俺に明日は来ない Type1 第9章
「着いたっす」 揺すり起こされると、バスはエンジンを止められて子どもたちも殆どが降りていた。 立ち上がって伸びをする。大木くんと赤羽くんは着替えなどの荷物を降ろすのを手伝っている。俺を待たず先に降りれば良いのに、取り残されるのを心配してくれたのか青山くんだけがじっとそばに立っていた。 「起こしてくれてありがとう、行こうか」 「うす」 着いたのは、俺たちの実家から山を一つ越えたところの温泉地だった。近すぎて、日帰り入浴には何度か来たことがあるが、改めて泊まったことはない。 「ここは玄関の自動ドアがタイマー式のオートロックだから、昼間ならいつ来ても建物を壊さずに入れるんだ」 いつものようにガラスを割って侵入するのかとばかり思っていた。 「青山くん達はまだ、3人で一部屋を割り当てたら危ないかしら」 「樋口に懐いているみたいだし、心配ねえだろ。むしろ、あいつらを分けて元々いた誰かと一緒にする方が嫌がりそう」 細川さんと水上が彼ら3人がまだ建物の外に居るのをチラチラと見やりながら、フロントデスクの裏に入って客室の鍵を並べて部屋割りを相談している。 「じゃあ私と花沢さんは子どもたちと一緒の大部屋で、鈴木さんと木下くん、あなたと樋口くん、青山くんと大木くんと赤羽くん、それぞれ1部屋ずつでいいかしら」 「おっけ、それでいこう。今日の夕飯当番は鈴木さんと木下くんだし丁度良いんじゃね」 「ならそれぞれ荷物を運び込みましょう」 鍵を持ってわいわい言いながら廊下で各部屋に分かれる。 「まずは温泉だよな」 「服は乾いたけど、一度濡れたらなんとなく寒いし」 部屋に荷物を置いたと思ったら、水上はタオルと着替えだけ抱えてすぐに出て行こうとする。 「この旅館は内風呂と外風呂が別なんだ。早い者勝ちだからさっさと行こうぜ」 「どっちへ行くか教えておいてくれないと合流できねえだろ」 扉の外へ向かって大声を出す羽目になった。せっかちなんだから。 「着いてくりゃいいだろ、早く来い」 「……はいはい」 落ち着いて荷物を整理する余裕が欲しかった。 温泉に入って、飯を食って、だらしなく畳の床に寝っ転がる。 ああなんていい休日なんだろう! ……休日じゃないんだよなあ。学校はないし、毎日が休日みたいなものだ。腹をパンパンに膨らませて動く気力を失った俺の横で、床にお店を広げた水上はあぐらをかいて黙々と拳銃の整備をしている。 「食い過ぎたんなら、右を下にして横を向いた方が消化が早くなるらしいぜ」 片目をつぶってブラシとぼろ布で磨いている金属の部品をにらみつけながら、テレビ番組で紹介される裏技みたいなアドバイスをくれた。 体勢を変えるのさえだるい。 「仰向けが一番楽なんだよ」 スローテンポの会話はキャッチボールと呼べるのだろうか。 体は真上を向けたまま、首だけ回してテキパキと器用に動く手元を眺めている。 「好きにすれば」 大きい部品だけでなく、細かいネジやバネの類いまで一つ一つためつすがめつしていた。小さい頃からこいつは器用にいろいろな物を直したり壊したりしていたのが懐かしい。俺は不器用で、電車のおもちゃさえ電池交換のたびにプラスチックを割ってしまいやしないかとドキドキしていた。 「そういえば、拳銃の整備なんてどこで覚えたの」 そもそも、どこから拳銃なんて調達したのだろう。少なくともあっちの世界では実銃を見た事なんて無い。 「自衛隊の倉庫から取扱要項ごと拝借してきた」 「……そういえばこの街にも駐屯地があったんだっけ」 「この県で唯一の駐屯地だろ」 そうなんだ。知らなかった。 「この間テレビでやってたんだけどさ、駐屯地と基地の違いって知ってる?」 「陸自が駐屯地で、海自と空自が基地」 「はいこの話題おしまい」 一瞬で即答されてしまった。 「細かいところが見えねえ。ここのこれって傷になってる?」 俺にはどこに取り付ける何のための部品か分からないが、細い棒状の金属を渡される。 「接着剤かその類いのがへばりついて固まってるだけだと思う」 「じゃあ剥がせるな」 シール剥がしとかも好きだったよなあ。中学の時の昼飯に持ってきていた俺の菓子パンから、必ずお皿がもらえるパンのシールを綺麗に剥がして、母ちゃんにやるんだって集めてた。俺が自分で剥がすと、袋に糊が残ったままになって後で台紙に貼りづらいと言われたような覚えがある。 「お前が不器用すぎるんだよ。細かい作業をしないなら俺の遠視と交換してくれ」 まだ10代の同い年がおっさんみたいに、手に持った部品を手前に持ってきたり奥へ離したりしている。 「その歳で、もう老眼かよ」 「うるせえ」 しばらく部品をゴシゴシとこすっていたが、低くうなると諦めた様子でブラシを放りだした。 [...]