魔法の方が進んでいる分野もある。  そのひとつが、ブレインマッピング――脳と心の相関地図だ。 […] «魔機復元04»

By |2017-01-14T18:05:11+09:0010月 19th, 2015|Categories: 小説|Tags: |魔機復元04 はコメントを受け付けていません

魔機復元03

既知の言語に該当なし ――No data in a known language.  さて、タブレットの表示を見ると、井戸の方はまだ時間がかかるようだ。既に夜を越す算段はついているので、次はもうちょっと快適に過ごす方法を考えよう。  まず、簡単な魔力感知術式を組む。たいていの生き物は強い魔力を帯びているので、生き物が動くとその周囲にさざなみのような魔力の波紋が生まれる。この魔力の波を計測する術式を複数の箇所に置いて、三角法を用いれば対象までの方向と距離が分かる。まあもちろん、面倒な計算はタブレットにやらせるけど。 […] «魔機復元03»

By |2016-02-24T01:05:34+09:0010月 15th, 2015|Categories: 小説|Tags: |魔機復元03 はコメントを受け付けていません

魔機復元02

井戸を掘る ――Wishing Well  エアコン代わりに気温を下げる簡単な魔法(といってもこれのおかげで魔力の集まる速度が8割に減った)を使い、ようやく砂の上に腰を落ち着けることができた。尻が熱いとか砂まみれになるのはもう気にしていられない。どっちみち、魔法陣を描いた時に砂まみれの手で顔をぬぐったりしたから、何もかも手遅れだ。 […] «魔機復元02»

By |2016-02-24T00:24:03+09:0010月 12th, 2015|Categories: 小説|Tags: |魔機復元02 はコメントを受け付けていません

魔機復元01

まずはじめに じめんをかく つぎには そらをかく それから おひさまと ほしと つきをかく (谷川俊太郎 『えをかく』) 光あれ ――Light will be.  見渡す限りの、砂と空。  真昼の日差しを浴びた砂はただただ白く輝き、空はひたすら青い。  気がつくとぼくは、砂漠の真ん中に立っていた。 […] «魔機復元01»

By |2016-02-24T00:15:22+09:009月 17th, 2015|Categories: 小説|Tags: |魔機復元01 はコメントを受け付けていません

