Like a bird
■Imaginary 1 “たとえば一羽の鳥のように、大空を自由に飛びたい” そんなささやかな少女の願いを叶えたい、と。 夢を失った少年は、ただそれだけを――それだけを望んだ。 “Like a bird” ――An attempt of the aerodynamical static field 航空力学的静止場の試み―― ■Count 0 “魔法使いって航空力学には無頓着なんだよね、伝統的に”と魔法使いは言った 「ねえ、しーちゃん。空って飛べる?」 ある日の昼下がり、喫茶『玲瓏華穏(れいろうかをん)』のランチタイムを過ぎて休憩時間になると、文恵はいつものように香坂家の居候を呼び出した。 「……えー、あー?」 寝癖のついたままの頭を掻き掻き、自称魔法使いの青年は気のない返事をする。 「昔やってみせてくれたじゃない」 二人が初めて出会った時、文恵は彼の腕につかまって空を飛んだことがある。あの高揚感は、忘れられそうにない。 「できるにはできるけど……んー」 「できるけど、なに?」 「……めんどくさい……」 だるそうにつぶやきながら、魔法使いは4人掛けのテーブルに突っ伏する。 「ンもう。“働かざる者食うべからず”よ? しーちゃん」 ――東京湾に面したとある港町の片隅に、その店はある。 古くから西欧との交流盛んなこの街には、洋風のたたずまいを見せる古い家屋も多い。昭和の前から開業しているという『玲瓏華穏』は、百年の歳月を積み重ねた煉瓦造りの建物の中にあった。 「もちろん飛行術そのものの研究はずーっと昔からあった訳だけど。魔法使いって航空力学には無頓着なんだよね、伝統的に。……個人用飛行術式系(Personal Flight Systems)の原型ができあがったのはやっぱり昭和に入ってからだったね」 もそもそと遅い昼ご飯を食べながら、柴羽(さいは)は飛行術の解説をしはじめた。 「でも、魔女のホウキとかはあったんでしょ?」 「まあ、アレは空飛ぶ自転車みたいなものでサ。魔法で物体を飛ばすこと自体はそんなに難しくないんだ。基本的には、空飛ぶホウキなり絨毯なりに人間が乗っかってるだけだから。今は流行ンなくなったけど」 「どうして?」 「事故が多くてね。電線に引っかかったりとか、風で煽られて壁にぶつかったりとか」 柴羽のために食後のお茶を入れながら、文恵は「世知辛いのねェ」とため息をこぼした。 「で、なんでまた空を飛ぼうなんて考えたの? 文ちゃん」 それがね、と文恵は前置きし。 「この間、新しい子が編入して来たんだけど……」 そうして、彼女は編入生の話をしはじめた。 「背中に羽が生えてるのよ」 ■1st 拝島翼 文恵が通う定時制高校には、様々な事情を抱えた生徒がやってくる。拝島翼(はいじま つばさ)もそのひとりだった。 「拝島翼です。よろしくお願いします」 初めて文恵のいるクラスに来た日、彼女は短く自己紹介をした後、誰とも目を合わせないままうつむいた。 品良く切りそろえられた髪と、健康的な小麦色の肌。活発そうな印象とは裏腹に、彼女の左手首には真新しい包帯が巻かれ、それが彼女の“事情”を物語っていた。 ただ、文恵のクラスでは、そう言う事情は珍しくはなかった。文恵が入学してからも、同じような傷痕を持つ生徒が何人か入って来て、その内の二人は二度と登校することなく学校を去っていた。 しかし何より文恵の目を引いたのは、彼女の背中に広がる青白い、大きな羽だった。 水鳥を思わせる、均整の取れた羽が、肩胛骨のあたりから生えていた。 「……大きな羽」 思わず呟いてから、文恵は周りを見渡した。隣の席の洋子が「羽?」と聞き返す。 どうやら、彼女には羽が見えていないらしい。 [...]