アリアンロッド・サガ二次創作短編『ギィの朝帰り』

==================================== このお話は、『アリアンロッドRPG2E サガ・クロニクル』(菊池たけし/F.E.A.R.)収録のワールドセクションに書かれた、人類戦争後のアルディオン大陸に関するネタバレを含みます。 あと、小説の内容については私の妄想でありますゆえ、ふたりの過去と合わせて、そういうことが本当にあったわけではありません。ご了承のほどを。==================================== 早朝のノルウィッチ。この町で最初に朝日を浴びるのが、町のシンボルとも言うべき、高い城壁だ。まだ周囲が暗い中、壁だけがやんわりと白く浮かび上がって見える。「春は曙、ようよう白くなりゆく壁ぎわ、ってか……ふわあ」 まだ闇が残る下町の通りを歩きながら大きくあくびをした眼帯の男。名前をギィという。 フェリタニア合衆国の密偵を束ねる立場にあり、戦いにおいては弓を得手とする。狙った獲物を決して逃さぬ弓の腕前から、敵対する連中に『隻眼の鷹』なるあだ名をちょうだいしているが、本人はあまり気に入っていない。「朝になっちまったし、そろそろ帰って寝るか……うーむ……」 ねぐらに向かう足が重い。 理由は分かっている。見たくない顔が、そこにいるからだ。「いるんだろうなぁ……マム」 ギィがマムと呼ぶ人物の名はオーレリー・カルマン。小柄で童顔なフィルボルの女性だ。ギィにとっては弓を始めとする戦闘術の師匠であり、可愛らしい外見とは裏腹に恐るべき女傑だ。マムという名の由来にしても、王蛇会という犯罪組織の女首領であることから来ている。 そのマムが、王蛇会を放り出してギィの家に転がり込んで、もうずいぶんになる。「まったく、いつまでいる気なんだか」 王蛇会の本来の縄張りはアルディオン大陸東部だ。今もそこに本部があり、マムの留守をギィにとっては妹分にあたるルナ・チャンドラが守っている。この間もギィ宛に手紙がきてマムがいなくて大変だという愚痴とギィへの恨み節が延々と書かれていた。「昔はけっこう可愛かったのに、すっかり甲冑の似合う魔術師になりやがって……だいたい、俺はもう王蛇会とは縁が切れて……切れてるようなもんだろうが」 歯切れが悪いのは、王蛇会が犯罪結社によくある、裏切りを許さない組織だからだ。 裏切り者は処刑される。その恐怖の掟があればこそ、王蛇会は裏社会で一目置かれているのだ。実力がいくらあっても、そのあたりが甘い組織は、舐められる。「もう、そんな時代じゃないだろうに……って、俺が言っても説得力はないか」 ギィは立ち止まり、がっくり首を落として大きくため息をついた。「ん……」 その動作の際に、ギィの鼻が白粉の匂いをかぎ取った。懐から、白粉の匂いと、そしてもうひとつの臭いが漂う。「あー……昨夜のアレか……」 朝帰りのギィが、夜の間にどこにいたかというと、白粉と香水を付けた女たちが大勢いる、そういう界隈にいたのである。「この匂いはまずいな……何か、わざとらしくない別の匂いは……」 きょろきょろと周囲を見回したギィの鼻に、香ばしい匂いが漂ってきた。ソースの焼ける匂いである。「お、焼きそばの屋台か」 朝の早い労働者向けの朝食を出す屋台が並ぶ一角に、焼きそばの屋台があった。焼きそばはノルウィッチからみて南方にあるニュービルベリの名物で、最近はあちこちにビルベリ焼きそばの屋台が進出している。「おっちゃん、ひとつくれ」「あいよ」 気のよさそうなドゥアンの男が、鉄板の上で焼きそばを焼いて皿にのせる。一緒に入っているのはそこらの店で出たクズ野菜を刻んだものだが、歯ごたえがしゃきしゃきしていて、旨い。「そういやニュービルベリじゃ、ギデオンのおっさんが焼きそば作ってたな」 何の気なしにギィがもらした言葉に、ドゥアンの店主が驚いて聞き返す。「あんた、ギデオンさんの知り合いかい?」「まあ、そんなものだ。ギデオンを知ってるってことは、おっちゃんは、ニュービルベリの出身かい」「ああ。出稼ぎでな。この屋台はここで借りたモノだが、ソースはニュービルベリで作ったやつを運んできた。どうだ、違うだろ」「ああ。こっちのソースは味が平板でな。こんなに複雑な味はしちゃいないよ」「そうだろう、そうだろう。ギデオンさんが町の連中と苦労して作ったソースだ」 得意そうに語るドゥアンの店主の話を聞きながら、ギィはギデオンという男について考えていた。 ――あいつも俺も、どっちかといえば、俺たちが戦っている悪党の側に近い人間だ。いったい、何が俺やギデオンを、悪党の側に追いやらなかったんだろうな。 今の自分やギデオンには、仲間がいる。守りたいものがある。だからもう、悪党の側に回ることは考えられない。 けれど、その前は? 仲間がいなかった頃の自分とギデオンは、なぜ、悪党の側にいなかった? しばらく考えて、ギデオンについては答えが浮かんだ。 ――あのおっさん、悪党になるには、怠け者すぎるな。 悪党は、勤勉だ。バルムンクも、他の悪党も、アンリのような男でさえ、勤勉だった。恨み、憎しみ、欲望……そういう強い負の感情が、彼らを駆り立て、行動させた。怠惰に適当に、のんべんだらりと過ごすことを許さなかった。 怒ったり憎んだりすることすら面倒に感じるギデオンが、悪党になれるはずもなかった。 ――俺は、どうだ? ギデオンのおっさんに比べれば、まだしも勤勉だ。何より、王蛇会って組織で育てられ、マムに鍛えられている。悪党の側にいても、おかしくはないよな。 答えは見つからず、焼きそばを平らげたギィは、ねぐらのあるアパートへ戻った。「た・だ・い・ま~~?」 相手はマムである。今さら足音を隠すような真似はしない。だが、どうしても声が探るようなものになってしまうのは、子供の頃からの刷り込みの効果か。「よう、お帰り放蕩息子」 今日のマムは、どういう心境かエプロンドレスのメイドさんだった。 ――似合っているのが、腹が立つな。「まったく、毎日毎日、朝帰りとはいいご身分だな」「仕事だよ、仕事」「ほう……?」 マムがすっと間合いを詰めてギィの胸元に飛び込んできた。これが恋人や夫婦なら抱きしめるところだろうが、相手がマムとなると子供の頃からの条件反射で、思わずギィはのけぞってしまう。「その動き、やめてくれよ。そのままブスっとやられそうで怖いんだよ!」「ほほう、ブスっとやられる心当たりはあるようだな」 くんくん、と近づいたマムがギィの胸元で鼻をならす。その顔がアテが外れたという表情になり、ギィはにやっと笑った。「これは……ソースを焼いた香り?」「夜っぴいての仕事帰りだからな。腹が減ってたんで、そこの屋台で焼きそばを食ってきたんだよ。じゃ、そういう訳なんでもう寝るぜ」 してやったりというギィが、あくびをしてみせる。「待て、ギィ」 そのまま寝室へ向かうギィの背中に、マムの声が届いた。 ぴたり、と足が止まる。「なんだい、マム?」「服を脱げ、今日はいい天気だ。洗濯してやる」「おう」 ギィは服を脱いだ。服の中に仕込んであるさまざまな道具や武器をはずして居間にある机に置く。そちらにはマムも手を触れない。プロが持つ仕事の道具は、同じプロだろうが家族だろうが、他の人間が触ってよいものではない。彼らはそういう決まりの中で生きている。「ほいよ」 上半身裸になったギィが、服をまとめてマムに渡そうとする。マムはそれを受け取ろうと手を伸ばし―― すっ、と間合いをつめてギィに身体を密着させるほどに近づいた。 予測していたギィが、くるりと身体を回転させて離れようとする。 エプロンドレスのスカートから伸びたマムの足が、ギィの軸足を払う。 洗濯物がばさっ、と広がって周囲の床に散らばる中、体勢を崩したギィを床に押さえつけて馬乗りになったマムがギィの右の脇腹に手をやった。一カ所、青黒くなっている場所があった。魔法で癒したが、完全には塞がっていない傷を探られてギィが痛みに呻く。「ふん、下手に策を弄するからだよ」「……」 ギィはだんまりである。「あんたが昨夜、どこにいたかは知ってる。白粉の匂いなら、ごまかす必要はなかったんだよ。いつものようにあたしに皮肉を言われて、それで終わりだろ」「……」「ギィ、あんたが隠そうとしたのは血と薬……毒の匂いだ」「仕事だからな。毒を持った敵とやり合うことだってあるさ」「ああ、そうだね。でも……あんたが昨夜戦って、殺したのは自分の部下だ」「……知ってたのか」 その部下は、表向きは歓楽街の女たちを専門にみる薬師だった。おしゃべりがうまく、人好きのする青年で、女たちから情報を聞き出して集める任務に就いていた。しかし、合衆国を裏切ってラングエンドに情報を流し、そのせいで別の部下が死ぬことになった。 最初から殺すつもりだったわけではない。だが、捕らえようとして抵抗された時、ギィには殺す以外の選択肢はなかった。「組織を裏切った間諜は、組織の手で殺さなきゃいけない。あんたがいる場所は、王蛇会と変わらないんだよ、ギィ。だから――」 そこでマムは何かを言いかけて口をつぐんだ。「だから、戻れってか? それはできない相談だぜ、マム」「どうしてだい? 王蛇会でなら、あたしが――」 再びマムの言葉が途切れた。ギィの人差し指が、マムの唇に当てられていた。「それはダメだ、マム。俺はもう、あんたにそういうことをさせたくないんだ」 ギィはようやく思い出した。 何が自分を悪党の側から遠ざけていたのかを。 子供の頃に、一度だけ、ギィはマムが泣いている場面を見たことがある。「なんで……なんで、あんたが……あんな男のために……」 王蛇会を裏切り、自分が殺した女の形見となった髪飾りを前に、マムが泣いていた。 マムとは仲のいい、友達のような女性だった。気だてがよく、お日様のような笑顔が似合う優しい女性だったと、ギィも覚えている。 悪い男に恋をして、悪い男に騙されて、王蛇会の金を盗んで男と一緒に逃げようとしたところで、殺された。「あの男、逃げた先であんたを殺して金を独り占めにするつもりだったんだよ……あんただって、分かってたはずじゃないか。好きな男と一緒になれる、そんな甘い、綺麗な話が、あたし達に来るはずないって……なんで、そんな、夢を……」 子供のギィにとって、無敵だと思っていたマムのそんな姿は衝撃だった。 マムを泣かせたくない。マムが泣かないためには、どうすればいいだろう。 ギィという男の歩く道は、その先にあった。そこにしかなかった。 ――だから俺は今、ここにいる。 上半身裸で床に押し倒され、マムに馬乗りにされたまま、ギィは言った。「なあ、マム。マムの方こそ、王蛇会を――ぐほぉあっ?!」 みぞおちに、掌底を一発。横隔膜が大痙攣を起こし、呼吸すら困難になったギィは苦しさで床をごろごろと転げる。「まったく、朝から何を間抜けなことを、間抜けな格好で言おうとしてるんだい」 立ち上がったマムは、涙目でのたうつギィには目もくれず、ギィが脱いだ服を床から拾い上げて抱えあげた。 マムは部屋を出て洗い場へ向かう。扉を閉じると、扉に背を預けてため息をついた。「あたしに、裏切り者を処分するなんてことさせたくないなら、まず自分が王蛇会に戻って裏切り者でないことを証明すべきだろうに……そこをやらずに、どこに向かってるつもりだい、あいつは」 マムは洗濯物を抱えたまま、人指し指でそっと自分の唇に触れてみる。「……ま、しょうがないね。もうしばらく、あたしが面倒を見てやらないとね」 ふふっ、と笑ってから、マムはぎゅっ、とギィの脱いだ服を抱きしめた。 服からは、ソースの匂いがした。 おしまい

By |2014-05-15T02:03:16+09:005月 15th, 2014|Categories: TRPG, アリアンロッド2E, 小説|アリアンロッド・サガ二次創作短編『ギィの朝帰り』 はコメントを受け付けていません

【二次創作】【ガンダムBF】キャロちゃんとニルスくん

アニメ・ガンダムビルドファイターズ9話、チナちゃんがセイとレイジの特訓を受けている裏であったに違いないやりとり妄想。 キャロ「3日後のガンプラバトル大会で優勝したいのですわ!」 ニルス「失礼ですがミス・キャロライン、ガンプラバトルの経験は……」 キャロ「もちろん、ありませんわ!」 ニルス(なんで自信満々なんだこの人……) […] «【二次創作】【ガンダムBF】キャロちゃんとニルスくん»

By |2017-01-14T18:12:40+09:0012月 3rd, 2013|Categories: 二次創作, 小説|【二次創作】【ガンダムBF】キャロちゃんとニルスくん はコメントを受け付けていません

リジットの婿取り(『翠星のガルガンティア』二次創作)

==== アニメ『翠星のガルガンティア』最終回を見た後、ツイッター上で流れてきた、「リジットはこのままでは行かず後家になるのでは?」というつぶやきを元に、あれこれと妄想してみました。 時間軸的には第13話のエンディング後、しばらくして、です。 私は、ベベル×リジットのカップリングを強く推奨するものであります。====『ガルガンティア後日談:リジットの婿取り』 しつこく食い下がるクラウンを振り切るようにしてリジットが逃げ込んだ部屋には、先客がいた。「リジットさん?」 車椅子に座って古い書物をめくっていたのは、エイミーの弟のベベルである。「ベベル? 何してるの、こんなところで?」「それは僕の台詞ですよ。ここに置いてあるのは、古い時代の書物です。リジットさんのお仕事に関係しそうなものは、何もないと思うんですけど」「それは……」 なんとなく事実を言いづらく、リジットは眼鏡を直すふりをして時間を稼ごうとした。 ばさり。その拍子に胸元に抱いていた書類に挟んでいた紙の束が床に落ちる。クラウンから逃げる時に適当に挟んでいたのが災いしたのだ。さらに間の悪いことに、落ちたのはベベルの目の前の床だった。 ベベルが白い手を伸ばして、写真を拾い上げる。「これは、男の人の写真……ウォームさんに、こっちはジョーさん?なんで礼装した皆さんの写真をわざわざ……」 はっ、と何かに気づいたベベルが顔を上げてリジットを見る。 かあああっ。リジットの顔が真っ赤になった。 そのまま、ベベルは何も口にせず、リジットに落ちた写真を渡した。「……」「……」 互いに沈黙が続く。 ベベルは利発な上、優しい子だ。 リジットが持っていた写真が何なのか。 リジットがなぜ、この部屋に駆け込んできたのか。 すべてを察した上で、沈黙してくれている。 しかし、その優しさはリジットにとっては居心地が悪かった。そして、ベベルが用意してくれた、この時点で最上の選択肢である、何もなかったかのように部屋を出ていくことが、なぜか出来なかった。「そうよ。お見合い写真よ」 はぁっ、とため息をついてリジットは告白した。ベベルがくすり、と笑う。「クラウンさんに、押しつけられたんですね」「まあね」 リジットは思う。本当にこの子はよく頭が回る。それに昔に比べてずいぶんと健康になった。レドが引き揚げた古代文明の遺産からいくつかの医療技術が再発見されたおかげだ。次世代の五賢人としての教育も、オルダム先生から受けている。「仕方ないですよ。今やガルガンティア船団は、船団連絡会議の議長を務めるほどの大船団。その船団長が、いつまでも独身では、みんなやきもきしちゃいます」 ベベルの表現はかなりオブラートに包まれている。古代技術を復元しつつあるガルガンティア船団の船団長であるリジットに外部から近づく男は、そこに権力と富の匂いをかぎつけた山師(サルベージャー)のような連中ばかりだ。「まあね。クラウンが薦める縁談も、そのあたりを配慮してくれて、身内の中から選んでいるわ。後は古くから付き合いのある船団の船主とか。ありがたくは、あるのよね」「でも、選びきれないんですね」「ええ、そう。必要に迫られて義務で相手を選んでも、良い結果になるとは思えないのよ」「どなたか、心に決めた方はおられないのですか」「……いないわ」 わずかに胸をよぎったのは、今は遠い人の面影。それは子供の頃には淡い初恋であり、長じてからは、深い尊敬と信頼へと変わっていった男の顔だった。「いないわ」 リジットはもう一度、自分に言い聞かせるように言った。 あの人が生きていた時ですら、それは恋とか結婚とかとは無縁の感情だった。 それでも、こういう時に最初に思い出してしまうのは、なぜなのだろう。「リジットさんには、もう少し、時間が必要なのだと思います」 ベベルは静かな口調で言った。「船団長になったばっかりなのに、結婚でまで悩まれては大変です。オルダム先生とも相談して、周囲がうるさく結婚を勧めないようにできないか、考えてみます」 表情にも、声にも、冗談めかした様子はない。 ベベルは本気でそうするつもりなのだ。「ありがとう、ベベル」 リジットはベベルの頭に手をのばして、頭を撫でた。潮風に傷んでいないさらさらの髪の毛。ちょっとうらやましい。 ベベルが、くすぐったそうに笑う。そういうところは、年相応の少年の笑顔だった。「そうね、時間があれば……もうちょっと、成長する時間が」 あんなにも、無表情で堅苦しかったレドが変化したように。 あんなにも、お調子者で自分勝手だったピニオンが……そこはそのまま、人間として成長……してるはず。たぶん。きっと。「私にも、時間が欲しいわ」「はい、僕も時間が欲しいです」「え?」 リジットは、どきり、とする。まさか? いや、そんなはずは――そこまで考えて、ああ、とリジットは気づいた。ベベルは、これまでずっと、自分にあまり時間がない、と意識しつつ生きてきたのだ。「そうね。あなたにもっと時間があげられるよう、私も頑張るわ」「はい、一緒に頑張りましょう」 ベベルが手を伸ばし、リジットはその手を握った。(ひとまず、おしまい)

By |2013-07-19T00:55:54+09:007月 4th, 2013|Categories: 小説, 翠星のガルガンティア|リジットの婿取り(『翠星のガルガンティア』二次創作) はコメントを受け付けていません